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 遠雁十家というものがある。  元遠州公家遠雁家に仕えた十の家臣団の頭領家のことで、煉瓦路家といった二百年程度の比較的新しい家もあれば、十条瓦家や東呑濠家など初代遠州公から仕えた家もある。現在も遠雁財閥のグループ内でそれぞれ持てる力を発揮しており、その結果、遠雁財閥の本拠地である遠雁県は空奥国GDPの半分を稼ぎ出すまでに成長していた。  煉瓦路家は、響助の高祖父の代から遠雁家後継者のお目付役を任されており、公家が解体された『御一新』後も破天荒で好き勝手ワガママ放題になりがちな遠雁家の後継ぎを諌める、大変重要な役目を担っている。  今回もまた、凰子のワガママを諫めようと響助は思っていたが、事情が変わった。  響助の経験と直感では、凰子のワガママは理に適っている。  響助も又聞きした話でしかないが、エアバイク開発は元々空奥国と米国の共同開発だった。あの戦争狂の米国が、この手の開発事業に食指を動かすということは、エアバイクの軍事転用を視野に入れているということに他ならない。しかし、現実はそうはならず、開発費高騰などを理由に事がこじれて、遠雁重工単独でのエアバイク開発ということになった。陣間博士とフィールズ博士の不仲がその原因の一つとも囁かれているが、真相は謎のままだ。  他方で、遠雁重工がエアバイクを独占販売できるようになったという見方もできる。お膝元の遠雁県をテストベッドに、SFチックでパフォーマンス性抜群のエアバイクをアピールできれば、空奥国だけでなく世界中で売り出すことも選択肢として浮上してくる。ただでさえ開発費が膨れ上がったエアバイク開発事業の採算を意地でも黒字に持っていくためには、そうした宣伝が欠かせない。  そして、一般人でも気軽に乗れる憧れの乗り物という宣伝文句をつけるためには、一般人をエアバイクに乗せなければならない。その点、無限新という少年は一般人の枠組みから何ら外れていない、かつエアバイクに興味がある若者として適格なのだ。これが中年だったら、趣味の範囲を超えないということでアピール性が足りないところだった。  おそらく、凰子はそこまで考えて、新を遠雁重工へ連れてきたのだ。 なので、響助はその意を汲み、一般人の新を自然にテストライダーになるよう仕向けていた。 「で、何が不満なんだ、無限」 「何って、俺だって今すぐエアバイクに乗りたい気持ちはあるけどさ」 「チャンスは今しかないぞ。凡人のテストライダーなんて、遠雁重工が集めようと思えばいくらでも集められる。それをしないのは、上がまだ時期尚早だと判断していることと、この間のエアバイク検定試験の結果が思わしくなかったせいで下手に人が来ないからだ。前者はともかく、後者に関してはあのシミュレータがまともに稼働すれば、確実に増えてくる。つまり、凰子と縁があってなおかつ早期にシミュレータを体験できたお前は、他者に比して大きなアドバンテージを手にしている、ということだ」  響助の言っていることは事実だった。あくまで一般人としては、という枕詞が付くことを除いては、新は他者が未だ持っていない切符を手にしているようなものだ。それはエアバイクに無料で乗るための切符だ。ひらひらと舞い落ちてきた切符を、偶然にも新は手にすることができた。  分かってるよ、と言いながら、新は響助にこう尋ねた。 「響助、リオは何でテストライダーになったんだろうな?」 「知るか。陣間博士にでも聞け」 「あの人、自分の世界に入るから聞きづらいんだよ」  そこで、陣間博士ではなく、二人は直接リオを呼んで聞き出すことにした。 「え? テストライダーになった理由? うちが代々飛行機乗りだからだよ。ひいお爺さんの代からね」  ひどくあっさりした理由だった。どうやらリオの曽祖父も、祖父も父もそれぞれ飛行機のパイロットだと言う。 「それよりさ、新もテストライダーやらない? 才能はともかく、同僚が増えるのは嬉しいもん」  リオの純粋な瞳がキラキラ光る。才能はともかく、という言葉が若干新の胸に刺さっただろうが、リオの純粋さゆえだ。毒はない。  新はリオの瞳から目を逸らしながら、時間稼ぎの言い訳を紡いでいた。 「凰子と相談していいか?」 「何を相談するんだ?」 「ちょっと今後について」 「えっとねぇ、私としては、新ちゃんが好きなことできるのが一番だと思うよ。ぶっちゃけ、現状じゃあエアバイク乗るのなんて一般人には無理無理だし、じゃあ折角手に入れたチャンスを活かすも殺すも、新ちゃん次第じゃない?」  凰子の意見は、至極真っ当だった。新を突き放していると同時に、選択の自由を与えている。新にしてみれば有り難いことこの上ないが、問題は一寸たりとも解決していない。  ふと、新は凰子に尋ねる。 「凰子、お前はエアバイク乗りたくねぇの?」 「私、運動嫌い」  にべもない返答だった。エアバイク普及に努める立場だから、と言って、凰子の筋金入りの無精が治るわけではないようだ。他人にやらせる分にはいいが、自分は家でのんびり過ごしたい。それが遠雁凰子だ。  凰子はくるくると指を回して、新を指差す。そしてこう言った。 「ねぇ新ちゃん、幸運の女神は前髪しかないんだよ」 「は?」 「過ぎ去ってから後ろ髪掴もうとしてもダメってこと。どっかの格言だったかなー、まあそんな感じ。逆にだよ、それはジンマーにも言えるし、遠雁重工にも言えることなわけ」 「ジンマーって……陣間博士のことか」 「そそ。特にジンマーはエアバイクに命懸けてる技術者で、うちにも何度か陳情に来たくらい熱心にエアバイクの普及に努めてるの。じゃあ、それに報いるためにどうすればいいかなぁ、と私が思ってて、新ちゃんが渡りに船で言ってきたから、アルバイトの話が浮上したの」  なるほど、凰子は陣間博士を知っていたのか。おそらく、遠雁重工の重役のおっさんたちもアルバイトの件は了承済みなのだろう。遠雁凰子、恐るべし。  だが、やはり新にはエアバイクの安全性という問題と、親の承諾という問題が残っている。そのことを凰子に言うと、「訓練を積んだとはいえ、リオが問題なく操縦できるんだから大丈夫なんじゃない? ご両親の説得は新ちゃんがやるとして」と返事が帰ってきた。リオは特殊体質だろ、という反論も、「大丈夫、大丈夫」とまともに取り合ってもらえなかった。  結局、新はまず親に相談することにした。今日すぐに決めなくてもいい、という凰子の厚意で、ひとまず無事家に帰ることができた。あのまま格納庫にいては、リオのシミュレータ地獄と陣間博士の執拗な勧誘から逃れられなかっただろう。  家まで送ってもらった新は、築二十年を経過した小さな一戸建ての我が家を見て、何だかしんみりした。機会があれば凰子の家に遊びに行ってみたい。そう言うと、凰子は素直に喜んでいた。 「いいよー、また今度ね」 「だから、すぐ安請け合いするのはやめろ馬鹿娘」  そんなやり取りをしながら、車は去っていく。    結論から言うと、新にはアルバイトの許可が親から出た。  お袋曰く、高校に入ってからアルバイトをさせようと思っていたところだった、とのこと。新は正直に、エアバイクのテストライダーのアルバイトだ、と言ったのだが、お袋はよく理解できていないらしく、おそらく親父は理解していないふりをして黙っていた。  これ幸いだ。翌日、新は凰子に親の承諾をもらったことを伝えた。 「幸先いいね。これで新ちゃんもエアバイク乗りだー」  いえーい、と新と凰子は互いの両手を叩く。朝から凰子はハイテンションだ。それを制するかごとく、響助はビシバシと新と凰子の頭にチョップを食らわせた。 「何すんのさ、レンちゃん」 「レンちゃん言うな馬鹿娘。窓の外、見てみろ」 「窓?」  響助が指差す窓の外を、新と凰子は見つめる。教室中の何人かは響助の指に釣られて視線を動かし、仰天した声を上げる。  謎の飛行物体が学校に向かって飛んできている。教室中が騒然となり、注目の的となる。  かっ飛んでくるそれは、段々と姿がはっきりしてきた。逆三角錐の機体に、前から見るとX型の翼を広げ、鮮烈に印象に残っているあの杏色をしていた。 「もしかして、あのエアバイク——リオか!?」  新は教室の窓から身を乗り出して、手を振る。 空気の波に乗るように学校へと猛進してきたエアバイクは、今度はゆっくりと新の目の前に浮遊、ホバリングする。新の顔にホバリングの風が当たる。  謎のエアバイク乗りは、ヘルメットを脱いだ。リオだ。あどけない顔で、自分の十数倍もあるエアバイクをそつなく乗りこなす彼女は、新にこう言った。 「待ちきれなくて、来ちゃった!」  かくして、無限新は皆に歓迎され、エアバイク乗りとなる道を歩むこととなる。
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