フォントをダウンロード中
ページの左右でマウスを左クリックします。
または、 キーボードの左右の矢印キーを入力します。
ページ上で指先を左右になぞると、 前/次ページへ移動します。
メニューはページをタッチすると現れます。
× ヘルプを閉じる
――  かつてこの国を、未曾有の大災害が襲った。そしてそれは癒えることのない傷痕として今もなお記憶に残り続けている。 一方で。  その大災害と時を同じくして、世界の楔である界軸石にも異常な反応が見られた。空へ立ち昇る光の柱を見たと言う証言が各地に残されている。そしてその数ヶ月後に起こった「金環食」は、世界のかたちが「変わった」証だとされる。その一連の世界の変化を専門家は「界軸大災」と名付けた。  この国のある小さな神社―泉 神社というのだが、には次のような歌が残されている。 「金の環 ゆらり   うつしよ ゆらゆら   おいでよ おいで   門をくぐって こちらの方へ」  ちなみに現在行方不明の泉神社神主が書き残したメモにはこの歌の解釈はこう記されている。 「金の環が金環蝕。うつしよは現世。門をくぐってこちらの方へか。つまりは金環日食が起こると何かが門をくぐってやってくるということなのだろう」  そしてそれは、現実となる。  限られた者しか知ることは無いが、界軸石があるとされる日本の都市で奇妙な現象が立て続けに起きるようになった。  人々はこう口を揃える。まるで、かつてこの国にいた妖怪や化け物の類が再び現れたようだ、と。  そしてそれに対抗するかのように「ゲイザー」「鉱石使い」「異能者」「石の子」など場所によって呼び名は様々だが鉱石の力を持つ子ども達が生まれるようになった。  彼らの特徴は生まれつき体内の石素濃度が高く、その石素に対応する色が髪や瞳に強く出ることと 詠唱や歌などによって、世界に満ちる自然素【マナ】に干渉し、魔法のような能力を発現することだ。  もっとも、前世界(あえてこう呼ぼう)の人々からすれば彼らは希望であると同時に「化け物」や「異端者」のような存在だった。そのためいわれのない差別を受ける者も多く、国は危機に備えて戦力とし、また彼ら自身を保護するために各地に特別な学校を作った。 これから始まる物語の舞台である「華茶花学園」もそんな場所のひとつである。 それから二十九年後――人々が「変わった」世界にも徐々に慣れ始めていた頃、この世界に新たな災厄が訪れる。 ―― 「そっちに行ったよ!瑠花!」 「ああ!これで仕留める!」  二〇四〇年七月七日 京都 五条大橋 時刻は正午。牛の角を持った巨大な黒い影を相手に、長い黒髪の少女は日本刀を構えた。  結界で封鎖された橋の上には黒髪の少女と、彼女の仲間らしき人物が四人。年齢はいずれも高校生ぐらいだろう。結界を担当している茶色の髪と浅葱色の目の少女以外は全員体のどこかに傷を負っていた。  牛の角を持った相手から繰り出される重い拳の一撃を、瑠花と呼ばれた黒髪の少女はスカートを翻し、髪をなびかせてひらりとかわす。 そしてその背中に着地すると、迷い無く日本刀でその背を貫いた。 「ここは汝のいるべき世界ではない。カクリヨヘ還れ!」  断末魔の悲鳴をあげながら、牛の角を持った影は形を無くし、黒い粒子となって散った。 「ふう。初任務にしてはまあまあといったところか」  影が消えた橋の上に佇み、日本刀を腰の鞘に戻してから瑠花は言った。 「上手くいって……良かったです」 「浅黄、お疲れさま。もう結界を解いても大丈夫だ」  浅黄と呼ばれた少女は頷くと結界を解いた。途端に橋の上に日常が戻ってくる。 「瑠花、怪我は」 「大丈夫だ紺。私はかすり傷だから。それよりもお前と臙脂、それに青磁の方が酷いぞ?」 「こんなのつば付けときゃ治るって……けど、紺、お前はこっち来い」  臙脂はそう言うと顔をしかめて紺を建物の影へ引っ張って行く。 「紺って本当いつも無茶な戦いばかりするよね。痛覚が鈍いらしいからどうしても気付くのは遅れるんだろうけど」 それを見て、青磁と呼ばれた青緑色の髪の少年が言った。 「とにかく、あのふたりが戻って来たら一度学園に戻るとするか」 ――  一方建物の影。 「痛い!痛いってば!いくら俺が痛覚鈍いからって!」 「うるせーじっとしてろ!」  臙脂は紺のシャツをはだけると、刻まれた傷に消毒液と傷薬を塗り、そして慣れた手つきで包帯を巻いていく。 そして次にシャツについた染みに染み抜きを吹きかけ、軽くティッシュで叩いてから再び紺に着せた。 「これでよし。あのな、いくらなんでも明らかに学生服とわかるシャツに血の染みついてたら色々疑われるだろうが?あと通行人の精神衛生上よくない」  「そういうものなの?」と不思議そうに聞き返す紺に、臙脂は強く頷く。 「そうなんだ。けど俺からするとこんな建物の影で俺がシャツをはだけられてたという方が色々問題があるような?」 「仕方ないだろ!場所が無かったんだから!浅黄は結界張るの初めてだったし、瑠花の目の前でお前脱がして治療する訳にもいかないだろうが」 「そうだね。浅黄にあまり無理させてもだし、あんな橋の上だったら余計問題だったかも」 紺はそう言うと軽くズボンを払って立ち上がる。 「行こう、臙脂。みんな待ってる」 「おう」 こうして臙脂と紺は仲間の待つ橋へと戻って行った。 ――  その少し後。瑠花たちが立ち去った橋の上に、佇む影がふたつ。 「あれが……あの子達が依音さんの夢に出て来たって子たちか」 「うん。だけど今の所は俺たちと同じ力しか感じないぜ。この場所に少し力の残滓があるけど、異質な力じゃない」 「……まだ時は満ちない、そういうことか」 「だろうな。そしてもうひとつの勢力の方もまだ動きはなさそうだ。しばらくは……様子見で良さそうだぜ」 ――  私立華茶花学園。京都市の上京区堀川に位置する十年前に創られたばかりの新しい学園。巨大な図書館やメディアルームを併設し、館内は冷暖房完備、学生寮もあり遠方からの生徒の受け入れも可能だ。  単位制であり、学年ごとではなく能力に見合った授業を受けることが出来るために違う学年の者と授業を受けることは珍しくない。  また必須科目とは別に特殊能力制御や戦闘訓練がカリキュラムとして組み込まれており、必須科目の単位を特殊能力面で補うことも出来る。 (例えば、極端に数学が苦手な場合でも特殊能力が高ければそちらの単位を落としても問題ないといったように)  あくまでこの学園は日本に点在する「特殊能力者」のための学校のひとつであり、ある程度の石素濃度を持たなければ入学はできない。 ちなみに石素濃度は血液を特殊な機械にかけることで測定が可能だ。  入学すると大抵の者は学生寮に入る。食堂や娯楽の類(バーチャルゲームなど)、部屋は相部屋だが部屋ごとにバストイレ完備。 寮の規則は門限に厳しいぐらいで基本的なこと以外の制約はあまり無い。  大きな理由としては「特殊能力者」の能力に精神状態が大きな影響を与えるということが研究でわかっているからといわれる。ただでさえ多感な時期の少年少女だ。あまり厳しく縛りすぎてストレスを増やしすぎるとかえって能力を低下させることにもなりかねない。  昔は学生は恋愛するなという風潮もあったが、むしろ守りたい者を見つけると能力が強くなるということも最近わかってきたのでこの学園ではそういう風潮も無い。  そんなわけでこの学園は色々な意味でかなり「自由」だった。学園長いわく「生徒の自主性を尊重し、個性を充分に発揮できる校風」とパンフレットにはある。 「お疲れさま。初めての実地戦闘はどうだった?」 「真赭会長。いらしてたんですか」  学園の南側に位置する保健室。暖かな午後の日射しが射し込む部屋で瑠花たちは怪我の治療を受けていた。  治療と言ってもここは特殊能力者の学校である。回復能力を持つ者がスペルを唱えると傷は跡形も無く消えてしまった。 そしてそれで治療は終了である。もっとも、大怪我の場合はこうはいかないだろうが。 「おせっかいだと思うけど気になってね。君たちは一応僕の直接の部下なわけだし……あ、こういうと軍隊みたいだね。言い方を変えよう。 君たちは、大事な僕の仲間たちだからね」  そう言って月輪真赭は柔らかく微笑んだ。日射しに大陽の光が透けて銀色の髪がきらきらと輝いている。 この学園で彼の名を知らない者はいない。彼はこの学園の生徒会長にして、最強と言われる能力者だからだ。 文武両道で常に成績の方も学園トップ。その上美形で性格もいいとくれば女子からの人気が凄いことは容易に想像がつく。 そうなると男子からは嫌われそうなものだが、彼の性格の為せる技なのか男女とも虜にしてしまう魅力があるのかそのような生徒は稀だった。 「気にかけてもらえて光栄です。とりあえず任務は完了しました」 「ほら、そんなに堅苦しく言わなくてもいいよ瑠花。君は生真面目だから仕方ないのかもしれないけどね」 真赭はそう言って微苦笑する。 「さて、僕はそろそろ行くよ。これから会議があるみたいだから。白花さんに怒られる前にね」  彼はそう言って保健室を立ち去ろうとしたが、何かを思い出したように立ち止まると瑠花に小さく折り畳んだ紙を渡した。 「これは?」 「生徒会長直々に秘密の指令とか?」 「いや、祇園祭のお知らせだよ。みんなで行って来たらどうかなって。じゃあ、僕は本当にこれで」  真赭はそう言い残すと今度こそ立ち去った。 ―― 「祇園祭かーそういやもうそんな季節なんだよな」  臙脂がそう言ってぽりぽりと頭を掻いた。 「思えば俺らももう最高学年なんだよな。といってもこの学園大学も併設されてるから高等部のってだけだけど」 「わ、わたしはまだ一年生ですけど」 「浅黄はまだ色々楽しめよ?訓練きついけど正直学園生活悪くないし、あまり終わって欲しくはないのも本音だな」 臙脂はそう言ってペットボトルのお茶を飲んだ。  あの後、瑠花たちは保健室を後にして南棟の図書室横にある部室に移動していた。今は今日の戦闘に対しての報告書をまとめているところだ。 「臙脂。まずは報告書を書くのが先だ。無駄話はその後で」 「へいへい」  瑠花にそう言われて臙脂は報告書を書く作業に戻った。 ちなみに瑠花が提出した報告書はこんな感じだ。 2040 7/7 報告書 本日正午白昼堂々五条大橋にマヨイゴが出現。 数は1体。形状は巨大な牛の角を持った黒い影。戦法としては物理特化。拳の威力は侮れない。 全員かすり傷を負ったが目立った損害はなし。 以上で報告を終了する。            3年 円 瑠花 ――  その日の夜。賑やかな明かりが照らす祇園の小道を和傘をさした女がひとりで歩いていた。 年齢は20代半ばと言ったところだろうか。胸元が露になった着物のような衣服を纏い、髪の色は闇に溶け合うような漆黒だった。 明かりに照らされると、影はその濃さを増し、女のプロポーションの良さをより強調する。 「今宵は雨になるんかねえ」  女は誰に言うでもなくそうひとり呟いて立ち止まり、そしてまた歩き出す。晴れていたはずの空にはいつの間にか雲がかかり、そしてその夜は女の呟き通りに雨となった。 雨の音を聴きながら彼女は再び呟く。 「これは世界の悲しみか……それとも祝福なんかねえ。どのみちもう少しで時は満ちるんや。 夢で見た『あの子』らがどういう未来を掴みはるのか……ほんまに……楽しみやなあ……」 雨と共に歌うように。
1
15
シリーズ一覧
感想を送る
作品を紹介
ブックマーク
しおりを挟む
作品情報
使い方
登録が完了しました!
確認事項
戻る
実行