Before
 わたしに関わらないでください―――導かれるままにゲームをプレイすることになった『渚』。ゲームのクリア条件として、彼の守らなければならないキャラ―――『次代勇者』の少女と、彼は何とか出会うことができた。しかし、彼は困惑した。何故ならその少女は、自らの死を望む、死にたがりの勇者だったのだ―――。
かいり
(ID r9hykKTBRCOCE)
5.とある妖精の過去
死にたがりの勇者と守り人
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死にたがりの勇者と守り人5…
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14 分
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俺の奥さん。猫 後輩
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鋼の心に灯すは紫炎~再生編…
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二人のズッキーニはかたみに…
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第一章 大いなる海竜種 1…
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死にたがりの勇者と守り人2…
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第一章 大いなる海竜種 …
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夏休みの終わる世界―第一話…
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 第一章 オールウェイ
 
 
 春先の夕暮れ時。凍える冬は終わりを告げて温かな春を迎えたばかり。土の中で眠っていた虫や植物が待ち遠しかった春の到来を受けて顔を見せ始める季節。
 それは人間も同じだ。ポカポカ陽気につられて外出する者も多くなった。街はそんな者たちで活気づいている。
 街の喧騒は平和と発展の象徴。絶え間なく聞こえてくる人間の声は心地が良い。こうして耳を傾けているだけでも穏やかな気持ちになることができる。
 茜色の空の下で行き交う人々を眺めていると平穏を実感できる。
 共感を得られることは今の時代において思いのほか少ない。人混みが煩わしいと思う人間が多い昨今、これが時代の流れなのだと実感せずにはいられない。
 くろがみひかるはそのようなことを考えながら買い物袋片手に人混みをかき分けていく。油断しているとすれ違い様にぶつかりそうだ。道を譲り譲られ歩幅を変えて、ただ歩くだけで気を遣う。
「やっぱりこの時間になるとかなり混んでくるな。さすがはアルカディアの中心ってところか」



 地方都市アルカディア。都市の中心であるセンター街には物資、情報、技術など様々なものが集う。それらを求めて人が集い、またさらに物資などが集う。経済と都市開発が活発化し、センター街を中心とした都市全域に交通網が張り巡らされ、多種多様な技術が発達し、急激な発展を遂げた。
 望んだものが手に入る理想郷。それがこの都市の代名詞だ。
「あれから随分経ったよな……」
 不意に過ぎ去った時間のことを思い出した。昔を思うと自分が買い物袋を片手に歩いているなんて、まるで出来の悪い笑い話のようだ。
「おーい! ひっかーるくーんっ!
 感慨に耽っていると街の喧騒を打ち消すような明るい声が飛んできた。
 声が聞こえた方に顔を向ければ、カフェのオープンテラスからぶんぶんと手を振っている女の子がいる。腰まである紫色の長髪が彼女の動きに合わせて揺れていた。
「早く早くっ。こっちだよ。来て来てっ」
 何が待ちきれないのか繰り返し手招きをして急かしてくる。彼女の無邪気な振舞いはそれだけで元気をもらえる気がした。
 そんな心の内は表に出さず、輝は肩をすくめながら彼女の待つ席へと早足に向かった。
「輝くんやっと戻ってきたぁ。頼んだもの全部買ってきてくれた? じゃないと晩御飯レシピどーり作れなくなるよ」
「買い忘れがあったとしても夕姫だったら美味いもの作れるだろ」
 丸テーブルを挟んでにこにこしている彼女の名前はかぐらゆうき。紫色の瞳と髪が特徴的な数少ない輝の友人。れっきとした成人女性なのだが、童顔な上に身長が一四〇弱とかなり小柄であるため中学生に見られることもしばしば。
 彼女としてはそれは甚だ不本意らしい。心中はお察しする。
「作れるけど足りない材料を他でまかなうのって大変なんだからねっ。メモ渡したんだからちゃんとそのとーりに買ってきてよぉ」
「買ってきたって。確認してみれば良いだろ、ほら」
「どれどれ…………うん、全部そろってるっ。やれば出来るじゃん輝くん」
「お前の中で俺はお使いで褒められる程度なのか……」
 そんな輝のささやかな抗議を無視して、逆に夕姫が不満げに頬を膨らませた。
「でもどーして私はここで留守番なのかなぁ? 一緒に行きたかったのにー」
「センター街ではぐれたら見つけるのが大変だからだよ。ついこの前もはぐれて合流するのに苦労したの忘れたか?
 その時のことを思い出して輝は疲れ切ったため息を吐いた。合流場所を決めても夕姫


はすぐに人混みに流されて居場所が転々とするので、落ち合うまでかなりの時間と労力を費やすことになるのだ。
 夕姫にも自覚はあるらしくバツが悪そうに――
「し、しかたないじゃんっ。こんなに人がいっぱいなんだから」
「夕姫はちっちゃいからな」
「ちっちゃいゆーな!
「痛い! 痛たたたっ! 割れる! 頭が割れるって!
 がっしりと頭を掴んだアイアンクローに悲鳴をあげる輝。夕姫の細腕から想像もつかない力で締めつけられて頭蓋骨がミシミシと音を立てた。夕姫の手を引き剥がそうとしても力が強すぎて引きはがせない。
 ひとしきり痛めつけて気が済んだのか、ようやく解放された輝はぐったりと突っ伏した。
「相変わらずの馬鹿力め……ゴリラだな」
「そのゴリラはテーブルくらい片手で持てるんだけど、これで殴ってあげよっか?
「ごめんなさい、許してください」
「まったくもう……ほかの女の子に身体のそーゆーことゆっちゃだめだからね?
 頬を膨らませて機嫌を損ねたことを表す夕姫。
「わかってるよ。お詫びに好きなデザート注文していいから。そのジュース代も持つよ」
「ホントっ!? すいませーんっ。チーズケーキとモンブランとガトーショコラくださいっ」
 目をキラキラさせて近くにいた女性店員にケーキ三つも注文。遠慮がなさ過ぎて清々しい。
「カロリーまでは持たないけどな」
「うっ……」
 忠告すると夕姫は唸った。ころころと表情が変わる夕姫は見ていて飽きない。
「モ、モンブランとガトーショコラはやっぱりなしでっ。チーズケーキだけでいいです」
「でも食べるんだな」
「いいじゃん別に。輝くんはなんか頼まないの?
「じゃあアイスコーヒー。ブラックで」
 かしこまりました、と愛想のいい笑顔を見せて女性店員は離れていく。ぼんやりとその後ろ姿を眺めていると夕姫が意地の悪い笑みを浮かべて顔を寄せてきた。
「カッコつけちゃって輝くんってば。あのウェイトレスさん気に入っちゃった?



「なんだよそれ」
「アイスコーヒー。ブラックで」
 目をキリッとさせて低い声を出す夕姫。真似のつもりだろうがクオリティの低さも相まって妙にイラッとする。
 もちろん、そんなことでいちいち怒りはしないが。
「ブラックで飲むのが格好いいなんて思ったことないよ。なに、女子目線だとそうなの?
「まっさかぁ。むしろなにカッコつけっちゃってんのあいつ、ってなる」
「どういう理屈だよ」
「女の子は甘いものが大好きなのです。だから甘くないコーヒーを飲める人はすごいのです。つまりすごい人はカッコイイのですっ!
「お前の理屈だろそれ」
 夕姫は苦いもの辛いものが苦手だ。彼女はコーヒーにいつも砂糖とミルクをこれでもかというほど大量に入れる。そんなやつはコーヒー牛乳でも飲んでいればいい。
「女心がわからないならもっと勉強しないとね。じゃないといい男の人になれないよ?
「ほっとけ」
 頬杖を突きながら顔を逸らした。夕姫にはそれが拗ねているように見えたのか――
「まーまー。でも輝くんってばすっごくラッキーなんだよ? 今日だって輝くんのためにわざわざ家に出向いて、手料理を振る舞ってくれる超献身的な女の子がいるんだから」
「そんないい娘どこにいるんだ?
「い、る、で、しょ、こ、こ、にっ!
 今度は両手で頭をがっしりホールドされる。また強烈なアイアンクローが来ると察した輝は慌てて弁明した。
「じょ、冗談だよ! いい友達を持って幸せだと思ってるよ!
「う、それはそれでちょっと複雑」
「……なんでだよ」
 これも女心ということか。指摘された通り確かによくわからない。
 気が削がれたのか夕姫の手から力が抜け、とりあえずは頭蓋骨を握り潰される危機は脱することができた。
 程なくして注文したチーズケーキとコーヒーがテーブルに置かれた。夕姫はすぐさまフォークを手に取るといかにも美味しそうにケーキを頬張る。幸せそうでなによりだ。
「そういや学校はどうだ? 今度、認定試験を受けるんだろ。確か第四階級だったよな



 夕姫は成人しているが専門学校に通う学生の身だ。現代では日常生活の基盤と言っても過言ではない魔術を学ぶ専門学生である。今日も学校で講義を受けた後だったりする。
 魔術を修めた者はその証として資格を持つことになる。下からフィフス・メイガフォースサードセカンドファーストアインアイ ン・ソフと続き、最高位がアイン・ソフ・オウルの八段階。
 大抵の教育機関の卒業条件にはフォース・メイガの資格取得が設定されており、社会に進出して活躍する魔術師のほぼ全てが第四階級以上の資格を有している。
「今のところ調子はいいかな。落ちることはないと思う。ただ最近あんまりやる気でないからその次の第三階級を受けるときはどうなるかわかんない」
「魔術大好きな夕姫にしては珍しいな。なんかあったのか?
 夕姫はフォークをくわえたままムッとした。
「輝くんが学校来なくなっちゃったからでしょ。目標にしてた人がいなくなっちゃったんだから、そりゃモチベーション下がるよ。輝くんに追いつくために頑張ってたよーなものだし」
「中退した脱落者を目標にしてどうするんだよ」
「いやいやいやいやっ。なにゆってんのさ。輝くん成績上位だったじゃん。それに魔力
の測定で保有量と出力量が学内ダントツだったの知ってるんだよ? 卒業するまでにはセカンド・メイガの資格取れるかもしれないって先生もゆってたよ」
「取れるか。俺が魔術師として欠陥抱えてるの知ってるだろ? 第五階級でさえギリギリだったんだ。これ以上の階級は無理だよ」
「うっ……輝くんの体質のことは知ってるけど。でもぉ」
 卑屈な物言いが気に入らないらしく、夕姫は食い下がろうとしてくる。目標としている人物が自分を否定していたら反発したくなる気持ちはわからなくもない。
「俺はともかく、第三階級なんて夕姫なら卒業する頃には取れるよ」
「そ、そかなぁ?
「取れる。大丈夫。俺が保証する」
 本人に自覚はないが夕姫は相当な努力家だ。理解できないことがあれば理解できるようになるまで学習する。出来ないことがあれば出来るようになるまで練習する。そこに注ぎ込まれる熱量は他の人間の比ではない。
 努力できるというのは何よりも重要な才能だ。きっとこの娘は自らの夢を自らの力で叶えることができるだろう。
 それが幸福であることを輝は知っている。
「む、なんか輝くんすっごく生温かい目で見てない? もしかして馬鹿にされてる?



「せめて温かい目と言え。馬鹿にしてるわけじゃないよ。ただこう、平和だなと思ってさ」
「うわ、急に年寄りじみたことゆい出したよこの人」
「うるさいな」
 茶化されてやや意地になり、輝は語気を強めた。
「一〇〇〇年前のディオスマキで世界人口が半分まで減って、魔獣が世界に蔓延るようになって、人間にとって生きていくのが難しい世界に変わったんだ。明日の心配どころか数分後に魔獣に殺されるかもしれない、残された僅かな食糧と住処を人間同士で奪い合う過酷な日々が続いてた。それが今じゃこうしてケーキ食いながら他愛のないことを話してられる。当時じゃ考えられない贅沢だ。これが平和じゃなかったら何なんだよ」
 ディオスマキ。今はもうただの歴史となってしまっているが、知らない人間はいない。
 この大地の資源を際限なく食い潰す人間を排除しようとした神と、それを良しとしない神による争い。多くの神々が命を散らし、その戦禍に人類の半数が焼かれて死に絶え、大地に決して浅くない傷跡を残した。
 愚かな神々は緑豊かな大地を自ら破壊して生命を赦さない地獄を創り出したのだ。
 それにより人類は衰退を余儀なくされた。かつての文明はほとんどが滅び、残された技術はあまりにも少ない。
 それでも、かつての栄華に引けを取らない文明を築き上げたのだ。
 世界に脅威はいまだあれど、いまこの時が平和であることは揺るがない。
「その話になるとまるで見てきたみたいにゆーよね、輝くんって」
「……教科書でな」
 熱弁をごまかす輝の様子に夕姫はにこりと笑った。
「まぁ一〇〇〇年前なんて私たち生まれてないから実感わかないけど、輝くんがゆってることも何となくわかる気がするよ。そもそも神様なのに戦争起こすことが間違ってるんだよ。そのせいで魔獣なんて怖い生き物が生まれてきちゃったわけだし」
「死んだ神のマナが大量に大地に降り注いだからな。そりゃ生態系も狂う」
 マナとは万物を構成する最小物質の呼称である。生物が大量のマナを取り込むと突然変異を起こし、今ままでにない特性を得ることが過去の研究からわかっている。
 最たるものが魔獣と呼ばれる生命体だ。魔獣はそのほとんどが凶悪で凶暴。縄張り意識が強く、他の生物が侵入してくれば何であろうと襲いかかる。さらに繁殖力が高く、異種族とも交配が可能であるため魔獣の総数は増加の一途を辿っている。
「けど魔獣なんてまだ可愛いもんだよ。アルカディアの防壁は頑強だし、魔獣狩りに特化した狩人も多い。ここに住んでる限り魔獣に襲われることなんてそうそうない。それよりも……」



 輝は視線だけで店内のテレビを指す。夕姫もつられてそちらに顔を向けた。そこではニュース番組が放映されており、キャスターが淡々とした口調で原稿を読み上げている。
 アイン・メイガス使退かんざきフロ ーズ ヴィ トニフロ ーズ ヴィ トニパルティ
 移り変わった画面には崩壊した街並みが映し出されていた。まるで怪獣映画のセットのように見えるそれは現実にあった破壊の爪痕。二ヶ月も前から復興作業は始まっており、建築中の建物がいくつか見受けられるが、それでも壊れた道路や建物の瓦礫が目立つ。
 フロ ーズ ヴィ トニフロ ーズ ヴィ トニフロ ーズ ヴィ トニフロ ーズ ヴィ トニフロ ーズ ヴィ トニフロ ーズ ヴィ トニだんまつなきがらほうマナマナマナマナフロ ーズ ヴィ トニいかしゅ うあパルティパルティパルティパルティしっ
 《皆さん御存知の通り、神滅大戦で滅んだ神の魂を持つ人間――すなわち転生体が、自分の中に宿している神に人格を奪われることによって覚醒体が生まれます。神と呼ばれるくらいですから当然、その力は我々人間が及ぶべくもありません。世界で十二人しかいないフロ ーズ ヴィ トニとつじょでもない限り単独で対抗することは難しいでしょう》
 フロ ーズ ヴィ トニフロ ーズ ヴィ トニパルティフロ ーズ ヴィ トニマナフロ ーズ ヴィ トニフロ ーズ ヴィ トニさら
 フロ ーズ ヴィ トニフロ ーズ ヴィ トニこなみじフロ ーズ ヴィ トニりょ うじょくフロ ーズ ヴィ トニフロ ーズ ヴィ トニディオスマキかこむしパルティパルティとっパルティもうろうフロ ーズ ヴィ トニあえじゅ うりにじルール・ディファインペイン・オブ・ザ・ブラッえい しょフロ ーズ ヴィ トニフロ ーズ ヴィ トニフロ ーズ ヴィ トニマナフロ ーズ ヴィ トニマナルール・ディファインソード・オブ・ザ・ハートフロ ーズ ヴィ トニマナフロ ーズ ヴィ トニフロ ーズ ヴィ トニマナ
 覚醒体が現れる度にこの手のニュースが放送される。一体の覚醒体が現れるだけでどれだけの被害が出るか。身を守るにはどうすればいいか。専門家たちは覚醒体の恐ろしさを延々と語るのだ。
 聞いているだけで気分が悪くなる。無意識に拳を固く握りしめていた。
「転生体……そう呼ばれる人間が生まれてしまったことの方がよっぽどだ」
「やめて輝くんっ!
 夕姫の声に叩かれて渦巻いていた熱が急速に冷えていく。夕姫の方へ視線を戻すとテレビから目を離して耳を塞いでいた。
「その話、本当に嫌なのっ。私の前でその話はしないでってば! 前にもゆったよ!
 過去に何かあったのか、夕姫はこの話題を極端に嫌う。
 この世で魔獣以上に忌み嫌われている存在が転生体や覚醒体だ。否、嫌われているなどと生優しいものではない。転生体と覚醒体は、そうであるというだけで人間として扱


われない。迫害され、排斥され、化け物として扱われる。
 この理想郷では他の地域と比べてその風潮は弱い。世界的に珍しい場所だが、そういう存在が恐れられているという現実はやはり変わらない。
 夕姫がこの話題を嫌うのも仕方がないと言える。
「……悪い、そうだったな」
「う、ううん……私も、おっきな声出してごめん」
「夕姫のことを考えなかった俺が悪いんだ。気にするな」
「ごめん……」
 しょんぼりと項垂れてしまう夕姫に輝は頭を掻きむしった。
「まあとにかく、都市の中にいる限りは魔獣に襲われる心配なんてないってことだ」
「うん。でも都市に魔獣が入ってきた時を想像すると、ちょっぴり怖いなぁ」
「だろうな。アルカディアには魔獣を見たことない人間がいるくらいだからな」
 魔獣が蔓延るこの時代において本物の魔獣を見たことがない人間がこの都市には確かに存在する。夕姫もその一人である。
 ある意味では良いことだ。この都市がそれだけ安全だという証なのだから。反面、懸念もある。魔獣を目の前にしたとき、正しく行動することができる人間は果たしてどれだけいるだろうか。
「輝くん、あの、ね?
 夕姫はモジモジとしながら顔を逸らしたまま視線だけをこちらに向けた。
「もし、もしだよ? もし私が危ない目に遭ってたら、輝くんは私を守ってくれる?
「当然だろ。何をいまさら」
 唐突な問いに疑問を持つよりも早く輝は答えを口にしていた。
 即答されたその答えに夕姫のしょぼくれていた表情が華やぐ。
「えへへ、そっか。えへへ」
「なんだよにやにやして。気持ち悪いやつだな」
「気持ち悪いってひどくない!?
「事実だから仕方がない」
「むぅー」
 ぷくーっと頬を膨らませる可愛らしい仕草に輝は相好を崩した。
 ふと夕姫の表情が陰る。
「ねぇ輝くん、なんで学校辞めちゃったの?
 唐突な問いかけに輝は一瞬だけ首を傾げたが、夕姫が何を言いたいのか察して逆に問いを返した。
「戻ってきてほしいのか?



「そう、だね。今までいた人がいなくなるのはやっぱり寂しいよ」
 言いながら夕姫は目を伏せる。そう思ってもらえることのなんと嬉しいことか。それをおくびにも出さず輝は続ける。
「今もこうして会えるだろ。行動範囲が変わっただけで二度と会えなくなったわけじゃない」
「私が連絡しないと会わないじゃん。輝くんから連絡くれることなんてほとんどないし。だいたい普段なにしてるの?
「バイトだよ。そんな気にするな」
「輝くんの住んでるマンション、家賃すっごく高いでしょ。アルバイトの収入で足りると思えないんだけど」
「足りるんだなこれが」
「なぁんかうさんくさい。輝くん誠実って言葉知ってる?
「もちろん知ってるさ。夕姫にはそう接するように心がけてるつもりだけど」
「そうやって軽くゆっちゃう辺りがうさんくさいんだよっ」
 不貞腐れてそっぽを向いた夕姫の反応を見て輝は穏やかな気持ちになった。こういう時間がいつまでも続けばいいのにとつくづく思う。
 そんな時間に水を差すようにポケットから着信音が聞こえた。ディスプレイに表示さ
れている名前を見て、この陽だまりの時間が終わったのだと理解した。
 輝はそれを惜しみながら、携帯端末を耳にあてる。
「もしもし」
「輝、今どこにいる?
 電話口から聞こえてきたのは男の声だ。その声には焦燥が滲んでいた。
「センター街だ。夕姫と一緒にいる」
「そうか。悪いんだが緊急で依頼をしたい」
 電話の主――たわかたどは単刀直入にそう切り出した。その事務的なやり取りにチリチリとうなじがひりつく。
「アルカディアの近辺で覚醒体が確認された」
 全身の血が沸いた。
「足跡を辿ったが、明らかにこの都市を目指してる。その覚醒体に襲われたっつー被害報告も上がってる。何が目的かは知らんがここで暴れられたらとんでもないことになる」
 人間を傷つけた覚醒体。それは黒神輝がこの世で最も憎むべき存在だ。
「場所は?
「東ゲートだ。まだ二○キロほど離れてるがまっすぐ向かってる。徒歩だからここに辿


り着くのは夜になるはずだ」
 センター街から東門までは五○キロメートル。交通機関など足があることを考えれば、武装を整えて移動するには充分な時間がある。
「頼む。ギルドを通して他の狩人にも依頼を出してる。だがあくまでも寄ってきた魔獣の露払いためだ。オレたちティル・ナ・ノーグからも部隊も向かわせる。覚醒体が襲撃して来た場合、連携して迎撃にあたってくれ」
「……了解した」
 通話を切ると、こちらの様子に何かを感じ取った夕姫が不安げにこちらを見つめていた。
「どう、したの?
「ああ、ちょっとな。悪い夕姫。急用ができた。また今後ご馳走してくれ」
 心配させまいと取り繕った笑みを張り付けて、輝は支払い用に財布から高額札を一枚抜き取ってテーブルに置いた。
 こういうことは今回が初めてではない。こう何度も夕姫の厚意を無下にすることは心苦しいが、事態が事態だけに仕方がない。後日埋め合わせをするにしても許してくれるだろうか。
「待って!
 テーブルを乗り出して夕姫は輝の腕をがっしりと掴んだ。骨が軋むほどの力で掴まれて簡単に振り解くことができない。
「おい、夕姫っ」
「……ぎ貸して」
「え?
「鍵貸してってゆったの! 私と遊んでるのに、いっつもそうやってどっか行っちゃう! 輝くん家で待ってるから鍵貸して!
「なんでそうなるっ!?
 夕姫が怒るのは仕方がないが、それにしても怒りの方向がおかしい。
「輝くんのばか! ばかっ! ちょーばか! いいから貸してってゆってるの! じゃないと私もついてくからねっ!
 それは困る。とても困る。しかしここで言い争っていても夕姫は聞く耳を持ちそうにない。止むを得ずポケットから取り出した鍵を夕姫に渡した。
「さ、最初っからそうしてくれればいいのっ」
 手渡された鍵を夕姫は不機嫌な顔のまま大事そうに両手で抱え込んだ。
「じゃあ、輝くん家で待ってるからね。ちゃんと帰ってきてよ」
「……すぐに帰れるかわからないぞ」



「帰ってくるまで待ってるもん」
「それはダメ――」
「待ってるもんっ!
 みなまで言わせず輝にずずいと顔を寄せてくる。不満不服、そういった感情が隠されることなく表に出ている。
「わかったよ。待っててくれ」
 家で待っているだけなら別に支障はない。すでに成人なのだから外泊したところで不自然なことは何もない。ちゃんと連絡しておけば彼女の両親も口うるさくは言わないだろう。
 根負けして夕姫の頭に手を置いた。それだけで彼女のしかめっ面がふにゃりと緩む。
 小動物のような愛らしさに思わず苦笑してしまう。
「じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃーい。えへへ」
 機嫌が悪くなったり良くなったり、忙しない夕姫の声を背中越しに聞きながら、輝は東ゲートへと足を向けた。
 貼り付けた笑みは剥がれ落ち、決して夕姫には見せたことのない冷たさを蒼眼に宿していた。
 
 
 時は少し遡る。
 どこまでも広がる蒼穹。浮かぶ雲は空高く漂い、天に翼を広げる鳥たちは自由気ままに飛び回っている。それを羨んだことは数知れない。
 見上げた顔を水平に戻すと広がっているのは荒涼とした大地。廃墟と成り果てた建造物やその瓦礫からは、かつて栄えていたであろう過去の文明が感じられた。
「世界のどこに行っても神滅大戦の爪痕が残っているのね」
 身の丈ほどある銀の長髪が風になびく。その髪を押さえながら背後にある都市を一瞥した。
 高さ三〇メートルはあろうかという防壁。その向こう側に見えるのは天を衝くほど高い摩天楼の数々。栄華と文明の象徴。その大地と対称的な繁栄の世界。
「理想郷アルカディア。聞いた話だとここにいるってことだけど……さて」
(都市に入る方法は考えてあるの?
 周囲に誰もいないにもかかわらず自分に話しかけてくる声があった。聴覚ではなく脳が直接捉えた声。
「……検討中」



 響いてきた声に銀髪の少女は苛立ったように答えた。ため息をつきながら都市を出入りするためのゲートに目を向ける。あれが堅牢であることは容易に想像がつく。
 都市に入るにはあのゲートの中で審査を受けなければならないらしい。
 審査。嫌な響きだった。
 銀髪の少女の手が無意識に右足へと伸びる。そこには肌を隠すように広範囲に渡って包帯が巻かれていた。
(聞いた話だと審査内容は手荷物検査と身体検査らしいね。もしかすると転生体だってことがばれちゃうかも)
「それで門前払いならまだマシだけど、下手すれば拘束されるかもしれないわ」
 転生体。魔獣と等しくこの世で忌み嫌われている存在。味方などなく、誰にも信用されない人類のはぐれ者。周りは敵か、いずれ敵になる者だけ。その中で絶対に裏切らないのは自分しかいない。
 この身体に宿る神は世間一般で言われている神と比べると友好的だが、いつか裏切らないという保証もない。
(じゃあどうするの? 私の力を使っちゃう? かなり高い外壁だけど頑張れば登れないこともないと思うよ)
「何か対策してあるに決まってるでしょ。バレたら人探しどころじゃなくなるわよ」
 実のところ、ほんの少し期待はしていた。理想郷とまで呼ばれる場所であるなら転生体の自分も受け入れてくれるのではないか。居場所を作ることができるのではないかと思っていた。
 しかし身体検査を行っているということは転生体が都市に入らないかチェックしているということになる。
「結局、ここも他と同じってことね」
 諦観と共に息を吐いたとき、近くに生物の気配を感じた。
「近くに魔獣がいる。ちょうどいいわ。路銀も尽きかけてるからここで狩っておきましょ」
 九時の方向に二体。距離は三○○メートルほど。肉眼でも確認できる。黒い体毛に覆われた四足歩行の動物。体格はそこまで大きくない。大型犬くらいだ。
 頭を切り替えるにもちょうどいい。
ルール・ディファインまたたね。あの大きさだとランクEくらいか」
(群れからはぐれたのかな。まだ近くにいるかもしれないから大きな音は立てないようにね)
 ランクとはその魔獣の危険度を表す。ランクSからランクFまであり、当然ランクSに近いほど危険度は増す。ランクEまでが一人でも対処可能とされる目安だ。



 ルール・ディファイン単体のランクはEだが、群れられるとランクがCに跳ね上がる。群れが相手となると流石に一人では危険極まりない。
 手にしていた旅の荷物を足元に置き、深呼吸を一つ。それから息を止めて自身の中に意識を埋没させていく。
 深く、深く、ずっと深く。肉体という器の、魂のさらに奥底へと手を伸ばすイメージ。
 自分ではないモノが確かにそこに在る。神々しさを感じさせる力の塊。自分は望んでおらず、世界にとっても不要なモノ。しかし誰もが手を伸ばさずにはいられない強大な力。神の力。
 右足に巻かれた包帯の下から青白い光が浮かび上がった。包帯から透けて見えるそれは幾何学的な形を成す神性の刻印。
 神名。転生体の身に刻まれた神の呪い。
「来なさい――ソード・オブ・ザ・ハート
 虚空に左手を差し出すとそこから瑠璃色の輝きが迸る。彼女が呼びかけるとそれは質量を獲得してこの世に顕現した。
 白銀の弓。弓に本来あるべきしなやかさはなく、あるのは緩やかな曲線を描く曇りのない刃。鏡のような刀身が陽光を浴びて煌めいている。
 魔力で編まれた弦を引き絞る。その動きに合わせて矢が生成された。
(造形魔術だいぶ上手くなったね。次は連射できるようになるのを目指そっか)
「気が散るわ。黙ってて」
 このような力の使い方など上手くなりたいとは思わない。それでもこれに縋らなければ一人で生きていけない。そのジレンマが余計に自分を苛む。
 標的を見据える。狙いは胴体。深呼吸。息を細く吐き、肺を空にしてから呼吸を止める。
 射る。弓では有り得ない初速を以って矢が疾走する。三〇〇メートルの大気を貫き、一直線に標的の急所へと突き刺さった。
(すごいすごいっ。大して動かない標的ならこの距離でも当てられるようになったねっ)
 もう一体のペンタグラムうたかたがこちらに気づき、猛り狂って向かってくる。絶え間ない吠声は仲間をやられた怒りか。
 知ったことではない。
 すぐさま次弾を放つ。ルール・ディファインむくろがすでに走り抜けた場所に突き刺さったことに舌を打つ。
(動いている的に当てるのはまだ難しいかぁ。もっと引きつけてから撃ったほうが良い


よ)
「わかってる!
 すぐさま三本目の矢を造形。距離は五〇メートルを切っている。焦りから狙いもそこそこに放った矢は標的からわずかに逸れた。
 四本目の矢を造形しようとして――やめた。接近され過ぎた。この間合いでは外したときに即応できない。
 弓を両手で持ち直し刃を寝かせる。目の前まで近づいてきたマナほてがこちらの喉笛を食いちぎるために咢を開いて飛びかかってくる。
「やああああっ!
 それに臆することなく前方に跳躍。牙を躱してすれ違い様に刃を振り抜いた。
 肉や骨を断ったとは思えないほど軽い手応え。しかし振り抜いた刃は確実にルール・ディファイン《の左前後の足を切り飛ばしていた。
 足半分を失ったマナずがは着地に失敗して地面に激突。それでも怯んだ様子はなく、足を失ってなお標的に襲い掛かるべく地面を這いずっていた。
 これこそが魔獣の凶暴性の証明だ。四肢を欠損しながら衰えない攻撃性。この理性の宿らない目には敵しか映さない。
 足元に這ってきたディ スペ《《の首を《ねる。痛みもなかっただろう。魔獣はほん りゅ
ら許されず息絶えた。
 絶命と同時、《《がボロボロと崩れていく。七色の粒子がふわふわと《《のように漂い、風にさらわれて消えていく。その幻想的な光景は魂が天に昇っていくようにも見えた。
 あとに残ったのは、同じ輝きを放つ拳大の石が一つ。
 これが魔獣の末路。大量のじゅ うりを取り込み、突然変異を起こした生命は死を迎えたときにマナに還る。骸すら残らず塵となって世界に溶けて消えてしまう。残されるのは《《《結晶と呼ばれるたった一つの石ころ。
 まるで生きていたことそれ自体が無意味であると告げられているようだった。
 とてつもなくおぞましい。
 覚えた寒気に身震いしながら足元に転がる《《《結晶を拾い上げた。
(小さいけどこれ一つで一日分の宿代くらいにはなりそうだね)
 先に矢で貫いた方のルール・ディファイン《もすでに霧散している。それを回収したところでせいぜいが二~三日分だろう。しかしないよりマシだ。
「換金するにはどっちにしろ都市に入らないといけな――――っ!?
 呟いた声は突然の轟音に掻き消された。凄まじい衝撃が腹の底にまで響き、迸った閃光が視界を白く焼き尽くす。



「よもや外の世界を歩き回っているとはな。足跡を辿るのに苦労したぞ」
 白の世界で聞き慣れない男の声が聞こえた。ほどなく視力が回復したとき、そこには金髪の男が一人立っていた。紫を基調とした和装に身を包み、猛禽を思わせる金色の瞳が少女を見据えている。
「アルフェリカ=オリュンシアと見受けるが《《に?
 全身が粟立った。男から垂れ流されるおぞましい気配。どす黒く、醜く、汚い。べったりとこびりついて消すことのできない《《《な香り。
 罪業の色。
「……聞き慣れない名前ね。人違いじゃないかしら」
「ふむ、そうであったか。身の丈ほどもある美しい銀色の長髪で、夜明け前の空のように澄んだ瑠璃色の瞳を持ち、整った顔立ちはすべての男が振り返るほどの美女、と伺っていたのでな。汝の容姿は我が聞いていたそれにとても近いのだが……」
 加えて、と男は続ける。
「白銀の弓の神装宝具を持つ転生体だと聞く。汝の手にあるものはまさしくそれであろう?
 男は見透かしたように問いを投げかけてくる。
 誤魔化しても意味はない。この男は初めから自分のことを知っている。
「何者よ」
「我の名はザルツィネル。雷と風を司る神である。肉体は人間のものであるが故、この時代の者どもは我のことを覚醒体とも呼ぶようだ。我は気に留めん。好きに呼称すると良い」
 頭の中で警鐘が鳴り響く。ヤツに関わるなと本能が逃走を訴える。
「それで、あたしになんの用なの? まさか口説きにきたわけでもないでしょう」
「そのまさかだ。それほどの美しさ。傍に置いて愛でたいと思うのもおかしな話ではあるまい?
 聞こえた声に黒いモノを感じた。
「見え透いたお世辞をどうも。で、嘘をついてまで隠したい目的を聞かせて欲しいんだけど?
 そう、嘘だ。男の言葉には嘘がある。この男にはもっと別の目的がある。
 アルフェリカの言葉に和装の男――ザルツィネルは目を丸くした。
「ほう、言葉の真偽を量れるのか。なるほど。汝は審判者の転生体だったな。その力も当然というわけだ」
 ザルツィネルは挑発的に左腕を掲げる。
「ならば多くは語るまい。我と共に来てもらおうか」



「誘い文句としてはイマイチね」
 アルフェリカは【アン チ・マジ ック・シ ール】を構えた。いまこの場で逃げたとしても必ずこの男は追いかけてくる。覚醒体に追われたとあっては命がいくつあっても足りない。
 相手は覚醒体。人間の身体を持つ神。だがこちらは転生体。神の力を持つ人間。
 条件だけなら五分。
(余計な動作は要らない。無動作で、最短距離で刃を心臓に突き立てて。外れても胴体のどこかに刺されば致命傷にできる)
 指示から行動は一瞬だった。最短距離でザルツィネルに肉薄。【アン チ・マジ ック・シ ール】を心臓めがけて突き出す。
「むっ?
 完全に不意を突いた。加減など一切しなかった。
 疾風にも勝る必殺の刺突。それをザルツィネルはわずかに身を逸らしただけで躱し、刃と共に突き出された右腕を掴み取った。振り解こうにもびくともしない。
「これは驚いた。なかなかの思い切りの良さだ。泣き叫ぶばかりだったあの小娘が随分と変わったものだ」
「どういう意味よ」
 ザルツィネルの顔に亀裂のような笑みが浮かんだ。
「そう怖い顔をするな。実験台の上で喚いていた頃に比べると強くなったと褒めておるのだ」
「え……?
 過去が脳裏をかすめた。忘れ去りたいモノ。思い出したくないモノ。目を逸らしたいモノ。最も自分から遠ざけたい記憶が感情と共に押し寄せてくる。
 呼吸が乱れる。手足が震える。指先が冷たくなっていく。目の前が徐々に暗くなっていく。
(気をしっかり持って! あなたはいま太陽の下にいる!
 聞こえてくる声には焦燥が滲んでいた。それに縋りつくことで何とか踏みとどまることができた。だがその努力を次の一言がいとも簡単に打ち砕く。
「そうだ。我は魔導連合からやってきた。逃げ出した実験体を捕えるためにな」
「……あ、あぁっ……」
 冷たい石のベッド。得体の知れぬ薬品。器具が鳴らす金属音。天井から降り注ぐ白い光。自分を犯す無数の術式。向けられる好奇の目。すべてを暴かれる凌辱の日常。幾度も蹂躙され続ける苦痛の日々。
 フラッシュバックしたそれらが癒えない傷を刺激する。
 心が決壊した音を聞いた。震える指先から滑り落ちた【アン チ・マジ ック・シ ール】が音を響か


せる。
(アルフェリカ! しっかりして! アルフェリカ!
 必死の声はもう聞こえていない。ザルツィネルから目を逸らすこともできず、アルフェリカは腰を抜かしてへたり込んだ。
 いとも容易く戦意を失った姿にザルツィネルは落胆を隠さない。
「ソーサラーガーデンで一〇〇を超える人間を斬って捨てた者と同じとは到底思えぬな。まあよい、せめてもの慈悲だ。怯えるくらいならしばらく眠るとよい」
 口にした言葉とは裏腹に、嗜虐的に口角を吊り上げたザルツィネルの魔手がアルフェリカへと伸びる。
 異変が起きたのはその時だった。
 アルフェリカの身体から青色い輝きが放たれた。幾何学的な文様が全身に浮かび上がり、激しく明滅する。そして視認すらできるほど濃密な魔力が瑠璃色の風となって吹き荒ぶ。
「じゃー、あなたもその一人に加わってみる?
「っ!?
 一閃。白銀の剣線が横一文字に閃いた。眼前の男の胴を分かつために放たれたそれは、しかし躱されて和装に切れ込みを入れただけだった。
「同じ神でありながら人間に与するのか、女神よ」
 ザルツィネルは嫌悪を隠そうともせずアルフェリカの姿をした女神を睨みつけた。並みの人間であればそれだけで心臓が止まるほどの威圧を受けて、女神は涼しい顔で受け流す。
「いまのアルフェリカじゃ自分の身を守ることはできなさそうだしね。それにそーゆー契約なんだ。私の願いを叶えてもらう。代わりに私の力を貸してあげるってゆー。とりあえず、この場を乗り切るまでは私が相手してあげちゃうよ」
「肉体を奪えるほど神名の侵食が進んでいるというのに、事が済めば明け渡すというのか? 何とも酔狂だな」
「ゆったでしょ。契約なの。私そーゆーのはちゃんと守るんだから。それに人間は彼が愛した生命だからね。目の前で不幸になるのを見過ごすのは流石に夢見が悪いよ」
 女神は弓刃の切っ先をザルツィネルに向けた。
 対してザルツィネルは両手を帯電させて臨戦態勢を取る。魔力が廻り、全身に刻まれた神名が紫紺の輝きを放つ。
「そうか、ならば致し方ない。女神が相手となっては実力行使もやむを得まい!
 電圧が膨れ上がり、大気が爆ぜた。放たれたのは雷速で迫る紫電の槍。人間では認識と同時に死に至る必殺の一撃。



「ふっ!
 裂帛の気合いと共に恐るべき速度で【アン チ・マジ ック・シ ール】が振るわれた。音速を超えて振るわれたそれは衝撃波を伴い、雷撃をこともなく払い落とす。落とされた雷撃は着弾と同時に地面を爆砕。土塊を四散させる。
 その目を疑う出来事にザルツィネルは絶句して瞠目した。
「ふふん。びっくりした? びっくりした? 雷って秒速一○万キロメートルってゆーもんね。こんな防ぎ方されたことってないでしょ」
 雷を弾き返すなど神を以ってしても不可能だ。仮に認識できたとしても人間の肉体では反応できない。
「ってゆっても狙いをつけるために微細な電流を飛ばして雷撃を誘導してるでしょ。そんな前もって合図してくれてたらタイミング合わせれば簡単に打ち落とせるんだよねー」
「それでも音速を超えて剣を振るうなど常軌を逸しているがな。なるほど、加減した力で届かぬのは道理か。ならば」
 ザルツィネルの右腕が帯電する。込められた魔力は先程の術式よりも遥かに多い。
「威力を上げたところで同じだよ?
 忠告をまるで意に介さず放たれた雷撃は弓刃によって後方へと受け流される。
 そしてはるか後方で何かが壊れる破砕音が聞こえた。
 振り返ると都市の内外を隔てる外壁から土煙が上がっていた。この距離からでもわかるほどの大穴がゲートに穿たれている。
「ちょっ、あんな雷一発で壊れるとか脆すぎでしょ!?
 女神が青ざめながら喚いた。外敵の侵入を阻むために設けられているものが、神の一撃とはいえこうも簡単に崩れるとは何事か。
 否。そうではない。それだけの一撃をザルツィネルが放ったのだ。もし直撃したのがこの身体だったら。アルフェリカの身体が黒炭となることを想像して女神は顔つきを変えた。
「私たちを捕らえに来たんじゃなかったっけ?
「あの程度でどうにかなる汝ではあるまい。それより良いのか? あれを放っておける汝ではあるまい?
 ザルツィネルは女神から視線を切って別の方角に顔を向けた。黒い集団がゲートに向かって近づいている。その正体に気づいた女神の顔から血の気が引いていった。
ソード・オブ・ザ・ハートの群れ!?
 漆黒の毛並みを持つ狼の集団が都市に向かって直進していた。狂ったような遠吠えが離れたこの場所まで聞こえてくる。おそらくさっき仕留めたルール・ディファイン《が属していた群


れだろう。
 数はざっと一〇〇頭ほど。
 ゲートが崩れる音を聞きつけてやってきたのだ。
 あの群れが都市の中に入ったらどうなるかなど考えるまでもない。
「くっ……」
 身体が勝手に動いていた。音を置き去りにしてペイン・オブ・ザ・ブラッドの群れへと《《する。走りながら手元に三つの矢を造形。【ペイン・オブ《】にまとめてつがえて掃射した。榴弾と誤認するような威力が群れの先頭を吹き飛ばす。それでも削れたのは一割にも満たない。
 《《の襲撃に《黒狼<フローズヴィトニル>の群れが足を止めた。襲撃が向かってくる女神によるものだと認識すると、群れは進路を変えて一斉にその敵へと襲いかかる。
「分かて【|白銀の断罪弓刃|パルティラ》】」
 女神の声に応えるように弓刃はその半ばから分かたれ、二刀一対の双剣へと姿を変えた。
 柄を握りしめ、飛びかかってくるルール・ディファイン《をすれ違いざまに斬り捨てる。視界の端で《《《の霧に還ったことを捉えながら、次々と襲いかかってくる獣の隙間を縫って二
刀の刃を振るった。
 女神の動きに合わせ銀の長髪が尾を引き、縦横無尽に白銀色の剣線が閃く。七色の粒子に彩られながらザ・アカシャを屠る姿は、死線に在りながら剣舞を思わせる美しさがあった。
「我を忘れるな」
 クロニクル・オブ・ザ・アカシャの鳴き声に混ざってザルツィネルの声が聞こえた。孕まれた敵意を察知して即座に反転。
 遠くに見えた悪逆な笑みに背筋が凍る。
 次の瞬間、空へ向かって紫電が広がった。それらは幾重にも分岐して数百の雷槍を形作り、怒涛の勢いで女神を貫かんと降り注ぐ。
 周囲から襲いかかってくるクロニクル・オブ・ザ・アカシャを相手取りながら降り注ぐ雷槍の迎撃に応じる。音速を超えて迫る雷撃を、同じく音速を超えた閃きが叩き落とす。軌道を逸らされた雷撃と多重に生じる衝撃波によって、群がる《《《《《は《《《に吹き飛ばされていった。
 それでも《《《《《の特攻は止まない。仲間の首が《ねられようと、体が爆散しようと、絶命するまで向かってくる。
「つぅ……」



 女神の表情が苦悶に歪んだ。初めは衝撃波に晒された衣服が弾け飛ぶ。次第に赤い飛沫が散るようになった。衝撃波が生む不可視の刃によって腕の皮膚が裂けていく。剣を振るう度に傷口は広がり、流血は酷くなっていく。
 降り注ぐ雷一つ一つを認識することはできる。それを撃ち落とすために動くこともできる。しかしその度に生み出される衝撃波までは対処できない。いくら神の力で肉体が強化されているとはいえ、生身で受け続けていれば傷がつくのは避けられない。防御を続けるほどアルフェリカの身体は傷ついていく。いずれ動けなくなるのは明白だ。
 そうなればアルフェリカはまた囚われる。あの暗い場所で《《《の日々を繰り返すことになる。
 認められない。ようやく太陽の下に戻れたこの娘を暗闇に戻すことなど認められない。
 だが今この場を離れれば《《《《《は都市の中に入り込んでしまうだろう。そうなれば決して少なくない人間が危険に《される。
 足元を魔獣と自らの血で汚しながら、女神は思考する。
 どうすればいい。何かないか。両方を救うための手段は何かないのか。
「しかし解せぬな」
 《《《《《を無視すればこの状況を切り抜けることはできるはず。そう感じているザ
ルツィネルは血を流してまで身を挺する女神の行動が理解できなかった。
「人間どもが魔獣に貪られようと構わぬはずだ。なぜそこまでして人間に肩入れをする? 奴らはこの大地を食らう害獣ぞ。放っておけばこの大地は枯渇する。汝も理解しておろう」
 女神の行動が理解できないとばかりにザルツィネルは問いを投げかける。
 その問いこそ女神には理解できなかった。
「害獣は私たち神だよ。死してなお人間に寄生して、その未来を奪って、《《《《の《《を引きずって、人間を襲う。そのせいで転生体と呼ばれる人間たちは同族に排斥されて居場所を奪われる。それもこれも私たちのせいなんだよ」
「悪は我ら神々だと。汝はそう言うのか」
「善悪で片付けようとするから対立するの。私は知ってるよ。人間を愛した神を。神を愛した人間を、私たちはお互いに手を取り合える。共存できる」
「戯言を!
 雷撃が一層の激しさを増した。
「我らと人間どもの共存だと? 《《が走る!
「認められないなら大いに結構。けどなら邪魔をしないで!
 叫びと共に女神は【ザ・ブラッド《】を弓の形態に戻す。一切の防御を捨て、降り注


ぐ雷撃の直撃を受けながら、標的へと向けて恐るべき数の矢を乱射した。
「なっ!?
 想定外の攻撃にザルツィネルの反応が遅れる。高密度の矢の弾幕がザルツィネルを捉え、腕を、足を、肩を、胴を、胸を、容赦無く貫いた。
「ぬ、ぐぅっ……」
 致命的な一撃を受けたザルツィネルは傷口から夥しい量の血を流して片膝をついた。傷は臓器にも届いている。早急に治療をしなければ絶命は必至の深手。
 一瞬見えた左胸にある神名の核。それを【《《《《《《《】で斬ることができれば、ザルツィネルは転生もできず完全に死滅する。
 女神は残る力を振り絞って特攻を仕掛けた。あと一手。それで勝負がつく。
「ちぃっ!
 深手を負ったザルツィネルが優先したのは防御でも回避でもなく敵の排除だった。特大の紫電が女神に炸裂し、衝撃によって吹き飛ばされる。
「がっ……」
 背中から地面に叩きつけられた女神はその痛みに呻き声を漏らした。《《に【《《《《《《《】を盾に直撃は避けた。しかし降りかかる雷の直撃で全身に負った火傷の痛みと、失血による寒気で意識が《《とする。
「あぁっ!
 全身を貫く痛みに悲鳴が上がった。仰向けになったまま動けない女神に《《《《《が群がり、柔肌に牙を突き立てる。食らいついた肉を噛みちぎろうと乱暴に頭を振り、その度に激痛に《いだ。
 口の端に吐血の跡を残しながら、ザルツィネルは憎々しげに吐き捨てる。
「この大地を貪る害獣に与する神など在ってはならぬ。汝のような者は魔獣に貪り喰われるが相応の末路だ。捕らえよとの命だったがもはや構わぬ。ここで屍へと成り果てよ」
 ぶちぶちと身体のどこかから嫌な音が聞こえた。食われる。抵抗もできぬまま魔獣に《《《される。抵抗する力はすでになく、生きたまま殺されるのを待つしかなかった。
 唯一の救いは、この生き地獄をアルフェリカに味合わせなくて済むことだろうか。
「ごめんね、アルフェリカ」
 女神は謝罪を口にした。助けられなくてごめんなさいと。
 悔しさに世界が《む。いったい何度、このような不幸を繰り返せばいいのだろう。
「《《《《――ソード・オブ・ザ・ハート
 どこからかそんな言葉が聞こえてきた。
 それが魔術の《《《であると気づいた瞬間、激痛が和らいだ。



 七色の粒子が目の前を覆う。《《《《《の首が次々と刎ねられて宙を舞っていた。
「おいっ、大丈夫か!?
 蒼い瞳がこちらを覗き込んでいた。白髪の男性は悲痛な顔で身を案じてくれている。
「あ、う……」
「よかった。意識はあるみたいだな。辛いだろうけど、そのまま意識を保ってくれ。すぐに治療できる場所に連れて行ってやる」
「あな、たは……?
「黒神輝だ。魔獣が都市に入るのを防いでくれたんだよな。ありがとう。あとは俺たちがやるから安心してくれ。な?
 白髪の男性――輝は優しく笑いかけた。
「あ……」
 その微笑みを目にして、女神は懐かしさが胸を満たしていくのを感じた。
 
 
 間に合ってよかった。輝は心の底から安堵した。あと少しでも遅かったらこの少女は肉片となって魔獣の胃袋に収まっていただろう。
 少女の有様は酷いの一言に尽きる。衣服はボロボロで、傷のない箇所がない。肌のほ
とんどが赤く染まっており、筋繊維や骨まで見えている箇所まである。目を背けたくなるような状態だ。
 輝が思い悩んでいると《《《《《が背後から飛びかかってきた。
「邪魔だ」
 手にしていた機械仕掛けの大鎌を無造作に薙ぐ。《《《《《の頭が真っ二つに裂け、《《《の霧を立ち上らせて結晶へと姿を変えた。
 それが皮切りとなり、魔獣どもは仲間を屠られた怒りを晴らさんと一斉に襲い掛かる。
 輝は武器を巧みに操り、全方位から迫りくる《《《《《の首を的確に撥ね飛ばしていった。
 神滅大戦で多くの神が《《《となって死に絶え、大地に降り注ぎ、突然変異を起こした獣。本能のまま他者を襲い、蹂躙しか知らない神の眷属。
 たったそれだけの事実が、無性に許せなかった。
「《《《《――ソード・オブ・ザ・ハート
 蒼色の魔法陣が二人を囲うように展開される。数は六。途方もない魔力がすべての魔法陣の中で圧縮され、一斉に咆哮した。
 溢れ出した光の奔流が《《《《《の包囲を食い破る。蒼い閃光が視界を埋め尽くし、


消しゴムでもかけたように黒の包囲網を瞬く間に平らげた。
 光が消え、残されたのは《《《の霧による幻想的な風景のみ。
 それでも《《《《《はまだ残っている。一体も都市に入れるわけにはいかない。だが輝一人ではとても手が回らない。
「魔獣をゲートに近づけるな!
 誰かが叫ぶと応じるように雄叫びが轟いた。武装した大勢の人間がゲートから飛び出し、次々と《《《《《を《《《の霧へと還していく。この危機に参じた狩人、治安維持局、ティル・ナ・ノーグの討伐部隊の人々が理想郷を守るために武器を振るう。
 その頼もしさに思わず笑みがこぼれる。背中の心配をする必要はなさそうだ。
 戦闘音を背中で聞きながら眼前の敵を睨みつけた。
「こいつは俺がやる」
 黒神輝は目の前の敵に専念するだけである。
 魔獣など比較にもならない。黒神輝が最も憎むべき存在。
「覚醒体だな?
「問わねばわからぬか? 人間」
 全身で刻印が明滅している。転生体であることを示す神名。全身に広がっていることは覚醒体であることを示している。確かに聞くまでもないことだった。
 アレはこの世に在ってはいけない。アレは人間ではない。人間の形をした人間の外敵。
 黒神輝が、この世で滅ぼさなければならないモノ。
 眼球の奥が赤く染まっていく気がした。理性が本能に駆逐されていく。
 理性が塗りつぶされぬよう押し留めながら、懐から赤色の液体で満たされたシリンジを取り出した。同時に機械鎌からシリンダー機構が動き出し、空のシリンジが六つ排出される。
 覚醒体はシリンジに数滴残った赤色の液体を見てすぐにそれが何であるか察した。
「それは、血液だな……人間には生成した魔力を体外に放出できぬ者がいるという話を聞いたことがあるが……なるほど、汝は魔術師としては欠陥品というわけか」
 空となった六つの穴にシリンジを装填。
 それを敵対行動と見做したか、覚醒体がこちらに腕を向けた。
「《《《《――」
 紡がれる言葉に特別な意味はない。ただ自己の内面を改変させるための暗示。改変された意識はこの世の理を操り、人の業を以って世界を捻じ曲げる。
 機械鎌がシリンジの中身を吸って稼働し、触媒となって術式を構築する。
 向けられた腕が帯電する。あの覚醒体が雷を使うことは遠目に見ていた。直撃すれば


無事ではすまない。
「――クロニクル・オブ・ザ・アカシ
 それよりも速く右腕を突き出す。浮き出たのは蒼い輝き。回転し、膨張し、魔法陣を紡ぐ。展開されたそれは魔の脅威を阻む【《《《《《《《】。瞳と同じ輝きを放つ大小異なる五つの蒼い魔法陣。
 紫電の雷撃と蒼い障壁がぶつかりあう。衝突したエネルギーは行き場を失くし、四散しながら地面に爪痕を残した。障壁は耐えきれず崩壊し、その負荷は代償として右腕に裂傷を刻む。噴き出した血飛沫が頬を濡らした。
 だがそれだけだ。
「くっ、欠陥品の分際で、万全ではないとはいえ我が雷を防ぐか、人間!
「黙れ覚醒体!
 敵の苛立ちを叫びで押し潰し、次の術式を起動。蒼色の魔法陣が再び展開される。
 魔法陣を銃に例えるなら、込められた魔力は銃弾であり、この機械鎌は撃鉄。
「《《《《――クロニクル・オブ《」
 機械鎌を魔法陣に叩きつけると魔法陣が咆哮した。破壊エネルギーが一条の光となって迸る。
「《けがっ!
 ズバンッ、と雷撃が閃光をともなって弾けた。放たれた魔術と同等のエネルギーが衝突して爆ぜる。爆発の生じた個所、輝と覚醒体の挟む地面が爆散した。
 抉られた地面の向こう側。息も絶え絶えな覚醒体が忌々しげにこちらを睨んでいる。
「このザルツィネルの雷を前に、その程度の術式でどうにかできると思うたか! つけあがるな人間!
 魔術とは人間によって編み出された人の業。軍事利用もされる強力な力であっても、所詮は人間の枠での話。元来より人間よりも高みに在るとされてきた神の力には到底及ばない。
 ザルツィネルの身体から発せられた紫電が円を《る。その中に星と魔術文字が刻まれ、《く間に《《《が完成する。魔力が注がれるにつれて凶暴な輝きを増していく。
 あれほどの手傷を負いながら、まだこれだけの魔力を操るのか。
 機械鎌から空のシリンジが二本排出される。繰り出される強力な攻撃に備えて、新たにシリンジを装填しようとした。
「再装填の猶予は与えんぞ」
 百雷を超えた万雷。空を覆わんばかりの雷すべてが地上へと殺到する。その規模はもはや天災だ。回避などできるはずもない。装填は間に合わなかった。防げるだろうか。――否。



 防げなければ、死ぬ。
「《《《《――フラグメント穿ソング・アンチフェイス《」
 可能な限り多くの【《《《《《《《】を展開する。守るのは自分だけではない。倒れている少女はもちろん、魔獣と戦闘を繰り広げている者たちも守らなくてはならない。
 蒼い輝きがシェルターとなって降り注ぐ雷からみんなを守護する。障壁越しに見る空はまるで天変地異の如く。障壁越しに伝わる衝撃音が終末へのカウントダウンに聞こえた。
 間断なく打ち付けられる雷槍が次々と障壁を突き破る。障壁が破壊された負荷により腕から血飛沫が噴き出すも構う余裕などない。破壊される傍からさらに障壁を展開して降り注ぐ雷の雨を凌ぐことに腐心するしかなかった。
 空になったシリンジが機械鎌から排出された。一本、また一本と血中の魔力を消費したシリンジが排出されていく。
 事態に気づいた他の者たちも【《《《《《《《】を展開して援護してくれたが、圧倒的な物量を前にしては焼け石に水でしかない。
 ついに最後のシリンジが排出され、術式を維持できなくなった。雷槍に貫かれた障壁はガラスのように砕け散り、一斉に輝たちへと降り注ぐ。
 障壁が破られる寸前、輝は少女に覆い被さった。容赦無く降り注ぐ雷の雨からせめて
少女だけでも守るべくその身を盾とする。
 すぐ真横で雷が炸裂し、飛散した石の破片が額を切りつけ、流血で右目が潰された。至近距離に落ちる死の一撃に全身が総毛立つ。次々と障壁を突き破って着弾する雷槍は、人間や魔獣の区別なく悉くを蹂躙していく。
 落雷の音に交じってあちこちから悲鳴が聞こえてくる。人間は天災に抗えない。落雷の音以外に何も聞こえなくなり、破壊の嵐に翻弄されるしかない。
 一つの雷が身体を貫いた。痛みを感じる間も無く意識が暗転し、そのまま少女の上に崩れ落ちる。しかし激痛によって覚醒を強いられ、灼けつく痛みに苦悶が喉を通る。
 雷の嵐はすでにやんでいる。聴覚がどうにかなってしまったのか、静寂がうるさい。焦げついた臭いが鼻をつき、肺に取り込む空気はやけに埃っぽい。魔獣の姿はどこにもなく、目にしたのは散乱する黒い塊。
 それらは全て人の形をしていた。息のある者もいるが、輝と同じように地面に倒れ伏し、痛みと絶望に喘いでいる。無事な者など誰一人としていない。
「もぅ、いいよ……」
 耳元で声が聞こえる。
「そんなになるまで、守ってくれてありがと。でももういいよ。このままじゃみんな死んじゃう。私があいつのゆーこと聞けばいいだけだから」



 そっと頭を抱きしめられる。その抱擁が心地よく、全てを放り出して目を閉じたくなる。
 その欲望に抗い、輝は声を絞り出した。
「それは……本人の、意思か? それとも……あんたの独断か?
 輝の返した問いに少女はびくりと身を震わせた。
「あんた、覚醒体だろ」
「わかってて、私を助けたの……?
 どうして、と彼女の息遣いに疑問が込められていた。
 覚醒体は転生体よりも人間に恐れられている。なぜなら人間を憎む神であった場合、力の劣る人間は抵抗の余地なく殺されるからだ。戦闘に長けた者であったとしても長くは持たない。
 故に覚醒体は排除の対象。それが世界の多くでの共通認識。
 しかし輝には関係がなかった。
「人間を守ってくれただろ」
 魔獣が都市に入るのを防いでくれた。これだけの大怪我をしながら。この神が人間をどう思っているのかはその行動から感じ取れる。
 だから、つい笑みが浮かんだ。
「それだけで十分だ」
 輝は両腕に力を込めた。みっともなく腕を震わせながら上体を起こす。瑠璃色の双眸が不安げに揺れていた。
「まだ、息があるか……存外にしぶといな、人間……」
 ザルツィネルは片膝をつきながら苦しげに悪態をつく。胸の傷口を押さえる手は止まらない出血によって赤く染まっていた。血を流しすぎたせいか肌は土気色。殺される前に攻撃が止まったのは術式の維持ができなくなったからだろう。
「だが、これで終わりだ」
 天にかざした左腕が帯電する。先ほどの攻撃と同等の魔力。それがただの一撃に込められる。防ぐには【《《《《《《《】では足りない。
「人間も、人間に与する女神も、まとめて消し飛ぶがいい」
 ギリッ、と奥歯が鳴る。固く握りしめた拳はギシギシと骨を軋ませた。頭に血が上っていき、眼球の奥が赤く染められていく。
 人間を悪だと信じて疑わない神々の傲慢さ。それがどれだけの不幸を生み出しているのか理解しようともしない厚顔さ。
 この果てなく広がる荒野が目に見えないのか。争いを始めた神々による破壊の爪痕。過剰な《《《を振り撒き、魔獣という脅威を生み出した元凶。命を落としてなお転生体


という形で人間の未来を奪い、覚醒体となって人間を恐怖に突き落とす。
 これだけの不幸を撒き散らしておきながら、それでもなお人間を悪と断ずるか。
 遠い昔に立てた誓いがあった。助けると誓った。護ると誓った。すべてを救うと誓った。
 ならば履行せよ。契約を果たせ。この身が砕け塵と化そうとも、その誓いだけは裏切るな。
 それこそが、黒神輝の存在意義なのだから。
「ああああああああああああああああっ!
 叫ぶ。喉が張り裂けそうなほど強く。肺の空気を全部押し出すまで叫ぶ。
 満身創痍の身体で、痛みを堪えて――黒神輝は立ち上がる。
「黙れよ……覚醒体……っ。終わるのはお前だ、ザルツィネル」
 左手に三本、右手に一本。携帯していた残りのシリンジ全てを手にし、神の一撃を迎え撃つ。
「《《《《――《《《《《《《《《」
 左手のシリンジ三本をまとめて握りつぶす。血液に溶け込んでいた魔力が機械鎌を介さず放出され、術式が展開された。
 血の魔力を以って術式が起動した瞬間、自己と世界の境界が崩壊した。圧倒的な情報
の津波が押し寄せてくる。それは理解に及ぶものから及ばないものまで大小様々。ぐるぐると渦を巻いて自我を揺さぶる。
 大量の情報処理に脳が追いつかない。過大な負荷が頭痛という形で襲い掛かってくる。頭蓋をのこぎりで削られた方がまだマシだと思えるほどの凄絶な痛みに狂いそうだ。
 高次元の情報は精神を蝕む。自身の位に収まりきらない高次元の情報は毒素そのもの。取り込み続ければ精神が砕かれ、行き着く先は廃人だ。制御できない津波は容赦なく意識と理性を溶かしていく。
 意識がドロドロになっていく中、それでも耐えた。そうして幻視した。世界から流れ込む膨大な情報と知識からザルツィネルの雷の術式を確かに視た。術式を逆算し、構成を紐解く。
 術者の意思と関係なく稼働し、すべての工程は一瞬にも満たず完了する。
 極大の雷撃は標的に届くよりも早く《《《となって空気中に霧散した。
「な、にっ……人間の業が、我が雷を【《《《】しただと!?
 いかに強大な力であろうと、術式を維持できなければその力は発揮できない。
 痛みに歯を食いしばる。胃からせり上がってきたものを強引に飲み下し、手放してしまいたくなる意識を精神力で繋ぎとめた。
 これで終わりではない。右手に力を込めた。シリンジに入っているのは血液ではない


。蒼色が混ざる極彩色の液体。
「とっておきだ。人間の力を思い知れ」
 人間では神に勝てないと誰かが言った。神に伍するには同じ神の力ではならないと。
 断じて違う。神の力は強大だが万能ではない。人間の力で届かない頂きではない。
 この身はそれを証明しなければならない。神の力になど頼ってはならない。
 人の力で、神を超える。そうでなくては黒神輝である意味がない。
 シリンジを砕く。その瞬間、途方もない魔力が吹き荒れた。
「《《《《――ソード・オブ・ザ・ハート
 ――術式の名前は【《《《《《】。
 力無き弱者は力を求める。大切なものを守るために。世界の理不尽に抗うために。
 思い描け。苦境に打ち克つ力を。相手が神と豪語するのなら、それを凌駕する力を幻想しろ。
 蒼の魔法陣が空間に投影される。膨大な魔力が圧縮され、光度を増していく。
「《《《《――ルール・ディファイン《《」
 ――術式の名前は【《《《《《】。
 偉業を成した英雄はその証を持つ。幾度の死線で刻んだ傷を。逆境を覆す強き意志を。
 諦観するな。揺るがぬ意志を形に成せ。《《のまやかしを力にしたければ、その幻想そのものを現実に刻み込め。
 足りない魔力を流血の魔力で補う。鮮血の魔力を吸った魔法陣が赤光する。臨界を迎えてなお【強化】された術式が金切り音を上げた。
「《《《《――《《《《《《《《《《《《《」
 ――術式の名前は【《《《《《】。
 探求する愚者は世界を識る。自らを壊してでも。己を失くしてでも。
 奪い尽くせ。足りないのであれば他から補え。黒神輝が持ち得る知識だけで足りないのであれば、世界の内包する知識から《《しろ。
 世界がなくなる。自己がなくなる。境界を失い互いの全てが同化する。
 再び情報の津波が押し寄せた。《《を割って脳を《きまわされる。発狂を望まずにはいられない痛みの渦。
 意識が途切れるその前に、輝は術式を起動させた。
「《《《《《《《《《《――《《《《《《《《」
 全身が熱い。呼応するかのように鮮血の魔法陣が大きく脈打ち、無数の魔法陣がザルツィネルの三六〇度全方位に展開された。その数は異様。数えるのも馬鹿馬鹿しく思えるほどの数の魔法陣が茜色の空を染め上げる。



 それを目の当たりにしたザルツィネルの顔に初めて焦りが浮かんだ。
 展開された魔法陣一つ一つからレーザーじみた光の《《《が溢れ出す。無限に思える光の柱はザルツィネルの雷撃と衝突して破壊の衝撃波を撒き散らした。先ほどの嵐など小雨と思えるほどの圧倒的な力の爆発。
「馬鹿なっ。人間如きがなぜここまでの力をっ!?
 数で勝る光柱が一切の慈悲なく、獣のように残酷に、悪魔のように冷酷に、すべてを《《《し尽くす。その場にいた全員がこの世のものと思えない光景に言葉を失い、呼吸すら忘れてただ茫然と見上げていた。
 やがて注ぎ込まれた魔力が尽き、展開されていた魔法陣も一斉に消失する。
「う、ぐ……おの、れ……」
 それでもザルツィネルは生きていた。致命傷を負っていながら、輝の持つ最強の魔術を受けてなお原型を留めているというのは、それだけ化け物じみている。
 だが雌雄は決した。身に纏う和装はすでにボロキレ同然。全身からとめどなく血を流し、四肢は人体ではありえない方向に曲がっている。倒れる無様を晒すことだけは拒絶しているが、膝をついて項垂れる姿から、もう戦える状態ではないのは明白だ。
 それは輝も同じ。【《《《《《】の反動で尋常ではない頭痛に苛まれていた。意識は断線を繰り返し、人体の防衛機構が機能停止を訴える。歯を食いしばってそれを抑え込
むものの、呼吸は余計に荒くなり、夥しい脂汗が額を濡らす。
「蒼の眼、そうか……見覚えがあるぞ。〝神殺し〟……現存しておったか」
 その声には怨嗟が含まれていた。
「……ならば、汝の命を手向けとして貰い受ける。誠、口惜しいがな……」
 ザルツィネルは口の端から血を零しながら、力なく笑みを作った。収束した魔力がザルツィネルの額で雷電を形作った。
 先程までの雷撃に比べれば威力は格段に劣る。だが輝一人を殺すには余りある。
 血のストックはもうない。身体はもう動かない。防ぐことも躱すこともできない。
 幻視した一秒後の死を、白銀の閃きが斬り裂いた。
「それは渡せない。あなたに贈るのは私の裁きだよ」
 ザルツィネルの神名に一筋の裂傷が刻まれている。血塗れになって、輝以上に満身創痍の身体で、転生した神にとって決定的な一撃を入れた。
 ザルツィネルはもう助からない。
「――――――――」
 最後に口にしたのは呪詛か悪態か。それを問う間も無く、金色の瞳から生気が失われ、ザルツィネルは呆気なく事切れた。
 《は《《《となって崩壊を始める。魔獣と同じく残されるのは一つの石ころ。



 天へと昇る七色の粒子に照らされて、銀髪の少女は淡く微笑んだ。幻想的な光を纏う姿は紅に染まっていても美しいと感じた。
 少女はそのまま崩れ落ちた。もとより瀕死の身体。限界などとっくに迎えている。
 それは輝も同じだった。少女の安否を確認することもできず、黒神輝は意識を手放した。
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