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魔女。 それは異質な力を使い、残虐非道、人畜有害、己の利益でのみ行動する不老不死の存在。 御伽噺として語られることが多く、実在していたという痕跡や逸話も残されているが、実際にその姿を見た者はいない、とされている。 彼女――レーヴァ・ミストレアはそんな魔女の一人。 腰まで届く黒く長い髪に、闇に溶けそうな黒いローブを身に纏う彼女は確かに魔女のような雰囲気を持っている。 しかし彼女は世間一般的な魔女のイメージとは程遠く、不老不死となった身で世界中をくまなく旅する放浪者となっていた。 何十年、何百年と生きてきた彼女だが、世界は毎日のように変化していく。 その有様を眺めるかのように西へ東へ、北へ南へと旅を続けていた。 そんな彼女がやってきたのは、東方に位置する小さな島国。 細かな年数は覚えてないが、彼女は数十年以上前にこの地へ立ち寄っていた。 「年々その数は減っている、という噂だったけど……」 太陽が昇る昼過ぎの頃。 小さな丘の上までやってきた彼女の前には一本の大きな木が立っていた。 ピンク色の花を咲かせるそれは、その島国にしか存在しない桜という品種。 日差しが暖かくなるこの時期にしか咲かず、また咲き誇る期間も少ないことから島国の中ではその時期だけ毎年のように桜の元で飲み明かしはしゃぐ、花見と呼ばれる一種の祭りのようなものが行われていた。 しかし桜の木は年々減少し、今では限られた場所にしか存在していない。 少なくとも彼女が以前島国に訪れた時はどこもかしこも桜の花が咲き乱れ、延々と騒ぐ島民がいたのだ。 だが数十年ぶりにやってきた現在の島国では桜自体も減り、花を見て騒ぐという行為自体が不謹慎だと騒ぎ立てる連中も増えている。 その結果、桜は国が管理することになり、花見という文化は失われ、以前のような騒ぎは見られなくなった。 「あの時は……ここでたくさんの人が騒いでいたのに、静かなものね」 彼女は大きな木――国の管理から逃れる形で、数十年前からこの場にある桜の前でぽつりと呟く。 「まぁ、あの時からもう何十年も経っているし、当時の人達はもう亡くなってるでしょうけど……」 思い出に耽るように彼女は続ける。 「あれ?」 そんな彼女の背後から、一人の少年が現れ、声をかける。 「……あら、こんにちわ」 「こんにちわ、いらっしゃい」 少年は白いシャツに短いズボン、そして短く整った黒い髪をしていて、どこか不思議な雰囲気を持っていた。 屈託のない笑顔を見せ、彼女へ話しかけるとすぐに傍まで近づく。 「どう?」 「え?」 「これ、見てたでしょ? どうかな、って」 少年はこれ、と桜を指差す。 「あぁ……そうね、綺麗に咲いていると思うわ」 「へへ、そうでしょ。今が一番の咲き所だからね」 嬉しそうに少年は桜に近づき、ぽんぽんと手で撫でるように叩く。 「だけど……景色は少し残念ね」 彼女も桜に近づくと、そこから見える街の景色へ目を向けた。 「あー……そうだね……」 そこから見える景色は到底綺麗だとは言えなかった。 何十年か前は建物が低く、この丘から海まで一望できていた。また街の中にも至るところに桜が咲き誇り、桜並木道のようなものまで存在していたのだ。 だが年々技術が発展し、文化が築き上げられていくと街の外観を意識するより利便性を重視していく傾向が強くなっていき、次第に海が見える範囲も狭まっていく。 そして桜のほとんどは土地を移され、この丘から他の桜は何も見えなくなっていた。 「ここもたぶん、今年中にはなくなっちゃうんだよ」 少年は寂しそうにそう呟く。 「……そうなの?」 「うん。国がね、この桜はもう何十年以上も経っていて今更移すのは無理だ、って。かといって放っておくとまた騒ぎを起こすのがいるから、それなら撤去してしまおうっていうことらしいよ」 「それはまた……勝手な話ね。こんなに綺麗に咲いているのに……」 「仕方ないよ、国の決定だもん。寂しいけどね」 少年はそれだけ言うと外の景色を眺めるように遠くを見る。 彼女はそんな横顔を見て、何かが脳裏を過った。 「……あなた――」 「そうだ」 声をかけようとした瞬間、少年が彼女の方へ向き直ると同時に強い風が吹き、桜の花弁が周囲に舞う。 彼女の長い髪が風に煽られ、それを抑えようと風から背く形で目を伏せた。 「もう少しだけ、僕の思い出と付き合ってよ」 少年の声が彼女の耳に届くと同時に、少年の姿が桜吹雪の中へと消えていった――。 「……っ?」 桜吹雪が止み、彼女が目を開けるとそこには数人の男女が一つの桜の木の下ではしゃいでいた。 「がっはっは! よーし、俺はこの酒樽を一気に行くぜ!」 「お、いけいけ!」 「きゃーっ」 「いちばん! うたいます!」 「うるせぇ、俺と代わりやがれ! 何回歌えば気が済むんだ!」 やいのやいのと騒ぐ数人の男女。 「これは……」 彼女は呆然とその光景を眺めていると、一人の男性が彼女に気づき近づいてくる。 「おう、魔女さん!」 「え?」 「どうした? ほら、あんたもこっちこいって!」 「あ、魔女ちゃーん! 私と一緒に飲もー!」 「ダメダメ、魔女ちゃんは私と飲むんだから!」 「……あの」 戸惑う彼女をよそに、複数の女性に引っ張られて桜の元へと連れていかれてしまう。 しかし彼女は決して嫌な思いにはならなかった。むしろ、嬉しさすらあった。 「……」 彼らは数十年前にここへやってきた際に彼女が出会った、島国の住民達。 全員が二十歳から三十歳、一番の年配でも四十歳ほど。彼女が魔女であるということを知っても気にすることなく、花見に誘い、そして夜遅くまで騒いだ……期間は短くとも友人と言える存在であった。 当然ながら、現在ではもう年老い、天寿を全うした者が多い。 だが彼女の目に映る彼らは当時のままであり、またその背後から広がる街の景色も当時のままであった。 「魔女ちゃーん、聞いてよー」 「はいはい……また恋人が出張?」 「そうなのよー、私ずっと待ってばっかでさー」 「私の話も聞いてよ! この前――」 「妹さんが勝手に私物を使った、でしょ? お姉さんの真似をしたかったのよ、許してあげなさい」 「えへへ、そうなのかなぁ」 女性達が悩みを言う前に、彼女はそれを答えていく。 このやり取りも数十年前に行ったことであり、彼女はその記憶をしっかり持っていた。 皆が皆、桜の下で各々に騒ぎ、はしゃぎ、飲み、歌い、そして時間が過ぎていく。 彼女にとっては全て記憶の中にある出来事ばかりであったが、全てが懐かしい思い出である。 何十年も経った今でもその記憶、思い出は色褪せず、彼女の中にしっかりと残されていたのだ。 やがて宴は終わりの時間に近づいていく。 「ふふ……さて」 彼女も当然、それが来ることもわかっていた。 「私はそろそろ、行くわね」 酔い潰れてすでに眠りこけている者もいる中、彼女は立ち上がる。 「なんだ、もう行くのかい」 「えぇ、名残り惜しいけどね」 「魔女さんは忙しいもんなぁ、次はどこへ行くんだ?」 「そうね、特に決めてないけど……北の方へ行ってみようかしら」 「北かぁ、北は寒いからな、気ぃつけなよ」 「ありがとう。……あなた達も、いつまでも元気でね」 この後、彼らと会うことはない。彼女は当然、それも知っている。 「何それ、今生の別れみたいなこと言わないでよー」 「そうだそうだ、もしかしたらどこかで会うかもしれないだろ」 「ふふ、そうね。じゃあ、またいつか――」 「そうだ!」 集まった男女の中で一番若い女性が声を上げる。 「またいつか、ここで今日みたいに花見しようよ!」 「お、いいねぇ。といっても俺ぁ毎年やってるけどよ」 「魔女さんも約束だよ、またこの国に戻ってきたらここへ来てね!」 女性は笑顔を向け、彼女の手を取る。 「……えぇ、そうね。約束しましょう」 複雑な心境を顔に出さず、彼女もまた笑顔で応対した。 「いつか、またここへ来るわ。……それじゃ、またね」 彼女が別れの挨拶を言い切ると同時に、再び桜の花弁が舞った。 「……」 目を開けると男女の姿はなく、広がる景色も壮観なものではなくなっていた。 綺麗に咲き誇っていた花も極端に減っていき、とても花見ができるような状態ではなくなっている。 「あなたは――」 「ありがとう、お姉さん。約束を守りにきてくれて」 桜の木の陰から少年が現れる。 「……」 「お姉さんの記憶から思い出を見ることができてよかった……もう、僕のことを知る人はお姉さんしかいないからね」 「そう……もう皆、いないのね」 「うん。……約束を交わしてくれたあの子が、数年前に亡くなったのが最後かな」 「……約束、守るのが遅くなってごめんなさい」 「大丈夫――」 少年の声と同時に突風が巻き起こり、彼女は髪を抑え、そして少年の姿が消える。 「ちゃんと、守ってくれた。それだけで僕は十分だよ。ありがとう、レーヴァさん」 少年の声が彼女の元へ届く。 「……こちらこそ、思い出をありがとう」 桜の木に手を添え、彼女もまたお礼を告げる。 残された花弁が空へ舞っていくのを見届け、彼女はその丘を後にした。 長い時を生きる魔女の大切な思い出は、たとえ時が経とうとも色褪せることはない。 楽しかったあの日を胸に、彼女は再び旅立った。
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