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【野郎どもの井戸端会議】    ◇◆◇ 「くっ……さすがはワタルでーす、両手に花、ハーレム展開……うらやましすぎマース」  そう言ってテーブルへと突っ伏すベンジャミン。  その隣に、悔しそうな表情を浮かべる少年がもう一人。 「全くです……九重さんもガードが甘すぎます。ああいう人畜無害そうな北斗みたいなやつに限って手が早かったりするというのに」  彼らがいる休憩エリアからは、窓越しに中庭が見渡せ、日の当たるベンチで話に花を咲かせる花月と楓、そして、その横で気持ちよさそうにうたた寝している航の姿が丸見えになっていた。 「あれ? 君は……《神藤|しんどう》君だっけ。いつの間にかベンジャミンと仲良くなったんだね」  遅れて姿を現したガウが、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべながら同じテーブルにつく。  ベンジャミンがガバッと身体を起こす。 「そーなんデス! 聞いてクダサイ、こんな身近なところにココロザシを同じにする同志がいたんデスよ!」  すると、隣の少年、《神藤|しんどう》 《広明|ひろあき》も感激したような様子でベンジャミンに向き直る。 「まさか、あの『まじかる探偵あぬびす団☆』略して、《まじあぬ》っ! あの名作を信奉する同志がいたなんて、ぼくこそ驚きですよ! しかも、放映当時、ベンジャミン同志は海の向こうにいたワケで、その熱意たるや!!」 「そ、そうなんだ。もしかして、日本じゃ有名な……えっとアニメ? なのかな」  テーブルの反対側で俯せになっている陵慈へ助けを求めるガウだったが、彼の返事は極めて素っ気なかった。 「疲れるから巻き込まないで」 「……そうですよね」  ため息をつくガウ。  そんな二人を余所に、ベンジャミンと神藤は「青が最高!「いや、王道の赤でしょ!」「敵の女幹部もアリ!」「それよりも伝説の第八話の解釈は……」 などと勝手に盛り上がっていく。  ガウはあらためて神藤を見やった。クラスは違うけど、寮では航と陵慈の部屋を挟んだ反対側の住人で、何度か顔を合わせたり話をしたりしたこともある。もっとも、自分たちが留学生という存在だからだろうか、壁を感じていたことも事実だ。でも、その壁をあっさり取り払ってしまうのだから、ベンジャミンのオタク趣味も有用なスキルと言えるのではないか。  この機会に乗ってガウもコミュニケーションを取ってみることにしたようだ。話題が一段落したところを見計らって会話に参加する。 「えっと、神藤君はもう授業に慣れた? 保安警備専攻だったっけ」 「あー、正直言うとギリギリってとこかな」  ガウの問いかけに笑いながら応じる神藤。ベンジャミンのおかげですっかり打ち解けたようだった。 「担任教官は?」 「三上教官、思ってたより優しい先生でホッとしてる。あ、でも、そっちの桂教官も良いよね、ある意味羨ましい」 「さすがシンドウはわかってマスね」  ウンウンと頷くベンジャミンを丁寧にスルーしてさらにガウは神藤といくつか言葉を交わしていく。  神藤も完全に気を許したのか、ベンジャミンへ対するのと同じような人懐っこさを見せ始めていた。陵慈とさほど変わらない小柄な身体で、そばかすのあとが残るまだ幼く見える顔。特に厳しい保安警備専攻のカリキュラムをこなすのは本当に大変そうに思える。  ベンジャミンが神藤の肩に手を載せる。 「シンドウはこう見えても武術の達人なんデスよ」 「え、そうなんだ!?」  びっくりして声を上げてしまってから、ガウは慌てて神藤に謝る。  だが、神藤は気分を害した様子を見せなかった。 「達人って盛りすぎだよ、まだ段位だってもらえてないのに」 「武術って空手とか柔道ですか?」 「うん、《躰道|たいどう》っていうんだけど、あまり聞かないよね」  神藤によると小学生の頃《いじめ》られていたことがあって、その時、近所にあった道場に通い始めたとのことだった。今考えると中二病のかかりはじめみたいなものだよねと笑って話す姿に、ガウはある種の強さを感じて認識を改めたようだった。何事も外見で判断してはいけない、と。 「まあ、それはそれとして……」  神藤が声を低めた。 「常盤さんと北斗がつきあってるって話があるんだけど実際のところはどうなの?」 「あ、もしかして神藤君、常盤さんのことが気になってたりするの?」 「ちょ、 質問に質問で返すのは卑怯ってか、べ、別にそんな意味じゃないしっ!」  何気ないガウの返しに、あからさまな動揺をみせる神藤。  ベンジャミンが少し考え込むような素振りを見せる。 「今のトコロ、そういう兆候はナイっぽいデスよ。というか、カエデ狙いならいっそのことワタルを取り込むっていう策がオススメデスね。《将を射んと欲すればまず馬を射よ》ってヤツデスよ」  それは違うんじゃないかとガウは思ったようだが、あえて口を挟まなかった。 「それに、何を隠そう、ワタルも《まじあぬ》同志デスしね」 「え? そうなの?」  テーブルの上で額を寄せ合って密談モードに入るベンジャミンと神藤。  ガウはそんな二人に苦笑しつつ、個人用の情報端末を起動させた。  既に三ヶ月近く生活を共にしているせいか、ある意味扱いづらいベンジャミンに対しても、自然につきあえるようになっていたことに本人もビックリしている。  もともと、宇宙へ出るにあたって協調性や環境適応能力も入試の際に考査されているのだが、この物静かな留学生はその方面について特に優れているのかもしれない。  ガウは透明ディスプレイに表示された書類を指で弾いてページを読み進めていく。 「……宇宙に上がるの、もう来月なんだね」  宇宙実習、軌道エレベータ【ヤタガラス】の昇降機【ミサキ】に学園の生徒達が乗り込み、実際に宇宙空間へと上がって行われる実習だ。地上から約一週間かけて静止軌道上にある宇宙ステーション【カグヤ】まで上り、さらに約七ヶ月滞在することになる。来年三月に地上へ帰還する予定だが、それまでの間、宇宙空間上での学習や生活訓練の他、さまざまな実務にOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)形式で参加することにもなる。  神藤と密談を続けていたベンジャミンが身体を起こした。 「その資料も味気ないデス。日本の学校というなら冊子で用意するのがオヤクソクというモノデス。シオリってヤツです、エンソク! シューガクリョコー!」 「激しく同意」  続けて神藤も重々しく頷く。 「ごめん、言ってることがあまりよくわからない」  さすがに戸惑い、もう一度助けを求めようと、ガウは反対側で気だるそうに端末を弄っている陵慈へと視線を向ける。 「無視して問題ないと思うよ」  あっさりと切り捨てる陵慈。  ガウが少し考えてから口を開く。 「内容をみたところ、生活の場所が寮や学園施設からミサキに変わるだけで、授業や実習は今までの延長線上といったところなんでしょうが……その、彼らは大丈夫なんでしょうか」 「北斗たちのこと?」  端末のディスプレイに視線を固定したまま陵慈が言葉を続ける。 「今のところ、宇宙実習期間までに解決するのは無理なんじゃない? まあ、ミサキやカグヤからでも地上へのネット接続はできるし、逆に宇宙に出ちゃえば学園と寮の移動時間が無くなるし、娯楽も制限されるし、専念できるんじゃない?」 「言われてみればそういう見方もできますね」  少し驚いたような表情を浮かべるガウ。 「運動実技だってなくなるし、体力的にも余裕できるかもよ」 「どっちかというとリョウジとしては、そっちの方が重要っぽいデスネ」 「うるさい」  陵慈にちょっかいを出し始めたベンジャミンをそのまま放置して、ガウは視線を中庭へと向ける。  ベンチに座ったままの航と楓の後ろを花月が落ち着かない様子で行ったりきたりしているようだ。 「わかりやすいというか、ベンジャミンが羨むのもしかたないかな」  航たちは、桂教官からは宇宙実習前に事態の解決を求められている。いくら実習の延長線上とはいえ、宇宙空間での活動がメインなのだ。危険と隣り合わせの状況になるわけだから、できるだけ面倒毎は地上にいるうちに解決させておきたい、そんなところだろう。 「事態が事態だけに、宇宙実習の延期、いや、このクラスだけでも出発を遅らせる……とか」  瞬間、全員の視線が自分に向けられ、ガウは内心の呟きを声に出してしまったことに気づいた。 「さすがにそれは無いんじゃない?」 「シューガクリョコーとかエンソクなら、別行動とかあとで合流ってパターンもありマスけど、今回はムリじゃないデスか」 「ぼくはクラス違うからよくわからないけど、特別扱いは難しいと思う」 「あ、そ、そうだよね」  ガウはごまかすように笑いながら端末を閉じた。 「前々から思ってたけど、ガウって《いい人》だよね、アイツとはまた違うけど」  チラリと中庭を見やる陵慈。  ガウは照れたように頬を人さし指で掻く。  《いい人》、この国に来てから良く言われるようになったのは事実だ。 大抵は褒め言葉だと受け取っていた。たまに皮肉めいた口調を感じるときもあるけどと、ガウは今度こそ心の中でそっと呟く。 「《いい人》……ですか」    ◇◆◇ 【雨降って地固まる?】  WoZのギルドハウスの広間。今日の探索を無事終えて大テーブルの席に着くと、仲間たちも次々と席に着く。 「やっぱり、一人減ると厳しいね」  ロザリーさんが頭をかき回しながら息を吐き出した。 「うちのバカ兄がすみません」  ペコリと頭を下げるミライの横で、ジャスティスが口を尖らせる。 「ホント、大人げないよね」 「顔に落書き程度じゃ甘いですよね」  おもむろに立ち上がったミライが広間の片隅に棒立ちになっているアオに歩み寄る。何をするのかと黙って見ていると、ミライは空中に表示させたメニューウィンドウを操作して、ユラユラと左右に揺れる原色のけばけばしい花がついた帽子を取り出してアオに被せた。  さらに追い打ちとばかりジャスティスも鼻と髭のついた丸メガネをバシンと顔に叩きつけるように装着させて、お腹を抱えて笑い出す。  あの日以来、アオはT.S.O.にログインしなくなってしまったのだ。  双子曰く、バイトとかプライベートが忙しくなったと言っているとのことだが、僕はやっぱりあの時の言い争いが原因なのだろうと思っている。  あの後、少し悪かったかなと思ったりもしたのだが、こんな形で拒絶されるといささか面白くなかったりもして。 「まあ、それはそれでしかたないさ。こればっかりは本人次第だしね」 「本当に忙しいのかもしれませんしね」  ロザリーさんとクルーガーさんが苦笑する。 「というわけで頼りにしてるよ、イズミ」  と、いきなり水を向けられたことにビックリして、ネコミミ少年が耳と尻尾をピンと立てて立ち上がる。 「は、はい! 頑張ります!」 「イイよね、アリオット?」 「あ、はい。大丈夫、というか、それしか無いと思います。さすがに前衛二人だけじゃ難しいですし」  ロザリーさんの申し出に僕は当然というように頷いた。  現在の攻略ポイントは十一層。敵の攻撃が複雑化してきている中、後衛の守りが薄くなるのは痛いが、それよりも前衛が戦線を維持できなければ話にならない。 「三月ウサギのパーティと連携できる局面も増えて楽になった分、トントンといったところですかね」  あの一件、アオの離脱とは別に、不幸中の幸いというかフェンランさんを通して結果的に三月ウサギとのパイプを太くすることができたのだ。お互いの行動予定を共有化することで、僕たちは三月ウサギのパーティに同行する形で、攻略の最前線に出られるようになっていた。  不意にクルーガーさんが僕へと声をかけてきた。 「そう言えば、アリオットさんたちが宇宙に上がられるのはいつ頃でしたっけ、確かもうすぐですよね」 「あれ? アリオットってば、宇宙実習のことみんなに話してたの?」  くーちゃんがビックリしたように声を上げる。 「みんなに心配させたくないから黙ってようっていってたのに」 「あ、いや、僕も言ってない……と思う」  すると、クルーガーさんが軽く手を振った。 「あ、いえ、私にも宇宙学園に通っている知り合いがいて、その方から伺ったんですよ」 「ていうか、ニュースやワイドショーでも取り上げられてるよ」  ロザリーさんがスゴいよねと笑う。  正直、そこまで注目されているとは思っていなかった。  サファイアさんが呆れたように肩をすくめる。 「当事者だと感覚が鈍くなるんですかね」  その指摘に、くーちゃんがハッとした表情になる。 「え? そんなに? ちょ、ちょっと待って、そう言われるとなんか緊張してきたかも」 「そうですよ、スゴいんですよ! 羨ましいです!」 「もしかして、くーちゃんテレビに出たりするかも!?」  イズミとギルティに持ち上げられて舞い上がるくーちゃん。そんな彼女にロザリーさんが軽くツッコミをいれてから、こちらに向き直った。 「確か八月の中旬、お盆明けだっけ? もしかして、宇宙に行っちゃったらT.S.O.には入れなくなっちゃったりするのかい? だったら、急がないといけないけど、残り一ヶ月弱か……十一層の進捗から考えるとギリギリ、いや難しいかね」 「宇宙からでもT.S.O.にはログインできるよ」 「え、そうなの?」  ぴーのは説明するのが面倒だと、それ以上は説明しなかったが、それが本当なら少し余裕ができるかも。念のため、明日以降にでも教官にも訊いてみましょうというザフィーアの言葉に頷く。  だが、そんな僕たちに対して、クルーガーさんが少し考えるようなしぐさをしてから、声をかけてきた。 「本当に無理はしないでくださいね。私の知り合いの子からも宇宙学園での授業は今でさえ大変だと聞いています。それが宇宙に上がったらなおさらです」 「……これは、私が言えた義理ではないですけど」  サファイアさんが表情を改める。 「もし、負荷がかかりすぎて学園生活に支障が出ているようなら、その時は言ってください。こちらから頼んでおいて今さらですが、アリオットさんたちのリアル生活の方が大事です」 「そんなこと……!」  と、言い募ろうとした僕の声が詰まってしまった。みんなは悪意があって言っているわけではない、わかっている。本気で僕たちのことを心配してくれているということは。 「……まぁ、そういっても割り切るのは難しいだろうさ」  ロザリーさんが静かに割って入る。 「とりあえず、この話は宇宙に行く前、夏休みに入った段階でゆっくり話すことにしないかい? それまで状況がどう変わるかもわからないしね」 「そーだよ、もしかしたら明日とかクリアできちゃうかもしれないし!」  脳天気な声を上げるくーちゃんに、クルーガーさんとサファイアさんが同じような苦笑めいた表情を浮かべた。    ◇◆◇ 「……そろそろか」  銀髪を揺らしながら少年は小さく伸びをしてから座椅子から立ち上がる。六畳程度の広さの和室には、複数のモニターや情報端末が乱雑に配置されている大きめの座卓と座椅子、そして部屋の隅に畳まれた寝具一組だけが置いてあるだけ。  銀髪の少年リーフは静かな足取りで部屋を出る。隣の居間を廊下から覗くと老夫婦がお茶を飲みながらテレビの情報番組を見ていた。お婆さんがリーフの姿に気がつき、緩慢な動作で手招きしてきた。 「病院の帰りに北斗さんに会ってね、航くん、来月には夏休みで帰ってくるからって伝えておいてって」 「……うん」 「それは楽しみだなぁ」  ひゃっひゃっと歯の間から息が漏れるような声で笑うお爺さん。少年は表情を変えずに歩み寄って、お祖父さんの少し乱れた上着を整える。  お婆さんが代わりに「ありがとね」といってから、思い出したように言葉を続けた。 「そうそう、壊れちゃったって言っていた天体望遠鏡だけど、今日が収集日だったからゴミに出しちゃった。でも、本当に良かったのかい? 私には難しくてよくわからないけど、修理に出しても良かったかなって。今さらだけどねぇ」 「完全に壊れちゃってたから」  端から見ると言葉少なでぶっきらぼうな態度にも見えるが、老夫婦は全く気にしていないようだった。 「今日の夕飯は唐揚げにしようと思ってるの、あとで深海さんのところに買いに行こうと思うけど、それでいい?」 「うん」  自分が買いに行こうかと言いかけてから、言葉を呑み込むリーフ。この前「なんでもかんでもリーフに頼むと一気に老け込んじゃうからね」と笑われたことを思い出したのだ。  どこの誰ともわからない自分を引き取ってくれた老夫婦に、少年は純粋に感謝している。例えそれが過去に喪った息子や孫の代わりだったとしても、自分に注がれた愛情であることは間違いないのだから。  チクリと心に何か刺さったように感じて、そっと胸に手を当てる。 「外に行ってくる」  そう言い残して、リーフは家の外へ出た。七月も終わりに近づき、北海道のさらに北東部に位置するこの街でもジンワリと汗ばむくらいの気候になっていた。  さっき、お婆さんから聞くより先に、リーフは航たちが夏休みに帰ってくることを知っていた。昨晩、メッセンジャーで少しやり取りしたのだ。航は青葉の様子を知りたがっていたようだったが、あまり期待に添える話はできなかった。  「余計なこというなよな」と青葉に釘を刺されていたことも言わなかった。  航と青葉、文字通り死にかけていた自分を拾った二人。本当に余計なことをしたものだと今でも思っている。  だが、それとは別に受けた恩は返さなければと思う。ふと、笑みがこぼれる。自分がそんな考えを持つとは想像もできなかった。老夫婦がいつも夕方に見ているテレビの時代劇の影響かもしれない。それくらいしか理由が思いつかない。  それにしても、と思う。どうやら、あの二人、最近は何か行き違いがあるようだ。まあ、今までも同じようなことは何回かあったが、なんやかんやで元の鞘に収まったりしてるので、あまり気にしてもしかたがない。  それよりも、やらなければならないことがある。 「……そろそろ潮時」  夕焼けに紅く染まる空の下、少年は人気のないあの路地を横目にポツリと呟いた。    ◇◆◇ 【嵐の前の】 「ああー ついに七月も終わっちゃったねー」  学園から寮へ帰る途中、オノゴロラインの車両の中で花月がお手上げといった風に肩をすくめた。  この車両には、所用があると学園から別行動をとったガウを除いた桂クラスの五人しか乗っていない。  常盤さんが悔しそうにため息をつく。 「結局、戦力になれていなくて歯がゆい限りだわ」 「いや、どちらかというと巻き込んじゃったのは僕たちだし」  慌ててフォローする僕の横で、常盤さんと同じ立場のハズの陵慈が「ふわあ」とアクビした。  ベンジャミンが「大変ですネー」と肩をすくめる。悪気がないのはわかってるし、あきらかな八つ当たりなんだけど、その何も考えていないような笑顔にツッコミをいれたくなる。  もちろん、そんな僕の内心には全く気づかないベンジャミン。  つい三日前、三月ウサギをはじめとする攻略組がついに十二層への入口へとたどり着き、事態は進展を見せたかに思えた。  さっそく僕らWoZメンバーも足を踏み入れたのだが、広大な十一層とは雰囲気がガラリと変わり、複雑な狭い通路で構成された遺跡──雰囲気的には南米の奥地、アマゾンとかにあるっぽい──そんなダンジョンだった。  高低差を利用して不意打ちをかましてくるモンスター、通路をあちこちで寸断するように激しく流れる地下水路、全ての光源を呑み込む《暗黒領域|ダークゾーン》、高レベルの盗賊系スキルでも解除に難儀する罠などなど。階層内の地図を作るところから相当な苦労を強いられている。 「焦ってるのはワタルたちだけじゃないみたいデスよ、ネット上ではT.S.Oプレイヤーもそうじゃない人たちもヤキモチでイライラしてるようデスね」 「ヤキモチ……ヤキモキ、かな」  反射的に入れた僕のツッコミに「オゥ!」と、いかにもなリアクションを見せるベンジャミン。  今のやり取りがツボに入ったのか笑いが止まらなくなった花月に場を委ねて、僕は少し考え込む。  攻略スピードが落ちた理由は、ダンジョンの難度が上がったことにより多くのT.S.O.プレイヤーたちが攻略に慎重になってしまったことが挙げられる。その結果、キャラクターの死亡による情報流出の頻度は目に見えて減少した。だが、逆にそれが外野の野次馬たちの欲求不満を煽ることになってしまい、プレイヤーたちへの心ない声は、反比例するように以前に比べて多く目につくようになってきていた。まあ、この際、外野のことは無視すべきなのだが、気になるのはゲーム内、特に攻略組の少し後にいるプレイヤーたちの動向だ。  僕たちのギルドWoZは、一応攻略組に分類されてはいるが規模が小さいため、それほど目立つ存在ではない。でも、そんな僕らのところにさえ、一度も接点がないT.S.O.プレイヤーからも、いくつもの声が届いている。ほとんどは現状の攻略状況や今後の見込みを知りたいという問い合わせだったが、中には攻略のメドが立たないことに対する罵詈雑言を並べたものもあった。僕たちのところでこれなのだから、三大ギルドレベルになると、もっと酷い状況なんじゃないかと心配になる。 「気持ちはわからないでもないんだけどなぁ」 「他のプレイヤー達のこと?」  常盤さんの反応に僕は声を出してしまったことに気づいた。慌ててごまかそうかと思ったのだが、みんなの視線が集中してしまったので、説明せざるを得なくなってしまう。 「いや、ね。いくら安全地帯で事態の解決をただただ待っていたとしても、それで確実に助かるってワケじゃないし。もしかすると、判明していないだけで期限とかもあるかもしれない」  事件が解決しない以上、不安はいくらでも湧いて出てくる。一方で、唯一頼りにしている攻略組の進捗が目に見えて遅くなることで、不安の中に絶望が混じりはじめ、冷静な対応ができなくなってしまうのではないか。 「自分で動こうとしないで他人に頼ってる分際なのに口だけわーわー騒ぐようなヤツ、相手にするだけ時間のムダ」  陵慈がボソッと一刀両断にする。  まあ、陵慈の言うことも正論なんだけど、人間、そういつでも理性的に割り切れるわけでもなくて。  苦笑しつつ、僕は言葉を続けた。 「実際のところ、ちょっと気になるのはライト層じゃなくて、もうちょっと上、攻略組からちょっと遅れた位置にいるプレイヤーたちなんだよね」  T.S.O.も運営期間が相当長くなってきていることもあり、攻略方面のヒエラルキーは安定していて、先行の攻略組、攻略組からの情報を得つつ追いつこうとする二次組、そして、それらの攻略組から数歩遅れながらも楽しみつつ進んでくるマイペース組に別れていて、しっかりと棲み分けとそれぞれの関係性ができていたりする。 「なんかね、二次組の人たちに焦りというか、なんなんだろう。浮き足だってる感じなのかな、なんか余裕がない感じがするんだ」  ぶっちゃけ、WoZは攻略組と二次組の境界線上に位置する存在である。なので、どちらかというと二次組の方にこそ知己が多かったりするのだが、だからこそ、そんな彼らの態度の変化に気づいてしまったのかもしれない。  そんな僕の懸念に他のみんなは顔を見合わせたが、結局のところ、僕たちのやることに変わりはないという結論に至り、この話題はこの場限りで終わってしまったのだった。    ◇◆◇ 「はあぁ……」  屯田はデスクに戻るなり頭を抱えてしまう。  上司に攻略の進捗を報告に行った際に、とんでもない重荷を負わされてしまったのだ。  そもそも、最近は事件の影響も落ち着き始めていて、屯田自身、攻略もそう急ぐ必要は無いと思っていた。  だが、自分の想像もつかないところで大きな動きがあったという。 「日本の量子サーバシステムが全世界ネットワークから切り離される!?」  先日、T.S.O.をサービス単位で分離ができない以上、量子サーバシステムの最小単位である国家単位でシャットアウトすることになるという、ディールクルム社からの期限付きの通告が日本政府に対してあったというのだ。  現状で、今回の影響は日本国外のシステムに波及はしていない。そのため、とりあえず日本のサーバシステム内に封じ込めておいて、世界各国への波及を防ぎつつ、事件の解決を図るというのが建前だ。  本音では、今、日本の量子サーバシステム内を踏み台にして、同様のことが諸国で発生しないように、今のうちに蓋をしてしまえということだろう。  今やあらゆるシステムが世界各国とリアルタイムで密接に繋がっている。もし、世界から切り離されたらどうなるか。金融市場を始め国内外を繋ぐ運輸システム、情報システムがすべて停止し、日本国内の経済は大混乱に陥ることは疑いない。  まだ、この通告があったことを日本政府は公開していないが、内部はパニック一歩手前といった状況だ。 「そう言われても、どうしようもないですよ……」  さすがに建前を取り繕うこともできず、本音が漏れてしまう。  責任重大だぞといわれても、自分ができることには限界がある。それも、何の責任もない一般市民を巻き込んで協力してもらっての上だ。他言無用だと付け加えるように念を押されたが、それなら最初から伝えないで欲しかった。 「はぁぁぁぁ……っ」  もう一度、屯田は盛大にため息をついた。
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