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おはようございます。こんにちは。こんばんは。君名言葉です。  お久しぶりです。最近は、ここ、Alightさんの桜の小説コンテストに時間を費やしていて、ブログは書いていませんでした。でも、三日坊主ではないです。四回やったので。三日じゃないです。  さてさて、今日は高校の終業式でした。この季節にはありがちの、「最後」というワード。  実際、今日で同じクラスだった人とは離れるので、最後でした。これが、一番身近な最後。  そして、昨日は伝説の野球選手、イチロー選手の引退宣言。最後のプレーだったわけです。  人間は、どうもこの、「もう一生出会えないかもしれない状況」に固執する習性があるように思います。僕もそうです。  でも、それは同時に、その状況に価値を見出していたことの裏返しなのでは、とも思えます。  楽しかったからこそ終わってほしくないし、最後まで味わいたい。皮肉にも、そういった渦中で初めて、自分がそれを好きだったことに気づいたりもするわけです。  僕は、人生とは、時計みたいなものだと思ってます。  高校生のくせに生意気なこと言ってごめんなさい。でも、そういうブログなので(笑)  デジタル時計では通用しませんが、アナログ時計の場合、人生を比喩してもそれっぽくなるのです。  短針と長針が追いかけ合って、同じような日々の繰り返し。  でも、たまに調節しないと狂ってきますよね。その狂いこそが、自分の老化をふと知った時のような気がします。  そして、終いには動かなくなっちゃう。時計とは、人類が発明した最も便利で残酷な道具ではないでしょうか。  そもそも、最初に時計を作った人は何を思って作ったんでしょうか。  古代の時計といえば、日時計、水時計など色々あります。  もっと遡れば、エジプト文明あたりの時代は、星座や太陽で時間を計ったらしいです。  彼らが最初に時間という概念を知った時、どんな感情が芽生えたのか。  人間が理性を形成する前は、ただ欲望のままに生きていればそれでよかったのですが、今は当然そうもいきませんよね。  仕事して、勉強して、たまに趣味とか恋愛して。忙しい時代になりました。  昔と比べて、私たちの時間というものは、長くなっているんでしょうか。短くなっているんでしょうか。  ポツリポツリと亡くなっていく日々を可視化したのが、時計ですよね。  僕は、実は、時計のない生活にあこがれていたりします。  思えば、小学生の夏休みとかそうかもしれません。  朝から友達の家に押しかけて外で遊び、お腹が空いたら家に帰って昼ご飯。また午後から出かけて、空がオレンジ色になるころに家に帰る。  あの時の僕らは、時間に囚われることなく、自分の意志で本当に生きていたのかもしれません。  今後生きていて、後一度でもそういう経験ができるんでしょうか。  ああ、もうこんな「時間」だ。  おやすみなさい。
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