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 徹夜作業まで必要がなく、終電では帰る事が出来る現場での話。  上司は、責任感もあり、人間としては尊敬に価する部分も有ったのですが…。  責任感に見合う能力が欠落していたのです。  上司は、40代後半で、チームリーダでした。現場に出ているチームのまとめ役をやっていました。  同僚からも客先からも部下からも|頼り《便利》に|され《使われ》ていました。  確かに信頼はされていましたし、最低限の事は出来るのですが、能力が信頼を越えていないのです。これが不幸の始まりだったのです。その現場は、月で作業の偏りが激しい現場です。  忙しいときには、終電で帰る日々が続きます。幸いな事は、客先が終電では帰るようにと、指示が出ているので、無理矢理にでも追い出されるのです。  忙しい月の予定が出てきて、上司は足りない能力を責任感という無責任な物で補おうとし始めます。  簡単に言えば、部下よりも早く出社して全部の部下の作業を見て、部下の全員が帰るまで、自分に用事があろうと、職場に残って作業を見守っているのです。最初は手伝ってくれたりもしたのですが、邪魔にしかならない事もあり、やんわりと断られる事が多くなっていたのです。  しかし、部下が|でき《やら》ない書類仕事を上司が肩代わりしてくれるので、相対的な勤務時間は短くなっていきます。  顧客や部下から信頼されるのも、プログラムやシステム構築とは関係ない、書類作業が丁寧だという所から来ています。  そんな上司から、修羅場が目前に迫ったある日、相談があると呼び出されました。  昼休みは基本的に睡眠時間にしていた上司が、私たちを珍しく招集したので『緊急事態でも出たのか?』と現場は騒然としました。腐っても上司です。会社からの連絡や撤退や規模拡大の連絡は上司が受け取ります。私達は、昼飯を早々にすませて、会議室に集まったのです。会議室には、深刻な顔つきで上司が待っていたのです。  私たちにも緊張が走ります。  上司が、私を含めて呼び出した者が揃ったことを確認して口を開きます。 「今日、オヤジの通夜なんだ。本当に申し訳ないが、今日は、定時であがらせて欲しい」  私たちは、きっと頭上に『?』をいくつか出していたことでしょう。 「君たちが作業している中、親の通夜なんて、個人的な用事ですまないと思うが、今日だけは先にあがらせて欲しい」  机に頭が着くのではないかと思うくらいに頭を下げてきます。  必要な事ですか?と誰もが思っていました。  そして…。  ”勝手にしてくれ”という思いと、”なんで通夜に行くのに許可を求める必要がある?”という思いが湧き上がってきます。  そもそも、上司が居なくても困る事はない。確かに、書類仕事では戦力になるが、それ以外では戦力になるどころかマイナスにしかならない。皆が私を見ます。残念な事に、私が上司直属の部下で、副リーダを勤めています。  私を含めて、その場に居た人間は、最悪な事態を考えていました。  作業遅延を理由に切られると思っていたのです。確かに、通夜は重大な事ですが、私たちに対してお願いするような事ではありません。通夜という事は…。ここ数日、上司のポンコツに拍車がかかっていたのは、そういう理由だったのでしょう。 『定時で帰るも何も今日は今すぐ帰ってください』が、私が発した言葉です。  上司の実家の事は聞いています。  作業場所からどんなに急いでも、電車で3時間の距離です。定時までいたら通夜の時間にギリギリです。その上、上司は長男のはずです。長男が出席しない通夜など田舎では考えられません。  上司は、先月末から毎日…。土日も出勤してきています。お父さんがいつから病床に有ったのかはわかりません。突然死なのかもしれません。しかし、少なくても上司は見舞いにも行っていません。その上、通夜にも遅れていく事になったら大変ではないのでしょうか? 「わかった、ありがとう。今日は、|コアタイム《午後3時》が終わったら上がらせてもらう」 「今すぐに午後半休で帰ってください。初七日が終わるまで有給を使ってください。お願いします。現場で困ったことがあったら連絡します。ご実家の連絡先を教えてください」  でも…と食い下がる上司を無視して、顧客や会社に連絡をして、休みをもぎ取ります。  顧客も上司が信頼出来る人である事は解っていますし、プログラムやシステム構築では戦力外なのも知っています。そのために、確かに修羅場突入寸前で忙しくなり始めている時期ではあるが、納品までには日数もあるし、上司が活躍しだす書類作業までもまだまだ時間がある。その事からも会社も顧客も10日の有給を許可してくれたのです。  正直に言えば、親の通夜~葬式くらいは現在を分析して相談なしに休んで欲しかった、その位の事はしてくれないと困ると本当に痛感した。しかし、この相談が上司なりの責任の取り方であり、誠意だったのです。  上司は、11日後にいつもどおり会社に出てきて、顧客から始まって、メンバーに土産を渡しながら感謝を伝えていく、父親を見送ることができたと…。  その上司の背中は、”親の葬式”という大事な、当たり前の事をしてきた人ではなく、忙しいのに休んでしまって申し訳ないという雰囲気を出している。  何かが間違っているのは、皆が感じている。しかし、自分が同じ立場になった時に、果たして休む事が出来るのかを考えてしまっていた。
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