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どうしても心苦しい時がある。きっと何時までも消えることの無いことだって、本能的には分かってる。でも、それだけで気持ちを変えることなんて出来なくて、苦しさを皆の前では必死に誤魔化すんだ─── 私は『冬の踊り子』。でも、それ以上の自分のことをよく知らないんだ。何処で産まれたのかも、何故産まれたのかも、誰から産まれたのかも。自分のことなのに分からないなんて、本当に馬鹿馬鹿しい。そんな馬鹿馬鹿しいことで悩んで、皆を心配させて気を病んでるなんて、もっと馬鹿馬鹿しい。自嘲はいくらでもこぼれていく。 自分の命がかかってるんだからな、これくらい当然だとは思えない。私の性質らしい。だって、私に愛情を、大事に思ってくれる皆の気持ちに私も答えたいと思っても仕方がないだろう? 私だって、皆を大事に思ってるんだ。でも、それで私が死んだら、皆はきっと苦しんでしまう。皆、優しすぎるから。だから、たまにそれがどうしようもなく苦しくなって、自分が情けなくなって、逃げ出したいようなずっとここに居たいような、そんな風に心が叫ぶんだ。 私は冬が好きだ。冬の始めを教えてくれる時雨が降った日など、簡単に舞い上がってしまう。一団から飛び出して、好き放題思うがままに身体を動かして全身で舞っていると、たまに人の子に見付かってしまう。簡単に見付かってしまうほど、浮かれてしまう。それくらい冬が好きだ。冬になれば、皆と過ごせる。楽しく毎日を生きるんだ、嫌いな訳が無い。 私の名は、雪原を駆る兎から名付けられた。「沙雪兎さゆう」が自分の名だと、物心ついた時から知っていた。『冬の踊り子』という妖怪であることも、他の生き物に名を知られれば死ぬということも。どうして知っていたのだろうか。知らなければこんな思いしなかったというのに。皆は私をどう思っているだろう。気味が悪いんじゃないだろうか。一団の皆と会ってから、産まれた時から私の姿は少しも変わっていないし。雪の子や霜の子が成長しているのを喜ぶと共に、何も姿が変わらない私を訝しく思っていたら……? もし、嫌われていたら……? 私はもう生きていけない。 だから、私が勝手に負った重圧から逃げるために時々一人で泣くんだ。何の救いになっているのか、そんな事知らない。ただ感情に動かされるがまま涙を流すだけ。自分勝手な、独りよがりの涙。 そんな涙を何回流したのかもう覚えていない。ただ、不思議なことがあってから私が一人で泣くことは無くなっていた。その事実にも今気が付いたばかりだ。変だな……って、私に言われるなんてな。 その日も、私は泣いていた。確か……日本の、人の子が住んでいない寒い地域で一冬を越した時だったように思う。人の子に見付かる心配が無いから、何時もはあまり作った基地から動きたがらない長老達もよく出掛けていて、一人になりやすかった。その冬の終わりだったと思う。 誰も来ないからと安心しきっていて、しばらく泣いていたら、私の前に何かの影があるのに気付いた。内心では焦っていた。一団だったらどう説明するのか、私には分からなかったから。そっと顔をあげると、目に入ったのは少年だった。雪の子や霜の子と同じくらいの、人間に見える男の子だった。薄い茶色の、癖のある柔らかそうな髪が冬の光に溶けてしまいそうだった。綺麗な少年だったけど、雪の子や霜の子のような子供らしい感じがしなくて、無表情だった。背は私の腰あたりなんじゃないか? 何故か宙に浮いていたから、人の子じゃないってはっきり分かったけど。そいつは何秒か私の顔をじっと見ていたが、おもむろに口を開いた。 「……………………なんで」 「え?」 「なんで泣いてるの」 高くて細い、男の子の声だった。確か、こういうのって人の子は「ぼーいずそぷらの」って言うんだよな。透き通ったような綺麗な声だった。一団では謡は長老がよくやるんだけど、低いから。こうした新しいのも、皆喜びそうだと思った。 「なんでって…………言わなきゃいけないのか?」 「うん」 「…………何でか知らないけど、話だけ聞いてくれるんだったら話すよ。───私は、親が居ないんだ。親を知らない、どうやって産まれたのかどうして生きてるのか知らない妖怪。でも、何でか知らないけど、どうしたら死ぬのかは知ってるんだ」 少年の対応は淡々としていた。見た目以上に落ち着きのある少年で、何故かこいつになら言っても良いかという気持ちになった。何でだろう。人の子じゃないから? この冬が終われば会うことは無いから? …………分からない。 「………………それで」 「私は名前を他の生き物に知られたら死ぬんだ。なら言わなきゃいいって思っただろう? …………心苦しいんだよ。私には大事なものが居る。大事に思ってくれるものが居る。それなのに…………私は名前さえ教えられない。大事なのに、何でもしてあげたいのに、本当にあの一団の望むことを言えないんだ」 はっきりと言葉にして口に出すのは初めてだった。暗い感情が胸に溜まると同時に、少し想いを吐き出せたことに安心感も覚えていた。少年の顔を見れなくてうつむく。地面が他の場所よりも濃い色をしていた。 「大事なんだったら、信じなきゃ。大事なんだったら、許してくれる。お互いに大事、なんでしょ?」 顔を叩かれたような、寝惚けている時に冷たい水をかけられた時のような感覚だった。少年の声は、慎重に、上手く言葉をあてようとしていて、その不器用さがこいつの本心だと言っていた。それが嬉しかったし、その時初めてこいつは子供なのだと思った。 「ありがとう。お前、優しいんだな」 自然と顔が綻んでいた。悲しい音は今まで流していなかった涙に変わった。少年が薄く笑っているように見えた。泣き笑いの私に動揺もしているみたいだ。 「どうして、泣いてるの」 「どうしてって……嬉しいからだよ」 きっと、こいつは感情が上手く表せないんだ。でも、優しくて、私の気持ちも汲んで嬉しい言葉をくれた。目の前の存在が愛しかった。 だから突然、こいつの少し開いた唇が震え始めた時は驚いたし、不思議だった。何かを恐れるような、そんな雰囲気だった。 「嫌だ…………行かないで!」 そう「何か」に言ったあいつの顔色は悪かった。寒さで震えている人の子の顔色にそっくりだった。 「お前、どうしたんだ? 急に叫んだりして……」 「嫌だ!!」 あいつはそうやって高い声で叫ぶと、物凄い速さで飛んでいってしまった。風圧が私の髪を巻き上げ、乱す。砂埃で上手く目を開けられない。 「おい! お前、大丈夫なのか!?」 私の問いかけには誰も答えてくれなかった。あいつはもう見えない。ぽかんとした私だけがこの場に残った。あいつが居なくなってずっと呆気にとられたように固まっていた私が長老に見付かるまで、私はずっとそこに座っていた。 それ以来、何度もその事を繰り返し思い出すようにしている。最後、どうしてあんなに怖がったのか、あいつは何者なのか分からなかったけど。あいつが浮かべていた微笑を脳裏にうつすと、不思議な感じがして、私も笑ってしまう。私もあれがあったから、前よりも謎だらけな私でも大丈夫なのだと思えるようになったんだろう。嫌われたらなんてびくびくしながら暮らすなんて馬鹿馬鹿しいことは止めた。前よりも明るく笑って生きてられてる。それを何度も痛感した。 私は絶対、あの出来事を忘れない。思い出す度に私を笑わせてくれる、あの出来事を。
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