フォントをダウンロード中
ページの左右でマウスを左クリックします。
または、 キーボードの左右の矢印キーを入力します。
ページ上で指先を左右になぞると、 前/次ページへ移動します。
メニューはページをタッチすると現れます。
× ヘルプを閉じる
 垂れ雲母、滑り落ち葉。  この庭の名前だ。  四季園遊会という、それぞれの季節の節目にある王族の催し。  その中の会場に、この庭も使われたことがあるらしい。秋の庭だ。  歴史の記録上一回だけしか使われていないが。  この庭にはいつも霧が立ち込めている。とても濃い霧だ。  どれくらい濃いかというと、肘から先が見えないくらい濃い霧だ。  だからこの霧は雲に例えられている。まるで地上に垂れてきた雲の中にいるようだと。  この霧に満ちた庭の中を、一塊の枯れ葉が飛び回り続けている。決して地面に触れることはないそうだ。  そうだ、というのは誰も見たことがないかららしい。  そりゃそうだ。いつも霧に満ちている庭の中をどうやって見ろというのか。  この庭へは、大きなガラス製の扉を通って入れる。  他の方法はない。  不思議なことに、どの場所を探索してもこんな庭があるようなスペースはないのだ。  王城の中に唐突に透明な大きな扉があり、その向こう側に庭が見えるのだが、扉の周りの設計から考えてもこんな庭が有るとは思えない。  庭は広さが曖昧だ。  以前、どのくらいの庭の広さが有るかを知るために、歩き続けられるだけ歩いたことがある。  いつまで経っても端にたどり着けなかった。  また同じ長さを戻るのか…とうんざりしつつ踵を返すと、ほんの数分で扉にたどり着いた。  不思議な庭だ。とはいえ見栄えの良い庭ではない。だからか、他の人たちはあまりこの庭に来ない。  俺はこの庭によくくる。  一人になれるからだ。  訓練のためにここに来ている。  あまり貴族や王族に人気のない場所だが、修験者にとっては貴重な場所らしい。  俺はいきなりダックスにここに行き落ち葉を全て切り落としてこいなどと意味不明な供述を受け、カッとなってここに来ている。  無理だよ。だって見えないもん。    いや、わかってますよ。魔力を使ったあの感覚を研ぎ澄ませて、全て撃ち落せということなんでしょう。あの感覚を自分で操れるようにならなければいけないということなんだと思う。  一つ二つは撃ち落とせるが、数十枚、いや、百枚近い落ち葉を撃ち落とすことなんて不可能でしょう!?  ダックスはここに放り込めばば俺が勝手に強くなると思ってるフシが有る。  実は、様々な流派の開祖や実力者はここで修行をしたことがある人が多い。ダックスもその例にもれない。  そうそう、剣術の流派についても話を聞いている。  今、王国騎士の規範剣術の一つが、ハルダニヤ流兵術というらしい。これは世界的にも門派の多い兵術という流派から派生したものだと言われている。 この兵術、目指すところは無刀らしい。  剣術なのに無刀かよとも思ったが、これは剣にこだわらず、様々な武器を使いこなすという意味もあるらしい。もちろん、素手を武器と想定している場合もある。だから、兵術ということだ。  この流派は、どちらかというと剣術というより、戦闘術というところに位置づけられるような気がする。  様々な状況での戦いを想定している。戦場で武器をなくした時、素手で戦う時、多対一で攻める時、守る時、敵の武器を奪った時、剣以外の武器を持った時、そのすべてに対応できるように進化したものだ。    リヴェータ教は剣を使うことをあまり良しとしない文化もあり、こういった宗教関係者にも人気の流派だった。  世界でも人口が多い流派の一つと言われている。  当然、内容が多岐にわたっているため流派も多く存在する。  その中でも一際強い流派が有る。その流派はそもそも入門すること自体にハードルがあり、免許皆伝のハードルは更に高い。つまり、かなり少ない人数の派閥だ。にもかかわらず、なぜ強い流派と呼ばれているのか。  もちろん、少数精鋭である以上、その派閥の人間たちはみな図抜けて強い。だが、問題はその流派の開祖であり、家元でもある男、そう、ダックス・ディ・アーキテクスだ。  この男、世界最強の剣術家として名高い。  彼に認められ、彼に免許皆伝を受けることが今の武を極めている人間たちの夢の一つと言っていい。  彼の免許皆伝を受けたものはそれで一生困ることなく遊んで暮らしていけると言われている。さらに、国の免状付きで自らの流派を立ち上げることも出来る。  彼の最強たるゆえんは、この庭で常に修業をすることが出来たかららしい。本人が言っていたことだ。  王国騎士団団長という役職もあり、常にこの庭を使える環境だったことが大きいとのことだ。  他の流派の開祖は、有名になってからこの庭に来て、数回修行をした程度らしい。とはいえ、その少ない回数でも効果があったと、彼らは言っていたとのことだ。  話が逸れたが、ダックスというここまで常軌を逸した強さを持つ男が開祖の流派の場合、ダックス流と呼ぶのが普通らしいが、彼は意識してハルダニヤ流と名付けているらしい。理由はよくわからない。  魔術の世界にも派閥が有るらしく、会派だとかいった集まりらしいが、こちらはよく知らない。フォシーはあまりこういったことを教えてくれない。  剣術の派閥は他にも有る。というよりも、人の数だけ派閥が有るようなものだが、それでも主要な派閥はそこまでない。大体3つ程だろうか。  一つは、騎士流兵術。  この騎士の部分に様々な流派の名前が入り、沢山の派閥がある。ただし、兵術は変わらない。というのも、兵術がこの流派の大元の派閥で基礎となっているからだ。兵術が一番人口の多い流派で、その歴史も長い。この兵術、歴史の長さと人の多さで宗家といったようなものがない。というより、我こそが開祖の子孫であると名乗る人間が多すぎるという状況だ。だからこそ、今現在の強さが一番の指標となっており、今現在一番強い人間の流派が正統派ということになる。歴史が長いが故に革新的な状況なわけだ。ちなみに一番強い流派は、ハルダニヤ流兵術だ。  だが、さっきも言った通り兵術の目指すところは基本的に同じで、剣を持たずに敵を制することが出来るようになるというのが基本思想だ。これも話として伝えられているだけだが、もう名前もわからない開祖は、剣を極めれば極める程剣が必要ないことに気づき、晩年は剣を使わずとも敵を制することが出来たらしい。それこそが達人の道であると、晩年、説いていた。全ての兵術者はこの境地にたどり着くため鍛錬を続けている。  次に、冒険者流謀術。  こちらも、冒険者のところに様々な流派の名前が入ることになる。世界で最も多様な流派の有る剣術だ。ただ、一番有名なのはメリヴォラ流謀術か。この流派、兵術が正統派の戦闘術なのに対して、邪道派の戦闘術という表現が適切だろうか。貴族の剣術に対し、平民の剣術と言い換えてもいい。こちらも多岐にわたって芸を収めているがその内容は少々えげつない。剣術、斧術、槍術、弓術、盾術、棒術、話術、交渉術、毒殺術、房中術、投擲術、詐欺術、煽動術、暗殺術、変声術等々。なんでもありだが、兵術と比較すると、某術、話術、交渉術、煽動術、房中術とお前一体何をするんだという話だ。ここで挙げた以外の技ももちろんあるらしいが、直接的に敵を傷つける技だけでなく間接的に敵に影響を及ぼす技術も収めている。とにかく、生き残るためには何でもする、そういう技術だ。  この開祖のメルヴォラ、女性で冒険者だったそうだ。  この当時、冒険者という職業はなかったが、彼女の生き様は冒険者と言うにふさわしく、様々な場所を冒険し開拓した。  彼女の生き様に惚れ込んだ人間が多数、彼女のもとに集まっていったそうだ。  土地を得、人を得る。それはつまり戦力が増えるということ。  当時の国々は彼女を驚異と感じた。  だからこそ、様々な追手や刺客が放たれたらしい。これを生き延びるため、彼女の謀術は研ぎ澄まされていった。また、彼女の技は直弟子達に授けられた。そのうち、彼女の子供に与えられたものがメルヴォラ流謀術となった。  彼女が開拓した土地と人はやがて街となり国となった。そして彼女は生涯どこの国にも仕えず、自由を旨とした人生を送った。そんな彼女に敬意を表し結成されたのが冒険者ギルドだ。こういった歴史的な背景があるから、様々な国で冒険者ギルドの存在が認められている。  また、冒険者の殆どはメルヴォラ流某術を基礎とする格闘術を収めている。使える技術だということも有るが、なによりも冒険者は皆メルヴォラを尊敬している。冒険者の女性比率がそこまで悪くないのも、冒険者ギルドの英雄が彼女だかららしい。  この謀術にまつわる面白いルールが有る。メルヴォラに対し、冒険者は全て敬意を持っていると言っていい。というより、敬意を持たないやつは爪弾きにされるのだそうだ。ギルドが主体でそうしているのだから恐ろしい。  そして、メルヴォラに敬意を示す証拠として、冒険者が冒険者から謀術の指導を求められたら断ってはならないというルールが有る。必ず自分の技を教えなければならない。開祖メルヴォラもそのようにしていたからだそうだが、一般人には中々厳しい。  だから冒険者は自分の技を伝えることを防ぐために、自らの奥義はなるべく隠すようにしている。もちろん、それでも教えなきゃならない状況になることは有るが、ただ教えるだけでは教える側が損になってしまう。  その損をなくすために、教えられたほうは弟子にならなければならないというルールが有る。弟子は冒険者を続けている限り一生弟子だ。弟子でいる以上、依頼で儲けたお金の一部を師匠に進呈しなければならない。依頼料が少ないときは、1%程度らしいが、依頼料が上がると1割近くとなるらしい。  あれだ、累進課税…?このルールのおかげで謀術が発展してきたという背景も有る。  引退した冒険者は、謀術を新人によく伝え、新人は教えられた技を持ってランクを上げていく。とはいえ、誰彼構わず教わっていると、ランクを挙げた時ほとんど金を取られるということにもなるため、新人の頃は先輩が修めている謀術を見定め、慎重に選ぶ。そうすることで、使える、効果の高い謀術が伝えられてきたわけだ。  格言が有る。  兵術の達人とあったらとにかく逃げろ。勝てやしない。謀術の達人とあったら決して信じるな。なにがあっても、信じるな。  この格言からも謀術の立ち位置がわかる。怖いわ。  最後は、魔道士会派合術。  この流派はかなり最近の流派だ。しかも、開祖は魔術師。ダックスと同じように今生きている人だ。アダウロラ会派合術。この合術は、剣技と魔法を合わせた技を使う。どんな流派も魔法で体を強化して戦っている人が多いが、これは合術に含まないらしい。  とにかく、魔法を戦いの間に使ってくるものだろう…というのが一般的な見解だ。  というのも、実はハルダニヤ国には、あまりこの剣術が伝わっていない。これは、アダウロラ会派合術が、開拓の大地を拠点としているからだ。  拠点。これは他の流派には見られない言い方だろう。この会派は他の2つと違い、拠点を多く持っている。この剣技は対人間というよりも、対魔物、動物に対して発展してきたものだと言われている。  入れ替わりの激しい開拓の大地で、着実に開拓箇所を増やしているのはこのアダウロラ会派合術が拠点としている街が増えていっているかららしい。  免許皆伝を受けたものは、新たな土地の長になり、開拓をする。開拓している時に魔物が襲ってきても、この合術の免許皆伝者が撃退するらしい。こうしてアダウロラ会派の拠点が着実に増えていっているわけだ。  人数として驚異ではない派閥が何故ここまで注目されているかというと、アダウロラ本人に免許皆伝者が納税のようなことをしているかららしい。つまり、一つの国の形態となっている。他の王族・貴族からしたら面白くなく、驚異の一つということだ。  そういった意味で注目されてもいるが、魔剣技と称されるその技は視覚的にもとても派手で、憧れを抱く者も多い。だから、どんどん人が集まっている状況だ。  いつかその技を見てみたいものだ。  こういった戦いに関する知識をダックスに剣術を教わる合間に教えてもらっている。  誰かと戦うに際して、相手の情報を知っているということは、それだけで生き延びる確率が上がる。  僕は当然ハルダニヤ流兵術を習っているということになるのだろうか。  こうやって一生懸命修行しているし、強くもなっていると思う。魔法については全属性を操れるようになっている。  しかし、未だ戦闘で役に立っていない。  「勇者様ここにいたの~?もういいんじゃない?こんなとこにいたって強く慣れないよ。ダックスは変態なだけだから。」  ポッチョが扉の方から声をかけてくる。  「酷い言いっぷりだな…、ここにいると落ち着くんだよ。」  「ふ~ん。王女から逃げてるだけじゃなくて?」  「…」  そう。俺は最近ラディと話していない。  嫌いになったわけじゃない。向こうも俺を嫌いになっていないだろう。  いや、むしろ全身全霊で俺を好きでいてくれているはずだ。  それが、怖い。  彼女は俺のことを本心から好きなはずではないはずだ。ただ、俺が勇者だから、俺を好きになると決めたんだ。  本当の俺を好きなわけじゃない。  百歩譲って、俺が勇者として役に立っているのなら彼女の好意も素直に受け入れられたと思う。  でも、俺は勇者として何も役立っていない状態なんだ。  それなのに彼女は俺を好きだと言っている。  それがいつ、崩れるのかが怖いのだ。  彼女はずっと笑顔だ。いついかなる時も、どんな時もその笑顔が崩れることはない。  それが俺には無表情に見えて、たまに無性に悲しくなる。  彼女は俺といて、心から笑うことなどないんだ。  「ごめんごめん。余計なことだったわね。私は構わないわ。その分あたしに夢中になってくれてるってことでしょ?」     「…まぁね。そういえば、どうしてここに?」  「…ナガルス族が攻めて来たわ。王都城壁を超えてこの大樹に向かってる。あなたは今回参戦しなくてもいいはずだけど…」  「!今すぐ準備する!!」  戦いはいつだって唐突だ。  こちらの準備などお構いなしに。 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  猛攻。    そんな言葉が一番あっている。  彼らは、王城中心の大樹の中にある宝珠の破壊を目指しているらしい。  ハルダニヤ国はこの宝珠を守っている。  俺たちは王城に籠もり戦っている。  向こうも俺たちが標的らしく、王都の一般人に対して危害を加えている様子はない。  向こうの数が少ないから余計なことが出来ないということでも有るらしいが。  責めてきた奴らの中でも気をつけるべき奴らが2人いる。  一人は、ガーク・アジナ・ル・アマースト。  こちらは、大柄の男だ。大きなトンカチのような武器を持ち、風の属性魔法を加え、空から叩きつけるような特攻をしてくる。風魔法を身にまとっているから弓などの攻撃が効かず、打ち下ろされたハンマーは、地面にでかいクレーターを作る。  次に、ナガルス・ル・アマースト。  この一族の長だ。ナガルス族当主。こちらの物理攻撃・魔法攻撃が一切効かない。魔法を空に打ち込んでいるが、全く当たらない。いや、当たっても効果がない。  そして彼らが打ち出す魔法はこちらに甚大な被害を及ぼしている。  俺が召喚される数日前、ここまで踏み込まれたことが有るらしいが、当主自ら攻めてくるのは今回が初めてらしい。  前回は甚大な被害を受けたがなんとか撃退した。その時の頭であった次期当主を撃退して追い詰めたらしい。しかし、一刻の猶予もないということで、急ピッチで召喚の準備を進め俺を呼び出したらしい。  そして、今回の布陣だ。当主自ら出張ってきている。最終決戦じゃないよな…。  こちらの陣営がどんどんと追い詰められていく。  魔法を王城に打ち込まれ、そこかしこで爆発音が聞こえる。  しかも、王城を囲むように布陣されているから、どこから攻め込まれているのか全くわからない。  制空権は完全にあちらのものだ。  このまま、負けてしまうのか…?  全身に冷や汗が吹き出る。  もしこのまま負けたら…、きっと殺される。俺はもちろん、ラディもポッチョも…。  ん?…あれは?奴らの中の何人かが王城に侵入しようとしてる?  その中に、ガークとナガルスが含まれてる。  あれはまずい。きっと何かある。 だ、誰か居ないのか?!  みんな気付いてない!  ど、どうする?  !  ダックスがガークを剣で受け止めている!?  なんで?  いつの間に!?  初動しか見えなかった!  い、いやでも、ダックスはガークの突進を受け止めきってる!  あ、自分の剣を離してガークの握り手を掴もうと…。  おわ!?  なんだ?!  ガークの羽?が大きく羽ばたいて…!!  ダックスが…吹き飛ばされてる!  か、壁に叩きつけられて…!  「ダックスさん!!」  「母上!先に行ってください!ここは私が!」    残りの奴らは奥へ向かっていった。宝珠の元へ。ガークは…残ってる。  ダ、ダックスさんを助けなきゃ…。   どわッ!  なんだ?!弾丸?!  いや、違う!瓦礫か!  瓦礫をガークに飛ばしてるんだ!  ダックスさん…剣も無いのに…とんでもない…!  目にも留まらぬ速さって奴だ…。  殆ど撃ち落とされたけど…、初弾、初弾はガークの膝に当たってた。  「勇者殿。すまない。あのナガルスを追いかけてくれ。…すまない。勇者殿。」  くそっ!行くしか無いか…!  一瞬ガークは俺を止めようかと逡巡しているようだったが、ダックスを止めることにしたようだ。  見ず知らずの餓鬼を止めるより、世界一の剣豪を止めるほうが重要だと判断したらしい。  ダックスが一体何に謝っているのか…。いや、考える暇はない。とにかく止めなければ。  そのために、召喚されたのだから。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  「待て!!」  俺は、ナガルスに叫んだ。  ここに来るまで、ナガルス族が王城内騎士を翻弄していた。  他の騎士がナガルスに手を出せないように足止めしていたんだ。  俺も足止めされそうだったが、俺は古代魔法が効かない体質。    古代魔法に突っ込み、拙い剣術で打ち据えていくことで、ナガルスの後を追うことが出来た。  「…どちら様かな?」  あいつが…ナガルス・ル・アマースト。  髪は長い。黒髪だ。  俺に比べて大分小柄だな…。  厚手の布?のような素材で出来た…鎧…か?あれは。  …見た目は少女のように若々しい。  …とても一族を率いているような人物には見えない。  …しかし、目は暗い。  確かに彼女が、ナガルス族のトップだ。  「ハルダニヤ国に勇者として召喚された喰也だ。あんたを止めに来た…」  「…ついに、無辜の民を犠牲にし始めたか。見下げ果てた奴らよの。」  「それもこれも、あんたたちが追い詰めたからだ。聞いているぞ、その宝珠を破壊し、この世界を壊そうとしていると。」  「…ま、概ねあっておるよ。我々の目的はこの宝珠だ。そして、これを破壊すれば、この星は壊れるだろう。…もう、詰めの段階だ。坊やは下がっていなさい。」  威圧するでもなく。むしろ、優しげに語りかけてきた。  組織を引き連れる者として、魅力のある相手だと分かる。  …俺も別の形であっていれば、彼女に協力したかもしれない。  彼女が宝珠に手をかけようとしていなければだが。  「があっ!」  がむしゃらに突っ込み、斬りつける。  正直、ダックスに習ったすべてを忘れていた。無我夢中だった。  ナガルスは、おもむろに俺に手を向け、魔法を放つ。風の魔法だと思う。俺を吹き飛ばそうとしているが、お構いなしに俺は突っ込む。  「!!」  差し出された手を半ばまで斬りつけることが出来た。  彼女は咄嗟に下がり、手を押さえつけながら、俺を見つめた。驚愕の表情を浮かべながら。  宝珠を背後に出来たことに安堵しながら、ナガルスに叫ぶ。  「俺は勇者として召喚された!!古代魔法は効かないという能力を持っている!だから何をしても無駄だ!」  「…そうか。勇者とは、面倒くさい者だったな。長らく忘れておったわ。儂も年を取ったということか…。それと、勇者殿。あまり自らの情報を戦いで口にするものでない。儂は現代魔法も使えるぞ?」  そう言って、手元に大きな水球を創り出した。  …やばい。できれば、ビビって引いてくれたらなんてことを思って脅すつもりで言ったんだが…。  めちゃくちゃ逆効果だった。  どうしよう。  !!  水球!!  もう投げつけてきた!  避けたら、宝珠が!  「…ぉぉおおお”お”!!」  俺の全力の火魔法を叩きつけた。火力と魔力の調整をしている余裕はない。  眼の前の水球はすべて蒸発していった。  そして俺は、魔力が切れ、地面に膝をついている。  「…逃げ出すと思ったんだがの。お主はずいぶんと勇敢なようだ…。…勇者か…。下がっていなさい。王族でないものに危害は加えん。むしろお主も被害者だからの。」  そう言って、彼女はこちらに近づいてくる。いつの間にか、手の傷も治っている。  もう…動けない。動く気力がない。体が元気なのはわかるのに、精神が全く奮い立たない。  こ、これが、魔力切れってやつ…?  ナ、ナガルスは…。  俺をもう、一瞥もせず、通り過ぎていく。  「…勇者殿。それ以上邪魔をするのであれば、もう手加減はできん。儂の子供たちが命を駆けて戦っておるでな。」  そう言って、また、水球を創り出した。  俺はなんとか掴んだ彼女の服を、必死で掴み続ける。  馬鹿みたいだと分かってる。諦めても誰にもばれないし、この人も俺を傷つけないのは何となく分かる。  そして彼女がそこまで悪い人間じゃないこともわかる。  だけど。  だけどよ。  一国の王女ともあろう人間が自分の体を差し出してまで。  好きでもない男に毎晩抱かれてまで繋ぎ止めた勇者がよ。  なんの役にも立たなかったら、ラディはきっと悲しむ。  ラディが自分を殺してまで手に入れた勇者は。  間違いなく勇者だって見せつけてやらなきゃいけない。  そうすればきっと、ラディの陰口を叩くやつも減る。  …。  二度と。  娼婦などと。ラディを二度と呼ばせない。  「ゴッギャアアアアアアアアアアアアア!!!!!」  天窓を叩き割る音と同時に、今まで聞いたことのない雄叫びが部屋を満たす。  竜騎士だ。  彼女は、辺境に現れたというナガルス族を打ち倒すために、王都を離れていた。  今回その隙を突かれた形になる。  次期当主がその辺境に現れたという情報がなければ、おびき寄せられることはなかったのだが…。  つまりは、まんまと騙された状況だったわけだ。  戦える竜と騎士はこの一ペアのみ。  「助けに来ましたぜぃ!勇者様!」  オセロス・モナド。    王国騎士団副団長。  ハルダニヤ国の双頭。ダックスと並ぶ実力者。王国唯一、いや、世界で唯一の竜騎士。  「勇者様ぁ~、全知全能フォシーちゃんがモナドちゃんと助けに来たよ!…クソ餓鬼ぃ、やってくれたじゃねぇのよ…。」  そうか…。  彼女がモナドさんを引き連れて戻ってくれたのか…。  「…くそババァが…。!引け!引くぞ!全員撤退!」  ナガルスが叫ぶ声が遠くに聞こえる…。  竜は現代・古代にかかわらず、魔法が効かない生物だ。  だからこそ引き離していたんだろうが…。  竜から降りたオセロスが俺に駆け寄ってくる。  「大丈夫っすか!?勇者様?よく抑えられましたね!古代魔法が聞かないとはいえ、ナガルスは魔法の達人すよ!」  「あいつも爪が甘いからね…。でも大したもんよ勇者様。」  彼女が俺に肩を貸しながら、壁に寄りかからせてくれた。なんとか腰を落ち着ける。  「…あぁ、大分油断してくれていたのと…、俺が異世界から召喚された人間だとわかって、大分手加減してくれてたんだ。…みんなは?」  「…」  「ナガルスが撤退宣言したんです。もう情勢は決まったようなもんですよ。それに、大手柄ですよ。勇者様。…あ、ラドチェリー王女様ぁ!」  宝珠の間に飛び込んできた王女は、こちらを見つけると駆け寄ってきた。  「王女様!勇者様の大成果ですよ!あのナガルスを単身抑えたんですから!!勇者様がいなかったら宝珠はまず間違いなく壊されていましたよ!!」  「!!あぁ…、勇者様…。よかった…。これで勇者様を召喚した成果が出ました……。」  「お、王女様…?」  …。  …やはり。  彼女は、俺のことなんて好きじゃない。  彼女が泣いているのは…、成果が出てホッとしたってところだろう。  かけらも、俺のことなんて愛しちゃいないんだ。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  勇者の凱旋。  一体どこから帰ってきたんだという話だが、国を巡って勇者の顔見せをするらしい。  この前のナガルスの進行を防いだということで、大分勇者の価値が見直されたらしい。  勇者といえど、前回召喚された勇者はおよそ2500年前。  本当に強力な戦力かどうかなどわからなかったのだ。  しかも、召喚されてから勇者は訓練ばかりやっている。そりゃ、疑問に思われてもしょうがない。  俺への疑問は、そのまま王女の悪評につながってたのだが、俺が活躍した途端、王女の評価はうなぎのぼり。ソレに併せて王女の権力も確かなものになっていった。  国民の指示も確かなものにするため、勇者を国民に見せ、人気を取ろうということだろう。  当然、王女様もご一緒だ。  ナガルスの侵略を食い止めて一年と半年くらいか。訓練と、ダックスの怪我の養生と、他のこ族からの挨拶も一段落し。ついに、凱旋が始まった。  なぜか、古代魔法から受けた怪我はリヴェータ教の治癒魔法では治せないらしい。戦力を整えるため、しばらく時間がかかったわけだ。  場所は、確か…、ラミシュバッツ領とか言っていただろうか。  まぁ、あまり興味がない。  あの戦いからあと、俺はもう一つの勇者の勤めを果たしている。  つまり、たくさんの子供を女に産ませるということだ。  とりあえず、色々なメイドや貴族の婦女を部屋に呼び込んでやりまくってるわけだ。  ポッチョとラディは…、あれから抱いていない。  朝食と夕食のときは話すが、あとは訓練とかもう一つのお勤めとか言って適当に逃げてる。  向こうはそれで文句も言わない。  特に俺に興味なんてないんだろう。  変わらずいつも笑顔だからな。  でも、この凱旋中…、王女と二人で、神輿の上に乗ってみんなに手を振らなきゃいけない。  …気まずい…。  だが、これはチャンスだ。  王都から離れ、警備も薄い。  俺が逃げるためのチャンスなんだ。  「最近は勇者様も随分お元気になられたご様子。ラディも嬉しく思います。」  ラディが国民に手を振りながら話しかけてくる。  「もちろん元気さ。勇者のお勤めも果たさなきゃいけないからね。」  俺も笑顔で手を振りながら答える。  「…たまにはラディともお付き合いくださいませ。忘れられたのかと心配してしまいます。」  「…別に無理をすることないよ。俺のことなんて好きでもなんでもないだろう?」  「……貴族の結婚とはそういうものです。勇者様はあまり慣れておいででないようで。」  「もちろん慣れてないさ。俺は平民だからね。」  「……貴族とは、民のために、その日あった人間と、結婚することだってあるのです。平民とは違うのです。」  「…あっそ。俺は平民だから愛のない相手と結婚するなんて我慢できないだけさ。」  「……平民様がおっしゃる愛とはなんですか?」  「…言ってる意味がわからない。君だってそんなことぐらいわかるだろ?」  「私は、あなた以外に生涯抱かれませんし、あなたに抱かれるときは私のすべてを尽くします。あなたが他の女を抱いても文句も言いませんし、私のすべての権力を使ってあなたの望む用にして差し上げます。これは、平民様が仰る愛ではないのですか?」  …イライラする。  まるで話が通じない。  でも、君は本心で笑ってないじゃないか。  そう言ってみたいが、何故か口に出したくない。  「でも、心から笑ってるわけじゃないだろ?俺と一緒にいてもさ。」  言ってしまっていた…。  「…それは…、以後気をつけます。」  「…」  以後気をつけるってなんだよ。本心から笑ってないことは否定しないのかよ。  気をつけて本心から笑えるようになるのかよ。  心から笑ってるように見えるように演技をしますってことだろ!!  …。  …逃げよう。隙を見て。できれば別の大陸に行こう。国の力が及ばないところまで。  何故か彼女といると無性にイライラする。  彼女といると、自分が惨めになる。  宝珠だって、オセロスがいれば守り通せるだろ。むしろ彼女がいるのに何故俺が召喚されたのかわからないくらいだ。  リヴェータ教とフォシーが大分強く推していたらしいが。ま、どうでもいい。  とっとと逃げておさらばしよう。  …。  …結局俺はラディの顔を少しも見れなかった。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  「えぇ、えぇ、そうです。勇者様がお隠れになりました。オシ。今すぐ、こちらに来て勇者様の探索に力を貸してください。奴隷の反乱に乗じて逃げたのです。もしかしたら、奴隷たちと繋がりがあったかもしれません…。そちらも早急に調べてください。」  「…竜騎士のあなたならひとっ飛びでしょ。一時間もあればつくはずです。ポッチョに、奴隷反乱の首謀者と勇者様の足取りを調べてもらいますから、あとはポッチョの指示通りに動いて。」  「…宝珠の守り…?…そんなことどうだっていいでしょ!!今すぐこっちに来て!!佑樹様を探してって言ってるの!!!」  大丈夫かよ…。目が血走ってるじゃん…。  あんなラディは初めてだわ、結構付き合い長いんだけどね。  「ポッチョ、聞いてたでしょ。あなたの使い魔で、勇者様と反乱奴隷の首謀者を調べて。」  「使い魔じゃないっつーの。人工精霊だっつー…はいはい。只今。」  血走った目で見ないでよ…。  ほらムシムシちゃん。袖から一杯出てらっしゃい。  リヴェータ教奥義の一つ。人工精霊。あたしの自慢の技の一つ。  リヴェータ教で一人前になったとみなされると、この奥義を教えてもらえる。  一人前じゃなくても回復魔法は叩き込まれるが、この人工精霊は司祭以上じゃないと教えてもらえない。  そして、その存在は絶対に口外してはならない。もちろん王族には通用しないが。  とはいえ、王族だって知らないことは有る。全ての呪いに解呪の魔法が有るとかね。知ってるやつは知ってるが。それでも無駄に口外はしないだろう。リヴェータ教の恐ろしさを知っていればいるほど。  あたしは、たくさんの小さなムシムシちゃんを作ることが出来た。  ただ、見た目が明らかに生物っぽくないから、他のリヴェータ教徒みたいに見せびらかすことが出来ない。可哀想に…。こんなに可愛いのに…。  でも、こういう探索のときは役に立つ。  頼んだよ。ムシムシちゃん。  「でも、奴隷の反乱は関係ないんじゃないの?勇者様が逃げてから奴隷の反乱があったんでしょ?順序が逆じゃん。」  「勇者様には逃げるところまでは算段があったのかも。姿をくらます方法がわからなかったから奴隷を使ったのかも。どうしても時間がずれてしまったのかも。…奴隷を休ませてあげてほしいと言っていたのも怪しく思えます…。」  「そりゃないでしょ。ゆーきちゃんはそういうタイプじゃないじゃん。馬鹿みたいに優しい人間だよ。平和ボケとも言うんだろうけどさ。」  「…あんたなんでそんな落ち着いてんのよ…!なんか知ってるんでしょ!!話せよ!!」  「落ち着きなって。あんたが初めて見るくらい動揺してるから、あたしが努めて落ち着くようにしてるのよ。」  「わたしは動揺してない!!」  してるよ。  とは言わない。絶対なんか言われるもん。  しかし、こんなに荒れてるラディ初めてみたわぁ…。やっぱあれ惚れてたんだよねぇ。  けどこいつ頑固でプライド高いからなぁ…。わかりにくいのよ。  向こうも純朴そうだったし。  合わないよなぁ…。  「失礼いたします。」  ラミシュバッツ子爵か。この男も運が無いねぇ。  領内にあったいくつかの鉱山からの産出物。それと、奴隷の効率的な活用法で地位を高めてきた貴族だ。  今回はその活用法が仇となったわけだが。  彼の顔は真っ青だ。    それはそうだろう。  ラドチェリー王女といえば、勇者召喚で目覚ましい功績を挙げ、その勇者はナガルス・ル・アマーストの単身防衛を成し遂げている。  間違いなく、この成果から考えれば時期王はラドチェリー王女だ。加えて、どんな耳の早くない貴族でも、勇者と王女がいい仲だというのは知っているはず。つまり、勇者は未来の王でもあるわけだ。  実務はラドチェリー王女がやることになるだろうが。    この領の奴隷の反乱が原因で(と少なくとも王女は思っている)、未来の王は行方不明、未来の王女からはとんでもない怒りを向けられている。  それで青くならないほうがおかしい。  「…それで、ラミシュバッツ卿。これは一体どういうことなのでしょう。あなたの奴隷は完璧に管理されているはずでは?」  「…は。生き残った者の言によりますと、どうやら奴隷の中に、反乱を指揮した者がいるらしく…、その男が原因であろうと…、しかも身内の治癒術士にも裏切り者がいたようで…」  治癒術士、か。リヴェータ教の役職を言わない時点で恐らくはぐれか。ま、こんなとこまで落ちぶれてりゃ、逃げ出したくもなるか。  ただ…、指揮しようがなんだろうが、奴隷の入れ墨してる時点でありえない話。  つまり、彼の管理方法に抜けがあったってことっしょ?入れ墨がちゃんと効果を発して無かった可能性もある。どうせ材料費ケチったんでしょうが。  まぁ、彼の落ち度だ。それを王女もわかってる。  「…なるほど。説得力のある説明ですね。」  「…」  もちろん皮肉だ。  …ラミシュバッツもそれがわかっているんだろうな、背中の汗がすごいことになってる。  「…首謀者は、黒目黒髪の者がおり…、こちらにはあまりいない外見です。」  黒目黒髪…?  勇者様と同じ外見だ…。  ラディと目が合う。  どうやらそこそこ信頼性のある話になってきた。  「…いいでしょう。必ずその男を捕まえてください。いいですね?生きて、必ずです。我々は勇者様を探す手配に入ります。そちらは、その首謀者を」  「…はい。確かに…」  ラミシュバッツは少し安堵しているように見えた。  まぁ、一山越えたからな。  「…?何を安心なさっているのでしょう?」  「…は?」  「もし、この首謀者が見つからないようであれば…、冷や汗をかくことも、奴隷を遊びで殺すことも出来なくなると言っているのです。」  「…。」  怖いなぁ。  失敗したら命はないぞってのと、お前の秘密は握っているぞって脅しだ。  本気だな。  「…確かに、承りました。このラミシュバッツ、全てを掛けて事に当たります。」  「そうしてください。それがお互いのためでしょう。」  ラミシュバッツ卿が出ていった後は…、自分の世界に再突入ね。  ウワ…頭バリバリ掻いてる…、淑女足るものいつでもさぁ…。  しかし、なんで逃げちゃったんだろうね。  あたしの魅力が足りなかったか。  …案外この王女様の姿を見れば、戻ってくるんじゃないのかね…。  
1
15
シリーズ一覧
感想を送る
作品を紹介
ブックマーク
しおりを挟む
作品情報
使い方
登録が完了しました!
確認事項
戻る
実行