Before
 わたしに関わらないでください―――導かれるままにゲームをプレイすることになった『渚』。ゲームのクリア条件として、彼の守らなければならないキャラ―――『次代勇者』の少女と、彼は何とか出会うことができた。しかし、彼は困惑した。何故ならその少女は、自らの死を望む、死にたがりの勇者だったのだ―――。
かいり
(ID r9hykKTBRCOCE)
5.とある妖精の過去
死にたがりの勇者と守り人
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 第四章 
 
 
 
「どうしてあんな情報を流布した!?
 堪えきれない怒りを孕んだ声が室内に響いた。場所はティル・ナ・ノーグ本部にあるシールの執務室。輝、シール、夕姫、神崎の四人が集まり、輝がシールに詰め寄っていた。
 一夜の間、治療ポッドに入っていたことで輝の傷はほぼ癒えている。折れた腕の骨はまだ完全に繋がっていないが、固定具をつけていれば支障ないほどには回復していた。
「落ち着いてください、輝」
「そう簡単に落ち着けるわけがないだろ!
 瀕死の重傷を負って治療ポッドの中で目が覚めてみれば〝断罪の女神〟討伐の指令が出されていた。ティル・ナ・ノーグから正式に発令されているならば、その判断を下したのは都市の防衛を一任しているシールに他ならない。
「あいつは、ただ幸せに生きたいって、それだけを望んでたんだ。ここでならもしかしたら居場所を見つけられるかもしれないって、そう思い始めてくれてた。なのに……」



 アルカディアは彼女を拒絶した。理想郷にすら拒まれてしまったら、アルフェリカ=オリュンシアは一体どこに居場所を見つければいい。
「輝の言いたいことはわかります。ですが、私にはアルカディアの安寧を維持する責任があります。いくら輝の意見でも個人の感情だけでこの判断を覆すことはできません」
 目を伏せたシールだったがそれもほんの一瞬のこと。毅然とした佇まいで輝を正視する。
「エクセキュアはやり過ぎました。今回、彼女の暴走による死傷者は三〇人を超えています。しかもそれを私怨による行動で引き起こした。さらに目撃者も大勢いますし監視カメラなど映像記録にも残っています。しかもすでに拡散してしまっているので規制が追いつきません。証言も証拠も揃っているのであれば、我々としても敵性であると判断するしかないのです」
 シールの言っていることは正しい。客観的に見ればエクセキュアの行動は明らかにアルカディアを脅かすものだ。記録媒体が豊富な現代において、凶行を裏付ける証拠も十分に揃っている。それを無視してまで彼女を擁護する態度を取れば、アルカディアを防衛する組織としての立ち位置を危うくする。
 それはアルカディアの基盤に罅を入れることと同義だ。理想郷の姿を保てなくなる。
 どうにもならない悔しさを滲ませて強く拳を握り締める。
「輝くん……」
 心配そうに輝を呼ぶ夕姫の声も今の輝には届かない。
「それに夕姫さんの立場も危ぶまれる状況であることを忘れないでください。彼女も同じく拡散した情報によって顔が割れています。エクセキュアと対峙したことで意見が分かれているのでティル・ナ・ノーグも静観していられますが、今後の行動如何によっては我々も動かざるを得なくなります」
 夕姫から血の気が失せた。敵性覚醒体と認定されてしまえばアルカディア全てが自分の命を狙いにくる。ただの学生として生きてきた夕姫が立ち向かえるはずもない。
 輝は怯える夕姫を守るように背中から抱き寄せる。顔の色は失ったままだが、震えは少しだけ収まった。
「そんなことは絶対にさせない。もしそうなるなら俺は――」
「落ち着けよ輝。今の状況なら神楽の嬢ちゃんを擁護することはできる」
 輝が何かを言い切る前に、それを神崎が遮った。後ろで壁に寄りかかって腕を組んでいる神崎に輝は怪訝な表情を向ける。
「神楽の嬢ちゃんにはアルカディアの守護神になってもらう。ティル・ナ・ノーグに所属する覚醒体。しかも守護神ともなれば、身を守る肩書きとしては十分だろ」
「っ!? 神崎、それは……」



 夕姫に、この世界に身を置かせるということになる。場合によっては死ぬこともある殺し合いの世界に。
 かつてないほどの抵抗が心に生まれる。有効な一手ではあるが受け入れ難い。
 夕姫は黒神輝にとって日常の象徴だ。彼女には陽だまりの世界でいつまでも笑っていて欲しい。そう望んでいたから今まで何も話してこなかった。
「覚醒体だと露見した神楽の嬢ちゃんが今まで通りの生活を送れると本気で思ってんのか? いくらアルカディアでもそれはまだありえねぇよ。守るためには後ろ盾が必要だ」
「ティル・ナ・ノーグがそれを担うと?
「適任が他にあんのか?
 言葉に詰まる。転生体保護機関ティル・ナ・ノーグ。神崎の言う通り、神を宿す夕姫を保護するのにこれ以上適した場所はない。
「とはいえ、守護神として立つには都市にいるやつらを納得させる理由が必要だ。単にオレたちが神楽の嬢ちゃんを担ぎ上げたところで周囲の見る目はそれほど変化しねぇだろう。守護神だと認められるだけの実績がいる」
「実績……? っ、まさか!?
 神崎が思い描いていることに気づき、輝は愕然とした。
「夕姫に〝エクセキュア〟を討たせるつもりか」
 すでにアルカディアの敵として認知されてしまっている〝断罪の女神〟を夕姫が討つ。人類の天敵から都市を守ったという事実は、確かに守護神として君臨する実績として申し分ない。
「確かにそれならば夕姫さんが都市の誰かに襲われる危険は全くなくなりますね。我々も大っぴらに彼女を守れます」
 シールも神崎の提案の有効性に同意する。
 だがそれは夕姫にアルフェリカを殺させるということに他ならない。命の危険は当然あり、仮に勝利したとしても命を奪ったという罪科が夕姫を苛むことになるだろう。
「むり、です……」
 それを想像した夕姫が恐怖に青ざめながら首を横に振った。輝に抱きとめられていても抑えられない震えが彼女の心情を物語っている。
「アルちゃんを殺すなんて……そんなの、できません……」
 そうだ。できるわけがない。夕姫は優しいただの女の子だ。夕姫にとってアルフェリカはもう友人であり、友人を手にかけるなんてできないし、させるわけにもいかない。
「他に、方法はないんですか……?
 夕姫の問いは、自分を守る方法だけではなく、アルフェリカも守る方法についてだ。


それがわかったシールは迷うような素振りを見せ、誠意を持って答えた。
「ありません」
 非情な答えは絶望を与えるにはあり余る。友人を助ける手段はなく、自分の身を守るために利用するかしないか。与えられた選択肢はそれだけで、夕姫に決断させるにはあまりにも残酷。
「えっ、待って! ウォルシィラ――」
 夕姫の全身に神名が広がり、眩い輝きが彼女の声を掻き消した。夕姫の気配が消え、腕の中にあるのは神々しい雰囲気を纏う存在。
「ごめんね、夕姫」
 〝戦女神〟ウォルシィラ。夕姫を守ることを第一とする神楽夕姫だけの守護神。
 ウォルシィラは厳かな瞳でシールに問う。
「提案を飲めば夕姫の安全は保証できるっていうことでいいのかな?
「実績を積めば、です。そうすれば夕姫さんの身の安全は保証致します。〝破戒予見者〟の名に於いて」
 それがシールにとって絶対に違えることない約定だということを輝は知っている。
 ウォルシィラもそれを感じ取ったのか、わかった、と深く頷いた。
「〝断罪の女神〟はボクが討つ。もともとボクが撒いた種だ。芽吹いたものを刈り取る
のもボクの役目だよ」
 夕姫には恨まれるだろうけどね、と自嘲気味の笑みを浮かべる。恨まれたとしても夕姫を守ることを最優先にするという意志。揺らぐことなどなく、他者が砕けるものではない。
 それでも、やはり納得はできない。
 夕姫の安全を守れたとして、その心はどうなる。友人が目の前で、自分の意思ではないとはいえ自分の手によって死んでしまえば、夕姫はどれだけの傷を負う。
 アルフェリカも、憧れた日常を見ることなく苦しみ続けた挙句、望みの一つも叶えられず、絶望と裏切りの果てに終わるのか。
 否。断じて否だ。そんなものは認められない。
 傷つけないと言った。裏切らないと言った。守ると言った。そう約束をしたのだ。
 一瞬だけ垣間見た、あの安堵の表情が網膜に焼きついている。
 あんな顔を見せられて、彼女を切り捨てるなど黒神輝の誓いが許さない。
 夕姫を守る。アルフェリカを守る。
 それが出来なくて世界を変えることなどできるものか。
「……わかった。ウォルシィラが戦うことに、もう異論は挟まない」
 抱きとめていた夕姫の身体を離す。ウォルシィラは輝に向き直ると蒼眼を見上げた。



「戦えるのかい?
「戦うしかないだろ。そうするしか道がないなら」
「ひどい男だね」
 輝が何を考えているのか、ウォルシィラにはわかったらしい。呆れ、嘆き、そして批難するように、ウォルシィラは口元だけで笑った。
「輝、あなたはそれで後悔はしませんか?
 憂いを色濃く表した眼差しでシールが尋ねる。何を、などと聞き返すことはしない。
「未来のことならシールの方がわかるだろ」
「それでも輝の口から聞きたいのです」
 輝を気遣う心が伝わってくる。〝破戒予見者〟は全てお見通しということか。
「後悔するだろうな」
「では――」
 何かを言おうと口を開きかけたシールを手で制す。輝を心配するあまり言わずにいられないのだろうが、それで何かが変わるわけでもない。
「どちらにせよ後悔するなら、俺は希望が残る方を選択するよ」
 そう微笑む輝にシールはぐっと何かを堪えるように肩を震わせた。
「…………では、お帰りをお待ちしております」
 泣き笑いのような表情で頭を垂れる。それに対して輝は心の中で謝罪するしかなかった。
「それで、エクセキュアの居場所は掴んでいるのかい?
「治安維持局やギルドと連携して調査しています。既にある程度まで居場所を絞り込めていますので、半日もかからず特定できるでしょう」
「絞り込めている場所を聞いても無駄足になる可能性があるね。了解した。居場所が特定できたら教えてよ。それまではここに居させてもらうね」
「承知しました。外には出歩かないでくださると助かります」
「わかったよ」
 これで話は終わりとでも言うようにウォルシィラは出ていってしまった。
 輝もそれについていく形で執務室を後にする。ドアの横に立っていた神崎と目が合った。
「怪我には気をつけろよ」
 すれ違いざまにそう言われて、返答の代わりに神崎の肩を叩いた。
 執務室から輝とウォルシィラがいなくなり、わずかばかりの沈黙が訪れる。
「神崎、手配して欲しいものがあります」
 シールは中空に現れたパネルと操作すると、そのリストを神崎の前に表示させた。



「了解した」
 一通り目を通してウィンドウを閉じると神崎も部屋を出ていく。
 一人残されたシールは掛けていた椅子に深く背を預けて天井を見上げた。
「ままならないものですね」
 嘆くような呟きは誰に届くこともなく、静寂に溶けて消えていった。
 
 
 青雲の輝きも届かない暗い場所だった。長い間、人の手が入っていない雑居ビルの一室。窓ガラスは割られて破片が無造作に散らばっており、壁はスプレーの落書きだらけ。電気ガス水道のライフラインは当然通っていない。
 その後ろ暗い雰囲気は真っ当な人間を寄せつけない。それ故に、真っ当ではない人間が集う場所。犯罪者の巣窟。
 通称、暗黒街。
 あの日から、アルフェリカはずっとそこに身を隠していた。膝を抱いて言葉通り自分の殻に閉じこもる。
 打ち身、捻挫、打撲、骨折、内出血。まだ完全には治り切っていないが、ウォルシィラにやられた傷は大体癒えた。戦闘行動は可能だろう。
 〝断罪の女神〟の持つ治癒能力。罪人を裁くことに特化した存在であるこの神は、たとえ深手を追ってもその使命を完遂させる。そのために備えられた能力。
 アルフェリカが死ななかったのはこの力のおかげだった。
(あと一日もすれば傷は完治する。そうなったらこっちから打って出るよ。今度は遅れを取らない。確実にウォルシィラの首を落とす)
 頭に響く声は憎悪に染まり切っている。今まで見せていた無邪気さは微塵も感じられない。それほどまでにエクセキュアはあの女神を憎んでいる。
(やっと手の届くとこまで来れた。アルフェリカには悪いと思ってるけど、ウォルシィラを殺すまで付き合ってもらうからね)
「……本当に、悪いと思ってるの?
 漏れ出た声には鬱屈した怒りと昏い絶望が滲む。
 ティル・ナ・ノーグが〝断罪の女神〟討伐を発令したという。それはつまりこの都市の人間が自分を殺しにくるということだ。また、周囲の全てが敵に回ったということだ。
 事実、暗黒街に身を隠してから二度、狩人に襲われている。撃退は容易かったが、いずれも自分を殺しにきていた。討伐の話もその狩人に聞き出した。
 輝は言っていた。アルカディアでは人間と神が手を取り合っている場所があると。実


際に自分を擁護してくれる者もいた。
 だから思った。ここでなら普通に暮らしていけるのではないかと。人並みとはいかないまでも、穏やかでささやかな幸せを手に入れるのではないかと。
 希望を持った。夢見た未来に心が踊った。手を伸ばせば届く場所にようやく辿り着いたと思った。
 けれど届かなかった。否、掴もうとしたそれを神が砕いた。
(……思ってるよ。アルフェリカに幸せになって欲しいと思ってるのも本心だよ)
「もう、黙ってて……」
(………………)
 どの口が言うのか。幸せどころか希望さえも打ち砕いて、自分を不幸のどん底に引き摺り込む悪霊のくせに。
 部屋の外から複数の足音が聞こえてきた。談笑するが聞こえる。段々と近づいてきていることからこの部屋に向かっていることがわかった。
 すぐに行動できるように立ち上がり警戒する。
 ドアの曇りガラス越しに人影が見えた。ギィと錆びついた音を立ててドアが開かれると、六人の少年たちが姿を見せた。ピアスや刺青、シルバーアクセサリー。パッと一瞥しただけでも粗忽者であるということが見て取れる。
「あ、誰? あんた?
 部屋に入ってきた少年たちは見知らぬ人物の存在に気づき、話をやめて怪訝な顔つきになった。しかしそれも一時のこと。アルフェリカの美貌を見て、下卑た笑いを浮かべた。
「なになに? こんなところでなにしてんの? もしかして俺たちと遊びたくて待ってたとか?
 金髪の少年がアルフェリカに近づくと他の五人も逃げ道を塞ぐように彼女を取り囲んだ。ご丁寧にドアの鍵まで閉めている。見たところこの金髪の少年がリーダー格らしい。
 少年たちの目は大きく開いた胸元やスリットから覗く足などに注がれている。身体を舐め回すような無遠慮な視線がとてつもなく不快だった。少年たちが自分に劣情を抱いているのがわかる。これから自分に何をしようとしているのかも、想像するのは難しくない。
 しかしアルフェリカにとっては大した問題ではなかった。この程度の輩、簡単に蹴散らすことができる。
 そう思った矢先、背中に何かを押し当てられた。
「ぁぐっ……!?



 それがスタンガンだと理解した時、全身に電流が駆け抜けた。視界が一瞬暗転し、膝から崩れ落ちる。それを合図に少年たちがアルフェリカに群がった。
「おい、暴れられねぇようにしっかり押さえつけとけよ」
 指示に従って取り巻きの少年たちが両の手足と頭を五人がかりで押さえつけ、金髪の少年はアルフェリカに馬乗りになった。
 電気ショックの混乱から覚めたアルフェリカは少年を睨みつけた。
「そんな顔すんなよ。こんなところに一人でいたんだ。こうなんのを期待してたんだろ? 俺たちが楽しませてやるからよ、一緒に楽しもうぜ」
 少年たちの目にはすでに獣欲が灯っている。自分たちが圧倒的に優位を取ったからか、笑い声が止まらない。アルフェリカはその滑稽さに呆れを通り越して殺意を覚えた。
「しっかしこんな上玉にありつけるなんて今日はついてんな。見ろよこのデカい胸。触ったらぜってーやばいよな?
 少年たちの周りに黒い靄が見える。少しずつ濃くなっており、組み敷かれていること以上の嫌悪感を覚えた。
 アルフェリカを見る少年たちの目は情欲以外に何もない。アルフェリカの人格を認識せず、ただ欲望のはけ口としてしか見ていない。
 転生体というだけで排斥されてきた。近づいてくるのは身体や神の力が目的のやつば
かり。友情や信頼を築いても、転生体だと知られてしまえば掌を返される。辛い思いも、苦しい思いも、寂しい思いも、何度もした。何度も繰り返した。
 この世界は敵かいずれ敵になるものばかり。
 アルフェリカ=オリュンシアを見てくれる人はどこにもいない。
 そう、初めからいなかったのだ。
「あはは……」
 知らず、笑い声が漏れる。
 集団に襲われているこの状況下で笑っているアルフェリカに、少年たちは得体の知れないものを見る目を向けてくる。
 その目も知っている。何度も見てきた。何度も向けられてきた。
 そんなに怖いか。そんなに恐ろしいか。だったら放っておいてくれればいいのに、どうしてみんな敵に回ろうとするのか。
「ねぇ、やめてくれない?
 ゴトンと丸いものが床に落ちた。それは右腕を押さえていた少年の首。赤いシャワーが降り注ぐ。生暖かい。人肌の温度。それが心地良いと、生まれて初めて思った。
 右手には返り血を浴びて妖しく輝く白銀の弓刃。
 突然の事態を飲み込めず、少年たちは呆然と首をなくした身体が横たわる様を眺めて


いた。
 全身を神名の刻印が侵食する。拘束を振り解き、少年たちの中心で駒のように一回転。
 五つの首が床に落ち、血のスコールを一身に受ける。身体が紅く染まっていくのがこの上なく気持ちいい。
「あはっ、あははははははははははははははははははは――――――――――――っ!
 簡単なことだった。単純なことだった。アルカディアが敵に回ったのではない。初めから敵だったのだ。アルカディアだけではない。転生体にとって人間は敵なのだ。
 自分は人間だと思っていた。そんな勘違いをしているから苦しかったのだ。転生体と人間は別の生き物だと、それを理解していなかったから辛かったのだ。
 人間にとって転生体は敵。すなわち転生体にとって人間は敵なのだ。
 安寧の日々を渇望するなら、敵は全て排除しなければ手に入れることはできない。
「いいわ、エクセキュア! ウォルシィラを殺させてあげる! でもそれだけじゃ終わらない。その次はこの都市の人間を! その次は世界中の人間を! 殺して殺して殺し尽くすわよ! そして転生体だけの理想郷を創り上げる! だからウォルシィラを殺して終わりじゃない! 最後まで付き合ってもらうわよ、エクセキュア!
 狂った哄笑が響く。呼吸を忘れ、息を吐ききっても笑いが止まらなかった。
 人間の世界に転生体の居場所を求めても、そんなものは存在しないに決まっている。ならば自分で創ればいい。それを脅かす邪魔者は全て排除すればいい。
 転生体が今ままでそうされてきたように。人間が今ままでそうしてきたように。
(アルフェリカ……)
 痛みを堪えるようにエクセキュアがアルフェリカを呼んだ。
「罪の意識なんて感じる必要ないわ! あたしたちは罪を裁く者! あたしたちの幸福を奪った罪人に裁きを下すのは、あたしたちに与えられた権利であり義務よ! だからウォルシィラを殺すんでしょう!? だからあたしは人間を殺す。あたしのためだけじゃない。生まれながらに原罪を背負う人間なんて、この世界に在っちゃいけないんだから!
(……うん、わかった。それがアルフェリカの選んだ道なら、私はどこまでも付き合うよ)
 その返答に、アルフェリカはくぐもった笑いを漏らした。
 当たり前だ。途中で降りることなど、絶対に許さない。
 
 



 アルカディアの守護を担うティル・ナ・ノーグは都市の地下全域にその施設を広げている。避難用シェルター、訓練場、武器庫、資料室、居住区、果てには娯楽施設まで、万が一地下での生活を強いられても、決して低くない生活水準を保てるように必要なものは全て揃えられている。
 一般人には物珍しいものばかり。全てを見て回るにはとても一日では追いつかない。ツアーでも開けばそれなりの収益が見込めるのではないだろうか。
 輝はそんなものには目もくれず、黙々と歩いていた。通路に反響する足音は二つ。一つは当然輝のもの。もう一つはウォルシィラのものだった。
「輝、どこに向かってるのさ」
「ついてくればわかる」
「むー、さっきからそればっかだよ」
 やがて現れた隔壁の前で輝は立ち止まった。隔壁の表面には魔術文字が刻まれており、隔壁に封印が施されている。壁際には認証装置もあり、隔壁は厳重に閉ざされていた。
 輝はためうこともなく認証装置に手をかざす。装置のランプが赤から緑に変わったのを確認して、隔壁に掌を添えた。
「より多くの者を救う。もう誰も傷つかないように。もう誰も悲しまないように」
 輝が言霊を紡いだ途端、魔術文字が蒼い光を帯びる。水路に水が満たされるように全ての文字に広がると、隔壁はゆっくりと左右に割れて続く道を解放した。
 輝はさらに奥へと進む。そして辿り着いた先は武器庫だった。剣、槍、弓、鎧など古き時代の武具。銃や弾薬などの重火器。儀式礼装、術式兵装など術式が刻印されている魔術礼装。
 古今東西あらゆる武具が所狭しと並んでいる。
「ふえー、すっごいなー」
 目の前に広がる数々の武具にウォルシィラは感嘆の息を漏らした。あらゆる武具を使いこなす戦女神にとって、この部屋はある意味で宝部屋のようなものだ。興味津々といった様子であちこちの武器の物色を始めた。
 そんな彼女を横目で見ながら輝は機械鎌を手に取った。武器を背負うためのホルダーとシリンダーを入れるためのレッグポーチも取り出す。
「……?
 そこで輝は空の棚がいくつかあることに気づいた。〝断罪の女神〟討伐のために隊員が持っていったのかと思ったが、そうだとしたら空の棚の数が少ない。そもそもここは武器庫と言っても予備を保管している場所だ。ここから武器を持っていくことは通常ない。



「ねー、見て見て輝! これで少しはらしくなったでしょ?
 輝が思案していると棚の陰から姿を見せたウォルシィラが満面の笑みで自分の格好を披露してきた。籠手、胸当て、脛当てを装着し、身の丈を超えるハルバートを背負っている。その全てが術式を刻まれた術式兵装だった。
 ウォルシィラだとわかっていても、武装した夕姫を見るのはあまり気分がよくなかった。
「それにしても不思議だね。輝ってティル・ナ・ノーグと契約してるだけの狩人なんでしょ? それがこんな場所を知ってるだけじゃなく、明らかに厳重に管理されている場所に勝手に入ることができるなんて。しかも侵入じゃなくて正規の手順っぽいし?
「余計な詮索してないでしっかり準備してくれ。夕姫に万が一があったらただじゃおかないからな」
「夕姫は愛されてるねー。大丈夫。もとよりそのつもりさ。夕姫を守るために戦って、夕姫を死なせたんじゃ本末転倒もいいとこだよ。やばくなったらボクは援護に回るからよろしくね」
「ぜひそうしてくれ」
 そもそも〝断罪の女神〟と人間の相性は最悪だ。いくら白兵戦に特化したウォルシィラでも肉体が人間である以上〝断罪の女神〟の力の対象になる。どんなに用心したとこ
ろで死のリスクが減ることはない。
「……輝はボクを責めないんだね」
「昔のことを責めて何になるっていうんだ?
 戦闘に使えそうな備品を物色しながら輝は問い返す。ウォルシィラは何も言わなかった。
「お前がエクセキュアを守ろうとするあいつに致命傷を与え、その神葬霊具を奪ってエクセキュアを殺した。それにあの傷だ。エクセキュアはあいつが死んだと思い込んだだろう。なら恨みを買うのも当然だ」
 その復讐に夕姫とアルフェリカは巻き込まれた。アルカディアはアルフェリカの敵となり、夕姫も排除されるかもしれない状況を生み出した。
 神々の業はあまりにも深い。しかしその責をウォルシィラに問うたところで何が解決するわけでもない。苛立ちはあっても、怒りを向けるのは不毛でしかなかった。
 そんなとき、けたたましい音で警報が鳴り響いた。何事かと、輝とウォルシィラの顔に緊張が走る。
『ティル・ナ・ノーグの全部隊に通達します。センター街にて〝断罪の女神〟を確認。すでに多数の死傷者が出ています。〝破戒予見者〟の名に於いて各員の全武装制限を解除します。各員、即時出撃し〝断罪の女神〟を討滅せよ。繰り返します――』



 施設全域に響き渡る切迫したオペレーターの声。命令よりも、報告された内容に戦慄した。
 センター街で多数の死傷者。それはつまり〝断罪の女神〟が都市の人間を殺戮しているということだ。
 砕けるほどに強く奥歯を噛み締める。
「くそっ!
 全身体能力を【強化】して輝は武器庫を飛び出した。
 これ以上、彼女を世界の敵にさせないために。
 
 
 センター街には血風が吹き荒れていた。腕を振るうだけで何十もの首が宙を舞う。一振りで多くの命が散る。二振りでさらに多くの命が刈り取られる。惨殺に次ぐ惨殺を繰り返し、目に映る世界は消えた命の分だけ紅に彩られていく。
 白昼のセンター街。日常に住む人々の喧騒は悲鳴へと変わり、突如として襲いかかってきた残虐な嵐に蹂躙される。老人を突き飛ばし、子供を踏みつけ、我先にと逃げ惑う人間は醜さを通り越して滑稽ですらあった。
「あは」
 聞こえてくる悲鳴も、向けられる恐怖も、生まれて初めて心地良いと感じた。
 殺戮に意味はなく、ただ内に溜まった悪意をぶちまけるためだけの八つ当たりでしかない。
「あははは」
 笑えてくる。手を軽く振るっただけで簡単に死んでいく。魔力を込めればこの通り。飛翔した斬撃がビルを切断し、倒壊に巻き込まれた人間が圧殺される。
 人間を殺すたびに言いようの無い昂揚感に包まれる。原罪を裁いたことがこの上ない快楽となって身体を火照らせた。
 こんな脆い存在に虐げられてきたのか。こんな弱い存在に奪われてきたのか。
 もっと早くこうすればよかった。今まで我慢していたことが馬鹿馬鹿しくて仕方がない。
「あはははははははははははははははっ」
 視界の全てを切り刻む。人間も建物も何もかも全部切り刻む。斬って斬って斬って斬って斬って斬って、斬るものがなくなるまで斬り捨てる。
 哄笑が止まったときにはもはや悲鳴を上げる人間はいなかった。生きているものはおらず、瓦礫と骸の山が築き上げられているだけだった。
(アルフェリカ……)



 悲痛な声は何に対するものか。
「情けない声を出さないでエクセキュア。キミがウォルシィラに復讐するように、あたしは人間に復讐しているだけよ。あたしが人間から味わった痛みを、全部返してあげるのよ。これはその第一歩」
 背後からの狙撃弾を斬って捨てる。双剣を弓へと変え、狙撃元に向かって矢を放った。一キロ以上離れた位置だったが、狙撃手は建物ごと木っ端微塵になった。
 なるほど。今まで上手く力を使えなかったのは〝断罪の女神〟の力を拒絶していたかららしい。彼女の力を受け入れ、行使することに躊躇いがなくなった今は、まるで自分の手足のように剣も弓も扱うことができる。
「今の、狩人ね」
 騒ぎを起こしたことで戦う力を持った者がここに集まってきているらしい。ざっと見回すと他にもこちらを狙っている気配があった。
「その気持ち悪い黒い靄、見えてるのよ」
 造形された矢が次々と飛翔する。全て狙いを外すことなく、ビルごと狙撃手を吹き飛ばした。
 〝断罪の女神〟の力を使いこなせるようになったからか、罪の色が遠目にも見える。どんなに遠かろうが遮蔽物がなければ、それを頼りに居場所を割り出すことなど容易か
った。
「そうよね。あたしはアルカディアの敵。そんなあたしを殺しにくるのは当然よね」
 大勢がアルフェリカを包囲していた。狩人に治安維持局の人間。
 誰もが険しい顔でアルフェリカを睨みつけている。覚醒体への恐怖を押し殺し、都市を守るために奮い立つ勇敢な正義の味方。
「あは」
 虫酸が走る。
 無造作に放った一つの矢が狩人を捉える。狩人は障壁を張って身を守ったが、衝突と同時に炸裂した衝撃が障壁ごと狩人を弾き飛ばした。
「へぇ、戦えるだけあって流石にさっきより簡単にはいかないか」
 恐怖に耐えかねた誰かが発砲する。それを合図に全方位から魔術や銃弾による集中砲火が行われた。
 その全てを、音速を超える剣捌きで撃ち落とす。アルフェリカの腕の動きに合わせて発生した衝撃波が炸裂弾などの爆発を誘発し、誘爆による花火が拡散した。爆煙に視界が遮られ、フレンドリーファイアを恐れて攻撃が止まる。
 この隙を逃すわけがない。アルフェリカには全員の居場所が黒い靄として見えている。



 暗闇に潜む暗殺者の如く煙に紛れて首を落としていく。断末魔の叫びはなく、地面に首が落ちる音とアルフェリカが駆ける音だけが戦場に響く。
 視界ゼロの中、無謀にも自分に向かってくる二つの影があった。嘲笑を禁じ得ず、口元を歪ませたまま首を刎ねようと白刃を閃かせる。
 刹那、天地が逆転した。何が起きたのか把握する間も無く横合いから受けた衝撃に身体が地を滑った。咄嗟に双剣を盾にしたがその衝撃は骨の髄まで痺れさせてくれる。
 崩れた体勢を立て直し、今の一撃を見舞った影を見遣った。
「そっか。キミたちも来たんだ」
 紫色の長髪を揺らす小柄な女の子。初めて友達になれるかもしれないと、淡い期待をさせてくれた無邪気なお姉さん。
 どこか物憂げな蒼眼を持つ白髪の青年。守ってくれると、転生体であると知ってもそう言ってくれた優しいお兄さん。
 この二人に囲まれて行ったショッピングは楽しかった。ずっと前からあんな時間を過ごせることを夢見て、それを叶えてもらえて実は嬉しかった。
 そして、あの時間はもう訪れない。
 失ったモノに胸が痛んだ。欲しいモノはいつも手に入らない。
 ウォルシィラの姿を捉えてエクセキュアの憎悪が伝わってくる。感化されてすぐに襲
いかかりそうになるのをアルフェリカはぐっと堪えた。
 互いの立ち位置は明確。両手を広げ、好きになりたかった二人に宣言する。
 胸の痛みは消えることはない。
「さあ、殺し合いましょう」
 
 
 死が散乱していた。
 目の届く範囲に紅が映らない場所はない。血溜まりの中に首なしの身体が沈んでいる。転がっている頭は誰も彼も恐怖に歪んでいた。建物は倒壊し、下敷きになった人間の肉片が至るところにある。倒壊に伴って広がった火の手が亡骸を焼き、焦げた臭いと黒い煙が充満している。
 母の■■があった。父の■■があった。兄の■■があった。姉の■■があった。弟の■■があった。妹の■■があった。祖母の■■があった。祖父の■■があった。赤子の■■があった。狩人の■■があった。
 そこに老若男女の区別はない。人間であるものは皆平等に命を刈り取られていた。
「これを、お前がやったのか」
 受け入れ難い現実に頭の中が滅茶苦茶になった。混乱と動揺を抑えきれず、輝は叫ん


だ。
「アルフェリカ!
 返り血によって深紅に染まったアルフェリカは、歪んだ微笑を湛えて肯定した。
「あたしね、やっと理解したのよ。あたしたち転生体が排除されるのは、あたしたちが人間の敵だからだって。だから皆あたしを恐れる。だから皆あたしを傷つける。あたしが怖いから、自分が傷つきたくないから、安心を得るために攻撃してくる。考えてみれば当たり前のことよね。猛獣が隣にいれば離れようとするわ。襲われるかもしれないなら殺そうともするわよね」
 でもね、とアルフェリカは自らの肩を抱きしめる。
「それはあたしも同じよ。人間はあたしを傷つける。だから襲ってくる者は殺すわ。人間を殺して殺して殺し尽くす。そうすれば転生体は憂いなく過ごしていけるようになるわ」
 それは輝が抱いているものと同様の未来。しかしそこに至るまでの道のりは大きく異なる。
「転生体だけの世界を創るっていうのか。人間を根絶やしにして」
「そうなるわね。輝が神を根絶やしにするのと同じ」
「違う!
 輝は叫んだ。人間を憎むアルフェリカの気持ちは理解できる。だが輝が抱くこの夢を貶められることだけは我慢できなかった。
「俺が目指しているのは人間と神の共存だ! 俺の敵は共存する気のない、人間を害する転生体と神だけだ! 人間と共存する意思を持つ者まで手にかける気はない!
「じゃあアルカディアはあたしと共存してくれるの?
 氷のような冷たい声に輝は二の句を継げなかった。アルフェリカを取り囲む者たちは何を虫の良いことを、と怒りの眼差しを向けている。
 浴びせかけられる敵意など意に介さず、アルフェリカは【パルティ】の切っ先をウォルシィラに突きつけた。
「エクセキュアの目的はウォルシィラへの復讐よ。それ以外の人間を害するつもりはないわ。あたしも、ここに居場所をくれるならもう暴れない。最初の約束どおりティル・ナ・ノーグで魔獣とでも覚醒体とでも戦ってあげるわ。どう? この都市は、いまさらこんな条件を飲んでくれる? あたしの言葉を信じてくれる?
 復讐の成就は夕姫の死を意味する。輝もウォルシィラも、許容することなどできない。
 そしてすでにアルカディアはアルフェリカによって甚大な被害を受けている。これだけの被害をもたらす存在の言葉に大衆が耳を貸すはずがない。



 アルフェリカ=オリュンシアはアルカディアの敵。もう覆すことはできない。
「そういうことよ。あたしから歩み寄ったとしても、もうそっちはあたしを信じられない。そんな勇気を出してくれる人なんてもういない。後戻りできないところまで来ちゃったんだから」
 もはや問答はこれまで、とアルフェリカは【パルティ】に矢を番える。標準は当然、復讐の対象であるウォルシィラ。
 ウォルシィラも応じるように一歩前に出た。
「一つだけ。エクセキュアの目的がボクなら、ボクと戦ってる間は周囲の人間に手出しはしないでくれるかい? できればその後も」
 その願いにアルフェリカはきょとんと首を傾げた。それからウォルシィラの真意を汲みとったアルフェリカは嘲りにも似た笑みを浮かべる。
「いいわ。戦ってる間は誰にも手を出さないでいてあげる。でも巻き添えで勝手に誰かが死んでも知らないわよ。それとウォルシィラ以外の誰かがあたしに攻撃してきた時点で、この約束はなかったことにするから、そのつもりでいてね」
「充分だよ」
 ありがとう、とウォルシィラは謝意を述べる。
「聞いての通りだ! 他のみんなは巻き込まれないように下がっていて欲しい。彼女と
の決着は、ボクがつける!
 ウォルシィラの宣言にどよめきが広がった。少なからずウォルシィラを疑っている者もこの場にはいる。しかし覚醒体同士の闘いに下手に介入しない方が良いと判断した者たちを筆頭に戦闘に巻き込まれない場所へと退避していった。
「輝、君も手出し無用だ。君の誓いのために夕姫まで天秤に乗せたんだ。これで余計なことをしたらタダじゃおかないよ」
 反論を唱える前に厳かな瞳に封じられた。覚醒体との戦いでは人間に必ず被害が出る。それがわかっていたウォルシィラはこれ以上の被害を減らすために敢えて一騎討ちを申し出た。
 全ては輝の誓いのためだけに。
 アルフェリカを絶望から救いたい。夕姫を危険な目に遭わせたくない。
 本心からそう思っているにもかかわらず、ウォルシィラに選択を委ねてしまった。
「……わかった」
 今の輝にできることはない。最善案も、次善案も、代替案も、何も持ち合わせていないなら最悪の結末を呼び寄せるだけだ。できることはただ傍観することだけ。
 強く噛み締めた口の中で何かが砕けたような気がした。
 



 
 ウォルシィラは離れていく輝の足音を聞きながら心の中で溜息をついた。
 輝の優柔不断にも困ったものだ。あれもこれも大事にしようとするから何も選べなくなってしまっている。抱え込んで身動きが取れなくなるところはいつまで経っても直る気配が無い。
 それが彼の美徳だとウォルシィラは思っている。世話が焼けるが、失くして欲しいとは思わない。
 全部が大事なら全部を守る方法を彼は見つけるだろう。それが今回ではないことが口惜しいが、きっといつか辿り着く。
 だから今回はボクが担おう。夕姫を守る。そして輝の代わりに都市を守り、人間を守る。
 アルフェリカ=オリュンシアと〝エクセキュア〟を殺して。
「夕姫……恨んでくれて構わない。憎んでくれて構わない。殺しの罪は全部ボクが背負うよ」
 斧槍を構える。ウォルシィラの戦意に呼応して神名が光を帯びた。
 アルフェリカは数秒だけ何かをこらえるように目を伏せる。瞳が開かれた時、そこには決意の光しか宿していなかった。
「さあエクセキュア。キミの怨敵が目の前にいるわ。復讐を叶えて、あたしとの契約を果たしなさい」
 神名の光が迸る。アルフェリカ=オリュンシアの意識は深淵に沈み、あらゆる罪を断つ執行者が顕現する。
 ウォルシィラを捉える双眸は憎悪の炎に燃えていた。放たれる殺意はそれだけで相手を死に至らしめることができる。
 女神同士のかいこうが始まりの合図となった。
「っ!
 顕現とほぼ同時に無数の矢が機関銃の如く放たれる。
 ウォルシィラは身の丈以上もある斧槍を軽々と振り回し、自身に命中する矢のみを正確に受け流す。魔力の込められた矢は着弾と同時に炸裂。爆発で弾かれた石飛礫がウォルシィラを襲うが、それも斧槍で危なげなく撃ち落とす。
 ウォルシィラの姿が掻き消えた。エクセキュアがそれを認識したとき、すでに互いの距離は一メートルまで詰まっていた。エクセキュアの胴を叩き斬る一撃が振るわれる。
 エクセキュアは寸前のところで飛び退き、斧槍は空を切る。だが神速で振るわれた斧槍は巻き込んだ空気を弾き飛ばし、エクセキュアを風圧で吹き飛ばした。
 せっかく詰めた距離が開き、ウォルシィラは舌打ちする。案の定、空中で体勢を立て


直したエクセキュアが吹き飛ばされながら弾幕を張ってきた。
 それを撃ち払いながらウォルシィラは疾走する。一矢でも受ければ身体が弾ける矢を紙一重で躱し、躱しきれないものは斧槍で受け流す。破壊の豪雨に身を濡らすことなく、確実に距離を詰めていった。
 エクセキュアの着地と同時、ウォルシィラは跳躍し、遠心力を上乗せした一撃を振り下ろす。
 回避が間に合わないと悟ったエクセキュアは双剣に変えた【パルティ】を交差させて斧槍を受け止めた。
「ぐうっ!?
 大地が激震する。人体など容易に圧壊できる重撃を受けて、苦悶を浮かべるエクセキュアの足元に円形の亀裂が広がった。
 受け止められた斧槍を支えに身体を回転させ、エクセキュアの左腕を蹴り上げる。そのまま回転の勢いを利用してガラ空きになった脇に斧槍を叩き込む。
 今度は防御が間に合わない。エクセキュアはほとんど背中から倒れ込むことで躱しきる。
 だが無理な回避行動で体勢を大きく崩した。〝戦女神〟がそれほどの隙を見逃すはずがなく、着地を伴ったフットスタンがエクセキュアの無防備な腹部に突き刺さり、内臓と骨
盤を粉砕した。
「がふっ!?
 夥しい量の吐血。殺すつもりで放った一撃が綺麗に入った。息の根は止められずともすでに致命傷。憎悪に囚われて動きも攻撃も単調だった。そんな様で〝戦女神〟たる自分に敵う筈もない。
 もはや勝負あった。ウォルシィラがほんの僅か気を緩めたとき白刃が迫る。
「――――っ!
 しかし足を斬り落とさんとする剣線も難なく回避。最後の悪足掻きも不発に終わり、戦闘態勢を解こうとしたとき、その光景にウォルシィラは我が目を疑った。
 ゆらりと、まるで亡霊のようにエクセキュアは立ち上がってきた。人体の要を砕かれ、臓器にまで潰されたにも関わらず、エクセキュアは自らの足で立っている。
「ちょっとちょっと、なんで立てるのさ……」
 悪夢のような光景にウォルシィラの頬を冷や汗が伝う。
 〝断罪の女神〟は罪を裁く執行者。その裁きは絶対であり、逃れられる咎人は存在しないと謳われる神。
「治癒力が普通の覚醒体の比じゃないね……まいったなぁ」
 覚醒体の傷の治りは人間と比べると尋常ではないほど早い。しかし〝断罪の女神〟の


回復力はそれすらも遥かに上回っている。恐らく殺さなければ止められないだろう。
「なんで、彼を殺したの……?
 エクセキュアはうわ言のようにそう問うてきた。
 ウォルシィラにはそれが慟哭に聞こえた。見え透いた時間稼ぎ。戦闘中に敵の会話に応じるなど愚の骨頂だが、この戦いに於いては無視することができなかった。
「信じてもらえないかもしれないけど、ボクは彼を殺してないよ」
「うそをつくな!
 ウォルシィラの答えにエクセキュアの怒気が膨れ上がった。彼女からすればふざけた話でしかない。彼女の中では恋人を殺したのはウォルシィラ以外ありえないのだ。
「ウソじゃない。ボクは彼を殺していない」
「そんなわけ――――っ!?
 反射的に叫ぼうとしたエクセキュアが息を呑み、憎悪に燃えていた瞳が大きく見開かれる。自らの力で今の言に嘘がないことを見抜いたエクセキュアは、その事実を受け入れられず、頭を抱えてひどく狼狽した。
「うそ、そんなわけ……けど、なら、どーゆーことなの……?
「ねぇエクセキュア」
 幼子に語りかけるように、ウォルシィラは慈しみのある声音を響かせた。
「もしかして、君はもう、彼の顔も声も覚えていないんじゃないかな?
「っ!?
 何かに怯えるかのような反応。それが自責によるものだとすぐにわかった。
 エクセキュアはかつて愛した者の顔も声も、もう覚えていない。繰り返した転生の中で、最も大事にしていた記憶は風化してしまった。
「合点がいったよ。君が輝の隣にいても何も反応を見せなかったのは、やっぱりそういうことだったんだね」
「ひ、かる……?
「転生を繰り返して、大好きな人の名前まで忘れてしまったんだね」
 ウォルシィラはエクセキュアを憐れに思った。
 愛していたという事実と愛する者を殺されたという事実。記憶に残っているのはきっとそれだけ。それだけを糧にエクセキュアは復讐に身を焦がし続けた。
「ああ、うそ……うそだよ。だってあの人はあの時、ウォルシィラに……」
 無意識に、離れた位置で戦いを見守る輝へ目を向ける。穢れのない白い髪。蒼天を思わせる蒼い瞳。脳裏にかすめるのは忘れていることすら忘れていた大切なもの。
「あ、ああ……そんな、そんなことって……」
 残酷な現実にエクセキュアは喘いだ。



 
 
 いつかの遠い過去。心の中に仕舞い込んだ幸せな思い出。
 こうこうと照らされる月明かりと星空の下。周りは生い茂る緑で囲まれており、どこからか聞こえてくる鈴虫の鳴き声が耳に心地良い。脇を流れる小河は底が透けて見えるほど澄んでいる。
 愛した人と一緒に流れる水と鈴虫が奏でる演奏に耳を傾けながら、自然のプラネタリウムを楽しんでいた。
 少年はぼうっと空を見上げている。星を見るその面持ちは物憂げでありながら、瞳は蒼月のように冴え冴えとした輝きを放っていた。
「えへへぇ~」
 そんな彼に腕を絡めると、彼は私に目を向けてくれる。それが嬉しくて、ついだらしのない笑みがこぼれ落ちてしまう。
「エクセキュア、ひっつきすぎ。暑い」
「でもでもぉ~、へへへぇ~」
 熱帯夜だったことを覚えている。彼と触れ合っているところがじっとりと汗ばむが、そんなことは気にならなかった。それどころかもっと彼に触れたくて、首に頬を擦りつ
けたり、身体を密着させたりした。
「あーつーいっ」
 しかし彼はそうでもなかったらしく、暑さに耐えかねて私の頬を引っ張り回してきた。
「いひゃいいひゃい~ごめんなひゃいぃ~」
「反省したか?
「しひゃしひゃ……しひゃからはなひてぇ~」
 ようやく解放されて、ひりひりする頬を押さえながら涙目に彼を見た。
「はぅう~、痛いよぉ~、それが奥さんにすること?
「誰が奥さんだって?
「私が」
「誰の?
「あなたの」
 そう言うと彼はにこやかに笑いながら両手で私の顔を優しく包み込んだ。その行動に私は顔を赤らめて恥らう。彼を見上げる目はうっとりと熱を帯びていた。
「やん、こんな外で大胆っ。誰かに見られたら……みぎゃっ!?
 視界一杯に星が見えた。彼に頭突きをされた額がじんじんと痛み、その場にうずくま


った。
「ひどいよぅ……あのときは私のこと好きだって言ってくれたのに……」
 ボソリと、だけど彼に聞こえるようにあからさまに愚痴を零す。すると彼は真っ赤になって狼狽えた。可愛い。
「あ、あれはだなっ……」
「でも嘘じゃないでしょ?
「うぐっ」
「本心なんだよね?
「うっ」
「だよね?
 潤んだ瞳で見上げると彼は言葉を詰まらせた。目を逸らそうとしても回り込んで逃がさない。
 やがて根負けしたように彼は聞こえないくらい小さな声で告白した。
「そう、だよ……」
 ぶっきらぼうに言い捨てる。そっけなかったが、それだけで胸が満たされた。
「ねぇー? やっぱりそうだよねー? 私たちは相思相愛! うん、いい響き!
 ひとしきりはしゃぐと私はそっと彼の胸に顔を埋めた。
「心臓ドキドキゆってるっ」
「ほっとけよ」
 そう言って彼は私を抱きしめてくれた。それに応えて私も力一杯抱きしめ返す。
「変わったな、お前は」
「そお?
「初めて会ったときは問答無用で襲いかかってくるし、全然喋らないし、無表情だし、目を離すと暴れるし、じゃじゃ馬どころじゃなかったな」
「う……そ、そんな昔のことは忘れましたー」
 彼の胸に額をぐりぐりして恥ずかしさをごまかす。それは黒歴史だから言わないで欲しい。
「それがこんなお喋りで無邪気に笑うようになるとは思わなかった」
「そうかもね」
 こんな私を彼は受け入れてくれた。何があっても見捨てずに隣にいてくれた。だから今の自分がある。
 彼がいてくれたから、私はいま幸せなのだ。
 だからこそ、この時間を失うことが何よりも恐ろしい。
「……私を残して、いなくならないでね」



 胸に顔をうずめたまま、気づけばそんなことを口にしていた。
「当然だろ、お前こそ勝手にいなくなるなよ」
 それはたまらなく嬉しい言葉だった。もちろん離れるわけがない。ずっと傍にいる。離れろと言われても絶対に離れない。
 感情が昂ぶり、言葉にせずにはいられなかった。
「愛してるよ、輝」
 
 
「あ、ああ……ああっ!
 脳裏に映し出された映像に、エクセキュアは大きく目を見開いた。
 すべて、すべて思い出した。彼と過ごした時間も、感じていた幸福も、抱いていた感情も、全部。全部。
 黒神輝。
 〝エクセキュア〟が生涯愛した、たった一人の人間。
 なら、あそこにいる黒神輝は何だ? アレはいったい誰だ? ずっと、ずっと昔、記憶すら霞むほど遠い昔から、思い出の姿を留めているアレは何なのだ。
「そう、か」
 そんなものは決まっている。彼は転生体だった。転生体だった彼があの姿のまま生きているのなら、そんなものは一つしかない。
「奪ったのね……彼の、輝の身体を……」
 怒りに全身が総毛立つ。膨れ上がった感情はもはや抑えがきかない。溢れ出した魔力が瑠璃色の暴風となって逆巻いた。
「まずい、輝っ、避けて!
 ウォルシィラが輝に警告する。違う。それはあいつの名前ではない。それは私が愛したあの人の名前だ。
 地面が爆発した。音すらも置き去りにして、想い人の姿をした神を殺さんと疾駆した。
「――っ! ルール・ディファイン――ソード・オブ・ザ・ハート
 幾重にも展開された蒼の魔法陣が道を阻む。
「邪魔だああああああああ――――っ!
 ことごとくを打ち砕き、減速を強いられながらも敵の首を落とさんと双剣を走らせる。障壁は回避行動の猶予をヤツに与え、必殺のつもりで振るったそれは薄皮一枚を裂いただけだった。
 だが二の太刀で確実にその首を刈り取る。



「させるかあっ!
 とうてきされた斧槍が恐るべき速度で飛来する。即座に剣線の軌道を捻じ曲げ一刀両断。斧槍を切り捨てた。
 そして三の太刀。今度こそと振るわれたそれも、風のように割り込んできたウォルシィラによって両腕を捕らえられて防がれる。
 見た目に反する腕力の差に振り解くことができず、ウォルシィラに守られる神に吠えた。
「どうしてお前が輝の名前を騙ってるの! 〝神殺し〟!
 黒神輝に転生していた神の名前を叫ぶ。世界で唯一、転生させず神を葬ることができる神。神を殺すことにのみ特化した神。
「答えて!
 〝神殺し〟は視線を落とし、重々しく口を開く。
「……あいつが夢見たものを叶えるためだ」
「なに、それ……」
「人間と神が共存する世界。互いに寄り添い、共に歩く世界。あいつが強く望んでいた世界を現実とするために、俺は黒神輝として生きている」
 それは、黒神輝が望んでいた夢そのものだった。迫害される転生体をなくし、共に手
を取り合って未来を築くことができる世界。
 なら、それなら――
「だったら輝に身体を返して! それはあの人の願いなの! お前が代わりに叶えるものじゃない!
 夢を抱いた輝が自分の力で叶えるべきものだ。人の力で困難を極める道のりであることは百も承知。だからこそ神がでしゃばって良いものではない。
 エクセキュアの怒りに、しかし〝神殺し〟は首を横に振った。
「それはできない。エクセキュアも気づいているんだろ? だから俺の首をねようとした」
 こちらを遮って放たれた言葉に声を詰まらせた。
「お前が死んでから、もう一〇〇〇年以上経っている。人間はそんなに生きられない。時間と共に魂は磨耗し、やがて自我は消失する。――輝は……もう、いない」
 現実を突きつけられて、目の前が真っ暗になった。
 わかっていた。わかっていた。人間と神は根本的に時間の感覚が異なる。千年という時は神にとっても長い。だが人間にとっては永遠に等しい。
 人間は永遠に生きることはできない。不老になろうと不死になろうと、やがて本能的に死を望むようになる。



「うそだよ」
 現実から逃避した故に発したものではない。確固たる意思を持って〝神殺し〟を糾弾するために発したものだ。〝神殺し〟の言葉に覚えた違和感。それが何であるか理解したとき暗闇が晴れた。
「私にうそは通じない。わかってるよね」
 輝はもうどこにもいない。
 覆らない真実であると〝断罪の女神〟の力によってわかってしまった。もう二度と味わうことはないと思っていた喪失感に今すぐにでも泣き叫びたい衝動に駆られる。だが〝神殺し〟のついた嘘がエクセキュアを踏みとどまらせていた。
「時間が経って消えたなんてうそ。輝は、どうして消えたの?
 ただ真実を告げろとエクセキュアは虚偽を見抜く瞳で睨みつける。
「君の死を目の当たりにしたからだよ」
 口を開かない輝の代わりに答えたのはウォルシィラだった。
「どれほどの絶望だったのかはボクにはわからない。身体は助かったけど意識はついぞ戻らなかったらしい。きっと、彼にとっては自我を保てないほどのものだったんだろうね」
「なにを……他人事みたいに……」
 怒りに震える。両腕を押さえるウォルシィラの力を徐々に押し返す。
 自我を保てないほどの絶望? そんなの当たり前だ。自分が輝の立場だったとしてもきっとそうなる。彼がいない世界など考えられなかった。
 〝断罪の女神〟という役割を与えられて、罪に塗れた汚い世界で生きてきて、この世の全てが自分を敵視して命を狙ってくる中で、彼だけは味方でいてくれた。ずっと隣に居てくれた。
 とても大切な人を奪われた。とても愛していた人を奪われた。心を壊されただけではなく、遺された身体さえもいいように使われている。
 許せなかった。許せるわけがなかった。
「殺す。ウォルシィラも、〝神殺し〟も、二人とも殺す!
 呼応するかのように神名が光を帯びる。顕現するのは断罪の力。罪人を裁く〝断罪の女神〟の力がウォルシィラの膂力を上回り、憎い二人を切り捨てるべく双剣が交差する。
 ウォルシィラは全力で後ろに跳んだ。ほとんど輝に衝突する形で飛び退くが、回避は間に合わず白刃が深々とウォルシィラの身体に埋まった。人体を斬った手応えは感じず、しかし怨敵の返り血がエクセキュアに降りかかる。
「夕姫!



 吹き飛ぶようにウォルシィラと倒れ込んだ〝神殺し〟が叫んだ。思いの外それが心地良い。
 そういえば〝神殺し〟とウォルシィラの宿主は仲が良かった。傍目から見ていても相思相愛だということがよくわかった。
 なら、同じ絶望を味わわせてやろう。輝と自分が味わった数万分の一でも返してやらなければ気が済まない。
 知らず、口角がつり上がる。
ルール・ディファイン――ソード・オブ・ザ・ハート!
 至近距離からの魔力砲撃。一瞬で視界が蒼く染められて二人の姿を見失う。
 しかし見えている。〝神殺し〟の放つ罪の香りは異常だ。たとえ目を閉じていたとしてもその居場所が手に取るようにわかる。
 それに向かって【パルティ】を振るった。〝断罪の女神〟の力を乗せた断罪の一撃。神であろうと人間であろうと、罪を持つ者であれば誰であろうと命を絶つ。
「ぐぅっ!?
 蒼の世界で聞こえたのは〝神殺し〟の苦悶。仕損じたことに舌打ちする。しかし絶望させるなら生きていた方が良いとすぐに思い直した。
 想定した通り〝神殺し〟とウォルシィラは生きていた。ウォルシィラを庇ったのか、
〝神殺し〟の背中には深い裂傷がある。出血量からしておそらく背骨まで達しているだろう。
 ウォルシィラは刻みつけた十字傷が内臓にまで届いている。喀血を繰り返し喘ぐように呼吸する姿からは、とても戦闘を続行できるとは思えない。
 ウォルシィラさえ封じてしまえば〝神殺し〟など取るに足らない。
 寄り添うようにしている二人へ、エクセキュアはゆっくりと歩み寄った。
「どちらにせよ、輝を殺したウォルシィラは殺す。けどただじゃ殺さない。まずは皮を剥いで、肉を断って、腹を暴いて、内臓を刻んで、骨を砕いて、最後に心臓を握り潰す。〝神殺し〟にそれを見せつける。私が抱えるこれがどれほどの激情か、お前に教えてあげるよ」
「ふざけるな!
 激昂と共に砲撃が放たれた。威力は先ほどの比ではないが、エクセキュアにとっては何ら脅威にはなり得なかった。【パルティ】の一振りで相殺して見せる。
「けどうっとうしいね、その魔術」
 双剣が走り、機械鎌を細切れにする。これで大した魔術は使えないだろう。
 なおウォルシィラを庇おうとする〝神殺し〟を蹴り飛ばし、動けないウォルシィラの胸倉を掴んで強引に立ち上がらせた。



「まずは皮だね。皮剥ぎの刑って知ってる? 見せしめで行われる処刑方法だけど、拷問にもよく使われるんだ。大抵は途中でショック死しちゃうんだけど、私は〝断罪の女神〟だから死なないよーにうまくやれると思うよ?
 ウォルシィラの頬に刃を当てる。それだけで皮膚が裂けて血が伝った。
「それは、やだなぁ……夕姫の顔に傷なんてつけられた日には――」
 ウォルシィラは引き攣った笑みを浮かべながら、胸倉を掴むエクセキュアの腕に両手を添える。そしてクッキーを砕くような気軽さでエクセキュアの腕を握り潰した。
「あぁぐっ!?
「さすがにボクも怒るよ」
 片腕を砕かれた痛みでウォルシィラから手が離れる。だがそこまで。失血で身体が思うように動かなかったウォルシィラは離脱することも叶わずその場で両膝をついた。
 その様はまるで処刑を待つ罪人のよう。
 それが望みならば、とエクセキュアは怒りに任せて剣を振り下ろした。
「っ!
 狙撃音。それに反応したエクセキュアは雷すら撃ち落とす神速の太刀で迫る弾丸を切り払った。同時に感じる。自分に向けられる無数の敵意と殺意。周囲の景色が黒い靄で覆われる。
「あの覚醒体を討ち取れえええええええぇぇぇぇ――――――っ!
 確かに耳にした音は鬨の声だった。それに混じって放たれる無数の攻撃。全方位への対応を嫌い、エクセキュアは瓦礫の陰に身を隠す。
 倒れ込んでいるウォルシィラと輝が駆け寄ってきた狩人たちに担架で運ばれていく様子が見えた。片腕を潰されて弓が使えないエクセキュアは見ていることしかできなかった。腕の修復は数分で済む。しかしその間に二人は戦線を離脱しているだろう。
 ギリッ、と噛み締めた歯が軋みを上げる。
「そんなに死にたいなら纏めて首を落としてあげる!
 
 
 血を流し過ぎたせいか寒気がしてとても眠い。担架に揺られる振動は規則的で、微睡みになお拍車をかけてくる。
「おいっ、しっかりしろよ! 気を強く持て! 目を閉じるな!
 耳元で狩人の男が叫ぶ。周りには六人の狩人。それぞれが声をかけてくれるおかげで輝は何とか瞼を開けていられた。
「ウォルシィラ……大丈夫か?
「生きてはいるよ。でも戦うのはもう無理かな。半日くらい稼げれば別だけど」



 覚醒体が持つ高い治癒能力があれば確かに可能だろう。だがその頃には決着がついている。ウォルシィラはもう戦えない。次にエクセキュアが目の前に現れた時が、ウォルシィラ――延いては夕姫の最期となる。
「すまねぇ、俺はあんたたちを疑ってた」
 自分たちを運ぶ狩人の一人がひどく申し訳なさそうな面持ちでウォルシィラに頭を下げた。よくよく見るとその狩人は先日、夕姫に攻撃を仕掛けた狩人だった。
「俺は昔、覚醒体に仲間を殺されたんだ。神にも良い奴がいるっていうのは知ってたが、どうしても怖くて仕方がなかったんだ。だけどあんな仕打ちをしたっていうのに、あんたはそんなになってまでこの都市のために戦ってくれた」
「そっか。だけど気にしなくていいよ。恐れられるのはボクたちの自業自得。あのときボクが怒ったのは夕姫に危害を加えられたからだ。ボク自身は君たち人間に敵対するつもりはないよ。ボクが戦うのはあくまで夕姫を守るため。だから感謝も謝罪も要らないよ」
「だけどそれじゃあ俺の気がすまない」
 引く気を見せない狩人にウォルシィラは困ったように笑う。
「わかったよ。じゃあ詫びと返礼としてこの娘を守ってあげてほしい」
「ああっ、わかった」
 しょ くざを許された男は嬉々としてウォルシィラの言を受諾した。
「あ、言っとくけどこの娘のナイは隣のコレだから。誤解しちゃダメだからね」
 悪戯っぽく笑って輝を指差す。コレ呼ばわりとはなんともぞんざいな扱いだ。
「あ、ああ」
 気概が削がれたのか男のテンションが僅かに下がった。
「みんなはウォルシィラを受け入れてくれたのか?
 輝の問いに狩人たちはニッと気持ちの良い笑みを浮かべた。
「あったりまえだろ。俺たちの居場所を守るためにボロボロになるまで戦ってくれたんだ。まさに守護神って感じだな。その恩を仇で返したとあっちゃ、狩人の流儀に反するぜ」
「狩人以前に人として廃るってもんだな」
「違いないっ」
 狩人たちは笑い合う。一度は敵意を抱いた相手だが、自分たちのために戦う姿を目にして、この都市を守るという強い意志を宿して、命を懸けてこの戦場に舞い戻ってきた。
 アルカディアを守るため。そしてそのために傷ついた仲間を守るため。
 それは黒神輝が目指した光景の一つでもある。だからこそ、これを失うわけにはいか


ないと思った。これだけは守らなければならない。
「そうか」
 知らず、輝の口から安堵の息が漏れた。夕姫はもう大丈夫。今後、彼女の身がアルカディアにおいて脅かされることはない。アルカディアを守るために身を呈して〝断罪の女神〟と戦った。この事実がある限り、夕姫は守護神として扱われるだろう。
 残るはあと一人。
 爆発のような衝撃が臓腑を叩いた。それはエクセキュアから放たれた斬撃と無数に展開された対魔障壁の衝突によるものだった。断続的に衝撃が響く。
 片腕を潰されたエクセキュアは輝たちを逃すまいと狩人たちの攻撃を躱しながら斬撃と飛ばすが、散発的な攻撃では何重にも展開された障壁を突破できずにいた。
 だがこの状態も持って数分。〝断罪の女神〟の治癒能力は尋常ではない。潰された腕が治れば、直接切り込んでくるだろう。そうなればいくら頭数が揃っているとはいえ〝断罪の女神〟相手にこちらの勝ち目は薄い。事実、エクセキュアは狩人たちの集中砲火の中にありながら、ただの一度も被弾していない。
 アルカディアの多くの命を奪ったが故にエクセキュアは敵だ。それと同じ理屈でアルフェリカも敵である。
 しかしアルフェリカにその意思はなかったはずだ。彼女はエクセキュアの行動によっ
て絶望し、自分を敵視する人間を恨み、このような世界を憎んだ。
 同じ憎しみという感情から始まった殺戮だったがきっかけは全く違う。アルフェリカの憎悪は自分たち神が種を撒き、そして芽吹かせた。
 人間を傷つけた神が人間に殺されるのは自業自得。文句を言える立場にない。故に私怨でアルフェリカに殺戮をさせたエクセキュアは悪であり、人間の平穏のためにはもはや排除するしかない。
 だが人間のアルフェリカがそれに巻き込まれて良いはずがない。
 だからこそ救われなければならない。たとえ実行したのは本人の意思だったとしても、狩人の男のように贖罪の機会が与えられるべきだ。
 罰を受けるべきは神々であり人間ではない。
 エクセキュアを説得することができればアルフェリカを救うことはできるだろう。アルカディアにはいられなくなるが、別の場所に居場所を探すことはできる。考え得る最善の結果。
 だがそれは無理だ。復讐を諦めるに足る理由がない限り、エクセキュアは死ぬまで止まらない。それを用意できるのは黒神輝が唯一であり、彼はもうどこにもいない。
 止められないのであれば、エクセキュアは殺すしかない。
 アルフェリカを巻き添えにして? 本当にそれしか方法はないのか? 彼女を救うの


は諦めるしかないのか? 神だけを殺す方法はどこにもないのか?
 ある。しかしそれは自分が最も忌み嫌う力。使えば黒神輝の誓いに反することになる。
「おいおい、ヤベェんじゃないか?
 衝撃の感覚が段々と短くなっていた。障壁は徐々に数を減らしており、エクセキュアの手数に再展開が追いつかなくなってきている。破られるのは時間の問題だ。
 輝はかつてないほどに苦悩する。誓いのためにアルフェリカを諦めるか、アルフェリカのために誓いを折るか。それだけではない。
 輝は隣のウォルシィラを、正確には夕姫を一瞥する。
 おそらく彼女には二度と会えなくなる。それが余計に決断を鈍らせる。
「全部を選ぼうとしたら何も選べなくなるよ、輝」
 紫色の瞳が蒼眼を捉えていた。それはまるでお前の迷いなど見透かしていると告げられているようだった。
「ボクたちは全能じゃない。全てを掴むには今は力が足りない。だから選ぶんだ。何を手に取って、何を切り捨てるかを。それができなければ――」
 全て失う。ウォルシィラは復讐の刃に沈み、夕姫は道連れになる。黒神輝の身体を奪った者として自分も殺され、アルフェリカの憎悪によってアルカディアで死が量産され
、理想郷はただの処刑場へと変質する。
 手に取れるものはなんだ? 夕姫。アルフェリカ。誓い。アルカディアの人間たち。
 無数の選択肢が頭に浮かぶ。捨てられないものなど決まっている。それを選択すれば、自然と切り捨てなければならないものが明瞭になった。
「はは、なんだよそれ」
 笑うしかなかった。初めから選択の余地などなかった。悩むことすら無駄だったと思い知った。それはつまり、自分の覚悟の問題でしかなかったということだ。
「ウォルシィラ」
「なんだい?
「夕姫を頼む」
「うん、任された」
 ウォルシィラは頷き返した。
 夕姫を切り捨てることだけは自分にはできない。彼女を守ると決めたのなら、残った手で掴めるものは一つしかない。
「ヤベェ! ヤベェヤベェヤベェ! おいお前ら全力で走れ!
 切迫した声と共に担架の揺れが激しくなった。同時に大瀑布にも聞こえる爆発音が引っ切りなしに鳴り響く。



 それは圧倒的な治癒力で腕を癒したエクセキュアが放った矢の弾幕だった。一つ一つが炸裂弾並みの威力を誇り、削岩機を思わせる勢いで障壁を削り取っていく。再展開が追い付かず、障壁を突破してきた矢が付近に着弾して死を煽り立てる。
「うおおおおおぉぉぉぉっ!? おい! もっと走れ! 吹っ飛ばされるぞ!
「うっせぇ! これで精一杯だっつーの!
 悲鳴を上げながら全力疾走する狩人たち。輝たちの怪我を気遣う余裕もなく、降り注ぐ矢から逃れるべく必死に足を動かす。
 単騎で数十人分に匹敵する火力を放つ断罪者。その超越的な攻撃に攻守が逆転し、狩人たちは防御に専念せざるを得ず、反撃を許されなかった。
 攻撃の自由を得たエクセキュアは担架に揺られる輝たちへと疾駆する。数百メートルの距離をわずか十秒足らずで食い潰す。
「死ね!
 一瞬四閃。二つの十字が輝たちの首を刎ねんと凶刃が走る。それを――
「つあぁっ!
 一瞬四打。ウォルシィラの連撃が阻止する。
 だがこれで打ち止め。無理を押したウォルシィラは受け身も取れず地面に落ちる。
「このっ、まだそんな力をっ」
 エクセキュアの意識がウォルシィラに向いた。一瞬にも満たない刹那の時間、だが確実に輝の存在が彼女の中から消えた。
「なっ!?
 驚愕の声が漏れる。それは意識から外した輝の顔が眼前にあったからだ。互いの呼気が交わるほどの距離で、蒼と瑠璃色の瞳がそれぞれを映し出す。
「俺はあんたを傷つけない。俺はあんたを裏切らない。あんたを傷つけようとする奴らから、俺はあんたを守る」
 口にしたのは一つの約束。嘘を見抜く瑠璃色の瞳を見据えて放たれた言葉は〝断罪の女神〟の審判にてその真偽を問われる。
 エクセキュアは己の力によって驚愕に目を見開くことになった。
「うそ……じゃない……?
「ああ、そうだエクセキュア」
 エクセキュアは後退る。蒼眼に宿る気迫に圧されてか、それとも別の何かか。いずれにせよ、このとき彼女は後手に回った。
 蒼眼が映しているのはエクセキュアではない。その瞳の奥。奥底にいるアルフェリカだ。
「俺はアルフェリカを守る。エクセキュア、お前にアルフェリカの幸福は奪わせない」



 
 
 愛した人の瞳がそこにある。記憶の中にあるものとなんら変わらない蒼い輝き。しかしそれはもうその人ものではなく、彼を奪った〝神殺し〟の眼。
 絶好の機会だった。ウォルシィラの盾になるためなのかは知らないが、無防備にその身を晒してきた。【パルティ】であれば人体など容易に切断できる。
 輝の首をねることよりも輝の身体が〝神殺し〟に良いように使われていることの方が耐えられない。だからこそためいはなかった。
(だめっ!
 頭の中にアルフェリカの悲鳴が木霊した。【パルティ】の刃が〝神殺し〟の首に触れる直前に停止したのは同時だった。
「なっ――!?
 〝神殺し〟が障壁で防いだわけではない。ウォルシィラが防いだのでもない。周りを取り囲む狩人たちによるものでもない。
 刃を止めたのは自身の身体だった。エクセキュアの意思に反して、この身体が振り下ろした腕を止めた。それだけではない。身体の自由が利かない。身体を動かそうとすると凄まじい抵抗を感じてまともに動かせない。
(……させない)
 もう一度、アルフェリカの声が聞こえた。
(絶対にさせないっ。させるもんか!
「まさかアルフェリカ!? そんな、私の支配力に抗うなんて、そんなこと……」
 できるはずがない。だが事実、身体は思い通りに動かない。
「アルフェリカ! 契約したはずだよ! 貴女の身の安全と未来のために力を貸す代わりに、私の復讐に手を貸してもらうって!
(ええ、そうね)
「契約を反故にする気なの!? 穏やかに暮らしていくっていう未来を捨てる気!?
(先に反故にしたのはキミの方よ)
「そ、れは……」
 核心を突く言葉。咎めと責めの棘が突き刺さる。エクセキュアは咄嗟に反論できなかった。
(この都市でなら居場所を見つけられると思った。転生体であってもあたしを受け入れてくれる人たちがいると思った。この前みたいに、輝と夕姫と街を歩けると思った。そう思ったのに、キミがそれを奪った!
「くっ……けど! それはアルフェリカも同じだよ! 自棄になって何人も殺した! 


きっかけは私かもしれないけど、後戻りできなくなったのはあなたの行動の結果だよ!
 アルフェリカ自身が多くの命を奪った事実は変わらない。これだけの被害をもたらしたのだから、この都市にいられなくなるのは当然のことだ。
「この復讐が終わったら、アルフェリカが穏やかに暮らせる場所を一緒に探しに行こうよ。二度とこうして表に出ないし、いくらでも私の力を貸す。だからお願い、いまこの場だけは邪魔をしないでっ」
(……嫌よ。あたしは、輝以上の人を見たことない。ここまであたしを守ろうとしてくれた人なんて知らない。そんな人にまた出会えるなんて思えない。ずっと裏切られてきて、やっと見つけた人なのに、またあの辛い日に戻るなんてもう嫌! そんな世界を彷徨い続けるくらいなら、ここで殺される方がずっとマシよ!
「なんて馬鹿なことをっ……〝神殺し〟はあなたが未来を捨ててまで守る価値のあるやつじゃない!
 依然としてアルフェリカの抵抗は緩まない。このままでは本当に殺されてしまう。復讐も果たせぬまま。輝の仇も討てぬまま。
 そんなことがあってたまるか。ここまで来て、何もできずに終わることなど認められない。
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ―――――――――――っ!
 叫びと共に神名が一際強く光を放つ。アルフェリカの抵抗を振り切り、再び【パルティ】を振るった。
「血肉を啜り渇きを満たせ――【ファームスレーベ】」
 しかしそれよりも輝の詠唱が速かった。
 虚空より伸びた黒鉄の鎖がエクセキュアを拘束する。
「神葬霊具!? どうしてこれがここに!?
「〝神殺し〟が神葬霊具を使うことに何の疑問がある」
 【ファームスレーベ】がエクセキュアから魔力を貪る。魔力を喰らうほど黒鉄の鎖は強度を増していき、捕らえた獲物を逃すことは決してない。
「……私を殺すの? アルフェリカごと」
「復讐をやめてくれるなら、その必要はなくなる」
「無理な相談だね」
 輝の亡骸を弄ぶ〝神殺し〟が憎い。輝を殺したウォルシィラが憎い。この憎悪を簡単に捨てられるなら、そもそも一千年以上も抱き続けられるわけがない。アルフェリカの希望を奪ってまで行動した意味がなくなる。
 もはや後戻りなどできないのだ。



「そう、か……」
 〝神殺し〟の瞳は悲痛の色を宿し、一度だけ伏せられる。
「なら、お前を殺すよ。〝断罪の女神〟」
 
 
 愛した人の瞳がそこにある。記憶の中にあるものとなんら変わらない蒼い輝き。しかしそれはもうその人ものではなく、彼を奪った〝神殺し〟の眼。
 絶好の機会だった。ウォルシィラの盾になるためなのかは知らないが、無防備にその身を晒してきた。【パルティ】であれば人体など容易に切断できる。
 輝の首をねることよりも輝の身体が〝神殺し〟に良いように使われていることの方が耐えられない。だからこそためいはなかった。
(だめっ!
 頭の中にアルフェリカの悲鳴が木霊した。【パルティ】の刃が〝神殺し〟の首に触れる直前に停止したのは同時だった。
「なっ――!?
 〝神殺し〟が障壁で防いだわけではない。ウォルシィラが防いだのでもない。周りを取り囲む狩人たちによるものでもない。
 刃を止めたのは自身の身体だった。エクセキュアの意思に反して、この身体が振り下ろした腕を止めた。それだけではない。身体の自由が利かない。身体を動かそうとすると凄まじい抵抗を感じてまともに動かせない。
(……させない)
 もう一度、アルフェリカの声が聞こえた。
(絶対にさせないっ。させるもんか!
「まさかアルフェリカ!? そんな、私の支配力に抗うなんて、そんなこと……」
 できるはずがない。だが事実、身体は思い通りに動かない。
「アルフェリカ! 契約したはずだよ! 貴女の身の安全と未来のために力を貸す代わりに、私の復讐に手を貸してもらうって!
(ええ、そうね)
「契約を反故にする気なの!? 穏やかに暮らしていくっていう未来を捨てる気!?
(先に反故にしたのはキミの方よ)
「そ、れは……」
 核心を突く言葉。咎めと責めの棘が突き刺さる。エクセキュアは咄嗟に反論できなかった。
(この都市でなら居場所を見つけられると思った。転生体であってもあたしを受け入れ


てくれる人たちがいると思った。この前みたいに、輝と夕姫と街を歩けると思った。そう思ったのに、キミがそれを奪った!
「くっ……けど! それはアルフェリカも同じだよ! 自棄になって何人も殺した! きっかけは私かもしれないけど、後戻りできなくなったのはあなたの行動の結果だよ!
 アルフェリカ自身が多くの命を奪った事実は変わらない。これだけの被害をもたらしたのだから、この都市にいられなくなるのは当然のことだ。
「この復讐が終わったら、アルフェリカが穏やかに暮らせる場所を一緒に探しに行こうよ。二度とこうして表に出ないし、いくらでも私の力を貸す。だからお願い、いまこの場だけは邪魔をしないでっ」
(……嫌よ。あたしは、輝以上の人を見たことない。ここまであたしを守ろうとしてくれた人なんて知らない。そんな人にまた出会えるなんて思えない。ずっと裏切られてきて、やっと見つけた人なのに、またあの辛い日に戻るなんてもう嫌! そんな世界を彷徨い続けるくらいなら、ここで殺される方がずっとマシよ!
「なんて馬鹿なことをっ……〝神殺し〟はあなたが未来を捨ててまで守る価値のあるやつじゃない!
 依然としてアルフェリカの抵抗は緩まない。このままでは本当に殺されてしまう。復
讐も果たせぬまま。輝の仇も討てぬまま。
 そんなことがあってたまるか。ここまで来て、何もできずに終わることなど認められない。
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ―――――――――――っ!
 叫びと共に神名が一際強く光を放つ。アルフェリカの抵抗を振り切り、再び【パルティ】を振るった。
「血肉を啜り渇きを満たせ――【ファームスレーベ】」
 しかしそれよりも輝の詠唱が速かった。
 虚空より伸びた黒鉄の鎖がエクセキュアを拘束する。
「神葬霊具!? どうしてこれがここに!?
「〝神殺し〟が神葬霊具を使うことに何の疑問がある」
 【ファームスレーベ】がエクセキュアから魔力を貪る。魔力を喰らうほど黒鉄の鎖は強度を増していき、捕らえた獲物を逃すことは決してない。
「……私を殺すの? アルフェリカごと」
「復讐をやめてくれるなら、その必要はなくなる」
「無理な相談だね」
 輝の亡骸を弄ぶ〝神殺し〟が憎い。輝を殺したウォルシィラが憎い。この憎悪を簡単


に捨てられるなら、そもそも一千年以上も抱き続けられるわけがない。アルフェリカの希望を奪ってまで行動した意味がなくなる。
 もはや後戻りなどできないのだ。
「そう、か……」
 〝神殺し〟の瞳は悲痛の色を宿し、一度だけ伏せられた。
「なら、お前を殺すよ。〝断罪の女神〟」
 
 
 黒神輝として生きると決めたとき、二度とこの力は使わないと誓った。
 もう涙を流す人がいなくなるように、もう傷つく人がいなくなるように、奪ってしまった命の分だけより多くの人を救う。
 それは黒神輝が己に刻みつけた贖罪の誓い。自我が壊れ、魂さえも失われてなお、この身体に遺されたもの。
 それに共感して黒神輝の誓いを受け継いだとき〝神殺し〟は死ななければならなかった。
 〝神殺し〟では人間は救えない。黒神輝が目指した人間と神が共存できる世界にはならない。人間として歩み、人間として進まなければ、そこへは絶対に到達できない。
 だがそれでは夕姫とアルフェリカは守れない。人間ではこの不条理に抗うには力が足りない。
 しかしそれでも〝神殺し〟であれば守れるのならば――
ルー――」
 二人を守るために、忌み嫌った〝神殺し〟へと今一度戻ろう。
「――ディファイン
 リィン。
 風鈴にも似た音を響かせて黒の波動が世界に広がった。波動を浴びた蒼天と大地が脈を打つ。
 異変はすぐに起きた。
「う、うわあああああああああああっ!?
 どこからか聞こえる悲鳴。それを上げたのは輝たちを助けに来た狩人の男だった。覚醒体との戦場に果敢にも乗り込み、重傷を負った輝たちを助けてくれた狩人の一人だ。身体が末端から形を失い、代わりに七色の粒子が立ち昇る。
 それは万物を構成するマナ
 髪の毛一本すら余さずマナとなって崩れ、主を失った武器や防具だけがその場に遺された。



 あまりの出来事に放心する狩人たち。これが死の連鎖の始まりだった。
「ぎゃあああああ!? 俺の、俺の身体がマナになってく!?
「ひぃいっ!? なんだよ!? なんだんだよこれぇええっ!?
「い、いやだ! やめてくれ! たす、助けてくれぇ!
 波動を受けた他の狩人たちもマナとなって崩れていく。黒の波動は慈悲も温情もなく、全ての命を七色の粒子へと分解していった。逃げ惑う狩人たち、すでに命を奪われた人々の骸、鳥や虫、草花さえも、生命と呼べるものすべてをマナへと変えていく。
 大気が震える。大地が戦慄く。世界が震撼する。叫喚の数だけ世界は極彩色に塗り潰されていく。幻想的な美しさを持ち合わせ、同時に絶望と死を象徴する光景。
 生物として形を残しているものは、神の力を宿す三人だけだった。
 何人殺した? 何人死んだ? どれだけの人間の未来を奪い、どれだけの悲しみを生んだ?
 あらゆる場所から悲鳴が聞こえ、それが耳に届く度に心の古傷がじくじくと痛む。
 それでも止まれない。この決意が揺らげば、奪ったものが無意味になる。
「黄泉へ下る御魂。怨嗟を紡ぐことも赦されず、終わりなき昏き旅路を歩め――」
 輝の前に黒い魔法陣が展開された。それは暴食の権化の如く漂うマナを貪り喰らう。命などただ消費されるだけの供物であるかのように一片の容赦なく喰らい尽くす。生
命を喰らった魔法陣はその在り方を変質させ、質量を獲得してこの物質世界に顕現した。
 さあうた、愚者どもよ。己が鮮血の洗礼を受け、悍ましき地獄へ旅立つがいい。
 さあおど、死者どもよ。朽ち果てた骨を鳴らし、皆で新たなどうほうを祝うがいい。
 さあわら、生者どもよ。先立つ者を踏みにじり、歓喜にその身を震わすがいい。
 は大罪の君。とこしえしんえんに咲く漆黒のあだばな。人間の皮を被る命喰らいの死神。
「――【サイレントウォーカー】」
 漆黒の大鎌。それは死をもたらす存在の象徴。人間を殺し、神を殺し、森羅万象を殺し尽くすためだけのモノ。
 此処に在るのは黒神輝ではなく〝神殺し〟。生命を材料に神を殺す道具を生む黒き神。
「サイレント……ウォーカー……」
 エクセキュアは憎しみに満ちた眼で漆黒の神葬霊具を睨みつける。黒神輝と〝断罪の女神〟を引き裂いた術式兵装。エクセキュアの復讐はこの神葬霊具によって始まった。
 一陣の風が吹いた。【サイレントウォーカー】が目の前から消失し、代わりにエクセキュアの背後に戦女神が出現する。死神の鎌をその手に握り。
「まったく、ボクも満身創痍だっていうのに……輝も神使いが荒いなぁ」



 大鎌を振り抜いた姿勢のまま、溜息のように愚痴を零すウォルシィラ。【サイレントウォーカー】の先端は血に濡れている。
「なっ、神名を……?
 アルフェリカの内腿にあった神名に一文字の裂傷が刻まれていた。傷そのものは大したことではない。
 しかし、神にとっては決定的な一撃。
「アルフェリカを守るってゆっておきながら、結局私ごと殺すんだ」
「いいや、死ぬのは君だけだよ」
 【サイレントウォーカー】を杖にして、ウォルシィラはエクセキュアに語りかける。
「たとえ神葬霊具であっても神名を傷つければ神ごと宿主も死ぬだって? そんな馬鹿な。神葬霊具は本来神を殺すためのものだ。使いこなすことができれば、神だけを殺すことができる」
 そして、とウォルシィラは続ける。
「ボクはこの世全ての武器を使いこなし、この世全ての武術を体現できる。それこそがボクの神装宝具であり、ボクを〝戦女神〟たらしめているものだ。輝にはいい加減、自分で使えるようになれって言いたいところだけどね」
「ウォル、シィラっ……」
「更生して出直して来なよ〝断罪の女神〟」
 エクセキュアの怨嗟も、ウォルシィラは僅かな微笑みで受け流した。
 輝はエクセキュアに歩み寄る。手の届く位置まで距離が縮まるとエクセキュアの身体が崩れ落ちた。それを支えてしゃがみ込む。
「神、殺し……」
 死の際にあっても〝断罪の女神〟の憎しみは衰えることはない。愛する者を死なせた神。愛する者の骸を奪った神。それらに復讐心を抱くことは心を持つ者であれば仕方のないことだ。
「殺してしまった人よりも多くの人を救う。もう涙を流す人がいなくなるように。輝とお前が立てた誓いだ。それすらも、忘れてしまったのか?
 エクセキュアの目が見開かれる。瞳の中から憎悪の炎が徐々に薄れていった。
「だって、じゃあ、どーすれば良かったってゆーの?
 瑠璃色の瞳に浮かぶのは涙。
「輝を殺したウォルシィラがどーしても憎かった。輝の身体を奪った〝神殺し〟がどーしても許せなかった。そのためだけにたくさん人を傷つけて、いっぱい人を殺して、誓いに背いてるってわかってても、止まることなんてできなかった」
「ああ、理解はするさ。俺だって、夕姫を殺されたら復讐に囚われるかもしれない」



 否。確実に囚われるだろう。そして自らに打ち立てた誓いを砕き、〝神殺し〟の力を存分に振るい、無関係の人間など消耗品のように扱い、復讐を果たすだろう。
 だからこそ〝断罪の女神〟を殺した。人間として生きるという信念を折り、最も守りたい人を守るために、大勢の命を奪ってまで守った。
「私は、どうすればよかったのかなぁ……」
「さぁな。それがわかれば俺も悩まなくて済む」
「輝なら、もっと明確な答えをくれるよ」
 呟かれた言葉に輝は瞠目した。
「誰かの幸せのために行動してれば良かったんだよ。神が自分のために動いたらロクなことしか起こらないからな」
「そっか、そーだね。私の復讐じゃなく、アルフェリカのために何かをしてれば、こんなことにはならなかったよね」
 エクセキュアは仄かに笑った。復讐は徒労と終わり、微かな無念を覗かせる、そんな表情。
「アルフェリカに謝っとけよ」
「許してもらえるかな」
「知らん。アルフェリカに聞け」
「そう、だね……」
 言葉が途絶え、瞳が静かに閉じられる。体表がぼんやりと光を放つとマナの粒子が立ち昇った。命の煌めきが空気に溶けて消えていく。
「ん……」
 腕の中にいるアルフェリカが身動ぎをした。閉じられてた瞳がうっすらと開かれ、輝の姿を認めると瑠璃色の瞳に涙を浮かべた。
「ひ、かる……輝っ」
「よく頑張ったな」
「……っ」
 かけられた言葉に感情を昂ぶらせたアルフェリカは輝の胸に顔を埋めてしゃくりをあげた。噦る少女をあやすように頭を優しく撫でる。
「あたし、たくさん、殺したのよ……? 何も、関係のない人たちを……八つ当たりで、たくさん、たくさん殺した……だから転生体は遠ざけられるってわかってたのに、自分でそれをやっちゃった……なのに……」
「約束したからな」
 アルフェリカを遮り、輝が続ける。
「俺はアルフェリカを傷つけない。俺はアルフェリカを裏切らない。アルフェリカを傷


つけようとする奴らから、俺はアルフェリカを守る」
 口にした言葉に嘘偽りはない。それがわかるアルフェリカは本当に嬉しそうに笑った。
 きっと、いま見せてくれたこの笑顔が彼女の本来の表情なのだろう。輝にはそう思えた。
「それはつまり我々に敵対するということですね、輝?
 輝でも、アルフェリカでも、ウォルシィラでもない声。
 輝はこの声の主を知っている。
「敵対するつもりはないよ、シール」
 振り返ると、そこにはオッドアの瞳の少女が立っていた。両脇には彼女を守るように二人の男女が立っている。それ以外にも大勢の人間が輝たちを取り囲んでいる。全員が武装し、纏っている黒衣には例外なく槍を持つ妖精の刺繍が施されている。
 転生体保護機関ティル・ナ・ノーグ。その戦闘部隊。
「彼女に味方をするということはそういうことですよ。アルフェリカ=オリュンシアはアルカディアに甚大な被害をもたらしました。この事態は到底看過できません。この場で処断する必要があります」
「それで守護神の二人まで連れてきてるってわけか」
 輝は冷や汗をかきながらシールの傍らに立つ二人を見た。
 大剣を背負う橙髪の男性と薙刀を持つ青髪の女性。
 そのどちらも何も言わず、ただ非難に満ちた目を向けている。
「どちらにせよ、あなたも大勢の命を奪いました。アルカディアの民衆はこれを裏切りと取り、決してあなたを許さないでしょう」
「だろうな」
「本当に、本当にあなたはどこまでも愚直なのですね」
 オッドアに宿る光が悲壮なものであるように、蒼眼にも悲哀の輝きが宿る。
 愚かな選択なのは間違いない。自分はこれから仲間たちの敵となる。これが愚かでなければ何なのか。
「大丈夫だ。何も心配することはない」
 腕に抱くアルフェリカの不安そうな眼差しに、そう笑いかけて立ち上がる。アルフェリカはそれに寄り添った。
「神楽夕姫さんを保護して治療を。ウォルシィラは戦える状態ではありません」
 シールの指示が飛び【サイレントウォーカー】を杖にしていたウォルシィラは隊員に連れられて輝たちの包囲網から離れていく。去り際に、べぇー、と舌を出して。
 ウォルシィラらしい、と輝は内心で苦笑いを浮かべながら懐からシリンジを取り出し


た。中に入っているのは虹色の液体。液化した高純度のマナ
「さよならだな、シール」
「いいえ、地の果てだろうと我々はあなたを追いかけます」
 その返答にやはり輝は苦笑し、シリンジを砕いた。
ルール・ディファイン――ソード・オブザ・ハー
 【ソード・オブ・ザ・ハート】により魔法陣が展開され、膨大な魔力が圧縮される。
ルール・ディファイン――ペイン・オブザ・ブラッド
 【ペイン・オブ・ザ・ブラッド】により術式は【強化】され、回転する魔法陣が金切り音を上げる。
ルール・ディファイン――クロニクル・オブザ・アカシャ
 【クロニクル・オブ・ザ・アカシャ】により自己と世界の境界が崩れ、極大の魔力を込められた魔法陣が【複製】される。その数は人間の認識を超えて、崩壊した戦場を蒼く照らした。
 神をも退けた黒神輝の最強の魔術。神に抗するために編み上げた力を、仲間だった者たちの足元に向けて放つ。
ルール・ディファイン――フラグメント穿ソング・アンチフェイス
 輝の号令と共に一斉に放たれる光の柱。それらはアルカディアの大地に突き刺さり、視界の全てを蒼い蹂躙で染め上げた。
 輝は【クロニクル・オブ・ザ・アカシャ】による反動で膝をつき、それでも意識を失うまいと歯を食いしば
った。
「アルフェリカ! 六時の方へ全力で走れ! 南ゲートから脱出するぞ!
「う、うん!
 自力では立つことすらままならない輝を抱えて、アルフェリカは神の力を解放した。〝エクセキュア〟が死んでも彼女の力はアルフェリカの中に残っている。
 その力を以ってして彼女は風となって疾走した。都市の中心部から南のゲートまでの五〇キロメートルはある距離を、アルフェリカはたった三〇分ほどで走破する。その間、追手らしい追手もいなかった。
「……もう少しだ!
 ゲートが視認できるほどの距離まで辿り着き、輝が叫ぶ。ゲートでは都市の外から届けられた物資の運搬作業をしており、外への道は解放されていた。
 そこにいるのは数名の作業員と二名の警備員らしき者たちだけ。しかしその二人は黒い外套を纏っていた。ティル・ナ・ノーグの者たちが着ていたものと同じ。
 向こう側もこちらの接近に気づいたらしく、視線を感じる。
 息を切らしながら走るアルフェリカの身体が緊張で固くなった。外に出るにはあの二人を突破しなければならない。
 アルフェリカの身体が深く沈み込む。全力で地面を踏みつけ、爆発的な加速でゲート


に突貫した。人間を遥かに超えた運動性能。並の人間では追いすがることもできない。
 しかしそれでも迎撃が不可能なわけではない。障壁で進路を阻むことも、すれ違いざまに切りつけることもできる。もとよりティル・ナ・ノーグに属する人間が並であるわけもない。
 一点突破に賭けた捨て身の突貫。多少の負傷など厭わない決死の行為。
 いとも容易くゲートをくぐり、そして外界へと至る。
「――え?
 呆けた声を出したのはアルフェリカ。
 一切の妨害もなくゲートを素通りできたことに困惑していた。後ろを見遣れば、警備の二人は遠ざかる輝たちを見ているだけで、追いかけてくる素振りはまるでなかった。
 そうして、黒神輝とアルフェリカ=オリュンシアは理想郷を背にした。
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