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それから数週間後、店の戸を叩く者がいた。 「いらっしゃいませ」 訪れた人物に霊斬は目を丸くした。 「その節は、どうも」 目の前に立っていたのは鍛冶職人の次郎だった。 霊斬は商い中の看板を支度中にすると、次郎を招き入れた。 「今日はどうした?」 「お得意さんの武士から、〝因縁引受人〟あるいは〝霊斬〟という人がいるらしいって聞いたんだ。その人はなんでも、恨みを代わりに晴らしてくれるんだとか」 ――そんな噂が広まっていたのか。 霊斬は内心で溜息を吐きながらも、先を促した。 「それで?」 「本当にいるのか知らないけれど、頼みたいことがあるんだ。幻鷲さん、その人のこと、知ってるかい?」 「どうして俺を訪ねた?」 霊斬は怪訝そうに次郎を見る。 「有名な鍛冶屋は幻鷲さんしかいないから、なにか知っているんじゃないかって……」 ――俺以外にも売れている奴はいるがな。 霊斬は冷静に分析しつつ、どう誤魔化したものかと思案する。 武家の人間ならともかく、鍛冶職人の連中に正体は知られたくない。 「その人物のことなら聞いたことがある。会いたいのなら、今夜、鍛冶屋町の路地裏、袋小路になっているところが一か所だけある。修理前の刀を持って、そこへいくといい」 「ありがとう、幻鷲さん!」 予想もしていなかった情報が手に入って嬉しいのだろう、次郎は顔を輝かせて礼を言った。 「礼などいい」 霊斬はそう言って、出ていく次郎を見送った。 その夜、霊斬は黒装束に着替え、同色の布で鼻と口を覆う。短刀を懐に仕舞うと、自分が伝えた場所へと向かった。 霊斬は、袋小路近くの屋根に身を隠し次郎を待った。 「ここで良かったかな?」 次郎は言いながら、提灯を片手に、辺りをきょろきょろと見まわす。 「そうだ。提灯で俺を照らすなよ」 「わっ!」 次郎は驚きながらも、言われた通り提灯を下げたままだった。 霊斬は物陰から姿を見せるも、暗闇に溶け込んでいるせいで、その姿は分からない。 「因縁引受人霊斬だ。依頼の前に確認したい」 次郎がおどおどしながら尋ねた。 「なんでしょうか?」 「人を殺めぬこの私に頼んで、二度と後悔なさいませんか?」 「ああ。そのためにきたんだ」 「金はあるのか?」 「……家族を食わせていくのに精一杯だから、ありません」 「ならば、その覚悟を代金代わりとしよう。修理する刀はあるか?」 「は、はい」 刀を差し出してきた。それを受け取り、 「それで、依頼内容は?」 霊斬は冷ややかな声で尋ねた。 「うちにいつも無理難題な注文をしてくる客がいるんです。なんとかしてこないようにしてほしいんです。一か月で刀を五本用意しろって。うちも限界なんです」 「その客の手がかりは?」 「顔に黒子があって、見た感じは人当たりのよさそうな人。この近くの……えっと、《君津|きみづ》家の人だと聞きました」 次郎は顎に手を当てて言った。 「分かった。では、一週間後のこの時間、またここにくるといい」 「はい」 次郎が去っていくのを見送り、霊斬はその場から姿を消した。 霊斬はその足で、君津家へ向かった。 君津家は江戸の中で四番目に権力を持つ家だ。加え、規模も大きい。 屋敷はそれに《相応|ふさわ》しいくらいの贅を尽くした造りになっていた。 ――無駄なところに金かけやがって。 霊斬は内心で溜息を吐く。 そのまま、屋敷に侵入し、屋根裏へ向かう。 音もなく入り込むと、聞こえてくる会話を聞きながら、目的の男を捜した。 「現在、いくつかの鍛冶屋に一か月以内に刀を五本ほど依頼しております」 と声が聞こえてきたため、霊斬は足を止めた。声からして、歳は三十ほどか。 「さて、どれくらいの鍛冶屋が五本揃えて持ってくるのだろうな?」 楽しみだと言わんばかりの別の声が聞こえる。 ――そんなに刀を集めてなにをしようっていうんだ。 霊斬は思案しながらも、天井の板をずらし、そうっと顔を覗かせる。 次郎の言う通り、黒子のある男がいた。対するは老年の男。だが、人懐こそうな印象は見受けられなかった。 一言二言話すと、男は一礼し、その場から去った。 霊斬は様子を見ると天井の板を戻し、君津家を後にした。 ――まったく、疑問しか湧かねぇじゃねぇか。 店に戻ると霊斬は、内心で溜息を吐いた。 男の素性が分かっただけましという程度だが。 ――どうしたもんか。 考えても仕方がないと思い、その日はすぐ眠った。
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