Before
 わたしに関わらないでください―――導かれるままにゲームをプレイすることになった『渚』。ゲームのクリア条件として、彼の守らなければならないキャラ―――『次代勇者』の少女と、彼は何とか出会うことができた。しかし、彼は困惑した。何故ならその少女は、自らの死を望む、死にたがりの勇者だったのだ―――。
かいり
(ID r9hykKTBRCOCE)
5.とある妖精の過去
死にたがりの勇者と守り人
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死にたがりの勇者と守り人2…
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第一章 大いなる海竜種 …
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 十年ぶりで、親友が訪ねてきた。
 月の明るい晩だった。
 僕がひとり、月を肴に晩酌を楽しんでいると、突如、けたたましいノックの音がして、行ってみると、親友が立っていた。
 お互いに十年分の年をとっているはずだが、向きあってみると、昨日別れたばかりのような気がした。
「実は今日は、お前に頼みごとがあって来た」
 親友は、久しぶりだなとも、こんばんはとも言わず、いきなりそう切り出した。
 戸口で話すのも奇妙だ。
 僕は彼を部屋に招き入れ、晩酌のグラスを、もう一人分追加した。
 しかし彼は飲まなかった。僕が注いだ酒が見えもしないかのように、全く手をつける気配もない。
 古ぼけたソファに座り、親友の目は爛々と輝いていた。
 ちょうど、今夜の月のように。
「頼みごととは、なんだい」
 酒を舐めながら、僕は尋ねた。
 親友は、肩から提げた古い革のカバンから、ひとつ、缶詰を取り出した。ツナやら鯖


やらが詰めてあるような、小さく平べったい、よくあるような缶詰だ。
 ただ、何も書いていない、真っ黒な紙のラベルが巻いてあり、中身が何なのかは、一見しただけではわからなかった。
 親友はそれを、僕と彼との間にある、古いガラスのローテーブルにことりと置き、手を引っ込めた。
 彼の目は、まるでその缶詰が、今にも爆発するかのように、注意深く見つめている。
「これを預かってほしい。お前にしか頼めないことだ。よろしく頼む」
 喉が乾いているふうな、切羽詰まった声で、彼は言った。
 カバンをおろす気もないようだった。
「頼むと言われてもなあ。これ、中身は何なんだい?
 参ったなと思いながら、僕は鼻をすすり、缶詰を見下ろした。それを手に取ろうという気持ちは、なかなか起きなかった。
「中身は……」
 言いかけて、溜飲し、親友はしばし黙り込んだ。
 月明かりの中、僕は彼の沈黙に付き合った。
 薄暗い部屋の中、窓から見える月のほうが、煌々と明るく思えた。
 僕の部屋には薄物のカーテンなどという、立派なものはない。月を見るため、窓を開
け放つと、部屋の中は丸見えだ。
 もしも誰かが覗いてみれば、ふたりの男が、缶詰を間に、じっと黙り込んでいる光景が、少々、滑稽に見えただろう。
「中身は、俺の狂気だ」
 突如、意を決したように、親友は言った。
 まるで舞台の台詞のようだった。
 実際、彼は学生時代、演劇にかぶれていたことがある。
 なかなか見栄えのするご面相と、長身のせいで、いつも良い役をもらっていたように思う。時々、彼の出演する舞台を見に行った。
 しかし演劇のことは、からきし僕にはわからない。
 舞台の上にいるときも、そうでない時も、彼は全然変わらないように見えた。
 全く演技していないのか、それとも、常に演技をしている男なのかだ。
「どういう意味だい?
 ふざけているのかと、僕は思って、訝る口調で尋ねた。
「そのままの意味だ。俺は狂い始めている。このままでは、何もかもがお終いだ。だが、その缶詰の中に、俺の狂気を閉じ込めることに成功した」
 矢継ぎ早な早口で、彼は言った。缶詰を見据える目が真剣だった。



 僕はぼんやりと瞬き、それを聞いた。
 缶詰には、それを開封するための、プルリングがついていて、引っ張れば簡単に開きそうに見えた。
「お前が持っていてくれ。俺は恐ろしい。これを預けることができる人間は、お前しかいないんだ」
 苦悩の表情で、疲れた肌色の顔をこすり、彼は僕に懇願した。
 後にも先にも、この親友が頭を下げて僕にものを頼むのは、この一度きりだった。
 返事をする代わりに、僕は鼻をすすった。
 少しの間、考えた。それとも、月を見ていただけかもしれない。
 やがて僕は酒を飲み、肩をすくめた。
「いいよ」
 微笑んで言うと、親友は心底、ほっとしたような顔をした。爛々としていた目の光が、少し和らぎ、肩の力が抜けたようだった。
「ありがとう」
 そう言って、彼は立ち上がった。
「もう帰るのか」
 十年ぶりなのに。何も話していかないんだな。
 重そうなカバンを肩から提げ直し、親友は必死の形相で、さようならとも言わずに、去っていった。
 手付かずのグラスと、黒い缶詰が後に残った。
 最後の酒を飲み干して、僕は狂気の缶詰を手にとった。
 少しの間、それを手のひらで転がしてみる。
 軽かった。とても。
 どこへ逃げるつもりなんだよ、お前。
 少し笑って、僕はプルトップを引いた。
 パカン、と軽い音がした。
 薄暗い靄のような何かが、夜空に飛び去ったような気もしたが、それはきっと錯覚だろう。中には何も入っていない。空っぽだ。
 客に出したつもりのグラスから、僕はもう一杯の酒を呑んだ。
 カランと氷が鳴った。
 あばよ。
 僕は声に出して、そう言った。誰もいない、月明かりの射す部屋で。ひとりぼっち。
 その翌朝のことだ。新聞に、彼のことが載っていた。
 朝一番の列車に飛び込み、細切れになって死んだと。



 雨の降っている朝だった。
 そういえば、昨夜の月には朧な、傘がかかっていたなと、僕は思った。
 
【完】
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