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 魔法の講習が終わった後、俺とラドチェリー王女は大きな廊下のようなところを歩いている。  正直ここが廊下だと言われても納得できない。  だって、幅は大体教室ぐらいある。  天井は高い。大体3階くらいの高さだろうか。  アーチ構造になっており、そのアーチの内側の部分に芸術的な絵が描かれている。  廊下の窓からは外の風景が見える。  右側は山だ。山肌ってやつだろう。あんまり土っぽく見えないがそれ以外考えられないしな。  左側には庭がある。大きなガラス張りの窓から見える庭はそりゃもう絶景だった。  一面に広がる黄緑色の芝生と、奥に並んでいる紅葉よりも真っ赤な木々のコントラストが美しい。  思わず足を止めて、泣きそうになってしまった。ごまかすように、王女に話しかける。  「すごい綺麗な庭だね…、ラディ。」  お気づきになっただろうか。  そう。  ラディだ。  彼女をラディと呼んでいる。  二人でいる時はどうぞラディと呼んでください。父も母も私をそう呼んでおります。って言われたんだ。  だからそう呼ぶんだ。呼ぶんだったら呼ぶんだい。  じゃあ、僕のことはユーキでいいよって言ったんだけど、いえ、佑樹様は佑樹様です。って言うから彼女はそのままだ。  いや、でも…といったら、またベッドでいいようにされてしまった。  反論しようとしても反論できないのはズルイよなぁ…。  「さすが、佑樹様。大変お目が高うございますね。この庭は、四季園遊会の一つに使われている夏霞の涼庭と言われています。ハルダニヤ3大庭園の一つと言われています。夏には、各国の賓客や公爵級の貴族、各界で著名な活躍をされた実力者たちをお呼びして宴会をいたします。木々の葉を魔法で凍らせ、霞を地に這わせます。夏の暑さと、魔法で作られた涼が、とても良い心地良さを生み出します。赤い葉が凍る様は、氷と炎が同時に存在しているかのようで、それはそれはきれいな景色でございますよ。」  「そう…、ぜひ見てみたいけど、今の景色も結構好きだな…。」  「はい。実は私も今のこの景色が気に入っております。」  「そうなの?」  「魔法で葉を凍らせると、園遊会が終わった後、葉は全て落ちてしまうのです。子供の頃はそれが無性に悲しかった覚えがございます。氷で凍らせてしまうよりも、今の溌剌とした木々の方が、私は好きでございます。」  「そうだね…、僕もこの景色は好きだよ。この景色が見れただけでも召喚されたかいがあったかな、はっは。」  「…それだけではございません。」  「?」  「佑樹様が、私の好きな庭園を好きと言ってくださいました。たった今、この庭園が世界で一番好きな庭園に成りました。」  「…」  それは打算だったのかもしれない。  そもそもおかしな話だ。一介の高校生のベッドに王女様が入り込むなんてのは。  召喚されたときにいた女性たちも、王女も。全員僕にあてがわれた女性なのだろう。  その筆頭が王女というだけなんだろう。彼女は、いや、彼女らは僕に気に入られなければならない。  そうして僕の心をつなぎとめて、命をかけて戦わせようってことなんだろう。  それでも、庭を見ながら、自然と微笑み、囁く様につぶやかれたその言葉は。  きっと、打算で、わざとで、俺を籠絡しようとして言ったであろうその言葉は。  俺の涙腺を撫でるように壊していった。  目から溢れそうになる涙を必死にこらえて会話を続ける。  すこしでもバレない様に庭の方を向きながら。  「そ、そう!いや~、嬉しいなぁ!ラディにそう言われるなんて!男冥利に尽きるっていうかさ!クラスの男子もくやしがるだろうな~!」  「げ、芸能界にだってさ、ラディ程綺麗な子なんていなかったんだよ!いや、ほんと、ハリウッドスター並って感じで…」  「そんな子とこんな関係になれるなんて、そりゃ全て捨ててでもこっち来るさって話さ!」  「あ、お、俺とラディの関係ってなんだろ?やっぱ彼氏彼女?こ、婚約?じゃ、お父様にご挨拶なんかしちゃったり?」  段々支離滅裂になってるのは自覚してるがどうしても止まらない。  その時、彼女がいつの間にか俺の後ろに立ち、寄り添うように抱きしめて言ってくれた。  「私は何があっても佑樹様の味方でございます。私は佑樹様を決して裏切りません。」  「…うん」  「また、この庭を一緒に見に参りましょう。」  「……うん」  「その時は昼食を持参して参りましょう。この庭を見ながら食べるアルゴのパイはとっても美味しいんですよ。」  「…………うん」  「他にも美しい場所は沢山あるのですよ。今度は、私しか知らない場所を教えて差し上げますね。」  「………………う”ん”」  「だから、どうか。寂しがらないでくださいませ。」  「……………………………」  まるで子供に言って聞かせるように。  彼女はずっと僕に話しかけてくれた。  嗚咽で返事ができないにも関わらず、気付いていないと言わんばかりに、話しかけ続けてくれた。 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽   しばらく庭を二人で眺め続けた後、僕たちは城の訓練場に来た。  ここで体術、剣術を学ぶことになる。  「ダックス。ダックス・ディ・アーキテクス。勇者殿に剣術、体術を教えさせていただく。」  「喰也佑樹です。佑樹が名前で、喰也が家名?となります。」  目の前に立っている男は、すこし茶色の髪をしており、サイドの襟足も伸びていて…、なんというか貴公子って感じの雰囲気をしている。身長は、俺より高い…いや、少し低いか。僕の身長は180cmだから175,6ってところだろうか。こちらの世界の人たちの中では小柄な方だと思う。鎧を着ているわけではないが、こちらの世界の礼服…ようなものを着ている。いや、騎士っていう話だから軍服ということになるのだろうか。シワひとつない。見てくれは貴族のボンボンって感じだ。  だが、見てくれだけの話だ。  なんとなくだが、この男がとんでもなく強いということがわかる。たぶん。  むかし剣道部に助っ人に呼ばれて他校に練習試合に行ったことがある。  その時は大分調子が良くて連戦連勝だった。  動きはゆっくりに見えるし、手や足、目線の動きから次の動きがまるわかりだった。  同級生、上級生をひとしきり打ち据えた後、一人のおじいさんに勝負を挑まれた。  相手校の部員の祖父だかだそうで、たまたまその日挨拶に来ていたそうだ。  特に気にせず試合を受けたが、驚愕だった。  まず、動きが全く読めない。  学生相手だと、なんか立ってるときもフラフラしているのがわかる。そのフラフラ状態から攻撃しようとするから一度踏ん張らなければならない。そのタイミングで体一個分ずらせれば、もう当たらないわけだ。  ところが、その爺さん相手だと、全くと言っていいほど動きがない。微動だにしない。  呼吸だってしているはずなのに、全くわからない。  それでも、相手の動き自体はスローモーションに見えていたわけだからなんとかなるだろうと思っていたらとんでもない。  何故か気づかないうちに近づかれて、気づかないうちに竹刀が目の前にあった。  何故かわからないまま負け続けて、結局その爺さんには一度も勝てなかった。  こちらの世界に来て、騎士たちを見た。確かに、戦いの修羅場をくぐっているのだろう。ぬるい気配は感じなかった。  ただ、注意深く、慎重に見てみると、やはり重心がフラフラしている。日本で見たほとんどの人よりも重心の安定性はあるが、あの爺さんほどではなかった。なんとなく、それをみて安心もしていた。日本人がたどり着ける高みに登れば、少なくともここらにいる騎士程度だったら制することが出来るのだと。そう思っていた。  この男に挨拶するまでは。  この男がした動きは、訓練場の中心で立ち上がり、こちらを振り向き、歩いてきた僕に挨拶の手を差し伸べただけだ。  にも関わらず、この男の重心は驚くほど動かなかった。  そして、差し出された手を握って名前を紹介した時。再び驚いた。  手が驚くほどゴツゴツしている。  手の皮の厚さがとんでもない。  どれだけ剣を振ればこうなるのかわからない。ただ、この人の力は才能だけでなく、血の滲むような努力があってこそだということがわかった。  「勇者殿は剣のご経験はお有りか?」  「多少は。ただ、実戦経験は皆無です。あくまで、簡単な訓練ならしたことがある程度です。」  「それは、素晴らしいですな。では、早速ですが、剣を持って私にかかってきてもらいましょうか。」  「ダックス様。それはいくらなんでも…」  「もちろん。こちらから攻撃は一切致しません。勇者殿のお力を見るだけです。」  「それくらいなら…」  そういって、壁にかけてある練習用の木剣を一つ手に取る。  どうでもいいけど、ダックスさんは、ここまで一切笑わなかった。  完璧な無表情である。怖い。  俺は剣を正眼に構え、確認を取るように言った。  「それじゃあ、行きます。」  「好きなように、来られよ。」  こちらに来たときの感覚はまだ残っている。  何もかもを見通すような感覚だ。フォシーさんの魔力の手ほどきを受けた後、この感覚の使い方が少しわかったようなきがする。  日本にいた頃は、なんか俺すげーって思ってただけだったが、こちらに来てみてわかった。  この知覚は、恐らく魔力を感じているところで、感じている。  いや、魔力を感じている。  自分の周りにあるヌメヌメとした、ぬたっとした感覚を、広げて、広げて、相手のところまで届かせる。  そうすると、どうやら相手の動きをかなり把握できる。  日本にいた時はこれを感覚的にやっていたのか?いや、でも日本には魔力はなかった。  少なくとも、僕は感じたことはなかった。ただの勘違いだろうか。  だが、そんな余計なことに考えを巡らせている場合じゃない。  動きを完璧に把握しているはずなのに、彼の動きが全くわからなかったからだ。  息すらしているのか怪しいほど動きが全くない。  試しに、彼の周りを大きく回ってみる。  人間、どうしても体が動く時は重心を動かさなくてはならない。ふらつく必要があるんだ。  もちろん、そんな小さな動きはわからないのが普通だ。だが、今の俺なら。研ぎ澄ました感覚と、魔力の重ね合わせなら。その小さなふらつきを見つけられるかもしれない。  そう思って彼の周りを回ってみたが、彼に動きのふらつきはなかった。  そりゃそうだ。一切動いていなんだから。  彼は最初の構えから微動だにしていない。  いくらなんでも舐め過ぎじゃないか? 俺が回り込み始めた当たりから、俺のことを見てすらいないことに気付いた。 目線が前に固定されたままだったからだ。 多少イライラしながら、それでも円を描くことをやめない。  そうしてゆっくり回った結果、彼の背中まで回り込んでしまった。  試しに、試しにそのままゆっくりと彼に近づいてみる。  すると、そのまま近づけてしまった。俺の剣はもう、彼の頭に触れそうなほど近づいている。  ここにきて、いくらなんでもムカついた。  静かに、息を吐き、吸い込んだ後、思いっきり剣を振りかぶり、頭に叩きつけてやった。  剣が頭を叩き割った。そう思った瞬間、スカしを食らった。  手応えがまったくないのだ。  「ふむ。騎士見習い程度の動きの素養がありますな。すこしチグハグですが。しかし、才については騎士団の誰よりも光るものを持っております。」  いつの間にか僕の方を向いたダックスさんが、無表情で俺の評論する。  カラン!カラァン!!    と、その時、すこし離れたところで物が落ちた音がした。  驚いて目を向けると、木剣の先端がそこにあった。  !?  どういうことだ!?  と、手元を見てみると、先ほどまであった先端が綺麗に切断されている。  通りで軽いと思ったぜ…。…いや、全く気づかなかったが。  「ふむ。騎士団であれば、型の練習から始めてもらうのですが、勇者殿ですからな…。下手に騎士団の戦い方を学んでもらう必要もないですかな。それにどうやら勇者様は自身の体への勘が、ずいぶん高いようだ。下手に型の練習などはせず、私と模擬戦をし続ければ良いかもしれません。」  「そ、そんなやり方で大丈夫なんですか?」  「大丈夫でしょうなぁ。どちらかと言えば、魔力の扱いを覚えて、身体能力を向上させたほうが良いでしょう。勇者殿はそちらの勘も素晴らしいようですし。まぁ、基本的な剣の振り方と足の運び方位はお伝えしましょう。恐らく、それで十分でしょうが。」  そういって、簡単な足の運び方。重心を動かさないような足の動き方だ。それと、上からと下からと左右からの剣の振り方、それと突きを教えてもらった。  「ホントに、これだけで大丈夫なんですか?」    「大丈夫です。基本的に剣の振り方というのは剣の性質によって決まってきます。切るものか、突くものか、それとも叩き潰すのか。その用途によって、剣の軌道が決まります。剣の軌道が決まったら、その軌道に沿うように剣を振るために、最も効率的な体の動かし方も決まってくるのです。」  「そういうものですか…」  「そういうものです。そして、人の体の大きさや筋肉の量、内臓の違い。これらがひとりひとり異なっている以上、最たる体の動かし方というのも違ってくるのです。それは、傍からは気づけないほど些細な違いではありますが。」  「だからこそ、きちりとした体の動きを知るためには、只々剣を振り、自身の内面に声を傾けなければならないのです。」  「その時、それしかないという動きをし続ければ、自ずと負けることはなくなります。」  「勇者殿には、私との組手以外の時は、只々剣を振ってもらいます。そして、自身の理想の形に近づけるよう自分の体の動きを意識されてください。自分の体のことは、自分しかわからないのです。」  「もちろん。あまりに変なようだったらお口添えさせていただきますが。」  そういって僕らは、組手を続けることになった。  とはいってもこちらがボコボコにされるだけだろうと思っていた。  しかし、一時間ぐらい立った後から疑問に思う。  疲れてない…?  一時間もほぼ全力で剣を振ってふっとばされている。  もうヘロヘロのボコボコになってもいい頃だ。  にも係わらず、程よい体の熱さを感じるのみで、動きの限界は来ていない。  それよりも…もう少し…早く?動けそうな気がする。  まず、フォシーに教えられた魔力の扱いだ。  確かイメージが大事だと言っていた。  取り込んだ魔力を、筋肉に溶け込ませて、一つ一つの伸縮を補強してやるイメージで…。  酸素を沢山魔力にからませて…肺から魔力で圧縮した酸素を取り込む…。  筋肉が必要な酸素を魔力で無理やり受け渡して……。  後は目だ。動きが見えないとどうしようもない。目を魔力で強化して…。いや、違うか。反射神経を強くしなきゃいけないんだ。  目と脳と、手足の間にある神経内の電気の動きを魔力で補助しよう。情報がもっと早く移動するようにするんだ。  そうだ、脳の処理能力を上げれば、反射神経も上がるんじゃないか?魔力を脳に……  「佑樹様!!」  !!?  気付いたら訓練場が穴だらけになっていた。  そこら辺に叩き折られた剣が散乱している。  俺の手は…血だらけだ。骨もかなり折れてる。っていうかぐちゃぐちゃだ。  使える剣が失くなった後、手で殴り続けていたようだ。  ダックスさんは当然のことながら無傷だった。いつの間にか真剣に変わっていたが。  「勇者殿はもう少し冷静に戦われる術を学んだほうが良いですな。次回はそちらを主に訓練しましょう。」  「…ありがとうございます。」  「佑樹様!!今、今すぐポポスを呼んでまいります。ここから動いては成りませんよ!!」  「あ、はい。」  そう言ってラディは慌てて走っていった。  元気な第一王女様だ。いいのか?あれって?    なんてことを思っていたら、段々痛みが広がってきた。  いや、痛みに気づいてきたと言うべきか。    痛ぇ…、さっきまでは手の感覚なんて無かったのに、今はめっちゃいてぇ…。  ダックスさんが目の前にいるから泣き叫びたいのを我慢しているが、ホントはのたうち回りたいです。  「しかし、勇者殿も災難ですな。いきなり見ず知らずの国に召喚されて、このような目に合われて。さぞかし我らを恨んでいることでしょうな。」  「…まぁ、好きですかと言われれば、そうじゃないですね。でも、自分が必死なときは周りなんか見えやしません。溺れるものは藁をも掴むものです。」  「藁?それはいったいどういう…?」  「あー、いってぇ…、あ、えーとですね。溺れている人間は必死になっているから、助かろうと思って、藁の様に頼りないものにすら必死にすがってしまうという例え話ですよ。」  「なるほど。そちらの国の慣用句のようなものですか。面白い表現ですな。ただ、勇者殿はどうやら藁ではなかったらしい。大樹の根のような強さを感じます。」  「それは、どうも…。あなたに言われるのは嬉しいを通り越して恥ずかしいですね。というより、私に頼るよりもあなたがいればなんとかなってしまうんじゃないですか?」  「…傲慢と言われるでしょうが、私の強さに戦う前にお気づきになられた時点で凡百の者共とは一線を画しておりますな。ただ、我々人間はどうしてもナガルスの悪魔にはかなわないのです。奴の使う古代魔法は、物理的な攻撃を一切はねのけるようです。どういうからくりなのかは全くわかりませんが…」  「物理攻撃をはねのける?そんなの無茶苦茶じゃないですか。」  「その通りですな。幸いそれを使えるのは、太古のナガルスだけなのでなんとかしのいではおりますが…、彼女への対策がない以上、ゆっくりと押されている状況でした。」  「…」  「しかし、ご信託があったとおり、どうやら勇者殿はナガルスの魔法に耐性がお有りになるようだ。奴めの魔法を使える人間がおりませんで、こればかりは本番で試すしかないのですがな…」  「まぁ、魔法のことも体術のことも今日感じた限り嘘はついていないようでした。で、あればナガルスの魔法が効かないということも本当なのでしょうね。」  「そうであれば、よいのですがな…」  「あらあらあら!!何をやっているのですかダックス様!ダックス様ともあろうお方が手加減も出来ないのですか!!」  ぷりぷりと怒って訓練場にはいってきたのは、水心式のとき国王の横にいた女性だ。  確か…、ポポスさんといっていただろうか。  「勇者殿の出来があまりに良くてな。ついつい加減を忘れてしまった。今日のところはこれで終いとする。ポポス殿、勇者殿を頼みました。」  そう言ってダックスさんはスタスタと訓練場から出ていく。なんか…、アッサリっすね…。  「なんということでしょう!勇者様をこんなにしてそのまま行かれていまうなんて…。とんでもない方ですよ全く。」  「ポッチョ。早くして、お願い。」  ラディが焦ったように言う。  「はいはい、わかりましたよ、ラディ。勇者殿の腕がこのままじゃ満足に前戯もしていただけないですものね。」  ん、んー?  「早く!」  やれやれという顔を浮かべて、ポポスさんは何事かをブツブツと呟いてる。  そして、彼女の手を俺の手にかざすように近づけた瞬間、俺の手に違和感が走る。  「お、お、おぉ~~」  手が、手がみるみる治っていく。  うぇ~~~、骨がボコボコ言いながら移動するのって気持ち悪い…。痛みもまったくないのも気持ち悪い…。  ものの一分も立たず、腕は完全回復した。痛みもまったくない。いつもどおりの自分の腕だ。  「お加減はいかがですか勇者様。どこかおかしいところでも?」  「い、いえ。全くありません。むしろいつもより調子がいいくらいで。」  「もっとよく見せてくださいまし。勇者様。何かあったらことでございますからね。」  「え、あ、はい。」  そう言ってポポスさんは俺の手を念入りに触診してる。  両手で抱え込むように、前かがみになって、俺に大変近いところで。  つまり、彼女の大変ふくよかな胸部が我に見えつつあるというでっけぇな、これ…。  え?まじ?こんなでかいのおかしくない?バランスってもんがあるじゃん。  でかけりゃいいってもんじゃないのよ。えぇ?そうだろ?先生ぇ?  必要以上にあったらもうそりゃ、違和感が先に立っちまうだろ?それは違うじゃん。  まぁ、これとは全く関係ない話だが、触診はしっかりしてもらおう。  僕は医療には詳しくないからね。専門家にはきっちり見てもらわないと。  「勇者様?こちらの手の傷は今ついたものですか?」  彼女は僕の掌の傷をゆっくりとなぞりながら聞いてきた。  「あ、いえ。違います。これは子供の頃についた傷で…」  「あら、そうなんですの?今の傷が治らないのであれば問題なのですが、昔の傷が治らないのは問題ないのです。他にある傷も教えて下さいまし。こことかは…」  そう言って彼女は別の箇所を指差す。ただ、彼女の髪が邪魔で見えない。だから、しょうが無いから、昔からある傷を教えなきゃいけないから、ほら、こことか見てよ、見事なもんでしょ?黒々としたナイフが突き刺さってるようにみえるじゃん?突き刺さってるんだなぁ、これが。  …めっちゃ突き刺さってるんですけど。ナイフが掌に。  ついでにポポスさんの掌も一緒に貫通してる。  「はいっ!はいっ!」  ラディが可愛らしい掛け声とともにナイフを僕達の掌に押し込んでる。  「う”お”ッ!!いっでぇぇぇえぇ~~~~~~!てめぇ!腐れま○こ!あんた何すんのよ!!」  いでぇいでぇええぇぇぇ、ん?、あ”いっでぇぇぇ!    「むかしの傷も今の傷にしてしまえば、なんの問題もありません。ラディにまかせてくださいまし。」  いや、意味わかんねーし。  「いや、意味わかんねーし!あ!わかった!そういうこと!?あたしに嫉妬したんだ!あたしの巨乳に!!貧乳のあんたが!!」  「はいッ!はいッ!」  「見てたもんね!勇者様!あたしのパイオツを!これでもかってくらい見てたもんね!ま、見せるために胸元がゆるい服にしたんだけど!!」  「はいッ!はいッ!」  「ってゆうか!ラディと寝たくせに!あたしのビーチクガン見ってことは!あんたの魅力が足んないんじゃないの~~!!」  「はいッ!はいッ!」  「聞きなさいよ!!この腹黒!!あ、いや、分かった!悪かったって!!ちょっと調子に乗ったって!でも、勇者様が抱く女は多いほうがいいでしょ!?それはあんただって…」  「ふぅ~~~~。」  いい笑顔で一息ついた後、彼女はおもむろにナイフの柄を握った。握った?  「佑樹様。佑樹様はやがて英雄となられる方。古来より英雄は数多くの人らを遺漏なくお救いなさるでしょう。もちろんそこには沢山の女性も…。私もちろん、佑樹様が沢山の女性をお抱えになること、受け入れる覚悟はございます。」  そこまでの覚悟を…。やはり一国の王女ともなると生半な立場じゃないんだろう。  厳かな表情で自身の覚悟を語っているためか、どうやら手に力が入っているようだ。  めっちゃぐりぐりしてるぅ…。ぃたいよぉ…。  「ただ…、ただ、この女だけはダメです。下品で、だらしなく、それが体にも現れております。まさかとは思いますが佑樹様はこの女のだらしない体に騙されていないとは思いますが…」  「も、もちろんです!傷!手の傷!を見てたんです!」  「そうですか!良かったです!あら、私としたことがはしたない…。手の傷の話に入りたくてついついはしゃいでしまいました。ポッチョ、佑樹様の御手をお直しして。」  「あたしの手はいいのかよ…。あんたの距離感の取り方って絶望的よね。勇者様苦労するわー。あんたも解ってるはずでしょ。」  「…」  ポポスさんが再び俺の手の傷を直しながら悪態をつく。  「あの、解っているというのは?」  「え、ん~~~…」  ポポスさんが自分の手を直しながら言いよどむ。魔法を使っているからいいにくいわけではなさそうだ。  ラディの方をチラチラ見ながらためらいがちに言ってきた。  「勇者の力っていうのは遺伝することがわかっているの。とはいってもかなり昔の話だから定かではないんだけどね。ただ、フォシーが言っているから間違いはないでしょ。テキトーなババアなんだけどね。こういうことでは嘘は言わないわ。」  「は、はぁ…」  「だから、勇者様には沢山の女を抱いてもらおうってわけ。優秀な血統を増やすのも仕事なわけよ。ま、無理やり召喚した詫びって部分もあるんでしょうけどね…」  「うぇ!そうなんですか!?」  「そうなのよ~。これから勇者様にはいろんな女が粉かけてくると思うけど、遠慮しなくていいからね。ヤバそうなのは予め差っ引いてるし。」  「え、えぇ~~…」  俺は、ラディの方を横目で盗み見ながら、適当になってしまう返事を返す。  「佑樹様のお役目は私も覚悟しております。でも、佑樹様…私を一番好きでいてくださいまし。ラディはそれだけで十分でございます。」  「も、もちろんラディが一番だよ!君より素晴らしい女性なんていないよ!」  「…ありがとうございます。佑樹様。」  ラディは嬉しそうな、でも少しだけ悲しそうな表情を浮かべていた。  彼女がどんな気持ちかはわからない。  ただ、この短い付き合いでわかったことがある。  彼女は、誇り高い人だ。  国の、国民のためだったら、自分の心を殺すことも、好きでもない相手に体を差し出すことも厭わない。  だから、きっともう覚悟を決めているんだろう。 僕が召喚される前に。  「ま、あんたの立場も大変だろうけどね…。取り敢えず、勇者様これからもよろしくね。怪我したらあたしが直すから、バンバンしていいわよ。」  バンバンはしませんよ…。  「取り敢えず、今日は私とパンパンしようよ。どう?今日部屋に行っていい?」  この人めっちゃ下品だな……。  「勇者様は今日お疲れです。私がお慰めしますので、後日日を置いていらしてください。」    あ、抱くのはオッケーなんですね。  「はぁ~ん?なんであんたが決めんのよ?んねぇ~勇者様。勇者様はいいよね~?」  「……」  ラディがどんな顔をしているのか俺は見たくない。な、なんとかしなくては…。  「い、いや、今日は色々あったから、ちょっと疲れ気味で…。また今度ってことで…」  「…ふぅ~ん、ま、いいや。わかった。また今度ってことね。」  そういってポポスさんはそそくさと訓練場を後にする。  「佑樹様。それでは夕食に向かいましょう。今日はゆっくり休んだほうが良いでしょうから。」  「う、うん。」  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  味のしない夕食を、広いテーブルでラディと対面になって食べた。  大変豪勢な食事だった。ただ、味はしなかったが。  その後逃げるように自分の部屋に行き、そのままベッドにダイブした。  今日は色々疲れた…。  「いらっしゃ~い。勇者様。」  「……何してるんですか。ポポスさん…。」  「もちろん、勇者様のお勤めのお相手よ♡」  「いや、でも今日は疲れたって言いましたし…」  「だから、癒やして差し上げるんじゃな~い。大丈夫勇者様は何もしなくていいから。」  「い、いや、でもラディが悲しむし。そんなすぐに…」  「ラディは知ってるわよ。許可取ってきたもの。」  「うぇ!?え?ホント?」  「ほんとほんと。だから、気にしなくていいのよ。っていうかラディも勧めてるくらいだからね。」  「で、でも疲れて…」  「だーいじょうぶ、大丈夫。何にもしなくていいから…、ね…?」  「あ…」  …  ………  …………  でかいって素晴らしい。  大は小を兼ねるとはよく言ったもんだ。  俺は次の朝しみじみ思ったのでした。
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