フォントをダウンロード中
ページの左右でマウスを左クリックします。
または、 キーボードの左右の矢印キーを入力します。
ページ上で指先を左右になぞると、 前/次ページへ移動します。
メニューはページをタッチすると現れます。
× ヘルプを閉じる
 その日の朝はやけに寒かった。  暖かくなり始めたときだというのに、深々と突き刺さるその寒さは、否応なしに俺たちを覚悟の向こう側に押し出そうとしているようだ。  逃げることは出来ない。  やらない選択肢はない。  失敗は許されない。  そんなことを頭の中で堂々巡りさせる。  ここまで緊張していることは今まであっただろうか。  いや、ない。  俺と同年代の日本人だって一人として感じたことはないだろう。俺と同世代は、プロ野球選手になったり、モデルになったり、歌手になったり、オリンピックに出たりするやつだっているかも知れない。  でも、俺と似たような経験をしているやつは一人としていないはずだ。  いや、俺と同じように泥の中を這いずるような経験をしている人がいた。  「今日は寒いですね。」  仲立さんは俺の隣でそんなことを言っている。  緊張するとか、不安だとか、絶対成功するとか。そういった事は言わなかった。  少しでも失敗する可能性を下げるためだろう。  仲立さんも覚悟しているんだ。  俺も覚悟している。  「もう少し経てば勇者様の凱旋が始まる!!貴様らの今日の仕事はなしだ!!この酒を配るから、飲み終わったら騒がずに座ってろ!!」  奴隷たちが整然と樽の前に一列に並んでいく。  樽から一杯ずつ酒を掬っていっている。  まるでそこに金が溶け込んでいるかのように、ゆっくりと、丁寧に、彼らは掬っていった。  俺はそんな彼らを一人づつ、丁寧に、開放していった。  開放されたあと、彼らはだいたい同じ反応をした。  酒を見て、管理者を見て、酒を見た。その後、酒を飲める場所に腰を落ち着け、管理者を見つめ続けている。彼らはそれでも、アルコールで出来た金を手放すことはなかった。  俺たちは最後尾だ。俺たちの番になったら全ての奴隷の、いや、人間の開放が終わる。  あとは待つだけだ。  「今日はなんだか調子がいいなぁ」  二人に聞こえるように囁いた。  あくまでのんきな独り言として聞こえるように。  だが、二人は察してくれたようだ。もう開放が始まっていて、それが順調だということに。  「どーせ、酒を飲むまでの調子なんだけどな。」  これも二人に聞かせた。  合図も、事前の打ち合わせもないが、わかってくれたと思う。俺が酒を貰うまでに、飲むまでにすべて終わるということが。  「なーに、酒を飲んだら嫌なことも全部吹っ飛んじまうぜ。なぁ。」  「そうそう。こんな機会を与えて下すった勇者様に感謝ですよ。」  「そうだな。勇者には感謝してもしきれないよ。」  ほんとに様様だ。奴隷嫌いで優しい心を持つ勇者様。どーも。  そして最後の奴隷を開放した。  その後、俺達は酒を一杯もらったが、誰も口をつけることはなかった。万が一、酔ってしまうことを恐れたからだ。  そして、周りの奴隷たちも、酒を飲んでる奴は殆どいなかった。  みんな、ずっと管理者共を見つめている。酒を飲むことなく。  それでも管理者共はこの状態をおかしいと思わないらしい。いや、一人だけ、いつも俺たちに突っかかってきてたあの管理者だけは、俺たちをにらみつけるように佇んでいる。  いや、俺たち、じゃない。俺を見ている。  ずっと見つめているわけじゃないが、全体を見回したあと、必ず俺に目を留める。  偶然なのかたまたまなのか。  だが、奴だけは油断していない。何となくそんな感じがする。  あいつは一体どんな動きをするんだろうか。  ッバァン!!  運動会の空砲をもっと大きくしたような音が響き渡った。  その音はどうやら街の方から聞こえてきていた。一発でなく何発も断続的に鳴り響いているからわかったのだが。  街の方をよく目を凝らしてみてみると、街の周辺だけキラキラした何かが見える。  金、銀、銅、他の色のキラキラ。    キラキラが街を覆う筒のように、空高く舞い続けている。  面白いのが、そのキラキラは、街とその周辺だけではあるが、降り注いでいるのではなく、舞い上がっていっているのだ。  見る限り、そのキラキラはどこまでも空高く舞い上がっているようだ。  遠くで、キャーだとかカッコイイ!だとか勇者様ー!だとか聞こえてくる。  普段だったら嫉妬の一つも絞り出したかもしれないが、今の自分にそんな余裕はない。  とにかく、この後の作戦を成功させなければならない。  そのことに緊張しすぎていて、嫉妬を感じる余裕もなかった。  そろそろ…だろうか…。  もっと待ったほうがいいだろうか。せめて勇者が見えるまで…。  いやいや、そもそもあの街の端に来たところで顔が見れるかどうかすらわからない距離だ。  いくら待ったところで勇者様の面が拝めるとは思えない。  やろう。  きっと大丈夫。  俺は二人に目配せし、フラフラと広場真ん中に歩いていく。    いつもの管理者は…、こちらへ来ない。睨むように俺を見ながら、むしろ下がっていっているように見えた。  ここで突っかかってきたらありがたかったんだが…。  俺は酒を煽るように飲んでいるように見えるようにコップを口元で傾けた。酒はビチャビチャと地面に滴り落ちていく。  他の管理者がこちらに歩いてくる。  「勇者様ー!ありがとうございます!!おかげで旨い酒が飲めますーーーー!!」  「勇者様ー!!バンザイ!ラドチェリー王女様ーーー!!バンザーイ!!」  「ッチ、うるせぇぞ!そこの虫野郎!黙って飲んでろと言っただろう!!」  近づいてきたのはあの管理者じゃない。別の管理者だ。  「す、すいやせん。ついつい嬉しくなっちまって…。でも、別に悪い事してるわけじゃねぇんだからいいでしょ?」  「…あ?…お前、…今俺に逆らったのか?てめぇ見てぇなウジ虫が!?人間様に逆らったのかよ!」  最後の言葉と一緒に、俺は殴られた。  「おい!!てめぇ、ちょっとばかし酒が飲めたからって勘違いしてねぇか!?ここにゃ、勇者様も王女様もいねぇんだぜ!?」    「ゆ、勇者様と王女様に感謝をお伝えしてぇだけです!そ、それだけです!!」  「あぁ!?まだ言ってんのか!てめぇら糞虫は喋ることも祈ることも俺たちの許可なしにするんじゃねぇ!」  殴られ蹴られ、延々と続いている。肉体強化と身体強化を使っているからこちらは全然傷ついていないんだがな。  もう少し、演出したほうがいいか。  「一体、なにが違うっていうんです!俺達とあんた達と!感謝を捧げることも出来ないのかよ!!」  「出来ねぇんだよ!!なぜならてめぇが奴隷で俺たちが人間だからだ!!奴隷は奴隷が終わるまで何一つ自分の思う通りにゃ出来ねんだ!!もちろんてめぇらは死ぬまで奴隷だがよ!!」  「死ぬまで!?そ、そんなことねぇ!!前いた奴は開放するって言ってお前らが連れてったじゃないか!!」  「開放!?あぁ、ここから連れてった奴らか…。ッフ……クククッ…開放してやったぜ!?奴隷からな!オークの餌になっちまったのはご愛嬌だがよ!!」  「じゃ、じゃあ、奴隷から開放されるっていうのは…」  「ッハ、誰が言ったのかは知らんがよぉ!!俺たちは奴隷から開放するなんて一言も言ってねぇんだがなぁ!!」  よしよし。いい具合に余計なことまで囀ってくれてるわ。  「そ、そんな…」  もう少し来い。打ちのめされた奴隷にとどめの一言来い!  「てめぇらは死ぬまで奴隷だ!!死んだあとはオークの餌で…、そのオークはてめぇらの飯になってんだよ!!奴隷が奴隷を食ってんだ!!全くここは良く出来てるぜ!!」  …  ……  ………ッブチ  「このクソ野郎がぁぁぁあ!!!!」  全力で、強化魔法を使い奴の顔を殴った。  その瞬間は全く演出とかは考えられなかった。  カッとなってやった。そんな風に供述する犯罪者の気持ちを理解できた気がする。  気づいたらクソ野郎は顔を潰された状態で、壁に叩きつけられていた。  ピクリとも動かない。  ここから壁まで…、20mは離れている。  そうだ。俺は奴らを殴れる。もう奴隷じゃない。俺は管理者もガルーザも乗り越えた!!  他の管理者は呆然として、奴隷は…いや、今がチャンスだ。畳み掛けるんだ!!  「な、殴れる…。か、開放された!殴れるぞ!!開放されたんだ!俺たちは!!」  奴隷たちがざわついている…、なにを話しているかまでは…わからない。  どうする?他の管理者に殴り掛かるか?それとも…。  「うあああああ!!」  俺が少しだけためらっている間に、仲立さんが管理者に殴りかかった!  仲立さんは身体強化魔法を身に着けているからか、一発で管理者をおとなしくさせた。  ほんの瞬間、仲立さんは呆然とした表情をしたが、すぐに思い出したようだ。  「殴れる!!開放されたんだ!!俺たちは開放された!!人間に戻ったんだ!!」  乗ってこい!…奴隷たち!…。  奴隷たちは立ち上がって、ゆっくりと管理者達に近づいている。  あと少し…!あと少しあれば…!  「ひ、ひぃぃぃぃ!!」  !!  あれは!?ディック爺!?  何故!?  「は、反乱だぁ!!奴隷たちの反乱だぁ!!今日は屋敷の騎士たちもいねぇのにどうするってんだぁ!!」  「バッ、馬鹿野郎!!ビビってくだらねぇこと言ってんじゃねぇ!!」  あの管理者が、俺にしょんべんを飲ませた管理者が、ディック爺を叱りつける。  本人は、他の管理者を盾に、いつの間にか一番奴隷から遠いところに下がっていた。  そして、叱りつけているときも、俺から目を逸らさない。  「あ、あぁ…」  そんな時にふと、奴隷の群れからヨロヨロと進み出てくる人影があった。    あれは…、ステ爺?お人好しを絵に描いたような爺さんが、なぜここに出てくる?  あの爺さんだけは最後まで隅っこでおとなしくしてるかと思っていたが…。  「あ、あ、あぁぁぁぁあああ!!!」  ステ爺が他の管理者に殴りかかった!  何故!?あんたそんなことする人間じゃねぇだろ!?  「っが!!…いってぇな!!クソジジィ!!」  だが、いかんせん体力のない奴隷の爺さんの攻撃だ。管理者にさしたるダメージを与えられず殴り返された。怒りはそれで収まらなかったのか、管理者は流れるような動きで腰の剣を抜き、ステ爺の腹に刺した。  「ステ爺!!」  駆け出したのは、ステ爺にいつもくっついてる元殺人鬼だ。奴はとんでもない目つきをしながら管理者に突っ込んでいく。  それに釣られたのか、いつもステじいと一緒にいる奴らも走り出した。  「っひ」  そいつら気迫にやられたのか、管理者は刺した剣を戻すのにもたついている。    「てめぇぇぇえ!」     相手が剣をもっているのにも恐れず、元殺人鬼は突っ込んでいった。まるで体当たりだ。  二人は地面にもみくちゃになりながら倒れ込む。剣ははるか彼方だ。  「ステ爺!ステ爺を!良くも!!畜生!!クソ野郎が!!」  奴は馬なりになり、殴りつける、殴りつける。管理者は必死で許しを請いている。  他の奴隷たちは思い思いの管理者に突っ込んでいく。  管理者共は剣を抜き放ち、全員が迎撃する構えだ。  いや、奴は。俺をにらみ続けていたやつだけは後ろを向いて逃げていく。  糞!!もうかなり離れている。間に障害物がありすぎる。投擲でなんとかすることも難しい。  「地面に落ちてる石を投げつけろ!!遠目から二人以上で管理者に投げつけるんだ!!」  ガークがそう叫ぶ。  武器を持っていない奴隷が数で有利だからといって、このままうまくいかないと踏んだんだろう。奴隷に戦い方の指示を出している。  奴隷たちは地面に落ちている石を近づかずに投げつけ、いいのが当たった瞬間、タックルをかます。  「武器を奪え!!とにかく武器だ!!」  ガークは指示を出していく。溜まった鬱憤と、恨みと、そのはけ口になったことで、管理者共はゆっくりと押されていっている。  「ディック爺に手を出すな。奴は利用できる!!!」  俺はそう叫びながら、ステ爺に走り寄った。息があれば、ディック爺を脅してステ爺を直させる。  「おい!ステ爺!しっかりしろ!!なんでこんな事…!」  俺は、ステ爺の頭を抱き上げる。血が、口から血が溢れてて…、息もできなそうで…。  「ッガ…ッハ…っヒュー…ッヒュー………ッヒュー……………」  もう見るからにやばい。  「おい!誰か!!ディック爺を連れてきてくれ!!」  もうここはめちゃくちゃだ。俺の声も聞こえちゃいない。  ふと、俺の手を誰かが掴んだ。いや、ステ爺だ。  「お、おいを…助けてくれて、あんがと」  じっと俺を見つめている。  そしてそのまま死んでいった。  馬鹿な…。なんでこんな…。最後にお礼だと…?俺が一体何したってんだ…。  まさか、俺のために管理者に突っ込んでいったのか…?  いや、きっと違う。  今回は偶然に見えるように用心に用心を重ねたんだ。  ステ爺にだってバレているはずはない。  だが、俺の手を握ったステ爺の手が、とても優しく力強くて…。  いや、人が死んだから感傷的になってるだけだ。  勝手に予想して勝手に納得しようとしているだけだ。  わからないことに心を割いている暇はない。俺たちは死ぬわけにはいかないんだ。  俺はゆっくりとステ爺の手を剥がし、ステ爺の目を閉じさせたあと、立ち上がった。  もう、管理者はほとんどいない。奴隷が勝鬨を上げている。  このまま…どうする。逃げるか。ここの奴隷たちはおいていくか?  最後の管理者がやられたあと、若い奴隷が叫んだ。  「あれは!!王国騎士団だ!!」  十数人の立派な鎧を身につけた集団がこちらにやってくる。  奴隷たちは絶望の表情を浮かべている。  「あぁ…」  「だめだ…」    「やっぱ、こうなるよな…」  そんな愚痴が聞こえてくる。  俺たちには別問題だ。  奴らが、この道を塞いでると、落ち合う場所に行けない。  倒さなければならない。しかし、王国騎士団。強そうだ…。  急に肩を叩かれる。  ガークだ。  「ここは任せろ」  そう言うと、おもむろに何かをブツブツと唱える。  短い言葉が終わると、風が強く吹いてきた。  強いと感じた風は、あっという間に突風となり、俺達の後ろから王国騎士団を叩きつけた。  風で人が吹っ飛ぶのを初めて見た。街の方向に向かって飛んでいっている。途中の木々にぶつかって止まったが、もう奴らはピクリともしていない。  「…死んだのか?」  「奴らは王国騎士団だぜ?こんなもんで死ぬかよ。」  そんなもんか。全然動き出す気配がないが…。  「みんな!みろ!天が俺たちに味方したぞ!!俺たちの革命を天が助けて下さった!!」  「うおおおお!!!」    「いくぞぉぉぉぉ!!!」  「開放だぁぁ!!」  奴隷たちが街に向かって走り出した。  「途中の騎士団たちの武器、防具も奪え!無口、先生。先に落合場所まで行っててくれ。俺はこの奴隷たちを適当に統率してずらかる。一日経って行かなかったらサウスポートで会えるといいな。」  「え?いや、もう逃げようぜ。深追いすべきじゃねぇだろ?」  「おいおいこのまま言ったら奴隷たちは町の人間を殺すぜ?適当なとこで、宥めて逃げさせるさ。ディック爺にも話を聞いておきたい。あの爺さん、ちょいと強かだった。」  「じゃ、じゃあ、俺も手伝って…」  「なんのために落ち合う場所と期間まで決めたんだ?三人で仲良し小好しができないとわかってたからだろ?…それに、先生や無口は覚悟を見せてくれた。次は俺の番だ。」  「あとこれ、先生。ペンダント落としてたぜ。大事なもんなんだろ?しっかり持ってろよ。」  あ。落としてた。  きっと、殴られた時に落としていたんだろう。緊張しすぎていて気づかなかった。  首にかける鎖がちぎれてる。かっこつけて装飾重視で作るんじゃなかった。  次は絶対壊れいようにしなければ。  「じゃあな、先生、無口。結構楽しかったぜ」  俺たちの返事を聞かずに、スッテンは走り去っていった。  「…行きましょう。僕たちは川を登るんです。」  そう言って俺達はここから見える川に向かって走っていった。  どうすれば一番いい方法なのか。 それがわかればいいのに。 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  俺と無口さんは、川の上流に向かって歩いて、街道が見えなくなってから進むペースを緩めた。ここまでくれば、取り敢えずは…。  お互い、無言だ。  残って奴隷たちが逃げ切るまで協力したほうが良かっただろうか。  俺たちが煽動して暴走させたのに。  最後まで彼らに責任を持たなくて良かったのだろうか。  …いや、元々その予定だったじゃないか。  まず、俺達が助かることだ。  そのために奴隷たちを操って犠牲にして…俺達が助かる確率を上げたんじゃないか。  だから、なんの問題もない。むしろ、計画通りになったんだから喜ぶべきだ。  他の奴隷達がどうなろうが知ったことじゃない。  そうだ。そう。 でも、でもなんで、じゃあ、ガークはなんで残ったんだ?  残って奴隷たちを助けようと思ったんだ?  奴隷が暴れるに任せてる間に逃げてしまったほうが、ガークが助かる確率は上がったはずだ。  俺達が、俺が生き残ることが大事なんだ。目的を果たすために。  仲立さんも、ガークも目的がある。みんなそれを果たすまで死ねない。  モニの最後を伝えなきゃいけない。そう決めたんだ。それまでは死ねない。  モニがあんなに…母親のために全てを捨てて戦ったんだ。  彼女は最後まで母親の恨み言は言わなかった。  きっと大事に思っていたんだ。母親のことを、自分の命よりも。  だからきっと、どんなに苦しくても、死ぬことがわかっていても、…報われなくても、彼女は立ち向かったんだ。  そうだ、そう。  奴隷だって同じだ。もしかしたらクズみたいな理由で奴隷になったやつだっていただろうけど、そんな奴隷にもきっと親がいた。娘や息子がいたやつだっていたかも。  奴隷だって同じ人間だ。俺が自分でそう言ったじゃないか。  あれが奴隷を扇動するための言葉だったとしても、あれは俺の本心だ。  モニだって言っていた。同じ人間だと。  きっとあいつらにだって生きる目的があって、理由があって…。  それなのに俺は奴隷を奴隷のように扱っていた。同じ人間だと思っていなかったんだ。  …戻ろう。  戻ってガークを助けるんだ。  ここで俺が奴隷を奴隷のまま扱って進んでも、きっと意味はない。よくわからないけど、きっとそんな気がする。  彼女が命をかけて守ったものは、俺が守るんだ。  「仲立さん。」  「…?」  「俺、やっぱり戻ろうと思います。」  「…」  「すいません。でも、仲立さんは先に行って…」  仲立さんは俺が渡したナイフを抜き放ち、投げつけようと構えながら、  「後ろだ!!」  咄嗟に横っ飛びした。  鉄と鉄が弾ける音がした。瞬間、右目に激痛が走った。  「おお!なんだこれ?すごいいいナイフ持ってますね。奴隷なのに。」  痛い!!  何だ!目が痛い!  刺さってる!ナイフが、俺の目に刺さってる!  痛い!  「い、痛い…、っヒ…い、たい…ッグ…」  「?おい、死んじゃいねぇーでしょーが…」  「ヒッ…ゆ、許して…」  「あらら…、ずいぶんとまぁ…、いや、ここに連れてこられりゃ、そうもなりますか。」  そこに立っていたのは、先程の王国騎士団よりも高価そうな、それでいて洗練された鎧を身にまとった女性だ。  「おうぇ…、リヴェータ教の御神術ってのはどうしてこう気持ちわりいんですかね。…はいはい。黒目黒髪ね。見つけた。こいつが首謀者…」  瞬間。  仲立さんが両手に魔法を創り出した。  炎と、水だ。  女は咄嗟に盾を構えて、中腰になる。  仲立さんはその2つの魔法を投げつけるのではなく、水を大きく広げて、あたりを満たし、それを炎で溶かした。  「…?」  女騎士が訝しげな表情を浮かべた瞬間、急激に寒くなった。  と同時に、辺りに霧が立ち込める。  右肘を引っ張られる。  「…こっちだ…」  仲立さんだ。  引っ張られて引きずられていく途中、あたりから爆発音が聞こえてきた。  「!?なんだ!?うるせぇ!!なんだ!何してる!?」  女騎士は全く状況がつかめてないようだ、混乱している。    おそらく仲立さんがやったんだ。 あの短い時間でこんなにも。  俺は、俺は…、なぜあんな…。  仲立さんの肩を借りたまま、俺達はその場を必死に逃げていった。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  足元がふらついてうまく歩けない。ナイフは目から抜いて、仲立さんに戻した。布を巻いてなんとか血を止めている。でも、おとなしくしている暇はない。  仲立さんの肩を借りてやっと前に進めている。  俺が怪我してるのは目だけなのに、なぜ足元がおぼつかないんだ。  仲立さんはそんな俺に苛つきもせず、前に進んでいる。  俺は何も出来なかったのに…、あんなにビビって…。  いざというときは俺が責任を取るなんて、殺すなんて言ってたくせに、いざ目の前にしたら、痛みで我を忘れて、奴隷にされた時のことを思い出して…、あとはもう怖くて怖くて…。  なんで、なんで…。  なんで俺はあんなことを…。  「こちらに来たときは言葉がまるで通じなくてね。そのまま奴隷の仕事をしてたわけだけど、ほんとに毎日死にたかったなぁ。今思えば洗脳されてたからなんだろうけど、自分から死のうとも思えなくてね、ほんとに死んだように生きてたと思う。」  「ッハ…ッハ……」  「あのときは信じられなかったよなぁ…。毎日三人で科学や歴史、魔法のことを話した。それだけだけど、楽しかった。理系だからかな、話を聞いてくれると楽しくてね、夢中で話しちゃったよ。」  「ッハ…ッグ…ゥ……」  「最後にいい経験ができた。これも殲滅隊長のおかげだよ。」  「ッハ…ッハ……………」  「…ここで別れよう。僕は奴の足止めをする。君は逃げろ。」  「…ッグ、…だ、だめで…」  「探査魔法で調べてみても徐々に近づいてくるのがわかる。向こうも似たような魔法を持ってる感じがする。警戒してるだけで、必要がないとわかれば今すぐにでも追いつくだろう。そうすれば二人共アウトだ。」  「…ッイ…二人で…やれば…」  「でも向こうの魔法、精度は良くないみたいだ。微妙にフラフラしてる。探査の範囲エリア外に出ればきっと…」  「ッグゥ…、そん、なことしたら、死にます…!」  「…ガークさんがね。自分の目的をほっておいて、奴隷たちを助けに行った理由はわかるんだよ。僕も、ガークさんも同じだ。僕たちはもう叶える目的なんてないんだ。ただただ、死ぬために行動してるんだ。僕にはそれがわかる。」 「仲立さん…逃げなきゃ…ミキさん、助けるって…」  「……………ミキはね、きっと死んでる。わかってるんだ。一緒に捕まった時、ミキは犯されて捨てられてた。きっと、生きてない。…きっとそういうことだろう。」  「…」  「…あの時僕が遊びに誘わなければこんなことにはならなかった。ミキはね、本当に普通の…普通の女の子だったんだよ。」  「毎日ね…毎日毎日死にたくてたまらないんだ。ミキをあんなふうにした奴らを殺したあと、僕も死のうと思ってた。でも、そんなことしてもミキは生き返らない。僕のせいでミキが死んだ、その罪は消えないんだ。」  「……ッハ……ッグ……」  痛みが…  「ミキが死んだ償いは…、死んで返さなきゃ…。きっと…ガークさんもそうだ。僕にはわかる。あの人はもう、死にたがっていた。僕だからわかる。」  「どうせ死ぬんだから…、最後に人の役に立って死にたいんだ。出来ればミキを殺したやつを殺したいけど、それもきっと叶わない。だからさ、だから未来ある若者のためにさ…」  頭が……、身体強化魔法を…目に…  「……ねぇ、この状態じゃ、どちらかは必ず死ななきゃならない。そんなときはさ、やっぱり若い方が生き残るべきなんだよ。それが当然なんだ。」  「いいかい?向こうに向かって、少しずつでもいい、真っ直ぐ進むんだ。僕は奴を反対側に引っ張る。」  …。  「…それじゃ、ガーク会派殲滅隊長殿。さらば。」  …行かなきゃ…、追いかけなきゃ。  足元はおぼつかないけど…、でも少しずつでいい。仲立さんを追いかけないと。  進むんだ、仲立さんの方に…。  …。  ……。  ………  「ッフ…、ッグ…ゥゥ…ウグ……」  なんで、どうして。  「グゥゥゥゥ…、グッ…ス、ズビッ…」  どうして俺は、仲立さんが指さした方に進んでるんだ。  「ッズ…、ッグゥゥ…ウ”ウ”ウ”…あ”あ”ァ”……」  頼むよ…。行かなきゃ…、なんで…、言うこと聞いてくれよ俺の体…。  きちんと立って、回れ右して、走って追いかけるんだ。  簡単なことだ。足は怪我してないんだ。怪我してるのは目だけだろ?  ほら、そう、…立って…ぐっと……  「ウ”ウ”ゥ”ゥ”………」  なんで、こんな惨めに這いつくばって、命をかけて戦ってる人に背を向けて…。  俺は…、俺は…。    クズ野郎だ。  
1
15
シリーズ一覧
感想を送る
作品を紹介
ブックマーク
しおりを挟む
作品情報
使い方
登録が完了しました!
確認事項
戻る
実行