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 なにか嫌な予感がする。  そんなことを思ったのは、我が騎士団の一部が魔物の調査・討伐に協力したいと言い出した時だろうか。  この街の御用商人、確かマチーネと言ったか。  最近、街の西の方で強い魔物が目撃されている、と。  まぁ、別にそれが本当なら我が騎士団を何人か派遣しても良い。  ただこの男が老狼騎士団の一部に熱心に渡りをつけていて、我が騎士の一部は随分それでいい思いをしている。  そして、討伐を申し出てきたのはその一部の彼らだ。  …恐らく、建前として仕事を依頼して、依頼料という形で賄賂を渡すのだろう。  それは、いい。  いや本当は良くないが、我が領の騎士達は安定しているものの待遇が良いとは言えない。  魔物に対抗するため数は多くないといけないし、それを賄う税は少ない。  自然と給料は少なくなってしまう。     だから黙認するつもりでいた。  しかし、門の前で割り振りをしようとしてたら、ドワーフの男が、俺も見た、と言い出した。  ドワーフの男は信頼できる。  基本嘘はつかない一族だ。  気難しく、乱暴で、頑固。  しかし一度仲間と認められればどんな奴でも助けてくれる。  そして、嘘を割と許さない一族。酒と鍛冶についてはなりふり構わない一族だが。  厳しい土地と誇り高い民の多いザリー公爵領は彼らの気質にあうのだろう。  この領にはドワーフが多い。  そんな彼らの一人が強い魔物を見た、と言った。  マチーネという商人はかなり驚いた表情をしていた。仕込みでは無かったようだ。  その反応をみて老狼騎士団内ではもう少し人数を割くべきだという話になった。  ここでも嫌な予感がした。  目を瞑る範囲を少しだけ超えたからだ。  とは言っても少しだ。  しかも民のいる前で討伐に向かうと言ってしまっている。  これを覆すことは出来ない。  我が家名には誇りがある。嘘はつかない。…いや、つけない、と言ったほうが良いのかも知れないな。  「アルト様。ガガンの街への移動を遅らせますか?」  「…いや、それは出来ん。街を上げての歓待の準備をしているだろう。ガガンの街にとってそれなりに大きな損失になってしまう。なにより、アザンの街に来てガガンの街に行かないというのは…、いらぬ確執を作る。おいそれと無碍にはできん。」  しょうがないか。  最悪私とキングスフィードがいればなんとかなるだろう。  ここらには野盗だって珍しいが、野盗の10人や20人どちらか1人いれば十分だ。  「人数を割いてやれ。父上の護衛には隊長がついていてくれ。」  「は。…ちなみにですが、減った分の人数をアザンの街の騎士達が補う、と言っていますが。」  「…それは…どちらが良いと思う。」  「我が騎士団は半分になっても問題ありませぬ。逆に、彼らを無理に入れれば全体の練度が下がるでしょうな。」  「ふむ…、さて、どうするか…。」  しかし…、あのマチーネという男が必死になって止めている。  迷惑だとか何とか言っているが…。  なんとなくあの男に転がされてる感じは否めん。  逆手を打っておくか。  「彼らに同伴を頼もう。馬車周りは我々で固めろ。その周りを邪魔にならないように囲んでもらえ。」  「は。」  キングスフィードがアザンの騎士団に護衛の許しを伝えたのは良いんだが…。  アザン騎士の一人が勝ち誇ったようにマチーネを押しのけていた。  …失敗したか?  …嫌な予感がする…。 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  「今日はいつもと騎士の顔ぶれが少々違うな。」  「は。一部、この街の近くに目撃された魔物の調査に向かっています。万が一を考え、討伐できる人数を向かわせました。代替をこの街の騎士に頼んでおります。」  「なるほどな。民のために尽くすのは良いことだ。騎士達が心の底からそう思ってくれればなお良いのだが。」  「そうですな…。しかし、誇りを食べて生きてはいけませぬ。誇りを持て、と美味いパンを食べている我々が言っても説得力は無いでしょうな…。」  「そうだな…。ゆっくりとだが税収は上がっておる。こればかりはゆっくりと変えていくしか無いだろう。」  「はい…。」    「我が領にも金儲けの算段が上手い者が入れば良いのだがな…。例えば、そんな男を婿に取るとか…。」  「父上。それを解決するため救子院を作ったではないですか。その話を蒸し返しますか。」  「アルトよ。お願いだから剣の柄に手を掛けるのをやめてくれ。政略結婚は貴族の嗜みだろう?…全く…女だてらに何故騎士なぞ…。」  「は?」  「なんでもない、なんでもないじょよ。」  …分かっている。  そんな事は。  父上の温情で無理矢理結婚させられていないだけだ。  我が家の子供は女しかいないからな。  だが嫌なものは嫌なのだ。  だからいざという時逃げられるように鍛えた。  だが、私が逃げれば妹たちが犠牲になる。  それに気づいた時、私は結構強くなってしまっていた。  一体誰を恨めば良いのだ。  取り敢えず父上を恨んでおくか。    「…。」  「…。」  ほら、気まずくなってしまったではないですか。  だが、父上が悪いのだから私からは謝らない。  私は悪くない。  そして父上より強い。  だから謝らない。  少し休むか…。  先の街では気疲れもあったしな。  物語の姫。そんな者に憧れた時もあった。  だが大概の男より強くなったと気づいてからは憧れも色あせた。  私より強い男は大抵私のような女は選ばない。  はぁ…、どこかに私より強いいい男がいないものか。  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  む?  何だ?  馬車が止まっている?  父上も寝ている、から気付かなかったのか。  ザリー公爵家に納められた防音防振の最新馬車が仇になったか。  しかし居心地が良いのも確か。  「父上。馬車が止まっています。何かお心あたりは?」  「…む。いや、ない。様子を見るか。」  「いえ、まずは私が。父上は控えていて下さい。」  「ふむ…。分かった。」  さて…。  やはり、先程のマチーネ。何か企んでおったのか。  失敗したのかもしれんな。行くか。  「どうなっている!馬車が止まった報告が無いぞ!防音防振が仇になるとは…。」  「な…!」  どういうことだ?  「 これは…一体…!」    騎士達が…全滅か?!    「…そこのお前、一体何が…、いや、貴様がこれをやったのか!」  ただ一人、膝を付いてる男が目に入る。  黒い外套に身を包み、全身に矢が刺さり、肩からは血を流してる。  間違いなく我が騎士達と戦ってそうなった。  死にかけ…、これは絶好の機会だ。  今なら…。  「た、嘆願を…聞いて下さい…!」  何を言ってる。  「嘆願だと…、我が騎士達を殺してか!」  「死んで、ない…」    不可能だ。  こいつは嘘を付いている。  我が騎士団を殺さずに無力化するなど…、大陸級の力がなければ…。  「待て。アルト。」  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽    どうやら、本気で嘆願だったようだ。  しかも、巨人の娘一人のために、だ。  愚かな奴らに差別されている、哀れな一族。  普通の人間は彼らのために何かをしない。  いや、命を助けられたと言っていたな。  その礼のために動いたのか。  …とは言えそれですら普通の人間はしないだろう。  命を助けられたから命をかけて助けるなどと…、早々出来ることなのか?  老狼騎士団の一部だって賄賂に目が眩んでる奴がいるというに。  いや、貴族を見渡したって彼ほどの…。  …それが何だって言うんだ。関係ないだろ。うん。  …しかしこの嘆願、彼一人だけで仕組んだのか?  この領では嘆願は決まった期間以外禁止されているが…、確かに我々と領民の間での話だ。  ここの領民でない奴は、それに当てはまらない。  しかもこちらから近付いて来るように待ち伏せていた。  誰かの入れ知恵を感じるな。  いや、恐らく、あのマチーネという男。  彼が噛んでるんだろう。  そういうことか…。    だが、騎士達の体調を回復させる時に聞いて回ったが…、とんでもない実力だな。  皆、魔法使いの対処法は心得ているはずだが…、口を揃えて、今まで見たことのない魔法だと言っていた。  我が騎士達の鎧には四属性防護の陣を組み込んでいるはずだが…、皆効果が無かったという。  しかしふっとばされたと。  風属性ではないのか?  荘園級がゴロゴロいるこの騎士団全員を倒す。殺さずに。  出来るものなのか…?  騎士達には軽く説明した。  娘御一人のために命を掛けて嘆願したのだと。  巨人の娘の病気を治すために今から領都に全力で戻るぞ、と。  伝えたのはそれだけだ。  だがどうだ。  騎士達の様子を見てみろ。  あの目!  チラチラチラチラと!  まるで英雄に憧れる少年ではないか!  いい年をして…。  いや、騎士になろうという男達だ。  英雄譚の一つや二つ憧れていてもおかしくはない。  まぁ、確かに?  彼があの娘のために、傷つきながらも必死に頭を下げ、持てる金を全て差し出した時は…。  まぁ、ちょっと?  ちょっと、感動したが。  父上なんかあれ絶対泣くの我慢してたね。  あれを見てないお前らが勝手に憧れてるんじゃないよ。  …あ、そうか。  あの時あいつらは死んでなかったから、あの時の彼を見てたのか。  ……。  「ッチ……。」  「…父を前にして舌打ちとはやるではないか。ん?あの男が気になるのか?んん?随分と気に入ったようではないか。ん?」  くっそうぜえな父上。  「…そういう父上こそ大分気に入っておりますな。モノクルまで賜るとは…。あれ泣くの隠すためですよね。」  「はぁ?!意味分からんし!泣いてねぇーし!」  「そうですな。ッフ。父上は泣いておりません。分かっておりますとも。」  「ッグゥゥゥ……。…まぁ、我が騎士として召し上げようとはした。確かにな。しかし彼にはどうやらやることがあるようでな。残念なことだ…。」  「…。」  「もし我が騎士団に入れば、あの実力。隊長の座は確実よ。キングスフィードも引退したがっておったからなぁ。人材がいないから無理を聞いてもらっておったが、騎士団顧問として落ち着いてもらっても良いだろう。」  「…。」  「騎士団隊長になったら、忠誠の見返りとして、娘を娶らせることはよくある。王族でもあることだからな。外聞は悪くない。」  「…。」  「そうなったら、もちろんアルトを…。おおっとぉ!すまんすまん!この話を蒸し返してはならんのだったな。いや~、私としたことが。もうボケが始まったかぁ。」  「…。」  「いや、どうやらアルトは自分で結婚相手を見つけたいようだしな。うむ。無理強いはいかん。そういうのわし好きくない。…そうだな…次女のジュリィなどどうだろう。あの子は英雄に憧れておったからなぁ。今日の話を聞かせれば、そりゃもう一発で…。」  「…。」  「あ、勿論家督はお前の婿に継がせるからな。安心せよ。それに、我が家督に拘らんでもなぁ。あの男であればどんな栄誉も思いのままであろうな。荘園級がゴロゴロいる我が騎士団を、傷だらけとはいえ、殺さずに捉えた。これは大陸級の実力ぞ。」  「…。」  「それに、ポーションを与えたときには既に血止めは出来ていた。腕力だけではない。戦いに向かう前の最低限の準備や話しぶりからも知性を感じる。うむむむ…、貴族でも十分やっていけそうだぞ、こりゃ。男爵の地位でも与えて何処かで開拓でもさせるってのもいいかのぉ。」  「…。」  「何より、何よりだ。娘の命を助けるために我が身を顧みずたった一人命を賭ける。義理に厚い男よ…。これが出来る男がこのハルダニヤ国に何人いるか?いや、おらん!見よ!我が騎士達の顔!少年のようではないか!はぁ~~。分かる。分かるぞぉ。その気持ち。騎士になりたいんじゃない。英雄になりたいんだよなぁ…。」  「…。」  「いや、自由な男が目指すと言えば迷宮もありえるのぉ。初の大陸級迷宮走破も実現するやもしれんぞ。そうとなれば子爵、いや、辺境伯に届くやもしれん。となれば、吟遊詩人共がこぞって唄とするだろうなぁ。分かっておる。分かっておるよ。冒険者の知識がなければ迷宮の走破は難しい。しかし、経験のあるベテランを一人付ければそれだって容易いだろうのぉ。」  「…。」  「各階層の敵を打倒しつつ歩みを進める彼の男…、仲間の治癒術士と恋に落ちる彼の男…、いや、身分を隠した姫と恋に落ちるというのもありえるのぉ、むしろ物語的にはそちらの方が燃えるの。姫でも何処かの貴族の令嬢でも…。あ、アルトのことじゃないよぉ?当然迷宮を走破した時の仲間も英雄の仲間入りぃ…。英雄と英雄が結ばれて爵位を賜る…、停滞したハルダニヤ国において激震が走る物語。はぁ~~…、こりゃ国が後ろ盾になる可能性もあるのぉ。」  「…。」  「となればその英雄譚の始まりはどう考えても今、この時だよなぁ。わし他の貴族に自慢する予定だし。こんなことそうそう経験できんぞぉ…。もう唄出来ちゃうんじゃね?…しかし何とかならんかのぉ、我が騎士達の面構えはぁ…。え?伝説の始まり?英雄の仲間になれんの?みたいな顔しとるわぁ…。今あの男が空中庭園迷宮でも海中神殿迷宮でも地竜山迷宮でも何でも良い、走破しに行くんで協力して下さいっつったら半分はついていきそうな顔じゃもん。モテるからなぁ…英雄は。男にも女にも。」  「…。」  「我が騎士団に入ってくれんかなぁ。」  「…。」  「わしが全力で後ろ盾になってやるんだがなぁ。」  「…。」  「あ、アルト。お主、惚れた男に厳しくなる癖は直したほうが良いぞ。あれ普通に男は萎えるから。」  「うるさいっ!!」  「ひぃぃぃ!!」 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  もう一日も彼は走り通してる。  父上に宣言した通り、走って馬に追いついている。  四肢を強化する魔法はあるが、ここまで持続するものなのか?  聞いたこと無いぞ。  しかし、流石に疲れてるようだ。  水、を渡したほうが良いだろう。  それに多少は腹に何かを入れたほうが良い。  こちらの物資は多少余分にあるから…、うん、渡してやろう。  父上も言っていた。  せっかく娘を助けて彼が助からないのでは意味がないと。  全くもってその通りだ。  寝覚めが悪いなんてもんじゃないぞ、全く。  ん?あれは?  手から何かを飲んでる?  水?    いや、魔法を使ってるのか。  …水魔法使えるんだ。  いや、それはそうだろう。  あれだけ魔法が使えるんだ。  水属性も扱えて当然だろう。  …あぁそう…。  …いや、だが、飯は?  流石に手から食事は出ないだろう。  私がくれてやろうではないか。  ほら、やろう。  ほら。  …どうやって渡せば良いんだ?  いや、普通に渡せばいい。  これを食べろ。死なれては元も子もないだろう、と。  うん。普通に渡せばいいんだ。何の問題もない。  何を考える必要があるのか。  自然に。自然に。  偶然通りがかった風で。  …いやいやいや。  偶然通りがかるってなんだ。  彼は我が行軍の一番後ろにいるのにか。  彼の所に偶然通り掛かるって、つまりそれは、下を致す予定だったと…。  そりゃいかんでしょ。  そりゃいかんいかん。  え?じゃあ、どうすんの?  え?あれ?  …いや、いや。  彼が死んでは困るんだ。父上もそう言ってた。  彼に食事を渡すためだけに彼に近付いて何の問題があるんだ。  民に施しを与えるのも貴族のたしなみよ。  あれ?我が領民じゃなかったっけ?  落ち着け。  普通に彼に渡す目的で近付いていいじゃにゃいか。  …どういうことだ?  今噛んだぞ。  喋ってないのに…。  落ち着け。  行くぞ。  「アルト様。我々の準備は終わりました。出発出来ます。」  「…は?三刻は休むはずだろう?何を言っている。」  「騎士全員に確認しました。出発できると。走っても一日。此処から先は平坦な道です。事故も無いでしょう。」  「…それでも暗闇を走るのは万が一の危険がある。父上を危機に晒すつもりか?」  「ザリー公爵様にも確認しました。騎士達が交代で光源の魔法を使い夜道を照らしながら走る、と言ったら、それで良いと。」  魔力は温存したいからっていつもそういうの嫌がるだろうがぁ!  こんな時だけ無駄にしっかり仕事してんじゃないよぉ!  チラチラ彼を見るんじゃなぁいよ…。  「いや、でももう少し休憩を…。お前達も疲れてるだろうし。」  「いえ。皆、問題ないと…。あ!し、失礼しました。アルト様はお花を摘みに行かれ…。」  「んなわけあるかぁ!!行くぞ!!」  「お!…ぐぅ…?わ、解りました…。」  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  「アルト、どうしてしまったのだぁ…?我が可愛い可愛い騎士を殴って…。可哀想に…。我が騎士よぉ…。」  「…。」  「騎士達も彼に認めてほしくて全力で行軍しておるのぉ…。彼には人を惹きつける魅力があるのが分かるぅ…。」    「…。」  「わしも彼らの熱意に心動かされてしまってな?ついつい夜間の行軍を許してしまったよ。」  「…。」  「いや、わしも我が民のためであれば、この命がどうなろうとも構わん。騎士達もその心がけが出来てきたのであろうなぁ…。」  「…。」  「そういえば、さっきは外で何をしておったのだ?肉を片手に突っ立っておって…。あの獲物を狙う目つきは、蛮族の女戦士もかくやという雰囲気だったぞぉ?ん?」  「…。」  「いや、わしは嬉しい。わしの安全を守るためにあそこまで…。そうだ。王国騎士団に推薦してやろうか。実力は十分。前から行きたがっておったよな?」  「…結構です。」  「あ、そう?ならいいけどぉ?しかし、あの男もすごいのぉ。一日走り通して、肩で息をする程度。二日間走り通しでも問題ないと、確信を持って答えておったのは間違いじゃなかったのぉ。おそらくそういう経験があったんだろう。」  「…。」  「キングスフィードと別れる前に聞いたんだがな?相当な修羅場をくぐって来てるのは間違いない、と言っておったぞ。あの若さでまさか、とも思ったが、間違いではなかったようだなぁ。」  「…。」  「あの若さで修羅場をくぐる。貴族のボンボン共が束になっても敵わないだろうなぁ。」  「…。」  「しかし、やることがあると言っていたからなぁ。ここに戻って来んかもしれんなぁ。」  「…。」  「いや、そもそもあれほど優秀な男だ。強く、賢く、勇気がある。見る者が見ればその価値は一目瞭然よ。顔も悪くない。良くもないが、普通だ。いや、修羅の戦士である分、凛々しく見えるのぉ。己が面構えを変えることが出来る男は早々おらんぞぉ。」  「…。」  「何処かの姫に取られてしまうんだろうなぁ。だが…うむ、うむ。若い者が正当な評価をされるのは良いことだ。それに彼が出世したとしてここでの事は忘れんだろう。この恩を無下にする男ではないだろうしな。」  「…。」  「このヴァルレンシアという娘を大事にしてればさらに恩を感じるだろうなぁ。」  「…。」  「まぁ、この娘が我が領都で幸せに暮らしてれば、いずれ会いに来るだろうなぁ。例えば目的を果たした後とかに…。」  「…。」  「将来どんな美人と結婚するんであろうなぁ。英雄になった彼、その隣りにいる美しい姫。そして彼と、商売なり、軍事的な相互関係なりで手を組めばわしもこの領を発展させることが出来るだろう。いや、貴族としての政治を教えてやって寄子にするという方法もありかもしれん。」  「…。」  「!あぁ~~!!その頃にはわしもう引退しておるじゃん!しまったぁ…。その時はアルトとその婿が矢面に立っておるんだろうしぃ、ゆめゆめ無下にしてはならんぞぉ?あの男と、あの男の妻となっている美しい何処ぞの姫御と仲良くな…?のう?」  「…。」  「…どんな娘と結婚してると思う?」  「黙れっ!!」  「ひぃぃぃぃ!」  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  ヴァルはすぐに治った。  彼が命をかけた嘆願は、たった半刻で叶った。  その後、ヴァルには救子院の一室を与えた。  彼もそこに住んでいる。  ヴァルに薬を作る能力があるのを知ったのは部屋を与えた後だったが…。  別に特別扱いじゃない。  巨人の娘だから念のため、気を使ったのだ。  結果的に問題なかったが。  ヴァルはいい子だ。    彼女の調子を見るために、この3日間、何度か部屋に足を運んだ。    …十回程度だったか。  …別に多くないよな?  とにかく彼女の朗らかさは周りの人間を救ってくれる。  きっと彼もこの笑顔に救われたのだろう。  彼が彼女に向ける笑顔はとても優しい。  そんな顔ができるのか。馬車に着いてきていた時は凛々しいといった感じだったが、これはこれで…。  なぜ私の時はそんな緊張した顔をするんだ。  そういえば、彼がここまで来た時の話を聞いた。  どうやらシャモーニ・ル・アマーストは死んでしまったらしい。  そうか…。  死んだのか…。  死んだ女のために旅に出るのか?  やめてしまえよ。とは言わない。これがどれだけ彼を侮辱する事かはわかる。さすがに。  だが死んでいるのであれば…。私にも。  …。  …私はこんな性格が悪かったか?  もっと、水のような爽やかな感じだったではないか。  人によって灼熱の溶岩のようと言うやつもいるが。  もちろんそのようなやつには灼熱の1000本組手をしてやってるのだが。  もっとこう…。  しかし、ナガルスを殴るか…。  彼は随分、ックック。面白い男だ。  彼なら成し遂げてしまいそうだ。そんな気がする。  しかし、明日の朝か…。  早いな。  もう少しゆっくりしていけばいいじゃないか。  「アルねぇちゃん何やってんの…?」  「こら!アルト様でしょ!すいません。アルト様。」  「む。構わん。ミィナ。私は少し忙しいだけだ。」  「壁に耳を当てるのが忙しいんですか…。」  「…。」  「ガッチ。向こうに行ってなさい。私のお菓子食べていいから。」  「本当!?いぇ~~い!!ありがと~!」  「…。」  「…アルト様。それでは殿方は振り向いてくれませんよ。」  「は?!何を言ってるのか解らない。大丈夫か?ん?」    「アルト様、その言い方お父様にそっくりですね。」  「…。」  「さ、向こうに行きましょう。私が相談に乗りますから。任せて下さい。あたしはヴァルと友達ですからあの方とも少し話したことがあります。アルト様に夢中にさせちゃいますよ。ね?」  「…うん。」 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  なるほど。  勉強になった。  男は好きな女を褒めるものなんだな。  褒められるような女になればいいってことか。  なるほど、確かに一理ある。  しかし、もう今日の朝旅に出てしまう。  急に私が変わるのは無理だから、とにかく私を褒めさせればいいんだろう?  簡単だ。  私の刃圏にあれば私のほうが強い。  無理矢理にでも言わせればいいだろう。  お?  あれは彼とヴァルじゃないか。  ちょうど救子院を出る所か。  間に合ってよかった。  …ん?  あの後ろについていってるのは…うちの騎士じゃないか。  何やってるんだ?  「おい。」  「うわっ!あ…アルト様どうしたんですか、こんな所で。」  「それはこちらが言いたい。何をやってるんだ何を。まさか、彼らに何か…。」  「え?いえいえ!違いますよ!とんでもない!ほら、彼ってここに住んでるでしょう?で、ここの護衛も我々が交代制でしてるじゃないですか。それで偶に話たりするんですよ。」  「はぁ…。」  「それで騎士団の奴らはだいたい彼に頼まれるんですよ。ヴァルをよろしくおねがいしますって。いや~~、あんなに強いのに腰が低い方ですよね~~。」  「それで、結局お前は何をしてるんだ。」  「あ~…それで騎士団のみんなが張り切っちゃってですね。ヴァルちゃんが受けた仕打ちなんかも聞いちゃいましたからねぇ。だから、彼女がいじめられてないかこっそり監視することにしたんですよ。こうやってね。」  「…。」  「いや~~。あの子はいい子ですねぇ。ぶっちゃけ騎士団でも人気ですよ。ヴァルレンシア隠密騎士隊って出来てるんですよ。あの子を影から見守り隊ってね。」  「…私はそんなことされたこと無いんだが。」  「え!?あ、いや、だってほら。アルト様は割と早い段階で騎士団をボコボコにしてたじゃないですか。」  「…。」  「だからみんなも別に大丈夫だろって。あ、痛いっす。ッブフ~~ックック!!そういえば騎士団のみんなは途中から逃げてましたよ!ボコボコにされる!って。いや~、本当お強くなられましたねぇ~~。……あの、アルト様?掴んでくださってる右手の感覚が無くて…、あの、離して下さいます?」    「…あとでヴァルレンシア隠密騎士隊を集めろ。私が直々に鍛えてやる。集まらなくても構わんがその場合はお前を集中的に扱くからな。」  「ふぇ!?え?なんえ?あえぇぇぇ?」  「では、私は急ぐのでな。」  ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽  「ッグズッ……グスッ……。」  「ヴァル…良く頑張っだな”。偉い”ぞ。」  「う”ん”…。アルド様も”…泣いでる…。」  「泣い”でない”。」  「う”ぞ…。」  「う”ぞじゃない。」  「…。」  「…。」  綺麗だな。  この街から見る景色はこんなに綺麗だったか。  「アルト様、あたしね。」  「うん?」  「これからいっぱい勉強して、いっぱい強くなって、次、おぃちゃんが来たら一緒に旅に行くんだ。」  「そうか。」  「今は足を引っ張っちゃうから付いて行けなかったけど、でも次は絶対に付いていくんだ。」  「そうか。」  「だから、アルト様。あたしに剣を教えて下さい。お願いします。」  彼の姉弟子だからだろうか。  礼儀がしっかりしてる。    しっかりと頭を下げて、真剣に…。  「私は厳しいぞ?それでも良いのか?」  「構いません。お願いします!」  「良いだろう。早速今からだ。まず、救子院まで走るんだ。そして広場で待っていろ。私は準備してくる。いいな、全力だ。強くなるためには常に全力を出さなきゃならん。出来るな?」  「はい!」  うむ。  元気だ。  そして全力で駆けていった。  あれ?結構早くね?  …まぁいい。  せっかくだ。強くしてやろうじゃないか。  初めての弟子だし念入りにな。  「で、なんでお前まで泣いてるんだ。」  「う…うぐぅ…、か、感動してしまいまして…。ヴァルちゃん…いい子だぁ~~。ショーさんもかっこいいなぁ。まるで一陣の風のようで…。これみんなに自慢できるぞぉ。」  「隠密騎士隊は、午後一、修練場集合な。」  「あ、はい。」  さて、ショーが戻るまでどれほどになるか。  私も強くなっておくか。  王家とナガルスの因縁は我々には関係ないとはいえ…、きな臭いのは間違いないからな。  それに…、彼は私より強い。  私より強い男が理想の男だったが…。  それより彼の役に立ちたい。  私が役立てるのはこの強さだけだ。  なら、強くなろうじゃないか。  ヴァルと一緒に。
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