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 気付くと、真っ白い空間にいた。どこを見回しても、「白」だけが続いていた。ここはどこなのか。というか、何が起こったのか。  蘭李がよく分からない言葉を叫び、意識が途絶え、いつの間にかここにいる。そんな状況に置かれて「あーはいはいそういうことね!」なんて理解出来る奴の方が異常だ。つーかいないだろそんな奴。 「…………」  だからといって、ずっとこの状況のままは嫌だ。せめてここがどこだか知りたい。それが無理なら、せめて原因が知りたい。  明らかにここが「おかしな場所」だっていうのは分かる。ただ真っ白な世界が広がってるんだ。普通じゃ考えられない。 「ぬし、何者だ?」 「―――うわあっ⁈」  突然の声に、思いっきりビビって肩が上がってしまった。急いで振り向くと、白髪の青年が立っていた。  あれ……⁈ さっきまでいなかったよね……⁈ こいつどこから……⁈  未だ高鳴る心臓を落ち着かせるように胸を押さえ、じっと青年を見た。重力なんて無視したような羽っけの白髪に紫色のじと目。白と黒の和装をして、気だるそうなオーラを醸し出していた。いや………見たところで誰だかなんて分からないけど……。 「ここに来るということは……ふむ、お察しだな」 「えっ、ここがどこだか分かるんですか?」 「詳しくは分からぬが……」  青年が私をじっと見る。そして何かに納得したように、「あぁ」と呟いた。 「成る程。あいわかった」 「えっ」 「で、ぬしの名は?」  何が分かったんだよ。教えろよ。なんで私が分からないのにこいつに分かるんだよ。  そうは思ったが話してくれそうにもなかったので、仕方無く素直に質問に答えた。 「冷幻白夜です」 「……………何?」 「だから、冷幻白夜です。珍しいけどそういう名前なんです」  青年は驚き、数回まばたきをした。そんなに驚かなくてもいいだろ。失礼だぞ。 「ぬし、どこの生まれだ?」 「は? どこって……」 「いいから答えろ」  睨まれたので、また仕方無く答えた。すると、青年は腕を組んで考え込む。  何だよこいつ。何をもってそんなこと訊いてんだよ。そんなに名前が奇妙か。まあ、否定はしないけどさ。 「ほお………面白いのう」  そう呟いた青年は、にやりと笑った。絶対こいつは危ない奴だと確信した。ただでさえ状況が飲み込めないのに、こんな不審者と出くわすなんて……。  ていうかこいつ、本当にどっから沸いて出た? さっきいなかったよな? もしかして、髪が白いから見えなかっただけ? そんなに私見落としてた? 今度眼科に行こうかな……。 「ぬし、どうやってここに来た?」 「え? こっちが訊きたいですよ」 「ほう?」  私は青年に大まかな説明をした。  こいつ、人の名前は訊いといて自分は名乗らないのかよ。信用出来ねえなあ……。  ま、でもなんか知ってるみたいだし、素直に従っておくのがベストか。  説明し終わると、青年は一回頷いて言った。 「ということは、ぬしはとばっちりを食らった、ということだな」 「とばっちり?」 「それにしても、その友人は酷い奴だな」 「ひどい?」  いまいち話が読めないんだけど。こいつ、蘭李が何やったか分かったの? 凄くね? 実は頭良いのか?  青年は不敵な笑みを浮かべると、その場に座り胡座をかいた。 「ぬしをこんな所に送り込むなんてのう」 「あの……ここってどこなんですか?」 「名など無い」 「は?」  名前は……無い? 無名の地なんて存在するのか? ここが、所謂普通の世界ならの話だけど。  青年は上目遣いで私を見た。紫色の視線は、私を探るように注がれる。 「ここには何も無い。何も存在しない場所なのだ」  何も存在しない場所? たしかに何も無いけど……。 「私達はいるじゃないですか」 「そうだな」 「は? いや、だから……」 「私とぬしは存在する。だかそれ以外は存在しない。そんな場所だ」  イミガワカラナイヨー。コノヒトナニイッテルンダヨー。  というかこの人も分かってないんじゃ……? 絶対そうだ。分かってないんだ。だからこんな曖昧な答えを言ってくるんだ。チッ、結局役に立たないのかよ。  あーあー。でもどうしよう。どうすれば帰れるんだろう。こんな時こそ、テレポーテーションの魔法道具でも持っていれば……。 「ぬし、もとの世界に帰りたいか?」 「そりゃもちろん」 「そうか」 「……………」  え? それだけ? 今の流れって「なら私が帰してやろう……!」的な流れじゃないの? え? ただ訊いただけなの? 嘘だろ? 馬鹿なの? じゃあ期待させんなよ!  そんな私の心の叫びが聞こえたのか、青年はクスリと笑った。 「帰してもらえる、とでも思ったか?」 「……まあ」 「それが出来れば私はここにいない」  ―――こいつも、帰りたくても帰れないんだ。てことは私と同じで、不本意で来たってことか。なんかちょっと親近感沸いたかも。  私はしゃがみ、青年の隣に座った。 「あの……何も方法は見つからなかったんですか?」 「ああ」 「ちなみに、いつからここに……?」 「さあ」  さあって嘘だろ……こんなところにずっといるなんて嫌だぞ。死んでも嫌だ。それなら死んでやる。  青年は虚空を見つめながら、静かに呟いた。 「ここに来ること自体が異常なんだ。しかもぬしの場合、分かっておらぬし」 「分かってないって何が?」 「ぬしが今、どういう状態なのか」 「どういう状態って……」  謎の白い空間にいる。それだけじゃん。それ以外どう形容しろというんだ―――そう言うと、青年は溜め息を吐いた。 「それは状況。私が言ってるのは状態だ」 「状態?」 「分からぬならそれでも良い。どうせ帰れないのだから」  少し寂しそうに吐き捨てる青年。  ―――この人は一体、どれだけの時間をここで過ごしたのだろう。その間ずっと一人だったのか? 誰にも会わず、この白い空間にずっと一人で? 私なら気が狂いそうになる。  なんか………可哀想だな。 「ところで、ぬしに兄弟は?」 「え? 一人っ子ですけど」 「…………そうか」  残念そうに俯く青年。  なんでいきなり兄弟の話? もしかして、私がこの人の兄弟に似てるとか? それで思わず話してみたとか?  私は、おそるおそる青年に訊いてみた。 「あの………あなたには兄弟は?」 「弟がいた」  やっぱり。でも弟かよ。妹じゃないのかよ。もしかして、私のこと男だと思ってんのかな? 有り得ない話ではない。普段だって間違えられることがあるんだし。でもそれなら、今のうちに訂正しておかないと。 「あの、実は私―――」 「ぬしと同じ、黒髪に紫色の瞳を持っておった」 「だから私―――」 「しかも闇属性でな」  ――――――はたりと、止まってしまった。今のはどういうつもりで言ったのか。特に何も意味無く言ったのか。  それとも、私が闇属性だと知ってて……? 「………その顔、やはり似ておるな」  青年が穏やかな笑みを浮かべた。  ――――――――――――懐かしい。  何故だか一瞬、そう思ってしまった。この人には会ったことなんてないのに。名前も知らない、この人のことなんて知るはずもないのに……。 「―――――――――本当に?」 「えっ?」 「ん?」  耳元で声が聞こえた。しかし振り向いても誰もいなかった。青年が不思議そうに私を見る。  幻聴……? そのわりにはリアルに聞こえた気が………気のせいなのかな……。 「お前今滅茶苦茶失礼なこと思ってないか?」 「別に。蒼祁がいてくれてよかったなーって思ってたよ」  不意に異質な話し声が聞こえてきた。青年と共にその方を見ると、人影が見えた。今度こそは幻聴などではない。しかも、その二人は見知った顔だった。 「…………蘭李?」  控えめに呼んでみた。黒い髪の少女と男子が私達を見付ける。黄色と青の視線が注がれた。  そして、少女の目にじんわりと涙が溢れる。 「――――――ハクーッ!」  蘭李は、叫びながら駆けてきて飛び付いてきた。体が傾き、地に背を打ちつける。「うぐっ……」と、女子らしからぬ呻き声を上げてしまった。めっちゃいてぇ。 「ハクー! よかったよー! ごめん! まさかハクまで巻き込んでたなんて!」 「ちょ……苦しい……タンマ……」  仕返しも込めて蘭李のみぞおちを殴った。蘭李の体は瞬時に曲がり、転がり落ちる。そして苦しそうに傍で横たわった。 「いたあああ!」 「ったく………少しは加減しろよな」 「ハクこそ加減してよ!」 「おい、茶番はそこまでにしろ」  蒼祁の怒りの声に、蘭李はのそのそと起き上がった。私も上体を起こし、蒼祁を見上げながら立ち上がる。 「蘭李はまだしも、なんで蒼祁が?」 「助けに来てやったんだよ」 「へぇ。案外優しいんだ」 「案外ってなんだ。俺はいつも優しい」  どこがだよ、という目をする蘭李。瞬時に蒼祁に睨まれていた。その隣で、「よっこいしょ」と立ち上がる青年。私は青年に蘭李を紹介した。 「あ、この子が例の友人」  青年はじっと蘭李を見た。一方蘭李の頭上には、クエスチョンマークが浮かんでいる。助けを求めるような目で、私にちらちらと視線も送ってくる。そんな目で見るな。ちゃんと説明してやるから。 「この人は、私達と同じで不本意にここに来たらしいんだよ」 「えっ」  何故かびくりと肩を跳ね上げる蘭李。なんだその反応。そんなにびっくりしなくても……。 「不本意って……まあ、お前にとってはそうかもな」  蒼祁がクスクス笑いながら顎に手を当てる。  だからなんだその反応は。不本意だろ。意図的に来たって言いたいのか? 「えーっと……その話は帰ってからで……」 「そうだな。あんまりうかうかしてらんねぇし」 「蒼祁、帰る方法分かるのか?」 「だから助けに来たって言ってんだろ。話聞けよ」  いや聞いてたけどさ。そんなにアッサリ言われると、なんか実感無いっていうか……。  傍に来るように蒼祁に呼ばれる。近寄ろうと一歩踏み出すが、そこで止まってしまった。 「ハクどうしたの?」 「………この人も、連れていける?」  青年を指して言った。蘭李も青年も目を見開いている。  驚くなかれ。私にだって気遣いの心は持ち合わせている。この人だって、帰れるのなら帰りたいだろう。一緒に帰れるなら、連れていくべきだろう?  蒼祁は青年を見て、私に視線を移した。 「連れていくことは出来るが……」 「なら―――」 「いや、いい」  私の言葉を遮ったのは、青年本人だった。青年は優しく笑っていた。けど、寂しさが混じっているように見えた。 「帰れたところで、恐らく私の肉体は腐っておる」 「肉体?」  ―――って、どういうことだ? 今ここに肉体があるじゃんか。  すると、蘭李が申し訳なさそうに割り込んできた。 「あ、あのね、ハク、実は………今、あたし達――――――魂、なんだ……」  ―――――――――は? タマシイ? 「あたし、魔導石で瞬間移動魔法を唱えたつもりだったんだけど……」 「失敗して魂だけ、しかも中途半端に、この「空間のはざま」に送っちまったんだよ。笑えるよな」 「わざとじゃないよ⁈ ホントに今回のはマズイと思ってるし……」  ――――――にわかに信じられない。まさか今自分が魂だなんて。魂には慣れてるが、まさか自らがなるなんて……。  ああでも、そうすると青年の言っていたことも何となく分かる。分かってたなら教えてくれてもよかったじゃんか……。  ていうか待て。『魔導石』って何? ナチュラルに言ってるけど、私初耳なんですけど。説明求む。あ、でもそういえば前に六支柱と戦った時、蒼祁が雷のお父さんを脅す為に『魔導石』を使った……みたいなこと言ってた気が……。  まあ……この話は帰ってからじっくり聞こう。今はまず帰ることが先決だ。  私は青年に向き直った。 「でも肉体が無くなってても、こんな所に閉じ込められなくて済みますよ」 「肉体が無いのなら、ここにいる方がまだ良い」  青年は、紫の瞳を光らせた。 「ぬしなら、その意味が分かるであろう?」  ―――反論出来なかった。たしかにその通りだと思ってしまった。  肉体が無いまま帰れば、つまりは幽霊と同じなわけで。そうなると、私達闇属性に消されたり、悪魔に食われたりする対象になる。それが幽霊にとって、良いことであるわけがない。彼らには抵抗する術もない。モノノケになれば多少はそれも可能だが……それにだって限度がある。 「幽霊というものは、生人にとっては害悪でしかない。だから闇属性に消し去られるしか道は残されておらぬ」 「それは………おかしいよ」  青年が視線を移す。その先には、蘭李がいた。 「幽霊にもいい人はいるはずだよ」 「そういう問題ではない。いたら害悪なのだ」 「でもあたしの先祖は違うよ!」  青年は眉を潜めた。興味深そうに蘭李の言葉を待っている。  ――――――幽霊は、放っておくとモノノケになる。そうすれば物理的な被害を受ける。だから早めに潰しておかなければならない。  それが、昔から言われてきたことだった。実際その通りだし、何の異論もなくそうしてきた。  だけど、蘭李にとってはそうじゃないんだよな……。 「突然現れて「お前は死ぬ」とか言ってきたけど! 何度も助けてくれた! そりゃ物理的には何もしてくれないけど、ハク達を呼んできてくれたり、励まし……っぽいことも言ってくれたりした! だから、幽霊みんな害悪ってわけじゃないよ!」  蘭李は言い切ると、青年を強く見据えた。青年も蘭李から視線を逸らさない。二人の間に沈黙が流れた。  正直、蜜柑達が現れた時、不安しかなかった。三人も出てきたし、先祖だとか言ってるし。蘭李が何かされるのかとヒヤヒヤしていたけど、それなりに役に立ったから、「まあいいかな」なんて思ってしまっていた。  本当は良くないって、分かってはいるんだけど……。 「………早く決めろよ。時間無いんだ」  蒼祁の低い声が響いた。全員の視線が青年に注がれる。青年は溜め息を吐き、薄く笑いながら言い放った。 「私はここに残る」 「なんで⁈」 「例え害悪でなくても、幽霊はいずれモノノケになる。私はそれにはなりたくない」 「そんな――――――」 「じゃあ行くぞ」  無理矢理蒼祁に手を握られる私と蘭李。蘭李はまだ何か言いたげに青年を見ていた。  この人はきっと、怖いんだ。自分が自分でなくなることに。私だって同じ立場なら、同じことを言うかも。消されるくらいなら、モノノケになるくらいなら、ここで永遠にいた方が、まだ………。 「気を付けろよ」  青年の声に、思わず振り向いた。紫色の視線は、不安そうな色も帯びていた。 「幽霊は必ずモノノケになる。今は助けてくれても、いつか殺されることになるぞ」  そんなことない――――――蘭李みたいにそう反論出来れば、どれだけよかったか。私には出来なかった。幽霊のことをよく知ってるから。モノノケのことをよく知ってるから。  だから、こう返すことしか出来なかった。 「――――――分かってる」  瞬間、蘭李の目が見開かれた。困惑と怒りの混じったような顔で私を見る。  まあ、やっぱり怒るよな。何も知らないお前は。理解しろとは言わないよ。お前はそのままでいい。  蜜柑達を、信じてやれよな。 「ハクッ!」 「『スティグミ・キニマ』」  蒼祁がそう呟くと、急速に意識が遠のいた。  ―――――――――――――――暗転。
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