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 桜は美しい。  春が始まると花開き、春が終わると枯れ果ててぱらぱらと散っていく。  そんなあらゆる命にとってあたりまえにある「始まり」と「終わり」を一季にして演出するから桜は美しいのだ。    田舎にひっそりかつ寂しげに立っている古びた公園。そこに俺、高梨颯太《|たかなしそうた》は一人いる。  かつては子供たちでにぎわっていたこの公園も今は見る影もなく、滑り台やブランコなど定番の遊具が並んでいるもののそのすべての遊具が腐敗している。  そんな公園を見るのは、賑わいを見せていた公園の姿を知る俺としては物寂しい。  しかしそんな中でも桜は美しく咲く。桃色の花を枝に付け、まるで腐敗しきったこの公園に彩りを施すかのように凛々しく咲いている。  そんな桜の前に俺は立っている。 「今年も来たぞ、彩桜《|あやか》」  そう発した俺の言葉は誰の耳に届くわけでもなく消えていく。  彩桜とは今この桜の下で眠っているだろう妹の名前だ。俺は今日、妹の墓参りのためにここを訪れている。  今日は4月15日。墓参りというのは8月のお盆の日にやるのが一番ベーシックだと思うが、俺は毎年妹の誕生日である今日来ることにしている。 「今年で10年目か……。俺はこの1年も何とかうまくやれたよ」  桜の樹皮を撫でながらそう語りかけるように話す。もちろん返事が返ってくるわけがないのだが。  悲しい面持ちをする俺のすぐ横を春風が吹き抜ける。そしてその春風に引っ張られるように枝から離れた桜の花びらが飛び去っていく。  飛び去る桜の花びらを見て、妹が言っていた言葉を思い出す。 「桜は、散っていくからこそ美しい」  記憶の中の少女が話す声を復唱するようにつぶやく。  この記憶を何度思い出したか自分でも分からない。少なくともまず両手の指では数えきれないほどに。そんな記憶の1ページを俺はもう一度読み返す。  彼女がそれを言ったのは今から11年前……亡くなる1年前のこと。季節は今と同様春のときのことだった。    場所は今俺がいる公園。現在は枯れたように活気のない公園だが、昔は華《|はな》めいていたのだ。  そんな公園の中心で、散りかけの桜の木の下で小さいころの俺と今は亡き彩桜は楽しそうに遊ぶ子供たちを眺めていた。 「いいなあ~私もみんなみたいに遊具で遊びたいな~」  羨ましそうに遊ぶ子供たちを見て言う彩桜。そんな楽観的な言葉とは裏腹に、彩桜の体には呼吸器が取り付けられていて、それを見るだけで心が痛んだ。  どう返してあげれば正解なのか言葉に迷いながらも、それを表には出さないように顔に笑みを浮かべさせながら暫しの沈黙の末に答える。 「病気が治ったら彩桜も一緒に遊べるさ」  これが長い闘病を続ける小さな少女に希望を持たせられると思い、俺が導き出した言葉だ。ありきたりながらも本当に治って欲しいと言う自分の願いもしっかりと込められる本心からの言葉。  彩桜は俺の言葉に浮かない表情を浮かべる。 「治る……かな?」  彩桜の弱気な発言に驚く。なにせこんな彩桜をみるのは初めてだったから。年単位に続く闘病生活の中で俺がさっきのような励ましの言葉をかけることは何度もあった。だが彩桜はそんな俺の励ましに対していつも笑顔で「うん!がんばるね!」と必ずいつもそう返してくれていた。それなのに急にどうして……  いや、きっと薄々気付いたのだろう。彩桜が自分のことを悟れたように俺も彩桜の頭の中を悟れた。  自分の人生はもう長くはないことを。  余命半年。そう医者から告げられたのはつい最近のことで、それからというもの、俺は彩桜に会うために頻繁に病室を訪れていたのでそれが彩桜自身の残り命が短いことを知る一つの要因になったのかもしれない。  彩桜は気付いている。けど、俺はそれでも嘘をつく。その命が尽きるまで、死の恐怖に縛られず、最後まで高梨彩桜という俺が好きな明るくて優しい女の子でいてもらうために。  俺は座っている彩桜の前に立ち、優しく両手を肩に乗せる。 「大丈夫!お医者さんもあともう少しで治るって言ってたから!」  こうして俺は平然と嘘をついた。これが兄として自分にできることだって思ってこれが正しいのだと思って。これが自己満足だと思っても、俺の思いがわがままだと自覚していてもそれ以上に彩桜には生きていてほしかったから。 「そっか、よかった。あともう少しだよね」  彩桜の顔に笑顔が戻った。それがうれしくて俺も笑い返す。 「この桜、きれいだよね」  彩桜は自分の頭上にある桜を見ながらそう話す。俺もそれに「そうだね」と肯定する。 「桜ってさ、満開の時と散るときのどっちが好き?」 「もちろん満開でしょ!」 「へーやっぱり兄ちゃんもそうなんだ」  そう下を見て言う彩桜の声音が少し低いのが気になる。自分と同じ意見なら声音も高くなるはずだと思ったので不自然だ。 「それなら、彩桜はどっちなんだ?」  俺の問いによくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに笑顔が浮かぶ。 「私は断っ前散るときが好き!」 「じゃあ、なんでさっき俺もって言ったんだ?」  それを聞くと少し不機嫌になり、頬を膨らませ、 「だって他の病院の友達に聞いても「満開に決まってんじゃん」ってあたりまえのようにみんな言うんだもん。散る時派が私しかいなくて、兄妹である兄ちゃんだったらもしかしたら……って思ったけど期待はずれだったね」  そっぽを向く彩桜に対し、なんかよく分からないけど真面目に誤っておく。  そうやって謝る俺を彩桜は楽しそうに見る。 「じゃあ、兄ちゃんも今日から桜は散る時派ね!」 「強制かよ!」  そんな俺とのやり取りに笑顔を見せる彩桜であったが、直後少し頬が硬くなった。 「どうした?」  不安に思った俺が彩桜に尋ねる。 「桜ってさ」  こちらの問いに応じることはせず、続ける。 「桜って春っていう短い間に満開になってすぐに散っていくじゃん?それがすごくきれいで。だから……なんか、私に似てるなってそう思うんだ」  彩桜の言葉を聞いて、唖然として何も言えなかった。散っていくところが彩桜に似ている?そんなこと……そんなこと……。  そんなことない!と言おうとした俺の唇を彩桜が人差し指でそっと止める。そして彩桜は…… 「また、来年お花見しようね!」  自分の中にある不安や恐怖を隠すように、少女は片目をつむりウインクをして可愛く見せながらそう言った。    そこで俺は回想を止める。  その後彩桜は余命半年という強い逆風を前にして、それ以上長く1年近く生き続けた。だが次の春が来るまではもたず、結局一緒にお花見をするという約束は果たせなかった。 「彩桜……」  あのころのように散りかけの桜の木を見上げながら妹の名前を呼ぶ。気付けば頬には涙が滴っていて、やがて膝から崩れ落ちる。  彩桜……お前は桜が散っていくのがきれいでそれが自分に似ているって言ってたけどな、俺はどんなに汚くても醜くても、お前に生きていてほしかった。  泣き崩れる彼を今なお吹き続ける春風は慰めるように撫で続ける。  妹の言葉は兄の心に深く刻まれ、彩桜への名残と共に深く浸み込んでいる。  彼の心の傷は癒えることを知らなかった。
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