Before
 わたしに関わらないでください―――導かれるままにゲームをプレイすることになった『渚』。ゲームのクリア条件として、彼の守らなければならないキャラ―――『次代勇者』の少女と、彼は何とか出会うことができた。しかし、彼は困惑した。何故ならその少女は、自らの死を望む、死にたがりの勇者だったのだ―――。
かいり
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5.とある妖精の過去
死にたがりの勇者と守り人
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 第二章 アンビシャス
 
 
 沈み込んだ意識の中でバタバタと忙しない足音を聞いた。その音につられて重たい瞼を開けると、飛び込んできた白い光に目が眩む。
「お、起きたか」
 喉から漏れた呻きを聞きつけて、少し離れたところから声をかけられた。
 光に目が慣れて最初に見えたのは白い天井。次いで声のした方を見ると白衣を着た男が椅子に腰かけていた。オールバックの黒髪と緋色の目が特徴的な男。
っ」
 起き上がろうとして全身に激しい痛みが走った。予想外の刺激を受けたにも関わらず頭がぼうっとする。指先の感覚が鈍い。全身も怠い。
「まだ安静にしてろ」
「……どうして神崎が?
「医者のオレが患者を診るのに理由が必要か?
「ああ、そうか……気を失ったのか。ならここは病院か」
「ティル・ナ・ノーグの東支部だ。怪我人が多かったからな。命に関わらないそれなり


の重傷者はこっちで受け入れてる。まだしばらく騒がしいが我慢してくれ。お前に会いたいってやつがいるからな」
「会いたいって、誰が?
「いま呼んだからすぐ来る」
 中空に表示されたモニターを弄りながら神崎はもったいぶった物言いで話題を切った。気にはなるが問い詰めたところでこの男は答えようとはしないだろう。
 じくじくとした背中の痛みに顔をしかめながら、輝は上体を起こして神崎に尋ねた。
「……状況は?
 ザルツィネルに止めを刺した覚えはない。やつはまだ生きているのか。集まった狩人たちはどうなったのか。魔獣は都市に入っていないのか。
 聞きたいことは山ほどある。
「ちゃんと説明するからまだ身体を起こすな。背中の傷に障る」
 たしなめる声に輝は耳を貸そうとしない。無駄だと悟った神崎はこれ見よがしにため息をついて仕方なしと言った具合に説明を始める。
「都市に被害は出てない。ゲートは壊れちまったが、魔獣も侵入しちゃいない。今はゲート周辺の魔獣をオレの部隊が掃討中だ。復旧するまでは治安維持局と狩人が共同で警備する。今回の負傷者はそれぞれ病院送りだが、ひとまずは大丈夫だ。お前が心配する
ようなことは何も起こっちゃいない。安心しろ」
 ゲートが破壊されるという事態も、覚醒体の襲撃を受ける事態も、どちらも都市の存続を揺るがす大事件だ。下手をすれば何千何万という死傷者が出ていたかもしれない。
 それがないということがわかって少しだけ気が軽くなる。
 しかし心はそれで良しとはしなかった。
「何人、死んだ?
 被害が全くなかったわけではない。
 荒れ狂う雷に紛れた悲鳴の数々。人間が黒炭に変わった凄惨な光景を鮮明に覚えている。
 神崎は言うか言うまいか逡巡していたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「死者二十四名。重軽傷者一四三名。うち重体者八九名。それが今回の事件の死傷者の数だ」
 計一六七名。覚悟はしていた。それでも告げられた数字は衝撃を伴って心を揺さぶった。それだけの数の命を取りこぼしてしまった。
「言っとくが、ゲートが壊されるなんざ未曽有の事態だ。もっと多くの犠牲が出てもおかしくなかった。自分を責めるのはお門違いだぜ」
「わかってるよ」



「わかってたらんな顔するかよ」
 どのような顔をしているのかは自分ではわからない。だが神崎に気取られるくらいにはひどい顔をしているのだろう。
「……あの娘はどうした。俺と一緒にもう一人いたはずだ」
「あの嬢ちゃんは傷が酷かったからな。治療ポッドに入れてる。命に別条はない。覚醒体は傷の治りが化け物じみてるな。あの調子じゃ朝までに目を覚ますだろ」
 彼女を覚醒体と言い放った神崎は淡々としていた。転生体・覚醒体に対して嫌悪感を持たないが故の反応。だからこそ肩肘を張らずに済む。
 とはいえ、彼女が全身を神名に侵食されていることに神崎は気づいている。アルカディアに入った覚醒体に対してティル・ナ・ノーグがどういう対応をとるのか。治療のために招き入れた以上、悪いようにはしないだろうが、それでも一抹の不安はある。
「なんなら自分の目で確認してみりゃいい。カーテンの向こうに治療ポッド置いてあるからよ」
 何も考えず、言われるがまま部屋を仕切っているカーテンの奥にあるものを覗き込んだ。
 そこには培養槽を連想させる円柱の器具が設置されていた。薄緑色の液体で満たされた槽内には銀髪の少女が漂っている。酸素吸入器や点滴の管に繋がれている姿は見てい
て痛々しい。
 しかしさすがは外傷の治癒に特化した治療機材。あれほどのむごたらしい傷はすでにほとんどが治りかけている。まだ生々しい傷が残っているものの肉の欠損などは見当たらない。この分だと傷跡も残らないだろう。
 輝は右足の付け根に視線を移した。そこにはあざにも見える紋様がある。
 神々の呪いの刻印。神名の核。
 あのとき全身に広がっていた神名は今では右足の内腿にしか見えない。神名の表出範囲は内に宿る神の裁量に依存する。
 核のみを残して刻印を見えないようにしているということは、彼女に宿る神は転生体の境遇を知っており、宿主である彼女に配慮しているのだろう。神名の核が人目につきにくいところにあるのも幸いだ。
 余程のことがない限り、転生体であることは露見しなかっただろう。
 そこで輝は彼女が一糸纏わぬ姿であることに思い至り、カーテンを閉める。
「おい、素っ裸なんだけど」
「治療ポッドに入れてんだからそりゃそうだ。服着たまま入れたら衣服の繊維が癒着する」
「いやそういうことじゃなくて、赤の他人の、しかも異性である俺に見せるのは駄目だ


ろ」
「そりゃ普通だったらどんなに心配してようが、親族でもねぇ限りこの姿を見ることは許可しねぇよ。普通だったらな」
 確かに彼女自身を含め、この状況を普通とは言えない。
 何はともあれ無事を確認できた。残る懸念は――
「この娘はどうなる?
 転生体は差別、覚醒体は忌避の対象とされるのが世の中の認識。人間を敵視する神が覚醒した場合、それが都市の内部に存在していることは魔獣に侵入されることよりも脅威となる。
 彼女に宿る神は身を挺して魔獣の侵入を防いでくれていたことからも、人間を敵視していないと推測することができる。
「お前に聞かれるのはヘンな気分だが……さてな。その辺はシール様の管轄だ。オレにはわからん。だがオレに治療を命じたってことはそういうこったろ」
 この都市の治安維持と防衛を一任されているティル・ナ・ノーグの幹部の名を引き合いに、神崎は説明を放棄した。
 その人物は神崎の上司にあたり、その立場から治療を命令されたということはティル・ナ・ノーグも彼女を敵視するつもりはないということか。
「ところで輝。お前、今回の戦闘で【クロニクル・オブ・ザ・アカシャ】を使ったな?
 唐突に神崎はそのようなことを訊いてきた。語気には非難の色が多分に含まれている。
「何度も言ってるよな。あの魔術の使用は控えろって」
 魔術【クロニクル・オブ・ザ・アカシャ】はアカシックレコーへ自意識を繋ぎ、そこに蓄積されている知識を引き出す魔術だ。
 世界の知識庫にはこの世界が誕生してから現在に至るまでのすべてが余すことなく記録されている。歴史はもちろんのこと、宗教、技術、果てには一個人の思想や感情まで、あまねくが蓄積されている。
 そのすべての情報を引き出せるとなれば、その価値は計り知れない。
「世界の知識を人の脳に押し込めばあっという間に破裂しちまうぜ。お前だから何とか耐えられてんだろうが、使いすぎると自我を失くすぞ」
 もう何度目かもわからない神崎の忠告。
 この魔術には価値がある。しかし使いこなせる魔術師はいないと言って過言ではない。
 人間の脳の記憶容量は膨大だが、世界に刻まれた情報量に比べたら微々たるもの。風船に入り切らない量の水を入れたら破裂する。道理である。



 輝もこの魔術の危険性は充分に理解している。
「自我崩壊の前に気絶するからそこまでいかないよ」
 生物の体とはよくできているもので、流れ込む情報が許容量を超えたとき脳が一時的に機能を停止して意識を断つ。意識がなければ情報がシャットアウトされるため自我崩壊は防がれるというわけだ。
「戦闘中に気ぃ失ったら死亡コースじゃねぇか。それにお前は身体の防衛機構を無理やり止めるから口酸っぱく言ってんだよ。気絶せずに我慢できちまう方がタチが悪い」
 それは脳を酷使していることに他ならず、なんらかの後遺症が出ないとも限らない。神崎はそれを心配しているのだ。
「だいたい、引き出した知識も頭ん中に残んねぇんだ。リスクに見合ってねぇぜ。【クロニクル・オブ・ザ・アカシャ】なんかに頼らなくても〝神殺し〟の力なら――」
 神殺し。
 その単語を耳にした瞬間、全身の血液が煮え滾った。熱くなった身体とは裏腹に、冷たく、低い、硬質的な声が喉奥から絞り出される。
「俺の名前は黒神輝だ。それ以外の呼び方をするな」
 部屋の空気が凍てつく。蒼色の双眸が神崎を射抜いた。卒倒してしまいそうなほどの威圧が込められた眼差しを向けられて、神崎は冷や汗が止まらなくなる。指の一本も動
かせなくなり、呼吸までもがうまくできなくなっていた。
 その様子に気が付いた途端、熱していた感情が急速に冷えていく。
「仲間に向ける感情じゃなかった。悪い」
「……いや、オレの失言だ。すまなかった」
 気まずい空気が流れる中、不意に病室のドアからコンコンと軽い音が鳴った。
「入りますよ」
 こちらが応じる前にドアが開かれると白いドレスを身に纏った小さな少女が現れた。特徴のある青の右目と金の左目と視線が交わる。
「シールか。どうしたんだこんなところに」
「どうした、とはご挨拶ですね。あなたが心配だったから来たのですよ。神崎に輝の目が覚めたらすぐに連絡するように申し伝えて。先ほど連絡が来たので急いで駆けつけたというのに」
 輝に名を呼ばれたシールは不服そうに腰に手を当てる。
「これでも転生体保護機関ティル・ナ・ノーグの幹部ですからね。部下の身を案じるのは上司の務めです」
 シールは得意げに胸を張った。何も知らない余人が聞けば鼻で笑うような発言だが彼女の言は事実である。



 シール=ヴァーリシュ。年齢にそぐわない卓越した戦略構築と指揮能力を持っており、さらには彼女が持つ魔眼の力も買われて都市防衛を任されている。
 青の右目は【破戒の魔眼】。消費した魔力量に応じて視界に収めた術式を解呪する。
 金の左目は【遠見の魔眼】。時間と場所を超えて最も実現性が高い未来を幻視する。
 この二つの魔眼からシールは破戒予見者と呼ばれている。
 ただし【遠見の魔眼】は視た未来が遠いほど寿命を削ると言われているため、あまり使用されることはない。
 それでも左目の力は絶大だ。魔獣や転生体・覚醒体と関わることが多い都市防衛だが、シールは類い希なる異能と才能を駆使して、この大役をこなしている。
 本当に大したものだと感心するしかない。
「俺は部下じゃないけどな」
「体面的には私の管轄で契約しているのですから私の部下も同然です」
 思わず苦笑が漏れる。それを見たシールがやや不満げな顔をした。
「では前々から申し上げていますが、ティル・ナ・ノーグに来てくださいよ。ほら、輝のためのローブもあるのですよ。緩衝、防刃、防熱に加え、各属性への耐性術式、それに対物・対魔障壁の術式も織り込んだ特注品なんですからっ」
 シールは得意げに取り出したものを広げて見せた。黒一色の飾り気のない外套。胸元
にはティル・ナ・ノーグを象徴する槍持つ妖精の刺繍が施されている。
 見た目の割に高機能なローブを見せびらかすシールの無邪気さに、困ったような表情を浮かべつつ口元を緩めた。
「いいよ、今の生活が性に合ってるんだ。必要な時に力を貸すからそれで勘弁してくれ。それに専属の近衛部隊がいるだろ。俺はお呼びじゃないよ」
「お呼びだから言ってるんですー」
 このやり取りは毎度のことだが、あしらっているとシールは臍を曲げてしまった。
「まあまあ、とりあえず座れよ。シール様」
「あら、ありがとうございます」
 神崎に丸椅子を渡されてシールはベッドの横で腰かけた。
「じゃあオレは明日も仕事があるから仮眠室にいるぜ。輝、体調悪くなったりしたらオレに連絡しろ。ほれ、これお前の携帯」
 神崎から携帯端末を手渡される。ディスプレイを着けてみると夕姫から着信とメールが何件も来ていた。
「もうこんな時間か」
 時刻は午前二時を過ぎていた。最後の着信が三十分前。きっと夕姫は今も待っている。



「それじゃあな」
 あくびをしながら神崎は部屋を出ていった。それが伝染したのかシールもあくびを噛み殺している。
「眠そうだな。別にここで寝たかったら寝ていいぞ」
「あら、添い寝でもしてくれるのですか?
「それがお望みなら」
 シールがいたずらっぽく笑うので、輝は身体を横にずらして一人分のスペースを空けた。
「え、あ、あの……、冗談のつもりだったのですけど……」
「そうなのか? シールにも子供らしく甘えたいときがあるんだろうなって気を利かせたつもりなんだけど」
「輝っ!
 からかわれているとわかってシールは顔を赤くして可愛らしく憤慨した。年頃の女の子はこういう反応をするものなのだろう。
「まったくもう。あなたという人は……私は幹部なんですよ? えらいんですよ?
「悪かったよ。許してくれ」
「知りませんっ」
 プイッとシールはそっぽを向いてしまう。子ども扱いされたことがよほど不満だったのか、頬を膨らませて怒りを主張。その仕草が子供っぽいと指摘するのは控えておく。
 やがて諦めたように嘆息するとシールは一変して落ち着いた声音で尋ねてきた。
「輝、まだこのような無茶を続けるのですか」
「愚問だな」
 輝はシミひとつない白い天井を見上げた。ずっと遠くにあるものを幻視して睨みつける。
「俺は敵対する神を赦さない。神滅大戦の時のように誰も転生させない。人間を不幸にする神は全て人間の世界から弾き出す。俺はそのためだけに生きてきたんだからな」
「殺してしまった人よりもより多くの人を救う。もう涙を流す人がいなくなるように」
 シールが口にしたそれは黒神輝が己に刻んだ誓い。それを成すためだけに自分はこうして生きている。
「あなたの誓いは知っているつもりですが、人類に敵対する神々を全て滅ぼすなど……」
 誓いを果たす手段が神を滅ぼすこと。それは不可能と言って過言ではない。神など概念の数だけ存在する。その全てを葬るなど永遠という時間があっても足りない。
「さすがに全ての神を殺せるとは思ってないよ。俺の目で見えるところ、俺の耳で聞こ


えるところがせいぜいだ。シールたちのおかげで手の届く範囲は広くなったし感謝してる」
「それはあなたが無茶を繰り返すからです。もっと上手くやる方法があるのに、あなたは頑なにそれをしようとしない。我々が手を貸さなければあなたは志半ばで倒れていたでしょう」
「だろうな」
「言って聞くような人でないのはもうわかっていますからね。あまり強くは言いません。ですが、あなたを心配する方々がいることは忘れないでください」
「わかってるよ」
「わかってないから言っているのです」
 シールの小さな両手が輝の手を優しく包み込む。じんわりとした温かさが伝わってきた。
「誓いもそうだけど、あの二人の願いもあるからな。それが果たせるまではやっぱり譲れないよ。ごめんな、シール」
 輝は穏やかに笑いながら絹のように柔らかい髪を撫でる。それだけでシールは頬を朱に染めた。
「ま、まったくっ。仕方のない人ですね輝は。仕方がないので、引き続き私が力になっ
てあげます。仕方なく、ですよ? あなたの無茶を認めるわけじゃありませんからね?
「苦労をかけるな」
「まったくです。出会った時に比べて柔らかくなったと思いましたが、根っこの部分は変わっていませんね。意固地なままです」
「そう簡単には変われないよ」
 いいえ、とシールは首を横に振った。
「変われたところもありますよ。自然に笑うようになりました。それにさっきみたいに私をからかったりするところもそうです。初めて出会った頃の輝では考えられません…………私を子ども扱いするところは全然変わりませんけど。そう! 全然! 変わりませんけどっ!
 先程のことを思い出したのかまた膨れ面になってしまった。
「じゃあ頭を撫でるのはダメだったかな」
 そう言って手をシールの頭から離すと彼女は名残惜しそうな顔をした。いまいちその辺りの機微がよくわからない。
 少しだけ肩が軽くなった気がする。おそらくシールの気遣いを感じたからだろう。まだ幼いというのに、出会った時から彼女には貸しを作りっぱなしだ。



「あの娘はどうするつもりだ?
 カーテンに視線を向ける。彼女が覚醒体ということはシールも報告を受けているはず。
「輝から見て、彼女の中にいる神はどのように映りましたか?
 逆に問い返された。オッドアがじっとこちらを見つめる。
「敵性はないと判断する。敵性覚醒体を相手にしながら、アルカディアに近づく魔獣が都市に入らないように排除してくれていた」
「こちらに取り入るための演技であるという可能性は?
「ないな。目撃者がいなかったし、そもそも俺が間に合わなければきっと魔獣に殺されていた」
 シールは下顎に指を当てて思案する。その容姿から忘れがちになるが、彼女は都市の防衛を任されている責任者。背負わされているモノは大きい。判断も慎重にしなければならない。
「それに肌の上から見える神名は核だけだった。侵食範囲を最小に留めてるってことは宿主に配慮してる証拠だ。嘘だと思うなら見てみるといい。神名の核は右足の内腿にあった」
「内腿?
 思案顔だったシールがずいっと顔を近づけてきた。
「彼女は治療カプセルに入っていましたよね?
「あ、ああ」
「見たのですか?
「そうだ。確かに神名の核は内腿にあった」
「なるほど、見たのですね。うら若き乙女の肌を。男性である輝が」
「言っておくけど、やましい気持ちはなかったからな」
 シールから不穏な気配を感じ取ったので輝はとりあえず弁解しておく。裸体を見たのは事実だがこれもまた事実だ。
「……輝がそう言うなら信じましょう」
 本当に信じているのかわからない目をしているが、深掘りすると墓穴になりそうなので黙っておく。
「では彼女の身柄はティル・ナ・ノーグで預かるとしましょう。事前の報告や輝の話から対話する余地は十分にありそうです。敵対の意思なしと判断できればアルカディアでの自由はある程度まで保障します。可能であれば味方に引き込みたいですし。話し合いには輝も同席してください。顔見知りがいれば彼女も少しは警戒せずに済むでしょう」
「了解した。その時に連絡をくれ。優先的に対応する」



「ありがとうございます」
 にっこりとシールは微笑んだ。
 これで心配事の一つは目処がついた。あとはもう一つの方をなんとかしなくては。
 携帯の着信履歴を見ながら思案に耽る中、背後で何かが割れる音が響いた。
 
 
 薄暗い空間だった。壁も床も天井も黒曜石で作られたこの部屋はまるで牢獄だ。囚われてしまえば自力で逃げ出すことはできない閉鎖空間。
 真上から向けられた光が酷く眩しい。周りには用途のわからない無数の計器や魔術礼装。自分を中心に魔法陣が床に描かれており、黒いローブに身を包んだ者たちがそれを囲う。全員が実験動物を見るかのような感情のない視線を注いでいた。
 自分は衣服の一切を奪われ、部屋の中央で仰向けにされ、両手両足を鎖で拘束されていた。逃げ出すことはおろか露わになった肌を隠すことすらも許されない。
 身体中に何か取り付けられる。ひんやりと冷たい感覚に怖気を感じたが、身をよじる程度の抵抗しかできない。それらはすべて周囲の機材とコードで繋がっていた。
 さらに血液を思わせる赤い液体で身体に魔術文字を書き込まれる。全身を蟲が這いずり回っているような嫌悪に見舞われても耐えるしかなかった。
 腕にチクリとした小さな痛み。見れば注射器の針が皮膚を貫いている。そこから何かもわからない薬品が体内に注入される。
「い、いや……」
 懇願の声が漏れる。それに耳を貸す者は誰一人としていなかった。
 薬によって意識が酩酊し、異様な浮遊感に襲われた。方向感覚を失い、落ちながら昇っているようなおかしな感覚。
「あ、ああ、あああああああああああ―――――――――――っ!
 取り付けられた器具から流れる何かが神経を刺激した。そのあまりの激痛に喉を裂くほどの絶叫が薄紅色の唇から溢れ出す。
 生きたまま皮膚を剥がれているかのような激烈な痛み。のたうち回る度に鎖が音を鳴らす。その痛みを表すように全身に描かれた魔術文字が激しく明滅を繰り返していた。
 やがては身体が小刻みに震えけいれんを始めた。たんれいに整った顔は、垂れ流されるよだれと涙でぐちゃぐちゃだった。
 それでもこの苦痛は止まらない。終わりの見えないごうもんから逃れるすべはない。
「あぐ……ぐぅあ……あぁぁ……ああああ……ひぃあ……やああぁぁああぁあ――――っ!
 メリッ、とどこからか嫌な音がした。処女を引き裂いたような痛々しい音。それは一


度だけでなく二度三度と続き、その間隔も段々と短くなってくる。
 気づけばその音はとても近くで鳴っていた。
 焦点のうまく合わない瞳で自身の足を見る。そこにあるのは幾何学的な形をした痣のような刻印。転生体に刻まれる呪い。神名。
 何かが神名に干渉していた。その度に魂が削られる。もはや悲鳴を上げることすらままならない。呼吸をするだけでも強い波が痛覚を刺激する。肌に触れる空気でさえ、辛苦を与える凶器だった。
 これは実験である。神名という神のシステムを暴くための。
 アルフェリカ=オリュンシアはその実験体。
 この苦痛はいつまでも続いた。この地獄は幾度も繰り返された。
 その中で願った。数えきれない数を願った。
「誰か……助けて……」
 
 
 唐突に景色が移り変わった。
 見覚えのない部屋。薄緑色の世界が広がっている。水中にいるかのような浮遊感を覚えて、自分が液体の満たされた容器の中で漂っているのだと気づく。水中なのに呼吸が
できるのは酸素吸入器に繋がれているからか。
 自分の置かれている状況がわからない。しかし裸に剥かれ、よくわからない機器に繋がれ、水槽のようなものに収容されている。
 たったいま夢に見ていたものがフラッシュバックした。それをきっかけに忘れ去りたい過去の記憶が一気に噴出する。
 冷静さを欠くにはそれで十分だった。
 神名が強い光を放った。白銀の弓刃が顕現し、衝動のままそれを振るう。水槽は大きな音を立ててあっけなく壊れ、薄緑色の液体と一緒に外へと押し流された。
(嫌な夢を見たね。大丈夫、アルフェリカ?
 頭の中に女神の声が響いた。おかげで少しだけ冷静さを取り戻す。
「……こ、こは?
(さぁ? アルフェリカが寝てる時は私も寝てるからね)
「……そう」
 濡れた身体が外気に晒されて身震いする。寒いのは濡れたからか、それとも――。
 白い部屋。壁も天井も床も真っ白。目の前には部屋を仕切っている白色のカーテン。その向こう側には人の気配。
 水槽を壊した音を聞きつけたらしく二人の人物が血相を変えて姿を現した。一人は白


髪蒼眼の青年。もう一人は銀髪と色違いの瞳を持つ少女。
 突如現れた人物にアルフェリカは警戒し、反射的に【パルティ】の切っ先を突きつけた。
 近づこうとした少女はそれで足を止める。
「落ち着いてください。私たちはあなたに危害を加えるつもりはありません」
 言葉に嘘はなかった。しかしアルフェリカは警戒を解かなかった。今その気がなくてもこの先はわからない。自分の正体を知った途端に手のひらを返すに決まっている。
 無言の拒絶を察した少女はそれでも諦める様子はなかった。
「私は転生体保護機関ティル・ナ・ノーグ所属のシール=ヴァーリシュ。彼は我々と専属契約をしている狩人の黒神輝です。先の戦闘で負傷したあなたを保護させていただきました」
「戦闘? 保護?
 シールと名乗った少女の発言にアルフェリカは訝しむ。しかしこれにも嘘は見えない。
「現れた覚醒体がゲートを壊したのです。あれはこの都市を魔獣から守る防壁。それが破壊されたことはすなわち都市の存亡に関わる事態です。ですが、あなたは覚醒体と戦いながら都市に近づく魔獣を狩り、輝と共に覚醒体を討ったと報告を受けています。し
かしその最中で覚醒体の反撃を受けて行動不能となり、魔獣に食い殺されそうになっていたそうです。傷が酷かったため我々の施設で治療を行なっていました。それがあなたがここにいる経緯です」
 やはり話に嘘は感じ取れなかった。こちらを陥れようという悪意も感じない。
「……そんなことをした覚えはあたしにない」
「ですが事実です。あなたはアルカディアの恩人。あなたが身を呈してくれたことによって、大きな被害を免れました。改めてお礼を申し上げます」
 シールは恭しく頭を垂れて謝意を示す。不気味で仕方がない。何か裏があるのではないか。述べられた言葉が真実だとわかっていても、どうしてもそう疑ってしまう。
「まあ、信用はできないよな」
 ずっと沈黙を貫いていた青年――輝が口を挟んだ。
「あんたが覚醒体だっていうのはもうとっくにわかってる。それについて、そこまで警戒する必要はない」
「っ!?
 アルフェリカは目を見開いた。転生体は万人に排斥され、覚醒体は万人に忌避される。それが世の常。道端で野垂れ死ぬことを望まれる世界の忌み子。
 知った上でなお死の間際にあった自分を生かした。



 ただの善意であるはずがない。
「あたしを、どうするつもり?
 湧き上がってくる恐怖に声が震えそうになる。弱みを見せるな。弱みを見せれば何をされるかわからない。また、あの悪夢の日々が繰り返されるかもしれない。
「この都市で悪さをしないならどうもしない。あんたの中の神がこの都市を守ってくれたのは事実だからな。ある程度の制限がつくだろうけど、基本的に好きにしてればいい」
 言葉の真偽を測ろうと輝の目を見つめたと同時にアルフェリカの呼吸が止まった。
 どす黒く濁りきった汚泥のような色。おおよそ人の許容量をはるかに超えた醜悪な香り。
 あまりの気持ち悪さに左手が勝手に口元を押さえる。せり上がってきた吐き気を飲み込むだけで精一杯だった。
 いきなり崩折れたことによって輝が駆け寄ろうとする。
「近づかないでっ!
 本気で斬るつもりで【パルティ】を振るった。後ろに下がって刃の間合いから逃れた輝は険しい顔でアルフェリカを正視する。
 そんなことに構いもせず、吐き気を堪えながら明確な敵意を輝に向けた。
「キミ、どれだけの人を殺したの?
 その問いに輝の目の色が変わった。様々な感情が複雑に混ざり合っていたが、表情に浮き出ていたのは驚きだった。後ろにいるシールも目を見開いていることから同じなのだろう。
 それが答えを聞くまでもなく物語っている。
「キミたちの言ってることに嘘はない。けど、人殺しの話なんて信用できないわ」
「嘘が、わかるのか? まさか、やっぱりあんたは……」
 誰の目からもわかるくらいに輝は動揺した。それを訝しむよりも、別の感情がアルフェリカの心を染め上げる。
 この男は駄目だ。気持ち悪い。おぞましい。これだけの罪を犯した者が生きていていいはずがない。殺さなければ。その罪を裁かなければならない。この大地を貪る絶対悪の種族。それらの生を赦して良いと思えるほどに、この存在は、この大地に在ってはならない。
 黒い衝動が噴火した。もともと抱いていた警戒心や敵意も上乗せされて、その衝動に抗おうとさえ思わなかった。
 黒神輝の首を落とそうと白刃が閃めく。
「【ファームスレーベ!



 シールが叫ぶ。刀身が輝の肌に触れる直前で右腕に何かが巻きつく感覚と共に刃が停止した。
 腕に巻きついているのは黒鉄の鎖。虚空から顕れたそれが腕の自由を奪っている。
 即座に【パルティ】を双剣に。左腕の刃で首を狙う。しかしそれもどこからか顕れた鎖に絡め取られ、届かなかった。
「都市を救ってくれた恩人ではありますが、輝に危害を加えるのであれば容赦はしません」
 シールの声に応じるかのように四方八方から鎖が伸びてくる。腕を、脚を、胴を、首を、人体の可動部を縛りつけ、アルフェリカを拘束した。
「くぁっ」
 拘束された四肢が強力な力で引っ張られて空中に磔にされてしまった。両の手首を締められ、双剣を取りこぼしてしまう。
 神の力を行使して鎖を引き千切ろうとするが、金属が擦れ合う音が虚しく鳴るだけ。
 抵抗ができない。それを自覚した途端、感情が反転した。押し込められていた恐怖が一気に心を染め上げる。
「い、いや……」
 全身から血の気が引いていく。指先の感覚はなくなり、目の焦点が定まらない。身体
は小刻みに震えて奥歯がカチカチと音を鳴らす。
(アルフェリカ、落ち着いて! 彼らは敵じゃない!
 頭に直接響く女神の声も今のアルフェリカには届かなかった。心身に刻まれた悪夢が蘇る。それがまた繰り返されると想像しただけで張っていた虚勢は簡単に決壊した。あまりの恐怖に視界が滲み、両足に生温いモノが伝う感覚すらも遠い。
「や、めて……お願い……やだ、助けて……」
 ぼろぼろと涙が溢れた。恥も外聞もないみっともない姿を晒しながら、アルフェリカは懇願することしかできなかった。
 輝とシールはその尋常ではない怯えように言葉をなくした。互いに目を見合わせる。
(ふぅ、やれやれだね)
 呆れたような、案じるような女神の声。刹那、アルフェリカの身体を神名の刻印が覆い尽くす。身体の主導権が入れ替わり、自分の意識が深く沈んでいった。
「あー、ごめんね。驚かせちゃったよね?
 落涙の痕を残した顔で、少し困ったように微笑んだ。
「あなたは、彼女に宿る神ですか?
「そーだよ」
 首肯するとシールは再び頭を下げた。



「ご挨拶が遅れました。私は――」
「中で聞いてたから挨拶はいーよ」
 言葉を遮りながら笑いかけるとシールも同じように頬を緩めた。敵意がないことが伝わったようで何より。
「彼女は一体どうされたのですか? あの怯え方は普通ではありません」
「この娘の過去に関わる話だから、アルフェリカが口を開かないなら私からは詳しく話せないよ。拘束されることに対してトラウマを持ってるってことだけ理解してくれればいーかな」
 女神は四肢を縛る鎖を揺らす。
「これ、神葬霊具だよね。世界に六つしかない神殺しの兵装を持ってるなんて、あなた何者?
 薄く笑いながら女神はシールを見つめる。常人なら気後れするであろう視線を受けてもシールは凛とした態度を崩さなかった。
「これでもティル・ナ・ノーグの幹部を務めていまして。そのような立場だと危険にさらされることもあります。これは自衛の手段として借り受けているだけに過ぎませんよ」
「なるほど。うそはゆってないね」
 初めからそのつもりはなかったが、この二人、ひいてはティル・ナ・ノーグが敵に回る事態だけは避けた方が良さそうだ。いくら自分でも無事では済まない。アルフェリカが巻き込まれるのもよろしくない。
「話し合いがしたいんだけど、その前にこの鎖を外してくれないかな。なんかすごい勢いで力が抜けてくんだけど……」
「ああ、それは拘束した相手の魔力を根こそぎ奪って強度を増してくからな。放っておくと血も肉も喰らい尽くして最後には骨も残らないよ」
「ぎゃーっ! ほどいて! 早く放して! なんにもしないからっ、危害とか加えないからっ。だからお願いぃーっ!
 アルフェリカとは別の意味で取り乱す女神にシールは指示を仰ぐように輝を見た。輝は考える素振りを一切見せずに頷いて見せる。
 拘束が緩み、四肢を縛っていた鎖は虚空に飲み込まれるように消失する。自由を取り戻した女神は涙目になりながら自分の身体をあちこち触って五体満足を確認。
「手も足もちゃんとついてるよね? ね?
「大丈夫大丈夫。ちゃんとついてる」
「ふぅ、良かったぁ……」
 ほっと安堵の息をつく女神。拘束されたら最後の鎖など物騒なことこの上ない。



 そんなことを考えていると黒神輝がじっとこちらを見ていることに気づき、わざとらしく身をよじる。
「あ、肌を隠すものも欲しいかも。この身体はアルフェリカのだし。これ以上見るならそこの彼には責任を取ってもらわなきゃ」
「ん? ああ、そうだな。とりあえずこれを着るといい」
 近くに置いてある病衣を投げ渡す。それを受け取った女神は目を白黒させた。
「あ、あれ? そんな薄い反応?
「眼福眼福」
「すっごいぞんざい。見せ損じゃん」
 病衣に袖を通しながら、不満を表し頬を膨らませる。見せ損なのはアルフェリカだけど。
「ひ、か、る?
「これが怖いんだ。期待した反応ができなくてごめんな」
 シールに凄い剣幕で睨まれて冷や汗を垂らす輝。確かにあの眼に睨まれると石にでもされてしまいそうな気がする。
 シールに貞操について説教されている輝を見ながら、それにしても、と思う。
 輝を見ているとなんだか懐かしい気分になる。抱えている罪の色は酷いが、心が暖か
くなっていく気がした。
 このような感覚を呆れるくらいずっと前に、感じていたことがある。
「そ、それよりシール、この女神が話し合いをしたいって言ってただろ」
「まったく。そう言ってすぐ逃げるんですから。ではお説教は後回しにしましょう」
 輝の言い逃れに促されて、シールはこちらに向き直った。その表情は真剣そのもの。輝に向けていたあどけなさは微塵もない。
 余程有能なのだろう。理解が早い。これは話し合いではなく交渉。ティル・ナ・ノーグという組織が敵に回るのは避けたい。主導権を奪われないようにこちらから切り出した。
「改めてゆわせてもらうと、私は危害を加えるつもりはないよ。あなたたちにも、この都市の人間たちにもね。私たちがこの都市に来た理由は人探しなの。正確には神探しだけど」
「差し支えなければ、探している理由を伺ってもよろしいですか?
「昔、すっごい世話になったんだ。その礼をしたいと思って」
 嘘など一つとしてついていない。何がなんでも返礼しなければ気が済まない。
 シールの瞳が細められた。こちらを見定めるかのような鋭い視線に冷汗が流れる。
 それは一瞬の出来事。錯覚だったと思うほどの刹那の時間だった。



「なるほど。そして敵意も害意もないから、覚醒体であることを理由にその行動を制限するなということですね」
 錯覚ではない。この少女を外見通りと侮るのはは良くない。
「……まあ、そーゆーことだね。監視くらいはつけられても仕方ないと思ってるよ。なんたって私は覚醒体だから。信用するのは難しいでしょ」
「いえ、輝が大丈夫だと言ってるので信用しますよ」
「え?
 まったく想定していなかった返答に女神の口から間の抜けた声が出た。
「待って待って待って。おかしくないかな? 私にとってそれは都合が良いけど、そこの彼、輝ってゆったよね。輝がゆったからって、その判断はどうなのかな?
「なるほど、ティル・ナ・ノーグの幹部である私が一介の狩人の意見を鵜呑みにして良いのかというご忠告ですね。お気遣いは感謝致しますがご心配には及びません。あなたの与り知らないものが我々と彼との間にあるというだけですので」
「そう、なんだ」
「はい」
 シールはにっこりと年齢に見合わない大人びた笑みを浮かべる。
 黒神輝。彼は一体何者なのか。
「それに、あなたには都合が良いはずなのに私の判断に疑問を抱き、あまつさえ問題提起までしてくださいました。自分の利だけを追求していない証左です。わずかですが、あなたの思いやりも感じることができました。これは信ずるに足ります」
「じゃあ、受け入れてもらえるってゆーことでいいの?
「もちろんです。ですが仰る通り監視はつけさせていただきます。あなたが覚醒体であるのは事実ですので」
 それはそうだろう。どういう意図があるにせよ覚醒体を野放しにすることなどあり得ない。
 人間に危害を加える神は少なくない。襲われたら抵抗する術を持たない人間が覚醒体を忌避するのは当たり前のこと。転生体が排斥されるのも結局はそれが理由だ。
 転生体というだけで殺されることもある。覚醒体であることがバレているのに監視程度で済むのは僥倖と言えるだろう。
「ご気分を害するとは思いますが、どうかご容赦を」
「気にしなくていいよ。人間の立場って複雑なのは理解してるつもりだから」
「ありがとうございます。神探しでしたね。我々もお力をお貸しします。どのような神か教えていただければ、都市にいるかどうかくらいはわかります。個人情報にあたりますので情報を開示することはできませんが、面会のセッティングくらいなら手配します


よ。もちろん、相手が応じてくださればの話ですが」
「ほんとっ!? それは助かるなっ」
 ありがたい。人が集まる場所での人探しはかなり骨が折れる。
「承知しました。では後ほどお探しの神の名を教えてください。えーっと……」
「エクゥって呼んでくれればいいよ、シール」
 シールが名前を呼ぼうとして困っていたので、呼び名を告げて右手を差し出す。油断できない相手かもしれないが、少なくともこの都市にいる間は一緒にやっていくのだ。仲良くしていくに越したことはない。
 それを見たシールが両の手で握り返してくれる。
「よろしくお願い致します。エクゥ様」
「エクゥでいいよ。様付けはくすぐったいから」
「呼び捨ては私にはハードルが高いので、善処するということで許していただけませんか」
「ふふ、おっけー」
「アルフェリカさんには相談もなく話を進めてしまいましたが……」
「まだ落ち着いてないみたいだからあとで話しておくよ。悪い条件じゃないからアルフェリカも納得するでしょ」
 あまり聞く耳を持ってくれなさそうなので、説明には時間がかかるかもしれないが。
「それでは輝、エクゥ様の監視役はあなたに任せます」
 そう指示された輝は露骨に嫌そうな顔をした。
「俺、今から家に帰るんだけど」
「ですから彼女も連れて行ってください。輝の家、広いじゃないですか」
 どうやら監視されている間は輝の家に厄介になることになりそうだ。監視者と監視対象が同じ場所にいる必要性は理解できる。こちらとしては雨風が凌げるならどこでもいい。
「そうじゃない。いま家に夕姫がいるんだって。どう説明すればいいんだよ」
「これからしばらく一緒に暮らします、でいいのでは?
「修羅場になるな」
「でしょうね」
 一緒に暮らすという単語に反応しないのかこの男は。アルフェリカほどの美女と同じ屋根の下になると聞かされて下心の欠片も見せないとは。それどころか全然違うことを心配している。
「でも仕事です。頑張って説得してください」
「はぁ……わかったよ……」



 慈悲のない命令に輝は諦めたように大きなため息をつく。
「ちょっぴり傷つくなぁ……」
 輝の嫌がる態度に、女としての自信が少しなくなった。
 
 
 時刻は午前三時を回った。携帯端末の着信履歴の数を見て神楽夕姫は苛立ちを含んだため息を漏らす。数分もしないうちに携帯端末を見る。着信履歴に変化はない。ため息をつく。もう何度これを繰り返したかわからない。
「帰ってこない!
 バンッとテーブル叩く。並べられた食器が虚しく鳴る。
 目の前には輝に買ってきてもらった食材を使った料理の数々が並んでいる。どれも冷え切ってしまって味が悪くなっているのは言うまでもない。
「輝くんの、ばか。ここまでしてるんだから、わかってくれてもいーじゃん」
 テーブルに突っ伏して帰ってこない家主について不平を口にする。自分だけが空回りしている気がして遣る瀬無かった。
 部屋の静寂が耳に痛い。ここに一人でいるだけで胸が押し潰れそうに苦しかった。
 静けさに耐えかねてテレビをつけた。どの局も取り上げているのは夕方からずっと同
じニュースばかり。
 覚醒体が現れてアルカディアの東ゲートが壊された。防衛にあたった人たちに多くの死傷者が出たが、都市の被害はゼロ。侵入した魔獣はなし。覚醒体も防衛にあたった狩人が討伐。壊されたゲートは治安維持局と狩人で防衛中。ゲートの修復には約一ヶ月かかるという。
 繰り返し同じ報道がされた後は、なぜ覚醒体が現れたのか、なぜ被害が出たのか、どうして未然に防ぐことができなかったのか。結論の出しようのないことを専門家やコメンテーターが延々と論議している。
「大丈夫、だよね」
 急用があると言って輝と別れてから後の出来事。大丈夫、関係はない、と自分に言い聞かせても、連絡がつかないせいでどうしても不安が拭えない。
 目を閉じる。しばらくそうしていると眠気が襲ってきた。時間も遅いのだからそれはそうだ。
(きっと大丈夫だよ)
 眠りに落ちる前に、優しい音色が聞こえた気がした。
 
 



 ティル・ナ・ノーグの本部を出て帰路につく輝は空を仰いだ。薄暗い青空がもうすぐ夜が明けることを教えてくれている。
 シールとの話を彼女に説明してある程度まで納得させるのにこの時間までかかってしまった。
 後ろには銀の長髪を揺らしながらついてくるアルフェリカがいる。病衣の上にティル・ナ・ノーグの黒衣を纏う様は、様々なファッションがあるこのアルカディアにあっても異様だ。
「なあアルフェリカ」
「なによ黒神輝」
 エクゥが引っ込んでアルフェリカが表に出てきてから彼女の調子はずっと変わらない。背後から威圧的な雰囲気がひしひしと伝わってくるので居心地が悪かった。
 一定の距離があるのは警戒心の表れか。
「そんなに気を張ってて疲れないか?
「私の勝手でしょ」
「そんなに周囲の人間が信用できない?
「当然よ」
「どうして?
「決まってる。あたしが転生体だと知ればどんな人でも離れていく。転生体だとわかって近づく奴は下衆な考えしか持っていない。信用しろってのが無理な話ね」
「俺はそんなことしないぞ」
「信用できないわね」
「嘘が見抜けるのに?
「そのときに嘘をついてなくても状況が変われば人は簡単に言葉を覆す。あたしが何度も経験してきたことよ」
 だからこその警戒心か。アルフェリカは幾度となく人間に裏切られてきた。転生体であることを理由に迫害されてきた。
 他者に対する疑念を取り除くのは出会ったばかりの輝には無理だ。
「じゃあこうしよう」
 輝は立ち止まってアルフェリカに向き直る。
「なによ?
「俺はあんたを傷つけない。俺はあんたを裏切らない。あんたを傷つけようとする奴らから、俺はあんたを守る。約束する」
「いきなりなに言ってるの?
「嘘かどうか、わかるんだろ?



 瑠璃色の瞳から放たれる透明な視線。心の奥底まで見透かすような眼差し。居心地が悪いが目を背けることができない力がそこにはあった。
 アルフェリカの顔色が悪くなる。吐き気を堪えるように口元を押さえた。こちらが何かをする前に呼吸を整えて気丈に振る舞う。それを察した輝も気づかないふりをする。
「嘘は、ないわ……本気なの?
「聞く必要あるか?
 無言でアルフェリカは目を逸らす。しかしこれだけで解決するわけがない。
「信用、できない」
「だろうな。だから定期的に俺にこう言えばいい。あの約束を口にしろ、ってな。そのたびに俺は今の言葉を口にする。それが嘘じゃない限りは信用できるだろ」
 理想の信頼には程遠いが、今のままよりずっといい。周囲すべてが敵だと信じて生きていくのはそれだけで磨耗する。
「いいわ。でも裏切ったら、あたしはキミの首を落とす」
「物騒だな。でも今はそれで十分だ。俺はあんたを裏切らない。証明してみせるよ」
「ふん、どうだか」
 色良いとはいかなかったがそれなりに満足のいく返答を得ることができた。目を合わせようとしてくれないが、今はこれ以上を望むべくもない。
 再び輝は歩き出し、その後ろをアルフェリカが付いてくる。構図は先ほどと変わりないが、背中からの威圧感はなくなった。
「なんでもないわよ! 黙ってて!
 いきなりアルフェリカが大声をあげた。思わず振り返ると顔を真っ赤にしたアルフェリカと目が合う。
「ど、どうしたんだ?
「……なんでもない」
「いや、でも顔赤いぞ」
「なんでもないわよ! 黙ってて!
 今しがた大声で発した言葉と同じことを言われてしまった。エクゥに何か言われたのだろうが、これ以上触れると怖い目に遭いそうなので追求はしないことにした。
 言われた通り黙って家路に着く。会話が途切れれば頭に浮かんでくるのは夕姫のことばかり。
 アルフェリカのことをどう説明したものか。
 アルフェリカが何も話そうとしないおかげで考えに没頭することができるが、このようなことは不慣れなので妙案は浮かんでこない。
 遠い親戚ということにするか。いや、夕姫なら必ずその嘘を見抜いてくる。



 ありのまま話す方が良いか。そうするとアルフェリカのことを話さなければならなくなる。転生体の話を嫌う夕姫にそんなことは話せない。アルフェリカもそれを望まないだろう。
 いろいろと考えは浮かんでくるが、どれも夕姫を納得させられるほどのものは考えつかなかった。
 そして答えが出ないまま自宅に到着してしまった。
「ここがキミの住んでいる場所」
 アルフェリカが見上げているのは螺旋フォルムの独創的なデザインの高層マンション。センター街に近く、都市のどこに行くにも好アクセスの一等地。若者が済むには場違いな高級物件である。
 オートロックのエントランスを抜けてエレベータに乗り込み、自宅のある階に向かう。
「稼いでるのね。覚醒体を相手にできるくらいだから当然か」
「その度に死にかけてるけどな」
 覚醒体と人間の力で戦うのは生半可なことではない。五体満足で生きて帰ってこられるだけでも御の字というものだ。
「……自分の家があるっていいわね」
 自宅のドアの前。背から聞こえる羨望の声に諦観が込められていることが少し気に入らない。
「ただいま」
 アルフェリカに言えることは何もない。納得できない気持ちを強引に切り替え、そっと玄関のドアを開けた。
 夕姫にどう説明をすべきか結局のところ考えはまとまっていない。それでもここで噓を吐けば、夕姫との関係に決定的な亀裂を生んでしまうことくらいは想像がついた。
 ならばこうなった以上、選択肢などなかったということだ。
 この先も良い関係を築いていきたいなら、きちんと向き合わなければならない。嘘も誤魔化しもなく、今まではぐらかしてきたことを詳らかに話そう。
 夕姫が抱く全ての疑問に答えを示すことが自分にできる誠実さだ。
 恐ろしいのは、それが届かず彼女が離れていってしまうこと。
 輝の覚悟に反して夕姫が姿を見せることはなかった。彼女のことだから帰宅と同時にすぐに駆けつけてくると思っていたが、時間も時間だ。もう眠っているのかもしれない。
 ほっとしている自分がいることに情けない気持ちになった。
「とりあえず上がってくれ」



 アルフェリカを招き入れて来客用のスリッパを差し出した。
 当のアルフェリカは先程までと打って変わってキョロキョロしている。そうしながら脱ぎにくそうなロングブーツを片足立ちで器用に脱いでいた。
「きゃっ」
「おっと」
 周囲に気を取られていたのか、バランスを崩して転びそうになったアルフェリカを輝はとっさに抱きとめる。
「大丈夫か?
「…………」
 返事をしなかった。輝の腕に収まったまま身動ぎひとつしない。
「アルフェリカ? もしかして足でもくじいたか?
「あっ、ち、違うっ。なんでもないわっ」
 ほとんど突き飛ばす形でアルフェリカは輝から離れた。過剰な反応だったが、赤面している様子を見て恥ずかしがっているのだと思い至る。
 リビングに入ると夕姫がテーブルに伏せて眠っていた。静かな寝息だけがこの部屋の中で聞き取ることができる。
「その子が友達?
「ああ」
「……ひどい人ね」
 テーブルに並べられたものを見てアルフェリカは輝をなじった。
 色とりどりの料理。全て夕姫が黒神輝のために作ったものだ。
 そこに込められている想いもわかっている。
「悪いことをしてるのはわかってるよ」
 眠っている夕姫の隣に立ち、彼女の穏やかな寝顔を見つめる。夕姫がこんなにも無防備なのは、それだけ黒神輝を信頼してくれているということだ。
 そっと夕姫の頬に触れると日向にいる猫のように寝顔が緩む。
「輝くん……」
 寝言で名前を呼ばれた。自分の夢を見ているらしい。夢でまでこんな男にかまっているのか。
「……好き、だよ」
 その言葉を聞いた瞬間、罪悪感に押し潰されそうになった。
 知っている。知っていた。こんな自分をかまう理由が、そんなことであるのはずっと前から知っていた。
 自分はこの娘の信頼に応えていない。



「それで、あたしはどうしたらいいの?
「そうだな。そこの部屋は使ってないから好きに使ってくれ。寝具は壁の収納に入ってる。着替えが必要なら言ってくれ。シャツとかジャージでよければ出すよ」
「そうね、貸してもらっていいかしら」
「持ってくるから待っててくれ。それと明日はセンター街に行くか。荷物なくしたなら日用品どころか着替えもないんだろ。一通り揃えとかないと」
「無理よ。お金ないもの。二、三日は我慢するわ。その頃には狩りにも行けるでしょ」
「着替えくらいは貸せるけど下着は? 何もつけないで過ごすわけにもいかないだろ。金なら心配しなくていい。俺が立て替える」
「断るわ。キミに借りなんて作りたくない」
 不思議なことを言う、と輝は首を傾げた。
「服を借りるのは借りにならないのか?
「じゃ、じゃあいいわよっ。この格好でいるから」
「数日間も? 乙女としてどうなんだそれ。汗臭くなるぞ」
「うぐぐぐ……」
「借りだと思うなら稼いで返してくれ。それ以外は求めない。約束する」
 目を指しながらそう言うと、その意図を察したアルフェリカの透明な視線が蒼眼を捉
えた。
「………………………………わかったわよ」
「めんどくさいな、あんた」
「う、うるさいわねっ」
 アルフェリカの反応に苦笑を浮かべながら、少し待つように言って自室から衣服を持ってきて、それを手渡す。
「男物だからサイズは合わないと思うけど、そこは我慢してくれ。紐ついてるから縛っておけばずり落ちてくることはないだろ」
「……ありがとう」
 気にするな、と輝は笑う。
 ぶっきらぼうではあるが信頼していない相手にも礼を口にできる彼女は根は良い子なのだろう。転生体として生まれなければきっと屈託無く笑えたに違いない。
「明日は着替えを含めてアルフェリカの日用品の用意だな。昼頃に行こうか。それまでゆっくり休んでくれ。あと家にあるものは好きに使ってくれていいからな」
「わかったわよ。それじゃ」
 吐き捨てるように返事をするとアルフェリカはドアの向こう側に消えた。
「さて、夕姫もこんなところで寝かせるわけにはいかないよな」



 机に突っ伏している夕姫を抱き上げる。小さい見た目通りとても軽い。
「一緒にいてくれてありがとな」
 眠っていては返事もあるわけがない。その代わり、小さな手が輝の胸元で服を掴んだ。
 
 
 用意された部屋は使っていないというだけあって机、姿見、ベッドしかない簡素なものだった。しかし手入れはされているらしく埃っぽさは全くない。野宿が当たり前である旅の生活に比べれば天と地の差と言える。
 最も目を奪われたのは壁一面の大窓に映る夜景。久しく見ることのなかった文明の光。乱立する摩天楼の輝きはいつか思い描いた憧憬に似ている。
 輝に渡された服に袖を通しながら、アルカディアの夜を一望する。
(いい眺めだねー)
「そう、ね」
 同意の声は重く沈んでいた。
 人の営みが作り出した人工的な光の世界。あの光の下では多くの人が笑っているのだろう。
 そこに自分は含まれていない。あれは人の世界で、自分には手の届かない世界。排斥されることはあっても、受け入れられることはない。
(でも彼は受け入れてくれたよ?
 黒神輝。アルフェリカが覚醒体だと知っても一切の態度を変えなかった。今まで正体を知られれば排斥されてきたアルフェリカからすれば、それはかえって不気味だった。何か裏があるのではないかと、どうしても懐疑的になる。
(それはないと思うけどねー。彼は命を懸けて私たちを守ってくれたんだから。アルフェリカもそれはわかってるでしょ?
「…………」
 雷が降り注ぐ中、自らを盾とするように庇ってくれたのをぼんやりと覚えている。
 信じられない。そんな人がいるわけがない。裏切られ拒絶されてきた自分にはとてもじゃないが信じられない。自分の記憶違いだと、そう言ったほうがまだ説得力がある。
 けれど、ボロボロになりながら向けてくれた微笑みだけは克明に思い出すことができた。
(だから、ね? もっと彼を見てみようよ。もしかしたらアルフェリカも信じられる人かもしれないよ)
 信じたとしてまた裏切られるのではないか。今まで出会ってきた人たちのように自分


を遠ざけようとするのではないか。今さらできるわけがない。もう誰も信じないと決めたのだから。
 地上の光を見遣る。あそこで行き交う人々のように誰かと一緒に笑っている未来。居場所を見つけて心穏やかに日々を過ごしていくささやかな幸せ。
「そんな未来はきっと来ない。黒神輝と一緒に居てもそれは同じよ」
 自嘲の入り混じった笑みがこぼれた。どれほど焦がれようと手の届かない願いだ。
(来るよ!
 頭の中で大きな声が木霊する。あまりの声量に思わず耳を抑えたが頭に直接響くので意味をなさなかった。
(来る! 絶対に来る! 黒神輝じゃないかもしれないけど、どこかの誰かと出会って、居場所を作ることは絶対にできる。もしかしたら恋もして、その人の傍にいることを願って、たまに喧嘩して、やっぱり仲直りして、ずっと一緒にいて、結婚して、素敵な家庭を築いて、幸せな毎日を送れる日だって絶対に来る!
 あまりにも必死に説得するエクゥにアルフェリカは何も言えなかった。いつもおどけたように話すこの女神がこうまで感情的になったことは今までほとんどなかったのだから。
(私はあなたと約束した。私の目的が達成されたら私はあなたに干渉しない。もちろん
身体も奪わない。望んでくれるなら幸せになれるように協力だってする。あなたを宿主にしてしまった私がゆえることじゃないけど、転生体でも幸せになれる。人間に嫌われる私がなれたんだから、人間であるアルフェリカがなれないはずがないよ)
 戯言だと断じるのは容易だ。何の保証もない口約束。いまは何一つとして嘘を口にしていないが、この先の未来、この女神が約束を反故にしないことを保証するものは何もない。これは疑心を取り払おうとする神の姦計。アルフェリカ=オリュンシアはそれでも縋るしかない。
 けれど――
「キミは幸せだったの?
 何の気の迷いか、そのようなことを尋ねていた。僅かに驚いたような気配が伝わってくる。
(幸せだったよ。彼は私を愛してくれた。世界中が敵になっても私だけを想ってくれた)
 その声には安らぎが含まれていた。本当に幸せだったのだとその声音から理解できる。
(私ね、昔は無口だったんだよ。無表情で機械みたいな神だったんだ)
 信じられない。黙っててほしいと思うくらいおしゃべりな様子からは想像もできない


。もし身体があれば表情がころころと変わる忙しい|神種(じんしゅ)だと思っていた。
(私が感情を手に入れたのは彼と出会ってから。最初は冷たかったんだけど私のことずっと気にかけてくれてたの。そんな彼のことが知りたくて、彼と同じになりたくて、私が笑うと彼も笑ってくれるから、うれしくて。気づいたらこんな性格になってたんだ)
 聞かなければよかったとアルフェリカは後悔した。
 アルフェリカ=オリュンシアにとって神とは憎むべき存在だ。神などいなければ転生体として生まれてくることもなかった。迫害を受けることもなかった。転生体であると知られることに怯える必要もなかった。普通の人生を歩めるはずだった。
「どんな人だったの?
 なぜそのようなことを尋ねたのか、自分でもわからなかった。
(わからない。転生を繰り返したせいだと思うけど、私にはもうあの人との記憶はほとんどないんだ。一緒に過ごした時間どころか、顔も、声も、名前も……みんな忘れちゃった。覚えてるのは彼を愛していた感情だけ。だけど――死の間際、あの人の慟哭は転生を繰り返した今でも鮮明に覚えてる)
 胸の奥がざわついた。押さえ切れていない女神の憎しみがアルフェリカにまで波及する。
(私はあの神に殺された。それはいい。だけどそいつはあの人を殺した。私の方が先に死んでしまったけれど、彼も致命傷を受けてたからきっと長くは生きられなかったと思う。優しい人だったから、私を守れなったと自分を責めながら夢半ばで倒れた)
 呑まれそうになるほどの憎悪。普段の言動からは思いも寄らない苛烈さにアルフェリカはたじろいだ。
(あの大鎌の神葬霊具で殺されたけど、何の因果か私はまた転生することができた。その時に決めたんだ。あいつはあの人を苦しめた。絶対に許さない。誰に転生してよーと、必ず輪廻の理から存在を消してやるって)
 まるでその感情が自分のものだと錯覚してしまうほど、エクゥの抱いているものは激しいものだった。当時エクゥがどれほどの痛みを感じたのかはわからない。
 一つだけ言えるのは、その復讐を遂げるためであれば世界の全てを敵に回すことも辞さないだろうということだった。
(それにしても初めてアルフェリカが私に興味持ってくれたね?
 いつもの明るい声が空気を弛緩させた。いとも容易く切り替えられた感情。それが狂気の裏返しであるようにしか思えなくて言い表しようのない怖気を感じた。
(またこうしてお話しできると嬉しいな。私はあなたのこと好きなんだよ?
「……そう。あたしは嫌いよ」



(つれないなぁ)
 エクゥの感情に呑まれかけた自分に嫌悪し、ことさら冷たい態度で虚勢を張る。神は人間に寄生する害悪。それに臆したなど認めたくなかった。
(私にとっての幸せが彼だったように、あなたにとっての幸せが黒神輝かもしれないよ。きっとキッカケになってくれる。そんな気がする)
 心がざわつく。少なくともエクゥは人と変わらない感情を持っている。恋をして、その人を想い続け、思い出を噛みしめる。自分が抱いた願いがこの神の過去にはある。
「もう眠るわ」
 余計なことを考えたくなくてベッドの上で横になった。ふかふかのベッドが暖かい。なんとなく寂しい気持ちになって、膝を抱いて身体を丸めた。
「そっか、誰かに抱きしめられたのって、久しぶりだったっけ……」
 少しずつまどろみに落ちていく中で、借りた服から黒神輝の匂いがした気がした。
 
 
 身体に鈍い痛みを感じて目が覚めた。
 重たい瞼をこすりながら窓を見ると朝日が差し込んでいる。日の昇り具合からして眠っていたのは数時間といったところか。大きく伸びをすると背骨辺りからコキコキと音
が鳴った。
 来客用の部屋はアルフェリカにあてがい、夕姫は輝の寝室に寝かしたことであぶれた輝はリビングのソファで一夜を明かすことにした。怪我をしている上にちゃんとした寝床ではなかったためか身体に負担がかかったらしい。
 昔は固い地面だろうとどこだろうと寝ることができたものだが、存外に今の暮らしが染みついてしまっているようだ。
「顔洗ってくるか」
 まだ少しぼんやりとする頭を覚醒させるために洗面所へ向かう。
「ん?
「ふえ?
 ドアを開けるとそこには湯上りの夕姫がいた。
 いま出たばかりのようで、血行の良くなった肌はほんのりと赤く色づいている。あからさまな膨らみはないものの、女性特有の曲線を描く肢体が妙に艶めかしい。濡れた髪が肌に張りつく様は異性を惑わすに充分な魅力があった。
 現状の認識が追いつかないのか、夕姫は呆けた面で輝を見上げている。そして瞬く間にほんのりとした赤色の濃度が増した。
「ひ、ひひひ、輝くんっ!? ななななんでこんなとこにっ!?



 夕姫はひどく慌ててバスタオルに手を伸ばす。まず初めに腹部を隠し、それからわたわたとした手つきで胸や|臀部(でんぶ)などを覆い隠した。少し行動が遅い。
「いやここ俺の家だし。むしろ男の家で風呂に入ってるお前に驚きだよ」
「だ、だって汗かいたままで気持ち悪かったんだもんっ。それに輝くん眠ってたし、起こすのも悪いかなって……」
 約束を破った男に対して怒るどころか気を回してくれたらしい。むしろこちらが申し訳ない気持ちになった。
「気遣ってくれありがとな。まあ知らない仲じゃないから好きに使ってくれて構わないよ」
「うん、ありがと」
 はにかむ夕姫にこちらもつられて頬が緩んでしまう。
「でもなんで腹から隠したんだ? 普通、胸とかを最初に隠すもんじゃないのか?
 その一言で夕姫はどんな格好をしているのか思い出し、しどろもどろになった。
「おおお乙女にはいろいろと複雑な事情があるんだよっ。っていうか見たの!?
「見えた」
 その一言に赤面していた夕姫の顔から血の気が引いていった。一歩後ずさり腹部を強く押さえる。
 なぜそのような態度を見せるのか、理由を察した輝は顎に指を当てながら神妙に頷いた。
「ふむ、別に太ってるように見えないけど」
「え?
「だから太ってるようには見えないって。ちゃんとくびれてるし。っていうか意外とスタイル良いよな、夕姫って」
 じっと夕姫の身体を見てみる。胸囲はまあ平均よりも小さいのかもしれないが、腰回りはほっそりとしていて余計な贅肉がついているようにはどうしても見受けられない。
 そんな感想を抱いていると再び赤面しながら輝の視線から逃れるように身をよじって、その小さな拳を握りしめた。
「ひ、人の身体をまじまじ見るなあああああああぁぁぁぁぁぁっ!
「ぐおぉっ!?
 鮮烈なアッパーカットをお見舞いされて洗面所から追い出される。勢い余って壁に後頭部を打ち付けて痛みに悶絶している間に勢いよくドアが閉められた。
「いてて、容赦ないなあいつ」
 殴られた顎とぶつけた後頭部をさすりながら独り言ちる。予想外の衝撃を受けたことで頭はすっかり覚醒した。それでも顔は洗っておきたいが夕姫が出てくるまでは使えな


い。輝は仕方なく、待っている間に背中の包帯を替えておくことにした。
 包帯を解いて背中の火傷に神崎処方の塗り薬を塗る。背中なのでなかなか手が届かず悪戦苦闘していると、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「そういえば輝くん、なんで昨日あんなに遅かったのさ! ……ってなにその怪我!?
 リビングに飛び込んできた夕姫は輝の背中を見て血相を変えた。
「え、あ、ちょ、どーしてそんな怪我してるの!?
 駆け寄ってきた夕姫は背中の怪我を目の当たりにしてひどく狼狽した。自分の目では確認できないが、見た目にはひどい怪我なのだろう。
「ただの火傷だ。ちゃんと医者の言った通りに薬塗っておけばそのうち治るから。まあ跡は残るかもしれないけど」
「ホントに大丈夫っ!? 痛いの我慢してないっ!?
「顎はすごく痛い」
「それは輝くんが悪い」
 殴られた部位の痛みを訴えたが、非情なまでの切り返しだった。それはそれ、これはこれの精神がすごい。
 夕姫は隣に腰を降ろして輝の手に両手を添える。その表情は少し暗い。
「輝くん、なんにも話してくれなかった。ニュースじゃゲートが壊れたってゆってるし、何回も連絡したのに返事ないし、そしたらこんな大怪我して帰ってくるし……ねぇ、輝くんは今まで何をしてたの?
 心臓が脈打ち、昨夜に夕姫が寝言で口にした言葉が脳裏によぎる。彼女がこうして側に居てくれる理由も想いも知りながら大きな一線を引いてきた。
 これ以上、その気持ちを裏切りたくない。
「俺が狩人だって言ったら、だいたいわかるか?
 昨夜、あれほど悩んでいたことが馬鹿らしくなるくらい、あまりにも自然に秘密を明かしていた。
 それを聞いた夕姫はどこか安心したように。
「やっぱりそうだったんだ」
「知ってたのか?
 目を丸くして尋ねた輝に夕姫はふるふると首を横に振る。
「知らなかったよ。でももしかしたらって思ってた。だって輝くんいきなりどっか行っちゃうことあるけど、次の日は怪我してること何回かあったもん。それに羽振りいいし。怪我することあって高い収入ってゆったら狩人くらいしか思いつかないよ」
「怪我は隠してたんだけどな」



「ならもっと上手に隠してよ。輝くんが怪我してるのわかってるのに、聞いてもちゃんと答えてくれないと思ったから、私なんにも聞かなかったんだよ? どーしてこんな怪我してるんだろうって……また、離れていっちゃうんじゃないかってホントは不安だったんだよ?
「悪い。余計な心配をかけたくなかったんだ。良かれと思ってやったことだけど裏目に出てたみたいだな」
「ホントだよ。輝くん、秘密主義がカッコイイとか思ってない?
「思ってない」
 わざわざ他人に話すことでもないが、黙っていたのはあくまで夕姫に心配をかけたくなかったからだ。格好をつけていたわけではない。
「じゃあこの際だから洗いざらい話してよねっ。今まで輝くんが黙ってたこと全部」
「話せる範囲でな」
「だーめ。ぜ、ん、ぶ」
 逃がさないとでも言いたげに輝の腕に絡み付いてきた。ここまで上機嫌な夕姫は久しぶりに見た気がして、困ったような表情を浮かべながらも目を細めた。
「えへへぇ」
 目が合うと本当に嬉しそうに夕姫は笑う。その笑顔を自分にだけ向けてくれることが
嬉しくてたまらない。
 思わず空いた腕で夕姫を抱き寄せた。離さないように強く。失いたくない。離したくない。身体の奥から湧き上がってくる衝動がどうしても御せなかった。
 彼女から伝わる体温、仄かな甘い香りに脳髄が痺れていく。それがあまりにも心地良い。
「ひ、輝くん?
 突然抱きしめられた夕姫は目を白黒させて輝を呼んだ。驚きながら、互いの吐息が交わるほどの距離に彼女は恥じらうように頬を染めている。
「っ!?
 自分が何をしているのか自覚した輝はばっと身体を離した。
「悪い」
「あ、ううん。大丈夫だよ? ちょっと、びっくりしたけど……」
 両手で頬を押さえながら夕姫は恥ずかしそうに輝から目を逸らした。
「仲良いのねキミたち」
 むず痒い沈黙を破って二人以外の声が響く。
 振り向けばアルフェリカがやや眠たげな様子で立っていた。寝癖だらけの髪とサイズの合っていない服を纏う姿は無防備さが際立つ。



 見慣れない少女の登場に夕姫は混乱しているようで輝とアルフェリカを交互に見る。そして輝に向き直ると静かに微笑んだ。
 額には青筋が浮き出ている。
「ねぇ輝くん。あのひと誰なのかなぁ? 輝くん約束破って他の女の子と遊んでたの? しかも家に連れ込むって……私がいるのわかってるのにいー度胸だよね?
 先程までの上機嫌は急転直下。想定していたこととはいえ、実際にそうなると全く笑っていない目に背筋が寒くなる。
 いったい、何をどう説明すればいいのだろうか。
「キミが疑うような関係じゃないわ。あたしはアルフェリカ=オリュンシア。狩人よ。彼はあたしが魔獣にやられそうになっているところを助けてくれたの」
「ふえ?
 意外にもアルフェリカが自ら助け舟を出してくれた。
 アルフェリカがそう告げると夕姫はキョトンとして硬直してしまう。理解が追いつかないらしく、みるみる怒気が薄れていく。
 アルフェリカは袖を捲って身体の傷を見せた。治療カプセルに入ってある程度は治っているとはいえ、未だ生々しい傷が至るところに残っていた。
 ようやくアルフェリカの言葉を理解した夕姫は驚愕して声を荒げた。
「あなたも狩人なんですか!? 助けたって、そしたらやっぱり輝くんの怪我って」
「あたしを庇っての怪我よ。荷物も無くして無一文だったから、休むところを提供してもらったの。だからキミが疑うようなことは何もないわ。都市に滞在する間はお世話になるけど」
「え? どーゆー意味ですか?
「ここに住ませてもらうってことよ。一応断っておくけど、それに関してはあたしも不本意」
 キッ、と夕姫は輝を睨みつける。どういうことか説明してもらおうか、と目が口ほどにモノを言っていた。
「ちゃんと話すよ。だからそんな顔しないでくれ」
 それから輝は話を始めた。夕姫と出会うずっと前から狩人として活動していたこと、ティル・ナ・ノーグとの契約のこと、アルフェリカと出会ってからの経緯。
 夕姫に隠していたことを順を追って話していく。
 アルフェリカがここに住まうことについてはティル・ナ・ノーグから彼女を保護するように命じられているからと説明した。当然それだけでは納得しなかったが、守秘義務があることを話してそれ以上の追求を逃れた。
 事実、守秘義務はある。それはアルフェリカが外から来た覚醒体であること。全てを


説明するにはそれを明かさなければなず、義務がなくとも他人である輝が勝手に話して良いことではない。
 輝の話は夕姫にとって驚きの連続だろう。アルカディアを管理するティル・ナ・ノーグとの接点を持っていることは当然、高ランクの魔獣と戦っていたという事実は彼女にとって肝を冷やすことでしかない。
 もうそんな危ないことはやめてほしい。夕姫はそう訴えるが輝は無言で首を横に振る。
 なぜ、と問われる。
「やりたいこと、やらなきゃならないことがあるんだ」
 夕姫はじっと視線で続きを促してくる。話をする前に輝は躊躇いがちに確認した。
「転生体と覚醒体に関わる話になる。話しても大丈夫か?
 夕姫がびくりと身体を震わせた。夕姫は転生体と覚醒体の話題をひどく嫌がる。その理由を輝は知らない。過去に転生体に纏わる何かがあったのかもしれない。そう推測はできても直接尋ねることはできなかった。
 だが今回は避けては通れない。だからこそ聞くか聞かないかは夕姫の判断に委ねようと思った。
 答えを待つ。どれだけの時間が経過しようと夕姫が口にしない限り沈黙は続く。
「…………いいよ、だ、大丈夫」
 数分の時間をかけてか細い声で答えが返ってきた。青白い顔色から伝わってくるのは何かに対する恐怖。それでも聞きたいと意思を示したのだ。ならば応えないわけにはいかない。
「俺の目的は、この世から転生体と呼ばれる存在をなくすことだ」
 真剣な面持ちで輝はそう語る。その発言に夕姫はさらに青褪め、アルフェリカは不愉快そうに眉をひそめた。
「アルカディアにいるとあまり感じないが、今の世界における転生体への差別意識は強い。それこそ忌避感情と呼べるくらいに。神の力は強大だからな。覚醒体になればその力が自分たちに向くかもしれない。恐ろしいだろう。力で劣る人間が自分を守るためには転生体を排除するしかないんだ」
 表情は険しく、知らず声は重くなる。輝が抱く感情が声音に滲んでいた。
「それだけじゃない。転生体が近くにいる可能性があるだけで疑心暗鬼に駆られて、炙り出すために虐殺が始まることだってある。転生体だと疑われただけで幸せを奪われたやつもいる。転生体が生まれ続ける限りこの不幸はなくならない。俺は人間が幸福であってほしい。それには転生体と呼ばれる存在がどうしても邪魔になるんだ」
 告げる言葉に虚偽も虚飾もない。黒神輝が抱く心からの思い。



「転生体保護機関のティル・ナ・ノーグに所属するのは俺の目的のためには都合が良い。だからティル・ナ・ノーグから離れるわけにはいかない」
 夕姫の気持ちを知った上で受け入れられないと明言する。夕姫は何も言わない。白くなった顔は今の話に大きなショックを受けているように見えた。
「転生体を忌避する理由はわかる。でも消される側はたまったものじゃないわ。迫害されて、居場所もなくして、隠れながら生きていくしかなかった人の気持ちを考えたことがあるの?
 沈黙を守っていたアルフェリカが割って入ってくる。転生体が世の不幸の元凶とでも言う輝に対して怒りの感情を滲ませている。
 転生体というだけで迫害を受ける。やっとの思いで信頼を築いても、転生体であることが露見しただけで容易く瓦解してしまう。幸福はおろか居場所さえ奪われ、安息もなく苦難の日々を過ごすことになる。食うに困っても手を差し伸べてくれる者は誰もいない。
「あるよ」
 あまりにも簡単に言い放った輝にアルフェリカが鼻白んだ。何か言おうと彼女が口を開きかけるが、それよりも早く輝は言葉を続ける。
「似たような体験を実際にした。だから考えたことがあるだけじゃない。知っている」
「え?
 夕姫が、小さく声を漏らした。
「今まで笑い合っていた人間たちの見る目が敵意や恐怖に変わった。友人は離れていき、家族同然だった人間にさえ疎まれた。住んでいた家は焼かれ、殺意と一緒に剣や銃を向けられた。居場所をなくしてあちこち旅してまわって魔獣を狩りながら食いつないでいたよ」
 それは理想郷に辿り着くまでの話。黒神輝が歩んできた軌跡の話だ。
 アルフェリカの透明な視線が輝を貫く。その話に嘘がないことがわかるとアルフェリカはさらに感情を昂らせた。
「そんな目に遭ってるのに、どうして転生体が邪魔だって言えるのよ……」
 絞り出すような声には悲痛な響きが込められていた。
「ただ幸せに生きたいと望むことの何がいけないの!? 何もかもを奪われていくのに、そんなささやかな願いすらあたしたちは持っちゃいけないの!?
 転生体というだけで恐れられる。それは仕方がない。転生体やその神がどんな人格者であっても、強大な神の力が自分たちを害さない保証はない。周囲の人たちからすればいつ爆発するかわからない爆弾のようなものだ。身を守るために遠ざけようとするのは悲しいが理解できる。



 それでも幸せになりたかった。信頼できる人と笑いながら穏やかに暮らしたかった。そんな誰もが抱くような小さな願いを、アルフェリカは痛哭するように吐き出した。
「辛かったんだよな」
「っ!?
 その一言は間違いなくアルフェリカの胸を貫いた。
 今にも泣きだしそうな顔で、それでも涙を流すまいと必死に堪える姿は、輝が言ったことが間違いではないことを雄弁に物語っている。
 多くの地域で転生体は人間扱いされない。それは紛れもない事実だ。
 けれど――
「俺の言う人間には、アルフェリカたちも含まれてるよ」
 アルフェリカの目が大きく見開かれた。嘘を見抜く力があるにも関わらず、輝が口にした言葉を信じられないという顔をしている。
「転生体が忌避される理由は人間に敵対する神とその力を悪用する人間のせいだ。自分たちを脅かす転生体や神が実際にいるから人間は必要以上に恐怖する。なら、そういう転生体や神がいなくなればきっと」
 それぞれが共存できる世界に近づけるのではないか。
「人類に仇為す神々を抹殺する。転生なんて許さず輪廻の理から弾き出す。人間と共存
を望む神だけになれば、転生体は差別の対象じゃなくなる。転生体という差別用語がなくなる。そうすることが俺の目的。転生体と呼ばれる存在をなくすっていうのは、そういうことだ」
 アルフェリカと夕姫は唖然としていた。信じられない。できるはずがない。見開かれた双眸がそう言っている。
 どれだけ荒唐無稽なことかは輝自身よくわかっている。
 理想を思い描いても誰もが不可能だと断じて目指しすらしない。よしんば敵性神を根絶やしにすることができたとして、神によって傷つけられすぎた人類がいまさら神を信じることなどできるはずがない。
 それでも、そうすると決めたのだ。
「輝くんは、転生体が、その……怖く、ないの……?
 夕姫が、恐る恐るそのようなことを聞いてきた。輝の腕に添えられた手は震えている。答えを聞くこと自体を怖がっているのだと感じ取れた。
 愚問だなと輝は思った。
「転生体だって人間だ。どうして怖がる必要がある」
「あ……」
 途端、震えが止まる。瞳の中から不安が消え去り、強張っていた身体から力が抜けた



「キミはどうして、そこまでしようと思うの?
「誓いなんだよ」
 輝は何かを確かめるように拳を握った。
「人間と神でありながら結ばれた二人を俺は知ってる。端から見ても本当に幸せそうだった。人間と神は手を取り合えるってことを、あの二人が証明してみせたんだ。だからだろうな、人間と神が共存できる世界を本気で夢見ていた。俺はそんな二人を見ているのが好きだったんだ」
 握った拳をさらに強く握る。骨が軋みを上げるほど強く。
 抱えた感情は後悔。
「だけど、世界の仕組み……人間たちに根付いた意識がその邪魔をするんだ。人間の恐れが二人を引き裂いた。それからだ、俺が誓いを立てたのは。神が人間を傷つけ、人間が神を恐れて転生体を迫害するなら、恐れられる神そのものをこの世から排除する。そうすれば残るのは人間と手を取り合える神だけになる。人間が神を恐れる必要がなくなれば、転生体もそれを理由に迫害されずに済む。きっと、人間と神が歩み寄れるようになる」
 障害は無数にあるだろう。想像を絶する程に難しいだろう。途方も無く時間がかかる
だろう。
 それでもそういう世界を創りたい。
 転生体と呼ばれていた人間たちが笑っていられる世界。誰もが平等に未来を思い描ける世界。
 そんな世界が悪い世界であるはずがない。なによりも――
「あの幸せな光景をもう一度見たいんだ」
 少年のような笑みを浮かべて夢を語る。握り拳からはいつの間にか力が抜けていた。
 遥か遠くに夢見る理想の世界。それこそが黒神輝の考える理想郷だ。
「本気でそんな馬鹿げたことを考えてるのね」
「できないとは思っていない」
 そう言って輝は窓の外を見た。陽光に照らされた数々の摩天楼。その下で各々が活動を始めている。善も悪も表も裏も清も濁も関係なく、様々な者たちで成り立っている営み。
「アルカディアはその縮図だ。俺が思い描いていることその通りってわけじゃないけど、この都市では人間と神が手を取り合ってる場所が確かにある」
「もしかして、守護神のこと?
「守護神?



 夕姫の呟きにアルフェリカが聞き返した。
「この都市を守る覚醒体のことです。高ランクの魔獣の退治や神の力を悪用する転生体の制圧で活躍してます。ゼロス=ガイランとシェア=ブルーレイズってゆー人たちです。ホントはあと二人いるらしいんですけど」
「有名なの?
「少なくともアルカディアに住んでいて知らない人はいません。覚醒体だってゆーことは周知されていますけど、支持してる人たちもいっぱいいます」
 アルフェリカは黙って夕姫を見つめている。今の話が嘘ではないか見ているのだろう。透明な視線に射抜かれた夕姫は居心地が悪そうに身体を揺すっていた。
「想像もできないわね」
「この都市で狩人をやっていればそのうち目にする機会はあるさ。転生体だってこの都市では普通に生活してるよ。大っぴらに自分が転生体だと明かしてるやつは少ないし、全員が差別意識を全く持たないとは言えないけど、それでも他の地域に比べればずっと過ごしやすい。きっとアルフェリカも過ごしているうちに実感できるよ」
「話半分に聞いておくわ」
 会話が途切れて静寂に包まれる中、ぐぅぅぅぅぅ〜〜〜〜、と気の抜ける音が輝のお腹からなった。そういえば昨日の夕方から何も食べていない。
「話はここまででいいよな? 腹減ったから朝メシにしよう。昨日食べ損なった夕姫の料理がいい」
「もう輝くんってば。結構大事な話してたと思うんだけどなぁ。いいよ、準備するからちょっと待っててね」
 仕方がないなぁとため息をつきながら頬を緩めて、夕姫はトテトテとキッチンに向かった。
「アルフェリカさんの分も用意しますから、その間に身だしなみ整えてきてください。寝癖がすごいですよ」
「ありがとう。お言葉に甘えるわ」
 礼を告げてリビングから出ていくアルフェリカとキッチンに立つ夕姫の二人を見て、輝は思う。
 たとえ転生体であってもこうして何気なく互いに接することができる。共に在ることができる。
 それが再確認できたことに満足しながら、夕姫の料理が出来上がるのを待った。
 
 
 夕姫の料理に舌鼓を打ち、陽が高くなってきた頃に輝と夕姫とアルフェリカの三人は


、センター街へと繰り出した。目的は荷物の一切を失くしてしまったアルフェリカの日用品を買うためだ。
「す、すごい人ね……」
 行き交う人々の数を見てアルフェリカは苦い顔をした。その数に驚くよりも何かを嫌がっているように見える。
「人ごみは苦手か?
「ええ、あまり長時間いると気が狂いそうになるわ」
 アルフェリカの申告を示すかのように彼女の顔色は少しばかり悪い。
 胸中に渦巻く疑問が喉元まで出かけたが、輝はそれを飲み込んだ。
 尋ねたところで、きっと意味はない。
「ならなるべく早めに済ませようか。センター街は休日だとすごいんだ。一度流れに捕まるとなかなか抜け出せないから注意してくれ。特に夕姫」
「な、なんで名指しするかな」
「そりゃ前科持ちだからだよ。本当ならいつものカフェで留守番してて欲しいところだ」
「い、や。今日はなにゆわれたって一緒に行くもん」
「まあ今日は俺が入れないような店も行くからな。いてくれるのは助かる。けどはぐれ
たら困るから手はちゃんと繋いでてくれ」
 夕姫の手を取って離れないようにしっかりと握りしめる。夕姫は照れながらも特に嫌がるそぶりは見せなかった。
 そんな二人を見ていたアルフェリカがくすりと笑う。今朝に輝の考えを話したからか、昨夜よりも柔らかい表情を浮かべるようになった。
「……なによ」
「言っておくけど手を繋ぐのはアルフェリカもだからな。センター街の人ごみを舐めるなよ。はぐれたら数十分は合流できないぞ」
 視線に気づいたアルフェリカに睨み付けられながら、彼女の手を取ろうと輝は手を伸ばす。
 するとアルフェリカは触れられまいと腕を引いて逃げた。
「いやよ。それなら夕姫と繋ぐわ」
 何を警戒しているのかアルフェリカは輝を避けて夕姫の手を取った。別にはぐれさえしなければ何でも良いのだが、なぜか釈然としない。
「両手に花じゃなくて残念だったね」
「片手に綺麗な花があるから満足だよ」
 夕姫の場合はさながら紫陽花だろうか。紫陽花には元気な女性という花言葉がある。


それに土によって花の色が変わる性質もあるらしい。表情がころころと変わる天真爛漫な夕姫にはぴったりの花だろう。
「あはっ、ありがと。それで最初はどこから?
「まず服屋。アルフェリカの格好は都市内だと少し浮くからな。適当なものを買って着替えてもらおう」
「あー、そうだね」
 アルフェリカが今着ているのは初めて出会った時に着ていた白装束だ。ぼろ切れ同然だったにも関わらず一晩で修繕されたものが今朝ティル・ナ・ノーグから宅配便で送られてきた。
 病衣よりはマシだが、それでも露出が多いのでやはり目立つ。
「そんなにヘン?
「へんとゆーよりいろいろ見せすぎかなって。そんな格好してたら変なのが寄ってきますよ」
 実際アルフェリカに向けられる視線の数は多い。これだけの美人が無自覚に色香を振り撒いているのだ。惹きつけられないわけがない。
「というわけで行きましょう。私良いお店知ってるんだよねー」
 ご機嫌な夕姫に引っ張られて制止する間も無く雑踏に突撃することになった。人の流
れに悪戦苦闘しながら何店舗か女性向けファッションショップを訪れ、何着かの衣服を買い込んでいく。
 アルフェリカのコーディネートが楽しいのか夕姫は終始はしゃぎっぱなしだ。夕姫の無邪気さに抗えなかったアルフェリカも困ったように笑いながら大人しく着せ替え人形になっている。
 そしてやはりというべきか、センター街を巡っている最中にアルフェリカたちは何度も男に声をかけられていた。中にはやや強引な者もいたが、アルフェリカが力尽くで追い払ったので輝の出る幕はなかった。
 女の身で一人旅をしているとよくあるので、これくらいことは慣れているらしい。片手で男を昏倒させる辺り、それが事実だと物語っている。
「あ、これ可愛いかも」
 アルフェリカが試着している間に夕姫は見つけたワンピースを手に取って品定めをしていた。自分の前に持ってきて鏡を見ている。サイズが小さいことから、どうやら自分に合わせた服のようだ。
 値札を見た瞬間に苦い顔になり、たっぷり数分ウンウン悩んだ末に至極残念そうに商品を元あった場所に戻す。
「気に入ってたみたいだったけど買わないのか?



「あ、輝くん。欲しいけどちょっと高かったから無理かな」
 名残惜しそうにその服を見つめる夕姫。ワインレッドのニット製トップスと黒のマキシ丈ワンピースらしい。デザインはありふれたものに思えるが値札を見るとなかなかいいお値段だ。
 触れてみると滑らかな手触り。値段の高さは素材によるものか。
 手に取って夕姫に合わせてみる。紫色の髪と馴染んでとてもよく似合っている。
 輝はそれを元の場所には戻さず、夕姫が持っている買い物カゴに放り込んだ。
「輝くん?
「気に入ったんだろ。よく似合ってたし、せっかくだから買ってこう。いまさら一着や二着増えたところで大して変わらない」
「それって輝くんがお金出すってこと!? い、いいよっ、それはさすがに悪いし」
「なんだよ。ケーキだと奢りと言った途端たくさん頼むのになに遠慮してるんだ」
「そうだけどっ、でも額が違うもん」
 確かにケーキと比べれば一桁違う。しかしそれは別に問題にならなかった。
「じゃああれだ。少し早い誕生日プレゼントだ」
「まだ九ヶ月先だよ!? 早いってレベルじゃないよっ」
「なら日頃の感謝と昨日のお詫びっていうことならどうだ?
 こんな自分を気にかけてくれる夕姫には感謝している。昨日は約束を反故にしてしまった後ろめたさもある。だからこれはそれらに対するほんの少しの気持ち。
「うっ、輝くんそーゆーのずるいと思う」
「ずるくはないだろ。それにその服を着た夕姫を見てみたい。きっと可愛いよ」
「うぅぅ~~~~」
 かあぁっ、と夕姫の顔が真っ赤に染まった。照れてる照れてる。
「どうしたの夕姫、顔が真っ赤よ?
「うひゃあっ!? アルフェリカさんっ!?
 素っ頓狂な声を出して飛び上がる夕姫。なんでもないですなんでもないです、とブンブン首を横に振っている。
「お、なんかいい感じだなそれ」
 白いシャツの上に群青色のジャケットを纏い、下はジーンズ素材のタイトスカートと元々履いていたロングブーツ。凛々しくも女性らしさを醸し出すその姿は、男の目のから見てもかっこいい。
「スカートが短いから少し落ち着かないわ」
「慣れの問題ですよ。アルフェリカさん足長いから、こーゆー服の方が絶対に映えますっ」



「でも跳んだ時に下から見えない? 戦闘中とか大丈夫かしら」
「そーゆーの想定してませんから」
 アルフェリカの感覚との違いにがっくりとうなだれる。狩人が衣服に求めるのはまず動きやすさ。次に機能性。オシャレは二の次だ。感覚が違うのも無理はない。
「あの白い服と何か違いがあるのか? あっちも動きやすそうではあるけど」
「あれには術式が編み込まれてるのよ。どんなに飛び跳ねても絶対に見えないようになってる視覚妨害の術式。だから心配する必要なかったんだけど」
「普通に見えない服着ろよ」
「防塵、防水、緩衝、防刃、耐熱、防寒の術式も入ってるのよ。使わない手はないでしょ?
「なんだその高性能な服」
 対物と対魔の術式が加わればシールが作った黒衣を超える性能だ。機能とデザインがマッチしていないことが勿体ない。
「服はこれくらいあればいいわ。どこかで術式を編み込みたいわね」
「今度エンチャンタの店を紹介するからまた別の機会にしてくれ。買うのは服だけじゃないからな。とりあえず、その服は着たまま会計しよう」
 そう言って夕姫からカゴを奪い取ると輝はレジの方へ向かった。
「あ、ちょっと輝くんっ」
「これも買うからな。ちゃんと着てくれよ」
「うー、わかったっ、わかったよもうっ」
 輝の強引さに観念し、渋々を装って夕姫は頷いた。緩んでいる口元が隠しきれていない。
 こういう日がずっと続けばいいのに。夕姫の笑顔を見ているとやはりそう思わずにはいられなかった。
 
 
 衣服の調達は大体終えたが、あと一種類だけ必要なものがあったので夕姫とアルフェリカの二人だけその店にやって来ていた。
 場所はランジェリーショップ。男子禁制の店なので輝は別行動で日用品の調達に行っている。
 アルフェリカは店に入るや夕姫によって問答無用で試着室に連れ込まれた。服を脱がされて店員にサイズを測られている。
「適当でいいって言ってるのに……」
「だめです。ちゃんとサイズの合ってるもの選ばないと形が崩れたりするんですよ」



 適当なものを数個見繕うつもりだったが腰に手を当てる夕姫はそれを許してくれそうにない。
「Eですね。あちらのコーナーに並んでいるものから選んでいただくのが良いかと思います。何かございましたらまたお声がけください」
 一礼して去っていく店員を見送り、脱いだ衣服に手を伸ばす。サイズがわかったのだから手早く選んで済ませてしまおう。
「アルフェリカさんって胸大きいですよねぇ。いいなぁ、どうしてそんな大きいんですか?
「どうしてって聞かれても……気づいたらこうなってたとしか。それに大きくたって良いことないわよ?
 男どもにはいやらしい目で見られることが多いし、戦闘中に揺れるせいで重心がブレて動きづらい。大きい分、身体に厚みが出るので回避行動も大きく取らないといけない。
「そーゆーのは持ってる人の贅沢な悩みなんですっ。私なんてAなんですよっ。寄せて上げてもBに届かないんですよっ」
 夕姫は羨望嫉妬が入り混じった瞳でアルフェリカの胸を睨みつける。夕姫の価値観は自分とは違うようだ。
「だ、大丈夫よ。夕姫にはまだ伸び代があるでしょ。二十歳になるまでには成長してるわよ」
「あと一年切ってるじゃないですか。ぜつぼー的ですよっ、ゆめもきぼーもないですよっ」
「え、十九歳なの!?
 そちらの方が衝撃だった。小柄で可愛らしい小動物のような印象が強かったので、勝手に自分と同じくらいの年齢だと思っていた。
 驚かれたことがショックだったらしく、夕姫は顔を覆ってしまった。
「わーんっ。どーせ私は子供っぽいですよー。アルフェリカさんは良いですよね。大人な女性って感じで。胸おっきいし、スタイル良いし、肌きれいだし、顔ちっちゃいし、髪つやつやだしっ」
「あたし、まだ十六歳だから子供はあたしの方だと思うんだけど」
 ピシッ、という音が聞こえた気がした。夕姫は硬直してしまい、唯一信じていたものに裏切られたような悲壮な表情を浮かべた。
「とし、した……? しかも十六歳なのに、そんな、いろいろすごいの……?
 夕姫の瞳から光が消える。視線だけで呪われそうでとても怖い。
「アルフェリカさんのうそつきーっ! なんかもうすごいエロいの持ってきてやるーっ


!
「え、あ、ちょっ、夕姫!?
 夕姫は泣きべそかきながら試着室を飛び出してしまった。何一つ嘘などついていないのだが何かを言う暇もない。
 とりあえず追いかけようとしたとき、唐突なめまいに襲われてその場で膝をついた。
(大丈夫?
 今日はずっと黙っていたエクゥが気遣わしげに声をかけてきた。
「これだけ人の多い場所だと流石に少しきついわね。ほとんどずっと見続けることになるわ」
 人を見たときアルフェリカの目には黒く濁ったものが映っている。エクゥが言うにはそれは人間が持つ悪性の色だという。見ているだけで心まで穢されそうな色は生理的に受け入れ難く、おぞましくて気持ち悪い。
(わかってると思うけどあまり見ないようにね。下手をすると気が狂っちゃうから。自分でコントロールできればいいんだけど、そういう類の力じゃないし)
「おかげで嘘が見抜けるわけだけど、正直釣り合いが取れてないわね」
 嘘は見抜けるが精神力がガリガリと削られる。それが尽きたときアルフェリカ=オリュンシアは消え去るのだろう。
(ごめんね。私がこんな神であるばっかりに)
「まったくね。けど生まれたときからこうだったんだから付き合い方はわかってるわよ。調子が狂うからいつも通りにしていて」
(もしかして慰めてくれてる?
「……そんなわけないでしょ」
 慰めるなどあり得ない。ただ事実を口にしただけだ。他意などあるはずがない。
 素っ気なく話を打ち切ろうとしたとき、更衣室のカーテンが勢いよく開いて夕姫が姿を見せた。
「アルフェリカさん買ってきましたよ! 夕姫セレクトです! 観念して着てください!
 大きな紙袋を掲げて満面の笑みを浮かべる夕姫。支払いまで済ませてきたらしい。しかしまだ服を着てなかったアルフェリカは夕姫が掲げたものを気にする余裕など無かった。
「ちょっと夕姫っ! 開ける前に声かけてよっ」
「まだ服着てなかったんですかっ。そんなにそのわがままボディを見せびらかしたいのかーっ」
「ちょっ、ひゃあぁっ!?



 嫉妬全開で飛びかかって来た夕姫にあっちこっちを揉みしだかれる。
「ねぇアルフェリカさん、アルちゃんって呼んでもいいですか? あと敬語もやめていい?
「んっ、な、なによ急に」
「せっかく知り合ったからできれば仲良くしたいなぁって。今のままだとよそよそしいし。私のこともゆーちゃんとか呼んでくれていーですからぁ」
 アルフェリカがわずかに渋る素振りを見せたので、夕姫はさらに両手を激しく動かしながら強請る。夕姫の手の動きに合わせてアルフェリカの身体が跳ねる。
「わかったっ。わかったから、好きに呼んでいいから手を止めてっ」
「いやったぁ! よろしくねアルちゃん!
(お友達が出来たみたいでよかったね)
 じゃれついてくる夕姫は終始笑顔だった。転生体の自分と接していても怯えは一切ない。
 そのような触れ合いは久しく無かった。気負いのない関係。それはアルフェリカ=オリュンシアが求めていたものだ。夕姫との触れ合いはそれに近い気がする。
 するのだが。
「ぁん、ちょっと! そこはっ……ひゃんっ!?
「アルちゃん声まで色っぽいね。これで年下かこんちくしょーっ」
 スキンシップが激しい。悪ノリが過ぎる夕姫によってアルフェリカの艶やかな悲鳴が店内に響き渡った。
 
 
 必要としていたものは一通り買い揃え、センター街の外れで合流した三人はそのまま帰路についた。出かけたついでに遅めの昼食を取ろうと思っていたが、時間が経つにつれてアルフェリカの顔色が悪くなっていくので自宅に戻ることにしたのだ。
 輝の前を歩くアルフェリカは何度も吐き気を堪えるように口元に手を当てている。隣を歩く夕姫は心配そうに寄り添った。
「アルちゃん大丈夫?
「ええ、大丈夫よ。人ごみに当てられただけだから」
 後ろから見ていても嘘だとわかる。言葉とは裏腹にかなり辛そうだ。
「ごめんね、具合悪いのにあんなことしちゃって」
「夕姫、お前なにしたんだよ」
「えっ!? それは、えっと……あはは」
 笑って誤魔化された。笑える程度のことであれば特に追求する必要もないか。



 それにしても、と輝は思う。
 人ごみに当てられたと本人は言い張っているが本当にそうだろうか。それだけでこれほど顔色を悪くするとは思えない。
 気になるのは彼女の昨日の発言。
 ――キミ、どれだけの人を殺したの?
 何の脈絡もなく出た言葉。しかしそれは的を射ていた。それだけの罪を自分は背負っており、彼女はそれを見抜いた。さらには言葉の真偽を測ることができる力。極めつけは白銀の弓刃。
 それらを持つ女神を自分は知っている。
「まさか、な」
 浮かんだ可能性を否定する。その女神は神葬霊具によって殺害され、輪廻の理から弾かれている。もうこの世に存在しない。
 神などそれこそ星の数ほどいるのだ。酷似した力を持つ神の一柱や二柱、出会うこともあるだろう。
「でも本当に大丈夫かアルフェリカ。かなりフラフラしてるぞ。なんなら家まで背負っていくけど」
「いい……というか、視界に入らないでくれる? いまキミを見てると暴発しそうにな
るから」
 悪意すら感じられる言い方に夕姫は顔をしかめた。何か言おうとした夕姫だったが、アルフェリカの表情にかけらも余裕がないことに気づいて喉元まで出かけた言葉を飲み込む。
「わかった。悪いけど夕姫、そのままアルフェリカを支えてやってくれ」
「うん」
 この状態のアルフェリカを自宅まで歩かせるのは忍びない。輝は通りがかったタクシーを呼び止めてアルフェリカを乗せる。移動中はずっと目を閉じて本当に辛そうだ。
 自宅前に到着して支払いを済ませたちょうどそのとき輝のポケットから電子音が鳴った。
 ディスプレイに表示されているのは神崎の名前。
「輝か? いま自宅にいるな?
「なんでわかるんだよ」
「GPS」
 神崎の声に悪びれる様子はない。プライバシーという概念をこの男は持っているのだろうか。
「そんなことより怪我してるところ悪いんだが依頼したい。東ゲートの近くでランクA


の魔獣の観測報告が上がってる。うちの部隊と治安維持局が警備に当たってるが、狩人ほど魔獣に特化してるわけでもねぇんでな。不測の事態に備えて予備戦力として待機を頼みたい」
「了解した。でもランクAなんて俺一人じゃ万全な状態でも無理だからな。他の狩人も集めておいてくれよ」
「抜かりはないぜ。何人か腕の立つ狩人に依頼済みだ。もう現地で待機してる。一○○人前後の戦力だ。いくらランクAの魔獣でも単体でどうにかなるもんじゃない」
 なるほど。それだけの戦力があるなら怪我人の出る幕はなさそうだ。しかして予期せぬ事態というのは往々にして発生する。ゲートが壊れてしまったいま、備えておいてやり過ぎという事はないだろう。
「わかった。いまから現場に向かう」
「頼んだぜ」
 電話が終わると夕姫がどうしたのかと目で問いかけてくる。いまさら隠すことではない。
「壊された東ゲートの近くでランクAの魔獣が観測されたらしい。万が一に備えて予備戦力として待機してほしいんだってさ。というわけで俺は今からゲートに向かうよ」
「ランクAってすっごく危ない魔物のことだよねっ、大丈夫なの!?
 魔獣に危ないも危なくないもないのだが、確かにランクAともなれば危険度は跳ね上がる。夕姫でなくともその反応は普通だろう。
「俺は予備戦力だから大丈夫だよ。人数も揃ってるから出番はないだろうし」
「あたしも行くわ」
「いや、そんな状態じゃ無理だろ」
 夕姫にもたれてぐったりとしている。予備戦力とはいえ、ほとんど病人のような状態では万が一戦闘になっても満足に動くことはできないだろう。
「ダメだと言っても勝手に行くだけよ」
「だ、だめだよっ。こんなに具合悪そうなんだからちゃんと休まないと」
 アルフェリカの容体を案じる夕姫は異を唱えた。病人はベッドで休養。それが普通。
 しかしアルフェリカは普通ではない。
「お前のそれ、体調不良じゃないんだな」
「ええ、想像の通りよ」
 アルフェリカは首肯した。もし輝が考えている通りだとすると確かに放置しておく方が危険だ。
「わかった。お前も連れて行く。夕姫は――」
「じゃあ私もついてく!



「なに言ってるんだ。駄目に決まってるだろ」
「出番ないんでしょっ。じゃあ私がついてっても問題ないよねっ」
「そういう問題じゃない。危険がまったくないってわけじゃないんだ」
「そんなところに輝くんは行くんだよねっ!?
 ただをこねる子供のように夕姫は引く気を見せない。
「……少しは安心させてよ」
 輝の裾を掴み、眉を曇らせる。そんな顔をされては強く言えない。
「ったく。ずるいのはどっちだよ」
 ガシガシと頭を掻きむしった。
「魔導二輪があるからそれで行くぞ。サイドカー繋ぐから少し待っててくれ」
「うんっ」
 夕姫は晴れやかな笑みを浮かべた。
 連れて行くと決めたからには何があっても守り通さなければならない。
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