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 走る。  走る。  疲れたら歩いて、また走る。  走る。  走る。  喉が渇いたらまた歩いて、水魔法で掌から滲み出る水を舐め、また走る。  辺りはもう、真っ暗だ。  空には雲が架かってて、月の光も、星の光もない。  ただ最初に決めた道を走り続ける。  魔法で強化したこの体は、以前とは段違いに走り続けられる。  土蜘蛛と砂塵を交互に繰り返し、走り続ける。  もうラミシュバッツの街は見えない。  追手も…多分今は追いかけてこない。  でも止まらない…いや、止まれない。    エイサップが怖い。  あいつは、一日掛けずに俺に辿り着いた。  どんな魔法を使ってるかわからない。でも、俺が一日以上掛けて進んだ道を一日掛けずに詰めてきた。  少なくとも奴は俺よりも上だ。  遠くに、遠くに逃げないと。  捕まりたくない。  捕まったら…。もう…。  …。 …もう一度仲立さんの所に戻るべきじゃないのか。  彼を助けに…戻るべきじゃ…。  でもどうやって?  もう同じ方法で進入はできない。  町中にいれば必ず誰かから見られる。町中で本当に一人で行動するなんて無理だ。  そして俺の情報はどこかから必ず漏れる。  どんな優しそうに見える奴だって、信頼できそうに見える奴だって、裏切るんだ。  そして漏れた情報はきっとエイサップに嗅ぎつかれる。  捕まる訳にはいかない。  捕まったら…もう二度と…戦えない。そんな気がする。今は絶対に止まっちゃだめだ。止められちゃだめなんだ。  だから逃げなきゃ。  逃げる。  逃げ切ってやる。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  走って走って、何日か走り続けた後、泥のように眠る。  眠る時は無防備だから、地面に穴を掘る。  人一人入れる分の穴を開けて、入ったら覆う。  奴隷の時の訓練が役立ってるのか、手でこねくり回さなくても、もう魔力だけで土の形を変えられる。  瞬きする間に穴は開く。入って空気穴だけ残して閉じる。  後は泥のように眠る。  人がいない時は走って、人を見かけたら隠れる。  聞き込み調査されたら、走ってるやつなんて一発で怪しいとわかる。  でも、ボロくさい外套着て歩いてるだけならただの浮民・難民だ。  なるべく道がない、森とか山とかを走ってる。  普通は方向がわからなくなるんだが、ここらへんにはヴィドフニルの大樹がある。  どんな所にいてもあの木が見える限り大体の方向はわかる。  だからなるべく人の目につかない所を進むようにしてる。  土蜘蛛・砂塵を使えば、暗闇でも、見通しの悪い所でも問題なく進める。  それどころか、走れる。  そして疲れたら眠る。  水は魔法が有る。  食料は風探査魔法でこっちが先に見つけられる。  そこら辺の石をナイフに加工して魔法を掛けて投げるだけだ。  食べるものには困らない。  何の問題もない。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  リバーロード。  確か奴はそう言っていた。  川のようにでかい道だと。  その通りだ。  日本にいた時に見た…高速道路、それが2本3本位並んでる幅だ。  しかも、この道に馬車が何列も行き来してる。  とんでもない迫力だな。  確かこの道を南東に沿って行けば、サウスポートに行けると言っていたな。  当然サウスポートには追手が行ってるだろう。  だからこの道を渡って、ヴィドフニルの大樹の方に…、いや、ここから見て木の左側に向かえば良いのか。  あの、遠くに見える山の方に…。  行こう。 …かなりでかい道だな。  しかも、この道を渡っても、この道に繋がってる道ですらがかなり大きい。  その道にはかなりの人がごった返している。  ッチ…。  走り抜けるのは目立つからやめとくか。  普通に早歩きぐらいで、顔を見せないよううつむき加減で…。  風探査魔法と魔力の糸を併用して周りにぶつからないように進まなきゃな。  風と糸か…名付けるとしたら凧揚げだろうか。いや、そんなのはどうでもいいか…。  そういえば、風魔法を薄くする魔法はまだ試しきってなかったな。  途中で逃げてきちゃったからな…。  今から続きをするか。  何か引っ張られる感覚があったんだよな。  例えば掌の上に布を一枚置いて、その上に魔力を薄くした状態で風魔法を発動させると…、ほら、やっぱり布が持ち上がる。  おかしいのはここに風の流れが全くないこと。  いや、そよ風程度は出したからそれかも知れないけど…、それでも慎重にゆっくり発動させたからこの布が持ち上がるほどとは思えない。  じゃあ、逆に魔力を濃くした状態だとどうなるんだ?  これもなるべくゆっくり、徐々に濃くしていくイメージで…、お、お、おぉ…!何か…押さえつけられてる。  これ…下方向だけじゃない。多分全方向に押し付ける力が発生してる…!?  じゃ、じゃあ、試しにこの発生点を両手で握り潰したら…、潰せない!  何か透明なゴムボールを掴んでるような反発が…。  何だこれ…!?  じゃあ、さらにさらに魔力を濃くしていくと…どんどん反発する力が強まる。  もっともっと…。  ッパァン!!  や、やべ。  周りの奴らは…。  だ、大丈夫、かな?  変な顔してこっち見てる奴もいるが、大体は手でも叩いたんだろって感じ…だと思いたい。  すぐ気にしなくなってる。よし。よし。  …はぁ。  濃くし過ぎたら反発力が強くなりすぎたのか。  …でも、これは使えるぞ。  風魔法は、魔力を濃く薄くすると反発力…斥力みたいなものが働く。薄くすると、引力だ。  これは投げナイフに使えるんじゃないか。  土魔法は、魔力の濃淡で材質を変えられる。  これは大発見だ。  この力をもっと鍛えよう。  魔力も使うし、新しい力になりそうだし、なるべく鍛えたほうが良いよな。  強ければ、そもそも強ければ、あの時仲立さんがみすみす捕まることだって無かったんだ。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  夜歩き、昼寝る。  そんなサイクルを繰り返してる。  獲物はそこらにいる。  食料が豊富だ。  今まで風魔法で作った渦でナイフを飛ばしていた。  渦を伸ばせば方向も合わせられたしな。  でも最近は、風魔法・引力を使ってナイフを投げてる。  いや、もう投げてるというより引っ張ってるという感覚だ。自分は全然振りかぶらなくて良いんだもんな。  風魔法・引力をナイフの少し前に発生させて、引力を急激に大きくしてやると…、かなりの速さで進む。  同時に、ナイフの後ろにも斥力を発生させてやれば威力と速さはグンと上がる。  これでナイフに魔力を纏わせれば…かなりの威力だ。  しかし、狩る獲物と言ったら小動物ぐらい。こんなに威力を上げて意味はあるのか。  …何を言ってるんだ。  強くなるんだ。  強くなるためには必要なことだ。強ければ強いほど良いんだ。  ただ難点は方向が定まらないってことか。  この点は渦を使ってナイフを飛ばしてたほうが良かった。精度は有った。しかし、どうしても気付かれてしまうこともあるからな。小さな渦で引っ張ろうと思ったらそれなりに風強くしなきゃいけない。  精度を取るか威力を取るか…。  まぁまだしばらくは斥力引力を調べておこう。  なんせ調べるのには絶好のチャンスだ。  獲物が沢山いるってことは、魔物も沢山いるってことだ。  遠慮なく使わせてもらう。  襲ってきた魔物を片っ端から片付けてやる。  …最近魔力切れしなくなってきたから練習量は増やせる…。 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  糞ッ!  最悪だ!  たぶんここゴブリン共の巣だ!  さっきっからひっきりなしに襲ってくる!  砂塵・土蜘蛛でなんとか奴らの動きを追えてるからいいものの。  だめだ!  投げナイフじゃ足りなくなってきた!  糞ッ!  ナタで対抗するしかねぇか。  魔力を込めまくって、肉身体強化魔法を使えばそうそう怪我することはない、…と思う。  糞…!  畜生…!  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  あぁ…。  なんでオーク共まで出てくんだよ…。  こいつら敵同士じゃねぇのかよ。  投げナイフはもうねぇ…。  そこらの石拾って…、ナイフの形に…、しなくてもいいか、もうパチンコ玉をいっぱい作ってぶち当てりゃいい。  魔力通して、風魔法・引力で全部引っ張ってやれば…。  おお…。そうか。引っ張るときの引力の形を扇状にすれば、扇状に、針状にすれば真っ直ぐに石球は飛ぶのか。  大人数がいる時は、半球状にすれば…前方全部に飛んでくのか。  これは良い。助かった。  これで生き残れる確率が少し上がった。  まだなんとかなる…まだ。 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  …嘘だろ…。  あれ…蟻…だよな…。膝…位あるぞ。  とん…でもねぇ…。どんだけいるんだよ…。  マジかよ…。  魔力は…まだ…。  でも、体力が…。  もう2日は寝てない。  集中がブツブツ切れてるのがわかる。  やばい。  肉身体強化魔法もムラが出てきてる。  力が入らなかったり、ぶつかったところが痛かったり。  …取り合えず全力でここから離脱しよう。  仕切り直しだ。 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽    ガリガリ、ガリガリ、…うるせぇ…。  全力で逃げて蟻がいないのを確認して地面に潜ったら、奴らが俺を嗅ぎつけてきた。  振り切れてなかったんだ。  必死に周りの材質を変えて、分厚い鉄にして、空気穴を作った所で気絶する様に寝てしまった。  気付いたら外で大量の蟻共が俺の出所を心待ちにしてた。  眠れたし、水も飲める。 最低限の体力は回復できた。  どうするか…。  このままじゃ出た瞬間食いつかれる。  地面を覆う蟻達に。  蟻に食われて死ぬのは…嫌だ。  …風魔法・斥力を上側だけに出来るだけ広範囲に強く発生させれば、一時的に上にいる奴らは吹っ飛ぶんじゃないか?  その隙に脱出する。  そしてまた北に向かいながら追いかけっこだ。    出る前にパチンコ玉を作ってこう。  …いや、あれくらいのサイズならBB弾位の大きさでも良いんじゃないか?いっその事、土を掴んで魔力だけ込めてそのまま風魔法・引力でぶち当ててやってもいいか?  …やってみるか。  取り敢えず眠れたし、体力は回復してる。 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  だめだ…!  流石に土を掴んでそのままふっ飛ばしてもあまり効果がない。目潰しにもならない。  っていうか蟻の目に目潰しって意味有るのか?  いや、どうでもいい。  今そんな事はどうでもいいんだ。  問題は奴らのサイズが小さく、数が多くなってるって事だ。  でかい奴を倒すのは問題ない。  魔力を全力で込めて、風魔法・引力、斥力で最高に加速した物を打ち込めばいい。  大体の奴らはこれで倒せる。というより倒せなかった奴がいない。  でも小さく数が多いやつは…、殺しても殺しても…際限がない。  ここからの脱出はできる。  いつもどおり、風魔法・斥力で周りの奴をぶっ飛ばして穴から出てけばいい。  そして地獄の殺し合いの始まりだ。  終わらない。ずっと終わらない。  ずっと続けてる気がする。  もうどれ位たった?  一週間は一週間前に超えた気がしたのが…、一週間前か?  いつになったら終わるんだ…。  バチバチ…、バチバチと蟻が顎を打ち付ける音が聞こえる。  奴ら待ってる。俺が出てくるのを。  奴らが諦めないのは、確信を持ってるからだ。いつか必ず俺を食えると。  食われてたまるか…食われて…。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  解決策を思いついた。  簡単だ、簡単なことだ。  腹が減ったら食べればいいんだ。食える奴らがそこかしこにいるじゃないか。  俺のファイヤーボールは大して使えないけど、すぐ上にいる蟻一匹こんがりさせる位わけない。  いい感じに焼けたら、土魔法を使って臨時シェルターの壁から取り込めばいい。  焼き立てはうまい。  もう大丈夫だ。  食べ物、飲み物が揃った。  諦めなければ死ぬことはない。  大丈夫。  魔法も成長してる。  このシェルター制作を応用するばよかったんだ。このシェルターはもう手を地面についた瞬間に作ることが出来る。  魔力で形付ければ、あとは自分の中から土を操れる魔力を出せばいいんだ。  いちいち手の中に土を持つ必要すらなかったんだ。    地面に手を着きさえすれば、周りの土をひっくり返して固くして、範囲内の蟻は全部土の中だ。硬い金属にしてやったから二度と出れねぇよ。  でも、すごいのはここからだ。  気付いた。手なんか使わなくていいんじゃないかって。  この引力、斥力の魔法を使えば。    たぶんこれは風魔法に連なる力なんだと思う。  だから風魔法との親和性がものすごく高い。  引力で周りの土を引き寄せて、ある程度の大きさにした後硬い金属に変える。自分の周りに風が漂う範囲内であれば、どこでも引力を発生させることが出来る。 つまり、俺は手を使わずして、自分の周りにパチンコ玉を漂わせて、蟻共に叩きつけてやれる。  材料は無限に地面にある。  唯一土の材質を変えるには手で触れてる必要があると思ってたが、手じゃなくてもいい。足でもいいんだ。  足はいつも土探査魔法を使っていた。地面の形状を知るために。つまり、足を通して土属性魔法を使ってたんだ。だったら材質を変えることだって出来るだろ。  これに気付いてから、なるべく魔法は手を使わないでやるようにしてる。  手が2つ開くってのはでかいからな。  開いた手にはもう一本の剣だ。  素人剣法だがそれでも一つと二つじゃ段違いだ。  しかし、砂塵・土蜘蛛を発動しながら、肉身体強化魔法、土魔法・材質変化、風魔法・引力、斥力を発動か…。  奴隷の時にやってた魔力操作を早くする訓練してなかったら終わってた気がするな…。  出来れば完璧に同時発動したいが…。  頭が痛くなるからな。すぐ眠くなるし。  だが、まだ戦える。  それが一番重要だ。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  嫌だ。  もう嫌だ。    毎日毎日戦ってる。  最近は蟻を餌にしようと鳥みたいな奴らも集まってきやがった。  彼奴等が来てから食らいつかれることが増えた。  空の鳥を撃ち落とせば、蟻に足を齧られ、地面の蟻を薙ぎ払えば、鳥に食いつかれる。  ずっとそれを繰り返してる。  魔法で体を強くしてなければ、もう死んでる。  でも一番嫌なのは、終わらないことだ。  ずっとずっと続いてる。  こんだけ殺せば分かりそうなもんだろ。  お前らは俺には勝てないって。  でも奴らはずっと諦めない。  奴らを食い始めたときから一層激しくなった。  餌と思われていたのが敵と思われるようになった気がする。  …気のせいか。まさかな…。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  右手で剣を振る。  握りは剣が抜ける寸前位の力加減がいい。  腰から剣の先まで一本の紐になってる感覚で…、腰で紐を振るように剣を振る。  その時は全然腕の力を使わなくて楽だ。  左手で剣を振る。  剣の刃先に魔力を纏わせる。  敵に当たる瞬間だけ魔力を纏わせると殆ど魔力を使わなくて楽だ。  タイミングがバッチリ合うとズパンッて感じで気持ちいい。  なるべく体は動かし続けたほうがいい。  それだけで攻撃が急所に当たらなくなる。  動く時はつま先よりも踵から動いたほうがいい。  体が沈む時の反動をそのまま動きに変えられるから楽だ。  肉身体強化魔法は動く瞬間に掛けたほうがいい。  魔力の消費が少ないから楽だ。  全身に掛ける時間が短いほど、バシュッって動ける。  周りに鉄球はもう浮かせていない。  数が多いとあまり意味がない。  それよりも砂塵・土蜘蛛を3,4mの範囲で使ったほうがいい。  魔力の糸と風探査をこの範囲内に敷き詰めれば、360°敵の動きと物の動きを感知できる。  敵や飛び道具が突っ込んでくる時に、俺と相手の間に必要なだけの斥力を掛ける。  相手は少しだけ逸れて、俺は少しだけ避ける。  大きく避けたい時は大きな斥力を、小さく避けたい時は小さな斥力を。  小さく進みたい時は小さな引力を、大きく進みたい時は大きな引力を。  いつも魔力がなくなるより先に体力がなくなるから、動く時はなるべく魔法を使ったほうが楽だ。  どうしても体を動かさなきゃならない時は、肉身体強化魔法を体に掛ける。  動かす筋肉に魔力を乗せるのではなく、魔力を乗せて筋肉を動かす。  使う魔力の量は増えるけどそのほうが疲れにくい。  とにかく疲れないことが大事だ。  魔力よりも体力が無いんだから。  こうなってからどれ位剣を振り続けたのか。    3日間は剣を振り続けている気がする。  一週間?一ヶ月?寝ずに?それはないか…。  あまり覚えてない。  剣を振る時はなるべく考えてはいけないから。  考えながら振るとよくない。少しだけ体が上手く動かなくなる。  敵を見つめないほうがいい。    10m位先を見るぐらいが丁度いい。  眼の前に拘ると、少しだけ魔力が引っ張られる。  川を渡ったと思う。  山を超えたと思う。  ヴィドフニルの木は遥か後ろになった。  蟻はいなくなった。  ただ鳥の様な魔獣が増えた。  その魔獣は、沢山寄り集まって、まるで一つの生き物の様な動きをする。  バラバラに突っ込んできてくれれば剣でなんとかなる。  でも高密度に鳥が集まった塊が突っ込んできたら剣じゃどうにもならない。  何回かでかい壁を作って引力、斥力魔法でぶつけてみた。  そうすると小さな生物一つ一つに分かれて逃げやがる。  だから最近は極限まで力を込めた引力魔法を奴らのど真ん中に打ち込んでやる。  そうすればかなりの数が一つの塊になる。  すぐに別の奴らがやってくるんだが。  どんなにまとめて殺しても、数は減らない。  そして俺の魔法の耐性でも出来てんのかよって位奴らは強くなってきてる。  もう肉身体強化魔法じゃ追いつかない。  …どんどん傷が増えていく。 誰にも襲われないところに行きたい。  …死にたくないと思うことも減った。  無心で、作業だ。  ただ、眠りたい。  面白いことに、どうでもいいって思ってるときのほうが魔法の威力も剣の威力も、感覚も良くなる。  それもどうでもいいか。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  鳥がいなくなった。  理由は判ってる  奴らがここらの空の覇者じゃないからだ。  ここの空にはデケェ生き物がうようよ飛んでる。  長い蛇みたいなものが飛んでたり、ドラゴンみたいなのが飛んでたり、でかい布みたいなのが飛んでたり…、とにかくなんでもでかい。  でもいいこともある。 こいつら殆ど俺を襲ってこない。  だからやっと休める。  もう地面の中で眠るのにも慣れた。むしろ安心する。  周りにはとにかく硬そうな材質を出来るだけ厚く覆わせる。  どんな敵だってこいつは壊せない。  ゆっくり眠れる…。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽    偶にトチ狂ったやや小さめの飛行型の魔獣が俺に襲いかかる。  鉄球に魔力と引力を乗せれば大体一発で倒せる。  この技は相手が大きいほうが効果的だ。  狩れた獲物は解体して飯にする。  焼いて食うだけだ。  でかい奴らほど俺に近付いてこない。何故だ。  でも奴らずっと俺を見てる。こっちを意識してる。  奴らを見るといつも目が合うから。  そのくせ、俺が寝てたり休んでたりする時に襲ってこない。  別に襲われても何も困らないが。  困らないがここは早く抜けよう。  何か不気味だ。  何故か分からんが一番でかい竜みたいな奴はずっと遠くにいるが、ずっと俺を見てる。  遠くにいても小山位の大きさはあるやつだ。  しかしこっちに来るわけでもない。ただ睨んでくる。  気味の悪い奴だ。来るなら来いよ。  まぁいい。  ここからとっとと出ちまおう。  それに…エイサップが迫ってきてる気がする。  もっと遠くへ逃げないと…もっと遠くへ…。 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  ちらほらと、雪が目立つようになってきた。  こちらにも雪があるのか…。  でも日本にいた時の雪とは少し違う。  透明に近いんだ。    雪というよりはシャーベットみたいな。  一つ一つが透明で、それが積み重なってると、大きな氷が有るみたいだ。  でも触ってみると雪のように脆くサクサクしてる。  色は少し…青いか…いや、水色を更に薄めた様な色に見える。  多分本当は目に見えないほど一つ一つに色が付いてるんだろう。  だから積み重なるとこういう色が出てくる、のかな多分。  空を飛んでるやつが見えなくなると、今度は小さな魔獣や動物が多くなってきた。  人間大から膝くらいの生き物まで。  また群れで襲われるかとビビったが、そんなことはなかった。  王都でうさぎを狩ってた時と同じ位か。  人型の魔獣もいるが、そうでないのもいる。  一角うさぎだっていた。  ここら辺りは結構食料が豊富だ。  食事には困らない。  …アルゴの実もなっていた。  久しぶりに食べるとうまい。  やっぱりうまい。  …懐かしい…。  …いや、やめよう。  ここら辺りに隠れ住むかな…。  …いや、だめだ。    それでも奴は追いついてくる。絶対だ。何であんな簡単に見つかるんだ…。  それに、それにだ。  ここら辺は獲物が豊富だから人が結構いる。    そんな規模は大きくないが村程度の集まりをそこそこな頻度で見つけた。  もちろん見つからないように進んできたが、もし、ここら辺りに隠れ住んだとしても万が一誰かに気付かれないとも限らない。  人がいるということはそれだけで危険がある。  ここにも長居できない。  もし俺の姿を誰かに万が一見られたら、それだけでエイサップに情報を与えることになる。  それは不味い…。  行かなければ。  早く。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽    雪が積もってきた。  5cm位の雪が常に積もってる。  進めば進むほど…小動物がいなくなってくる。  小さな岩みたいな生き物がいたが…、中身も殆ど岩だった。  一体どういう理屈で動いているのか…。  少なくとも食えないということだけは分かった。  でもまだやりようは有る。 土蜘蛛で地面の下を集中的に調べればいい。  …冬眠中の虫がいるから。  襲ってこない分蟻よりも美味しい。気持ち的にだが。  焼けば芋虫はうまい。エビみたいにぷりぷりしてる。  芋虫を見つけた時は結構当たりだ。  …以前の獲物がいた辺りまで戻るか?  流石に食っていけないのは厳しいよな?  …いや、でも今は食べていける。  戻ればそれだけで見つかるリスクは増える。    人は必ず俺のことを話すだろう。  もし万が一見つかったら…、口を塞ぐには…。  …。  やっぱり戻らないほうがいい。  幸いここまできたら人の気配はない。  村も町も見つからない。  ここからさらに逃げていけば、流石に見つけられないんじゃないか?  進もう。  もっと遠くへ。  人がいないところまで。  考えるのはその後にしよう。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  あれからどれくらい進んだのか。  またよくわからなくなった。  ただ雪はもっと積もるようになった。  道はもうない。  砂塵土蜘蛛が有るから、なんとか地面の状態が分かる。  それで進む道を決めてる。  ヴィドフニルの木も山に隠れて見えなくなった。  寒くなったら火の玉を出してあたたまる。  温まったらまた歩く。  寒い…。  俺は何で歩いているんだろう。  どこまで逃げれば安心できるんだろう。  最近よく吹雪いてる。  前も後ろもわからない。  食べ物はもう殆ど見つから無い。  地面に虫も…もういない。  肉身体強化魔法を長時間使えるようになってから、あまり食べなくても行動できるようになってきた。  水はそこらに腐るほど有る。  でもやっぱり腹は減る。  進んでも進んでも景色は変わらない。  どんなに強くなっても、魔法が使えても、腹が減ったら動けない。腹持ちは大分良くなってるにしろ、だ。  戻るにもどっちの方向かすらわからない。  もう前に進めない。  逃げて逃げて、辿り着いた先がここか。  モニも助けられず、モニの最後も伝えられず。  仲立さんもガークも助けられず、ここで死んでいくのか。  …まぁ、しょうがないか。  誰も助けられない軟弱者の、逃げ続けた卑怯者の死に様なんてこんなもんだろ。  悪かったね、みんな。でも俺も死ぬから、それで勘弁してくれよ。  あぁ~~、…お腹空いたなぁ…。  最後に温かいものが食べたい。  おかゆが食べたい。  おにぎりが食べたい。  味噌汁でもいい。  コタツに入りたい。  デヴィと一緒に寝たい。  暖かい布団で寝たい。  …最後にもう一度だけ、モニに会いたい。  …もう一度だけでいいから、モニの髪を撫でたい。  …ごめんねって言いたい。  ごめん、モニ。  もう歩けないんだ。  頑張って頑張ったけど、ここまでなんだ。  呪いって治せないんだってさ。    モニに代わってナガルスをぶん殴ってやりたかったけど。  もう手の感覚もないんだ。  こんなに寒いのに手が暖かくなってきたから。 凍死のときってこうなるって聞いたことある。  モニごめんな。  でもモニに会えて良かった。  最後の最後、ひとりぼっちで死ぬけど。  モニを想えば、一人じゃない気がする。  だからモニに会えてよかった。  それだけで死ぬ時も幸せだって言える。  ごめんな。  ありがとうモニ。  ごめん。  ごめん。
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