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 一ノ瀬が真実を告白する間ずっと静かに俯いて聞いていた梨乃は、冷めたココアを飲み干したあと、 「ありがとう」  と一言だけ言ってから二階の自分の部屋へと駆けていった。  隣では双葉がまだ口を抑え、顔を上げずにいる。 「双葉。大丈夫か」 「……大丈夫です……」  指の隙間から出てくるくぐもった声は、とても大丈夫そうには見えない。  慰めようと双葉の髪を撫でると、体が跳ねたはしたが特に不思議がることもなく受け入れ、慰めに返事をするかのように言った。 「これで、良かったんですかね……」 「二人でこうするって決めたんだし、今言わなくても梨乃はいずれ気づく。言うのが早いか遅いかの違いだけだろ」  いくら本物の人間のように作っても、必ずどこかに無機質な部分は残る。それがどんなに小さくても、あるいは動きや思考など形がないものでも、だ。  もっと言えば、周りが本人をどう扱うかも含まれる。  皮肉なことに、より本物らしくすればするほど、本人がその無機質な部分に気づく可能性が高くなり、避けることの出来ない問題になってしまう。 「梨乃は全部気づいてたみたいだな。定期更新も、監視も」 「そうですね。知能が高いのは喜ぶべきことなんでしょうけど、複雑ですね」  生みの親としては乗り越えなければならない壁だ。まだ真実を打ち明けただけで、解決はしていない。 「今晩の夜勤は俺たちだ。ここで休んでても仕方ない。いつも通りやるぞ」 「あ、はい……」  真上を指した時計を見て立ち上がる一ノ瀬を追いかけ、双葉も梨乃の家を出た。    *   *   *  次の日の朝食で一ノ瀬と双葉は他の三人に、梨乃に真実を伝えたことを報告した。 「梨乃の親が決めたことだ、文句はないさ」 「何か問題が起きたら、俺と生田が責任を取るから安心しろ」  現場トップの二人は快く聞き入れてくれたが、小松だけは不機嫌そうに一ノ瀬と双葉を睨んだ。もちろんそれに気づかない一ノ瀬ではない。 「小松、もう少し待ってくれ。梨乃の反応を見てからちゃんと話す」 「分かりました」  小松はひとまずそれを承諾した。  しかしその日、梨乃は自分の部屋から一度も出ることはなかった。  夕食の時間に一ノ瀬と双葉は梨乃の家を訪れる。 「梨乃ちゃん、ご飯、いる?」  部屋の中からは小さく、いらない、とだけ返ってきた。  さらにはすすり泣きも聞こえてきて、彼女自身もかなり落ち込んで完全に塞ぎこんでしまっているのが分かった。  一ノ瀬と双葉は頭を抱える。  もう一度梨乃からアクションがあるまで待つことも考えたが、それがいつになるかの見当もつかないし、待ったら待ったで今度は小松との溝は深まるばかりだ。  だからといって藤原と生田にすがるのは、二人でなんとかすると言った以上、この期に及んでそんなことはできない。  夕食の時間が過ぎて暗くなった食堂で、一ノ瀬は頭を掻きむしった。 「どうすりゃいい……」 「先輩……」  板挟み状態になっていること、そして一ノ瀬と双葉の二人で解決しないといけないことは、少し抜けている双葉もよく分かっている。  双葉は、二人でいつも飲んでいるインスタントコーヒーを作り、一ノ瀬の手にそれを握らせた。 「そんな血眼になって考えなくても大丈夫ですよ。きっと梨乃ちゃんは自分で答えを出すし、それにこまっちゃんも待っててくれます。ゆっくり考えましょう。ね?」  テーブルに突っ伏していた顔を上げると、表情は少し明るくなっていた。 「なんだ、今度はお前が俺を慰めて、立場逆転ってか」 「まあ、そんなところですかね」  難題にぶつかっている状況とは裏腹に、双葉はドヤ顔で鼻を鳴らす。  一ノ瀬はそんな彼女を見てつられて顔がにやけ、双葉の髪の毛をわしゃわしゃと撫でて照れ隠し。さらに隠すように勢いよく立ち上がりて体を軽く伸ばす。 「よしっ。いつまでもうじうじしてても仕方ない。部屋に戻るぞ」 「了解です!」  二人はコーヒーを一気飲みし、カップを片付けてから食堂を飛び出していった。    *   *   * 「どうにか大丈夫そうだな」  一ノ瀬と双葉の気づかないところで、藤原と生田は二人の様子をうかがっていた。  この問題を終わらせてくれるという期待と、もしかしたら失敗するんじゃないかという懸念が、研究所全体の責任を負う二人の中にはあった。 「別に頼ってくれても、というより、頼ってくれた方が効率的で安全だろうに」 「たしかにそうだが、あの二人はあんなに意気込んでんだ、見守ってやった方があいつらのためにもなるだろうよ」  年長者として頼ってほしいという藤原の意見も一理あるが、一ノ瀬と双葉が梨乃を信じて待つという選択をした。  だったらこっちも下の者を待ってやるのが筋だろうと、生田は考えていた。 「お前がそう言うならそうするよ。俺は監視の準備するわ」 「ああ」  意見をすり合わせ、藤原は手を振りながら監視室に、生田はもう一人の部下の小松のことを考えながら部屋に戻った。
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