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─3─ 都ちゃんとの関係は何もかも上手くいっていて順調だった。だから、何の問題も起きる訳がない。勝手にそう思い込んでいた。 「はぁ、はぁ……どこ…どこにいるの…都ちゃん」 ──1時間前。 部活を終え、帰宅した僕を待っていたのは悪い知らせだった。深刻な顔をした母さんに『都ちゃんがまだ帰って来ていない』と告げられた。 『友達と遊んでて遅くなったとかじゃないの?』 『それはないと思うわ。いつも一旦家に帰って来て、スマホを持って遊びに行くから』 いつもと違うとはいえ、それは今日だけ何か理由があって帰らず遊びに行っただけかもしれない。つまり、まだ慌てるには早計だ。 時計を見るとまだ18時半前だった。 『あと30分待って帰って来なかったら探しに行くよ』 このまま何事もなかったかのように帰ってきて、杞憂で終わって欲しいと切実に願った。 けど、その願いは叶わず、都ちゃんは帰って来なかった。 すぐに家を飛び出し、都ちゃんが行きそうな場所を手当たり次第に探した。 しかし、未だに見つけられずにいた。 この小さな町をこれだけ探しても見つからないなんておかしい。何かの事件に巻き込まれたのかもしれない。例えば、誘拐とか……。だとしたら、もう手遅れで……。 最悪の結末が頭を過る。 「はぁ、あっ、はぁ…はぁ」 短時間に走り続けたせいか、細い神経のせいか、ガンガンと頭が痛み、今にも吐きそうな程、気分が悪くなった。 その時、スマホから着信音が鳴り響く。番号を見ると登録されていないもので、僕は唾を飲み込み、恐る恐る電話に出た。 「…もしもし…」 「なぁ、聞いてくれよ真一! ほんとにラッキーだ。 幸運の女神に出会っちまったよ!」 「そうか。 良かったな」 電話を切り、ため息をつく。 あいつ、スマホを変えたなら、ちゃんと番号が変わったって言っとけよ!!もしかしたら、誘拐犯からかもしれないと本気で焦っただろっ!!!……冷静に考えると誘拐犯が僕の電話番号を知ってる訳ないし、知ってたとしても非通知でかけてくるよな。わざわざ自分の番号を教えるなんて間抜けな事は絶対にしないよな。 我ながら余裕のなさに、またため息が出る。一旦、ジュースでも飲んで落ち着こう。ちょうど、自販機も近くにあるし。 自販機でジュースを選んでいると背後から聞き覚えのある声で不名誉な呼ばれ方をした。 「あっ、あの時のウザいお兄さん」 振り向くと、そこにはコンビニの袋を持ったサイドテールの少女が立っていた。 間違いない。あの時、遅刻してまで小学校に送り届けた少女だ。 「君は……炭酸っ!!」 「……。 ふんっ!!」 「いっ、だぁっ」 驚いたのも束の間、眉をしかめた少女に思いっきりスネを蹴られ、容赦のない痛みに襲われる。 「な、何…するの…」 「あたしのこと、わざと変な名前で呼ぶから」 決してわざとなんかじゃない。あの時の印象からパッと思い出せたのが炭酸だっただけだ。他意はない。 火に油を注ぐつもりはないから、それについて弁明はしない。 「し、しょうがないだろ。 名前、知らないんだから」 「当たり前でしょ。 あんたみたいなウザいやつに名乗る名前は無いッ!」 「……ロ◯にぃ」 「ふんっ!!」 「いっだぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」 「お望み通り正義の鉄槌を下してあげたわ」 的確に同じ場所を蹴られ、苦痛の叫びをあげてしまう。何て恐ろしいピンポイントバーストをするんだ。この子、出来る。 というか何でロ◯にぃを知ってるんだ。世代じゃないだろ……僕もだけど。 「ふんっ、このままウザい呼び方をされるのは嫌だから教えてあげるわ。 里香よ」 「へ、へぇ……女の子らしい素敵な名前だね」 「そういうのいいから。 で、お兄さんの名前は?」 「え? 言うの?」 「いつまでもウザいお兄さんって呼ばれたいなら、言わなくていいけど」 「……真一です……」 「素直でよろしい」 何が悲しくて2回もスネを蹴られて、自己紹介をする羽目になったんだろうか。さっさとジュースを飲んで都ちゃんを探しに行かないといけないのに……。 「で、僕に何か用?」 「そんなのある訳ないじゃん。 ただ見かけたから声をかけただけ」 ほんと何なんだろ。こっちは切羽詰まってるのに……。まぁ、そんなのこの子が知るわけないんだけど。 とりあえず、何もないならさっさと済ませて──待てよ。そういえば、この子も都ちゃんと同じ小学校に通っている。見たところ歳も近そうだ。 「あのさ、ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな?」 「え、やだ。 気持ち悪い」 瞬時に断られ、シンプルな拒絶が一番効くと痛感させられた……。きっと、言い方が悪かったんだ……そう、言い方が。 もっと取引先に言うみたいに丁寧に言えば大丈夫なはず。 「別におかしな事を聞きたい訳ではないんです……お願いします。 この通りです」 次は、礼節を重んじ、頭を下げてお願いする。小さな子どもに頭を下げるのは、傍から見ると情けなく見えるかもしれないけど、都ちゃんの為ならどうという事はない。 大切な何かを失くしてしまった気がするけど……気にしない。 「ふーん、そこまでするなら、まぁ。 で、なに?」 「君と同じ学校に白間都ちゃんって子が通ってるんだけど、知らないかな?」 この子が都ちゃんを知ってて尚且つ探す手掛かりになるかなんて針の穴を通すようなものだけど、今は頼れるものには何にでも頼る。それに、針の穴は『通ればいいな』と願うものじゃなくて気合いで押し通すものだ! 「え、都」 「知ってるの!?」 「知ってるも何も友達だけど。 都とはどういう」 「ほんとっ! 都ちゃんがまだ家に帰ってこないんだっ! 帰りにどこかへ行くとか言ってなかったっ? 誰かと遊ぶ約束はしてたっ? 何でもいいっ、本当に何でもいいんだ! 何か知らないっ?」 「え、ちょっ、ま、落ち着きなよっ!!」 ついに掴んだ一筋の希望を前に、我を忘れて取り乱してしまった。この子の言う通り落ち着かないと。 「…ごめん…」 「とりあえず、落ち着いて、状況を、分かりやすく、説明して」 「分かったよ」 ──数分後。 「うん、状況は分かった。 ……私も一緒に探す」 事情を知った里香が有り難い申し出をしてくれた。けど。 「その気持ちは嬉しいけど、君も子どもなんだ。 巻き込むわけにはいかない。 だから、ごめんね」 「……」 申し出を断ると、鋭い目でこちらを睨んできた。やっぱり、子ども扱いされるのは癪なんだろう。友達を助けれなくて憤る気持ちもあるかもしれない。 それでも、僕の意思を曲げる訳にはいかない。不用意に子どもを巻き込んで、危険に晒してしまうのは絶対に避けるべきだ。 なんて事を考えていると里香が睨むのをやめた。 「もう落ち着いたみたいじゃん」 「おかげさまで」 腰に手を当てふんぞり返る里香。全く、親の教育がいいのか、食えない小学生だ。もしかしたら、最近の小学生を甘くみていると足元を掬われるかもしれない。 「探す手掛かりになるかは分かんないけど、帰りにお気に入りの場所がどうのって言ってたよ」 「お気に入りの場所……っ!?」 そうか。どうして今まで気付かなかったんだろ。いや、あんなところに行く訳がないと勝手に決めつけていた。 「それなら心当たりがあるよ。 教えてくれて、ありがとう」 「別に……。 私も都が心配なだけだしぃ」 照れくさそうに視線をそらす里香。そこは、さっきみたいに腰に手を当て、ドンと胸を張って誇ればいいのに。そういうところは年相応なんだ。可愛いのは見た目だけじゃないな。 さて、有益な情報を得たので一刻も早く心当たりのある場所へ向かおう──と、その前に。 ──ピッ、ガタンッ。 「はい、これ」 「わっ!? ……っと」 僕が投げた缶ジュースを慌ただしくも無事キャッチする里香。 「さっきのお礼。 炭酸好きなんだろ?」 「そうだけど」 「本当にありがとうね。 じゃっ!」 「あ……ゔー、炭酸なんだから投げんなっ!! それに、あたしはサイダーよりコーラの方が好きなのっ! 覚えとけ!この、おおぉ…ヴァッカぁぁぁぁぁぁあッ!!!」 勢いよく走り出しても、背後からの怒声はバッチリ耳に入った。 言うまでもなくジュースを投げたのはわざとだ。僕だってまだ子どもだ。だから、スネの痛みは忘れない。ささやかな仕返しだ。 でも、次に会う事があればコーラでも、何でも奢ってあげるよ。 住宅街を駆ける事、数分。目的の場所へと到着。都ちゃんのいうお気に入りの場所が、ここだという確証はないけど、僕にはここだとしか思えなかった。 そう、初めて案内したあの公園だ。 早速、公園内を見渡す。すると、公園の中央にポツンと立つ古い照明灯のオレンジ色の光に照らされた小さな人影を見つけた。 「はぁ、はぁ……良かった。 ここにいたんだね」 無事、都ちゃんを見つける事が出来た。一時は、何かの事件に巻き込まれたんじゃないかと心配したけど、何事もなくて本当に良かった。と、胸を撫で下ろしたのも束の間、都ちゃんの様子がおかしい。 「お兄…さん…」 今にも消えてしまいそうな程、か細い声。しかも、体は震えている。表情は暗くてハッキリと見えないけど、今にも泣き出しそうなのは分かる。 「どう…したの、何か…あったの?」 恐る恐る尋ねる。今、頭の中は最悪のイメージで支配されている。もう手遅れだったんじゃないか……既に事は起き、都ちゃんは傷ついた後なんじゃないか。 ただの憶測に過ぎないけど、もしもの事を考えると胸が締め付けられるように痛んだ。 僕が冷静ぶって30分待つなんて言うから。すぐに、ここを思い出さないから。と、自責の念にかられた。 「ぁ、う…うぅ…私……」 まるで、最後の審判の時を迎えたかのように、胸の鼓動が激しく鳴り響く。頼む、それだけはやめてくれ…お願いだから。 震える唇から衝撃の言葉が放たれる。 「お兄さんから頂いたストラップ…失くしてしまいました…」 「スト、ラップ」 すぅーと何もかもが停止していくような感覚に襲われ、心に黒くドロッとしたものがふつふつと湧いてくる。 「ずっと、1人で……探してたの? 」 「……はい」 「こんな時間まで?」 「その……必死で。 …気がつかなくて…」 「そう、なんだ」 それは単なる確認だった。 「………」 「………」 都ちゃんの口から言葉が出てくるのを待ち、少し黙り込む。だけど、都ちゃんの口から言葉が出てくる気配はない。 そして、沈黙に耐えられなくなった僕はベンチに置いてあったランドセルを肩に掛け、都ちゃんの手を取る。 「帰るよ」 「…あ…」 歩き出すと都ちゃんは小さな体で精一杯踏み止まろうとした。 「何してるの?」 「まだ……見つかってない、です」 「だから?」 「…探さないと…」 「どうやって?」 「それは……」 「……。 こんなに暗いんだよ」 「…それ、でも…」 手を震わせ俯く都ちゃん。そんな彼女を見ても何とも思わなかった。 今、自分でも怖いくらい気持ちが冷めている。まるで冷血の面を被っているかのように。 「母さんも心配してる。 帰ろ」 「け、けど」 「それに……たかがストラップだよ」 「──っ!!」 都ちゃんの手に力がこもる。 「たかが、じゃないです…。 あれは……あれは大切な」 「やめてよ」 「…えっ…?」 「手間、かけさせないで」 「あ…ぅ、あ、ぁ…あぁ、あ゛ぁ……」 都ちゃんの言葉を途中で遮り、淡々とした口調で厳しい言葉を突き付けると、言葉を失い大粒の涙を堪えていた。 だが、それが決壊するのに時間は要さなかった。すぐに、辺りに大きな泣き声が鳴り響いた。 けど、そんな事には構わず強引に手を引き、家まで連れ帰った。 連れ帰る最中。人通りになると泣くのを抑えてくれる気遣いと泥で汚れた手に、心の傷が引き裂かれるようだった。凍りついたまま。 ♪ -都の日記- 4月25日 お兄さんの……。……バカぁ。 ✳︎ あれから3日が経ち、土曜日になった。 「なぁ、どういうことなんだよ」 「僕も驚いたさ。 まさか、おすしマンがこんなにサクサク見れる良作だなんて。もっと早くに知りたかったよ」 「それは同感だ。シンプルな1話完結、テンポもよくストーリーに無駄がない。キャラも個性的で、掛け合いも面白い。正直、今まで知らなかったのは損してると思った。 でもな、俺が聞きたいのそういうことじゃない」 「じゃあ、何が聞きたいんだよ」 「最近、お前変だぞ。朝はデンジャラスな雰囲気で不機嫌そうにしてるし、放課後は部活に行かず鑑賞会だ。今日だって朝から俺の家に来て見てる。 誰がどう見たって異常事態だ。何があった?」 「またそれか」 大きな溜め息が出る。 ここ最近、青二や紫からこんな風に心配をされている。何度も。 別に不機嫌になんかしていないし、部活は絵がひと段落ついたから、当分休んでもいいと思った。だから、約束通り青二とおすしマンの鑑賞会をしている。 今日も朝から来ているのは、放課後に集まって見るだけでは時間が足りないから。あと、早く次の回が見たい……ただ、それだけだ。 わざわざ、それを言うのは億劫だから言わないけど。 「別に…。 何もない」 「俺はお前が『別に…』って言う度に腹が減ってんのかと心配になる。 スニッ◯ーズ食うか?」 「いらない。 てか、今持ってないだろ」 「まぁ、その通りなんだけどよ」 全く、誰がエリ◯様みたいになってるんだよ。僕は至って普通。平常運転だ。 「なぁ、真一。 俺はお前の親友だ。 何かあったなら相談してくれよ。 俺が出来る事なら何でも手を貸すからさ」 「青二……分かった。 お前を友と見込んで頼みがある」 「おう、何でも言ってくれ!」 「おすしマンの4期を再生してくれ」 「くぅ、お前ってやつは……。 今日はもう4期だけだからな」 渋々でも再生してくれる辺り青二は良いやつだと思う。本当に。 鑑賞会を終え、青二の家を後にした。時刻はまだ19時過ぎ。最低でも21時を過ぎてから帰りたいので、まだ時間を潰す必要がある。なので、本屋へ行く事にした。 本屋に着いても、特に欲しい物が思い浮かばず、ただブラついていた。気がつくとコミックのコーナーへ来ていた。 「これ今日発売だったんだ……忘れてたな」 好きな作家のマンガの発売日を忘れるなんて滑稽だと思いつつも、わざわざ本屋に来たので買っておこうとマンガへと手を伸ばした。すると、隣に居た人と同時に手に取ってしまった。 「す、すみませんっ」 「いえ、こっちこそ……あれ、貴方は」 「あ、都さんの保護者代理で来ていた……黒川くん」 「あの時はどうもです。 秋房先生」 偶然にも、その人は都ちゃんの担任の秋房先生だった。まさか、こんなところで会うとは思わなかった。 「秋房先生……えへへ」 不思議な巡り合わせもあるものだと驚いていると、秋房先生は恍惚の笑みを浮かべて、上の空になっていた。一体、何がそんなに嬉しいんだろう? 「あの?」 「ハッ!? す、すみません……同僚以外に秋房先生と呼ばれるのが、つい嬉しくて」 同僚以外?という事は、児童から秋房先生って呼ばれていない?先生なのに? いや、穏やかで親しみやすい雰囲気があるし渾名で呼ばれてるとか? 単に、学校の外で先生と呼ばれるのが嬉しいって意味なのかもしれない。 そう、あれだ。まだブレイク前の芸人が町を歩いていると『あ、この間お◯しろ荘で見た』って言われると嬉しい的なやつ……違うな。 「あ、でも、黒川くんは名前で呼んでくれて大丈夫ですよ。 その、何というか、ですね……」 秋房先生が何を言いづらそうにしているのかは大体察せる。僕は小学校とは関係がなく、厳密に言えば部外者と変わらない。なので、わざわざ先生呼びをするのもおかしな訳で。 言われた通り名前で呼ぶのが自然だ。 「分かりました、紅羽さん」 「く、くれ…は…」 名前で呼ぶと紅羽さんは突然フリーズしてしまった。 「あの、どうかしましたか?」 「ハッ!? す、すみません……てっきり名字で呼ばれると思っていたので驚いてしまいました」 うっかりしていた。常日頃から下の名前で呼ぶ事が多いので、つい紅羽さんと呼んでしまった。普通、下の名前で呼ぶのって気を許し合う仲になってからだよな。失念していた。 「すみませんっ。 名字で呼んだ方がいいですよねっ」 「い、いえ! 紅羽で大丈夫ですっ!! わ、私も、真一くんって呼びますね……」 いきなり馴れ馴れしく接してしまったのを慌てて詫びると、紅羽さんの方がこちらには合わせてくれた。流石は、大人。アフターケアが上手い。……違うな。 若干、口ごもっていたのは気にしないでおこう。きっと、大人の事情ってやつだ。 「ところで、真一くんもそのマンガ好きなんですか?」 僕が買おうとしていたのは、あの恋愛マンガ(『貴方の妹にしてください』)だ。マンガの内容が良いのはもちろんだが、僕がこのマンガが好きなのは作者によるところが大きい。 「えぇ、まぁ。 作者が好きで、作品が出る度に買ってます」 「あの! 作者のどんなところが好きなんですかっ?」 「え、その人柄というか」 「ふあっ、分かります! 分かりますよ!」 瞳を輝かせ興奮冷めやらぬな紅羽さん。前にも、見た事あるな……これ。 「作者さんの人柄好きになりますよね! あとがきや作者コメントを見てると先生がどんな人かよく見えますよね! 昨今では作画力や発想力等の技術面ばかりに目が行きがちですが、やっぱりマンガは人が描くものです! だから」 日頃は大人しいのに、好きなものの事になると周りが見えなくなる程熱くなって、饒舌になる。 「真一くん、聞いてますかっ?」 「はい。 ちゃんと……聞いてます」 ジトーッとした目つきに、膨らませた頰。体格も見た目も全然違うのに、小さな影と重なる。 今の紅羽さんは同じなんだ……都ちゃんと。 「真一くん…?」 「あれ…すみません、なんか…急に…」 無意識のうちに、片目から涙が少し溢れた。 「目にゴミでも入ったのかな…はははぁ」 「今、お時間ありますか?」 「…あります…」 「なら、少しお話しましょう。これの事で」 マンガを片手に、ニッコリ微笑む紅羽さんの提案に二つ返事をし、近くにある喫茶店へと入った。そして、マンガの話に花を咲かせた。紅羽さんとは感性が近いのか、話すのがとても楽しくあっという間に時間が過ぎていった。 「ごめんなさい、こんな遅くまで付き合わせてしまって……。つい熱くなってしまいました」 「いえ、僕も楽しんでましたから」 帰り道。紅羽さんも同じ方角だったので、途中まで一緒に帰る事に。 改めて、さっきの紅羽さんを振り返る。 「正直、あんなに熱くなるのは意外だなって思いましたよ」 「えへへ。 Go・リラ先生の作品には特別な思い入れがありますから」 「……本当に好きなんですね」 「はい」 恥ずかしそうに頰をかく紅羽さん。好きなだけじゃなくて、紅羽さんにとって大切なものだから、あんなにも熱くなるんだ。周りが見えなくなる程……。 また小さな影が頭を過る。 分かっている。都ちゃんにとってもあれは大切なものなんだ。周りが見えなくなる程……。 「真一くん。 今日はありがとうございました」 「そんな」 慌てて『お礼を言うのは僕の方です』と言おうとしたら手で制止された。 「えへへ。 ちゃんと言っておきたかったんです」 「…紅羽さん…」 その一言に胸が打たれた。 「それじゃあ、私はこっちなので。 またマンガの事でお話しましょう」 「はい。 是非」 交差点で別れの挨拶を交わし、帰路を辿る。一体、紅羽さんは何処まで知っていたんだろうか……それとも、何も知らないのか。そんな確かめようのない事ばかり考えているとすぐに家に着いた。 「……」 確かめようがない。そう思っていたけど、玄関にある泥だらけの小さな靴が答えを教えてくれているような気がした。 ♪ 日曜日の朝。目が覚めると同時に部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。 「おはよう、都ちゃん」 「…おはようございます…」 今日も起きてすぐにリビングに来てみたけど、いるのは紗枝さんだけでお兄さんの姿はなかった。 「あの……お兄さんは?」 「シンちゃん。 今日も朝早くから出かけちゃったみたい」 「……そうですか」 「夜、台風が来るみたいだからそれまでに帰って来てくれるといいんだけど。 昨日も遅かったし心配だわ」 あの一件以来、お兄さんとはまともに話せていない。それどころか顔を見る事さえ難しくなっていた。言うまでもなく避けられている。 「……」 紗枝さんと2人での朝食。いつもならお兄さんもいて、和気あいあいとした時間だったのに……夢でも見ていたかのように失くなってしまった。私のせいで。 あの日、冷静に行動していれば心配も迷惑もかけずに済んだ。その後も、すぐにお兄さんに謝っていれば嫌われなかった……けど。 『たかがストラップだよ』 あの一言が怖くて謝れなくなった。全部……全部、私が悪いのに。 「ねぇ、都ちゃん。 ご飯食べたら、一緒にお出かけしない?」 「お出かけ、ですか」 今日もストラップを探しに行くつもりだったので断わろうとした。けど、紗枝さんの押しの強さに敵わず、一緒にデパートに出かける事になった。 「きゃーっ! やっぱり、可愛いわぁ!」 「え、えと…その……」 「次は、こっちを着てみて!」 「うぅ、はい」 デパートに着くなり、服屋へ入店。服屋へ行こうと言われた時から嫌な予感はしていたけど……。案の定、着せ替え人形のように色々な服を試着させられている。 「カットソーにスウェットもいいわね」 「あのう」 「ふふ、シンちゃんはこっちのが喜びそうね」 「え…。 お兄さんが…喜ぶ」 そう言って紗枝さんが手にしていたのは肩の出ている白いブラウスだった。 それは、私が着るには背伸びしている印象が拭えない服。いくらファッションに興味のない私でも、まだ早過ぎると敬遠するくらいに。 「……」 でも、それはいつもならだ。今日の私はほんの少し違う。 「着てみる?」 その問いに対して、迷わずコクコクと頷き、試着した。だって、私にはその光景が容易にイメージ出来たから。 「……どう、ですか?」 「うん。 可愛いわ」 「ふあっ…」 ついふわりとした笑みが溢れる。それは単に可愛いと言われたからではなく、紗枝さんにそう言われるとお兄さんにも言われている気がしたから。 「じゃあ、それ買いましょ♪」 「え、買うんですか!?」 「だって、ここは服を買う場所よ? 気に入ったのなら買わなきゃ」 「で、でも……私、服を買うお金なんて」 「いいの、いいの。 そんなこと気にしなくて」 「そう言われても……」 「ほらほら、いきましょ」 「…あ…」 言われるがままに服を購入した。その後も、デパートの色々なお店に入り、紗枝さんの勢いに翻弄されながらもショッピングを楽しんだ。 そして、お昼時になり喫茶店で昼食を取り、一休みする事になった。 「都ちゃんとのお買い物楽しかったわ」 「私もです。 でも……」 「シンちゃんが気になる?」 「…はい…」 こんな風に楽しんでいていいのかと不安になっていた。 それは『私なんかが楽しんでいい訳がない』という気持ちからではなく、お兄さんの事が頭を過るからだ。 お兄さんと。お兄さんなら。お兄さんは。と、そんなもしもが何度も、何度も浮かんだ。 関係がギクシャクしてしまったとはいえ、私はお兄さんを嫌いにはなっていない。いや、嫌いになれるはずがない。今すぐにでも仲直りがしたい。 だから、あのストラップを探している。あのストラップさえあれば元に戻れる。……そんな淡い希望を抱いてしまっているから。 「大丈夫よ」 紗枝さんは落ち込む私の頭をそっと優しく撫で、優しい声で元気づけてくれた。 「だって、シンちゃんは私の子なんだから」 「…紗枝さん…」 本当は自分でも分かっている。ストラップがあったって、今のままじゃダメだって……。 でも、何か拠り所がないと勇気がでない。……弱気になって何もできない。 「そういえば、シンちゃんね。 最近、おすしマンのアニメを見ているのよ」 「え、お兄さんが……!?」 「お店で借りて来てね。友達のお家か、どこかで見てるみたい。 まぁ、本人は隠してるんだけど」 何で……どうして……。 「余程、気に入ったのかしらね」 それは、紗枝さんの言う通り。単に作品が良くて気にいっただけなのかもしれない。 だけど。 もし。もし、他の理由があったとしたら。もし、隠すのに私が関係していたら。 その考えは都合が良過ぎてあり得ない夢物語のようなもの。でも、そうだとしても。 「ふあっ」 「あらあら」 私は、勇気を出せる。だって、今の私はこんなにも、嬉しい気持ちでいっぱいですから。 ✳︎ 「はぁ、何してんだろ」 スマホで時間を見ると時刻はとっくに0時を過ぎており、早く眠らないと明日の学生生活はあくびを奏でながら無気力に過ごす事になってしまう。 だが、先程の件を思い出すと中々寝付けないでいた。 今日、夜中に台風が来る事は知っていた。だから、傘を持って、雨風が酷くならないうちに帰るつもりだった。 だが、帰る時に予想以上の暴風と大雨襲われた。なので、持っていた傘は簡単に壊れ、ずぶ濡れで帰宅するしかなかった。 そして、玄関で都ちゃんと顔を合わせた。 『あ、あの……おかえり、なさい』 『……うん……ただいま』 『タオル要りますよね。 取ってきます』 顔すら見ようとしない僕に、いつも通り接しようとしてくれる都ちゃん。喉の奥に魚の骨が刺さったみたいに、胸がチクチクと痛んだ。 タオルを手渡して、心配そうにこちらを見つめる都ちゃんに、ただの決まり事のお礼だけを言って、浴室へ向かった。 そんな冷たい対応をしてしまったのを、ずっと後悔している。 本当は僕だって……けど、公園での事を思い出すと……。 ──コン、コン、コン。 扉を叩く音がした。母さんはこの時間に起きていないどころか、まずノックなんかしない。すると、扉を叩いているのは1人しかいない。 「都ちゃん」 「……」 扉の先にいた都ちゃんを豆電球が照らす。無言のまま俯いていた。 その時、窓から光が入ってきた。 「あ、あの」 「どうしたの?」 「その……ひゃっ」 時間差で雷が鳴ると都ちゃんは急いで耳をふさぎ、その場でうずくまった。 それを見て大体の事は察した。 「……」 「……」 静寂の中、都ちゃんと背中合わせでベッドに入っていた。僕らは今ギクシャクした関係なのにも関わらず。 あの後、都ちゃんを母さんの部屋まで連れて行こうとしたら都ちゃんにシャツの裾を掴まれた。そして、無言の抵抗。 それでやむを得なく、落ち着くまで僕の部屋に居てもらう事にした。だけど、部屋で立たせている訳にもいかないので、一緒にベッドに。これもやむを得なくだ。 ──ガッシャーンッ。 けたたましく雷が鳴る度に、小さな体がピクッと震えるのが背中越しに伝わる。微かに聞こえる鼻をすするような音。もしかすると怖くて泣いているのかもしれない。 歯痒さからか手に力がこもる。 「お兄さん……起きていますか?」 それは、ややくぐもった声だった。それに対して『起きているよ』と自然に返していた。 「私、雷……苦手なんです。 小さい頃から雷みたいに、大きな音を聞くと怖いものをイメージしちゃって……」 大きな音から怖いものをイメージ。もしかすると怒鳴り声が苦手なのも、それが原因なのかもしれない。 「それで、雷の鳴る夜は……怖くて、お手洗いに行けなくて……おもらし、してました。 結構な歳で……」 正直、どうして今そんな事をカミングアウトするのか分からなかった。けど。 「私の秘密です」 その一言で、意図が分かった。 「……都ちゃん、今は大丈夫?」 「ゔ……だ、大丈夫ですっ」 「そっか。 なら、一安心だ」 「うぅ。 私が、言いたかったのは……そういう事じゃなくて」 ボソっとぼやく都ちゃん。大丈夫、ちゃんと分かってる。ちょっと、意地悪をしただけだ。 ……僕もちゃんと言うから。 「中学生の時にね、青二が河原で如何わしい本を拾ったんだ。 でも、中学生がそんな物を持つのは良くないと思って、こっそり盗んで燃やしたんだ」 「……え、あの……?」 「それが僕の秘密」 「あっ……ずるいです……」 都ちゃんも察したのだろう。軽く布団を引っ張った。 きっと、顔を覆うようにかぶったのだろう。恥ずかしくて。 「どうする? 続ける?」 「……続けます」 「じゃあ、次は僕の事から。 実は暗いのが苦手で……」 これはあの時の交換条件だ。秘密を話してくれたら秘密を話してもいい。 あの時は逆の立場だったけど、僕からはいつまで経っても話せない。 だから、都ちゃんの方からしてくれたんだろう。今の関係を解消する為に。……僕が忘れていたら、どうするつもりだったんだろ。 それから何回か2人の他愛ない秘密を暴露しあい、気付けば互いに体を起こし向かいあっていた。 そして──。 「私……お兄さんに……あの日のこと……」 「待って。 謝らないといけないのは僕の方なんだ」 「そんなお兄さんは……」 「ううん、悪いの僕だよ。 だって、あれは僕が勝手に拗ねただけなんだ」 僕は本当の事を全部都ちゃんに話した。 あの時、僕や母さんに心配をかけた事は都ちゃんが無事だった時点でどうでも良かった。叱る必要はあるかもしれないけど、怒るような事じゃない。なら、どうしてあんな態度を取ってしまったのか。 それは、僕を頼ってくれなかったからだ。失くして、すぐに頼るのは無理だっとしても、あの場で言ってほしかった。『一緒に探してください』って……。けど、言ってくれなかった。 だから、拗ねてあんな冷たい態度を取った。大義名分の元に。 後から、罪悪感で胸がいっぱいになった。それで、都ちゃんに合わせる顔がなくて避けた。そのせいで余計に傷つけているのを知りながらも避け続けた。自分から向かい合おうともしなかった。 「……一ついいですか?」 「何かな?」 「どうして私に頼って欲しかったんですか?」 「……笑わない?」 「笑いません。 絶対に」 それは、いつもなら絶対に言えない秘密。だけど、今は違う。 「僕にとって大切な……妹のような存在だから」 どうしてそこまでの気持ちを抱くのかは僕にも分からない。けど、心の底からそう思っているのだけは間違いない。例え、分からなくても。 それを聞いた都ちゃんはただじっとこちらを見つめていた。いつもよりも真っ直ぐな瞳で。 「……。 私、思い出を大切にしたいんです」 そして、自分の事を話してくれた。 「だから、お兄さんが記念日にしようって言ってストラップをくれた時、すごく嬉しかったです。 これさえあれば大丈夫って思いました」 都ちゃんが胸の前で両手を強く握る。その仕草で、都ちゃんが思い出をとても大事にしているのがよく分かった。 「でも、失くしちゃって。 お兄さんとの思い出が失くなった気がして……忘れちゃうんじゃないかって不安になって……それで周りが見えなくなって……」 都ちゃんの潤んだ瞳から涙が少し溢れる。 「怖いんです。 思い出を失くすのも……忘れ…られる、のも……」 目頭がじんわりと熱くなる。良い意味と悪い意味が混じり合って。 悪いのは僕だった。忘れてしまった僕が、都ちゃんを……。今さら悔いてもどうにもならないのは分かっている。 だけど、今からだって──。 溢れる涙を人差し指で拭ってあげ、都ちゃんの両手を覆い被さるように握る。 「4月15日は僕達の記念日……特別な日だよ。これからずっと」 「…お兄……さん…」 「約束する。 この気持ちだけは絶対に忘れない」 「……あ、ぁぁ…ふあっ、あぅ……うぇっ、ぐ……」 嬉しそうな表情をした後に泣きじゃくる都ちゃんを胸で受け止める。 「う、えっ……ぐ、ぅ……」 「う、ぁ……ごめんね、都ちゃん……」 とはいえ、僕だって余裕がないので涙が止まらない。だから、ただ2人で泣いていただけだ。でも──これで。 泣き止んだ後、都ちゃんにお願いをされた。 「お手洗いまで、一緒に行ってもらっていいですか?」 「うん、いいよ。 その代わり暗いところでは手を握ってて」 「えへっ、任せてください」 その頃には、外は静かになっており、とっくに台風は通り過ぎていた。 ♪ -都の日記- 4月30日 まだ朝ですけど、お兄さんと仲直りができたので特別です。 昨日の夜、お兄さんの部屋へ行って一緒に寝て……と。その辺りの詳しいお話はまた帰ってからで。 えへへ、お兄さんの胸。すごく安心しました……えへっ。 ✳︎ 朝の教室HR前。 「よっ! 今日は機嫌良さそうだな。 何かいいことあったか?」 それはこっちのセリフだと言いたくなる程、ニコニコ顔の青二。わざわざ口に出すのは野暮なので言わない。 ところで、さっき紫にも同じ事を言われた。例のごとくよく分からない言い回しだったけど、そこは自己解釈だ。 僕としては顔に出しているつもりはないけど、思っているより出てしまっているのかもしれない。 「別に」 「お、スニッ◯ーズ食うか?」 さっと鞄からスニッ◯ーズを取り出す青二。今日はちゃんと用意してるんだな。まぁ、いらないけど。 「お腹が空いたらだろ? だから、今はいい」 「そうか。 そりゃ残念」 「……この間、ありがとな」 青二にもちゃんとお礼を言っておいた方がいいと思った。一応、親友……だしな。 「俺、お前のそういうとこ好きだぞ」 「は……何言ってんの、お前」 ちょっとお礼を言っただけなのに……背筋が凍ったぞ。いや、ほんとマジで。 「おいおい、こういうのは感動的にするもんだろ」 「僕とお前には温度差があるみたいだ。 仕方ない」 「くぅ〜〜。 つれぇなぁ」 辛いのは佐渡さんに熱い視線を向けられる僕の方だよ。全く。 「ところでさ、聞いてくれよ。 俺、幸運の女神を落としちまったんだ」 「幸運の女神? 何だそれ?」 「この間、話したろ。 てか、お前が教えてくれたラッキーアイテムだぞ」 そういえば、そんな話をしてたような……。棒アイス当たったとか、賭けで雀部達に勝ちまくりとか、今は誰にも負ける気がしないとか……意味が分からなかったし、どうでもよかったから聞き流してた。 あれっておすしマンのストラップを手に入れたって事だったんだな。 「お前も落とすなんて残念だな」 「お前も?」 「あ、あの倉井くん」 青二を呼ぶか細い声。声の主に視線をやると黒縁眼鏡におさげの如何にも真面目そうな──いや、This the 委員長と呼ぶに相応しい容姿の女生徒がいた。聞くまでもなく、いつも青二が委員長と呼んでいる子だ。 「これ……この間、帰る時に落としてたよ。 すぐ渡そうと思ったんだけど……倉井くん、あっという間に行っちゃって」 「おぉ、それは幸運の女神! 拾ってくれてありがとな、委員長!」 「……」 僕は言葉を失った。何故なら、委員長から青二へと手渡されたストラップに見覚えがあったからだ。 「なぁ、青二」 「ん、どした?」 「それ、何処で手に入れたんだ?」 「帰り道の小学校のある通りで運命的な出会いをしたぜ!」 「……。 いつ?」 「いつって、お前に電話した日だ」 「都ちゃんもさ、落としたんだ。 同じストラップを」 「そりゃ奇遇だな」 「しかも、お前が電話してきた日に」 まだ教室は騒がしいはずなのに、僕と青二の間にだけ沈黙が訪れた。 まだ暑くもないのに、青二の額からたらりと汗が落ちる。 「なぁ、青二」 「その何だ」 「……」 「何というか、あれだな。 うん、あれだ。 あれ。 分かるだろ?」 「あぁ、分かるよ」 「な、ならさ」 グッと手に力がこもり、腕が震える。僕はもう抑えれそうにない。 「いやぁ、ほんと青二はいいやつだなぁ」 放課後。僕は上機嫌で帰路を辿っていた。 「まさか青二が拾ってたとは」 ──あの後、僕は勢いよく青二に。 『わ、わりっ!』 『ほっんとありがとなっ!!」 握手した。 『まさか、お前が拾ってくれてるなんてラッキーだったよ! これで都ちゃんも喜ぶ!』 『お、おう。 助けになれてなによりだ』 都ちゃんに忘れないと約束したとはいえ、出来る事ならストラップを見つけてあげたいと思っていた。でも、日にちも大分過ぎているし、誰かがもう拾っている可能性もある。だから、望みは薄いと半ば諦めていた。 そこへ来た運の良すぎる展開!ご都合万歳!嬉しさのあまり教室で変な声をあげるとこだった。 「ただいま」 家に帰宅し、真っ先に向かうのは都ちゃんの部屋。 まさに、翔ぶが如く。翔ぶが如く!翔ぶが如く!!……うん、ちょっと気持ちが高ぶり過ぎてるな。 まぁ、いくら気持ちが高ぶっても、疾風にはならないし、舞い踊りもしない。あと、ノックも忘れない。 「あ、お兄さんおかえりなさい。 ……ちょうど良かったです。 お兄さんに見せたいものがあります」 扉から上半身をひょこっと出した都ちゃんに手を引かれ、部屋の中へと誘われる。 そのまま、机の前まで連れて行かれ驚愕した。 「都ちゃん、これ……!?」 都ちゃんが僕に見せたかったもの。それは1枚の絵だった。 「はい。 お兄さんの描いていたあの夕景です」 色鉛筆で描かれた色のある僕の絵──あの夕景だ。 「私ではお兄さん程、上手には描けませんが」 ずっと、疑問だった。あの日、どうして都ちゃんは、僕のお気に入りの公園に行ったのか。 「一生懸命描きました」 あそこから見える夕景は、よく似ている。だから、都ちゃんは……。 「どうして、これを?」 「お兄さんが教えてくれました。 絵なら伝わるって」 笑顔でそう告げる都ちゃんを前に言葉を失ってしまう。 確かに、それを言った覚えはある。けど、誰に、いつ言ったのか……肝心なところは何も思い出せず、あの夕景だけが僕の頭に残っていた。ずっと、ずっと。 記憶のモヤが少し晴れる。 ──夕日の中で、手を伸ばして。 ”戻ろう” あぁ、そうか。そうだったんだ。あのキラキラは──きっと。 「……」 「お兄さん?」 「ありがとう」 握りしめていたストラップをそっとズボンのポケットにしまう。そして、膝を折り都ちゃんに目線を合わせる。 「ねぇ、都ちゃん。 1日時間をくれないかな?」 「え、あの、どういうことですか?」 「明日の夕方。 公園で君に伝えたい事があるんだ」 「……分かりました。 楽しみにしてますね」 その後、すぐに自室へと戻る。鞄も上着も投げ捨て、荒々しくネクタイを緩め、机へと向かう。 そして、引き出しから画用紙の束を取り出す。 始める前に、高まった気持ちを落ち着かせる為、大きく息を吸って吐く。 「よし!」 いつぶりだろうか。こんなにも絵を描きたいと思うのは。こんなにも時間が惜しいと思うのは。 部屋中に、鉛筆の擦れる音が心地よく鳴り響いた。
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