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 高2の冬休みが終わり、吐息で悴む手を温めながら朝一番に学校へたどり着いた。やりたくなくても、やる運命と決まっているのか、私は学級委員をしている。まだみんなが来ていない教室に必ずと言っていいほど、一番早く教室に入る。  誰もいないのが当然と思っていた。少なくとも、この日までは。 「お早うございます。早いですね」 「――え」  先生が勝手に持って来て育てているお花に、お水をあげている時だった。誰もいないのが当たり前の教室。私以外にいるはずないと思っていた。それなのに、お花のある黒板側から後ろの方に目を向けてみると、私が座っている席に知らない顔の男の子が座っていた。驚くよりも先に、声をかけないことには解決しないだろうと思って声をかけた。 「転校生ですか?」 「あ、そ、そうです。すみません、驚きましたよね?」 「はぁ、まぁ……」 「よ、よろしくお願いします。誰もいない教室に入って、話しかけて不審がられたら泣く所でしたよ。寂しくても泣きそうになるところでした」  転校生って、先生が紹介するはずだよね。それがどうしてこんな朝早くに教室に来ているの? 「あの、私の席に座られると、ちょっとなんて言えばいいか」 「あっ……、適当に座ってしまってごめんなさい」 「いえ、座ってても大丈夫です。みんな来てないし」 「転校ばかりなので誰も話しかけてくれなかったらきついなって思って、弱気になってて、それでここにいち早く来て初めに来た人と話しをしたいと思ったんですよ。俺、沼田真咲《|ぬまたまさき》です」 「あ、はい。私、学級委員の橋木紫苑《|はしきしおん》です」  転校したての彼は意外にも礼儀正しかった。聞く限り、何度も転校しているみたいだし、人当たりは悪くないように思えた。  「偶然なんですよ、橋木さんの席に座ってたのは」 「ううん、それは気にしてないですから」  自分の席に座っていた彼は、時折、寂しい表情を浮かべていた。彼の言葉は、他人の顔色を窺いながら、必要以上に気を遣っているような繊細さを感じた。  転校生が来ても普段なら気にも留めなかったけど、朝早く来てみたら見知らぬ男子がいて、しかも私の席に座っていたなんて、何かの縁を感じずにはいられなかった。  ホームルームで改めて彼はみんなに紹介をされた。時期外れでもあるし、休み明けの始まりのホームルームだったせいか、あまり彼のことを気に掛ける人がいなかった。まして、進路にうるさい時期でもあるから余計にそうだった。  私と一番初めに会って話をしたことは、彼にとっては安心出来た一幕だったに違いなかった。  彼の席は私の席から離れた所を指定された。こうなると朝の時間にもっと話をしておけばよかったな。なんて思いながら、沼田さんは他の男子たちと仲良くなり始め、すっかり私は話をする機会が無くなった。  彼と話をしたのは朝イチでのあの日だけ。休み時間も帰る時間も、私から話しかけるなんてこともなく男子たちの輪の中にいて、そのまま2か月経った頃……彼がまた転校するということを他の男子から聞かされた。  転校していく前日の放課後、沼田さんは私の席へ来てくれて笑顔を見せながら話しだした。 「……あ。えと、紫苑さん。俺、初めて君と話が出来てすごく嬉しかった。その後に全然、話が出来なくて寂しかったけど、緊張していた俺をほぐしてくれたのが印象に残ってて、話が出来なくてもキミのこと、ずっと想ってました。転校初日と転校最後の日にしか話が出来ないって言うのもおかしなものだけど、紫苑さんと出会えて嬉しかった。ありがとう」 「――っ」  何か声をかけなきゃと思いながらも、どうしてか言葉に出来ない。そんな私を眺めながら、彼は意外な行動に出た。 「俺、別れの時には自分が想う気持ちを花に託すようにしてて、だからよかったらこの鉢花を紫苑さんに託したいんだ。シオンの花。これをキミに……」  繊細で臆病な彼は気持ちを伝えた後、また遠くのどこかへ転校していった。彼の”想い”を残して。  私は彼以上に臆病だった。本当は想いを直接、伝えたかったのに出来なかった。遠くにいてはわたしの気持ちなんてきっと届かない。そう思ってしまったから。  それでもあなたが残してくれた、この鉢花と想いを枯らすことなく大事に育てていきたい――
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