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太陽が最も輝く夕方。ラビオは用事を終え帰路に就いていた。食糧品や医療品、夕飯のサンドイッチを買ったのだ。 ラビオの家、もとい薬局は十字路の入り組んだ所にある。影が伸び、闇が射すと、程良く暗くなる。ラビオは家に入る直前に路地で蠢く影を見つけた。 猫か犬かの動物かな。眼を凝らした時、ギラリと黄の瞳が光った。
人間だ。それも幼いものだ。ラビオは急いで荷物を置き、路地へ駆け寄った。 「君…ッ」
 ラビオは絶句した。地べたにぐったりと転がり、顔はこちらに向け睨んでいる。服は何者かの手によって破かれ、褐色の肌からは血が滴っている。
大変だ、手当てしないと。ラビオは赤髪の少年に手を伸ばした。
「来るな!」
 少年は叫んだ。声には怯えが混じっていた。
 「大丈夫、君に危害は加えない」 
少年は瞳の色を変えない。 
「僕は医療従事者だ。君を手当てしたい」 
薬局を指で指す。少年もそちらを向いた。
今だ。少年を抱き起こした。
 「ッ…!離せ!」 
痛みに一瞬顔を歪めた。腕を解こうともがくが、しっかりと掴んだラビオの手は簡単には解けない。 
「やめろ!どこへ連れて行く気だ!」 「暴れると傷が酷くなるよ!大人しくして!」 力なくじたばたとする少年を担ぎ上げる。こういう時に筋肉があってよかったと思う。 突然、少年が動かなくなった。 口に手をかざす。息はあるようだ。痛みで気を失ったか、もしかしたら出血多量かもしれない。急いで家に入り、ソファに寝かせた。 ビリビリに破かれたもはや布切れのような服を脱がす。全身に酷い殴打の跡と掴まれたような跡がある。 ところどころ濡れているのが気になる。もちろん血が溢れているのもあるが、粘着質な、白濁色の。 「もしかして…レイプされた?」 下半身を見る。特に傷が酷く、尻の穴は切れ血が流れている。強姦だ。彼は路地裏で強姦に遭ったのだ。 まずは清潔にしないといけない。少年を風呂に連れて行く。ラビオ自身も上の服を脱いだ。 暖かめの湯をゆっくりとかける。沁みて痛いのか少年は時たま身じろぎをした。抵抗しようにも体力がないのか、そこまで衰弱しているのか。いずれにせよ今のうちだ。すまないと思いながら、石鹸で丁寧に洗った。 タオルで優しく拭き、てきぱきと手当てをする。軟膏を塗り、包帯を巻き、特に出血の酷い部分はきつめに固定する。熱を持った部分には湿布を貼る。 胸、腹部、腕、腰、脚。満遍なく暴力を振られ、疲弊しきらせてから強姦したのか。苦痛を思い浮かべては腹の底が冷える。同時に、悪い大人達への憎悪が肥大する。うら若い少年に暴力を振るい、好き勝手した後に路地裏に捨て姿をくらます。とんでもない奴らだと、ラビオは怒った。 全身が包帯だらけになった彼に、余りの服を着せる。サイズはラビオのものだが無いよりはいいだろう。 「大丈夫?」 「…本当に乱暴する気はないんだな」 「悪い大人に傷付けられたって子供は多いんだよ。君みたいにとんでもなく酷い目に遭った子はいないけどね」 「ふん…」 「何か食べようか。スープとか食べられるかな?」 「いらん」 「レトルトでいい?」 強情な彼を半ば無視して、レトルトパウチのスープを湯煎し、サンドイッチはオーブンに入れた。 彼を座らせたソファの反対側に座り、彼に問いかける。 「僕はラビオ。薬剤師だ。君の名前は?どこから来て、どうしてあんな目に?」 「見ず知らずの男に言うと思うか」 「君の命を助けたんだよ?訳を聞いたっていいじゃないか」 「…ふん。ヴェロニカ。東欧の街から旅をしている。理由は知らん。」 「ヴェロニカ…」 律儀な彼の名前を反芻する。ヴェロニカといえば、女の子の名前だが。今の時代名前にとやかく言うのは野暮だろう。 東欧からこの街まではかなり距離がある。長い時間を旅してきたのだろう。 「何故俺を助けた。手当てまで…何が望みだ?」 ヴェロニカが怪訝な目でこちらを睨む。長らく手入れされていないであろう前髪から覗く黄の瞳がラビオを見る。 「なんでって…子供は助けないと。それに、何も望んじゃいないよ。望むとすれば君の無事」 「子供扱いをするな。これでも十四だ」 「何歳でもいいよ。旅人みたいだけど、この先旅の宛は?」 「無い。住めそうな街があればそこに住むだけだ」 チン、とオーブンがタイマーを鳴らす。ちょっと待ってね、と言いラビオは席を立った。 こんがりと熱されたサンドイッチを皿に取り、スープを深皿に注いだ。ラビオとヴェロニカを隔てるテーブルへ置く。 「この街に住まないかな、色々あるし便利だよ。欧米ほど栄えてはいないけど」 「断る。またいつ襲われるかわからん」 食べてよ、とスープの皿をヴェロニカの方へやる。ヴェロニカは皿を手に取り、匂いをかいだ。猫のようだ。 「毒は入ってないよ。公的なキャラバンから買ったものだから安心して」 「ふん…もらってやる」 小さな口をつけてスープをちび、と飲んだ。熱過ぎなければいいのだけど。 「じゃあせめて、君の怪我が治るまでうちにいなよ。その状態で旅に出ると危険だ」 身体中包帯とガーゼだらけで、一人で歩くのも覚束無い程だ。一人にするのはあまりにも危ない。 サンドイッチも食べていいよ、と皿をやる。ヴェロニカはまた匂いをかいだあと、おそるおそるかぶりついた。食いつきっぷりから腹を空かせていたのだろう。 ヴェロニカが窓の外を見やる。きょろきょろとよく動く瞳だ。綺麗なアーモンド型の瞳はまたラビオの方へ向き、 「今日はここにいてやる。日が昇ったらそれまでだ」 ヴェロニカはぎっと腕を組み、未だ警戒の様子を解かない。交渉の余地はなさそうだ。だが、一日、いや半日でこの怪我が治るはずもない。特に足腰は傷ついているはずだろう。 「わかった。君のタイミングでここを出てもらって構わない。だけど出る時は僕に声をかけて。旅の支度ぐらいはさせてよ」 「好きにしろ」 「明日は服を買いに行こうか。いつまでもそれじゃ都合悪いでしょ」 「…ッあのなぁ」 「知り合いに仕立て屋がいるんだ。ちゃんと採寸してもらおう」 「話を聞け」 「その怪我じゃしばらくは無理そうだよ、強がらないで」 「…ッ」 黙り込んでしまった。図星のようだ。 ヴェロニカがこくりと船を漕いだ。やはり疲れているようだ。 「大丈夫?寝ようか?」 「…いらん」 「ベッド一つしかないけどいいかな。狭くてごめんね」 「だからいらんと…!」 抵抗するヴェロニカは大変眠そうだ。呂律が回っていない。怪我に触らないように抱き上げる。ヴェロニカは一瞬体を強ばらせたが、すとんと寝落ちた。ラビオの胸に頭を預け、既に泥のように眠り込んでいる。体が睡眠を欲しているのだろう。寝室まで運び、大きなベッドにそっと寝かせる。 まだ夜九時だ。明日の出かける準備をしよう。
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