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【日常はいつも通り】  攻略を開始してから数日が過ぎた。 「ふああああ……」  アクビをガマンできずに机に突っ伏してしまう。  二限目と三限目の間の少し長めの休み時間。  朝一の専門実習授業から教室に戻り、このあと座学授業の予定。 「……ちょっと、大丈夫? 無理してない?」  常盤さんが見かねたのかミントのタブレットを差し出してくる。 「焼け石に水かもしれないけど、桂教官の授業で居眠りとかしちゃったらT.S.O.のプレイを制限されかねないし」 「ありがと……自信ないけど頑張ってみる」  口の中に白い錠剤を放り込むと、ツーンとした衝撃が鼻から抜けて一気に目が覚める。  常盤さんは隣のベンジャミンの机に軽く腰掛けた。 「それで、状況はどんな感じなの?」 「とりあえず、七層までは到達できたよ。他のギルドの人たちが思ったより順調みたいで、情報も流してもらえてるから最終層までアッサリと到達できるかも」  昨晩ゲームから落ちる前、ロザリーさんと一緒に、三月ウサギの中核メンバーと情報交換することができた。もっとも、こちらから提供できる内容は僅かで、先方にはほとんどメリットはなかったが。そこはロザリーさんの顔と言うべきか、親切に対応してもらえたのが救いだった。  ゲーム外でも、最初にクリアするのは三月ウサギ、サウザンアイズ、梁山泊のどこかという予想で盛り上がっていて、我らがワンダラーズ・オブ・ゼファーはオマケレベルの扱いとしか認識されていない。身の程知らずの目立ちたがり屋とか、もっと酷い表現になるとハゲタカ、コバンザメ呼ばわりされることもあって、双子なんかは面白くないといった態度を隠そうともしない。  ただ、事件として認知された最初の被害者が所属していたこと、偶然とはいえ、僕たちのギルドハウスの直近にこのダンジョンが出現したことなどから、悪い意味で注目されてしまっている。  さらに真知の葬儀に参列したときの写真や映像がメディアに流されたりもして、少しずつだが身の回りが騒がしくなってきた。  自分たちはまだいい、宇宙学園はある意味本土から隔離されている場所なので、興味本位のマスコミとか一般人はシャットアウトできる。ただ、実家の弟やアオたち兄妹、その他のギルドメンバーたちは大丈夫だろうか。サファイアさん──屯田さんが手を回してくれているそうだが不安は消えない。 「本当に大丈夫?」  常盤さんの心配そうな声に、僕は我に返った。  いつの間にか机の周りには他のクラスメイトの姿もあった。 「あ、うん、ゴメン、ちょっと睡眠不足なせいで……ダメだね、もっと気をつけないと、ははは……」  うん、まずは自分の体調を管理しつつ、ギルドを引っ張っていかないと。そこをシッカリできないと、逆に皆の負担になってしまう。  常盤さんは何か言いたそうに口を開きかけたが、教室の入口から不意に放たれた声に押し止められた。 「失礼、東君はいるかな」  みんなの視線が向いた先に、何人かの学生を引き連れた少年が立っていた。  そう問いかけながらも少年は返事を待たずに教室内へと足を踏み入れる。後に続こうとする二人を手で制して、迷わずに僕の後ろの席、さっきまでの僕と同じように机に突っ伏している陵慈の席の横へ進んできた。  姿勢の良いスラッとした体格に、自信に満ちあふれた余裕のある態度。ちょっと苦手なタイプかも。 「ようやく授業に出られるようになったんだね、体調が回復したようでなによりだ」 「……誰?」  顔を上げずに声だけで応える陵慈の失礼な態度にこちらがヒヤッとしたが、彼は気にした風もなく言葉を続けた。 「失礼した、僕は統合管制専攻所属の《小泉|こいずみ》 《鋭仁|えいじ》だ。君のお父上とも面識があってね、寮で訪ねようとも思ったのだが、体調が悪いと聞いて遠慮してたんだ」 「……で、なんの用?」  一方の陵慈は顔を上げる素振りも見せない。小泉と名乗った少年の端正な顔が小さく引きつる。 「いや、せっかくなので挨拶を兼ねて、今日の昼食を一緒にどうかと思って」 「……それだけ?」 「ああ、何人か僕の友人も同席することになるが、君にとっても有意義な時間になると思うよ。学生食堂の隣にあるカフェテラスに僕らのスペースがあるから邪魔されずにゆっくりと過ごせるしね」 「……わかった」  あいかわらず机に伏せったまま、話は終わったとでも言うように右手を小さく振る陵慈。  さすがに小泉もその態度にイラついたようだった。陵慈の肩に手を伸ばしかけたが、教室の入口からかけられた声に動きが止まる。 「はい、そろそろ次の授業の時間よ」 「か、桂教官!」  ビシッと音が聞こえるような勢いで直立不動の体勢を取る小泉に、教官は小さく苦笑いを浮かべたようだった。 「小泉君も教室に戻りなさい、チャイムが鳴る前に席に着いておくのは基本だからね」 「は、ハイ!」  声をうわずらせながらも、辛うじて平静を装いながら廊下へと向かい、待っていた生徒達と合流して自分の教室へと戻っていく小泉。その背中を見やりながら、いつの間にか隣に来ていた花月があきらかに面白くないという口ぶりで呟いた。 「なに、アイツ、なんかイヤなカンジ」 「小泉君、入学試験での首席で、エリート揃いの統合管制専攻の中でもトップエリートとも言える存在よ」  常盤さんの説明に花月がポンと手を打った。 「ああ、そう言えば入学式の時、新入生代表で挨拶してた人だ。あの時はカッコイイと思ったんだけどなー、そっか、ちょっと残念な……で、なんで、そんな人が東君のところに来るワケ?」  その場にいる全員の視線が微動だにしない陵慈の後頭部に集中する。 「これは全力で拒否ってるってカンジだなー」  僕がため息をつくと、クラスメイトたちも察したように小さく笑う。 「ハイハイ、あんた達も席に着く!」  教官が手にした端末で軽く教卓を叩いた。 「チャイムが鳴る前に着席しておくのが基本! そして、東! 私の講義を寝たふりで凌げると思うなよ!!」 【一般学生とエリートたち】  緊張感に支配された二時間ちょうどの授業が終わり、僕らは皆で連れ立って学生食堂へとやってきていた。 「やっぱり桂教官の授業は思いっきり《HP|ヒットポイント》が削られるね……」  豚肉の生姜焼きと鶏肉の唐揚げがメインのB定食ご飯特盛りを載せたトレイを前にため息をつく花月。 「内容は充実していてわかりやすいんだけど、一時も気は抜けないからね……って、前から思ってたけど花月の食欲ってすごいわよね、さっきもサンドイッチとか食べてなかった? 身体を動かしているわけじゃないのに」  対照的に、シンプルな鶏肉が添えられた野菜サラダと栄養ドリンクだけのトレイに視線を落としながら常盤さんが呟く。 「んー、わたしストレスが食欲に直結するタイプなんだー こういうときはいくら食べても太らないし、意外と繊細なのよねー」  そういうことを言うから中学の時、一部の女子達から反感買ってたんだぞ、っていうツッコミが喉まで出かける。だが、常盤さんはあまり気にした様子ではなかった、少なくとも表面的には。 「そう……まあ、その気持ちもわかるわ。厳しい環境には慣れてるつもりだったけど、桂教官の指導は学校の授業っていうレベルじゃないわよね」 「そうだね、僕もついていくのに相当努力しないといけないくらいだけど……」  そこまで呟いてチラリと右隣でハフハフとラーメンをほおばるベンジャミンに視線を向ける。 「約一名、あの授業を楽しんでる奇特な人もいらっしゃいますけどね」 「オゥ! 桂教官はサイコーでーす! 厳しさと迫力を併せ持つ軍服が似合う女性士官! さらの、クールな教師という萌え属性も! まさにヒトツブで二度オイシイってヤツですヨ!」  箸を握りしめて力説する金髪の留学生。皆が桂教官の叱責を避けるために必死に授業に取り組む中、一人、積極的に地雷を踏みにいく姿勢で、授業中の教官の怒声の五割以上はベンジャミンに起因している。ちなみにあと三割が無気力状態の陵慈、そして僕を含む他の四人が残りの二割を均等に受けているという形だ。 「教官の指摘は正しいし、理不尽だと思う内容もないから素直に受け入れるしかないけど、あの迫力は正直怖いよね」  ガウが焼き魚が主菜のA定食を食べる手を止めて、彼らしくない苦笑いを浮かべる。  すると、ベンジャミンが箸を握ったまま熱く語りはじめる。 「なにを言ってるんデスか、あの指導はむしろゴホウビじゃないですか! キビシイ女性の上官! 女教師! ツンデレ! もう、いろいろモリすぎデキすぎデース!」  ちなみに、ベンジャミンはまだ箸を上手く使えないのだが、逆にその《たどたどしい》手つきでラーメンをすする姿が、少し離れた場所にいる女子学生たちに言わせるとこれまたツボになるらしい。 『うわぁ……』  さすがに引いてしまう花月と常盤さん。  この会話を聞いたら、周りの女子達も同じような反応を示すのかな。 「まあ、ベンジャミンは完全なMだよね」  左隣でモソモソとサンドイッチのセットを食べていた陵慈が呟いた。 「M? ……っていうか、東くん、なんでこんなところにいるの? お昼誘われてたじゃん!」  今さら気づいて驚いたように立ち上がる花月。 「もしかして、忘れてた? 今からでも間に合うかな、というか約束無視しちゃダメだよ」 「その通りだ」  瞬間、場の雰囲気が凍り付く。  いつの間にか、花月の後ろに小泉の姿があった。さらに後ろには気の強そうなメガネの女子生徒と、なんとなく軽薄さを感じさせる笑みを浮かべた男子生徒もついてきている。  小泉が僕らを無視して、陵慈へと詰め寄る。 「もしかしたら場所がわからないのかもとでも思って、何度か合図をしたのだが、あからさまに無視しているようだし、何か気に障ることでもしてしまったかな」 「……わかったとは言った。でも、行くとは言ってない」 「なっ……!?」  淡々と言い切る陵慈に言葉を失う小泉、彼に代わって後ろにいたメガネ女子が歩み寄り、陵慈の肩を掴む。 「ちょっとあなた! 小泉君にその態度、失礼にも程ってものがあるのよ!」 「うざい」  ──パシッ!  容赦なく女子生徒の手を払い飛ばす陵慈。 「な……っ!?」 「《清月|きよつき》君、落ち着くんだ」  小泉の言葉に、《清月|きよつき》と呼ばれた女子生徒は顔を真っ赤にしつつも、ぐっと言葉を飲み込んで後ろへ退がる。  清月さんが先に激昂したことで、小泉は冷静さを取り戻せたのかもしれない。 「何か誤解があるようだ。また後日仕切り直させてもらおう。君のお父上にも頼まれているしね、東君はこちら側の人間だ、友人づきあいも相応の相手とするべきだ」 「それって、どういう意味!?」  ああ、花月が反応してしまった。 「さっきから黙って聞いていれば勝手なことばかり!」  さて、どうやってなだめたものかと考えつつ僕が腰を浮かそうとしたとき、先に小泉の取り巻きのもう一人が動いた。 「ゴメンゴメン、鋭仁も不器用なヤツでさ、悪意は無いハズだからスルーしてやって、って、あ、オレ、《曙|あけぼの》 《勝利也|かつや》っていうんだ、コイツらと同じ管制専攻ってことで」 「どういう意味だ」  不機嫌そうに睨みつけてくる小泉を無視しつつ、自然な流れで花月の手を取って上下に振る。 「コイツらちょーっとエリート風吹かせてて、ムカついちゃうと思うけど、オレは《キミ》たちと仲良くしたいなーって思ってるから、邪険にしないでもらえると嬉しいなー」  状況を把握できずにポカーンとした表情を浮かべる花月の手を離すと、小泉の肩に手を回して無理矢理この場から立ち去らせようと歩き出す。  肩越しにこちらを振り返って、悪戯っ子っぽくウィンクしてみせた。 「コイツさー、桂教官にも憧れててさ、そっち方面でもキミたちを羨んだりもしてたりするし、チョイチョイ絡んでいくこともあると思うから、そのあたりは諦めてスルーしてくれたほうが精神衛生上イイと思うよー」 「ちょっ! なにを!?」 「小泉君に馴れ馴れしすぎるって言ってるでしょ! 身の程を弁えなさい!」  そんなこんなで学食から出て行く三人の後ろ姿を見送りつつ、なんか両肩のあたりに重いものを感じて僕はため息をついた。 「なんだったんだ……」 「なんだったんだろうね……って、東くんが《こちら側の人間》って、どういうこと?」  花月が無邪気な問いを発する。 「それって、まあ……」  僕はどうしたものかと視線を横に動かしたが、当の陵慈はテーブルに突っ伏したまま答える気がなさそうだ。  ベンジャミンが首を捻る。 「話のナガレ的に、コイズミたちはエリートで、リョウジも仲間だ、っていう風に聞き取れました。でも、日本って社会的な階級とか身分とかってナイですよね、昔のサムライ時代とは違いマスし」 「うーん、その通りなんだけど」  僕は言葉を選ぶ必要を感じた。特に留学生であるベンジャミンとガウ相手なので嘘をついてはいけないし、誤解を招いても良くないと思う。 「僕たちの祖父母の世代くらいかな、それまでは日本でも社会的格差ってあまり表面化してなかったらしいんだけど、何回か経済的な波、不況と好景気とかの繰り返しみたいな? そういう流れの中でやっぱり収入格差みたいなのは拡がっちゃってさ」  それでも、日本は富の再分配のシステムが効率的とはいえないまでも上手く機能していたこともあり、社会構造の変化とまではいかなかった。だが、見えない部分、例えば教育にかけられるコストの多寡という面では、生活に余裕のある層は高度な教育を受けることができる一方、生活するのが精一杯で最低限の教育投資も難しいという層も形成され、いろいろ端折るがその結果、社会的地位の二極化へと繋がり、現在の日本を実質的に動かしている、いわゆるエリート層と一般市民層という意識分けが生まれてしまったのだ。 「そして、この宇宙学園という存在が、また問題なんだよね」  不意に顔を上げた陵慈が僕の説明に続ける。 「今のこの国って有名大学とかエリートコースに乗るためには結構なコストが必要で、それ相応の生活レベルにある人しか進学できない。でも、宇宙学園は受験料も学費も寄付金もいらない、しかも学生には給料がでる。そんな環境が、この国の将来を左右する宇宙開発という先進分野に生まれた。今、自分たちがエリート層にいると思ってる人たちは怖がってるんだよね、えっと《下克上》ってヤツ?」 「オゥ! ゲコクジョー! それ知ってます!」  ベンジャミンがハイハイ! と手を挙げる。  それを完璧に無視する陵慈。 「なので、自称エリート層の人間は宇宙学園に圧力をかけたりするわけ、その一例が統合管制専攻の存在。最初はそんな学科、設置される予定はなかったんだけど、上からのゴリ押しで作られて、しかも受験資格もいろいろ限定されたりね。表向きは他の専攻と同じように選考されたことになってるけど、名簿見たらわかるけど全員そこそこ有力者の家の出だよ」 「……噂では聞いていたけど、酷い話ね。まともに管制科を受けた子達が可哀想」  納得できないと眉をしかめる常盤さんに、陵慈が小さく肩をすくめてみせた。 「まあ、その辺り、この学園の上層部もしたたかで、優秀な人間は他の科への志望変更とか勧めたりして漏らさなかったらしいけどね、ボクたちには関係ない話だけど」  花月が腕を組んで「むふぅ」と息を吐き出す。 「難しい話ばっかで、ちょっと疲れた。でも、一つまだわからない。東君が小泉君の仲間ってどういうこと?」  正面からツッコむ花月の視線を受けて、再びテーブルに突っ伏す陵慈。  ガウが躊躇いがちに口を開いた。 「確か、海上自衛隊の将軍、えっと日本だと海将っていうんだっけ、その人の名前が確か、《東|あずま》だったよね。もしかして、関係がある?」  ガウの指摘に肯定も否定もしない陵慈。  《東|あずま》《海将|かいしょう》、この宇宙学園を含むオノゴロ海上都市と軌道エレベータ、ヤタガラス周辺の防衛を担う海上自衛隊の部隊を統括する最高司令官である。実は、陵慈が、その東海将の一人息子だということを僕は入寮時に寮監から聞かされていた。多少問題があっても上手くつきあっていくようにと念を押されたのだ。そのことは、花月を含め、他の誰にも話してはいない。  僕は小さく咳払いした。 「とりあえず、この話はここまでにしておこう。もう昼休みも終わるしさ」  すると、花月も勢いよく立ち上がる。 「うん、わたしも難しいことはキライだし、東君はわたしたちのクラスメイトで仲間ってことでいいよね」  そう言ってポンと東の肩を叩いてテーブルの上の食器を片付けはじめる。  その姿を見て、常盤さんやベンジャミン、ガウたちもそれぞれの表情を浮かべながら立ち上がった。  そして、僕も皆に続く。  たぶん、僕も皆と同じような笑顔になっているだろうと思いながら。 【教官室にて】    ◇◆◇ 「桂教官、どうかされたのですか?」  三住の問いかけに、桂は自分が無意識のうちにため息を漏らしてしまったことに気がついた。 「あ、ゴメン、たいしたことじゃないんだけど」  手にしたタブレット端末を机の上に戻して、軽く腕を伸ばす。 「そういえば、そろそろお昼の時間ね、って、あいかわらず三住教官は愛妻弁当なのね、うらやましいわ」 「恐縮です……人によってはあまり良い顔はされないのですが、妻がどうしてもというので、つい」  ピンク色の可愛いキャラクターが刺繍された袋を抱えた三住が恥ずかしそうに笑う。桂は素直な気持ちでうらやましかったのだが、皮肉と取られてしまったことに気がついた。脳裏に堅物の教頭の顔が浮かぶ。 「気にすることはないわ、良い奥さんじゃない。むしろ、嫌味を言ってくるようなヤツは僻み半分なんだから、流しておきなさいよ」 「そう言っていただけると助かります」  隣の席についた三住が弁当を広げ、桂も通勤時に購入した購買のサンドイッチのセットを取り出す。  今期、任についている教官は校長と教頭を除いてちょうど四十名、普通の学校のように教官が集まる職員室のような部屋はなく、二人一部屋の執務室が割り当てられている。 「それはそうと、なにか問題でもあったんですか?」 「問題というわけでもないんだけど……」  桂はサンドイッチを持っている反対側の手で、机の上の端末を操作する。  画面に表示されたのは桂教室の生徒達の情報。 「最初はそんなに手がかかるとは思っていなかったのよね、そもそも厳しい選考の結果だしね」 「そうですね、学力も当然ですが、性格や思考力など、さまざまな側面から評価されますからね、自分が学生の立場で受験してたら、たぶん無理でしたよ」  桂はその冗談を「私だって危ないわよ」と流そうとしたが、三住は全力で否定してくるか、逆に皮肉ってしまったと勘違いして激しく自責の念に囚われる姿を想像してしまい、ぎりぎり押しとどめた。 「グリーンヒルや九重あたりが、あちこちかき回しているみたいだけど、それぞれ落ち着いた相方がフォローしてくれているから今のところは順調かな……まあ、東はいろいろな意味で手がかかるとは覚悟していたけど」 「最初は首席の小泉君と同室にして、協力してもらおうという若松教頭の提案に桂教官がストップをかけたんですよね」 「東と小泉の相性は最悪だと思ったのよね……むしろ、東の相手は普通で、かつ現実を抵抗なく受け入れることができる、言っちゃえば諦めが良いタイプが合ってると思ったのよね」  そこまで呟いて、また大きなため息をつく。 「別に他意は無かったんだけど、そこまで言うならお前が面倒見ろって言われちゃったのよね。あれは失策だったわ」 「やっぱり、問題はその東君なんですか?」 「いいえ、東はアレで結構わかりやすいし、組み合わせた相方……北斗との相性が予想以上に上手くいったみたいで、とりあえずは大丈夫そう。というより北斗の方がいろいろ問題でね」  スラッとした形の良い人さし指を動かして端末に北斗 航の情報を表示させる。 「彼、成績も性格も普通……特に可も無し不可も無しっていうところなんだけど、その分柔軟性っていうのかな、何でもかんでも自然に受け入れちゃうのよね」 「それがなにか問題なんですか? むしろ伸ばすべき長所だと思われますが」 「うん、その通りで、実際にうちのクラスの中心的存在は彼で、そして、そのおかげで上手くまとまっているのは事実」  桂はそこまで言ってから、少し考え込む。 「問題は北斗君を含め、そのことを意識していないってところかな」 「詳しく聞かせていただけますか」  三住が箸を置いて桂に向き直る。三住も部下ではない学生という存在を指導するという立場は初めてだった。そのため試行錯誤を繰り返していることを桂も理解している。その真面目さに多少堅苦しさを感じたりもするが、自分の思考を整理することにもつながるだろう、と桂は判断した。 「最初は常盤がリーダーシップを発揮してクラスをまとめるだろうと予想していたのよ。能力も意欲……責任感かな、そのあたりのモチベーションも申し分ない。そういった責任感から引っ張る存在がいれば、周りの人間もそのことを意識しつつ、それぞれの判断で集団に関わろうとする」  でも、北斗が本人も無意識のうちに自然と皆の中心位置に収まってしまったことで、集団としてのクラスが安定してしまった。そのため、集団を維持するためのさまざまなストレスが誰も気づかないうちに自然と北斗一人に集中してしまうのではないか。 「そして、当の北斗にも問題がある」  桂は脚を組み替えた。 「柔軟性に富んでいるといえば長所のように聞こえるけど、言い方を変えると諦めが早い。目の前の現実に流されることがあたりまえで、その負担を全部自分自身で受け止めてしまう」 「北斗君、例の情報流出事件の解決にあたっている彼ですよね。今まで目立たなかっただけで、実は能力を隠し持っていたというだけでは。実際に組織にはそういう人間もいたりしますし」  三住の言葉に頷きつつも、桂は素直に肯定することはできなかった。さまざまな経験を経て、大人になる過程で結果的にそうなったのであれば得がたい資質となるだろう。だが、彼はまだ一般で言う高校生になったばかりの少年だ。天賦の才ということであれば僥倖というべきだが、教育者として、そんな低確率の幸運をあてにしてはいけない。そして、実際に綻びも見え始めている。 「さっき、施設保守の《南仲|みなみなか》教官と話してきたのだけど、彼、たまにすごい集中力をみせることがあって、複数のタスクを普通に並行して進めちゃったりすることがあるらしいのよ。南仲教官が見る限り本人は意識してないらしいけどね。ただ、ここ数日はその集中力を欠くことも多くて、ミスも増えているって心配してたわ」 「……さすがに疲労が出てきたと」 「ええ、大抵の人間は自分のキャパシティを超える負荷がかかった場合は無意識のうちに手を抜くものなのよね。それを訓練することで力の配分をコントロールできるようになるのがプロなんだと思う。でも、彼、北斗君の場合はなんでも受け入れてしまって、しかも、それを無意識のうちに全て自分で処理してしまおうとしているのではないのかしら。それが今まで中学校までのレベルならなんとかなってきたのかもしれない」 「でも、ここは違う」  三住が難しい顔で腕を組む。桂も似たような表情で眉間を指で軽くつまんだ。 「そうね、学園での実習でさえ、一歩間違えれば命の危険に繋がりかねない。そして、プライベートでもミスが間接的に命取りになるような事件に巻き込まれている。そのことに気づいた時、自分の器の限界が見えてしまった時、壊れてしまわないだろうか」  小さく息をついてから、三住が笑みを浮かべる。 「彼は担当が桂教官で幸運でしたね」 「あ、そういう言い方するんだ」  拗ねたような口調になった桂だったが、その口元は笑っていた。    ◇◆◇
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