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隠れ家に着くと千砂が口を開いた。 「初めてだね」 「なにが?」 霊斬は中に入ると、鼻と口を覆っている布を乱暴に下ろし、床に片膝を立てて座った。 千砂は頭巾を外して、霊斬の前に正座した。 「あんたが誰も傷つけずに、依頼を達成するなんて」 「そうだな」 霊斬は静かな声で言った。 「三津五郎を信じるのかい?」 「信じちゃいない。俺は脅して、選ばせただけだ。依頼人の良いように。……少し様子見だな」 霊斬は鼻で笑った。 「様子見?」 千砂が首をかしげる。 「本当に、俺の言うとおりにしたのかをな」 霊斬はそう言うと、布で鼻と口を隠して、隠れ家を去った。 翌日の夕方、霊斬は自身番を訪れた。 「おや? 刀屋、なんの用で?」 岡っ引きが顔を出す。 「西日三津五郎って、知ってるかい? お得意様なんだが」 「そいつなら、今朝ここへきたぞ。なにやら話があるってんで、聞いてやったところさ」 「そうかい」 「もういいか? これから生き残っているっていう娘を、捜しにいかなきゃならねぇから」 「ああ」 霊斬はそれだけ言うと、自身番を後にした。 その日の夜、霊斬は黒装束に身を包み、懐に短刀を仕舞う。西日家に足を運んだ。 「まさか突然いなくなるなんて……」 三津五郎以外の家族全員が居間に集まり、話をしていた。 霊斬はその様子を屋根裏から見守った。 「父が置いていった手紙だ」 「読んだの?」 妻の言葉に、夫がうなずいた。 「どうしていなくなったのかは分からない。だが、僕達のことを想ってくれているのは確かだと思う」 三津五郎の息子がそう言い、その場にいた全員が悔しそうに、子ども達は泣きじゃくっていた。 霊斬はその光景を目にし、西日家を後にした。 それから数日後、依頼人が顔を出した。 「決行の翌日、自身番の人が《私|わたくし》を訪ねてきました」 霊斬が座ると、女が口を開いた。 「自身番の方はなんと?」 「西日が関わったとされる事件の話を聞きたいとのことでした。なので、すべてお話いたしました。お世話になったので、あなたにも話しておこうと思います」 女はそう言って、語り始めた。 まだ女がほんの幼いころ、米問屋を営んでいたひとつの家族は、平和な日々を過ごしていた。 しかし、ある日の夜、彼女は物音で目を覚ます。 一緒に寝ていたはずの父の姿がない。 「……父上?」 寝ぼけた声を出し、父を捜しにいこうとしたのを、母に止められた。 「いってはいけません」 「どうして?」 その問いに、母は答えなかった。 しばらくすると、戸が開いた。複数の男達が、なにかを引き摺っている。その中のうちの一人が、提灯をこちらに向ける。 「まだ、誰かいるぞ!」 どたどたと土足で男達が上がってくる。 「今のを見たな?」 提灯の光に、抜き身の刀が反射する。 母に身体をつかまれ、背に回される。 「なにをしたの?」 母は気丈にもそう尋ねた。 「お前の旦那を……殺めただけだ」 ――父上が、死んだ……? 幼い子にはあまりに残酷な言葉であったが、彼女はしっかりと聞いていた。 「私のことはどうでもいい! ……どうか、どうか、この子だけは見逃してください!」 「それでいいんだな?」 母はなにを考えているのか、その言葉にうなずいていた。 その様子を見ていた彼女の瞳に涙が浮かぶ。 「や……」 止めてと叫びたかったけれど、できなかった。 刀が肉を断つ嫌な音がして、母はそのまま横に倒れた。 「母上! 母上!」 何度も声をかけたが、いっこうに答えない。 彼女は憎しみのこもった眼で、親を斬った男を見た。 「西日様! 西日三津五郎様!」 人を殺めたというのに、ぼうっとしていたその男は、名を呼ばれて我に返った。 男達は、惨劇と化した家から去った。 その後、母と父の骸を見た彼女は、涙を流した。 「話は以上になります」 女は静かな声でそう告げた。 「辛いお話をさせてしまいました」 申し訳ありません、と霊斬は頭を下げた。 「お気遣いなく。昔のことですから」 女は苦笑した後、霊斬の顔を見て尋ねた。 「西日はどうなりましたか?」 「過去の罪と向き合うよう、本人に告げたところ、自分から自身番にことの真相を告げにいったそうです。近いうちに刑に処されるやもしれません」 「西日家の様子は?」 「突然いなくなったために、動揺と悲しみに包まれておりました」 「そうですか。では、これを」 女は、これで憎しみから解放されると、安堵の笑みを浮かべると、金貨五枚を差し出した。 霊斬はそれを受け取り、袖に仕舞った。 「また、なにかありましたら、お越しください」 それから数日後、霊斬は四柳の診療所に足を運んだ。 「四柳、いるか?」 「霊斬か、どうした?」 霊斬は手に持っていた酒を持ち上げて見せた。 「まあ、上がれ」 四柳に続いて、診療所の中に入っていった。 「初めてだな、お前が治療以外で顔を出すのは」 四柳の一言に、霊斬は苦笑するしかない。 徳利の栓を開け、四柳が持ってきた盃にそれぞれ注ぐ。 「俺はずいぶん長く医者をやっているが、お前みたいな奴は、なかなかいない」 四柳はしみじみと言った。 「そうなのか?」 霊斬が首をかしげる。 「長い付き合いだからな」 それもそうだと、霊斬は苦笑する。 「なあ、四柳。どうして、医者になったんだ?」 「……人助けがしたかっただけだ」 「そうか」 「……俺からすれば、今の方がだいぶましになったように思うぞ?」 「前は、毎日、依頼を受けていたからな」 霊斬が呑みながら苦笑する。 「よく、今日まで生きてこれたものだ。感謝しなければな」 霊斬は言いながら、四柳を見る。 「礼なんていい。俺はな、できるだけ人が死ぬのを見たくないだけだ」 四柳はぶっきらぼうな口調で言う。 「……人の死なんて、あっけのないものだぞ」 霊斬が冷ややかな声で告げた。 「そうかもしれんが、見ないに越したことはないだろ」 「そうだな」 ――人の怒りや憎しみ、苦悩や悲哀を、身近に感じることがなければ、俺の人生、少しは変わっていたのだろうか? 霊斬はふっとそんなことを思った。
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