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「雨の日は決して憂鬱なだけじゃない」
 飴と雨と占いと。
 少し不思議な甘酸っぱいボーイミーツガール。
 爽やかな読後感を約束する短編です。
Suiu_a
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アマガサ×ドロップ
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 第三章 
 
 
 ゲート周辺はそれほど殺気立ってはいなかった。大勢の人間が武器を持っているので物々しさはあるものの、みんな適度に肩の力を抜いている。ゲートの入り口付近では狩人や休憩中の治安維持局の人間たちが談笑を楽しんでいるくらいだ。
 少し離れた場所には通信機器などが持ち運ばれているテントがあり、簡易的な司令部が設置されていた。これほどゲートの近くに設置しているということは魔獣の侵入は想定していないらしい。
 確かにざっと見る限り、予備戦力含め戦力は十分と言える。ランクAとはいえ魔獣一体に後れを取ることはないだろう。
「大丈夫か?
「……ギリギリね」
 そう言うアルフェリカの額には脂汗が滲んでいる。ここに来るまでも顔色は悪くなる一方だ。
 二人だけで都市の外に出た方がいいかもしれない。武装がないアルフェリカには自宅で保管している予備の武装の中から機械弓を渡してある。輝も愛用の機械鎌を装備して


いるので今から出ようと思えばいつでも出られる。
「もっとピリピリしてると思ってたけど、意外とみんな和気あいあいとしてるね」
 輝の心配をよそに周囲の和やかな雰囲気を眺めて夕姫はそんな感想を口にした。
「ずっと気を張っててもしんどいだけだからな。狩人をやってる人間はみんな気の抜き方を知ってるものだよ」
「そーなんだ」
 話をしながらゲートに向かって歩いていると急に周囲が慌ただしくなった。
「警戒中の魔獣が五キロまで接近! 種別は……ランクAのベヒモスだ! まっすぐこっちに向かってきているぞ!
 カメラ越しに壁の外を監視している司令部からそう報告が入った。その場にいる全員に緊張が走る。ゲートの外で防衛にあたっていた者はもとより、談笑していた熟練の狩人たちも手早く装備を整えて外へ向かった。
 それでも何人かは動かずに中に留まっている。武器を手に取らない様子から都市に入ってくることはないと高を括っているのだろう。
 神崎が要請した狩人だと思えない。どこからか情報を得て甘い汁を吸おうとしている狩人だろう。いないよりマシだがあまり当てになりそうもない。
「夕姫は司令部の近くにいろ。万が一、魔獣が都市の中に入ってきたときはできるだけ
遠くに逃げろ。俺たちは待つな。いいな?
「う、うん」
 魔獣が現れた状況では流石に輝の指示に素直に頷いた。その背中を見届けながら機械鎌にシリンジを装填し戦闘準備を整える。
 万が一を想定して夕姫にはあのように指示を出したが、もちろん魔獣を都市に入れるつもりなど毛頭ない。
 司令部のオペレーターから念話を通じて各自に指示が出されていく。魔獣の討伐でメインの戦力となるのは狩人だ。狩人は各々の判断で行動し連携する。それを治安維持局が組織的に援護するというのがアルカディアの戦い方である。
 今回の戦術方針は前衛が魔獣の足止めと誘導。外壁の高所で待機する後衛は魔術や銃器による狙撃、治安維持局のメンバーは遊撃と他の魔獣が近づかないか警戒。
 前衛が足止めしている間に遠距離からの集中砲火で仕留めるオーソドックスな作戦だ。
 輝は隣のアルフェリカに横目を使った。
 アルフェリカは頷くと狙撃場へと駆け出す。
 輝はそれを追いかけた。
 



 
 壁に備えられた狙撃場から見渡す外界は相も変わらず荒廃した大地が広がるばかりだ。廃墟と化している戦前の遺物を見ていると、背後の景観とのギャップにタイムスリップでもしたのかと錯覚しそうになる。
『距離二五〇〇!
 念話の報告で意識を切り替える。遠方から土埃が都市に向かって伸びてくるのを確認した。
「あれがベヒモス……」
 知識では知っていたが実際に見るのは初めてだ。全長は八メートルほどだろうか。巨大な体躯を支える四肢は筋骨隆々。固い地面を抉りながら突き進む姿がどれほどの膂力を有しているのか物語っている。最大の特徴は二メートルもあろうかという二本の角。あの巨体の突進を受けて串刺しにされれば人間など木っ端微塵だ。
 狙撃位置についた治安維持局、狩人たちはそれぞれ術式兵装の起動、術式の構築を始める。
 アルフェリカも機械弓に魔力の弦を張って指をかけた。
 それを見ていた狩人の男が失笑する。
「おいおいそこのべっぴんさんよ。そんな獲物がベヒモスに通用するわけねぇだろ。獲
物がねぇなら俺のを貸してやろうか? 対物ライフルの術式兵装で対物障壁展開した戦車だって吹っ飛ばせる一級品だ。ベッドの上でサービスしてくれるんならお代は頂かないぜ?
 この余裕のないときに鬱陶しい。あの魔獣もろともまとめて吹き飛ばしてやりたい。
 男の下卑た声を無視して意識を集中させる。指先に魔力が集まり、弓を引く手に合わせて矢が形成される。
『距離一〇〇〇!
 ベヒモスはもう視認できる距離まで近づいてきている。もはや進路を変えることはない。近接武装で身を固める狩人たちは一斉にゲートから飛び出した。
 遠目にもわかる。体表にうっすらと見える黒い靄。人ではない魔獣にすらそれがある。
 この世に汚れていないものは存在しないのではないかとさえ思えてくる。
 しかし今に限っては好都合。
「汝が罪を贖え。裁きを下すはこの一矢」
 詠唱と共に放たれた矢は弓では到底成しえない初速をもってベヒモスへと疾走する。一切の弧を描くことなくベヒモスの右前脚を射抜き、その巨体を転倒させた。
「んなアホな……ベヒモスの皮膚は鋼鉄並みの硬度があるんだぞ……それを弓でぶち抜


きやがった」
 その光景を見ていた狩人の男は口をあんぐりとさせて間抜け面を晒していた。他の面々もあまりの出来事に驚愕している。
 忌々しいことこの上ないが、神の力を少し行使している。これくらいは当然だ。
 今のでほんの僅かに気分が楽になったが正直なところ全然足りない。神名の発光が陽光に紛れるギリギリの力では大した発散にならなかった。だがもっと大きな力を使おうにも、こんなに人が多くてはそれもできない。
「ほら、そこのチャラ男。いまがチャンスでしょ。戦車も吹っ飛ばせるライフルであの魔獣を吹っ飛ばしなさいよ」
「お、おう」
 アルフェリカがせっつくと男はライフルをベヒモスに向けて発砲した。その発砲音を合図に各自の武装が一斉に火を噴き、倒れたベヒモスへ集中砲火を浴びせる。その苦痛によるものか咆哮が轟くが銃声や爆発音によってかき消されてほとんど聞こえない。
 その戦闘音を背中で聞きながらため息交じりにもう一射しておく。気分は楽になるが、やはり微々たるものだ。
「あまり長く持ちそうにないわね」
(ここじゃ人目が多いから外に行って来た方がいーよ。ソーサラーガーデンみたいなこ
とになったらまずいから)
「わかってるわよ」
 一際高い咆哮が響き、少し遅れて銃撃音も止まった。見ればゲートの目前でベヒモスが横たわっている。一〇〇人近くから集中砲火を受けたにも関わらず、ここまで辿り着いた強靭さには舌を巻くしかない。しかしランクAといえどたった一体でこの戦力に敵うはずもなかった。
 近接武器を持った狩人たちが横たわるベヒモスに蟻のように群がっていった。
 彼らの目的は角だろう。命を絶つ前に身体から切り離せばマナに還らない部位を持つ魔獣がいる。ベヒモスの角は粉末にすれば良薬の素材になるので高値で売れるのだ。
 そのことを知っている狩人たちは我先にと角の奪い合いをしている。狙撃場にいた狩人たちも後れを取るまいと粟食ったように走り出していった。
 角の取り合いで怒声やら叫び声が聞こえてくる。瀕死とはいえランクAの魔獣がすぐ近くにいるというのにお構いなしとは恐れ入る。
 やがてベヒモスの身体がさらさらと崩れ、七色の粒子へと分解された。今度は巨大なマナ結晶の取り合いが始まり、狩人の欲深さには呆れるしかない。
 とはいえ今の自分には関係ない。とにかく溜まったものを吐き出してこないと。
「ちょっと外に行ってくるわ」



「あれに混ざってくるのか?
「発散できなかったの。人目のないところじゃないと力が使えない」
 そう告げて地上へ降りる階段へ向かった。
「なあ、アルフェ――」
 後ろをついてくる輝が何かを尋ねようとして、その声が途切れた。不審に思って振り返ってみると輝は空気中に漂うマナをじっと見つめていた。その表情は張り詰めており、否応なく不安を駆り立てられる。
「まずいっ。みんなそこから離れろ!
 輝は外壁から身を乗り出して魔力素結晶を取り合っている狩人たちに叫ぶ。しかし取り合いで興奮している狩人たちの耳には届かない。
 そしてそれは起こった。
 大気中のマナが渦を巻き収束する。取り合いの渦中にあったマナ結晶も分解されて収束の渦へと取り込まれた。
 その現象を認識した狩人たちに戦慄が走った。
「再構成だ! 臨戦態勢を取れ!
 収束したマナは黒い魔法陣を作り出し、その輝きは質量を獲得し、咆哮を伴って世界に悪意を生み落とす。隆々とした四肢が大地を踏みしめる。理性を宿さない眼光は凶
悪性の象徴。
 ベヒモス。今しがた討伐したものよりも倍近くの巨躯が足元の狩人たちを見下ろす。狩人たちはすぐさま配置に戻ろうと駆け出した。だがベヒモスとゲートまでの距離は一〇〇メートルもない。迎撃しようにも間に合うはずもない。
 ベヒモスがゲートに向かって突進してくる。
「くっ……」
 輝は慌てて機械鎌を構えて術式を展開した。決して少なくない魔力が込められた砲撃がベヒモスに直撃する。しかし止まらない。痛痒すら与えることすら敵わない。
 そもそも魔力そのものを弾丸とする術式は狙撃に不向きとされる。レーザー光線と同じように魔力は大気中で拡散されてその威力が減衰してしまう。ベヒモスほどの魔獣をそんな生半可な攻撃で止められるわけもない。
 定位置に残っていた治安維持局と狩人も攻撃を放つが、人員を欠いているせいで火力が足りていない。持ち前の強靭さで攻撃をものともせず、走る速度が上がっている。
 アルフェリカも援護のために矢を番えた。矢の質量は先程よりも大きく。魔力の弦の張力も最大に引き絞る。弓が限界までしなり、初速を得るためのエネルギーが溜め込まれる。
 次の矢など放てない。この一撃で仕留める必要がある。



 矢から指を放した瞬間、バキッ、と機械弓が嫌な音を立てた。
「なっ!?
 張力に耐えられなかった弓がへし折れた。狙いが狂いベヒモスから大きく逸れて着弾。矢とは思えない衝撃が地面を爆砕するが、目標を射抜けないのであればその威力も意味がない。
「だめだっ! みんな逃げろーっ!
 もはやその突撃を止めることは叶わず、ゲートを閉じるバリケードとそれに施された対物障壁がベヒモスの巨体と衝突した。並みの魔獣であれば十分な強度を誇る障壁も、時速七〇キロメートルに及ぶ速度で一〇トンを超える質量が生み出す衝撃を受けてはひとたまりもない。
 敢え無く障壁は砕け散り、その突進力を奪いながらもベヒモスの侵入を許してしまった。
 茜色の空に魔獣の咆哮が響き渡った。
 
 
 司令部にいた夕姫はその最悪の光景を目の当たりにした。多くの人たちの守りを蹴散らしてあっさりと都市に足を踏み入れた魔獣。戴天に届く咆哮はまるで懸命に生きる人
たちの頑張りを嘲笑っているかのよう。
 最悪の事態は誰もが想像していた。もしかしたらこうなるのかもしれないと。だけどそれがどういうことか本当の意味で理解していなかった。
「退避しろーっ!
 司令部の誰かが叫んだ。夕姫にはそれがどこか遠くからの声のように聞こえた。
「あれが、魔獣……」
 魔獣がどういうものか知識の上では知っていた。大量の魔力素を取り込んだ動物の突然変異種。凶暴で凶悪でいろんなものを傷つける怖い生き物。その程度の認識しか持っていなかった。
 目の前にいる存在を見て間違いだと悟る。
 あれは人類の敵。輝はあんなモノを相手に戦っていた。
「君っ、何をしてる! 早くここから離れるんだ!
 立ち尽くす夕姫の手を誰かが引っ張った。
ルール・ディファイン――ソード・オブ・ザ・ハート!
 輝の声が聞こえた。蒼の光が迸り、魔獣の顔面を撃ち抜いてその巨体を押し返す。
 一瞬だけ輝と目が合う。逃げろ。それが伝わってきた。
「俺が魔獣を誘導する! みんなは足を狙ってくれ!



 輝の指示に狩人たちが応える。
 それはダメ。逃げるなら一緒に。そう思っても舌が強張って声が出ない。
 手を引かれて魔獣から離れる。その場にいた誰もが事態の深刻さにパニック寸前になりながら、それぞれが自分の意思で懸命に動いていた。
 自分は何もできない。恐怖にすくんで声を出すこともできなかった。輝の力になることも、自分の身を守るために動くことも、何もできていない。
 輝が今まで黙っていたのは優しさだったということを思い知る。このような世界があることを知ってしまえば、今ままでのように能天気に笑っていることなどできようか。
 元が何の生物だったのか。恐竜のように巨大な獣。それが腕を、尾を、角を振るう度に、建物が弾け飛び、地面が抉れ、人が吹き飛ばされる。破壊の足跡は徐々にゲートから伸びている。侵入を阻むべく全員がゲート付近で押し留めようとしているが、じわじわと押し込まれている。
 一人、また一人と倒れていく。赤い血が飛び散る。手足を失った人もいる。悲鳴を上げる人、苦痛に呻く人、叫びと共に武器を振るう人、それを援護する人。誰もが傷つきながら、この世の理不尽に抗っている。
 呼吸が止まる。戦場とはこれほどにも悲惨なものなのか。
 一際強い光が弾けた。蒼色の閃光。その一撃を受けた魔獣がよろけて僅かに後退した

「輝くんっ……」
 何度も背中を振り返る。遠退きながらも夕姫の目は輝の姿をはっきりと捉えていた。
 自分より何倍も大きな魔獣の前に立ち、機械仕掛けの大鎌を手にして魔獣の注意を引いている。
 魔獣は輝を狙ってその剛腕を振り下ろすが、障壁を張って辛くも躱し続けている。輝に注意が向いている隙に周囲の人たちが魔獣に向けて集中砲火。魔獣の狙いが輝から外れると、再び蒼色の閃光が魔獣を打ち据えて輝が狙われる。
 何度もそれを繰り返す。強大な暴力が輝に向けられる度に夕姫は気が気でなかった。
 輝は真っ赤だった。白いシャツや包帯は赤い染みをいくつも作っており、彼の立っていた場所には必ず紅い斑点が残されている。時折、膝をつきそうになり、機械鎌を杖にして身体を支えていた。
 誰が見ても満身創痍。もう限界のはずだ。もう動けないはずだ。しかし輝は止まらない。最も苦しいはずなのに、最も危険な役割を勤めている。
 後ろへ下がるように周囲の人たちが呼びかけているが、輝は全く聞かずに魔獣の前に立ち続けていた。
 その姿を見て、夕姫は胸が締めつけられた。



 もういい。もうやめてほしい。このままでは死んでしまう。そんなことになっては耐えられない。
 蒼色の閃光が弾ける。幾度と繰り返された攻撃に痺れを切らしたのか、魔獣が輝を集中的に狙い始めた。腕を振るい、尾を薙ぎ払い、角を振り回し、輝に暴力の嵐が降りかかる。
 すでに自力で立つこともままならない輝は障壁を多重に展開して凌ぐしかなかった。しかしその嵐を耐えるには障壁の傘だけでは足りなかった。
 ガラスを砕くような音が何度も響く。破滅の音。多重に張られた障壁は瞬く間に粉砕され、大樹のように太い腕が輝を殴りつけた。
 蹴飛ばされた小石のように輝は弾き飛ばされ、何度も地面を跳ねながらようやく停止した。
 立ち上がらない。指の一本すらピクリとも動かない。生きているかどうかもわからない。
 それでも魔獣は輝へ向かい続ける。輝の身体がただの肉塊に変り果てるまで、この暴力は止まらない。
「輝くんっ!
 自然と身体が動いていた。引かれていた手を振り解き、来た道を駆け戻る。その一歩
一歩が地面を踏み砕き、音に迫る勢いで疾駆する。
 全身に刻印の輝きを纏って。
 
 
 武器を失ったアルフェリカは戦局を見守るほかなかった。
 状況は芳しくない。都市に入り込んだ魔獣は少しずつ侵攻を進めている。
 理由は圧倒的な火力不足にある。戦闘音を聞きつけた低ランクの魔獣がゲートに押し寄せ、そちらに半数以上の戦力を回しているためだ。残った戦力でベヒモスの対応をしているが、強靭な肉体を貫けずに少しずつ都市の中へ後退を余儀なくされている。しかもこの拮抗状態を維持しているのは輝の力によるところが大きい。
 それはつまり、輝が崩れたとき均衡が崩れることを意味する。
「武器があれば」
 アルフェリカは歯噛みする。輝に借りた機械弓は力の行使に耐えられずに破損した。もはやなんの役にも立たない。【パルティ】を召喚すればまだ戦えるが、それは自らが転生体であるということを公にすることになる。
 この大勢がいる中で。転生体がいとわしく思われているこの世界で。
 ベヒモスの攻撃を躱すたびに輝の動きが鈍くなる。流血も増え、彼のシャツは赤色の


面積が徐々に増えていく。この攻防が始まって五分も立っていない。しかし輝はもう限界だ。
(彼を助けたいの?
 エクゥの問いかけにアルフェリカは当惑した。
「それは、輝にはお金借りちゃってるし、借りは返さないと……」
(それだけ?
「都市にいる間は、いなくなられると困るし……」
(建前じゃん)
 エクゥが呆れるように笑った。
 輝は言った。転生体のための居場所を作ると。
 輝は言った。人と神が共存できる世界を目指すと。
 本気でそう言ったのだ。転生体であるアルフェリカの前で。本心でその未来を語った。
 そういう人がいることが嬉しかった。転生体である自分を拒絶せず、ただ弱き者のためのことを考えての夢が、乾ききった胸に染み込んできた。
 そうなればいいなと、ずっと願っては諦めていたことを輝は実行している。
 黒神輝を失ってはいけない。そう感じた。
(あれこれ考えないの。助けたいんでしょ。じゃあそーしなよ)
 女神は優しい声で、そう言った。
「え?
(黒神輝の目指してるものを見てみたいと思ってるんだよね。ならあなたが助けてあげなよ。それで、一緒にその世界を見てみなよ。きっと素敵な世界だよっ)
 それはアルフェリカの想いへの肯定だった。
「最悪、この都市に殺されるかもしれないのに? 都市から追放されるだけだとしても、もうここには来れなくなる。キミが殺したい神がいるかもしれないのに」
(そーなったら仕方ないよね。アルフェリカにはまた頑張ってもらうことになるかな。それにもう一〇〇〇年も待ってるから、ちょっとくらい遅くなっても誤差だよ)
 にへら、と。そんな表現が似合いそうな雰囲気で女神は語る。
(後はアルフェリカの勇気次第。彼のために転生体であることを晒せるかどうかだよ)
 恐ろしいくらい勇気を必要とする行為だ。今までまともに誰かを信じたことはない。他者のために自分のことを天秤にかけるなど考えたこともなかった。
 自分の居場所が欲しいとずっと思っていた。転生体であることなど気にせず、普通に暮らしていける日常に憧れていた。
 ガラスを割ったような音が一際大きく響いた。魔獣の剛腕が輝を捉え、ゴム毬のよう


に弾き飛ばされる。それ以降、輝はピクリとも動かなくなった。
 アルフェリカの中で何かが弾けた。頭に蔓延るしがらみが全て燃え尽きて、ただ一点のみに思考が集中する。
「来なさい【パルティ!
 右足から神名が光を放つ。顕現したのは白銀に輝く刀身を有する弓の剣。
 それを目撃した一部の人たちの、アルフェリカを見る目が恐怖に染まる。関係ない。今やるべきことは一つだけ。
 動かない輝へ追い討ちを仕掛けようとする魔獣めがけてアルフェリカは突貫した。弓矢では下手すれば輝を巻き込んでしまう。ならば接近して神装宝具で切り刻む。
 ベヒモスが腕を振り上げた。それを叩きつけられてしまえば輝は挽肉になってしまう。
 阻止しようと狩人たちも集中砲火を浴びせかけた。しかしベヒモスの動きを止めるには至らない。これでは間に合わない。
 絶望しかけたとき、高速で飛来した何かがベヒモスを横撃した。巨体が傾き、地響きを立てて横転する。
 飛来したものを見遣る。小柄な影。ベヒモスとの接触の反動を利用して空中で身を翻す。尾を引くように紫色の長髪が軌跡を描いていた。
 その正体のことなど考えなかった。
 【パルティ】を両手で持ち直す。弓刃は二つに分かれ、その姿が双剣に変わった。
(汝、斬首刑に処す。命を以ってその罪を贖え)
 女神の詠唱により両手の刃に魔力が宿る。陽光に似た輝きがその刀身から放たれ、処刑の刃へと変貌する。
クレセント・ルイゼッ
 振るわれた裁きの刃が三日月を二つ描く。ベヒモスの首の上で交わり、刀身を遥かに超える大きさの首を胴から斬り飛ばした。
 ねられた頭部が宙を舞う。重力に引かれて落下し、次いで頭を失った巨体が土煙を上げながら崩れ落ちる。やがて肉体の崩壊が始まり、七色に輝く粒子が立ち昇った。
 一瞬の静寂。魔力素の霧が意味することを理解した者たちが一斉に勝利の雄叫びをあげた。
「輝くんっ!
 悲鳴にも聞こえる声がじだを打って、無意識のうちに視線をそちらへ移した。
 ベヒモスを横撃したのは夕姫だった。全身に浮かぶ刻印を見て、彼女が何者であるかを理解する。



 夕姫は大きな瞳に涙を湛え、倒れ伏す輝に駆け寄った。アルフェリカもそれに続く。
「うっ……」
 血塗れの輝の姿を見てアルフェリカは思わず顔をしかめた。
 左腕にあるはずのない関節が二つほど増えていた。腹部は深く抉られて筋繊維が露出。見えている肌は至るところがどす黒く染まって内出血を起こしている。下手をすれば臓器にも損傷を受けているかもしれない。
 医学知識のない素人目にも輝が危険な状態であることがわかった。
「輝くん、輝くんっ、ねぇ、返事してよ輝くん!
 夕姫は取り乱して輝を呼びながら何度も彼の身体を揺すった。アルフェリカはその手を輝から引き剥がす。
「無闇に動かしちゃダメよ。肋骨が折れてたら肺に刺さるかもしれないわ」
「でもっ、でも輝くんが!
「落ち着きなさい。輝を死なせたいの?
 目を見つめて、静かに、しかし強い口調で諌める。それが効いたのか、彼女は少し落ち着きを取り戻したようだった。
 内心アルフェリカも気が気でない。夕姫がいなければここまで冷静ではいられなかっただろう。
 それほどまでに輝の状態はひどかった。
「早く輝を治療できるところに。夕姫は治療ができる人を呼んで」
 アルフェリカにとって輝は希望になりつつあった。絶対に死なせてはならない。死なせるわけにはいかない。
 とにかく止血だけでもしなければ。応急処置にもならないが、少しでも生存率を上げるためにはできることは全てやるべきだ。
 しかし周囲の者たちがそれを許してくれなかった。
「か、覚醒体だっ。こいつら、覚醒体だぞ!
 誰かがそう叫んだ。
 勝利による沸き立っていた空気が一瞬にして凍りつく。恐怖、困惑、混乱、敵意、嫌悪。様々な感情が二人へ向けられる。
 全身に広がった神名は覚醒体の証。そして覚醒体は転生体を超える畏怖の対象だ。
「誰でもいい! ギルドにこの情報を伝えて応援を呼べ! 残った奴らは覚醒体を押し留めろ! 都市に覚醒体が現れたなんて魔獣どころの騒ぎじゃなくなるぞ!
 その号令を受けてまだ動ける者、戦える者が一斉に武器を構えた。
 大勢から向けられる感情に夕姫はびくりと肩を震わせて怯えた。周囲すべてが敵になるという現実。その恐怖をアルフェリカは身をもって知っている。



 アルフェリカは言葉を発することができなかった。恐怖に囚われた彼らに何を言っても都合よく解釈され、こちらが悪だと断じられるだけだ。
 今まで何度も味わってきた人による理不尽。味方なんていない。助けてくれる人もいない。自分の身を守るためには逃げるしかない。後ろめたいことがあるから逃げるのだと、後ろ指をさされても何も言えない。
 唇を噛んで悔しさを堪える。やはりこの都市も同じなのか。他の人と同じように転生体というだけで排斥しようとする。正当性もなく、訴えも届かず、感情のまま拒絶される。
 こんな世界で本当に居場所を作れるのだろうか。
「ちょっとまて! この二人はベヒモスを倒してくれたんだぞ!? この都市を守ってくれた恩人だろう!
 考えあぐねていると狩人の一人がアルフェリカたちを庇った。想像だにしていなかった事態にアルフェリカは困惑する。今まで転生体である自分の肩を持ってくれる人などいなかった。
 その男を見据えても嘘の気配がまったくない。本音からの意見。
 この世界で、そのようなことがありえるのだろうか。
「魔獣を倒したからって敵じゃない保証はないだろう。そいつに宿っているのが敵性の
ある神だったらどうするんだ!
「そうだったら俺たちはもう皆殺しだ。見ろ! 彼女たちは全身に神名が広がってる! それでも俺たちの味方をしてくれたってことは友好神だってことだろ!
「そんなものが何の保障になるっていうんだ! 仮にそうだとしても、この先も俺たちに危害を加えないとは限らないだろ! 大体まだ全身に広がり切っていないだけかもしれない!
「俺はその覚醒体が敵じゃねぇと思うぜ!
 意見が対立する二人が言い争う中、また一人、アルフェリカたちをようする者が現れた。
「そこのちっさい娘は倒れている白髪頭の狩人を泣きそうになりながら何度も呼んでた。敵性覚醒体だっていうならそんなことはしねぇ。そのままその狩人を殺しちまえばいい。だけどそうしねぇってことは人間派の神様ってことだろ」
「それは俺たちを騙すための演技かもしれないだろ!
「何のために!? 敵性覚醒体なら消耗した俺たちを殺すことなんて簡単だろう! それをしねぇで魔獣を倒してこの都市を守った! それ以上の事実があんのか! 思い込みだけでくっちゃべってんじゃねぇ!
「なんだと!



 一人、また一人と声を上げる者が増え、言い争いはさらに苛烈さを増していった。様々な場所から様々な怒号が飛び交い、収拾がつかなくなる。
 この状況は一体なんだ。転生体を敵視する者と自分との言い争いは何度もあった。しかし、いま目の前で繰り広げられているのは転生体を敵視する者たちと転生体を擁護する者たちの人間同士の争いだった。
 このような光景を見たこともなければ聞いたこともない。
 ――この都市では人間と神が手を取り合ってる場所も確かにある。
 輝の言葉が思い出される。
 アルカディア。清濁を併せ呑み、誰もの願いが叶う理想郷。
 輝が言っていたことはこういうことなのかもしれない。世界の全てが敵ではない。そう思うことができる光景が確かにあった。
「議論なんか意味ないんだよ! 何かあってからじゃ遅いんだ!
 結論の出ない言い争いにしびれを切らした誰かが術式兵装の銃口を夕姫に向けた。
 敵意に怯える夕姫はもとより、目の前で繰り広げられるものに見入っていたアルフェリカも反応できずに対処が遅れた。躱すことも防ぐことも、もはや間に合わない。
ルール・ディファイン――」
 マズルフラッシュと共に大爆発。至近距離で発生した爆炎が視界を焼き尽くし、その
衝撃が臓腑を震わせる。
 しかしそれだけだった。衝撃に晒された身体に痛みはない。爆炎に焼かれることも、爆風に吹き飛ばされることもなかった。
 恐る恐る目を開くと眼前に蒼色に輝く魔法陣が展開されていた。それは何重にも重なり合ってシェルターとなり、二人を外敵からの脅威から守護していた。
 それが誰によるものかすぐにわかり、アルフェリカの心は激しく揺さぶられた。
 
 
 争いの声はずっと聞こえていた。どこか遠く、意味もわからなかったが、声に含まれている感情を理解することはできた。
 気分が悪かった。不愉快だった。今はまだそうなのだとわかっていても、その感情を大切な人に向けられるのは我慢がならなかった。
「だい、じょうぶか……?
 呼吸が辛い。咳き込むだけで胴体に激痛が走る。左腕の感覚はなく、掲げた右腕は鉛のように重い。
 それでも身体はすべきことをわかっていた。
「輝くん!



 ぼろぼろと大粒の涙を流しながら夕姫は輝の名前を呼んだ。重力に負けて落ちる右腕を掴み取って自らの胸に引き寄せる。
「悪い、心配かけたな……」
「輝くん、輝くん、輝くん」
「泣くなよ。俺は大丈夫だって」
「ぜんぜん大丈夫に見えないよっ」
「……だろうな」
 夕姫には心配ばかりかけてしまっている。その情けなさに苦笑しながら、自力で立ち上がろうとした。動くたびに傷の痛みで苦悶に顔を歪めることになる。
「う、動いちゃダメよ輝っ。じっとしててっ」
「そうだよ、ひどい怪我してるんだから」
「そうもいかないだろ」
 二人の制止も聞かず、全身から血を滴らせながら、それでも輝は自分の足で立った。
 そして夕姫たちを取り囲む狩人たちを睨めつける。
「いま、攻撃したのは誰だ?
 静かな問いかけには底知れぬ怒気が込められていた。その糾弾に反発した一部の狩人が声を荒げる。
「そいつらは覚醒体だ! この都市で暴れられたらどれだけの被害が出るかわかったもんじゃないんだぞ!
 神をおそれるが故の敵意。わかっていたことだし理解はできる。
 理解はできるが、これは別の話だ。
「ここで殺す必要があるのは当たり前のことだろうが!
 殺す。
 嗚呼、聞き捨てならない。許容できない。
 全身の血液が沸騰した気がした。瞳の奥が赤光する。
 バキンッ、バキンッと自戒の鎖が音を立てて千切れ飛ぶ。
「なら、やってみるか?
 おぞましいほどの殺気が輝から放たれた。空気どころか時間さえも凍りつかせるほどの威圧に対峙する全員が恐怖に青褪める。中には過呼吸に陥ったり、失神したりする者まで現れた。
 桁外れの殺意を向けられて反論の声も上がらない。輝が瀕死の状態で、戦える身体でないことが明白であっても、なお立ち向かうことができる者は存在しなかった。
 誰もが思った。
 この男は本当に人間なのか、と。



 歯向かったら最期、慈悲もなく命を落とすことになるのではないかと本能から恐れた。
 耳が痛いほどの静寂に包まれる。
「この二人を傷つけることは俺が許さない。たとえ人間だろうと容赦しない。それをゆめゆめ忘れるな」
 異論の一切を許さない一方的な宣告。
 機械鎌の柄が地面を叩く音だけが浸透した。
 
 
 自分たちを守ってくれる背中をアルフェリカは見つめていた。全身を血塗れにして、相当に痛むはずなのに、都市の人たちを敵に回すリスクまで背負って、自分たちを庇ってくれた。
 友人である夕姫がいることが彼の行動の理由だったとしても、こんなにまで自分を守ってくれたことにアルフェリカは激しく心を揺さぶられた。
 守ってもらったことなんて今まで一度もなかった。頼れる相手などおらず、いつの間にか誰も信じることができなくなった。信じられるのは自分だけ。自分を守れるのも自分だけ。誰も助けてくれない。誰も守ってくれない。そうだったはずなのに。
 輝は、今まで出会ったどんな人とも違う。こんな人を自分は知らない。
 自分たちを睨みつける人たちは、輝に気圧されながらもその敵意を向けることをやめない。
 視界が濁りきった黒色で染まっていく。人の持つ罪の色。罪業の香りが充満していき、ひどい吐き気に襲われた。
 恐怖、敵意、憎悪、そういった負の感情に支配されたここの空気はアルフェリカにとって毒素でしかない。目にしているだけで気持ち悪い。息をするだけで心が蝕まれる。
 守ってくれている輝にもそれが見える。他者に比べると特に酷い。
 だけど不思議と初めて出会った時ほどの不快感を抱くことはなかった。
「ねぇ、輝」
 知らず、彼の名前を呼んでいた。振り向くことさえ辛そうに、けれどしっかりと視線を合わせてくれる。瀕死の身体。満身創痍でありながら、蒼い瞳の力強さは頼もしいとさえ感じた。
「あの約束を、覚えてる?
 昨夜、交わした約束。輝からの一方的なもので話半分程度にしか聞いていなかった。しかし偽りを含まなかった言葉。
 輝は少しだけ笑って――



「俺はあんたを傷つけない。俺はあんたを裏切らない。あんたを傷つけようとする奴らから、俺はあんたを守る」
「――――――――っ」
 心臓が大きく脈打った。目頭が熱くなって思わず顔を背けてしまう。
 嘘はなかった。こんな状況でも、輝が口にした約束に嘘はなかった。
 守ってくれるとはっきりと口にしてくれた。
「ふ、ふざけるな! 覚醒体は敵だ! いつ俺たちに牙を剝くとも限らないんだぞ!
 硬直状態から我に返った狩人が再びがなり声を上げた。それが呼び水となって次々と荒々しい声が上がる。さらに反対意見の狩人が反発し、沈静化したと思われた言い争いが再燃した。
 先ほどの焼き直しだ。
 誰かが夕姫たちに向かって魔術を放った。輝の警告を無視した攻撃は、彼と敵対する意思表明と同義である。
 輝は飛来した魔術を障壁で防ぐ。それと同時、至近距離で青白い光が放たれた。それが隣にいた夕姫だと気づいたときには、その姿は掻き消えていた。
 気づけば攻撃を放った狩人の眼前にいた。全身に神名の輝きを湛え、攻撃を加えてきた狩人の顎に小さな拳を紙一重に添えている。
「彼の言ったことが理解できなかったのかな」
「な、あ……」
 紫色の瞳が狩人を射抜く。輝に負けず劣らずの殺意を宿らせた視線に貫かれて魔術を放った狩人は色を失った。
「君たちがボクらを恐れるのはわかる。だけどこの娘を傷つけようとするなら話は別だ。ボクは人間を傷つけるつもりはないけど、降りかかる火の粉を払うことを躊躇うつもりもないよ」
 夕姫の姿でそう口にしたのは彼女の中にいる神。その神による威嚇と警告。
 ようやく、敵愾心を持っていた狩人たちは自分たちが置かれている状況を理解した。
 敵性覚醒体であるザルツィネルを討伐した黒神輝。
 たったいま彼我の力の差を見せつけた神楽夕姫。
 そして同じく覚醒体であるアルフェリカ=オリュンシア。
 この三人を同時に敵に回すことの無謀さに。
 彼らにとって今できる最善策は、この三人をここで暴れさせないことにある。
「わ、わかった」
「聞き分けが良くてよろしい。ほら、散った散った。怪我人とか沢山いるでしょ。まずはその人間たちの手当てとかしなきゃ。ボクらに構ってる暇なんてないはずだよっ」



 両手を叩いて取り囲む人たちに指示を飛ばす。先ほどの鋭い眼光はもうどこにもない。その変わり様に空気が弛緩する。
 敵意のあった狩人たちは逃げるように散らばっていった。擁護派の狩人たちも怪我人の手当てや瓦礫の撤去などの作業に取り掛かり始める。
 それを満足そうに見届けると夕姫の姿をした神は輝の元に戻ってきた。
「やあ、輝……で今も良いんだよね? こうして話をするのは久しぶりだね。こっぴどくやられたみたいだけど大丈夫かい?
「……大丈夫そうに見えるか?
「見えないねっ」
「まったくお前は、いつまでも変わらないな」
 からからと朗らかに笑う神は随分と輝と親しげに見えた。それに面を食らって目を丸くしていると、夕姫の中にいる神が人懐っこい笑顔を向けてきた。
「いやー災難だったね。ボクらは自業自得とはいえ、君たち人間にまで迷惑をかけちゃって本当に申し訳なく思ってるよ」
 悪びれているのかわからない態度で謝罪される。昨日までの自分だったらすぐに反発していただろうが、どういうわけかそういう気が全く湧いてこなかった。
「さて。じゃあ輝、世間話もほどほどにボクは引っ込むよ。夕姫、自分が転生体だって
輝に知られることを何よりも怖がってたから、その不安を取り除いてあげてね」
「わかってる」
 当然のように輝は即答した。
 にっこり笑うと全身に広がっていた神名が消失する。纏っていた神気が薄れ、ゆっくりを瞳を開いた夕姫は不安げに輝を見上げていた。
「……輝くん」
 
 
 自分が普通ではないと気づいたのは六歳の時だった。アルカディアに来るずっと前の、小さな町に住んでいた。同じ世代の子供たちと山の中で遊んでいた時のこと。
 木の上に果物の実が生っていた。とても美味しそうで、どうしても欲しかった。しかしその果物は自分の身長よりもはるかに高いところにあって、とても届く距離ではなかった。
 木を揺らしたら落ちるかな。そう思って自分よりもずっと太い木の幹を思いっきり蹴ってみた。目論見通り果物はゆっくりと地面に落ちた。その大木ごと。
 試してみたらそうなった。夕姫にしてみればそれだけのことだった。
 しかし一緒にいた子供たちにとってそうではなかった。たとえ十年も生きていない子


供であろうと、蹴っただけで木を倒せないことは今までの経験から理解している。
 純粋な子供の目には偉業にしか映らなかった。ことも無くそれを成した夕姫は一躍ヒーローとなった。
 やはりそういう力強さに憧れるのは男の子だ。夕姫と同じ事が出来るようになるために、特訓だと称して山に通い詰める子供が増えた。
 その経緯が大人の耳に届くまでそう時間はかからなかった。
 ある日、誰かが家を訪ねてきた。両親と言い争いが始まった。何を話していたのかはわからなかったけど、怖いと感じたのを覚えている。
 日を追うごとにそういう光景が増えていった。その度に夕姫は別室にいるように促されて、次第にはそれが毎日続くようになった。
 言いようのない不安が膨れ上がって、父と母に尋ねずにはいられなかった。けれど決まって何でもないからと口にする。それがさらに不安を増長させたが、二人の疲れ切った微笑みを見てそれ以上を訊くことはできなかった。
 一緒に遊んでくれる友達が少しずつ減っていった。それは寂しかったけど、まだ一緒に遊んでくれる子もいたから気を紛らわせることはできた。
 またある日、男の子の一人にこんなことを言われた。
「お前、転生体だったりする?
 それが何なのか、この時はまだわかっていなかった。他の子供たちもそれは同じだったようで、一緒にいた女の子が男の子に尋ねる。
「転生体ってなぁに?
「俺もよくわからないんだけどさ、なんかスッゲー力を持つ人のことを言うらしいぜ。ほら、夕姫って大人なんて目じゃないくらい力持ちじゃん。もしかしたらそうなんじゃないかって思ってさ。転生体って生まれた時から身体のどこかに痣があるらしいんだよ。夕姫にもあるのかなーって」
「もしかしてこれ?
 言われて心当たりがあった夕姫は、服を捲ってお腹を見せた。右の脇腹に痣のようなものがあり、それを見た子供たちが興奮する。
「そうだよ、きっとそれだよっ。スッゲーな! 夕姫って転生体だったんだな! どうりで力があるわけだ。いいなー、俺にもそんな力があればな」
 心底羨ましそうに夕姫の神名を見つめる男の子たち。異性に肌を見つめられ、子供なりに羞恥心を刺激された夕姫は顔を真っ赤にして痣を隠してしまう。
「あっ、何で隠すんだよ!
「だってそんなに見られたら恥ずかしいんだもん。もういーでしょ。それより今日は何して遊ぶ?



 痣も力も生まれてからずっとあった当たり前のものだ。確かにみんなと違うが、夕姫にとってそれだけのことだった。だから痣を見せたことなんて気にも留めていなかった。
 その夜、いつものように誰かが家を訪ねてきた。しかしそれはどこかいつもと雰囲気が違った。ピリピリと張り詰めた空気が家の中にいても伝わってくる。
 いつものように部屋にいるように言われる。決まりごとのように言い争いが始まり、しばらくするとそれは怒号に変わった。大勢の人がそれぞれ思うがままに叫ぶので誰が何を言っているのかわからない。ただ、そこに含まれている感情が恐ろしいものだということは理解できた。それが我が家に向けられていることも、両親がたった二人でそれに立ち向かっていることも。
 助けなきゃ。
 そう思った夕姫は言いつけを破って部屋を出た。両親のいるところに行った時、集まっている人たちの恐ろしい剣幕に足がすくんだ。みんな手に何かを持っている。
「いたぞ、転生体だ!
 先頭に立っていた初老の男が夕姫に気づく。この町の町長さんだ。挨拶をすれば、いつも穏やかに手を振ってくれる人が、目を血走らせてこちらを見ていた。
「夕姫っ、出てきてはダメよ!
 母親が必死に駆け寄って夕姫を抱きしめた。母は震えていた。どうして震えているのかまだ夕姫にはわからなかった。
「その転生体を殺せ!
「待て! 私の娘に何をするつもりだ!?
「うるさい! どけ!
 家に踏み入られるのを防ごうとして掴みかかった父を町長は手に持っていた鍬で殴り飛ばした。それを合図に集まっていた他の人たちも家の中に押し寄せてくる。
 殴られた父は立ち上がる前に数人がかりで押さえつけられる。頭から血が出ているのに誰も手当をしようとしない。
 見てみれば見知った顔ばかりだった。魚屋さんのお兄さん、近所のおじさん、友達のお父さん、それ以外にもたくさん。みんながみんな目を血走らせていた。まるで化け物を見るかのように夕姫を見ている。
 抱きしめられる手に力がこもる。
「やめてください! この子は何も悪くないです!
「うるさい裏切り者めが! 転生体を匿うことがどういうことかわからんとは言わせんぞ!
 必死に夕姫を守ろうとする母を町長は力任せに引き剥がした。それでも我が子を守ろ


うと必死に食らいつく。
「しつこい!
 怒声とともに突き飛ばされ、父と同じように押さえつけられる。
 町長は夕姫の口元を鷲掴みにして押し倒すと、懐から白く光るものを取り出した。
 刃物。母がよく台所で使っているものだ。料理に使うものだと思っていたそれが、どうして自分に向けられているのか。
「夕姫! 逃げて夕姫!
 拘束を振り解くこともできずに必死に叫ぶ。あまりのことに理解が追いつかず、遠慮なく叩きつけられる敵意に夕姫は恐怖で泣き叫びそうになった。
 そうならなかったのは両親がいたからだ。酷いことをされている二人を助けなければと、幼い心がそう叫んでいた。
 自分はすごい力を持っている。それは大人なんて目じゃない力だ。だから助けないと。パパとママを助けられるのは自分だけなんだから。
 町長を突き飛ばして、二人を押さえつける人たちも突き飛ばして、三人でここから逃げるんだ。
「パパとママを……」
 目にいっぱいの涙を湛えながら、町長を睨みつけた。
「はなせええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――っ!
 力一杯、全力で、町長の胸を両掌で叩いた。パァンと発泡スチロールでも割ったような音が鳴った。
 突き出した両手が生温かい。ドボドボと同じ温度の液体が夕姫の身体に降りかかる。
「……え?
 恐る恐る目を開けた時、夕姫は放心した。
 目の前が真っ赤に染まっていた。突き出した手は町長の背中から飛び出している。ぽっかりと空いた胸の穴からは天井が見えて肉や骨が付着していた。
 町長の目から生気が抜け、ぐらりと夕姫の上に崩れ落ちてくる。
 家の中は静まり返っている。いま起こったことがあまりにも常軌を逸していたため、全員が思考停止に陥っていた。やがて我に返って理解が追いついた者から顔が恐怖に染まり、夕姫を見る目が変わっていく。
 突き飛ばすだけのつもりだった。人がこんなにも壊れやすいなんて知らなかった。
 そこから先のことはほとんど覚えていない。両親を助けてここから逃げなくては。ただそれだけを考えて必死だった。
 覚えているのは、恐怖に歪んだみんなの顔と、涙を流して謝罪を繰り返す父と母の顔。



 どうしてこうなってしまったのか。何がいけなかったのか。ずっと考えた。何度も考えた。
 答えは簡単だった。
「転生体って、人に教えちゃいけないことなんだね……」
 
 
 腕の中で泣きじゃくる夕姫を見ながら輝は悪いことをしたな、と反省していた。
 知っていたのだから話せば良かった。たった一言で取り除ける不安を、夕姫が嫌がるからという理由で話さなかった。嫌がっている理由をきちんと理解してあげることができれば、すれ違うこともなかったのだろう。
「それなりにできるようになったと思ってたけど、難しいものだな」
 わかり合うというのは難しい。相手を想ってしたことでも逆に苦しめることがある。ただ話せば良いわけではなく、ただ隠せば良いわけでもない。
「ところで、輝って夕姫の中の神のこと知ってるの?
 先ほどのやり取りで気になったのだろう。アルフェリカはそんなことを訊いてきた。
「ああ、昔から縁があるんだ。戦女神だから戦闘では無類の強さを持ってる。こと白兵戦じゃ勝てるやつはほとんどいないだろうな。夕姫の馬鹿力も、あいつの力が反映され
た結果だろ。なんせ肉体そのものが神装宝具なんだからな」
「へぇ、そんな神もいるのね」
 穏やかな微笑みを浮かべるそのアルフェリカの反応に、輝は目をぱちくりとさせた。
「なによ、人の顔じっと見て」
「いや、なんていうか……予想していた反応と違うなって」
 てっきり敵愾心を剥き出しにすると思っていた。自分の境遇を嘆き、神を憎んでさえいるアルフェリカが神の話をして笑顔を見せるとは考えてもみなかった。
「べ、別に、いちいち目くじら立ててもしょうがないと思っただけよ」
 言外の指摘を受けてアルフェリカは気恥ずかしそうに顔を逸らす。
 まだ一日と経っていないのに随分と受ける印象が変わったものだと輝は思う。
「輝くん、そんなことまで知ってたんだね」
 泣き止んだ夕姫が腕の中で輝を見上げる。泣いているところを見られて恥ずかしいのか、上目遣いにこちらを見る目は遠慮がちだ。
「まあな。もう腐れ縁と言ってもういいかもな。でも良い奴だよ」
「知ってる。色々相談に乗ってくれるから」
「でも最後には茶化すだろ」
「うーん、そうかもっ……あ、ごめんって。いつも感謝してるよ。ほんとだって」



「何か言ってたのか」
「そんなことゆーならもう相談に乗ってあげないってへそ曲げちゃった」
 夕姫は中にいる神との会話を隠そうとしない。それができることに終始嬉しそうだった。
 彼女の表情を見ていると転生体の居場所は必ず作れると再確認できた。理解者が近くに居てくれるだけで長年の悩みから解放され、こうして笑顔を見せられるようになるのだ。人間と神の共存は決して不可能ではない。
 可能性を見せられて無意識に頬が緩んだ。
「放っておけばそのうち機嫌を直すさ。ウォルシィラはそんな小さなこと気にしないからな」
「名前も知ってるんだ。輝くん、ホントに知り合いだったんだね」
「嘘をついても意味ないしな」
 そうだね、と夕姫は同意した。夕姫の屈託無い笑顔を見て安心したからか、身体から力が抜ける。ぐらりと傾く身体を夕姫が支えた。
「あっ、ごめんね輝くんっ。傷痛むよね。すぐにお医者さん呼んでくるからっ。アルちゃん、輝くんのことお願いっ!
 輝が重傷を負っているということを思い出し、アルフェリカに輝を託して人を呼んで
こようと立ち上がる。
 しかしアルフェリカから返事がなく、夕姫はすぐに立ち止まった。
「アル、ちゃん?
 夕姫につられて輝もアルフェリカへ視線を送る。
 目を見開いて愕然と夕姫を見つめていた。信じられないものを目撃したかのように驚愕に染まり、顔は白く血の気をなくしていた。
「ウォルシィラ……それが夕姫の中にいる神なの?
「う、うん、そうだけど……」
「嘘……そんな、そんなことって……」
 うわ言のように呟いたアルフェリカの瞳が絶望に濁る。嘘ではないことは彼女ならすぐにわかることだ。
 アルフェリカが見せた反応に嫌な予感がして輝は機械鎌に血液のシリンダを再装填した。
「待ってっ、エク――」
 次の瞬間、アルフェリカの身体が刻印に蝕まれた。一瞬で広がったそれは人格の交代を意味し、白銀の刃が夕姫めがけて振り下ろされた。
 障壁と機械鎌の双方を用いて払い落とす。骨の髄まで浸透する衝撃を伴い、剣戟の音


が響き渡った。
「え、アルちゃん……」
 突然のことに夕姫は事態を飲み込めず、呆然とアルフェリカの名前を呼ぶ。
 違う。こいつはアルフェリカではない。
「エクゥ、どういうつもりだ」
 刃を振るったのはアルフェリカに宿るエクゥだ。
「そういえば、私が誰を探してるかゆってなかったね」
 唱えられる声に抑揚はない。あるのは底知れぬ憎しみの感情。
「戦女神ウォルシィラ。私の想い人を殺した神を殺す」
「お前……」
 【パルティ】を見たときに覚えた既視感。ここにきてそれの正体に思い至る。既視感などではない。確かに見たことがあるのだ。
 遠い昔。ある男が恋人のために創造した神殺しの武具。
 予感はしていた。しかし有り得ないと断じていた。
「やっぱり、お前だったんだな……エクセキュア」
 本当の名を呼ばれたエクゥ――エクセキュアは驚きに目を見張った。
「……いつから気づいてたの?
「その弓を見たときからもしかしたらとは思ってた。確信を持ったのは今だ」
「へぇ、どーして?
 その問いに輝は一瞬だけ言葉を失った。そして悲痛な面持ちでエクセキュアを見遣る。
 エクセキュアには輝がなぜそのような表情を浮かべたのか理解できない。しかしそれは彼女にとってどうでもいいことだった。
「どいてよ輝。私はウォルシィラを殺す」
 白銀の刃が機械鎌に食い込む。術式で強化された鋼鉄すらも斬り裂かんとするそれはこの世のどのような業物にも勝るだろう。
「お前がウォルシィラを恨むのはわかる。だけど出来ない相談だエクセキュア」
「わかる? わかるって何が? あなたに何がわかるってゆーのっ!?
 激昂と共に魔力を注がれた【パルティ】が機械鎌を切断しにかかる。輝は接触面に対物障壁を展開して刃の侵食を阻む。これが切断されるとき、黒神輝の首は飛ぶだろう。
 それは許容できない。エクセキュアの手で、【パルティ】によって、黒神輝が命を落とすことはあってはならない。
 そしてもう一つ。



「ウォルシィラを殺すってことは夕姫を殺すってことだ。そんな真似させるか。夕姫を大切に想っている相手にそれがどんな痛みを与えるか、お前なら理解しているはずだ」
 エクセキュアは唇を噛む。彼女にとって核心を突く言葉。図星を突かれた者が見せる反応はいつだって決まっている。
「うるさい!
 怒りの絶叫と共に機械鎌が断ち切られた。しかし輝は生きていた。彼女が太刀筋を鈍らせたのか、輝が運よく受け流したのかはわからない。
 側頭部に衝撃を受けて視界が弾けた。蹴り飛ばされたのだと気づいたのは全身に激痛が走ったときだった。
「輝くんっ!?
 夕姫の悲鳴が遠い。脳震盪を起こしたのか世界が揺れる。何とか動かしていた身体も意識を削られたせいでまともに言うことを聞いてくれない。
「死ね、ウォルシィラ!
 魔力を込められた断罪の剣が振り下ろされる。輝は動けない。夕姫は動けない。
 故に、夕姫を守ったのは夕姫を守れる者だった。
 断ち切られたはずの機械鎌が踊る。金属がぶつかり合う音が甲高く響き、夕姫の首をねるはずだった刃はあらぬ方向へと受け流された。
 軌道を逸らされた魔力の斬撃があらぬ場所へ飛び、軌道上にいた人間たちを巻き込んだ。警戒を解いていた人間たちは突然のことに対応する間も無く、その凶刃に晒されて絶命した。
 血飛沫と共に悲鳴が上がり、日常に戻ろうとしていた空間は阿鼻叫喚の様を呈する。
「まったく、どいつもこいつも話を聞かないやつばっかりだなぁ」
 いま起こったことが目に入らなかったかのように、冗談めかした口調でウォルシィラは呟いた。しかし口調とは裏腹にエクセキュアを見据える瞳は鋭い。
「夕姫を傷つけるやつは誰だろうと許さない。君には復讐の権利があるけど、こればっかりは譲れないっ!
 ウォルシィラはほとんど柄だけとなってしまった機械鎌を横薙ぎに振るった。
 咄嗟に双剣を交差させて直撃を免れたエクセキュアだが、威力を殺しきれずバットで打ち返されたボールのように後ろへ吹き飛ばされた。
「なっ!?
 驚愕の声はエクセキュアのもの。吹き飛んでいる途中でウォルシィラが目の前に現れた。手にした機械鎌の柄が縦一閃に振り下ろされる。遠心力が乗ったそれの直撃を受けて、エクセキュアの身体がくの字に折れて轟音と共に地面に叩きつけられた。
 エクセキュアを中心に円形の罅が入ってアスファルトが陥没する。それほどの力を叩


きつけられて人体が無事でいられるはずがない。
「今ので肋が折れたね。まだやる気かい?
「ふざけるな!
 敵意すら感じられない目で見下ろされてエクセキュアは憤慨した。復讐の対象が自分を歯牙にも掛けていない。その事実がエクセキュアには我慢ならない。
 痛みを押して跳ね起きる。同時に刃を走らせ首を狙う。ウォルシィラは棒術を駆使して剣を握る手を砕きにかかる。
 エクセキュアはそれに反応し、目にも留まらぬ速さで機械鎌の柄を細切れにした。唯一の武装が奪われ、ウォルシィラは【パルティ】と打ち合う術を失ってしまう。
 取った。エクセキュアはそう確信する。
 その確信は、鳩尾に打ち込まれた神速の掌底によって打ち砕かれた。呼吸が止まり、身体が宙に浮く。
「〝戦女神〟を舐めるな〝断罪の女神〟!
 凛と冷たい声と共に怒涛の連撃が繰り出された。拳、脚、肘、膝、額、背中、全身の全てを武器として宙に浮くエクセキュアを打ち据えていく。エクセキュアの足は地面と触れることを許されず、サンドバッグ同然に連打の嵐に蹂躙されていた。
 やりすぎだ。
 攻撃を受け続けるエクセキュアの身体が内出血で青黒く変色していく。額は割られ、臓器までダメージが及んでいるのか吐血している。殴られた衝撃で血飛沫が飛び散る。
 それでもなおウォルシィラの攻撃は止まらなかった。このままではエクセキュアは死ぬ。それは当然アルフェリカの死も意味する。
 ただ幸せに生きたいと望む少女が、神の都合によって命を奪われる。
 それは黒神輝が最も呪った現実。指を咥えて見ているだけなど誰ができようか。
ルール・ディファイン――ソード・オブ・ザ・ハート
 手元にシリンジはない。だが流れ出る血にも魔力は溶け込んでいる。そこから直接魔力を取り出せば、魔術の行使は不可能ではない。
 幾重にも展開された蒼色の障壁がエクセキュアを取り囲む。障壁は呆気なく破壊されるが、予想だにしていなかった輝の介入にウォルシィラの攻撃が僅かに緩んだ。
 その隙をついて【パルティ】から魔力の斬撃が放たれる。至近距離で放たれたそれはウォルシィラの視界を奪い、それを嫌ったウォルシィラは回避行動と合わせてエクセキュアから大きく距離を取った。
 同じようにエクセキュアも大きく後退している。勝てないと悟り、逃げるつもりだ。ウォルシィラは阻止するために追撃をかけようとするが、矢の弾幕がそれを阻んだ。
 無秩序に撃ち出された矢は狙いなどつけられていない。一つ一つが炸裂弾に等しい威


力を持つ矢が着弾すれば、どれほどの死傷者が出るかは想像に難くない。
 故に輝の取れる手は一つしかなかった。城壁の如く展開された蒼の魔法陣。それら全てに矢が着弾し、轟音と爆炎と爆風を巻き起こす。砂埃と粉塵で視界が遮られ、それが晴れたときにはエクセキュアの姿はどこにもなかった。
「見ろ! これが覚醒体なんだよ! いつ俺たちに危害を加えてくるかわからねぇ!
 悲痛な訴えが木霊する。それは先ほど夕姫を攻撃した狩人のもの。
「奴らが暴れたせいで何人死んだ!? さっさと殺せば誰も死ななかったっていうのに、見逃した結果がこれだ!
 それは理不尽に仲間を殺された者の悲痛な叫びだった。その怒りは瞬く間に伝播し、覚醒体を擁護してくれていた者たちさえも敵意を持って輝たちを睨みつけていた。
 輝は何も言うことが出来ない。彼らからすれば輝が止めたことによって仲間たちが被害を受けた。致命傷を受け、命を失った。要因を作ったのは輝であり、怒りの矛先がこちらに向くのは当たり前のことだった。
 殺意が膨れ上がる。それを止めようとする者はもうこの場にはいない。この事態を起こしたことによって、覚醒体は人類の敵であると彼らの中で確定した。
「覚醒体を殺せ! あいつらは敵だ!
「応援を呼べ! ギルドと治安維持局、ティル・ナ・ノーグにもだ! アルカディアの
戦力をかき集めろ!
 あちこちで指示が飛び、それぞれが武器を構える。それらは全て輝たちに注がれており、留まれば殺されるのは明白だった。
「なに? まだ夕姫を傷つけるつもりなの?
 向けられた殺意に反応してウォルシィラは苛立ち紛れに吐き捨てた。
 神の持つ感覚は人間とはかけ離れている。目的のために命を奪うこと。それ自体に抵抗を持つ者はほとんど存在しない。
 ウォルシィラにとって最優先事項は夕姫を守ること。そのために誰を殺すことになっても厭わない。
 今にも駆け出しそうなウォルシィラの腕を掴んで制止をかける。
「駄目だ。夕姫に手を汚させるのは」
「……そうだね。ごめん、少し冷静さを欠いてたみたいだ」
 ばつが悪そうに深く息をつくと、ウォルシィラは満足に動けない輝を担ぐ。
「反省も後だね。まずは逃げよっか。それからどうするか考えよう」
 ウォルシィラの跳躍と共に強力なGが身体にのしかかる。浮遊感を覚えたときには既に地上は遠い。
 こちらを見上げる敵意の眼差しに、輝は強く唇を引き結んだ。



 
 
 みょ うに、ティル・ナ・ノーグから関係各所へ向けて発表があった。
 〝断罪の女神〟を敵性覚醒体と認定。治安維持のためこれを排除対象とする。
 デッド・オア・アライ
 人の口に戸は立てられない。情報は噂となって瞬く間に都市全体へと拡散した。中には映像も存在しており、彼女の容姿までも明るみとなる。
 この日を以って、アルフェリカ=オリュンシアは理想郷の敵と定められた。
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