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 「んで、先生よ。一体俺たちになにをした?」  「どういうことですか?」  「俺達は今日の今日まで、脱獄なんて考えもしなかった。入れ墨が入ってたからってのもあるが…、とにかく上の命令にはなにをしても従わなきゃって思ってた。どんなときでもよ。でも、どうだ?今はそんな気持微塵もない。奴等には腹の底からムカついてるし死んでほしと思ってる。ついでに、とっとと逃げ出したい気分だ。」  「…確かに少し開放感はありますが…、というよりも、入墨のことを忘れていました。これって命令に違反したら痛みが走るんでしょう?脱獄なんて出来ないのでは?」  「いや、それは問題ないです。試しに、入墨の効果があるか確認するために仕事をサボってみたんです。」  「仕事をサボったんですか…、かなり思い切ったことしましたね…。というよりも、言葉が通じなかった時は、仕事をさせられてることすらわからなかったから、知らずにサボっていたことがあるんですが…、そのときはすごい痛みが走りましたよ。」  「少なくとも午前中いっぱいは居眠りしてましたが、全くそんな痛みは走りませんでしたよ。」  「午前中どころか、もう仕事終わりの時間だったじゃねぇか……」  スッテンがボソリとつぶやくが無視する。  「なるほど…、効果をなくしているのは間違いないですね…。ん?ということは、入墨の効果が切れているのを知ってて試した…ということですか?」  「そうです。そして、今日、試した結果間違いなく入墨は力を失ってるし、俺は入墨をぶち壊せることが解りました。」  「やっぱり先生か…、いきなり回復魔法とかいい出したからおかしいとは思ったが…、でも先生なら使えるようになってもおかしくねぇからなぁ…。いや、そんなことよりとんでもねぇことだぞ、こりゃ。この入墨ってリヴェータ教最新の魔法技術を詰め込んだもんだろ?それを突破したってこりゃ、やべぇぞ。」  「そんなにまずいことなんですか?」  「まずいっていうか…、少なくとも先生は、リヴェータ教の教皇、枢機卿クラスしか出来ないことをしてるんだ。しかも、自分でたどり着いた。これをリヴェータ教に知られたら血眼になって先生のことを探し出すだろうな。」  「見つかった後の話は…、しなくていいわ。少なくとも、ここを脱獄するまで、俺のことは秘密にしてくれるよな?」  ここで、入墨の効果が切れたことを触れ回ったところで、新しい首輪に繋がれるだけだ。そんな事をわざわざするほど、この二人は馬鹿じゃない。しかし、脱出した後に喚かれる事はあるだろう。もしかしたら、たった今喚かれることもあるかも知れない…、だが、おそらく、今のオレなら…。管理者共を全員倒して逃げることが出来る。殺すのであればもっと簡単だ。でも、余計なリスクは取るべきじゃない。今逃げることは可能だが、それは裏を返せば、いつ、一人で逃げても危険は変わらないということだ。もし、協力者がいて、逃げる確率が上がるのなら…、例えば奴隷全員が一斉に逃げて、その中に紛れ込めば追われる可能性だって低くなるかも知れない。  一人より二人、二人より三人、三人より奴隷全員だ。  …そのほうが、いいに決まってるんだ。  「せっかくこっちに最強の隠し武器が来てくれたんだ。見せびらかすようなバカはしねぇさ。」  「相手に悟られなければそれだけ成功率は上がりますからね。」  「そういうこった。先生は、他の奴隷の入墨も解除できると思っていいんだな?」  「あぁ、目の見える範囲に入れば、一時間もあれば、例えば奴隷全員を開放することだって出来るぜ?」  ホントは魔力の糸が届く範囲であれば、見えていなくても問題ないが、ここはあえて少なく見積もろう。自分だけの手札は多いほうがいいし、協力していくわけだから、確実にできることだけを伝えておいたほうがいいだろう。それに、スッテンも俺と同じ様に奴隷全員を解放したほうがいいと思ってる。これは、同情でも何でもない。そのほうが確率が上がるってだけの話だ。  「とんでもねぇな…。俺たちが脱出する時は、場を混乱させる必要があるから、その時に全員奴隷から開放させちまおう。」  「今から、少しずつ開放させちゃってもいいんじゃないか?」  「いや、それだと開放された奴隷が騒ぎ出して、入墨の効果がないことに気付かれるかも知れない。いつかは気付かれることだろうが、気づかれるとすれば、脱獄する寸前か同時がいい。」  「たしかにそうですね…、しかし、これは僕もそうだったんですが、入墨の効果がなくなったことに気づかない可能性もありますよ?自分が奴隷の入墨を付けた状態だと思ってる人たちはもしかしたらなにも騒がないかも知れません。」  「う~ん…どうするか…」  「じゃあ、奴隷たちの目の前で、入墨の効果がないことをみせしめてやったらどうだ?」  「?どういうことだい?先生。」  「俺達は管理者の言うことには逆らえねぇ、いや、管理者がなにも言わなくたって、奴等のお気に召す事を読み取ってやらなきゃいけないってのがケツの穴まで染み付いてやがる。もちろん、管理者共を殴るなんてもっての外だ。」  「あぁ、そうだな。」  「だから、奴等を皆がいるところでわざと怒らせて殴らせる。そしてタップリ注目を集めた後、満を持して奴の顔面にご挨拶を噛ますわけだ。絶対に逆らえない奴隷が豚面共を殴りつけたら、そりゃ、とんでもねぇ衝撃だろう?奴隷にも、管理者共にも。もちろん、俺は、奴隷に伝わるように、殴れるぞ!とか開放されたぞ!とか大声で叫ぶ。」  「なるほど…、確かにそんな事をすれば、先生が奴隷から開放されていることを疑うやつはいないな…。いい考えだとは思うが…、じゃあ、俺も奴隷から開放されてるんだ、って他の奴隷が考えるか?」  「んん~、それはなんともわかんねぇな…」  「…では、サクラを紛れ込ませるのはどうでしょう?」  「サクラ?ってなんだい?」  「あぁ、そっか…。えーと、前もって話を通していた人間と打ち合わせて、まるで何も知らない、無関係であることを装って、都合のいいことをするってことですかね。そういう人間のことをこちらではサクラ、と言うんです。とにかく、彼が管理者を殴った後、多分、俺は奴隷から開放されたんだ!とか叫ぶでしょう?」  「そうっす。その方が効果的かなって。」  「その言葉に感化されて、僕とかスッテンさんが他の管理者を殴る。するとやっぱり痛みも何も起こらないことが解り、この時なるべく大声で言わなければならないですが、奴隷から開放されたぞ!とかって言い続けるわけです。すると、他の奴隷たちもひょっとしたら俺の入墨も壊れてるかも?って思うわけです。」  「なるほど……なるほど~、そういったやり方もあるのか…」  「最期にダメ出しとしてスッテンさんあたりが、全員で管理者共をやっちまえ!とか騒いで、ほかの人たちを煽動するわけです。」  「確かに…これなら、うまくいくかもしれん。だが、それでも全部作戦が失敗して、奴隷たちが騒がなかったらどうする?」  「そんときゃ、強行突破だ。俺とスッテン、そして魔法を使えるようになってきた無口さん。これだけいりゃ奴等をぶち抜くのも問題ねぇだろ。だって、スッテン。お前強いよな?」  「…」  「魔法について詳しいし、何より人に教えたり訓練させたりするのに慣れてる。武人…ってかんじがするな。」  「…」  「まぁ、過去は詮索しねぇよ。言いたいのは、俺とスッテンが全力で立ち向かえば、管理者を倒せるのは間違いないだろ?ってことだ。」  「…たしかに、そうだな。最期は強行突破で行くか。そうしても、まぁ、ぶっちゃけ無口さんと先生がいりゃ、まず間違いなく突破できるしな。オレもなかなか強いしよ。」  なかなかねぇ…、謙遜かねぇ。  まぁ、いい。最期は力押しになっちまうが…できればこれは最後の手段としたいな。  「さて、日取りはいつかって話だが…」  「そりゃ、もちろん、勇者がお越しめす日がいいだろ?」  「オレもそれがいいと思うが、一応理由を聞いておこうか、先生。」  「なるべく混乱に乗じて逃げる必要がある。となると、人が多いときだ。人混みに紛れやすくて逃げやすいだろうし、人が多いほど混乱は広がる。あと、当日は俺たちは休みなんだろ?だったら、管理者共だって休みの可能性が高い。警備が手薄な時に狙うのがいいだろ。」  「ほぼ賛成だ。だが、混乱を起こすにもこちらから、いくらか混乱を助長させる事を仕込んでおく必要があるな……。」  「奴隷を全員開放させるんじゃ足りないか?」  「それでも、いいさ。だが、もし、街のいたるところで暴動やなんやが起こればそれに越したことはないだろ?」  「まぁ、そうだが…。例えばどんな?」  「先生は火の魔法は苦手だったか?だったら、俺や無口が街のいたるところに向けて、魔法で火を放つ。街全体が火事になればもう奴隷どころじゃないだろ?」  「…」  「…火を放つことはできると思いますよ。僕たちの頭ぐらいの火の玉を2~30個は行ける感じがします…けど…」  「?なにが問題なんだ。なにに遠慮してる?まさか、俺たちをここまで苦しめた人間どもに気を使ってるわけじゃねぇよな?」  「俺たちを苦しめたのは管理者共だ。町の人間じゃねぇ。無関係の人間を傷つけ、下手すりゃ殺すかもしれないんだぜ?」  「っは!それのなにが問題だ!人間だって無関係の獣人や鳥人や奴隷を苦しめてるじゃねぇか。だったら俺たちが無関係の人間のケツに火を付けたって文句言われるこたぁねぇだろ。」  「…それでも、僕たちはそんなことをしない。するべきでないと思います。それをしたらあのクズみたいな奴らと同類になります。」  「…誇りでオレたちゃ生き残れるのか?なぁ、俺たちだってギリギリなんだ。他の人間にかまってる余裕はねぇ。それで結局捕まっちまいそうになったらどうするんだ。出来ることは全て、なんでも、善悪にかかわらずやるべきだろ?」  「…俺が責任を取るよ。」  「…どういうことだよ先生。責任を取るってよ?…勘違いすんなよ?先生。大概の事はなぁ、責任なんて取れないんだよ。思い上がったガキがてめぇのわがまま通すときに粋がりながら言うのがそれだ。起きちまったことは取り戻せない…、責任取るって意味わかってんのか?先生よぉ。」  「…責任持ってそんときは、追手を全員俺が殺す。」  「…へぇ。」  「今までの作戦だと、死人はなるべく出ない。これは、追手や敵を殺さなければその分、お互いが熱くならない可能性があるからだ。でも、殺しちまったらそうはならない。」  「…」  「俺は、なるべく殺さないほうがその後の生活がやりやすいと思ってる。それでも、殺さざるを得ないときは、俺が殺す。俺が追手を殺せばその分、俺に追手が集中するだろう。そのまま、あんたらへの注意は薄くなる。その時は逃げやすくなるだろうし、その後も追手が掛かる可能性は下る。顔を見られていなきゃなおいい。ここじゃ、奴隷の情報管理なんてしてないだろうからな。」  冒険者の覚悟もある。これを持ってりゃ最悪どんな敵相手でもなんとかなるだろう。多分…。しかし、この丸薬何で出来てるんだろうな…。効果から考えれば、俺達の世界の麻薬のすごいバージョンって気もするが…。あとで聞いてみるか…。  「情報管理…?あぁ、情報の取り扱いってことね…。…なうほど。まぁ、そういうことならいいぜ…。ま、ここでうだうだ言ってても変わらん。実際にそのときになってみないとな」  「…そうはならねぇよ。ちゃんと念入りに予測して、考えておけば、対応できるはずだ。どんな事が起きたって、予想外のことさえ起こらなけりゃ…」  「そのときは、私もお手伝いしますよ。自分が言ったことの後始末くらいは付けないといけないですからね。」  「わかった、わかった。2体1じゃお手上げだ。他に街を混乱させる方法がありゃいつでも言ってくれ。随時受付中だからな。確か勇者が来るのは…今月末か。一ヶ月後となればそんなに準備期間はないか…」  「とはいっても、準備することなんてほぼないでしょう?」  「まぁ、そうだが。一応街を混乱させるためのネタを仕込んどくよ。うまくいくかわからないからあまり期待しないでくれ。」  「…とりあえず、期待しないでおくよ。」  「あとは決めとくことはあるか?」  「一応、逃げたあと落ち合う場所くらいは決めておきますか?」  「う~ん…三人一緒に逃げるのか?奴隷紋を入れた三人が?危険な気もするが…」  「一緒に逃げるにせよ逃げないにせよ、一旦落ち合って決めたほうがいいでしょう。バラバラに逃げるならうまく別方向に逃げたほうがいいですし…。そもそもそこに行けない可能性もありますが、場所だけ決めておいても問題ないのでは?」  「そうだな…、この鉱山を挟んで、ちょうど街の反対側に川が一本流れてるらしい。そこから川を上流に登っていって、最初に滝があるところでどうだ?俺たちの背の高さ以上の滝だ。そこで一日待って来なかったら、各々好きに逃げてくってのは。」  「いいですね…。一日って期限があるなら、そのまま逃げても構わないですしね。」  「まぁ、あとは忘れ物をしないようにって位か?奴隷に忘れるほどの持ち物があるか疑問だがな。」  「そんなこと言ってスッテンさん。その腕輪はいつも身につけてるじゃないですか。大事なものなんでしょう?」  「ん?…あぁ、これか。これはただの癖だよ。習慣だ。ガキの頃からずっと付けてるから癖になっちまってるんだ…。そうだ。先生と無口にはこの腕輪をやっとくよ。もし、俺の仲間がこの腕輪を見たら助けてくれるかもしれねぇ。持ってて損はねぇもんだ。ま、俺の仲間も少ないからそもそも会わねぇだろうが…、もし、南部大陸の南に行くことがあれば、役に立つことも有るだろうよ。とりあえず似たような腕輪を持ってるやつには、その腕輪の内側のマークを見せればいい。腕輪自体はよくある装飾品だからな。」  「いいんですか…大事なものでは?」  「なに、物はただの鉄の輪っかさ。二人にゃ世話になったし、高価なもんじゃねぇしな。…それに、礼の意味だけじゃねぇ。同じ物を三人が持ってれば、なにか疑いが掛かった時、仲間として疑われる。つまりもう裏切れねぇわけだ。俺達の世界では少なくともそういったもんだ。」   「?そうか?疑ってるわけじゃねぇが、そんなことしたって、密告は出来るだろ?俺たちの情報を売ることは出来るじゃねぇか。」  「…いや、そりゃねぇ。この、同じ物を身に付けるってのは、こっちの世界では一般的に広く知られてる仲間同士の証明なんだ。ここまでした仲間を裏切るってのは結局どこ行っても信頼されねぇ。事が済んだあと殺されることも珍しくねぇくらいさ。」  「…お金だけ先にもらって、別の地で暮らすとかは出来るのでは?お金さえあればどこでもなんとかなるでしょう。」  「いや、それはできねぇ。ここまでして、一族の証である腕輪を渡した仲間を裏切ったら一族の名誉を汚すことになる。一族からも裏切り者扱いだ。いや、下手したら一族からも命を狙われる可能性すら有る。」  「「…」」  「納得してないって顔だな。俺も先生や無口の世界の話を聞いて理解されねぇなとは思ったよ。先生たちの世界では、法律とか条例?とかが有るんだろ?それを破ったら、警察や軍が厳しく取り締まってくれる。しかもそこまで行く前に平民でも利用できる裁判も活用できる。だから、嘘とか詐欺とかってのが出来ないようになってる。まぁ、例外はあるんだろうけどよ。」  「こっちの世界じゃ、法律やルールは有るが、そんなもん貴族や王族の腹積もり一つでどうとでもされちまう。お上の世界じゃそれなりに意味もあるかもしれんが、少なくとも俺たち平民を守ってくれるものじゃない。じゃあ、俺たちが受ける嘘や暴力は防げないのか?お互いを信頼するためにはどうしているか。」  「それは、噂や評判だ。俺たちの世界じゃそういった話はすぐ広がる。みんないつか自分の命に関わってくる話だとわかってるからだ。もし、俺が裏切ったという話が広まったら、俺の一族も仲間として信頼されなくなる。俺が裏切ったから、俺の一族であるお前も裏切るだろうってことさ。」    「だからこの話が一族の耳に入ったら、それこそ死に物狂いで俺を殺しに来るだろう。人を裏切るようなやつを生かしておけば、それは一族が俺の裏切りを許すことになる。つまりは、大陸獣の集団から、一族全体が、信頼できない裏切り者の一族だという扱いを受けることになる。」  「そういった一族が受ける扱いは酷いもんだ。商人は信頼できないと取引しない、外交での同盟は出来ない、結婚だって出来ないし、仕事だってもらえない。信用が置けないってのはそのまま死ねと言われてるのと同義なわけだ。」    「…そんな重い話になるのか?」    「そんな重い話になるね。逆にそこまでして俺を追い込み、殺せば、あの一族は仲間を裏切るやつは許さない。一族をあげて汚名を注ぐ。だから、この一族の言葉は信頼できる、ってなるわけだ。この噂や評判が有るから、商売も外交も仕事もうまくいく。いざってときに信頼してもらえる。たとえば、こんな状況のときでも、だ。」  「…わかった。悪かったよ。こいつは、ありがたくいただくよ。俺から渡せるものは…ちょっと…見当たらねぇが。」  「なに。かまやしねぇよ。そのペンダントは一個しかなさそうだしな。それをよこせなんて恥知らずなことは言わねぇよ?」  「あぁ…、これは、師匠である俺の妻からもらったものだ。大事なもんだから…渡せねぇよ。すまねぇな…」  「!!ッ…結婚…おまえ…結婚してるのか!?そのペンダントの持ち主と!?」  驚きすぎだろこいつ。失礼なやつだなこいつ。  「これは驚きですね~。まさか結婚してたとは。ここで一番若い先生が結婚してたっていうのは予想外です。」  「まぁ、結婚って言ってもお互いの口約束だけみたいなもんですが…。それに、このペンダントの中の双子魔石は妻に引き寄せられてるんです。これさえあれば、いつでもお互いのいるところがわかるから…だから絶対になくせないんです。人に渡すことも。」  もう双子魔石がモニに向かってることはのことは言ってもいいだろ。少なくとも脱獄するまでは裏切らないだろうしな。名前は死んでも言わないが。最悪の事態に備えてな。  「結婚…マジか…結婚て…まぁじぃ…でぇ…」  普通にムカつくんですけど。スッテンの野郎。  「もちろん。そりゃそうでしょう。僕も彼女に買ってもらった眼鏡は渡せませんよ。絶対にね。」  「渡したら見えなくなっちゃいますしね。」  「「ッハッハッハ」」  「…若ぇのに…、早くねぇ?オレもまだだっつーのに…」  ん?ちょっと待てよ?  「ちょっと待っててください。」  そう言って、いつも訓練に使ってるツルハシ鉄球を取り出す。  これでナイフを作って渡せばいいんじゃないか?俺のナイフづくりは結構評価されたし…、実用的だしな…。  だが、これじゃちょっと少ないか…?ここらへんは鉱山だから金属は結構あるはず…、地面から金属を集めて…。あれ?だいぶ広い範囲から集められるようになったな…。鉄…鉄…。鉄球と同じ感じの薄さの原子を集めて…よし、よし、集まってきた。  ソフトボール大くらいか?ココらへんでやめとくか。  「おお…改めて見ると魔法ってすごいですね…」  「先生の土魔法はかなりのレベルだがな。ここまで早く精密で綺麗な鉄を集めることが出来る魔法使いは、まぁ、そうそういないがな。」  照れる。っつーかスッテン戻ってきたのか。だいぶ無表情で怖いが。なんだよ。  まぁ、気にしない気にしない。  ここからナイフの形を作ってこうか。  大きさは…、柄は握り手より少し大きいくらいで…、刃の長さは柄と同じくらいでいいか。これ位小さい方が隠し持てるし。全て鉄で作ろう。柄の部分に…そうだな、このペンダントにほってるマークを入れよう。あとは…俺のサインなんか入れちゃったりして…、表面はピッカピカにしよう。ついでに鞘も作って…、鞘は少しダメージ加工でくすんだ感じを出し…、柄と鞘に紐を通す用の穴を付けて…、…どうだ。結構いい出来じゃないか。しかし、だいぶ早くナイフが作れるようになったな。これも訓練のおかげか…。  「よかったら、これを二人に。ナイフづくりが趣味なんだ。困ったときに売ったりしてください。」  自分の分も入れて3本。ナイフづくりもだいぶ板についてきたな。  「おお~、これは…美しいですね…。鏡面加工がこんな簡単に…、やはり魔法はすごい…。いや、これはなかなか…ありがとうございます。正直、美術品としての価値すらあると思いますよ…、ねぇ、スッテンさん?」  「……」  「スッテンさん?」  「…あ、あぁ、そうだな…。こいつは…すげぇよ。俺の好みにピシャリだ。ほんとにもらっちまっていいのか?」  「あぁ、スッテンのおかげでここまでのものが作れるようになったとも言えるしな。」  「そうか。じゃぁ、結婚のことは許してやるよ。」  やっぱ根に持ってたんじゃねーか。  まぁ、いい。俺のナイフは結構な値段がついていた。このナイフも売ればそこそこになるだろう。この二人がどこかで捕まったら俺のことを吐く可能性が上がる。ただ、このナイフを渡しておけば、先立つものにはなるだろう。最初がなんとかなれば、あとはどうとでもなる事が多いような気がする。これを渡すのは、俺のリスクを下げるからだ。  「うーん、ここまで二人がしてて僕がなにもしないわけにも…。でも、僕は火魔法と水魔法が少しできるだけですからね…何も…」  「気にすんな無口よ。あんたの魔法ももう戦闘で使えるレベルにはなってるんだぜ?大したもんだよ。それに、いろいろ教えてもらった。俺たちはそれで十分だよ。」  「うーん、なんか悔しいなぁ…」  「そうですよ。無口さんからは大学の知識とか教えてくれたじゃないですか。もらったものを返しただけですよ…」  「う~ん、いや、これは鉄か…あっ!!」  「? どうしたんですか?」  「ちょっとこのナイフ僕に貸してください。」  「なんだよ?やらんぞ?壊すんじゃねぇよな。」  「壊れてもまた俺が作ってやるから、ちょっと渡してあげろよ。俺のはいいですよ無口さん。」  「…んだよぉ…。わかったよ、いいよ…。…大事に扱ってくれよ。」  スッテンこいつナイフ気に入り過ぎじゃねぇの?  なんてちょっとドン引いてたら、無口さんがナイフを逆さに地面に立てようとしていた。  刃先を指で摘んでなんとか柄尻だけでナイフを立てようとしてる。  そりゃ無理でしょう…。  とりあえず簡単な台座みたいなものを作った。無口さんが言うには、万力?みたいなものらしい。三本ともまとめて立てた。  その後無口さんは、右手に火の玉を作り出した。  無口さんは火魔法と水魔法が得意で、特に火魔法についてはこの三人の誰よりもうまい。俺とスッテンが火魔法を苦手としているのもあるが、それでも才能があると言っていいと思う。少し前に見たときは炎の形を自由自在に変えていた。  その無口さんがやはり、火の玉の形を変形させていった。  細い、輪ゴムみたいな輪っかを炎で作っている。最初はただの円の形だったが、ゆっくりと、丁寧に、ナイフの断面の形にしていった。  その薄い炎の輪を、ナイフの刃先からゆっくりと柄の方へ移動させている。  炎とナイフの間には空間は殆ど無い用に見える。この暗がりで見ると、ナイフの真横にビームが当たって、それがゆっくりと下がっていっているようだ。少し幻想的で、ぶつぶつと文句を言っていたスッテンですら声を潜めている。炎の線がとても細くてすぐ消えてしまいそうだからっていうのもあるが、なにより無口さんがすごく集中しているように見えたからだ。  それに気のせいじゃなければ、ゆっくりと降りていっている炎の輪自体も、下がるに連れ色を変えているように見える。濃い赤だったり、薄い赤だったり…色をはためかせながら、ゆっくりと炎が落ちていくさまは幻想的だった。  ぼんやりと炎が万力に消えていくまで眺めていると、無口さんが一息つきながらいった。  「終わりました。冷えるまで少し待ってください。」  「「…?」」  そういって、十分ナイフを冷ましたあと、ナイフを見てみると…。  「これは…色が付いてるのか?なんていうか…虹色っていうのか?こんな…幻想的な色になるのか…」  「鉄の特性のひとつなんですよ。最近自分の魔法が温度を変えられることに気づきましてね。温度を下げたり上げたりすると、その温度によって色合いが変わってくるんです。」  「すごいですね…。こんなの始めてみましたよ…。俺のナイフがこんなになるなんて…。」  「これは現代の日本でもあるものだよ。鉄の表面を熱して、酸化させてるだけなんだけどね。」  「へぇ…あの、酸素、原子?とかとくっつくやつのことか。すげぇな…」  「ついでにこの加工をしたから錆びにくくなってるはずですよ。」  「こりゃ…いいな。先生が作った直後も、鉄本来の美しさがあったが、これはこれでいいな。ほんとにもらっていいんだよな?もう返せって言われても返さねぇぞ。」  「スッテン。オレも同じだ。」  「どうぞどうぞ。これで一応面目は保てましたかね。僕だけなにもないのは寂しいですからね。」  「気にしなくても良かったんだけどよ…。まぁ、それじゃもらっとくよ。無事に帰ったら、仲間に自慢するわ。」  これはいいな。俺も取っておこう。  いざという時売ってほしかったから上げたんだが、これでもいいか。別にさ。  グェェロッ!!グェェェロッ!!  しっかし、いつ聞いても気持ち悪い鳴き声の鳥だな。
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