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「よ、久しぶり」 大学の冬休みの初日。今日は家でゆっくりしようと、コタツに潜り込んでテレビを付けようとした瞬間になったチャイム。ぶすっとしながら、扉を開けるとにこにこした胡散臭い笑みを浮かべながら、立っていた男の顔を見て私は言葉を失った。 私の母校の制服に身を包み、ポケットに手を突っ込みながら、男はまた胡散臭い笑みを浮かべた。 男は三年前に亡くなった高校の同級生と全く同じ顔をしていた。 一瞬、彼がまだ生きていたのかと錯覚しそうになる。でも、そんなわけはないと頭を振って邪念を振り払う。 「……どちら様ですか」 「え、柊 夏海(ひいらぎ なつみ)だよな?」 質問に質問を返されて、眉を寄せる。 「違います」 柊 夏海。それは確かに私の名前だったけれど、得体の知れない男に本名を教える気にはなれないので、一応嘘をついておく。 「いやいやいや、夏海だろ?」 「随分馴れ馴れしいですね」 いきなり下の名前で呼ばれて、心臓がはねる。男の人に名前で呼ばれたからではなくて、その声があまりにも耳に馴染んでいる声だったからだ。 何度も、もう一度聞きたいと思った声だったから。 もう一度邪念が頭をもたげる。 「俺の事、忘れた?」 男が、悲しそうに目を細める。 その顔が、あの頃の彼に重なる。 男は、彼ではないのに。 「そもそも知りません」 「はぁ」 男がため息をつく。でも、今この状況でため息をつきたいのは私の方だ。ゆっくり出来ると思った休日にいきなり、よく分からない男が尋ねてきたんだから。 「俺、舟見 悠太(ふなみ ゆうた)だけど、ほんとに覚えてない?」 「……馬鹿な事言わないでください」 声に怒りがこもる。 彼は、もうこの世にはいない。どんなに願っても、祈っても、会うことは出来ない。もう、二度と。 「ほんとなんだ……!」 私が扉を閉めようとすると、男は足を扉の間に挟んでそれを阻止しようとする。 「警察呼びますよ」 「待って、話を聞いて」 「聞く意味ないです」 「お願いだって!」 「嫌です」 男はなぜかとても必死だった。どうしてそうまでして、死者の名前を語るのか。ふつふつと怒りがこみあげてくる。 「雪合戦して、雪だるま作って、それからかまくらも作って、その中であったかいココアを飲もう」 扉を閉める手を思わず緩める。 男が今、口にしたのは彼とした叶うことのなかった約束だった。私と、彼しか知らないはずの、小さな約束。 「ゆうた……?」 彼の名前が口からこぼれ落ちる。 扉を開けて、男の顔をまじまじと見つめる。 真っ黒で寝癖なのか所々はねた髪。 切れ長の目。 胡散臭い笑みを浮かべる口元。 なにもかもが、記憶の中の彼と全く一緒だ。 普通に笑っているだけなのに、胡散臭く見えてしまうところまで。 本当に男は彼なんだろうか。 そんな願いに似た思いが心の奥から湧き上がる。頭でどんなに否定しても、心はそうであって欲しいと願っていた。 一度深呼吸して、心を落ち着かせる。 「もし、あなたが舟波悠太だったとしたら、なんでこんなところにいるんですか」 「俺さ死んでなかったんだ」 「は?」 思わず間抜けな声が口から滑り落ちる。 「そんな怒んなよ。ちゃんと説明すっから」 男は呆れたように笑った。その顔が、記憶の中の彼の笑顔と重なる。 私が馬鹿なことをする度に、こういう顔で「馬鹿だな」って笑っていた。 少し男と彼が近づく。 「別に怒ってないです」 「俺が高二の夏に事故にあったのは知ってるだろ?」 俺が、という言い方は少し引っかかったけれど、小さく頷く。 「そのあと、俺は下半身麻痺になってさ。で、元の生活には戻れないから死んだことにしてくれって母さんに頼んだんだ。友達にも葬式あったことにしてくれって」 私は彼が亡くなってから一週間ほど寝込んだから、お葬式には参加していない。この男の話が本当かどうかを判断する材料が私には、ない。 「くっしゅん」 男がひとつ小さなくしゃみをする。 くしゃみをしたあとに、一瞬だけ顔のパーツを中心に集める。 彼と同じ癖。 男がまたすこし彼に近づく。 「家、入りますか」 ぶっきらぼうな私の物言いに、男は少し笑って頷いた。 男の人を家に入れることなんて初めてで、なぜか緊張してしまう。なんでもいいか、と適当に作ったココアを出すと、男はマグカップを両手で持って、それを口に運んだ。 「両手持ちって……」 男の身長は小さく見積もっても百八十センチは超えている。そんな人が小さなマグカップを両手持ちしている絵面はなかなかシュールだ。 そういえば彼も両手持ちだった。 頭の中の面影と目の前の男がまた少しだけ近づく。 「両手で持った方が暖かくてよくね?」 私のつぶやきが不満だったのか、唇をとがらせて抗議する男は高校の制服ということもあってか随分と幼く見えた。 もし、この男が彼なら私と同い年だから二十二歳のはずだ。 「なんで制服なんですか?」 「この方が夏海に思い出して貰えるかと思って」 「馴れ馴れしく呼ばないでくれません?」 「……まだ信じてくれねえの?」 「簡単に信じろって方が無理があります」 「な、じゃなくて柊らしいな」 男はすぐに呼び方を訂正する。意外と素直だ。 「あ、そうそう」 ココアを飲み終わった男が、口を開く。 「この後出かけんぞ」 「いやです」 「即答かよ」 逆にどうして、いいと言うと思ったのか聞きたい。 「ま、強制で連れてくけどな」 「嫌です、断固拒否」 「いいじゃん、どうせ暇だろ?」 この男には失礼という感覚がないのだろうか。私はため息をつくと、男に無言で玄関から出ていくように促した。 「悪かったって」 すぐさま平謝りする男にまたため息がもれる。 「幸せ逃げるぞー」 「誰のせいだと思ってるんですか」 「じゃあ、そろそろココア持って出かけよーぜ」 全く話を聞く気がない男にまたため息が出そうになる。けれどまた「幸せ逃げるぞ」と言われかねないので、ごくりと飲み込んだ。 彼も私の話を全然聞いてくれない人だった。落ち込んでるからほっといてって言ってるに、公園でサッカーしようとか言う人。でも、どんなに途中の行動が自分勝手に見えても、最後は私のことを笑わせてくれた。 そういう暖かい人だった。辛い時にこそ素直になれない私の性格をよくわかっていたのかもしれない。 「行かないって言ってるじゃないですか」 「ほらココア、水筒に入れて」 「だから」 「絶対悪いようにはしないから。な?」 折れる気が無さそうな男にこれ以上反論する気にはなれなくて、私は仕方なく水筒に入れる分のココアを作り始めた。 男について電車に乗り、バスに揺られて着いたのは、私の住む県では有名な遊園地だった。 「さ、行こーぜ」 男は何故か私の手をとると、ぎゅっと握って歩き出した。振り払うことも出来たのに、そうしなかったのは、否できなかったのは、男の手が彼の手に似ている気がしたからだ。 男は悲鳴の上がるジェットコースターも、ゆっくり回る観覧車も、親子が仲睦まじく自転車を漕いでいるアトラクションも、全部素通りした。 この先にはお化け屋敷しかない、という所まで来て男は不意に立ち止まった。 「どうしたんですか?」 「あった」 男は満足気に呟くと、また歩き出した。 「あったって何がですか?」 「雪合戦も雪だるまとかまくら作るのもできる場所」 男が指さした方向には、確かに「雪まつり」と大きく書かれた看板がたっている。 看板の近くに来ると、この辺りだけ気温がいきなり下がったような気がしてくる。「雪まつり」と書かれたゲートの奥では、小さな子供達が雪とじゃれるように遊んでいた。 「あの、ここ大人だけでも入れるんですか?」 「年齢制限なんてないから大丈夫だろ」 男の言葉どおり、受け付けの人はちょっと驚いたように目を見開いただけで何も言わずに入れてくれた。 「さ、雪合戦しよーぜ」 「ほんとにするんですか」 「当たり前だろ。約束、なんだから」 男は今まで見たことがないくらい、優しく目を細めて笑う。彼を最後に見た日もこんな風に笑っていたのを思い出す。 それと同時に血の匂いとアスファルトを濡らす雨が蘇ってきて、目の前が真っ暗になるような感覚に襲われる。 ――――――暖かい手が背中に添えられる。 ゆっくりと目の前の光景が戻ってきて、瞬きを数回繰り返した。 「すみません、もう大丈夫です」 「そ?ならいーけど。じゃ、気を取り直して雪合戦しよーぜ」 男はそう言うとしゃがんで雪玉を作り始めた。私は参加する気がないので、その様子をシラケた目で見つめる。 この人は本当に人の話を聞かない人だ。 「いたっ」 コートに雪玉が当たる。そんなに痛くはなかったけれど、条件反射のように声を上げてから、男を見る。すると上機嫌な顔でピースサインをしてくるものだから、負けず嫌いに火がつく。 すぐさま雪玉を作ると、少し離れたところにいる男に投げつける。ボフッと軽い音がして、男に雪玉が当たった。 投げては避け、投げては雪玉を作り、また投げて。そんなことを繰り返しているうちにだんだんと息が上がってくる。 息が上がる私とは対照的に男はまだ涼しい顔をしていた。それが何となく悔しくて、大きな雪玉を投げる。 「いてっ!この大きさは卑怯だろ!」 「そんなルールありませーん」 「てめ!今に見てろよ!」 雪だるまでも作るのかってくらい大きな雪玉を作り出す男に思わず笑みが零れた。離れたところにいる男に近づいて、呆れながら声をかける。 「そんな大きかったら、投げられないですよ」 「いーんだよ、次は雪だるま作るから」 いきなり方針を変えたらしい男が雪玉をせっせと作っている横で、私も雪玉を作り始める。 大きな雪玉と中くらいの雪玉が出来上がって、それを男が重ねた。見事な雪だるまの出来上がり、と言いたいところだけど目や鼻がないので、少し物足りない。 「なんか物足りないよなー」 「目と鼻がないからじゃないですか」 同じことを考えていたことに驚きながら、なんでもない風を装って呟く。 「おー、そーか。じゃあ石拾ってくるから待ってろ」 男はそう言い残すと、颯爽とどこかへ消えてしまった。一人で残すか、普通。心の中で文句を言いながら、その場に立ち尽くす。 すると、つんつんと足を何者かにつつかれて下を向く。 「おねーさん、さっきの人と付き合ってるの?」 「え?!」 「こいびとって言うんでしょー」 目をキラキラと輝かせた小さな子供三人に下から覗き込まれて、どうしていいか分からなくなってしまう。 恋人ではないけれど、期待に満ちた瞳をしている子供たちに対して否定するのも悪い気がして、言葉につまる。 「えっと、恋人ではないかな」 結局、嘘を言うことは出来なくて目を逸らしながらそう告げた。 もし本当に男が彼なら―――――――――――――。 「えー、こいびとじゃないのにこんなところに二人でいるのー?」 「ううんと」 私が返答に困っていると、男が戻ってくる。 「え、お前子供いたの?」 戻ってくるなり頭のおかしい発言をする男に、ため息がもれそうになる。この人は、本当に馬鹿なんだろうか。 「いないです、馬鹿ですか」 「だよな、びびったー」 どこか安心したように笑う男に、胸がざわめく。 どうしてこんなにも男と彼は似ているんだろうか。 ### 「お前彼氏出来たってほんと?」 昼休みがもうすぐ終わる午後一時十三分。一番仲のいい男友達である舟波悠太がそんな馬鹿なことを言い出した。 「何言ってんの、出来てないよ」 好きなのはお前だ、ぼけ。そんな風には言えなくて、どこか安心したように笑う悠太の顔から目を逸らした。 私と悠太がこんな風によく話すようになったのは、一年生で一緒に学級委員をやってからだ。 最初は自由人で馬鹿な人だと思っていたのに、本当は些細な変化にも気がついてくれるひとだと分かるのには時間がかかった。 けれど、そう気がついてからは彼の魅力に、引き寄せられるように惹かれていった。 「雪合戦して、雪だるま作って、それからかまくらも作って、その中であったかいココアを飲もう」 唐突にそんなことを言い出した悠太にビックリして言葉を失う。 「今夏だけど?」 「冬の約束だっつーの」 唇を尖らせる悠太がおかしくて、苦笑をもらす。 「なんで今から冬なの」 「……なんででもいーだろ」 なんでか耳を赤くした悠太に首をかしげながら、私は冬の約束に胸を踊らせていた。 その二週間後。 夏休みが始まってすぐ。 悠太は車に轢かれて亡くなった。 ### 叶わない冬の約束ではなくて、夏休みのはじめに遊ぶ約束でもすれば良かった。そうすれば、こんなに彼のことが心に残ることもなかったはずだ。 「おーい、大丈夫か?」 目の前で不思議そうな顔をした男が手を振る。 「なんでもないです」 「ほんとか?」 ぎゅっと眉を寄せて、心配そうに顔を覗き込んでくる男の表情が、いつかの彼とピッタリ重なる。 「大丈夫だって」 思わず敬語がはずれた。男と彼を重ねないように、必死で保っていた敬語。 思い出の中の彼と、目の前にいる男は絶対に別の人なのに、もしかしたら、本当に―――と期待が胸の中で膨らんで―――――――――弾ける。 弾け飛んだ期待は、確信に変わる。 どんなに頭で否定しても、心が男を彼だと言っていた。違う、ありえない、そう叫ぶ理性を無視して私は男の胸に飛び込んだ。 「おわっ」 男は小さくよろけて、それでも転ぶことはなく私のことを抱きとめる。 「どうした?」 優しい声だ。私の大好きな、少し低い優しい声。 「本当に悠太なんだよね……?」 否定してくれたら、と思っている自分がいた。 「……おう」 彼はゆっくりとでも確かに頷いて、私を抱きしめる力を強める。それから少しの間お互いの鼓動に耳をすましていた。 「さ、かまくら作るか」 「かまくらってどうやって作るの?」 「え、雪固めて穴開ければいいんじゃねーの?」 「それじゃ崩れてこない?」 「大丈夫だって、多分」 「適当かよ」 悠太は上機嫌で、雪山を作り始める。適当すぎる……と呆れながらも私も雪山作りに参加する。 雪を乗せて手で固めて、また雪を乗せて。そんな作業を何回も何回も繰り返していると、だんだん大きな雪山になってくる。 「そろそろいいんじゃない?」 「この大きさじゃ二人ではいれねーだろ」 悠太はそう言うと、手を止めている私に手を動かすように促した。 それからまた数分後。 「まだやるの?」 「もういいか」 飽きたのか、手の雪をぱんぱんとはらった悠太は、今度は雪山に穴を開け始める。この作業は二人では難しいので、私はそばで見守ることにした。 「はぁー、疲れた」 ぐーっと体をそらして、空を見上げながら悠太が声を上げる。 「交代する?」 「んー、まだやる」 「もう飽きたんだけど」 「お前、見てるだけだろーが」 「見てるだけだから暇なんですー」 「手伝えばーか」 「二人でほったら崩れそうじゃん」 高校生の時と変わらない会話が繰り広げられる。変わらないことに安心する。悠太だと、証明されているようで嬉しくなる。 「うわっ!!!」 悠太が大きな声を上げたから、小さな子達に向けていた視線を戻すと、雪山が崩れてしまっていた。 雪まみれになって、恨めしげに崩れた雪山だったものを睨んでいる悠太がおかしくて、笑いがこみあげてきた。 「あはははっ」 「笑うなっての」 「だって……!」 笑いながら、雪山を指さす。悠太もつられたように、笑い声をあげる。二人でお腹を抱えて笑い転げた。 「笑ったわ……」 「こんなに笑ったの久しぶり」 「普段からもっと笑えよー」 「うるさい」 「そろそろ出るか」 「はいはい」 雪のブースの中では飲食が禁止だったので、飲み物を飲めるベンチまで移動する。ココアを水筒のコップに注いで、悠太に手渡した。 「さんきゅ」 ありがとう、じゃなくてさんきゅ、なんだよね。そういうところも好きだったな、とくすぐったい気持ちが、胸に蘇ってくる。 幸せだなぁ。 暖かいものが、胸に広がる。 「ほい」 半分ほど残ったココアを差し出されて、口をつける。 「間接キース」 「いつものことでしょ」 ふざけて笑う悠太を小さく睨む。 高校の時から、しょっちゅう飲み物の回し飲みをしていたから、そんなことでは照れたりしない。 そのままベンチで、ゆったりと喋っているとあっという間に時間が過ぎる。 もう少しで日が暮れるという時になって、悠太がだんだんとそわそわしだす。 「どうかした?」 「な、なんでもねーよ。そろそろ帰るか」 明らかに何かを隠している悠太に胸騒ぎがして、引き止めるための理由を探す。 ふと目に止まった観覧車を指さす。 「あれ、乗りたい」 「いや、帰ろーぜ?な?」 「乗りたい」 じっと悠太の目を見つめると、はぁと大きくため息をついて悠太が頷いた。 無言のまま観覧車に向かう。たまに触れる手がくすぐったくて、暖かい。思い詰めるように、じっと前を見つめている悠太の顔を見上げる。 観覧車は寒いからか、すいていてすぐに乗ることが出来た。 太陽が、地平線に沈みそうになっている。 乗り込む時にふと見えた悠太の足が、透けているように見えて瞬きを繰り返した。何度見ても、透けたままで胸騒ぎが大きくなる。 「ねぇ」 座りながら声をかける。 「ん?どうした?」 眉を下げて笑う悠太に何も言えなくなる。笑顔なのに、泣きそうにみえて胸の奥がぎゅっと苦しくなる。 「ごめん」 悠太が泣きそうな声で、呟く。 「俺、ほんとは死んだんだ」 暖かいしずくが、頬を伝う。 「嘘ついてごめんな」 悠太は、神様に頼み込んで今日、人に見えるようにしてもらったことを語った。 「俺、どうしても夏海に伝えたいことがあって」 「うん」 悠太の目を見つめて、言葉を待つ。 「夏に冬の約束したのさ」 「うん」 「冬も一緒にいたいっていうこと、だったんだ」 恥ずかしいのか、歯切れ悪く答える悠太に笑みがこぼれる。 「そんなの言われなきゃわかんないよ、ばか」 明かされた暖かい秘密に涙が溢れて止まらなくなる。それと同時に、どうしようもない思いが溢れてきた。 「信じちゃったじゃない……!あんたが生きてるって、また一緒にいられるって思っちゃったじゃない!ばか……!!」 理不尽な怒りをぶつけたのに、悠太は泣きそうな顔でずっと笑っていた。 「もっと一緒にいたいってまた思っちゃったじゃない……!どうしてくれんの……!?」 「なぁ、好きだよ、俺」 不意に彼が私の言葉を遮る。 ああ、もう時間が無いんだな、と感じる。 理不尽な怒りをぶつけるのをやめて、涙を拭った。 「私も」 涙を流しながら、精一杯笑う。 「俺さ、本当はもっと一緒にいたかった。いつまでも夏海と笑いあっていたかった……!」 「うん、私も」 お互い涙でぐしゃぐしゃの顔を見合わせて、少し笑った。 「だから、生きろよ、夏海」 「うん」 悠太の顔が近づいて、唇がそっと触れる。暖かいと感じて、目を開けた時にはもう悠太はそこにいなかった。 観覧車を降りる時に、びっくりした顔の係の人を振り切って、家に向かう。 家までの道を歩きながら、空を見上げる。 綺麗に澄み切った蒼空に輝く星。 あの中に悠太もいるんだろうか。 ねぇ、悠太。 心の中で、そっと語りかける。聞こえていなくても、いい。 私、前を向いて歩いてくよ。 悠太が手を引いてくれなくても、ちゃんと強く歩いてくよ。 ありがとう。 ――――――――――――――――――さようなら。
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