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 わたしに関わらないでください―――導かれるままにゲームをプレイすることになった『渚』。ゲームのクリア条件として、彼の守らなければならないキャラ―――『次代勇者』の少女と、彼は何とか出会うことができた。しかし、彼は困惑した。何故ならその少女は、自らの死を望む、死にたがりの勇者だったのだ―――。
かいり
(ID r9hykKTBRCOCE)
5.とある妖精の過去
死にたがりの勇者と守り人
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 「何を、なさっているんです?
 ――雪を、見ているんです。
 
 背後から問われて、青い塗装が剥げかけたベンチに座る初老の老人は、背中越しにそう答えた。
 
「雪ですか」
 ――ええ。こんなに積もるのは久しぶりなので、懐かしくなって……。
「確かに。最近は、雪が降るのすら珍しいですからね」
 
 そう会話する間も、激しく降る雪は音にならない音を立てて、一面の色彩を白に塗り替えていく。
 
「ここまで降るのは、何年ぶりでしたっけ」
 ――はっきり何年前かは覚えてませんが……私の娘が3、4歳くらいの頃だったと思います。……だから、二十年くらい前でしょうか。
 



 老人は、そう言うと目を細めた。
 
 ――その頃の事を思い出していたんです。
「二十年前の雪の時?
 ――ええ。
 
 老人は、座っていたベンチのスペースを空けた。
 
 ――年寄りの昔話ですが、お付き合い頂けますかな?
「ええ、もちろん。喜んで」
 
 老人は、「ありがとう」と微笑むと、静かな声で語り始める。
 
 ――二十年前に大雪が降った日……。娘は、それはそれは大はしゃぎでした。私は、「いっしょにおそとであそぼう」と、娘に誘われたのです。でも、その頃の私は、毎日仕事に追われていて、わざわざ休日に、更に疲れるような事はしたくなかった。……娘は、そう言って私が断ると、物凄い勢いで怒りました。
「それは……どちらの言い分も分かりますね……」
 ――ええ。私も、娘の怒りが至極尤もな事は、断りながらも私は理解していました。で、結局、娘の勢いに折れて、少しだけ外で雪遊びをする事にしたのです。
「ハハ、娘さんには勝てませんでしたか」
 ――勝てませんでしたねえ。
 
 老人も頭を掻きながら、微笑った。
 
 ――で、まだ雪が舞っている中、家の前の道路や庭で、娘と雪合戦をしたり、大きなかまくらを作ったり、追いかけっこをしたり……。その頃には、私の膝下くらいまで雪が積もっていたので、娘が転んで雪に埋まってしまうのではないかと心配もしながら、遊びました。
 
 老人は、そこで目を細めて口元を綻ばせた。
 
 ――いや、楽しかった! 最初は文句言い言いだったのですが、本当に楽しくなりましてね。娘といっしょになって、年甲斐もなく、雪の上で転がりまわったり、駆けずり


回ったり。おかげで翌日に、それはそれは酷い筋肉痛に襲われたんですがね……。
「ハハハ。次の日の朝に後悔するんですよね。痛くて身体を起こせなくなって」
 ――まさに。出社するのも一苦労でしたよ。
 
 老人はそう言うと、ふふふと含み笑いをした。
 
 ――で、流石に疲れ果てて、もう終わろうと娘に言ったら、「じゃあ、さいごにゆきだるまをつくりたい」と言われて、ふたりで娘の身長くらいの雪だるまをこしらえたんです。私が不器用なので、大分歪な雪だるまになってしまったんですが……それでも娘は喜びましたねぇ。
 
 老人は遠い目をして、呟くように言う。
 
 ――娘はその雪だるまに名前まで付けて、部屋の中からいつまでも眺めていました。
「可愛らしい娘さんですね」
 
 その言葉にうんうんと深く頷く老人。――と、彼の表情がふと曇る。
 
 ――……でも、雪だるまは翌日には溶け崩れて、数日で跡形も無くなってしまいました。……娘が泣いて困ったものです。
「…………」
 ――泣き止まない娘に、私はこう言うしかありませんでした。「今度大雪が降ったら、あれよりも大きい雪だるまさんを一緒に作ろう」って。
「……でも、雪が――」
 ――ええ。その通りです。
 
 老人は寂しげに頷いた。
 
 ――結局、あの日以上の大雪というのは、降りませんでした。私は……娘との約束を果たせずじまい……。それが今になって急に思い……出されて……。
 
 老人は、言葉に詰まり、手で目元を押さえた。
 しばらく、辺りは舞う雪の立てる微かな音しか聴こえなかった。
 数分が経っただろうか、老人は伏せていた顔を上げた。



 
 ――いやいや……失礼しました。お恥ずかしい。
「いえ――」
 ――では、そろそろ……参りましょうか。
「……もう、よろしいのですか? まだ――」
 
 時間はありますが――と続けようとした相手を、片手を上げて制した。
 
 ――いえ、もう、結構……これ以上は未練になりそうなので……。
「……かしこまりました……」
 ――……あ、いや……。
 
 老人は、一度は頷いたが……何かを思いついたのか、ためらいがちに言葉を継いだ。
 
 ――ひとつだけ……。わがままかもしれませんが、少しだけ時間をもらえますかな……?
 
 
 ―――――――――――――――――――――――
 
「何を見ているんだい?
「雪を、見ていたの」
 
 窓越しに中庭をじっと見つめていた、黒いワンピース姿の若い女性は、背後からの声にそう答えた。
 声を掛けた礼服姿の男性は、女性の肩越しに、窓の外を見た。
 
「……こりゃあ、随分と積もったな。こんなに積もるのは、いつ以来だ?
「私が幼稚園の頃以来じゃないかしら……。思い出しちゃってたわ……半分忘れてたのに」
 
 そう言って肩を震わせる妻に、男性は自分の上着をそっとかけてやる。
「……お義父さんの、事?
 



 嗚咽しながら、無言で頷く妻。
 
「……私、雪の日にお父さんが一緒に遊んでくれたのが、本当に嬉しくて、だから……ふたりで作った雪だるまが溶けて無くなっちゃうのが、本当に悲しくて……。ず――っと泣いてたのを覚えてる」
「それは――お義父さんも困ったろうね。どうしたって、外の雪だるまなんて、2.3日で溶けてしまうからね……」
「……そう。本当に困った顔していたわ」
 
 その時の父親の困り顔を思い出したのか、涙を拭きながら、顔をほころばせる妻。
 
「……で、お父さんは私にこう言ったの。『雪だるまさんは、暑いのが苦手だから、もう帰っちゃったんだよ。またこの前みたいに沢山雪が降ったら、また一緒に雪だるまを作ろう。今度は暑くてもなかなか溶けないように、ものすごく大きな雪だるまにしようね』……って。――でも」
 
 妻の瞳いっぱいに、涙が浮かんでいた。
 
「結局、あの日みたいな大雪は一回も降らないまま……。もう少し――もう少しこの雪が早く降ってくれれば……」
 
 そこまで言うと、耐えきれなくなった妻は、大粒の涙を零しながら、夫の胸に顔を埋める。
 夫は、そんな妻を優しく抱きしめながら、何も言わずに降り続く雪を眺めていたが――、
 
「…………あれ?
 
 中庭のベンチに何かあるのに気付いた。
 
「……何だろう、あれは?
「……あれって?
 
 夫の声に、妻は顔を上げる。



 夫は、中庭のベンチの上を指さした。
 
「――ほら、あのベンチの上。何かある」
「……本当。でも、さっきは……」
 
 訝しむ妻。さっき中庭を眺めていた時は、そんな物は無かった……はず。
 
「……見てこよう」
 
 夫はそう言うと、中庭に出るガラスの扉を開けた。身を切るような冷気が雪崩れ込んでくる。
 夫と妻は、冷気に打ち震えながら、フワフワの新雪で覆われた芝生を踏んで、ベンチに近づいていく。
 
「これは――」
 
 青い塗装が所々剥げている、こぢんまりとした古いベンチの上に、それは、あった。
 
「……雪だるま?
 
 ソフトボールくらいの雪玉の上に、野球ボールくらいの雪玉が乗っかったそれは……、でこぼこした不格好な形だったが、紛れもなく雪だるまだった。
 
「…………っ!
 
 夫の背後で、妻が息を呑むのが分かった。
 
「…………お父……さん……!
 
 妻は、ベンチに駆け寄った。
 
「……間違いないわ……。この子は……ユーキくん……! お父さんが作った……あの時と同じ……!
「……え? まさか――」



 
 妻の言葉に半信半疑だった夫だが、ベンチ周囲の雪に、足跡が一つも残っていない事に気付くと、何かを察したように、優しい表情を浮かべて、妻の肩を抱いた。
 
 
 それから何分経っただろう。
 
「さ、そろそろ行こう。もう時間だ」
 
 夫は、妻の肩に触れ、優しく促した。
 
「……ええ」
 
 妻は、夫の言葉に答えると立ち上がり、ホールの高い煙突を見上げた。煙突のてっぺんから、雪空へとたなびく煙は大分細くなっている。
 妻は、煙に向かって呟く。
 
「……お父さん、最後に約束を守ってくれて、ありがとう」
 
 そして、二人はホールに戻っていく。
 ベンチには、雪だるまが残された。
 
 不格好な雪だるまと、一回り小さな雪だるま。
 
 ――まるで、親子のように。
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