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 背中に感じていたぬくもりがなくなってから、5年が経過していると教えられた。  冬になると実感として感じてしまう。  ついこの間までは、背中に当たる彼の背中から確かなぬくもりを感じる事ができていた。  そして、途中から加わったもう一つのぬくもりが…。  本当に、それだけで良かった。  私には、彼から感じるぬくもりと、彼と私が望んだぬくもりの二つがあれば十分だった。そして、新たに加わるはずだったぬくもり。ぬくもりの数だけ幸せを感じる事ができた。  たったそれだけのことだったのに、私が寒くて凍えそうなのに、なんで誰もぬくもりをくれないの?  ううん違う。私は、そう、私は、彼からのぬくもりと、私が彼から貰った宝物。ぬくもりが欲しいだけなの?  どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして。ねぇ誰か教えて。5年経ったなんて嘘だよね。明日にはぬくもりを返してくれるのよね?  私の私の私の私の私のぬくもりを返してよ!  早く、ぬくもりを返して、私が凍えてしまう前に、奪っていったぬくもりを、赤く赤く赤く赤く染まったぬくもりを返してよ!  冷たくなってしまった。赤く赤く赤いぬくもりを返して!!!!  そうか…奪った人にかえしてもらえばいいよね。  赤く赤く流れるぬくもりを返してくれれば、彼と宝物から奪ったぬくもりを返してもらおう。そうしたら、明日から寒くないよね。凍えなくていいよね。そうだ。返してくれないのから、奪い返せばいいよね。 ---  景子の心が壊れてしまって2年が過ぎた。  儂も妻も老い先短い。棺桶に片足を突っ込んでいる状態だ。  景子に何かしてやりたい。してやりたいのだが、何もできない。 「アナタ」 「わかっている」  今日も刑事が景子を訪ねてきた。  毎日、景子の様子を見に来るという理由を付けているが、健二くんと愛菜を殺した犯人の事を思い出さないか聞き出したいのだろう。2年。2年経っても警察は手がかりさえも掴めていない。  寝ていた、健二くんと愛菜を殺した憎むべき犯人。  景子は、風邪をひいて別室で休んでいた。普段なら、景子と健二くんと愛菜は並んで寝ていた。そうしたら、3人とも殺されていたのかも知れない。  儂にはわからない。わからないが、景子からぬくもりを奪った奴を許す事ができない。儂と妻からもぬくもりを奪っていったのだ。  景子の心をそして《3|・》人を殺した。  儂と妻のぬくもりを、唯一と言っていい楽しみにしていた孫娘と産まれてくる予定だった孫を抱きしめて、ぬくもりを噛みしめるという些細な楽しみを夢を奪った奴をどうして許せるものか!! ---  今日も怒られた。  生き残った私が悪いの?  風邪をひいた私が悪いの?  ねぇ教えてよ。 --- 「森下さん。なんで被害者家族に何度も会うのですか?彼女…奥さん、心が壊れてしまって、犯人の事も、事件当夜の事も覚えていないのですよね」  なんで、森下さんが、3年間毎月同じ日にあの家に行くのかわからない。自費で見舞いの品を買っていっているのも知っている。  当初、300人体制の操作も初動捜査のミスが重なって、犯人逮捕にいたらなかった。  それから、俺たちの部署に回ってきた。森下さんは、なぜかこういう事件を担当させられる事が多い。いじめの末にいじめられていた女の子が家族といじめていた生徒や先生を殺してしまった事件や、車と大量の血痕だけを残して人が消えてしまった事件や、ヤク中が街中で無差別殺人をした時の被害者が殺人を行った事件を担当している。  被害者と加害者がわからないような事件を多く担当している。 「わからないか?」 「はい」 「素直だな」 「それだけが取り柄です」 「取り柄じゃないからな。それは…。まぁいい。あの奥さん犯人を知っているぞ」 「え?本当ですか?」 「俺はそう考えている」  なんだ感か…びっくりした 「感じゃないぞ」 「え?」 「お前の顔に、”なんだ感か”って書いてあった」 「え?嘘ですよね?」 「どうだろうな。帰って資料と遺留品をもう一度調べるぞ」 「はい!」  この事件は、空き巣被害が頻発していた地域で発生した殺人事件だ。空き巣捜査のために、制服警官も家を訪ね歩いていた。そんな中で発生した殺人事件だったのだ。当初、空き巣犯が住民に見つかって殺人におよんだと考えられた。  空き巣犯が捕まった。正確には、空き巣犯グループだった。地域の自警団を組織していた者たちが空き巣を繰り返していたのだ、マスコミはその情報に飛びついた。自警団を組織して、地域の防犯意識を高めていた者たちだ、住民も話しかけられば答えるし、旅行計画なんかもよく話していた。皆、まさかという雰囲気だった。  しかし、空き巣グループは殺人事件だけは絶対にやっていないと言いはった。事実、空き巣グループの全員にアリバイが有ったのだ。全員で某国に売春旅行に出かけていたのだ。パスポートという証拠もあり、殺人事件だけが降り出しに戻ってしまった。  しかし、この時点ですでに1年が過ぎてしまっていて、初動捜査のミスは隠しきれない状況だ。空き巣犯を捕まえさえすれば事件は解決と思っていたために、地取り捜査や証拠探しがおろそかになってしまっていた。警察内部の縄張り争いも発生していた。  問題はそれだけではなかった。発見当時の状況がマスコミにリークされてしまったのだ。  旦那さんと娘さんは合計で79ヵ所の刺し傷が有った。辺り一面血の海になっていただろう。旦那さんは背中から刺されている。状況的に娘さんをかばって後ろから刺されたのだろうと考えられていた。しかし致命傷になったのは、頭を殴られた事による頭蓋骨骨折だった。犯人は死んでから刺した事になる。怨恨の可能も出ていたのだ。  発見の状況もこの事件を難しくしてしまっている。  奥さんが第一発見者であるのは間違いないのだろうが、通報者は近所をジョギングしていた人だ。朝いつものジョギングコースを走っていて、窓ガラスが割れている事に気がついて、ふと覗き込むと、部屋を赤黒く染めている物と、奥さんが子供の亡骸を抱きしめて居る状態で外を眺めていたのだ。  警察が来るまで…いや、警察が来ても奥さんがその場を離れようとはしなかった。”寒い寒い”と繰り返すばかりだ。異様だったのはそれだけではなく、奥さんは体中に血を浴びていたのだ。後でわかったのだが、旦那さんの血を浴びていたようだ。  空き巣犯と奥さんの犯行説が出たが、殴った物も刺した凶器も見つかっていない事。奥さんが処方された薬を飲んで寝ていたことがパソコンで確認できた事から、空き巣犯説が有力となった。  旦那さんと娘さんは、夫婦の寝室で寝て、奥さんは客間で寝ていた。風邪をひいて別々に寝ていた。  心が壊れた奥さんにこれだけの事は証言できない。警察がこの事を知ったのは、奥さんのお父さんが娘さんやお孫さんとビデオ通話をしていた記憶が残されていたからだ。そして、そのビデオ通話は、奥さんが途中で起きてきたら、わかるようになっていて、殺害時刻は寝ていた事が確認されたのだ。それでも可能性があるという事で捜査対象になってしまった。  それを、マスコミにリークした奴が居て、奥さんが旦那さんと娘さんを殺して、自分が死にきれなかった無理心中であるかのように報道された。  心が壊れてしまった奥さんは1人では生活できないために、まだ存命の両親に引き取られた。  刺し傷から凶器はわかっている。殴った物も、スパナ状の物だろうと思われている。この事から、空き巣犯が普段犯罪に使っている物を使って殺したと思われていた。  刺し傷の多さは疑問視されたが、犯人が死んでいるのか解らなくて刺し続けたのだろうという結論になった。  そして、事件から2年が過ぎて、犯人逮捕どころか有力な手がかりがないまま捜査本部は解散となった。  俺たちのところに事件が回されてきて、俺と森下さんが担当する事になったのは2年前。捜査本部が解散されてすぐだった。  被害者家族は、田舎町に住んでいる。  月命日に、旦那さんと娘さんが眠る墓に手を合わせてから、奥さんの様子を電話で訊ねてから訪問する。  刑事として、奥さんに話を聞くための訪問だが、『旦那さんの同僚が月命日にたずねてくる事にしてほしい』と、奥さんのご両親にお願いしていた。  遺留品はたった一つ。誰のものなのかわからないどこにでも売っているボタンだけだ。  森下さんは、そのボタンをよく眺めている。 「森下さん。聞いていいですか?」 「なんだ?」 「答えが返ってこないのになんで毎回同じ事を聞くのですか?違う事を聞いたら、何か思い出すかも知れないのに?」 「お前はそう教わったのか?」 「はい。少しずつ質問を変えていけば、嘘ならどこかで破綻すると教わりました」 「そうか、そうだな。でも、今回はそれはできないな」 「なぜですか?」 「それくらい自分で考えろよ」  考えろと言われても…な。 「本当に、お前は素直でかわいいよ」 「褒めていただいてありがとうございます」 「別に褒めてないからな。彼女は、何か喋ったか?」 「いえ」 「彼女は犯人か?」 「多分違うと思います」 「なぜ?」 「なぜ?捜査本部でそう結論が出ていますよね?」 「違う、なぜお前がそう思うのかと聞いている」 「え?なんとなく…では、ダメですよね」 「ダメじゃない。捜査本部云々と言われるよりも、その方が納得できる。まぁいい。次に、彼女の両親は犯人か?」 「違います。アリバイがあります。距離的にも動機的にも違うと思います」 「そうだな。俺が、毎回同じ質問をしているのは、彼女の反応を待っているからというのもあるが、彼女の両親が何か思い出さないかと思っているからだ」 「両親?犯人じゃないですよね?」 「そうだ。さっきの話に戻るけど、俺は彼女が犯人を知っていると思っている」 「えぇそう聞きました。何度も聞いています」 「彼女たちと両親は良好な関係だったのだろう?」 「はい。近所の話でもそうなっています」 「ほらな。後は、自分で考えろ」  また、森下さんはボタンを眺めながら黙ってしまった。  こうなったら、暫くは自分の世界に入り込んでしまう。 ---  自警団の奴らの裁判が始まる。  空き巣犯。それは許されない犯罪だ。  でも、儂の目的は違う。  最初の一年目は毎日の様に刑事が訊ねてきて娘を犯人の様に扱った。憤慨もしたが、知り合いの弁護士に相談する事で状況が代わった。空き巣犯グループが捕まって、さらに状況は変わった。刑事が来なくなった代わりに、マスコミを名乗る狂人どもが娘を追いかけるようになった。  報道する自由があるとか喚いていた。これは、地元から出ている代議士先生に相談したらピタリと止んだ。そのかわり、今度はTVで毎日の様にコメンテータを名乗る狂人が自分勝手な感想を付けながらしたり顔で御高説を垂れ流している。ネットとかいう暇人の集まりにも酷い事が書かれていると教えてくれる狂人も居たが、そちらは気にしない様にした。  警察が捜査本部を解散するとそれらも興味が無くなっかのように流れなくなった。  自警団の奴らは、人数も7名と多い上に都度面子が変わったりして全容が掴めていなかったようだ。3年経ってやっと裁判が始まった。  捜査本部が解散してから現れた森下という刑事は変わっていた、健二くんの同僚という事にしてほしいといい。訊ねてくるのは、決まって月命日だけ…事件があった日付だけだ。そして、必ず遠方にある健二くんと愛菜の墓参りをしてから、一報入れてから訊ねてくる。若い刑事も連れているが、今までの刑事とは違っていた。  娘を被害者として見ていない。うまく言えないが、彼は娘を可哀想な人として見ていないのだ。普通に話しかける。娘は反応しない。意味不明な言葉を発するだけだ。でも、彼はそんな娘と会話を楽しんでいるように話をして、同じ質問をして帰っていく。 『旅行に行く前日か前々日に知っている人に会いませんでしたか?』  森下刑事は同じ事を最後に聞いていくのが不思議だった、妻が森下刑事に聞いたら”何かを思い出すかも知れない”と教えてくれたと言っていた。  今までの刑事は、”事件の日”というが、彼は”旅行に行く”と言い換えている。  そして、犯人ではなくて、”知っている人”と言っている。  彼は帰り際に独り言の様につぶやいた  ”犯人は奥さんが知っている人”  確かに、そうつぶやいた。  それから、彼の言葉を注意深く聞いていると、気にしているのは、前日と前々日の話だ。  彼は、儂や妻にヒントを与え続けている。  儂と妻から、娘から、ぬくもりを奪った《犯人|外道》のヒントをくれているのではないか?  そう考えるようになっていた。まずは、情報がほしかった。なんでもいいから情報がほしかった。  当時の新聞雑誌は、図書館で手に入れた。ニュース番組は、知り合いの弁護士に言ったら入手してくれた。全部ではないがかなりの情報量だが、儂と妻は情報を精査し始めた。  ニュースになった物や当時の新聞雑誌で書かれている被害状況から自警団の奴らの犯罪状況を調べた。  全部で、57件が被害状況だ。  裁判で、明らかになった《物|空き巣》を潰していく。  思った通りだ。  被害状況のなから、5件だけは自警団の犯罪ではない物が出てきている。模倣犯なのか?  しかし、雑誌や新聞にかかれている被害状況から、手口が似ているのだ、旅行や家族揃っての食事に出かけているときに狙われている。5件全部が偶然とは考えられない。  この事を、森下刑事は言いたかったのかも知れない。  そして、娘たちが旅行に行くと決めたのは数ヶ月前、儂たちも誘われていた。健二くんのご実家に行く事になっていた。前々日になって、第二子の懐妊が判明した。そして、前日に熱っぽい事から、悪化したら大変だという事で、産婦人科に行って、薬を貰いに行って、熱が治まるまで旅行は延期する事になった。  孫娘は残念だったようだが、お姉ちゃんになるのだからと言ったら喜んでいた。  娘や孫娘は、毎日の様にその日に有ったことをTV電話で話してくれる。  健二くんが設定してくれて、通話は全部娘の家にあるパソコンに録画されていた。警察に押収されていたが弁護士が取り戻してくれた。  孫娘が1週間前に学校から帰ってくるときに、自警団の連中に有って、旅行に行く事を話したと言っていた。  そうしたら、自警団の連中も”海外旅行に行くと自慢された”とプンプン怒っていた。  娘も自警団から予定を聞かれたらしい。なんと答えたのかはわからない。  儂は、心が壊れた娘に聞いた。 「誰かに旅行の事を話したか?」 --- 「森下さん!!!」 「どうした。慌てて、世の中慌てるような事なんて多くないぞ?」 「そう言っても、今は慌てていいと思いますよ」 「それじゃ、慌ててついで、”答え”を当ててやろうか?」 「え?」 「景子さんが、ご両親と一緒にあの街のPBの警官を殺したのだろう?(遅かったか…)」 「え?あっ?へ?なんで?」 「どっちだ?」 「どっち?」 「あのPBは2人居るだろう?年配の方か?若い方か?」 「あっ若いほうです」 「そうか…遅かったな。それで、奥さんもご両親も自殺したのか?」 「…状況的に…そうだと思います」 「嘘言うなよ?調べればすぐに解るからな」 「…」 「ご両親のどちらかが、奥さんを殺したのだろう?あっ違うな。奥さんが欲しがっていた物を取り返したのなら、ご両親が若い奴を殺して、奥さんが満足するのを見届けてから旦那さんが2人を殺した後で自殺ってところか?」 「…まるで見てきたかのように言うのですね」 「奥さんが話してくれていたからな。”ぬくもりが欲しい。赤い赤いぬくもりを彼に戻してほしい。宝物に戻してほしい”ってな」 「…」 「おい。神楽坂。タバコ持っているか?」 「え?ここは禁煙ですよ」 「つまらないことを気にするなよ」  ふらっと立ち上がっていつも持っている墓参りセットを持って部屋から出ていく。 「どこに?」 「あ?決まっているだろう?今日は何日だ?」 「え?」  今日は、事件があった当日。命日だ。 「お供します!」
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