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翌日。 部屋に響く耳障りな音で、俺は目を覚ました。 「もう⋯⋯朝か」 目覚まし時計の上についているボタンを押しアラームを止める。 時刻は午前七時。 毎日この時間に目覚ましをセットしているので、わざわざ時計のディスプレイを確認せずとも時間はわかる。 季節は春とはいえまだ寒い。 布団に入っていたい欲を制し、俺は部屋から出た。 「おはよう光」 「おはよう由樹」 光も同じ時刻に目覚ましをセットしており、学校がある日以外は毎朝おはようの挨拶を交わしていた。 それは、絶賛春休みであり、休日の今日も例外ではない。 いつもの如く階段を降り、一階のリビングへと向かう。 ドアの前まで来ると、中からいい匂いが漂って来た。 それもいつもどおり。 母さんが朝食を作っている最中だった。 「「おはよう」」 リビングのドアを開け、挨拶と共に中に入る俺と光。 ただ、挨拶の言葉は同じでも、口調が俺と光ではだいぶ違っていた。 「光、あんまり寝てないのか?」 「ううん、しっかり寝たよ」 部屋から出た時は廊下の電気がついておらず光の顔は見えなかったが、今ははっきりと見える。 そんな光の発言とは裏腹に、顔色は悪く、寝不足なのが一瞬でわかった。 光のやつ、夜遅くまで勉強してたのか 光に頼まれて、高校の教科書を渡したのは俺だ。 教科書を使ってやることなんて勉強しかない。 だから、寝不足な理由は考えずとも自然と出てきた。 「光、あんまり根詰めるなよ。まだ勉強する必要はないんだから」 「⋯⋯うん」 俺の言葉にしゅんとなり下を向く光。 頑張っているのにそんなことを言われたら誰だってそうなる。 ただ、俺はそんなことが言いたいんじゃない。 頑張ってる妹を褒めない兄がどこにいるだろうか。 いや、妹だからとかそういうのじゃない。 俺は頑張っている人がいたら褒めてあげたい。 頑張りが報われないのは辛いことだから。 「でも、関心した。偉いぞ光」 寝起きでボサボサの光の髪を俺はワシャワシャと撫でる。 「ちょ、ちょっと、由樹、髪やめて!!」 以前と同じように、光は俺の手を退けようとする、がその力はかなり弱い。 そんな光の口調はかなり鋭かったが、表情と合っておらず、光はどこか嬉しそうだった。 「でも、光。勉強するために睡眠削って体調崩しても、元も子もないからな」 「⋯⋯うん。ごめん。次から気をつける」 そうして光は笑顔 「ふふっ、相変わらず仲いいわね」 「な、仲良くなんて」 「ほら朝ごはんできたから食べましょ」 「⋯⋯う、うん」 そうして、家族になって初の朝食を取った。 朝食は極一般的で、ご飯に味噌汁、そして玉子焼き。 いつもと変わらぬ、普通の朝食のはずなのに、心はちょっと普通じゃなかった。 やはりいつも居なかった場所に人がいることに少しそわそわしてしまう。 これは昨日の夕食も同じだった。 光も俺と同じ気持ちなのか、あまり箸が進んでいない。 それか、寝不足が原因か。 外見からじゃいくら距離間の近い兄妹だとしても、原因はさっぱりわからなかった。 「光ちゃん、明日は入学式だね。どうかな、高校生になる気持ちは?」 箸の遅い俺達とは裏腹に、先に食事を取り終え、コーヒーを飲み、ゆっくりとした口調で問いかける裕二さん。 光は少しだけ表情を硬くし、箸を止め、口を開く。 「普通⋯⋯です。ただ高校生になるだけ」 緊張しているのか、はたまた性分か、やはり光は冷たい。 その光の態度は、俺たちはまだ家族になりきれていないのだと、はっきりと理解させるのに十分だった。 そして理解させられたのは、俺だけではなく、裕二さんも。 「は、は、は」 だから裕二さんは、乾いた笑いしか出すことができなかった。 空気の重くなったリビング。 この空気をなんとかするために俺は脳をフル回転させこの状況の打開策を考えていた。 そして、ある重要なことに気づいた。 「なぁ、母さん」 「ん、なに?」 「名字ってどうなるの?」 母さんと裕二さんは再婚した。 だから普通なら裕二さんの性を受け継ぐはず。 でもそうなると母さんの子である俺たちも当然変わるわけで、そこらへんをどうするかまだ聞いていなかった。 それも明日は始業式、名字が変わるなら先生たちにも報告しないといけないだろう。 俺がそう言ったのは、そのことを危惧してのことだった。 「名字はそのままでいいと思ってるわ。変わると色々と大変でしょうし。由樹たちもそっちのほうがいいでしょ?」 「うん。そっちのほうがいい」 「私も」 「⋯⋯」 俺と光、そして紗英ちゃんは皆母さんの意見に賛成する。 名字を変えると、各々学校での生活を窮屈に感じてしまうだろう。 名字が変わったことで、空気を読み、妙にギクシャクしたクラスメイト、教師。 直ぐにその空気感に耐えかねて、学校に行くことが憂鬱になってしまうかもしれない。 いや、俺よりも光のほうが心配だ。 もしそうなれば学校に行くことが嫌になるどころか、母さんの再婚に同意したことすら後悔しかねない。 それは嫌だ。 母さんの幸せを取って、自分が不幸せになるのは――― そう考え、俺は《苦笑した》。 そしてすぐさま思考切り離し、意識は現実へと戻った。 「すみません。裕二さんには悪いですけど、当分入江の名字でいきます」 そう言い俺は座ったまま、頭を下げた。 再婚したのに、名字はそのまま。 裕二さん的には名字を佐々木にしたいだろう。 それが『家族』という証になるから。 できれば俺もそうしたい。 俺たちは『家族』なんだという証明が欲しい。 だが、それはできない。 俺が謝ったのはそのためだった。 「あんまり気にしなくていいよ」 裕二さんは少し困った顔で言う。 「それに、僕も名字はそのままのほうがいいと思っていたから」 直ぐに表情を柔らかいものへと切り替え、俺たちへと優しく語りかける。 「それじゃあ全員賛成ってことで」 「先生たちには言うの? 母さんたちが再婚して、俺と光が紗英ちゃん兄妹になったこと」 「それは言わないとだめでしょうね。でも、安心して。秘密にしてって頼むつもりだから」 「わかった」 そうして話も一段落し、数分で俺たちも朝食を取り終わった。 その後、リビングにて制服の試着会が始まった。 この会の発端は母さんで、今日試しに着ようと提案したのだ。 だが、光はあまりそういうのが好きじゃない。 ただ、紗英ちゃんは制服を着ると頷き、同意した。 その流れで光も着ざるを得なかった。 「やっぱり光は可愛いわね」 「全然普通でしょ?」 母さんに可愛いと言われクールを決める光。 「紗英も可愛いぞ」 「⋯⋯」 裕二さんに可愛いと言われ頬を紅くし、照れる紗英ちゃん。 「どっちも良く似合ってるよ」 ここで何か感想を言わなきゃと発言すると、何故か光が顔を紅くした。 もしかしたら光も照れているのかもしれない。 「でしょー裕二さんもそう思うわよね」 「うんうん。光ちゃんも紗英も良く似合ってる」 制服を着た娘たちを見て、興奮する母さんと裕二さん。 その興奮する親たちを見て、俺は感動していた。 なんか、これ、『家族』っぽいな。 こういう些細な出来事でも『家族』を感じられる。 一緒に食事を取るのも『家族』だし、風呂やトイレを共有するのも『家族』、娘の制服姿に興奮する親がいるのも、また『家族』。 日常のそこかしこに『家族』は溢れている。 それに気づき、一人、しみじみと感じていた。 「どうしたの由樹、じっと見て」 「えっ、いや、何も」 視線は光の制服に向いたまま、自分の意識へとダイブしたため、光からはかなり不審がられていた。 「本当は⋯⋯似合ってない?」 そうして、着ている制服をまじまじと見る光。 不安そうな顔をする光は可愛く、そして制服もやはり似合っていた。 「光が着てるのに似合ってないわけないだろ?」 「えっ⋯⋯そう⋯⋯あ、ありがと」 頬を赤らめ、少し俯き、制服の裾をつまむ光。 光がこういう態度をするのは『家族』だけ。 『家族』以外の人にそんな態度、見せたことがない。 だから俺と光は『家族』なんだ。 「⋯⋯」 そんなことを考えていると紗英ちゃんが肩を叩いてきた。 「ん? どうしたの紗英ちゃん」 聞くと紗英ちゃんは無言で見つめてくる。 おそらく、自分の制服姿はどうかと聞いているのだろう。 紗英ちゃんは可愛い系の女の子。光同様、制服が似合わない訳がなかった。 「うん。紗英ちゃんも似合ってるよ」 「⋯⋯」 やはり無口な紗英ちゃんだったが、俺の感想に対する反応はしっかりと表情に出ていた。 「⋯⋯もう脱いでいい?」 光の呆れたような声が聞こえ視線を移すと、母さんがじっと光のことを見ていた。 正確に言えば、制服を着た光だ。 未だ興奮冷めやらぬ母さんたちは、娘の制服姿がよほど良かったのか、なんとも親らしくない緩い顔をしていた。 「あっ、そうねシワになるといけないから」 「入学式明日なのにこんなので大丈夫なの?」 「だ、大丈夫よ。それに、制服を着た娘の姿を見て喜ばない親がいると思う?」 「お母さん⋯⋯」 母さんも当然といえば当然だが、やはり『家族』だった。 その後、光と紗英ちゃんは自室ヘと戻り、部屋着に着替えにいった。 それから各々、時間を過ごし、外はすっかり暗くなり、リビングにある時計の針は、午後八時を指していた。 「ごちそうさまでした」 夕食を取り終え、その後はテレビを見たり、風呂に入ったりと自由な時間になった。 昨日の夕食後、風呂に入りさっさと自室へ戻った光だったが、どうしたことだろう。 今日は風呂から上がると、自室に戻ることはなくリビングで一緒にテレビを見ていた。 光なりに、裕二さんや紗英ちゃんとどうにか仲良くしようとしているのだろう。 成長したな光。 そんなことを考える光を見ていたが、やはり光は光だった。 そわそわしたり、視線が泳いでいたりと、なかなかに動きがぎこちない。 ただ、努力している。 裕二さんや紗英ちゃんと『家族』になろうとしている。 そこは褒めてあげなきゃいけない。 だから俺はそっと、光の髪の上にポンッと手を乗せ、撫でた。 そうすると、光は体をビクッと跳ねさせ、怪訝な目でこちらを向いてくる。 「⋯⋯な、なに」 「いや、偉いなって思って」 「な、なにそれ」 とぼけているようだが、やはり光は光。 隠せているようで隠せていない表情は、嬉しそうだった。 そうして家族団欒の時間を過ごしていると、すっかり時は過ぎ去り、もう寝る時間となった。 光と紗英ちゃんは明日入学式。 母さんと裕二さんも当然行くだろう。 俺は家でお留守番だ。 母さんと裕二さんが一緒にいるところを他の保護者が見てどう思うだろうか。 それが全くの他人であればいいが、親しい関係であればどうだろう。 不審に思うかもしれない。 あるいは、察してスルーするかもしれない。 当事者じゃない俺がこんな心配をしていたが、幼馴染である《飯田|いいだ》 《加奈子|かなこ》の母にはすでに説明、というか再婚前から相談をしていたらしい。 加奈子にどう言おうかと思っていたから、それを聞いて、ひとまず安心した。 母《伝|づて》で加奈子には伝わっているだろう。 そんな思考を電気を消した部屋の中、ベットの上で考えていたが、思考に区切りが付き、抑えていた睡魔が襲ってくる。 そのまま抵抗することはなく、俺は眠りに入った。
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