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 《五十嵐|いがら し》くんには霊感があるらしい。 「霊感がある」  八割くらいが興味を示し、さらにその五割くらいが信用する。そのように私は勝手に思っている。  私は心霊系をまったく信じない人間だ。ホラー映画は別として、生まれてこのかたお化けなんて見たこともないし、心霊写真や映像も合成だと思っている。死後の世界も否定している。死んだら何もない。無であり、私は科学的な意味での死のみを信用している人間である。 「秋月さんの背後霊を見てあげるよ」  五十嵐くんに手招きをされ、周囲にいた生徒が急に騒いだ。それまで五十嵐くんは別の子を見ていたらしいが、次にいきなり呼ばれたのが私。おそらく私が気だるさそうに嘘臭そうに見ていて、彼は思ったことがあるのだろう。私は馬鹿馬鹿しいと思いながら、五十嵐くんの前に座った。クラスで一番、霊を信用しない私となると、どう反応するのか……クラスメイトが囁き合った。  五十嵐くんはじっと私の顔を見る。本当は背後を見ているようだが、私からすれば顔を見ているようにしか見えなかった。  周囲が見守るなか、時間が経った。どうせネタを考えているんだろうなと私は欠伸が出そうになる。そのとき、五十嵐くんの口が開いた「あ」という形のまま止まった。周囲がざわめく。五十嵐くんの隣に立っていた男子が「おい、どうなんだよ」と急かせた。 「うーんとねぇ……」  五十嵐くんは困った顔をした。  私は嫌な気分になった。言いたいことがあるなら言えばいいのに。 「近いうちになんか悪いことがありそう」  そんなアバウトな言い方なのに、周囲はざわめいた。 「そんなぁ!」 「悪いことって?」 「彼氏と別れちゃうんだよ!」  友達たちが、こぞって言った。 「もう! 勝手に決めつけないでよ! お生憎様ですがラブラブですもん」  勝手な周囲の判断に、私は立ち上がると言い放った。ラブラブはさすがに恥ずかしい言い方だったと思った。周囲は私を見て「じゃあ、何か別の悪いことなのかもね」と言い放った。いずれにせよ、ここにいる全員は五十嵐くんの霊感を信じているようだ。私は完全なる集団ヒステリーと決めつけた。  私はもう一度椅子に座り、五十嵐くんに尋ねた。 「じゃあ、五十嵐くんは本当に幽霊が見えるってこと?」 「うん。そうだよ」 「聞くけど、幽霊ってそこらじゅうにいるの?」 「いや、見ようと思ったら見える感じ。全部見えたらきりがないよ。取捨選択している」  取捨選択に私は笑い、質問を考える。 「幽霊と会話は出来るの?」 「うーん、したことないなぁ。だって知らない人にいきなり『やぁ!』って話しかける人はいないでしょ? 幽霊との話題も難しそうだし。それで試しに先祖でしようとも思ったけど、親に止められたから。罰が当たるでしょ、とかなんとか」 「五十嵐くん、段々と話が嘘くさいね」 「そう? でもそうだなぁ……例えばその人……生前のね、持ち物を持っていると、交信っていうのかな? よく見えるし、よく話すことが出来るよ」 「ふぅん。でもそれ五十嵐くんにしか分からないから、証明のしようがないね!」  私がそう言うと、周囲の「五十嵐くん信用派閥の女子」からヤジが飛んできた。私は席を立つとトイレに向かった。幽霊なんか居やしないのに。それよりも、私と彼氏が別れるなんて言ったのは一体誰だ。  教室にいればまるで私は異端者である。当分教室には戻りたくないなと思い、トイレに籠もることにした。  その日の五時間目あたりから雨が降ってきた。  私は朝に天気予報を見ていたので、傘を持ってきていた。安心して部活に取り組み、終わりるといつもの道を歩いて帰る。鞄を守るようにしていたら、傘からはみ出したトートバッグが濡れた。私はそれも抱え込むようにして歩いた。  雨が強くなってきた。傘に当たる音が強く、地面に跳ね返って靴に入り込み、靴下がびちゃびちゃになる。雨の日は陰鬱な気分だ。べたべたとした足を靴の中で動かしながら私は歩いていた。 「あっ」  とん、と後ろから誰かに押された。引っ張られるように前に私は倒れる。手から傘が離れ、私は地面に着く前に軽く振り向いた。黄色のレインコートを着た人がいた。私より身長が高い人だ。レインコートといえば子供が着るというイメージがある。だから、印象的だった。  私は地面の間にトートバッグが入り込んだ状態で倒れ、手から傘が飛び出た。着衣のまま風呂に投げ込まれたように、全身が濡れる。不思議なことに起きあがることができない。背中が痛い。レインコートの人はしゃがみ込み、私の体の隙間から鞄とトートバッグを引っ張り出して漁った。  お金目的の強盗だろうか。私は数千円の命だったのかな。  段々と、意識が薄れていく。じくじくと、お腹が痛んだ。  * * *   私は私が焼かれるのは見たくはなかった。  幽霊というものになった私は、昔にアニメ映画で見たように思うまま飛んでいこうとした。しかし、なぜかまるで壁があるかのように、ある区間までしか移動できない。それに、移動といえども鳥のように飛ぶことは出来なく、幽霊なのに歩くことしかできない。  私はこの後、参列者に混じって火葬場に行かねばならないのかと思いながら、お経の終わった部屋の端っこで泣きながら座り込んでいた。 「言ったでしょ、俺は見えるって。幽霊はいるって」  どこかの誰かがしている会話だろうと思い、私はヤケになってしゃくりあげながら歌った。どうせ誰にも聞こえないんだからと、お構いなしに大声で歌った。涙がぼろぼろと流れ、嗚咽さえ込み上げる。 「それ何の歌?」 「この前、音楽で習ったじゃん。テストするって言ってた……私はしてないけどっ……する前に死んだけど」 「ああ、したね。テスト。俺はAをもらったよ」  私は、はっとして見た。  笑いながらスマホをいじる五十嵐くんが私の横に立っていた。 「……なんで五十嵐くんが? ていうか会話してる?」 「見えるって言ったでしょ? だからいまこうして話しているわけじゃん。めそめそしているなんて秋月らしくないよ。笑えとは言わないけどね」  頭に手が当たるのを感じた。五十嵐くんの手だった。 「だって、こんなの泣くに決まってんじゃん……泣かない方がおかしいよ」 「でもほら、さっき彼氏さん来てたじゃん」 「そういう問題じゃないよ! ……それにどうせしばらくしたら、彼は私のことなんて忘れちゃうんだよ」 「なんで?」  五十嵐くんは、きょとんとしていた。 「だって私、死んじゃったんだよ?」 「死後について、専門外だけど……。見えて話すだけじゃなくて、触れるのもいけるみたい。さびしかったらついておいで」 「う、ん……」  私は立ち上がると、五十嵐くんはスマホをポケットに入れると歩き出した。 「あれ、そのスマホ……私のと同じのなんだね。偶然」 「そうだったんだ。気が合うね、俺たち。いままであんまり話したことなかったけど、これからはいつでも話し相手になってあげるから」  にこりと笑う五十嵐くん。私には彼が、まるで神様のように見えた。
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