フォントをダウンロード中
ページの左右でマウスを左クリックします。
または、 キーボードの左右の矢印キーを入力します。
ページ上で指先を左右になぞると、 前/次ページへ移動します。
メニューはページをタッチすると現れます。
× ヘルプを閉じる
 金木犀。今どきにしてあり得ない屋号。昭和の風情漂う連れこみ宿は、彼岸中日の割増料金にも関わらず、仲々の盛況ぶりを見せている。 『電視の憂い』  風の間――宵の口。  吾輩が目覚めたということは是即ち『互いを偲び、今が《目交|まぐわ》いの潮合いと思い做したる者らが粘膜接触、或いは《其|そ》れに準ずる行為を《此|こ》れにて及ばん』との勇み、程なく此処に現る証左。結構なことじゃないか。少子化に喘ぐ我が国を、《閨事|ねやごと》に喘いで救おうというのだ。其の者たちの立派をまずは称えたい。明日の日本のために是非とも濃ゆい夜を性交⋯⋯もとい、成功させて頂きたいもの。吾輩は自らの顔に『大相撲秋場所九日目』の模様をだいじぇすとにて纏めた映像を流し、志厚き《益荒男|ますらお》と《手弱女|たおやめ》を待つことに⋯⋯む? 早速、参られたか。  益荒男の志士は単身、である。意味が解せぬ。未曾有の危機に瀕している我が国の現状を此の男は弁えておるのであろうか。何やら訝しい振舞。ほう、《此処|ここ》で《素摩歩|すまほ》を抜くか。 「部屋に入りましたよ。風の《間|ま》です。早めでお願いします」  志士よ。《某|それがし》は何と企むか。大和の行く末を真剣に慮られよ。  遠隔操作で吾輩の顔色をぱっぱと変えていく志士。平成生まれ初の三役の活躍ぶりにはどうやら興味がないようである。うむ、まあ善い。半畳程の吾輩の顔で大写しになっている裸身の娘も、ともすれば吾輩自らが含羞の顔色を浮かべていると取られかねないが、其れもまた、善しとする。精々媚薬の代わりとするが善い。部屋に設えられた玩具のような電話が鳴る。志士が其れに応じると、《俄|にわか》、呼び鈴が鳴るではないか。某も逢引きとはまた味な真似を。 「お客さん、今夜の口開け。マイ、嬉しいから、うんとサービスしちゃう」 「いくら?」 「六十分イチハチ、九十分ニーゴー。先でお願いしま~す」  客とな? さあびす? いちはちにいご? 手前どもは何を申しておるのだ。 「一応確認するけど、キミは本番オッケーなんだよね」 「そこはオトナのお付き合い♪ あと、マイって呼んで」 「オトナのそれっていうのは本番のことだって、お店の人はいってたけど違うのかい?」  吾輩は目下、悲しい子持ち⋯⋯もとい、心持ちである。何が大人のお付き合いか。まいなどと呼んでたまるものか。互いの肢体を絡めて交接に及んでいる男女を、我が《顔貌|がんぼう》一杯に映し出しておいてなんだが、此の明らかに非生産的な営みを《謀|たばか》る《戯|たわ》けどものせいで、吾輩の誘電体層は超絶深刻な事態を引き起こし掛けている。結露による漏電が心配でならん。ええい、涙よ。止まらんか! 「もぉお客さん、野暮~い」  淫売は戯けのすらっくすへ手を掛けるが早いか其れを脱がし取り、返す刀で今度は自らの赤肌を晒け、あまつさえ其の股間に《ぺぺ》なる滑液をなすりつけた。戯けを床へと押し転がし、其の腰へ跨がると淫売は恍惚とし、身悶えした。 「あん♪」 「あはは。入っちゃってるけど」  淫売が戯けに腰を使いながら諸手で『ちょうだい』とやる。 「なに?」 「やだもぉ、お金~。お店からシステム聞いてないんですか~」 「キミと性交するにはお金が要るの?」  戯けどもは《閨房|けいぼう》にて執り行う其れを何と心得ておるのか。此の吾輩の憂い⋯⋯《汝|うぬ》ら一体⋯⋯一体どうしてくれるのだ! 時にまいとやら、お前などさっさと閉経してしまえ!  吾輩は沙羅双樹の華を千切りたくなった。祇園精舎の鐘を殴りたくなった。《仮初|かりそ》めの情事。《泡沫|うたかた》の邪淫。《斯様|かよう》な色沙汰に耽って喜んでおる此の戯けどもが、大和の民などであるはずがない。此の者ら――否、ふしだら淫らな鬼畜どもは、日本人の皮を被ったじゃぱん人だ! 「当たり前~。そゆこといってると怖いお兄さん呼んじゃいますよぉ。払うもの払って、マイとすっきりしよ♪」  もう勝手にやれば善いのだ。どうにでもなって亡国への《途|みち》をひたすらと歩めば善いのだ。吾輩は《己|おの》が顔で仰け反っている、みずなれいちゃんの甘く切ない《睦声|むつごえ》を、音量ばあにして五つほど盛り、産声を上げることすら適わなんだ心の《裡|うち》のめらんこりいを、彼女の其れに混練した。 「うん。じゃあ、アウトね」  あうと。何があうとか。ふふん⋯⋯《扨|さ》てはじゃぱん人、果ておったな。ぷっ。 「やだ~お客さん、嘘ばっかり~」  戯けが着けた侭であった上衣の懐より《何某|なにがし》かを取り出す――《手枷|てかせ》。何故に《然様|さよう》なものを⋯⋯ははあ、承知。此の戯けめは責め苛む類の色を好む《淫奔|いんぽん》であるか。と其のとき、淫売の膝小僧右前に転げている、花形のこぢんまりした鋳物を吾輩は認めた。《旭日|きょくじつ》に菊をあしらった記章――秋霜烈日。此の者、司直の官吏か。 「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律違反。これ、逮捕容疑。俗にいう風営法ってやつね。わかるかな? マイちゃん。ちなみに現行犯逮捕♪」  交接の態其の侭、凜々しくも厳めしい面持ちを保つ戯け――もとい、司直の者。風の間に、どどっと人が雪崩れこんでくる。 「マイ、蓄膿症だからわかんな~い」  情熱的な腰使いを続けながら嗚咽する鼻詰まりの淫売。斯様な《生業|なりわい》で暮らしを営んでおるなら淫売、否、まいとやら。鼻腔の手入れだけは怠ってはならん。其れが利かぬと忽ち斯様な目に遭う。饒舌もまた、やってはならん。  組み敷かれた体から伸びる手が捜査員らを制止する。魂の救済が済むまで待たれい――某の。 「ああっ、マイいっちゃう。でもタイホいやーっ」  ものいえば唇寒し。安普請の壁を宵の秋風が小刻みに叩く。 『こっとん慕情』  契りの間――夜半。  隣室が騒がしいやうですが、其れは僕の与り知るところではありません。僕は僕です。白くてやはらか。そして温か。  《游子|ゆうこ》と《侘助|わびすけ》がゐます。きっと游子は若くて美しいはずです。然し入室より《半刻|はんとき》、二人はじっと動きません。《初|う》ひの晩でせうか。  麗しい調べが耳朶を擽ります。然しすぴいかあの《工合|ぐわい》が芳しくないやうです。気に留めないでおきませうか。今度は温順で心地好い歌声が聴こへてきました。《室|むろ》が瑞々しい膜に包まれてゐきます。游子と侘助もつひに体を動かしました。くちづけを交わしてゐます。長い、長い、くちづけです。昨日から今日にもなりました。満天下にて隈なく刻まれた《了|しま》いと《初|そ》めの壱分は、そっくり二人のものでした。  游子と僕の肌が擦れ合ってゐます。《貌|かお》、首筋、乳房、背中、臀部、四肢。其れから秘やかな窪み。どこもかしこも濡れてゐます。游子の体からゐづる汁液は僕が嘗め取って差しあげませう。  綺麗にしたばかりの游子を侘助が穢してゐます。游子の窪みを不浄なもので突いてゐます。然し游子はじっとして動きません。口も利きません。身振りをしたり、また言葉のやうなものを発してゐたりするのは侘助だけです。  游子は事切れてしまったのでせうか。侘助に殺められてしまったのでせうか。ゐゝえ、さうではありません。游子は《終|つ》いの晩を心に沁ませてゐるのです。  二人が召しものを着けてゐきます。僕はゐつものやうに白くてやはらかです。たゞ、ほんの少し寒うござひます。  侘助が何かを云ひました。月の裏で会いませう。游子は裏腹を思ひました。月の御前で袖別れ。侘助さん、月の《背|そびら》は虚ろです。游子さん、迦具夜の兎を慰みに。  ゐまはとて。欠けゆく月は立待ち居待ち。秋の契りは泡に同じ。僕にはものが見へません。あなたを包むことしか僕にはできないのです。 『鞘心』  空の間――残夜。 「健さん、これ食べて」 「いつも悪ぃな。ウチのがチャコの作る料理は最高に旨いってさ」 「ダメ~、アタシは健さんにだけ食べて欲しいの。秋茄子は嫁に食わすなっていうでしょ」  聡明で美しい私は、その言葉の意味するところが少しばかり違うことを知っている。 「健さんとこうなれる日を、イチニチチアキの思いで待ってたんだから」 「イチ⋯⋯なんだって?」  チャコとやら。それをいうなら一日千秋だ。さっきから血の巡りが悪いにも程がある。男の胸元からは《倶利伽羅|くりから》が覗いていた。ふん、社会のダニめ。  チャコから衣服を乱暴に剥ぎ取った健とかいうダニは、自らの下半身も露わにした。《熱|いき》り勃つ二本のファルス。孕む恐れのない性交であれば、もはや私の出る幕ではない。高みの見物と洒落こむ。 「おっと、忘れるとこだったぜ」  ダニ健が私の体を掴み上げ、裸にした。よせ。何をする。私の本分は男女の営みに安寧を《齎|もたら》すことだ。貴様らのような《禍々|まがまが》しい輩の情交に使役などされてたまるか! 下がれ、汚らわしい。 「おい、どうだ? チャコ」  通常のそれよりオクターブほど低い艶声。私はそれをチャコの肛門管、ならびに直腸で聞いている。 「いゝ⋯⋯いゝ」  ダニ健の一物を包む私を、得もいわれぬ蠢動で締めつけてくるチャコの括約筋は、私の知るどの女陰よりもしなやかで融通が利いた。もっともチャコのそれは本来性交を行う部位ではないのだから、それらと同列に扱って然るべきものではない。しかし現実として粘膜の伸縮をこれほどまで自在に操れるそれが、果たして他に存在するだろうか――いや、チャコのそれに優る神秘など、この世に二つとあるまい。 「最高だ⋯⋯チャコ」  熱を帯びた声でダニ健がいう。私も同じ気持ちだった。 「ああん、もっとしっかり抱いて」  チャコが身をくねらせ、切なさを訴える。 「そうじゃないとアタシ⋯⋯あゝ」 「はあ、はあ⋯⋯そうじゃねえと、なんだ」 「アタシ、他の男好きに⋯⋯なっちゃうよ。あ⋯⋯」 「そんなこと、絶対に、許さ、ねぇ」 「じゃあ強く抱いて! 骨まで愛して! アタシを壊して!」 「こうか!」 「もっとよ! 女心は変わりやすいの! あゝゝ」  秋の空に同じといわれている女人の胸裡。私にはその気持ちがよくわかった。肌の温もりほど確かなものはない。それはどんな愛の言葉よりも雄弁で、誠実で、具体的だ。それがないと女は忽ち駄目になる。 「変わりやすいって、おめえ⋯⋯女じゃねえだろうが!?」  愚問だった。女かそうじゃないか。そんなことはどうだっていいのだ。体の性がそのまま心の性へと繋がっているわけではない。  私はチャコのことが心底愛おしくなった。  金木犀。今どきにしてあり得ない屋号。昭和の風情漂う連れこみ宿は、彼岸中日の割増料金にも関わらず、仲々の盛況ぶりを見せている――股ぐらを濡らすか膨らますかした、色がましい連中のおかげで。
1
15
シリーズ一覧
感想を送る
作品を紹介
ブックマーク
しおりを挟む
作品情報
使い方
登録が完了しました!
確認事項
戻る
実行