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次の部屋の襖を蹴り飛ばした。 中には怯える女が二人いた。一人は比較的若く、もう一人は年老いていた。若い女について情報はなかったものの、たまたま居合わせただけだろうと思った。怖がりながらも剣を構える三十過ぎの男の姿があった。 霊斬は鼻と口を覆っている布を乱暴に下ろした。 「人殺し!」 年老いた女が叫ぶ。 「結果を見てから言え!」 霊斬が怒鳴る。 彼の背後には、痛みに呻く男達の姿があった。 「ひいっ!」 「母上に手を出すな!」 ――へっぴり腰のくせに、威勢だけはいい。 「貴様の負けは最初から決まったようなものだが」 「うるさい!」 男は姿勢を整えて斬りかかってくる。 その刀をやすやすと受け止め、霊斬はぞっとするほどの冷たい笑みを浮かべてみせる。 その表情に怯えながらも、再度距離をとった男は、突きを入れてくる。それを躱し、右腕を斬りつける。 「ぐっ!」 「満久!」 「黙れ!」 年老いた女の悲痛な叫びに対し、すかさず霊斬の怒号が飛ぶ。 「私は、ここで死ぬわけにはいかないんだ!」 「殺さねぇよ」 即答だった。 霊斬は攻撃を躱し、左腕をも斬り裂くと、満久ががくっと膝をつく。 「おのれ……!」 ぼろぼろになった満久に年老いた女が駆け寄る。満久が睨みつけてくる。 それでも満久は立ち上がり、霊斬に刃を向ける。 「ここで、賊を仕留めれば、きっと……」 「評価が上がるとでも?」 満久の言葉を引き取った霊斬が冷ややかに言う。 「それはない。俺はこんな場所で死ぬつもりは微塵もない」 満久の心に灯ったであろう、意思を、霊斬は容赦なく、否定した。 その満久の横顔は血の気が失せ、震えていた。賊に向ける刀が震えても、落ち着かせようと必死になった。目の前にいるのは圧倒的な力を持つ、けれど、《賊》《一人》なのだから。 ――殺せないはずはない。 冷静になり、《昂|たかぶ》る感情を抑え込む。ふっと息を吐いてから、賊を睨みつける。 「やあ!」 負傷しながらも洗練された動きでの攻撃を繰り出してきた。 霊斬はそれを簡単に受け止めるも、満久の変化に驚いていた。 ――俺には及ばないが、その辺の雑魚に比べたら、まだましな動きをする。 満久の刃を押し返し、下から切り上げる。腹から胸にかけてを一閃し、鮮血が飛び散る。 「ぐっ!」 痛みをこらえ、霊斬の胸を狙って横に薙ぎ払う。 霊斬はそれを受け止める。互いに力を込めているので刀がかたかたと音を立てる。 「いくらか、ましな動きをするようだな。いったいなにがあった?」 「教えを思い出しただけだ」 霊斬は冷ややかな笑みを見せるだけに留まった。 その力を利用して、体勢を崩すと、満久が倒れる。 急所を外し、腹に刀を突き立てた。 「ぐああっ!」 身体が焼けるような痛みを訴える。満久はなにも考えられず、悲鳴を上げた。 霊斬は容赦なく傷を抉る。そのたびに満久が叫ぶ。 視界の端で、なにかが動く。同時に、こちらに向かってきた。 霊斬は咄嗟に柄から手を離し、突然繰り出された隙だらけの攻撃を躱した。 「なんの真似だ?」 「これ以上、満久を苦しませないで!」 攻撃を仕掛けてきたのは、満久の母だった。抜き身の懐刀を両手で持ち、がたがたと震えている。その姿はとても哀れだった。それと代わり満久と同い年であろう女は、見ているだけだった。ただ恐怖に目を見開いている。 「ちっ」 霊斬は忌々しげに舌打ちをする。 「だめだ、母上……」 満久はそれだけ口にする。 ――そんな動きで、こいつを助けようとでも? 親子愛など反吐が出る。 霊斬は内心でそんなことを思いながら、懐から短刀を取り出して構える。 と瞬時に満久の母との距離を詰め、右腕を斬りつけた。続いて左腕を。これでもう、懐刀は使えまい。 「ああっ!」 焼けるような痛みに呻いた満久の母は彼と同じく、畳に倒れた。 鮮血を払い落とし、流れるような動きで短刀を仕舞い、畳に落ちた懐刀を遠くへ蹴り飛ばす。 霊斬はよほど恨みでもあるのか、執拗に満久を痛めつけた。 何度も何度も叫ぶ男を、霊斬は冷ややかな目で見ていた。 霊斬が執拗に痛めつけ、もういいかと思ったとき、満久の身体の周りは真っ赤に染まり、傷からはどくどくと鮮血が溢れ出していた。 真っ先に駆け寄ったのは、女ではなく、満久の母だった。痛む腕を無視して、何度も満久に声をかけている。 「っ……!」 女の視線が、霊斬の刀に釘付けになる。恐怖に顔を歪める。 「見逃す……と言うのですか?」 女は刀に怯えたまま、か細い声で言った。 「お前は、なにもしていない」 霊斬はそう言うと鮮血のついた刀をそのままに、部屋から去った。
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