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 ……と、まあ、なにもかも首尾よくいけばいいのだけど、 残念ながら人生はそう甘くない。 スキンヘッドを沈黙させたまでは良かったが、その後すぐに、数の暴力に屈してしまった。 まずいな、捕まった。冗談抜きで本当にこれはやばい。こんなとき絵里がいれば……。 「はあ、手間をかけさせないでくれよ。それで、掃除は終わったか?」  韓流の男は、腕を捻られて地面に膝を突かせられている私の目の前にしゃがみこんだ。私を捕まえたことで少し機嫌が良さげであった。  私の機嫌は最悪だけど。 「さっきまであんなに威勢が良かったのに捕まった途端黙り込むのか。まあいいさ、そっちの方が運びやすい。だが……」  奴はスーツに固められて動けない私の頰を殴った。反対にもう一発。 痛い。私は男を睨みつけた。 「女を殴るなんて最っ低」 「あの、そういうことはあまりよろしくないのでは?」 復活したスキンヘッドが男の顔を探りながら心配そうに聞く。 あれ?もしかして、見た目に反してこいつって優しいやつ?猫とか好きだったりするのかな。 「別に構わない。綺麗な顔を傷つけたのは失敗だったかもしれないが、内臓は傷つけてないからそっちの筋に売ればいい」 そりゃどーも、私は吐き捨てるようにいった。 「ならいいのですが」 スキンヘッドはあっさりと引き下がった。 え、別に私の心配をしてくれたわけじゃないんだ。わかってはいたのに裏切られたような気分を味わされた。ただ単に人身売買の商品として心配されただけだった。なるほど、これが痛みものの野菜の気持ちか。 「ところで、君はさっきから呑気に考え事をしているようだが自分の立場をわかっているのかな?」 そうだった。男にそれを言われて、忘れかけていた頬と捻られている腕の痛みが蘇る。ここからうまく脱出する方法はないかな。すると、男の奥、路地の入り口の建物の影に誰か立っているように思えた。あ、あいつ……。 「聞いてるのかい」 男が私の顎をがっしりと掴み、頰に再び痛みが走る。そして、ガムテープで口を塞がれた。どうやらこれ以上私に話をさせるつもりはないらしい。そもそも叫ばれないようにするには最初からそうした方がいい気がしないでもないが。 なにやってんのよあいつ。なんで来ないの? 「さっきのやり取りを聞いてわかったと思うが、内臓が無事で君が死んでなければどうとでもなると思うんだ。君は我々のことを馬鹿にした上、部下に怪我を負わせたんだ。しっかりと責任はとってもらおう。……さあ、どうやってとってもらおうか、そうだなぁ」 男は、私を頭から脚まで鑑賞物でも見るかのように、じっくりと品定めでもするかのごとく見た後、デコピンの要領で私の胸を人差し指で二回弾いた。そして、私の股のあたりをつついた。まるで楽しむかのように気持ち悪いくらいの笑みを浮かべて。 ……え、嫌、嘘、でしょ。それは、それだけは嫌だ。自業自得だからどんなに殴られてもいいけどそれだけはぜったいに 「まず最初に相手にして欲しいのは誰だい?特別に選ばせてあげよう」 私は叫んだ。身を大きく震わせ、涙を滲ませ今までにないまでに大きく。しかし心の声を内包した叫びは、自らの唇と粘着質な布に阻まれ吸われ、ようやく鼻から外界に出ても、ただただ虚しく決して高くない音を出すだけだった。 「それくらいにしてやってくれ。そいつが先に手を出したのかもしれんが嫌がってるだろ」 声の出所は路地の入り口、一人街灯に照らされてタバコを咥えフードを被った男。 健……。やっぱりあの影あなただったのね。私はほっと胸をなでおろした。 健はタバコに火を点け、一息分吸った後に言葉を続けた。 「そいつは知り合いなんだ。ここは俺に免じて許してくれないか?」 「……あなたが誰か知らないが、彼女は部下を傷つけたんでね、そう簡単に許すわけにはいかないんだ」 男が立ち上がって答えた。 「でもガムテープくらい剥がしてやったらどうだ?痛そうだろ」 「痛そうだろうがなんだろうが、叫ばれて困るのはこっちなんでね。さっきも危なかった……あなたは来ましたがね」 「んじゃしょうがない、別のやつに頼もう」 「勝手に部下に指図しないでもらいたい」 「わかったよ。別んとこから連れてくるよ」 健は振り返ってその場を立ち去ろうとした。 「待て。君は頭がおかしいのかな?このまま無事にどこか行かせるわけがないだろう」 「じゃあどうする?」 「やれ」男は低いトーンでスーツの部下たちに命令した。 一斉に、私を掴んでいるやつを除いて、健に走り出した。 五人の男の、街灯に照らされた影が重なり混ざった。 私を掴んでいる部下の一人がそれを見て一瞬掴みの手が緩くなるのを私は逃さなかった。 今度は私がその部下を地面に叩き伏せた。そして思いきり私の鉄槌を頬に食らわせてやった。 ガムテープを剥ぎ取り、こちらに気づいた男を対峙し、睨み合う。というよりは相手は怯んだようでこちらが一方的に睨んでいるだけだった。 「覚悟はいい?」 「お、おい誰かこっ─」 言い終わる前に私は低い姿勢で相手の懐に入り込み、渾身の右アッパーを韓流イケメンの尖った顎に叩き込んだ。相手は今度こそ本当に、想像でなく後ろに倒れこんだ。一発で伸びたらしく、ピクリともしない。 ここ数日で一番清々しく晴れ晴れとした気持ちになった気がした。そのように思ったのも束の間、右拳の激痛に全ての感情がジャックされた。 健たちのほうを見ると、スキンヘッドがこちらに走ってきていた。 再びスキンヘッドと対峙する。距離は二メートルほど。相手がにじり寄り、大振りに殴りかかってきた。今度は向こうも手加減なしだった。左手でそれをカバーするが勢いを殺しきれない。しかし、それを利用して腕を掴み、足をかけ、背中を使って投げる。相手は着地しナイフを取り出した。  まじで?それは聞いてないって。さっきから思ってたけど、今回いつもより相手が強くない?  ほとんど間をおかず、相手はナイフを正面構え、突っ込んできた。私は思わず、両手で体を守った。避けるという選択肢を思いついたのはそのコンマ何秒後であった。  しかし、ナイフが私を傷つけることはなかった。相手が駆け出したときに助けに来てくれた健が、相手を後ろから殴り伏せたのだ。 「ありがとう、助かったわ。健」  部下たちをほぼ一人で倒した健はこちらを呆れた顔で見ていた。 「助かったわ、じゃねーよ。カエデちゃんとわかってるか?こいつらは」 「あら、『カエデちゃん』なんて呼んでくれるの?嬉しい〜」 手を口元に持っていき可愛い子を演じてみて、ちらりと健を見る。 完成させたロボットの脇に落ちている未使用のネジを見る目だった。 「冗談でしょ。やめてよ、私が本当にそんな人みたいに。わかってるわよ。こいつら人身売買とかやってた俳優崩れでしょ」 「よくこいつが俳優だとわかるな」 「だって、イケメンだもん」 「すると俳優崩れなのか?」 「じゃないの?」 「まあ、いいんだが……いや、よくない。だからこいつらはただの人身売買やってる奴らだからな。小規模な奴らだからといって、いつもみたいなただのチンピラや窃盗犯とは違う。素人が手を出していい相手じゃない」 「でも、あなたは倒した」 「……まあ、な。治安も悪くなったもんだよ、まったく」  健はなんとも複雑な顔をしていた。 「ていうか、あんた私が触られてるのみてわざと助けるの遅らせたでしょ」 「いや、別に、懲りないかなとか思ったわけじゃ……ごめん」  言い逃れがどうやっても無理だと悟ったのか、素直に謝った。 「別に謝ることなんてないよ。いくら彼女の友達だからって。それに今回は助けてもらったし」 「今回も、だろ。ていうか彼女の友達とか言わずに幼馴染でいいじゃん」  健は再び呆れたように、そしてどこか寂しそうに言った。私は彼の顔を見る。さっきの話で彼の耳が赤くなっているように見えた。幼馴染で一人残された身にもなってほしいものだ。 「そうね。あ、そういえば絵里から電話なかった?」 「あったよ。それでここにきたんだ。カエデが危なっかしいから近くにいるなら行ってって」 「おー、ついに恋人同士の会話に参加してしまったか」  私は助けてもらったことに悪びれずに嬉々として答えた。 「……まあいい、とにかくこいつらはいつもの始末でいいんだよな?」  絵里の恋人で幼馴染の彼は、話をそらすかのように、そして確認するように聞いてきた。そりゃ、久々にこんなことすれば心配にもなるだろう。 「うん、いつも通り警察呼んでくれる?」 「今回はしっかりお前もいろよな。あと呼ぶ間も無く巡回がここを通る。あいつらずっと時計確認してたろ」 「わかってるわよ……え、ていうかなんで時計見てたこと知ってんの?健いつからいたのよ」 「それは……企業秘密」 「……馬鹿」  はあ、疲れた。今から聴取とかだから遅くなるだろうな。横目に、街灯に照らされた頼もしい顔つきの彼をしばし見つめる。あーあ、あとでしっかり絵里にもお礼言わないとな。
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