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 桃華は待った。具体的に言うと七限目とHR終わりの放課後まで。  今日は純の誕生日だ。十月一日。桃華は前日にちゃんとプレゼントを用意しておいたのだ。  純のクラス前で待ち伏せし、渡したら帰りにどこかへ行こう、と言おうかな、なんて考えつつ、桃華は浮き足立っていた。  今朝純と一緒に登校したときはそんな素振りも見せず、ちゃんとサプライズになるよう桃華は真剣に考え、心を落ち着け、今回ばかりはドジをしないよう努力した。  その努力が実るのは、今だ。  そのとき、純のクラスの中から大合唱が聞こえてきた。 「ハッピーバースディ、純!」  ——おおう。桃華は驚く。そしてそっとクラスの中を覗き込む。  そこには、大勢に囲まれた純がいた。クラスの面々から肩を叩かれたり、プレゼントをもらったり、純も満更ではない表情で厚意を受け取っている。  何人かの女子が歩み出てきた。 「あの……広瀬くん」 「何?」 「好きです! 付き合ってください!」  何と、複数人同時告白だ。桃華も初めて見た。  これに対し、純はあっさりと断った。 「ごめん、俺、彼女いるから」  何秒か経ってから、クラス中がどよめき、そして叫んだ。 「ええええ!?」  目が丸くなる、というのはまさにああいう顔のことを言うのだろう。  クラス中の人間の顔が大体同じになった瞬間だった。 「誰!? クラスにいる!?」 「どこの誰!?」 「いつの間に!?」  桃華は純のクラスから慎重に慎重を期して、忍び足で離れた。  それはもう、普段の桃華では考えられないほど、ミリ単位の正確さで一歩一歩純のクラスから距離を取っていく。  ——まったくもう、サプライズが台無しだ! しばらく純は解放されないだろう。しょうがない、夜に家を訪ねるしかない。  ブツブツ文句を言いながら、十分に純のクラスから遠ざかった桃華が次に向かった先は、大樹のクラスだった。  つい先日、純が嫌味を言わなくなる、つまり告白が成功したらラーメンを奢る約束をしていたからだ。手痛い出費だが、約束は約束だ。そして約束を果たすのは早いほうがいい。受験シーズン真っ只中に受験生に時間を取らせてもあれだ。  桃華はてくてく階下に降りていく。  大樹のクラスに行くと、やはりまだ大樹は残っていた。友達、いないのだろうか。桃華が憐憫の視線を送っていると、大樹が桃華に気づいた。 「何だ、桃華。今日も小町行くか?」  大樹はやけにご機嫌だった。小町への道すがら、ご機嫌の理由を聞くと、こういうことだった。 「総合小テストで一位だったんだよ」  総合小テストとは、クラス単位で行われる国語(現文・古文)、英語(読解・作文)、数学(Ⅰ・Ⅱ、A・B)、歴史(日本史B・世界史B)、理科(化学・生物)の全五教科小テストのことで、中間試験や期末試験の前哨戦とも言える。なぜ選択科目が一クラスでまとまっているのかというと、センター試験で満点を狙える科目に絞っているからだという。受験戦争恐るべし。  しかしだ、一クラス三十人のうちの一位、それも《甲|こう》組の一位となると、全三年生中暫定トップということになる。桃華は《乙|おつ》組のほうは知り合いがいないので、面倒だから大樹が現在学年一位ということでいいだろう。 「はえー、本当先輩は勉強しますねぇ」 「何他人事みたいに言ってるんだ。お前も来年はこうなるんだぞ」 「私はそのへんの国公立に受かれば上出来ですもん。先輩みたいに東大狙ったりしませんよ」  桃華は路傍の石を蹴り蹴り、受け答える。  大樹は何も言わない。ただ、桃華の頭をぽんぽんと叩いた。  そこで桃華は思い出した。 「そうだ! 純がですね、嫌味を言わないって約束してくれたんですよ!」  桃華は大樹の手から逃れつつ、先日の結果報告をする。 「おっ、そうか。じゃあラーメンは桃華の奢りだな!」 「総合小テスト一位のお祝いついでにですよ! 先輩、友達いなさそうなので!」 「おまっ、失礼だな! 友達くらいいるぞ!」 「またまたぁ、いつも帰りは一人じゃないですか」 「そりゃなぁ、皆予備校通いでさっさと帰るからな」 「あー……先輩、予備校行かずによく一位取れますね」 「日頃の予習復習だよ」 「それ、純に言ったらすげぇって言われました」 「何でだろうな」 「何ででしょうね」  二人揃って首を傾げる。純だって馬鹿ではないのだが、一応。  やがて小町にたどり着くと、鞄の中の桃華のスマホが鳴動していた。 「ん?」  桃華は立ち止まって鞄の縁を手で広げ、スマホの画面を見る。よく見ると、純からのメールだ。  ——メールなら後でいいか。桃華は鞄を元に戻し、先に暖簾をかき分けていた大樹に追いつく。 「いいのか?」 「あ、いいです、メールですし」 「そうか。じゃ、行くか」 「はい!」  桃華と大樹は小町に入った。  桃華は小町でラーメンを食べた帰り道、純からの未読メールを確認して、愕然とした。 『今日一緒に帰らねぇ?』  時刻はとっくに午後六時を回っている。桃華はわたわたしながら、とりあえず、家路を急いだ。どのみち純の家は隣だからだ。二回ほど転けそうになってもくじけず、桃華は走る。  自宅マンションの階段を一気に駆け抜け、自宅の隣、三〇七号室のチャイムを二連打した。  何分古いマンションだから、カメラ付きとか中で応答できるインターホンとかそういうものじゃない。チャイムなのだ。  ドキドキの瞬間である。別の意味で心臓はドキドキしているが、何とか呼吸を整えた。  ガギィ、と音を立てて、三〇七号室の玄関の扉が開く。  そこにいたのは、不機嫌そうな純だった。早くも着替えてタートルネックセーターとジーンズ姿になっている。  桃華は間髪入れず、事情を説明した。一応純のクラスに行っていたこと、入りづらくて大樹と一緒にラーメンを食べに行ったこと、ラーメンを目の前にしてメールは後回しになったこと。  そこで純は一言。 「で、今頃メール見て、謝りに来たってわけか」  ——むかっ。  桃華は反論する。 「謝りませんー! 純だって告白されてたじゃん!」 「ちゃんと断っただろ! つーか見てただろお前!」 「見てたからこそですー! せっかく誕生日プレゼント持ってきたのに!」 「一応先に聞いとくけど、中身何だ? まかり間違っても食べ物系じゃないよな?」 「何その疑いの心は! はいこれ!」  桃華は鞄のラッチを開き、手を突っ込んで純用のプレゼントをガシッと掴んで取り出す。  その袋は、本屋の紙袋だった。そして中身は——。  桃華から突き出された紙袋を受け取り、中を覗いていた純はツッコむ。 「……参考書かよ!」 「えっ、そうだけど?」 「プレゼント……えぇ? もうちょっとこう、何か」 「ちなみに荒井先輩にあげたのと同じやつだから、三冊とも」  そうなのだ。もう一度同じ本屋に行って、【英文読解・難関校向け】、【難関大学突破英文読解問題・改訂版】、【英文長文理解度検定・トップグレード】の三冊を探し、本屋の店員さんにも手伝ってもらって、桃華は三種の神器こと三冊の参考書を集めてきたのだ。すべては純へのプレゼントのために、だ。  なのに純はこう叫ぶ。 「お前、俺に何か恨みでもあるのか!?」 「何でそうなるのよ! 勉強できて嬉しい、ありがとう、って返事じゃないの!?」 「あのな……いや、もういいや、うん……ありがとう」  誇らしげな桃華を前に、嫌味を言わないと約束した純は、それ以上何も言わなかった。 
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