フォントをダウンロード中
ページの左右でマウスを左クリックします。
または、 キーボードの左右の矢印キーを入力します。
ページ上で指先を左右になぞると、 前/次ページへ移動します。
メニューはページをタッチすると現れます。
× ヘルプを閉じる
―監獄の《異修羅|いしゅら》―  世界には、百など優に超える国が存在するが、凶悪な犯罪者や歴史的戦犯などの大罪人を収容する施設は一つしか存在しない。  七つの大魔術によって創造された、次元と次元の狭間に存在する名もない監獄。  時代が始まった六千年前より、億を超える囚人を収監してきた大監獄である。  監獄の中は六つの階層に分かれていて、罪状と罪の重さによって収監される階層が異なる仕組み。  しかし一番刑罰の軽い階層でも、焦熱と剣山、極寒の三つの刑罰を受けることから地獄の間と呼ばれており、次は一度も食事を許されない空腹地獄、飢餓の間。  次が、次元と次元の狭間に生きる獰猛な異生物が住み着く畜生の間。  四番目には戦い、殺し合い続けることだけを許された修羅の間。  五番目に、無期限労働を強いられる人間の間。  そして最下層が一番刑罰の重い囚人の収監される、何もない空間に永久に閉じ込め続けられるだけの天界の間。  現在はそれぞれの階層におよそ五百から八百の囚人が収監されており、日夜刑罰を受け続けている。  ここに入った者は二度と、外界の空気を吸うことは能わない。  だが一つだけ、たった一つだけ外に出られる例外が存在する。  彼はその例外として、この監獄から出所されようとしていた。 「囚人番号一〇〇〇〇、出ろ」  男に物事を考える脳があるのかは、疑わしい。  いつだってこの男が考えていることは、戦うことばかりである。  どうやって敵を倒すか。  どうやって敵を殺すか。  どうやって敵を屠るか。  それしか考えていない――否、考えられない。  だがその性質は、元々この男が持ち合わせている性質ではない。  男は六腕の怪物として生まれ落ちて、異形の姿を忌み嫌われた挙句、両親にも気持ち悪がられて捨てられた。  だがすぐに、その子をとある魔術師が拾い上げた。  魔術師は男に名を与え、しかし兵器として育て上げた。  成長過程の中で、兵器に必要なものを与え不要なものを捨てさせた。  必要だったのは戦うこと。戦いについて考え続けること。  不要だったのは、それ以外について考えること。  故に男は戦闘技術のすべてを叩きこまれ、戦い続けることへの抵抗と躊躇、恐怖の類の感情の一切を奪われた。  結果、男は本物の怪物となった。  戦うことだけを考え、実行する。戦い以外の何も考えない。何もしない。  そして身には、戦いを止めないための魔術を施された。故にもう自ら止まることはない。  敵を見つければ猪のように猛進し、敵を仕留めるまで止まることなく刃を振るい続ける。  狂戦士へと身を落とした男は、《異修羅|いしゅら》と名付けられた。  監獄に投獄されて五〇年。修羅の間にて今も尚戦い続ける、異形の怪物である。 「しかし、本当にあいつを出すのか? 大丈夫なのか」 「仕方ないだろ、天界の命令だ。背けば俺達が消される」 「でももし、あいつが生き残りでもしたら……」 「そんときはそんときだろ。それに天界も、まさかなんの考えもなしに解き放つわけじゃ――」  鳴り響く警報。  乱れ、砂嵐へと変わる画像。  看守室に、一瞬で緊張が駆け抜ける。 「おい! どうした! 何があった! 応答せよ!」 「まさか、異修羅が暴れたのか!」 「馬鹿な! そんな瞬間映ってなかったぞ!」 「とにかく急いで向かうぞ! 所長と看守長に連絡をしておけ!」  剣や銃を携えて武装した看守達が駆け足で向かう。  唐突の事態に陥っても、魔術による身体能力強化は疎かにしない。  そうしなければ一瞬で、自分達が殺されてしまうことを重々理解しているからである。  そして彼らが向かった先、見た光景は能力強化を疎かにしていたからなのか、それとも十全にこなしていてもだったのか、とにかく地獄のような惨状が広がっていた。  通路一帯に飛び散った臓物と、それが潰れて飛散した血飛沫。そしてそれらを内包していたのだろう原型も留められないほどに叩き潰された死体が、あちこちに散らばっている。  惨状と呼んで間違いない悲惨な現場に、看守達は背筋に悪寒を感じて仕方ない。  内、新米のまだ若い看守は、その場で耐えきれずに嘔吐した。  そして一つ、動いている影があることに気付く。  下半身が斬り飛ばされたのか、上半身だけの腕の力だけで這う同僚の無残な姿だった。 「い、異修羅が……異修羅、が、急に……」 「暴れたのか?」 「と、つぜん……急に、なん、の、前触れも、なく――」  看守が血の中に潰れる。  頭を踏み潰して脳漿を撒き散らした怪物は、巨躯の身長から彼らを見下ろして、低く唸る。  返り血を浴びると映える真白の肌に、真白の頭髪。  薄い布一枚に身を包んだ体からは、濛々と熱が放たれている。  そして異形の六腕には、ベットリと血に塗れた様々な武装を握り締めていた。 「ひゃあ! い、異修羅!」 「外に出せ! ここにいたら死ぬぞ!」  銃を片手に叫ぶ看守達。  彼らはマニュアル通りに動いているのだが、異修羅に関してだけ言えばそれらの言動は逆効果だ。  魔術のせいで叫び声はすべて威嚇に変わり、銃口は戦闘態勢に入ったと思わされる。  二つの情報が異修羅を構えさせ、戦えと命じてくる。  異修羅は一瞬で跳ぶと、集団の真ん中に着地して巨鎌で薙ぐ。  一撃で十数個の首が飛び、血飛沫が跳ねる。  異修羅の咆哮と同時、銃撃が鳴く。  しかし銃弾は異修羅の体を傷付けることはなく、攻撃された事実が彼の闘争心を助長するのみ。  六腕に握った武装で薙いで、縦横無尽に刃を振り回し斬り刻む。  数十人分の血飛沫を浴びた肌は赤い鮮血を一瞬で吸いこみ、呑み込むように弾いていく。  自分に銃口を向けていた看守全員を殺し尽し、異修羅はまた吠える。  階層は、囚人が無限に戦い続ける修羅の間。  騒ぎを聞きつけた闘争本能剥き出しの囚人達が、異修羅目掛けて襲い掛かって来る。  彼らの持つ武装、彼らの上げる咆哮、彼らの殺意に満ちた眼光が、異修羅の本能と魔術を刺激する。  もはや彼を止める者はなく、向かって来る相手に武装を握り締めて猛進する。  無限に続く戦いの中、異修羅は何も思わない、何も感じない、何も考えない。  思うのは敵を倒すこと、殺すこと、屠ること。  それが今の、彼の本質である。  戦争開始まで、あと五日。
1
15
シリーズ一覧
感想を送る
作品を紹介
ブックマーク
しおりを挟む
作品情報
使い方
登録が完了しました!
確認事項
戻る
実行