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「領内の警備のしかた?」 「教えてくれるって言ったじゃないですか」 「ふむ。アル、そもそもお前一人でディヴァーン領を守る気か?」 「えっ……?」 「さすがにそれは無理というものだぞ。レギナスグラディオを持つとは言え、お前の体は一つだ。ならば、ディクスン殿が進める各村の自警団の設立と、お前がいなくなった後の指針を取りまとめるほうがよほど現実的ではないか?」 「それは、そうかもしれませんけれど……僕もできるかぎりお手伝いしたいのです」 「はっはっは、欲張りだな、アル! 今でも十分手伝っているだろうに!」 「はぐらかさないでください! もー、僕は真剣に頼んでいるのですから!」  オッドとアラステアの会話は、二人が館の外にいるにも関わらず、館の中、エレインの執務室まですべて筒抜け状態だった。  エレインはメルヴィルと顔を見合わせる。 「まだ話していないのに、自警団の設立の話をご存知でしたね」 「事前に調査されていたのでしょうかね」 「手紙を出してからここに来るまでに《間|あいだ》がありましたから、その《間|かん》に?」 「歩いてこられたとおっしゃっていましたから、そうでしょうね。どこまで本当か分かりませんが」  エレインは頷く。確かに、オッドの言葉はどこまで本当か分からないところがある。  豪快な人物かと思えば、事前調査も怠らない慎重な面もあり、また腹の探り合いができるほどには老獪だ。多面性のある、掴みどころのない人間ではある。もちろん、今までの経験——近衛騎士団長という重責——がそうさせたのは間違いない。  エレインは、先日作った『《大知悉魔法|レヌンティオ・グランディス》』で得られた情報の本を開く。  中には、《二人分》の半生に渡る情報が書き込まれていた。  一人はあの脱走者、もう一人はオッドだ。当然ながら、オッドに渡した本には、《脱走者の分の情報しか記していない》。  あのとき、オッドが脱走者を捕まえていたので、エレインは精一杯魔力を込めて二人分の大魔法『《大知悉魔法|レヌンティオ・グランディス》』を《ついでに》かけたのだ。ちょっとした悪戯心というか、あまりにもエレイン側がオッドのことを知らなすぎている点が話し合いで不利に働いていると感じて、しめたとばかりにやってしまった。このことはメルヴィルにも教えていない。  何気なく、エレインはめくったページに目を落とす。  そこには、こう書かれていた。 『……オッド家は百五十二年前に一時絶えており、現西ユーファリア王国国王ユーイン七世の弟であるアルドフリス・リアノン・ヴァジリアス・ウィーケーティアを当主に迎え再興した公爵家である。アルドフリス・R・V・W・オッドは……』  ——弟?  ——というか、公爵?  エレインは目を見開いた。  同時に、椅子から立ち上がり、外を見る。  ——アラステアをからかうあの人物が、現王弟でありオッド公爵家当主?  いや、あり得ない話ではないのだ。近衛騎士団長ともなれば、ただでさえ家柄を問われる位だし、戦争をここ百年以上経験していない西ユーファリア王国では、そこまで武勇を誇る人物を当てるわけではない、いわば名誉職に近いところがある。  だからと言って、公爵という貴族階級の頂点に近い、それも現王弟である人物を近衛騎士団長に据えるというのは、なかなかない身内人事だ。なり手がいなかったのかな、ともエレインは思う。  ——そうだった。こういうときに見るべきは『貴族名鑑』だ。  エレインは今度は書棚に向かい、最新版の『貴族名鑑』を取る。毎年発刊されているもので、貴族の家系図や現在の家族構成、住居地などが記されている。時候の挨拶などに欠かせない、貴族階級や一部の王城関係者にしか販売されない本だ。エレインは一応、王城関係者である《大魔導師|マグナス・マギ》の親族であるため——ある種、見合い相手を探す手段の一つでもあるこの本が送られてきた。余計なお世話だ、と思って書棚に放り込んでいたのを、今の今までエレインはすっかり忘れていた。  《O|オー》の項に、オッド家の《頁|ページ》があった。確かに公爵、そして『当主のアルドフリスはウィーケーティア王家からの養子』と書かれている。なぜ今まで見過ごしていたのか、とエレインが自分自身を責めたくなるくらい、簡単に見つかってしまった。  執務机の向こうから、メルヴィルが声をかけてくる。 「エレイン様、いかがなさいましたか? 先ほどから顔色が」 「えっと……いえ、知りたくなかったような、知ってしまったような事実がありまして」 「はあ、なるほど。そういうこともあるでしょうね」 「知ってびっくりしません?」 「ははは、フルスト魔王陛下が即位された際より驚くことが人生にあれば、私も驚けますね」 「……それよりはびっくりしないかと」  エレインは簡単にオッドが貴族、それも公爵であったこと、現王弟であったことを、『貴族名鑑』を使ってメルヴィルに教える。先ほどの『《知悉魔法|レヌンティオ・グランディス》』で作った本に関しては内緒にしておいた。 「なるほど、つまり高位貴族だったと。なら、独自の情報網でエレイン様の施策をご存知だったことも納得が行きますね」 「驚かれないのですね」 「バラジェでは、高位魔族は本当に無茶苦茶な方が多いですから。あれよりはマシです」  ——バラジェ、本当に大丈夫か。  エレインはついうっかり、他国の将来を心配する羽目になった。 ☆  いくらオッドが公爵だと分かったとはいえ、露骨に態度を変えては怪しまれる。  エレインは努めて表情を顔に出さないようにした。主に、「何で公爵閣下がこんなところにまで来るんだ」とか、「何も知らないアラステアが羨ましい」だとか、そういった気持ちをぐっと抑えて、執務室から出ないようにもした。幸い、オッドはアラステアの世話に忙しく、エレインとは日に三度の食事で顔を合わせるだけだ。  その三度の食事も億劫だが、食堂に顔を出さないことには怪しまれるかもしれないので、エレインは神経を尖らせながら食事をするという、日に三度の楽しみが大変気を遣う作業に成り果ててしまったことが悔やまれる。  オッドが《黒曜館|こくようかん》に来て五日が過ぎたころ。  エレインの執務机の上に、魔法で手紙が転送されてきた。  差出人は祖父だ。またひょっとして見合い話か、と邪推しつつ、ペーパーナイフで封を開け、中の手紙を読む。  すると、予想とはまったく異なる内容が記されていた。 『親愛なる孫娘へ 近衛騎士団長代理から状況はすべて聞いた。そして先日、《専門配達人|クーリエ》から、お前がオッド近衛騎士団長の依頼で『《大知悉魔法|レヌンティオ・グランディス》』を使って得た情報の本も届いたそうだ。捜査は凄まじい早さで進展し、脱走者の身元から辿って儂も捜査に協力した結果、複数人の貴族が容疑者として浮かび上がってきた。全員、儂が連合王国国王陛下より『《大知悉魔法|レヌンティオ・グランディス》』の使用許可を得ている、と言った途端、顔が青ざめたのは《見物|みもの》だったぞ。おかげで今回の首謀者は至極あっさりと見つかった。《グウィン侯爵夫人|マダム・ド・グウィン》だ。お前に以前、郷士の一人からのサロンへの上納を断たれた腹いせに、お前のディヴァーン領の内情を探って悪評を喧伝しようとしたのだろう。未然に防げたことは何よりだった』  捜査、早い。顔も名前も知らない近衛騎士団長代理と、祖父の《大魔道師|マグナス・マギ》、実に頼りになる。  さっそく、エレインはこのことをオッドたちに伝えようとして——手紙の続きを見ていないことに気づき、慌てて読む。 『今回のことは内々に済ませておく。《グウィン侯爵夫人|マダム・ド・グウィン》側は人を使って、商人でもない人間を商人に仕立て上げた、商人組合からの苦情への謝罪程度にしかお咎めはない。よいか、エレインよ。次を防げたことが何よりの収穫であることを忘れるな。他の貴族や領主たちも、この話をすぐに知ることとなるだろう。それがどれほどの効果を上げるか、お前は知らねばならぬ。領を守るためにはどのような手段でも選ぶ人間である、という評判が立つだろうが、耐えなさい。以上だ』  相変わらず、祖父は孫娘が心配でたまらないようだった。  ——領を守るためにどんな手段でも選ぶ? そんなもの、今更だ。誰に何と言われようと、その方針を変える気はない。  エレインは鼻息荒く、手紙を机の引き出しに入れた。  まずは、協力者であるオッドに状況を報告しなければならない。  メルヴィルに外に出てくると告げ、エレインは執務室を後にした。 ☆  《黒曜館|こくようかん》の庭で、何やら棒を持ったオッドと、レギナスグラディオを構えたアラステアが対峙していた。  訓練なのだろう。少し待ったが、どちらも動かないので、エレインは痺れを切らし、オッドの名前を呼ぶ。 「オッドさん! 先日の件で、捜査に進展が見られたそうです!」  オッドはエレインのほうを振り向き、応える。 「おお! やっと話が進みましたか!」  「ええ。とはいえ、首謀者はお咎めなしのようなものですけれど」 「仕方ありますまい。首謀者が見つかっただけでもよしとしなければ。次の手を使う輩に警告を与える意味でも、効果は大きいでしょうな」  オッドも祖父と同じようなことを言う。やはり、貴族社会のケジメというものや慣習は、まだまだエレインは知らないことだらけだ。 「ところで、誰が首謀者だったのですか?」  アラステアは無邪気に問う。 「《グウィン侯爵夫人|マダム・ド・グウィン》です。私はお会いしたことはありませんけれど」 「ははあ、あの化粧の濃い……失礼。アル、お前も見たことがあるはずだぞ」 「えっ!? だって、貴族の女性って皆化粧が濃いじゃないですか」 「はっはっは! 確かにな!」 「それに、エルさんとは面識はないですよね? そんな人がどうしてディヴァーン領の悪口を言おうと?」  アラステアは無自覚に貴族の女性を敵に回すことを言ってのけた上、的確に状況が分かっていない。  説明しようとしたエレインを制止し、オッドはこう答えた。 「単なる《僻|ひが》みと逆恨みだ。貴族社会ではよくあることだ」 「そうなんですか?」 「うむ、俺も昔は随分と陰口を叩かれたものだ。《妾|めかけ》の子だのおこぼれで爵位をもらっただの、口汚く罵られるだけならまだしも、出世すれば今度は仕事の邪魔までされる。まあ、貴族に限った事ではないかもしれぬがな!」  オッドは大声で笑う。  一方、アラステアは一部分からない単語があったのか、首を傾げていた。 「めかけ、って何ですか?」 「正妻ではない女という意味だ。俺の母は王妃ではなく侍女でな、俺は今の国王とは父親が同じで母親が違う兄弟だ。それを異母兄弟と言う」 「へぇ、知らなかったです」  アラステア、多分よく分かっていない。  そしてオッドも特にフォローはしない。 「貴族の間ではよくあることだ。もっとも、俺の扱いに困った父である前国王は、オッド家に養子に出すことを条件に王位継承権の放棄を迫った、そうだがな」 「オッドさん、王様になれたかもしれない、ってことですか?」 「その可能性はあったな! だが、なれたとしても俺はならなかっただろうな!」 「どうしてですか? 皆、王様になりたいと思うものじゃないのですか」 「単に俺の性に合わないからだ。まあ、お前ももう少し王城のことを知れば、俺の気持ちも分かるだろう。勝手に勇者だ何だと持て囃して、都合が悪くなれば遠巻きにする。そういう連中が、俺は嫌いだ」 「……そういうこともあるのですね」 「うむ。おっと、ディクスン殿、申し訳ない! アルとの話に夢中になってしまっておりました!」  ちょっと《態|わざ》とらしく、オッドはエレインのほうを向いて謝罪した。今の話は、おそらく年若い(と思われている)エレインに聞かせる意味でも話したに違いない。  話を元に戻そう。エレインは一つ咳払いをして、話しかける。 「とりあえず、祖父からの手紙には、これ以上の被害を未然に防げたことをよしとするようにと」 「今後の心配はないということですな。まあ、《大魔道師|マグナス・マギ》殿がそうおっしゃるならば」  他にも祖父は、領を守るためにはどのような手段でも選ぶ人間である、という評判が立つ——という心配をしていたが、それはオッドには言わなくてもいいだろう。きっと、オッドも分かっているはずだ。  もし今後王都でエレインの噂を耳にした際には知らせてほしい、とエレインはオッドに頼み、オッドもこれを了承してくれた。忘れていなければ、教えてくれるだろう。 「しかし、今後も何かとあるでしょうな。王都のほうで——近衛騎士団絡みで何か知ることがあれば、すぐに《大魔道師|マグナス・マギ》殿を通じてお教えしましょう。それは近衛騎士団長代理にも伝えておきますゆえ、ご心配召されるな」  ——ああ、それは信用できる。  今回、近衛騎士団長代理が有能だった旨が書かれてあったし、オッドもさすがに忘れはしないだろう。  しかし、オッドにも今回は世話になった。何か贈らなければ、そう思ってエレインはオッドに尋ねてみる。 「オッドさん、何か困っていることはありませんか? 魔法でできることや、私がご用意できる品であれば、ぜひ」 「困っていることですか。うぅむ」 「あ! オッドさんもエルさんの箒に乗ってみたらどうですか? 空を飛ぶのはすごく楽しいですよ!」  アラステアの一言で、オッドの希望は箒に乗って空を飛ぶことに決まった。
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