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 次の日の朝。  いつもより早起きして、桃華は純と学校へ向かっていた。 「だーかーら、嫌味言わないならOKにするの!」 「また条件出してきて……荒井先輩の入れ知恵だな」 「そのとおりだけど、嫌味言うのよくない!」  プンスカと桃華は頬に空気を溜めて怒りを露わにする。しかし、純の指で頬の外側から突かれてポンと空気を吐き出し、桃華はゲホゲホ咽せる。純は冷めた目で桃華を見ていた。 「桃華、嫌味って分かってたんだな。それが俺にはびっくりだよ」 「殴るよ」  桃華は学校鞄を《上手|うわて》に持ち、純をロックオンする。 「だから、暴力はやめろって!」  純は桃華の鞄を強引に取り上げた。  そして込めた力の行き場をなくした桃華はすってんころりんと転ける。 「あ」  べしゃあ。アスファルトの路面に顔から突っ込んだ桃華は、起き上がろうと試みる。路面に肘と膝を突き、ゆっくり上体を起こし、制服のおかげで無事だった体に安堵する。 「桃華、桃華」 「何よ!」  桃華のイライラ度はマックスだ。なのに純は桃華の鼻を何度も指差す。 「ん……?」  ポタポタと地面に流れ落ちたのは、二滴の血。  桃華は慌てて純に「ヘイ、パス!」と鞄を要求する。その前に純は自分の鞄からティッシュを出し、桃華に手渡した。  結局、桃華の鼻の穴の両方にティッシュが突っ込まれ、その様子を手鏡で見た桃華は、ジトリと純を睨む。 「《純のせいだ|ひゅんほへひは》」 「……悪かったよ」  言い終わった直後、純はブフッと吹き出した。桃華の顔を見て。 「《反省が足りない|はふへひははひはひ》!」 「何言ってんのか分かんねぇよ! そろそろティッシュ変えろ、垂れてきてるぞ!」  ——おっといけない。乙女が鼻血を垂らすなどあってはならないことだ——本来は。そしてもう何だか学校に行く気分じゃない。  がくり、とうなだれて、桃華は自分の運命を呪った。 「おい、桃華」  桃華は鼻ティッシュを取り、鞄を抱えて逆方向に歩き出す。 「帰る」 「はあ!?」 「もう何か学校行く気分じゃない……純一人で行って」  鼻に新しいティッシュを突っ込んだ桃華は、てくてくと来た道を帰る。  その後ろを、純が同じ歩調で付いてくる。  別に嫌じゃない。ちらりと後ろを覗くと、純は桃華の肩を押した。 「いいだろ、別に。ほら、ティッシュ足りてるうちに帰るぞ」  桃華は頷いた。あれだ、鼻血が止まらない現状、ティッシュが足りなくなると悲惨なことになる。  結局、余田家の居間のソファで、桃華は両方の鼻の穴に無事新しいティッシュを詰め込むことに成功した。  両親は出かけていてとっくにもぬけの殻だった。いたところで、娘が鼻血を出して帰ってくるのはいつものことだとティッシュ一箱差し出して出勤するに違いない。  もう反対側のソファに座っている純は、ティッシュを破いて鼻に詰めるこよりを作っていた。大量のティッシュが浪費されている気がするが、純は真面目だった。 「鼻血、まだ止まらないか?」 「んー……そろそろ止まりそう」  桃華は新しいティッシュのこよりを鼻に詰める。ぶっちゃけ、純の持っていたティッシュと違い、柔らかお高いティッシュは鼻心地が違う。  ——そうではない。そんなことより、話やら何やらあったのだ。  五分後。完全に止まった鼻血は、桃華と純に安心感をもたらした。 「桃華」 「うん?」 「遅刻しまくってるけど、学校行くか?」 「……純は行って、私行かない」 「じゃあ俺も行かねぇよ」 「何でよ」 「適当に風邪とか言っとけばいいだろ」 「そうじゃなくて、何で休むの」  純はあからさまなため息を吐いた。何だこのやろう、と桃華がファイティングポーズを取ると、純は呟く。 「また鼻血出るぞ」 「私は鼻血出てるから学校行かないんだもーん。純はサボりじゃん」 「まあな。たまにはいいだろ」 「よくなーい」 「いいんだよ。それより、腹空いた。何かないか?」 「冷凍庫に色々あるよ。適当に食べて」 「お前、よく他人を……いや、いいや。何かもらうわ」  純が他人の家の冷蔵庫を漁っている間に、桃華は学校へ連絡をしおえた。桃華も、「鼻血が止まらないので休みます」が本当に休む理由として通用するとは思わなかった。 「桃華ー、チャーハン食うか?」 「ちょっとだけ食べるー」 「じゃあ俺の分けてやるよ」  レンジでチンするチャーハンを手際よく温めはじめた純は、自分も学校へ休みの連絡を入れる。仮病理由は、「熱があるので、病院に行きます」だ。何というテンプレートな仮病理由だろう。  季節の変わり目、そういえばもう九月も終わりかけだ。今年は早めに寒くなるとか何とかテレビで言っていた気がする。  そうか、そろそろ本格的な受験シーズン到来だ。本当なら恋に愛にとかまけてる場合じゃないのだが、純は大丈夫なのだろうか。 「ねー、純」 「何だよ」 「成績大丈夫?」 「お前に言われたくねぇ」 「私より下のくせにー」 「数学はギリギリ同じくらいだろうが!」 「へへーん、私のほうが総合順位上だったもーん」  そう、桃華の一学期の期末試験の総合順位は三百人中四十八位だった。何とか掲示板に張り出される順位の五十位以内に滑り込んだ形だ。片や、純はと言うと、三百人中八十五位というすごいんだか中途半端なんだかよく分からない成績を残していた。 「何でお前、勉強そんなにできるんだろうな……」 「日頃の予習復習」 「それだけで《甲乙|こうおつ》組の中に混ざれるお前がすげぇよ」  ——何だか褒められた。桃華はニンマリ笑う。  ちょうど、電子レンジが小気味良い音を立てて《解凍|あたため》完了を告げた。純が皿にチャーハンを取り出し、居間のソファまで運んでくる。  桃華は急いでティッシュの山を片付ける。ティッシュに包んでゴミ箱に放り込んだだけだからか、血の跡がうっすらテーブルに残っていた。しょうがなく台所に行って台拭きを持ってきて、完璧に磨き上げる。完璧。 「はいよ、お待たせ」  ことん、とテーブルに置かれた大皿には、湯気立つチャーハンがふんわり盛り付けられていた。レンゲは二つ、反対側から好きなだけ食べろ、と純は言った。 「いただきます」 「いただきます」  ちょっとお行儀が悪いが、これはこれで乙なものだ。桃華は二、三口チャーハンを口に放り込むと、しっかり噛んで飲み込み——。 「あのさー、純」 「んー?」 「もう嫌味言わない?」 「言わねぇよ」  純の態度は素っ気なかったが、チャーハンのレンゲが止まった。ゴクリ、と口の中のものを飲み込んで、純は答える。 「俺が好きなのはお前で、お前が嫌なことはやらない。それでいいだろ?」  一瞬の沈黙。しかし、桃華は譲らない。 「約束事は指切りげんまん!」 「幼稚園児かよ」 「嫌味言わない、約束しないの?」 「いや、してもいいけど……」 「はい小指」  桃華は右手小指を差し出す。チャーハンから立ち上る熱が思ったより熱かったので、皿の横に。  しょうがなさそうに、純も右手小指を出し、桃華の右手小指に絡ませる。桃華と違った意味で、華奢な指だ。  桃華と純は右手を上下に揺らしながら、指切りげんまんの歌を歌う。 「ゆーびきーりげんまん」 「嘘ついたら」 「針一万本飲ます!」 「増やすな! 俺しかデメリットないだろ!」  そんな純の抗議も無視して、桃華は小指を離す。 「指切った! やったね!」  桃華は満面の笑顔でガッツポーズをした。
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