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「ふう、学園祭まであと一週間か」 「早かったね。そういや梨華が脚本できたって言ってたよ。配役は今日の会議で決めるらしい」 友希と圭はいつものように部室でくつろいでいた。 他のクラスよりも授業と終礼が早く済んだ様子で、部室にはふたり以外の姿はない。 「こんにちは。ふたりともいつも早いね」 その後少ししてからドアが開き、時雨が姿を現す。 「時雨先輩!もう大丈夫なんですか?」 「ああ、少し体調を崩してね」 「先輩が夏風邪なんて似合わないですね……もしかして妹さんの方ですか?」 「はは、鋭いね……圭は」 時雨はそういうと苦笑する。 時雨には藍璃という体の弱い妹がいる。病気がちで外に出ることもままならないらしく、体調を崩す度に彼が心配そうに呟いたり、部活を早退したりするのを部員達はよく知っている。 今回も時雨は三日間部活に顔を出さずにいた。 「……すみません。余計なことを……そんなつもりじゃなかったんですが……」 「……気にしなくてもいいさ。藍璃も今はだいぶ良くなっているようだしね」 場の空気を変えようとしたのか、それとも単なる思いつきなのかわからないが、友希はクッキーを時雨に差し出す。 「あ、あの先輩良かったら食べて下さい。調理実習の残りですが」 「お前の班はクッキー作ってたのか」 「うん。圭の班のケーキも美味しそうだったけど」 「貰ってもいいか?」 「うん。会議の時に食べたらいいなって思って多めに作ったから」 時雨はおもむろに手を伸ばしてクッキーをつまむと一口齧る。 「……本当に君のクッキーは美味しいね。梨華とは大違いだ」 「……それ梨華に言っちゃ駄目ですよ?否定もしないけど……」 「はは、わかってるよ」 彼はそう言うと少し悪戯っぽく笑った。 ちなみに梨華の料理の腕は……文章から想像してもらいたい。 「あ、いい匂いがする」 「湖都に海」 「これ、貰っていいか?美味しそうだ」 遅れて湖都と海が姿を見せた。甘党の海は着くなりクッキーに手を伸ばす。 「俺は遠慮しとくね。甘いものはあまり……」 対照的に甘いものが苦手な湖都は少し顔をしかめた。 「そう言うと思って。湖都にはこっち。アイスボックスクッキーのコーヒー味。甘さ控えめだよ」 こういう風に細かいところまで気が利くのが彼の長所のひとつである。 「……わざわざありがとう。もらうね」 湖都は少し嬉しそうにクッキーに手を伸ばした。 「少し遅れちゃいました……あ、クッキーですか?」 「あ、悠も食べて」 「ありがとうございます。友希先輩本当お菓子作り上手いですよね」 「え、そ、そうなのかな……完全に自己流だけどね」 友希は照れながらも嬉しそうに言った。 そんなこんなで男性陣がすっかりくつろきはじめて10分後― 「……すみません遅れました!脚本の最終調整と印刷で……」 人数分の小冊子を手にした梨華、梓、まりも、美波の四人が部室に現れた。小冊子といってもコピー用紙に印刷してホッチキスで止めただけの簡素なものだが。 「ということは無事に出来たんだね?」 「はい。出来るだけ頑張ってみました」 梨華はそう答えて、時雨に小冊子―もとい劇の脚本を一部手渡す。 「あたし、見せて貰ったけど梨華は才能あるわよ。役者が台無しにしないといいけどね」 「い、言い過ぎだよ、梓……それほど大したものじゃ」 「梨華は謙遜しすぎなの。誇れるもんは誇りなさい!」 「……う、うん……」 「じゃあとりあえず読んでみようか」 ― 「何だか……意外だな……」 「学園祭だし、ギャグ的な方がいいかなって。普段書かないから難しかったけど」 脚本を読み終わった圭が、 「主役こいつにしよう」 友希を見てにやりと笑う。 「……え!?」 彼は思わずびくっとした。 「文化祭に女装ってつきものだろ?面白いと思うぜ」 「確かに、面白そうだね」 時雨もからかうように続ける。この人は文武両道の秀才だがユーモアのセンスもなかなかあるようで。 「時雨先輩まで!?」 とても決定を覆させるのは無理そうな流れになったので友希はがっくりと肩を落とした。 残りの男性陣は何故か安心したように一息ついたのだが、 「……じゃあ決定ーついでに女王様も男にしちゃう?」 梓のこの一言で事態は急変した。 「……は?」 「えーと、圭?……言い出しっぺの法則って知ってるわよね?」 「……は、はあ……」 梓の笑顔に何とも言えない圧力を感じて圭は頷く。 「大丈夫よ!ギャグなら何でも許されるわ!それにアリスにはキスシーンないでしょ。問題ないわよ。何も」 梓は根拠があるのかないのかはよくわからないがとにかくそう力説した。そして梓の意見に反論する声も上がらなかった。 「……そうかなあ……俺、弟がいるんだけど……」 「……そういうもんなのか?」 対照的にふたりは一縷の望みを込めて疑問や不安を口にする。 「そういうもんなの!」 が、この一言で全ては決した。 「……わかったよ。まあいいや。みんなが楽しんでくれたらそれでいいよ」 それを悟ったかのように友希は早々と提案を受け入れる。 「……お前諦め早いな……」 少し呆れたように圭が呟くが、 「……圭だってわかってるでしょ。梓に勝てる訳ないって……」 「……ああ。わかったよ……」 結局は梓に反論できる者はいないため受け入れるしかなかったのだった。 つまりは、彼女は押しが強い。それももの凄く……というわけだ。 そして学園祭当日。 「笑えるほど違和感ないよ……友希」 「うん。思った通りに可愛いわね」 「……う……嬉しくない」 女装と言ってもベタにスカートの衣装なわけではないのだがリボンつきのヘアバンドに フリルつきの布を腰に巻くような衣装を纏った友希は肩を落とした。そもそも「かわいい」と言われても大抵の男性は喜ばないだろうが、童顔であることも手伝ってその姿は間違いなく「可愛い」かった。 「……準備できたかー……って……」 同じように劇の衣装(彼の場合は女王が王になっただけのため女装とかではまったくないのだが。)を着た圭は言葉を途中で切って改めて友希を見つめる。 「……?」 「お前、本当に違和感ないな。今不覚にも可愛いって思えた」 少しからかうように言った圭に、 「……も、もうからかわないでよ女王様……!う、嬉しくなんかないです!なーんてね」 友希は少し口を尖らせながらこう返す。 「……さすが友希先輩、見事なツンデレです」 「……悠はどこでそんな言葉覚えたんだ?まあ今はテレビで萌えとかツンデレとか普通だけど……」 「みんな準備はできたようだね。裏方も済んだよ」 「時雨先輩」 裏方の準備が終わったことを告げるために時雨が姿を現す。 彼は音響を担当している。 他の裏方は海が照明、美波がナレーションだ。 「大変だろうけど頑張って。僕も頑張るからね」 「はい!」 「さっみんな頑張りましょう!」 部員は意気揚々と持ち場へ散って行ったが、 「……?」 湖都だけは何かの違和感を感じて少しその場に留まっていた。何かとは言えないが何となく不気味で恐ろしいような― 「……湖都?もう始まるよー?」 「……あ、ごめん。じゃあ本番だね。」 (気のせい……だよね) 彼は首を横に振ると自分の持ち場へと向かった。 ちょうどその頃時雨は聞こえないようにこう呟いていた。 「……鏡に映る時計は残酷に運命を刻み……鍵は揃い始まりにして終焉の鐘は鳴る。彼女の紡いだ歪んだ童話のページは捲られる……劇の終焉……全てはアリスが玉座に辿り着く時に」 刹那、その瞳を緋色に染めて。 ― 「ふう、間に合ったー兄ちゃんは見に来るなって言ってたけど。気になるもんなーやっぱり」 そしてまたほぼ同じ時刻。 黒髪に一筋だけ緋色を生まれつき持つ少年が客席に腰掛けた。 直後体育館の照明が落とされる。 <それではミステリークラブ演し物「Another Alice」です!> そして今、「物語」の幕は上がった。
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