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 人工桜を見ておばあちゃんは泣くのだ。  ハニリにはその理由がわからなかった。 「どうして植物は絶滅させられたのですか。あんなにも美しいのに」  ハニリは外の人工林を指差しながら言う。 「あれは考えて作られた物だからだよ。本物はもっと醜い。物言わぬ悪魔は私たちを隠れて侵略していたのだから」  私は子供に言い聞かせるみたいに勤めて優しく言った。だが、ハニリはバカにされていると感じたのか声を荒げた。 「それは知っています。人間を奴隷にして、地球を支配していたって言いたいんですよね。でも、種一つすら許されずに絶滅させられるなんておかしいと思わないんですか」 「おかしくはないさ。奴らは悪魔だからね」  私は本と資料に埋もれた机から地球儀を引っ張り出した。磨き上げられた木の台座に金属製のフレームが地球を支えている。  膝の上に乗せ、ハンカチーフで埃を拭う。台座に刻まれた文字が現れた。 「ヘリオス人工環境園:第四代館長:ブライユ・F・ランダー」  ハンカチーフの通った跡は、式で受け取った時と変わらない光沢を取り戻し、青と緑が現れる。  ボストーク1号に搭乗した人類初の宇宙飛行士、ユーリ・ガガーリンの名言を、Japaneseは「地球は青かった」と訳すらしい。  その国では昔、緑色も一絡げに「青」と読んでいた。  祖母はJapaneseだったから、翻訳機の訳す「Blue」の単語を翻訳間違いだと思っていたが、祖母の古い慣習に対応していなかったせいだった。  緑も青だとすれば、名言の訳は正しかったに違いない。  一世紀前は地球は彼らの物だった。  外に広がる人工樹林より何万倍も大きい土地を植物は覆い尽くしていた。  館長就任時に与えられるこの記念品は、植物の脅威を再確認させるためにある。青と黄土色の地球ではない、青に染まった地球の恐怖を。 「…………本当に絶滅したのでしょうか」  ハニリは誰にも聞かれないように呟いたつもりなのだろう。  だが、狭い館長室において私の耳に届くのは必然だ。 「ハニリ」  ため息とともに出た言葉だが、自分でも驚くほど強い声になった。  彼女も聞かれていて、まさか怒られるとは思わず、なんとか言葉を探していた。 「……人間を残らず殺せと言われても、それは不可能でしょう? 人間より数の多い植物を刈り尽くせたとは思えませんし、何より、彼らの噂があります」 「《植林団体|サタニスト》か」  植物を絶滅させるべきではないと、焚樹を逃れた植物を裏で保管し、育てているという噂の団体だ。  物言わぬ悪魔達との共存が、楽園だと信じている。  上からは注意だけが命令され、焚樹隊が出動した記録もないので噂ばかりで実害のない都市伝説のようなものだ。  人工環境園はその役割からサタニストの集会所などと言われることもある。ハニリみたいなサタニストに近い考えを持つ者が働いているだけで、世間からはバッシングが飛ぶのだ。  彼女は一度、調査しないといけないか。 「……信じているかね」 「全人類が植物を憎んでいたなんて信じられません。植林団体がいてもおかしくはないでしょう?」 「ハニリ、君は危険な思想を持っているようだ」  彼女は頭を振った。 「私は植物を復活させようと思っているわけではありません。知りたいのです。植物は悪魔だったのか、あなたが言うように醜かったのか」  私たちは悪魔を知らない世代だ。  悪魔は全て焼却され、代わりに人工樹林が立ち並んでいた。  教科書に載っていたミイラみたいに干からびた男の絵と、ぼかされた事務的な説明でしか知らない。  大人が口を揃えて言う惨事を、大人になった私たちはリピートするしかない。 「私が決めたいのです」  ハニリの言葉が私を焼いた。  支度は五分もかからなかった。  人工環境園に覆い被さるドームに吊るされたロープウェイは、赤い車体にソファがつけられているだけの簡単な箱だ。  軋む音がモーター音より大きいが、人工樹林が放出する酸素が園内で通常の車を使えなくさせるから、移動手段は園内用自動車かこのオンボロである。  専用車は許可が降りないと使えない。  職務を放棄して脳漿墓地センターへ遠足に行こうとしている私たちはには、古すぎて情報管理されていないこのオンボロに乗るしかないのだ。  ヘリオス園の外縁に着くまで、景色の変わらない緑の絨毯を飽きもせずにハニリは眺めていた。  館長の私が居なくともフルオートで稼働してくれる人工環境園は、仕事をサボるのに丁度いいが、抜け出すとなると一苦労だ。  一つの角に二つの監視カメラがあるし、八つの扉全てに生体認証が必要だ。  住み込みで働く私たちに外出の許可は与えられて居ない。侵入から守る城は、強固な牢屋にもなっている。  だから、私はハニリにボンベとゴーグルマスクを渡した。  ハンドルを全身の力で回すと、プシューと空気が漏れる音を出しながら扉は開いた。生ぬるい空気と肌を撫でる湿気が身をすくませる。  両手で包めない筋肉を思わせる幹、太陽の光を遮る葉、どれも作り物だとわかって居ても、飲み込まれそうな不気味さは拭えない。  毛穴から玉のような汗が出た。  上から眺めるのと同じ場に立つのでは雲泥の差だ。シャツが張り付くから動きにくい。  ここに長居すると気が狂いそうだ。  ハニリに「来い」と短く言うと歩いて目的地へ向かった。大地に這う根のせいで走れないのがもどかしい。  ぽっかりと空が見える、人工樹林のない場所があった。  コンクリートで地面が固められ、その中央に変色したハッチがある。前任のヘリオス園館長から教わった秘密の抜け穴だ。  人工樹林の管理に必要な液体の通る管があるトンネルに繋がっているから、薄暗く掃除の行き届いていない、上よりジメジメした場所であるが、気分はまだマシである。  ボンベと外したマスクを背負い、ハニリの息が切れるまでずっと歩いた先にある別のハッチを開けると、赤い塗装が所々禿げた車にもたれかかっている白衣の男がいた。 「連絡をくれるなんて珍しいなビー」 「変わらないなラズベリー」  私たちは力強い握手をした。学友との再開を喜ぶのは車でもできる。  ボンベとマスクを積み込み、クーラーの効いた車内に陣取った。シートに転がったコーラの缶を開ける。 「監獄から出られるならもっと早く連絡をよこせよ。終身刑かと思ったぞ。お前と会えるのは棺桶の中なのかと、涙を流しながら考えてたのによ」 「脱獄だから時間がない。シャバを味わうのはまた今度だ」 「寂しいねえビー、お前が館長に選ばれるとは誰がわかるってんだ。ところで、後ろのお嬢ちゃんは誰だい?」  ラズベリーは自動運転が付いていないのに腕を回して後ろを振り返った。  私は慣れているが、ハニリは気が気でないようだ、焦りながらも自己紹介をする。 「ハニリです。ヘリオス人工環境園には先月入館しました」  欠けた歯を見せながら、ラズベリーはニッと笑い、 「そうかい。ビーは面白くない人間だから、お前さんが盛り上げるんだよ」  と厚かましいことを言う。  私とラズベリーが離れた年月を埋めていると、ガラス張りのチグハグな建物が見えた。 「あそこがハップル脳漿墓地センターだ」 「ええ、私もきたことがあります。祖父と祖母があそこに」 「……そうかい」  ここは、死んだ人間の脳が保管されている。脳だけを取り出し、他は灰にしてゴミ箱へ捨てる。  だから、大抵は墓参りするときはセンターに来て、脳から得られる情報を追体験しながら天に祈るのだ。  私とハニリはここへ、植物に関する情報を調べに来た。  ラズベリーが居るので手続きは簡単に進んだ。私たちに割り当てられたのは運動ができそうな広い部屋だ。  壁も天井も白く、よく見れば細かい穴が空いている。  三次元ゴーグルから視覚情報を、この小さな穴から発せられる衝撃波で触覚と聴覚を補う。  ハニリは初めて来たのかクルクルと回りはしゃいでいる。 「そういえば、誰の記憶を見るのですか」  目的を忘れているわけではないようだ。 「君の祖母だ」  彼女の回転がピタリと止まった。まさか自分の家族だとは思っていなかったようだ。  だが、言い出した者が生贄となるのは必然だろう。どちらにせよ脳の情報を見るには血の繋がりがいるので、家族のいない私では不可能だ。  車から降りるときにハニリのポケットからスったカードをパネルにかざし、家系図の中から祖母のシエフを選択する。  始まったのは、ねじれた映像だ。時間軸が戻るほど、人の脳は記憶を改竄するので歪みが激しくなる。  これは祖母の子供の頃だ。  手に持つのは小さな種。茶色く丸っこい、デコボコした半面が二つ組み合わさったような形状をしている。  それを、彼女はお菓子が入っていたであろう缶に入れた。  缶の中にはけん玉、キラキラしたカード、ガラスの宝石など、子供しか興味を持たないであろう《宝物|ガラクタ》が詰めてある。  そのおもちゃ箱の中に種も入れた。  そしていつの間にか空いていた地面の穴に箱ごとゆっくりと仕舞った。 「タイムカプセルか……」  祖母は目まぐるしく成長していった。彼女の脳に刻み込まれている出来事を、私たちは追体験する。  高校を卒業したあたりから、徐々に環境は変化していった。  花粉アレルギーの深刻化である。  春、外に出るときにドアを開けると、母親が倒れた。  花粉でショック死する事態が知られていなかった頃だ。ドアを閉めないまま、祖母は母親を叫びながら揺すっていた。  もう抗ヒスタミン剤や舌下免疫治療では改善は不可能だっただろう。  春は地獄になった。  場面はニュース映像に切り替わる。母親が倒れてから何年も経った後のことだ。それまで、祖母の時間は止まっていたのだろう。  植物の言語の発見。  急激な花粉の性質の変化に注目した学者、チャンドラ教授が、世界中の植物が互いに交信していることを発見した。  そして、植物を一斉に排除しないと、少しでも残すと人類に牙を向けることを知らしめた。 「植物は攻撃された分だけ攻撃する」  祖母の頭の中は、その言葉が何度も繰り返されていた。  劇的だった。植物が切り倒される映像が永遠と続く。  祖母は母親を殺された恨みを持って焚樹に参加していた。植物を倒すことだけしか頭になかった。  焚樹活動の中で男と出会った。子供も生まれたが木を殺すことは辞めなかった。  最後の一本はテレビの映像だった。  祖母は年を取りすぎていた。孫がいたことを、ハニリの存在を知らなかった。  母親と住んでいた家に戻って、ハニリと遊ぶ映像が続いた。  一本の桜の木がある。  ハニリとその桜を見ることが好きだった。あれだけ憎んだ植物が、美しかった。  いつものように眺めていると、幹に光る何かがあることに気づく。  それは、子供の頃大切にしていた、母親からもらったガラスの宝石だった。 「おばあちゃん。何で泣いてるの?」
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