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 一日、二日と短剣投擲訓練を慣熟していく感覚が分かる。  カリンは、マーガレットの驚くべき《自己学習|ラーニング》能力の開花に目を見張る思いだった。何と、動的目標に対する投擲動作の完了一秒以下という難題を、すでに達成してしまっているのだ。無論、対GA戦というわけではないので、あくまで一応達成したに過ぎないが、それでも以前のカリンとマーガレットでは不可能だった課題の達成だ。素直に喜ぶべきだろう。  なので、次の課題だ。真湖の操るGA星見草相手に短剣投擲のみでの勝利達成、ぶっちゃけカリンはこの戦姫学園の試験の中でも最難関だと思う。普通に戦って勝てる相手でもないのに、もし真湖が手加減をした上でのことだというのなら、この課題にはあまり意味がなくなってしまう。それなら、同程度のレベルのGA乗りをどこかからか調達してきて、短剣の標的代わりにしたほうがいい。  とはいえ、真湖の性分を鑑みれば、手を抜くなど絶対にあり得ない。それは信頼というより、GA乗りとしての性分だ。GA乗りとは不器用なもので、手を抜くということを訓練中にどこかに置き忘れてくるらしい。おそらく、カリンもマーガレットもそうだろう。  カリンは午後一時から続いた短剣投擲訓練がひと段落したところで、訓練場の端で休憩を取ることにした。時刻は午後五時、ぶっ続けで四時間の自主訓練だった。 「お疲れ様です、殿下。お茶と軽食をご用意いたしております」 「ありがとう、リーザ」 「真湖様もどうぞ、お召し上がりくださいませ」 「じゃあ、ご相伴に与るわね。ありがとう」  まるでピクニック気分だ。カリンはリーザと真湖とともに、紅茶とサンドイッチを頬張る。夕食までの繋ぎだ。あまり飲食をしすぎると操縦中吐き気を催すかもしれないので、適度なところで切り上げる。 「感触はどう? カリンさん」 「聞いて、先輩! やっとマーガレットの手綱をきちんと握れた感覚ができてきたの!」 「そう、それなら、もう大丈夫ね?」 「な、何が?」 「明日、正午、模擬戦をやりましょう。以前言ったとおり、短剣投擲のみで私に勝利すること、私は短槍二本でお相手するわね」 「いぃっ……や、やっぱり、やるの?」 「ええ。これができなければ、ラウラに勝つなんて夢のまた夢よ」  いや、カリンは真湖に勝って欲しいのであって、カリンはあくまでトリックを見破る踏み石にして欲しかったのだが——真湖の中では、カリンがラウラと正面切って戦い勝利することが目標となっていた。  どうも、真湖は目標が厳しければ厳しいほど燃えるタイプらしい。  教官に向いているな、これは。カリンがそんなことを思っていると、訓練場のナイター設備が点灯した。 「ん、そろそろ休憩終わり。午後九時までは訓練」 「カリーナ・シレジアン!」  急にカリンの名前が呼ばれた。カリンは声のした方向へ振り向く。  スタジアム式訓練場の観客席、つまりカリンたちがいる場所から上段のところに、長い髪を三つ編みにして頭の上で束ねた金髪の少女がいた。 「誰? 気安く呼ばないでくれる?」 「ふん、最弱王女のくせに生意気ね!」 「何ですってぇ!?」 「どうどう、カリンさん落ち着いて」  真湖が猛るカリンを抑える。その間に、リーザが応対する。 「私の記憶間違いでなければ、あなたは一年A組のアリチェ・ビーノヴァさんとお見受けしますが、いかがでしょうか?」 「そうよ! クラスメイトとして憶えていただけて光栄ね、エリザベート・ディナミス!」  ご丁寧にアリチェとリーザはともに名前まで憶えていた。これではまるで自分が馬鹿みたいではないか、とカリンが口を動かす前に、リーザは深々と一礼をし、名乗っていた。 「どうぞリーザとお呼びくださいませ」 「ならそうさせてもらうわ! とにかく、今日来た目的は」 「あ、カリンさんに用事? 訓練中なんだけど」 「お時間は取らせないわ、山神先輩! そこのカリーナ・シレジアンとの模擬戦を一戦、所望するだけよ!」  ビシッと、アリチェはカリンを指差す。ついに頭に来たカリンは、叫び返した。 「望むところよ! 先輩の前哨戦としてちょうどよかったわ! ギッタンギッタンにのしてやる!」  こうして、突発的に始まったクラスメイトとの模擬戦に、カリンは臨むこととなる。 「マーガレット、《戦闘準備|スタンバイ》! 目標、アリチェ・ビーノヴァ機ティリア!」  カリンは叫ぶ。マーガレットは《了解した|ラジャー》とばかりに投影型ディスプレイを開く。  GAティリアは長剣を扱う。大振りな一撃さえ避けられれば、短剣投擲だけでも十二分に勝機はある。それに——特別なシステムを積んでいるというわけでもなさそうだ。ペルニカのようなシステムを積んでいてくれればいい経験になったのだが、とカリンは残念に思う。 「準備はできたみたいね? 行くわよ、最弱王女様!」 「最弱言うなチビ女! ズタボロにしてやる!」  カリンは《Ball》を軽く捻る。  長剣を両手で持ち、右後ろの地面を擦りながら突撃してくるティリアの左肩を狙って、マーガレットは手早く短剣を一本投げつける。  と同時に、マーガレットは体勢を低く構え、ティリアの両足へと、腰についたワイヤー付き短剣を二本投擲した。  まず、ティリアは左肩めがけて飛んでくる短剣を切り払う。そこで突撃は一瞬止まり——ワイヤー付き短剣に見事引っかかる。くるくるとワイヤーは足に巻きつく、しかもそれぞれ両足ともにだ。 「ぎゃっ!?」  そんな悲鳴が、カリンにもはっきりと聞こえた。だが、本番はここからだ。  マーガレットの右腕に力が込められる。駆動音は火を噴くかの勢いで唸り、左手も使ってワイヤーを思い切り引っ張る。  ティリアのシンプルヒールの左足が高々と上がる。ティリアの重心は後ろに、しかし重たい長剣を地面に刺し、何とか体勢を保っている。  あと一撃。マーガレットは腰のワイヤーを解放する。そしてクナイ型の短剣を選び取り、ティリアのスリムな頭部、正確には首の関節部へと狙う。  ワイヤーから解放されたティリアは即座に体勢を立て直したが、その勢いとともに、飛んできたクナイ型短剣に首を貫かれる。  だが、それでもティリアの突撃は止まらない。 「舐めんじゃないわよおお!」  轟くアリチェの叫声。カメラや一部機能はすでに故障しているだろうに、それでも前へ進むことをやめない。  ティリアは長剣を振り回す。そのリーチは予想外に長い。マーガレットはたまらず、バックステップをして距離を取った。  ——ムカムカが止まらない。  さっき飲んだ紅茶のせいではない。ただただ、アリチェというムカつく敵の存在が認められない、カリンは《Boots》を踏み込み、アンダースローの体勢を取る。 「こんなところでぇ……止まっていられないのよおおおッ!」  マーガレットの右手指に握られているのは、四本の細い短剣。 まるで野球選手が《潜水艦|サブマリン》という投法を取るかのように、それらは地面すれすれの位置から瞬時に放たれる。  あくまで、これは模擬戦だ。  だから、マーガレットが狙ったのは、ティリアの足の付け根、腰部だ。これが模擬戦でなく実戦であれば、容赦なくコクピットのある胸部を集中的に狙っていただろうことは間違いない。  ティリアは、次々と刺さる短剣に、さすがに機体のほうが耐えきれなくなったのだろう。強化軟炭素繊維内に包まれた重要な骨格部分にまで損害が出てしまったのかもしれない。サルファイエローの機体は長剣を掲げたまま、地面に膝を突き、首がかくん、と傾いた。  ピー、と電子音が流れる。 「そこまで。模擬戦は終了よ、勝者カリンさん」  真湖の冷酷な声が聞こえる。ぜえぜえ、と息も絶え絶えのカリンは、ジャージの袖で額の汗を拭った。  ——勝利?  マーガレットの投影型ディスプレイには、《Victory|ヴィクトリィ》の文字が輝いていた。 「くそっ……くそぉ! 動け、動けぇ!」  アリチェの声だ。全域音声通信で聞こえてきた嗚咽と悲痛な声は、未だ負けを認められない様子を物語る。  たった数分の戦い、その結末。  カリンとしては、戦姫学園に来て初めての勝利なのだが——。 「……私の勝ちよ」 「うるさい! うるさい、うるさい!」 「さっさと訓練場から出ていけ! 私の勝ちだ!」  カリンはとても、勝ちを誇れるような心境ではなかった。  今すぐ、無残な姿となったティリアから目を背けたい。  その後、幸いにも真湖の連絡を受けてすぐに《工廠|アーセナル》の整備専用GAが二体やってきて、アリチェごとティリアを《工廠|アーセナル》へと連れていった。  カリンの初勝利は、ほろ苦い経験となった。
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