フォントをダウンロード中
ページの左右でマウスを左クリックします。
または、 キーボードの左右の矢印キーを入力します。
ページ上で指先を左右になぞると、 前/次ページへ移動します。
メニューはページをタッチすると現れます。
× ヘルプを閉じる
 街の名前はアザン。  今、俺達の眼の前にある。  王都程の煌びやかさはないが、人が多く活気がある。  王都程冒険者はいない。  日は昼を過ぎているからそもそも冒険者の出入りが少ない時間帯なんだけど、それにしても少なすぎる。  まぁ、このアザンの街に来る前にある程度をルド婆さんに教えてもらったから驚きはない。  この街は、冒険者よりも騎士の数が多い。  評判通りのザリー公爵は、冒険者に領内の自治の一端を任せることを良しとしなかったらしい。  その分騎士の育成に力をいれ、魔獣や野盗の狩りを定期的にしてる。  しかも、傾向としてこの領では騎士や役人への賄賂が通りにくい。  寒さの厳しいこの地で自由を旨とする冒険者に自治を任せたり、賄賂を受け取る公職が多いとそれだけで致命的になる場合があるからだ。  何事も団結して事に当たらなければならない。  それほどまでにここの寒さは厳しい。  住民同士も結束力が高い。そういった意識があるからかあまり素行も悪くならない。  結果的に騎士や役人の素行も良くなるわけだ。 もちろん、いいことばかりじゃない。 騎士達が治安の大部分を担い、賄賂という旨味もない騎士達の拠り所は誇りや名誉となる。 どちらも飯のタネにはならない。  一応生活の保証はしてる。  例えば仕事で死んだ騎士やその家族には補助がでる、というこの大陸ではめずらしい保険みたいなシステムが採用されているらしい。  しかし実入りは少ない。  プライドが高いが金はない。拠り所は誇りのみ。つまり…、傲慢になる騎士もごく少数、出てくる事があるらしい。  また、彼らはなまじ優秀だからタチが悪い。  とはいえ、平民は守る対象の範囲だからかそこまでひどい態度は取らないらしいが…、差別の対象となる巨人の末裔なんてな…。  だが、この街の公職や、商業ギルドにはザリー公爵直々にヴァルやルド婆さんの事は伝えられてる。  表立って差別されることはないが、節々にそういう態度が出るわけだ。  小さな態度はルド婆さんが壁になって防いでいたけど…、さて、今回はどうなるのか。  しかしわざわざこんな話を俺にしたということは、ここの騎士はハズレ、ということなんだろう。  「待て。お前はヴォルドの孫のヴァルレンシアだな。ヴォルドはどうした。」  「ばあちゃんは体調が悪くて来れません…。おぃちゃんはばあちゃんの弟子です…。」  「ヴォルドヴォニカル先生の弟子になりましたショーです。本日は勉強のため、ヴァル姉さんについております。」  頭を下げて、下手から行く。権力を持っていて傲慢な相手には下手から行くのがいい…とルド婆さんから教わった。  奴隷時代も結果的にそうしていたが、確かに有効だったかもしれない。  大体殴られてたからあまり意味がなかったかもしれないが。  「…ふん…。騒ぎを起こすなよ。もうすぐザリー公爵様がいらっしゃる。今ここは忙しいんだ。薬を売って物を買ったらすぐ出ていけ。」  「は。ご配慮痛み入ります。それでは、失礼いたします。」  とっとと行こう。  余計な口出しされる前に場所を移すのがいい。    この感じはどう考えても良くない。長居をするときっと。  「忌まわしい血め…。人間の面しおって…。」  ほらな。  「ヴァル。行こう。」  「…。」  ああ…、聞こえたか…。  …。  …あんただってこの子が長いこと薬を売り買いしてることは知ってるんだろ?  あんたと関係する人だってこの子の薬に救われたやつもいたはずだ。  それをなんだ?  ヴァルはまだ7歳だぞ?  長く街に貢献してきた子によくそんなことが言えるな。  偶に来て薬売って帰るだけの二人に優しい言葉の一つも掛けられねぇのかよ。  …糞ったれめ。  「ヴァル。早く商業ギルドに行こう。早く行かないと宿が取れないからな。」  「…うん。そうだね。早く行かないと。」  「そうだ。売れたお金でヴァルの好きなもの買おう。色々買う時についでにさ。」  「…でも…、お金は大切にしなさいって…ばあちゃんが…。」  「大丈夫。お金に関してはちょっと考えがある。商業ギルドでうまく行けばだけど。」  実はこっそり土属性魔法の材質を変える練習をしていた。    逃げてる時に地面に潜ったあと周りを硬い金属にしていたから、魔力の濃淡によって土の材質を変えられることは間違いない。  そして試行錯誤の結果…恐らく、金…を作れたんだと思う。  商業ギルドに確認してもらうまでは確かなことは言えないが、たぶん間違いないと思う。  確か王都の…アルマの店だっけか?  そこで色々、金かどうかを確かめるのにやっていた方法がある。  白い皿に擦りつけたり、爪で傷を付けてみたり。  何よりもその時、金へ流した魔力の抵抗が、俺が作ったものと同じ位の感触だった。  今思えばあの当時から土探査魔法を発動させていたんだろう。  この魔法は地面の状態、つまり金属の状態を調べている。  あの時も金という金属の状態を調べていたんだろ。  その時と今の金属がおんなじ感じだ。  多分金だと思う。…多分。  ペットボトルの蓋くらいの塊を6つ程作ってる。最初は小出しにして状況を見て追加していこう。  確か…、あの時は…野球ボールの半分くらいで金貨五枚だったかな。  これ一つで金貨五枚。  正確じゃないけどある程度の相場を知れたのは大きい。  …これがうまく言ったら殆ど労せずしてお金を手に入れることができる。  いざという時の逃走資金にもなる。  ここで換金できることを確認するのは必要なことだ。 …ヴァルに物を買ってやるのはついでだ。俺をより信頼するようになるかもしれないし。  うまく行けばいいが…。  まぁ、ダメでも俺一人だったらなんとかなる。  ヴァルを頼むなんて、所詮はルド婆さんとの口約束。  ヴァルを連れて行く必要なんて無い。ヴァルは一人でも生活できるみたいだからな。  …。  「本当!?じゃああたしお菓子買いたい。甘いやつがあるって聞いたの!」  「…いいね。探して買おう。」  「ねぇねぇ!どれくらい買っていい?!いっぱい?!いっぱいいい?!」  「…あぁ、いいよ。好きなだけ買えばいい。」  「うひょー!お金持ちー!」  一々俺は裏切られないかどうかばかり考えてる。  いざという時に見捨てることすらも。  なのに何故、俺はヴァルといるんだろう。  体も動くようになった。  今、どこか遠くへ逃げたっていいはずだ。  なのに何故、残って買い物に付き合って、あの騎士にムカついてるんだろう。  …何で。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  「いらっしゃいませ。ヴァルレンシア様。そちらの方は…?」  「こんにちは。マチーネさん。おぃちゃんはばあちゃんの弟子です。」  「ほう?ヴァル様の?という事は弟弟子…ということになるのでしょうか?」  「うん!あたし姉弟子になったんだよ!」  「それはそれは…、おめでとうございます。ヴァル様は大変腕のいい薬師ですからね。弟弟子の一人や二人いてもおかしくないでしょう。」  お?  このマチーネって男はあまりヴァルを邪険にしないな。  いや、むしろ随分と親しげというか、優しげというか。  なんというか…、親戚の子供を見るような?  「で、あなたは?」  ん?  「あぁ…っと、ショーです。ヴォルドヴォニカル殿の弟子となりました。お初にお目にかかります。」  「お初ですねぇ…。ここらでは見ない顔ですな。どちらからいらしたんですかねぇ。」  んん?  「あぁ、ラミシュバッツ領から…。」  「ラミシュバッツ?随分と遠いですが、そんな方が何故?何のために?」  「…道で行き倒れている所を助けていただきまして…」  「行き倒れ?それはまた随分と…。普通に暮らして行き倒れるものなんですかねぇ…。」  あれ?敵視されてる?ヴァルじゃなくて俺が?  いや、よく考えれば当然か。こんな見るからに怪しい人間がいれば、詰問の一つや二つしなくなるか。  …したくなるよな?  「ねぇ!お薬売りに来ました!」  「おお!そうですか!ヴォルドさんは今日、いらっしゃらないので?」  「うん…。ばあちゃん体悪くて…。」  「そうですか…。それは残念です…。そうだ!今日はいつもよりちょっと高額で買い取りましょう!ヴァル様がお一人で頑張っていらしたんですからね。」  一人じゃないが。  「はい!ありがとうございます!」  「ではいつもどおり向こうの部屋で査定をしましょう。今日はもう宿はとったので?」  「ううん!まだです!」  「そうですか…、何、いざとなったら家に泊まればよろしいでしょう。さ、行きましょう。」  んん?何か…、俺無視されてる感じですかね?いや、弟子の一番下っ端なんてこんなもんか?  「ま、身元が明らかな人しか泊めるつもりはありませんがね…。」  あ、これめっちゃ嫌われてるわ。  今俺にしか聞こえないように言ったもん。  っていうかこの人巨人族を差別してないのか。  でも俺を差別するのはどうなのよ。  いや、巨人の末裔と逃亡奴隷(犯罪者)だったら俺を差別して当然…か?  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  「今回の査定はこんな感じでよろしいでしょうか?」    「はい!大丈夫…です!ね?おぃちゃん?」  うん。  ルド婆さんから予め聞いていた相場とだいたい同じだ。  若干高く買ってくれてるのか。  ヴァルは、読み書きはなんとか出来るが計算がちょっと出来ないからな。  「ああ。大丈夫だ。」  「では、いつもどおり食料、香辛料、雑貨をお売りしましょう。ラディーネ。ヴァル様と一緒に物を確認してくれ。ヴァル様向こうに物をご用意しておりますので、確認して頂いてもよろしいでしょうか?」  「はい!」  「ヴァル様。こちらですよ~。」  おぉ…?ラディーネって人は…、ヴァルと手を繋ごうとしてるのか?  ヴァルのほうが背が高いからなんか変な感じだな。  いや、ヴァルはまだ7歳なんだしむしろ正しいのか。  っと、俺も着いていかねば。  「ショー様はこちらで薬を見ておいて下さい。ご自身の商品から眼を離すものではありませんよ。」  は?  「いや、しかし…。」  「大丈夫だよ、おぃちゃん!ラディーネさんはいい人だから!」  「そうか…。」  まぁ、ラディーネって人もヴァルに悪感情を持ってる感じじゃ無さそうだし大丈夫か。  ヴァルも気にして無さそうに出ていったしな。  「さぁ、お座りになって下さい。」  「はぁ…。」  「…」  「…」  無言ですか。  「…」  「…」  …気まずいな。  「…あー、実は私も買い取ってもらいたいものがあるのですが。」  「…ほぅ。いかようなもので?」  「これです。」  「これは…金ですかな?これを一体どちらで?」  「まぁ…、私がずっと前に買ったいざという時のための財産です。」  「ほう…、それをいったい何故今?いざというときのためのものなんでしょう?」  「まぁ、そうなんですが。ヴァルの機嫌を治すために何か買ってやろうと思いまして。…正門のところの騎士が、ちょっと、その…保守的な方でね。」  「…なるほど。確かに奴らは教養のかけらもない人間ですからな。アザンの街の面汚しです。」  「…随分はっきりと、仰るのですね…。」    「間違った知識で人を選別するような輩に門番を務められて、いつも不快な思いをしておりますからな。まぁ、奴の面も不快なのですが。」  おぉう…。  「何故ここの騎士共は自分が正しいと勘違いして恥ずかしげもなくああいったことをするのでしょうな。いや、仮にヴァル様のご先祖が我々の敵だったとして、彼女に何か関係あるわけでもないでしょうに。いったい何と戦っているやら…。弱い者と戦って強い者に勝った気になっているのか…。」  「どうです?ショー様。だいぶ腕が立ちそうですので、あの騎士にケンカ売ってきてくださいませんか。そうすれば余分な人間二人の片が付くのですが。」  矛先が戻って来たぞこら。  「…どこの誰だか判らない男がヴァル様に危害を加えることは防がねばなりませんからな。」  「…そんなことはしませんが。」  「口ではなんとでも言えますからなぁ。」  「…少なくとも私はルド婆さんからヴァルの安全を守ってくれと言われて着いて来ました。結構信頼されてると思いますが…?」  「ッチ」  …舌打ちしたよ。  「まぁ…解りました。この金は買い取りましょう。金貨五枚ほどでよろしいか。」  「はい。それでお願いします。」  「それと…、ヴォルドヴォニカル様の御様態はどういったもので?」  「それは…、よくありません。ゼドラ病、という巨人族にしかかからない奇病にかかっているそうで…。その、本人が言うにはもう長くないと。これはまだ、ヴァルには言っていませんが…」  「ゼドラ病…。確かリヴェータ教の枢機卿以上が扱う治癒魔法だったら治せるはずですが?」  「枢機卿に掛かる金も無いそうです。そもそも、枢機卿に会うまでの時間が全然足りないと…。」  「なるほど…。ヴァル様にはお伝えするので?」  「それは…、言うつもりはありません。俺が口を出すべきことじゃないと思いますので。」  「…そうですな。部外者が軽々と首を突っ込む問題ではないでしょう。…失礼を承知で伺いますが、ヴォルドヴォニカル様がお亡くなりになったあとはどうされるおつもりで?」  「…一応、南部大陸に渡ろうと思います。私もそこに行く予定でしたので、ヴァルを連れて。南部大陸には巨人の国があるそうで…、そこにヴァルを連れて行ってくれと頼まれました。」  「…巨人の…確かヴァリの国の近くにあったかな…。確かに…、この町にいるよりはよほどいいでしょう。これはその時の資金も兼ねているわけで?」  「まぁ、そうです。残り5つ程あるのですが、買い取っていただけますか?」  「…なるほど…、まぁ、いいでしょう。全部で金貨30枚ですね。財布はおまけで付けておきましょう。」  この人多分いい人だ。  少なくともヴァルやルド婆さんの敵じゃない。  なら…、これもお願いしとこうかな。  「それと、ヴァルは今商品を選んでると思いますが彼女に甘いお菓子を好きなだけ買わせてあげて下さい。」  「甘い菓子となると高価ですが…、これだけあれば十分でしょう。解りました。」  「あ、それと、ヴァルには秘密で櫛を用意していただけますか?長く使えて…、女の子が好みそうな意匠でお願いしたいのですが…。」  「…ッチ…。…まぁ、…見繕っておきましょうか…。…ッチ…。」  舌打ちしすぎじゃないっすかね。  とはいえ、流石商人仕事が早い。  ラディーネさんとは違う女性職員を呼んですぐにさっきの注文を伝えてる。そんな嫌そうな顔すんなよ…。  「…。」  「…。」  「…。」  「…。」  「…。」  「…。」  え?まさかこのままずっと無言が続くの?  嘘だろ?  「…。」  「…。」  「…。」  「…ッチ。」  「…。」  「…ッチ。」  無言の中の舌打ちってめちゃくちゃ響くんだな。  勉強になったわ。 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  「ねぇねぇ!おぃちゃんホントにいいの!?こんな一杯お菓子買ったことないよ!」    「大丈夫だ。問題ない。」  歩きながらかなりの荷物を持って喋ってるが…、これ全部菓子何だぜ…。  俺は菓子以外の物を背負ってるけど、俺のより多いわ、これ。  生活雑貨類は全部で金貨2,3枚分だが、お菓子は金貨…7枚だっけか?  本当に一杯買ってくださいましたよ。  いくら甘いものが高いっつったってさぁ…。  しかも、自分で持つって言って聞かないんだもんよ。  商人ギルドから宿に向かう短い間の距離ですら何度も振り返って、背中の荷物を確認する。何度も何度も。  大丈夫だよ。失くなんないよ。  「うひょ~~!どうしよう!…ここは我慢して家で食べようかな…。少しずつ食べれば…、毎日食べられる計算…。」  たちまち崩れそうな計算してるな。  「あんまり長持ちしないのもあるからな。そういうのは早めに食べないとな。」  「そう…?それなら…、しょうがないか…、今日…食べるしか無いか…。…ウヒッ。」  別に今日食べなくても近日中だったらいいんだけどね。  おっと、ここが宿か。  ここが一番マシだとマチーネさんは言っていたな。  「すいません。2名分の宿泊お願いします。1泊で。」  「はいよ。あんたと…、…ッチ、その女かい。…1泊銀貨5枚だ。飯は付けるが、ここでは食わないでおくれよ。部屋で食ってくれ。」  「…。」  くっそムカつく。  こいつヴァル見て態度変えやがった。  「俺の連れに何か文句でも?」  「!…いや、その…。」  「おうおう。女将さん困ってんじゃねぇかてめ」  短い冒険者時代に学んだことが幾つかある。  こういうクソみたいな輩が絡んでくる時の対応だ。  舐められないような言葉遣いにすることは意外と効果がある。  そして先手必勝だ。  殺すわけではないが、何が何でもこっちが最初に手を出す。  ぶっちゃけ冒険者同士の私闘は禁じられているが…、ま、あまり意味のない規則だ。  っていうか俺は今冒険者じゃねーし。  「ッグホッ、ア”ガァ…、ア”ア”ア”ア”…」  つまり、俺の瞬速左フックを受けて鼻から血を垂らして地べた這いずり回るクソ冒険者が出来上がるわけだ。  …少し手が早すぎたかな?  いや、まぁいいか。この女将に味方した時点で情けを掛ける余地はない。  「…なぁ、女将さんよ」  「ッヒ…」  「俺は連れに文句があるのかって言ったんだ。何かあるのかい?そんな態度を取ってよぉ?まるで文句があるみてぇじゃねぇか。」  「あ…、いえ…、ないよ、いや、ありません…。」  「そうか、よかった。じゃあ、一泊泊まるぜ?飯は部屋に届けに来いよ?お前の都合なんだからな?」  「あ、はい。…わかっ、わかりました。」  「よし。ヴァル行くぞ。」  「あ、うん。」  「…。」  「…。」  「…。」  「…おぃちゃん、強いんだね。」    「うん、まぁ…。」  ヴァルやっぱ引いてるな…。  そりゃ目の前で暴力振るわれたらビビるよなぁ…。  これ、日本だったら、虐待とかじゃないか?  ほら、子供の頃母親が暴力振るわれてるのを見てトラウマになるとかって…、なんかドラマでやってたような…。  今度からあまりヴァルの前では暴力振るうのはよそう。  でも、あの女将はムカつくしなぁ。  「おぉ~、この部屋広い。…じゃあ、あたしはやらなきゃいけないことがあるから…。」  お菓子の選定だろ。  そんなに大事か。  おっと、忘れるところだった。  「モニ、あ…、いや、ヴァル。」  「?」  言い間違えた。   何でモニなんて…。  …ヴァルの無邪気さが、死ぬ前のモニに少しだけ似てたからかな。  …。  「さっきは驚かせてすまなかった。これ、お詫びだ。よかったら使ってくれ。」  「これ…櫛…?これ…あたし、あたしの…?あたし、使っていいの…?」  「あぁ、使っていい。今日からこれはヴァルの物だ。ほら、髪も長くなってきたからな。」  ヴァルは櫛を見て、俺を見て、櫛を見て、俺を見て、櫛、俺、櫛。  「…ありがとう。」  「あぁ。気にすんな。じゃあ、俺は少し寝るから、お菓子選びも程々にな。夕飯が来たら起こしてくれ。」  「…うん。」 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  文句言ってた割に結構料理はうまいな。こりゃ明日の朝飯も楽しみだ。  果物系の食べ物が多いな。  たしかに美味い。  しかし紫色の大根みたいな奴の味が梨みたいな味なのは変な感じ。  「どうした?ヴァル。あまり食べてないじゃないか。体調悪いのか…。」  「…。あ、うん。ちょっと今日疲れたからお腹いっぱいになっちゃったのかな。」  「そうか…。じゃあ、早めに休ん…。…ヴァル。」  「…。」  「夕飯前にお菓子食べたんじゃないよな?」  「…。」  「…ご飯をちゃんと食べられないならお菓子は…。」  「食べるよ!食べられるよ!ちょっと、ちょっと…時間掛かるだけだもん!」  「…そうか。なら、食べなさい。」  「…弟弟子の癖に…。」  弟は手加減しませんよ。姉さん。  …ま、少しぐらいなら手伝ってあげるけどさ。  食べ終わったらすぐ寝よう。今日はもう疲れたわ。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  ん?…。  なんだ?音がする?  いや、明るい?蝋燭の明かりか?  ヴァルは寝たはずだが…。  起きてる?  「…ちゃんと…丁寧に…。」  …?  「…ぉぉ~~。綺麗になった…かな?」  「…櫛って…高いのかな…。」  髪を梳いでるのか…、家に帰ってからでも良いのに。  いや、街にいる時に綺麗にしたいのは当然か。女の子だもんな。  寝静まってからやる必要もないと思うけど。  「…寝たらまたボサボサになっちゃうかな…。」  「…でも…毎日…大事…ばあち…ん…」  ま、見てなかったことしてあげよう。  隠したがってるならそっぽを向いてあげるのも優しさだよな。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  「おはよー」  「おはよう。あれ?ヴァル昨日よりちょっと綺麗じゃないか?」  「別にー、昨日と同じだよ。」  「そっか。まぁ、朝飯にしようか。んで、早く出よう。遅くなるといけないから。」  「うん…。」  「?どうした?御飯食べないのか?」  「ううん…。そうじゃなくて…、今日行きたい所あるの…。」  「あぁ、そうなんだ。別にいいよ。急げば一時間ぐらいでルド婆さんのとこには着くと思うし。いざとなったらヴァルを背負ってもいいしさ。」  「うん…。この町で一番偉いリヴェータ教の人の所に行きたい…。」  「…それは…、また…、…なんで、かな?」  「ばあちゃんの病気を治すため!ばあちゃんに教えてもらった。ゼドラ病だって…。もうすぐ死んじゃうって…。治す方法は無いってばあちゃんは言ってたけど、ラディーネさんに聞いたらリヴェータ教の治癒魔法なら治せるって。」  リヴェータ教の枢機卿以上が使える治癒魔法ならな。  この街にいるのは司教だ。本来この町の規模なら大司教にされてもおかしくない。  それでも司教のままってことは…、まぁ、お察しという事だ。  そのお察しの司教は他の司教、大司教と比べて…やや俗物であるらしい、お金が好きで、権力が好きで、…差別的だ。  …ここじゃ治せない。  「…でも、いや、しかし…治すにはお金が、…必要だ。」  俺は、金をほぼ無限に用意できるが…、余計なことして傷つく必要はない。  「うん…、だから、その…、おぃちゃんのお金を貸してください。必ず返します。薬をこの街で売り続ければきっと一杯稼げると思う。もっと売りたかったら王都に行けば、もっと売れると思う。こんな薬、王都にも無いっておぃちゃん言ってたよね…。」  …しっかり考えてる。まだ7歳だよな?  …反論できない…。  「いや、うん、金のことは…、いいよ、大丈夫だ。俺にとっても師匠だからな。だが、その治癒魔法は枢機卿以上じゃないと使えないんだ。司教しかいないこの町では頼むだけ無駄なんだ。」  「でも…、ちゃんとお願いすれば聞いてくれるかも。枢機、卿?の人を呼んでくれるかもしれないし…。ばあちゃんも言ってた。礼儀正しく、ちゃんとお話すればきっと分かってくれるって。」  「…一応、行ってみよう。」  「うん!」  ルド婆さん。  あんたは正しい教育をしてるよ。ヴァルはちゃんと真っ直ぐに育ってる。  でもそのお陰でこれから傷つく。  …これからはきっと真っ直ぐには育たない。 俺は、無理矢理にでも止めるべきなのか…。  いや、でも、もしかしたら、万が一。枢機卿を呼んでくれるかもしれない。  その司教が治癒魔法を使える可能性だって、…あるかもしれない。  確かに、全くの無駄ってわけじゃない。  …行くか。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  ここが、教会か。  何ていうか…ちょっと、お金が掛かってるな。  仲立さんを取り戻しに戻ったラミシュバッツ領に会った町の教会はもうちょっと、質素というかシンプルと言うかそんな感じだったが…。  これはなんというか、金とか銀とかは使ってないけど、ガラスがふんだんに使われてて、真っ白い石が建材に使われて、綺麗に彫刻されてて。  …うーん…。  嫌な予感がする。いや、しかし、その司教がこの建物の建設に関わってるとは限らないし。  …関係ないよな?  …いや、関係があったとしても、行かねば。  少なくとも俺が矢面に立てば、それだけでヴァルが傷つく事は減るだろ。  「失礼します。」  でかいドアだな。両開きのドアって初めてみたよ。  いや、ラミシュバッツの館もこんな感じだったか。あれはもっとデカかったけど。  「何か御用でしょうか。」  この女性は…、司祭かな?イニーアさんと服装が似てる。  「こちらにいらっしゃいます司教様に是非ご挨拶致したく、参りました。久しぶりに町に来ましたので…」  「…司教様はお忙しい方です。いきなり来た見ず知らずの方にお会いすることはありません。」  普通は確かにそうだな。  あんたがヴァルを一瞥したあとそう言わなければ素直に信じられたよ。    「これは失礼しました。こちら、教会への寄進です。どうぞお収め下さい。それと、こちらは司祭様ご自身へのご寄進です。」  「…。」  「日々のお仕事もお疲れでしょう。こちらで是非俗世でのご苦労を癒やされては…。」  「…こちらでお待ち下さい。」  「はい。ありがとうございます。」  普通の教会だったらうまくいかなかったかもしれない。  ここは、俗物の司教に感謝ってところか。  こういうのうまくなったよな。俺。 …日本にいた時はこんな事したことなかったのにな。  「…。」  ヴァルはさっきから黙ってる。  緊張してるのか。  出来ればそのまま黙っててほしい。  俺が応対すれば向こうも多少は態度が柔らかくなるかもしれないし。  何とか、何とか穏便に収めてやりたい。  傷つかないで暮らしていけるならそのほうが良いに決まっているんだ。  「何か御用かな?私が司教のアンダムだ。」  こいつが司教か。  だいぶ不機嫌そうだな。…嫌な感。  「あの!お願いがあって来ました!」  あ!待て!  「…お前は…」  「私はヴァルレンシア・ヴォーズスです!私のおばあちゃんがゼドラ病に掛かっています!どうか、リヴェータ教の治癒魔法でおばあちゃんを直して下さい!」  「…。」  「あ、あと、お金もあります。あ、「…ほら…、これ…」この通りお金もあり…ます…。」  「…」  嫌な表情をしてやがる。  本当に汚いものを見るような…、虫とか、生ゴミとか。そんなのを見る時の眼だ。俺も奴隷の時管理者共にそんなふうに見られてたから分かる。そこまで分かり易かったら…、当然ヴァルにだって分かる。  7歳とは言え、いや、7歳だからこそ他人の表情には敏感だ。  何で…、たった7歳の子供にそんな顔が出来るんだ?  …だから、リヴェータ教は嫌いだ。  「あ、あの…、あの、お、お菓子もあります。甘くて、珍しいものだって、き、聞きました…。あの、これも上げます。だから、ばあちゃんも…。」  「ヴァル、もう帰。」  「何故人間でもない者に高貴なる奇跡を施さねばならん。」  「…え、えっと、でも、ばあちゃんは薬を、この街のみんなに、いつも、」  「我らが神の奇跡は我らのものだ。それを、人間でないだけでなく、薄汚い巨人にだと?!」  「ば、ばあちゃんの薬は、みんなが欲しがってるって、みんなの役に立ってるってマチーネさんが」  「ザリー卿が慈悲を施したからと図に乗りおって!身の程を知れ!忌まわしき血族め!」  !!!  「!!…。貴様、何をする…。その手を離さんか…。浮民ごときが…、私に触れることすらおこがましいと知れ。」  「何故そこまでする?相手はただの子供だぞ?リヴェータ教には慈悲ってもんが無いのかよ。」  「ッグ…、慈悲はある。人族に与えられたものだ。…そこの巨人から生き残るためにな…、ッガ…手を…離せ…!」  「ヴァルは…!あんたも、人族も虐げたことはない…!今まで、一度だって…!」  「ッグ…、アアアアッ…!クハッ…ハァ、ハァ、ハァ…。」  「ヴァル。もう行こう。ルド婆さんの所に、帰ろう。」  「…う”ん。」  ヴァル、泣かないでくれ。  お前は何も、悪くないんだ。  だからどうか、そんな顔しないでくれ。
1
15
シリーズ一覧
感想を送る
作品を紹介
ブックマーク
しおりを挟む
作品情報
使い方
登録が完了しました!
確認事項
戻る
実行