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 ここはどこだろう。気付いたら真っ白い空間にいて、ただそこにぽつんと存在していた。少し辺りを歩いてみても、景色は変わらず白いまま。そもそもちゃんと移動出来ているのかも分からない。白いから。  もしかして、魔法に失敗したのだろうか―――あたしがさっき唱えた呪文。それは、魔導石の魔法『瞬間移動魔法』だった。効果はその名の通り。  影縫さんから逃げるために、咄嗟に思い付いたんだけど……たしかに、シルマ学園にいた頃は成功したことなどない。  でも、呪文の途中で見せたハクのあの表情。きっとあたしの「髪の色が変わってるんだ」って思ったから、てっきり成功したのだと思ってた。それなのに……。 「とちゅうから、失敗したんじゃないの?」  聞き慣れた声が背後からかけられた。振り向くと、外ハネの黒髪に、黒い和服とスカートの少女がいた。黄色い瞳はあたしを真っ直ぐに見つめ、小柄な体はあたしの胸くらいまでしか高さがなかった。  ――――――この少女を、あたしは知っている。 「はじめはうまくいって、でもとちゅうで失敗した。そうじゃない?」  彼女は、「小さい頃のあたし」だ。しかも、シルマ学園に通っていた頃の。その証拠に彼女は、シルマ学園で毎日着ていた、黒の制服をまとっている。 「集中力がないとまほうが切れるって、蒼祁も言ってたじゃん」  たしかにそうだ。出しきりの魔法ではなく持続的な魔法は、集中力がないと途中で切れてしまう。蒼祁にそう言われたし、実際そうだった。  なら、今回のも? 途中で集中力が切れたってこと? 「そうじゃない? だって、ゆだんしたでしょ」  ハクが驚いて、ちゃんと髪の色が変わったんだって思った時、「これならいける」って思った。もしかしてその時に、思い上がったのかもしれない。だから油断したのかもしれない。 「そう考えるとさ~、ここって………来ちゃいけないところなんじゃないの?」  来ちゃいけない所……? 何それ。どういう意味? 「だって、「しゅんかん移動」って「くうかん移動」でしょ? それに失敗したってことは……ここって「くうかんのはざま」とかだったりして」  空間の……はざま? 何それ。もっと意味分からない。 「まーつまりー、自力じゃかえれないってこと」 「帰れない?」 「そー。だって今、魔導石もってないもん」 「えっ⁈」  ポケットに手を突っ込んだ。たしかに無い。他のポケットも確認したが、どこにも無かった。  あの時たしかに握りしめていたはずなのに……落とすはずないのに……。 「あーあー、これで死んだもどーぜんだね」 「そんなことない……何か帰れる方法があるはず……」 「ないよ」 「あたし」はぐいっと顔を近付けてくる。見上げる黄色い瞳には、動揺したあたしの顔が映った。 「コノハも魔導石ももってないあたしにできることなんて、何もない」 「そんなこと……!」 「人をころすことしかできない野生動物にできることなんて、何もないよ」  ――――――そうだ。あたしは、誰かを殺すことしかできない。自分が助かるために、誰かを犠牲にすることしかできない。 「まーいいじゃん。死んだもどーぜん。生きてるのもつらかったでしょ?」 「あたし」がぽんぽんと腰を叩いてくる。  生きてるのも辛い。そういえばそうだった。「みんな」を殺してから、あたしが死ねばよかったってずっと思ってたっけ。だから銃もやめて、コノハに丸投げして………。 「ね? だからさ……」 「でも、みんなに助けられた」 「え?」  恨んでなんかない―――ハク達はそう言ってくれた。気休めかもしれないけど、嬉しかった。本当に心が軽くなった。 「だからあたし、生きててもいいのかなって思えたんだ」 「そんなのうわべだけだよ。みんな本気でそんなこと……」 「それでも、あたしは生きたい。みんなとまだ遊びたい」 「そんなの自分勝手だよ!」 「分かってるよ。でも、生きたいの。「みんな」の分も」  このまま死ぬなんて嫌。わけも分からず死ぬのなんて嫌。「みんな」を殺して生き延びた分、「みんな」のためにも生きなきゃいけない。 「だから、あたしは生きる」 「でもどうするの? ここからどうやってかえるの?」  あたしは踵を返し、スタスタと歩き出した。「あたし」も後ろをついてくる。 「まさか、歩いていくつもり? あてもなく?」 「それしかないじゃん」 「そんなの時間と労力のムダだよ。そもそも、歩いてかえれるかも分からないのに……」 「でもこれしか方法は無いじゃん。それに、魔導石が落ちてるかもしれないし」 「そうだけど……」  人には出来ることの限度がある。なら、あたしはその出来ることをやるしかない。そんなの当たり前のことだ。歩いても歩いても、この空間が果てしなく続くだけかもしれない。そうだとしても、何もしないよりなずっとマシだ。  それに、ここに来れたんだから、帰る方法だって絶対あるはずだ。あたしは死んだわけじゃないんだ。 「だから―――諦めないよ。あたしは」 「何一人でぶつぶつ言ってんだお前」 「――――――うわぁああああっ⁈」  突然背後から異質な声が聞こえ、飛び上がってしまった。振り向くと、黒い髪に青い目の男子―――。 「そっ、蒼祁⁈」 「いちいちうるせぇ」  そう。蒼祁がいたのだ。うざったそうに体を逸らしてあたしを睨む蒼祁。 「なっなななんでここに⁈」 「お前らを回収しに来たからに決まってんだろ」 「お、お前ら?」 「お前と冷幻」 「えっ⁈」  ってことは、ハクもここにいるってこと⁈ どこに⁈ いないけど⁈ 「ハクー⁈ どこー⁈」 「なんで一緒にいねぇんだよ……めんどくせぇな」 「ていうか蒼祁どうやってここに来たの⁈ いや、そもそもここはどこ⁈」 「空間のはざま」  ――――――えっ? ほ、ホントに空間のはざまなの? テキトーに言っただけなのに……。 「……いや違うでしょ。空間のはざまって何」 「違くねぇ。お前、魔導石でテレポーテーション使っただろ?」  そうだけど………やっぱそれに失敗して……? 「テレポーテーションはこの空間のはざまを通って移動する。が、お前はそれに失敗して、《魂だけがこの空間の|・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・》《はざまに残された|・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・》んだよ」  ―――――――――え? 「しかもお前、肉体は元の場所に残されてるんだ。つまり、お前は魂だけを移動させようとしていたんだよ」  ――――――――――――ええ? 「ったく……だからその魔法だけは使うなって言ってたのに……お前、死にたいのか?」  そういえばそうだったね。なんか昔、そんなこと言ってたわこいつ。忘れてた。 「コノハに呼ばれたんだよ。お前が呪文を唱えて気を失ったって。で、話を聞いてみればこれかよ。俺がいなきゃお前、永遠にここから出られないんだぞ。分かってんのか?」  くどくどと説教をされる。いつもなら反論するが、今回に限ってはその気もなかった。  まさか、魂だけを移動させようとしてたなんて……これじゃ自殺しようとしていたようなもんじゃん………はは……笑えない………。 「おい、聞いてるのか?」 「聞いてるよ。あたしが悪いんでしょ」 「そうだ」 「すいませんでした。でさ、蒼祁はなんで来れたの?」  蒼祁はフンと鼻を鳴らし、腕を組んで見下ろしてきた。 「俺を誰だと思ってる。魔導石で意図的に魂だけをこの空間に送ることなんて造作もない」 「わーさすがーすごーいそんけーするー」 「もっと心を込めろ」  なんか……いや、たしかにすごいと思ってるし、めちゃくちゃ感謝してるけど………どうもこいつが言うと、その気が失せるっていうかさ……。  まあいいや。助けに来てくれたことは事実だし、命の恩人ってわけだし、ちゃんとお礼しとくか。 「ありがとう。蒼祁」  沈黙。蒼祁はなぜかあたしをじっと見てる。  何それ……どういう反応? なんで黙るの? 何か言ってよ。ちょっと恥ずかしいじゃんか……! 「………礼言うくらいなら手間かけさせるな」 「………ごもっともです」  反論出来ない。仕方ない。さすがに今回はあたしが全面的に悪いし、大人しく怒られてよう。  蒼祁がスタスタと歩き始めたので、慌ててついていった。 「ハクを探すの?」 「ああ。そうじゃなきゃお前泣きじゃくるだろ」 「でもどうやって?」 「勘」  勘⁈ そんな曖昧なので見つかるの⁈ ホントに見つける気ある⁈  そう言うと、蒼祁がギロリとあたしを睨んできた。 「お前のせいで今俺達は魂なんだ。魔法もろくに使えねぇ。そんな状況で帰れる分だけ確保したら魔力は残らねぇ。そんくらい分かるだろ」 「はいすいませんでした」  ものすごいまくし立てられ威圧をかけられた。  そりゃあたしが悪いけどさ、もう少し柔らかく言ってくれたっていいじゃん……。  ていうか! 元はといえば魔警察がいけないんじゃん! もっと言うとあの悪魔のせいだ! あいつさえいなければこんなことにはならなかったのに! くっそ……見てろあの悪魔め……! 捕まえて魔警察に突き出してやる! 「まあ、微かにだが魔力の気配を辿ってるから、細かく言うと勘ではないがな」  フォローのつもりで言ってくれたのかな? いや、蒼祁に限ってそんなことないか。ただ事実を淡々と述べただけだよねきっと。蒼祁だもん。人が落ち込んでいようが何してようが全く構わないやつだもんね。 「……お前今滅茶苦茶失礼なこと思ってないか?」 「別に。蒼祁がいてくれてよかったなーって思ってたよ」 「嘘つけ」 「なんでだよ」  即答するな。あたしが感謝するのはそんなに珍しいか。あたしだって感謝とかお礼とかするからね⁈ なんかみんなそう思ってないみたいだけど! するから! 人の子ですから! 「…………蘭李?」  ぽつりと聞こえた声。先を見ると、黒い髪の少女と白い髪の青年が座っていた。二つの紫の視線があたし達を貫く。少女のその姿に、思わずじんわりと涙が溢れてきてしまった。 「――――――ハクーッ!」  叫びながら駆け、ハクに飛び付いた。地に背を打ったハクは苦しそうな声を上げた気がしたけど、気のせいにしておいた。 「ハクー! よかったよー! ごめん! まさかハクまで巻き込んでたなんて!」 「ちょ……苦しい……タンマ……」  唐突にみぞおちを鋭く殴られ、あたしは反射的に体が曲がった。そのはずみでハクから転がり落ちる。 「いたあああ!」 「ったく………少しは加減しろよな」 「ハクこそ加減してよ!」 「おい、茶番はそこまでにしろ」  蒼祁の怒りの声に、のそのそと起き上がる。ハクも上体を起こし、不思議そうに蒼祁を見上げながら立ち上がった。 「蘭李はまだしも、なんで蒼祁が?」 「助けに来てやったんだよ」 「へぇ。案外優しいんだ」 「案外ってなんだ。俺はいつも優しい」  どこがだよ。優しさの欠片もないよ。直後に睨まれた。心の声が聞こえたのかな。すごいな蒼祁。 「あ、この子が例の友人」  ハクがあたしを指しながら青年に言うと、青年にじっと見られた。この人誰なんだろう。ここにいるってことは、あたし達と同じく魂なんだよね?  ちらちらとハクに視線を送る。あたしの思いが通じたのか、今度は青年を紹介してくれた。 「この人は、私達と同じで不本意にここに来たらしいんだよ」 「えっ」  不本意って言葉に反応して、びくりと肩が跳ね上がった。  なんか………すごい罪悪感……言いづらいよう……。 「不本意って……まあ、お前にとってはそうかもな」  蒼祁がクスクス笑いながら顎に手を当てる。ハクはわけが分からない、といった困惑の表情だ。  笑うな蒼祁! 笑い事じゃないし、今は帰る方が大事でしょ! 「えーっと……その話は帰ってからで……」  話題を無理矢理断ち切ると、蒼祁もそうだな、と腰に手を当てた。 「あんまりうかうかしてらんねぇし」 「蒼祁、帰る方法分かるのか?」 「だから助けに来たって言ってんだろ。話聞けよ」  そう吐き捨て、そばに来るようにハクを呼ぶ蒼祁。ハクは一歩踏み出すが、そこで止まってしまった。 「ハクどうしたの?」 「………この人も、連れていける?」  ハクは青年を指して言った。意外な発言で、あたしはびっくりしてしまった。ハク、優しいなあ。あとは蒼祁が許すかだけど……。  蒼祁は青年を見て、ハクに視線を移した。 「連れていくことは出来るが……」 「なら―――」 「いや、いい」  唯一の反対意見を述べたのは、青年本人だった。青年は優しく笑っていた。だけど、なんだか辛そうに見える。 「帰れたところで、恐らく私の肉体は腐っておる」 「肉体?」  ハクが首を傾げる。さらにドキッとした。  この人、魂のこと知ってたんだ……ってことは、知らないのはハクだけ。なら、今説明しないとダメだよね……?  あたしはしぶしぶ、ハクに説明した。当然ハクは驚いたが、割とアッサリ受け入れてくれた。  よ、よかった……最悪絶交を覚悟したよ……ありがとうハク! 心が広くて! 「でも肉体が無くなってても、こんな所に閉じ込められなくて済みますよ」  ハクが青年に向き直る。四つの紫色の瞳は、正面の相手を探るように見据えた。その内片方の二つが、キラリと光る。 「肉体が無いのなら、ここにいる方がまだ良い。ぬしなら、その意味が分かるであろう?」  沈黙が流れる。ハクは何も言わなかった。つまり青年の言う通り、肉体が無いのならここにいる方が、まだマシなのかな。 「幽霊というものは、生人にとっては害悪でしかない」  何……それ―――幽霊が、害悪……? 「だから闇属性に消し去られるしか道は残されておらぬ」 「それは………おかしいよ」  思わず、声が出てしまった。青年に鋭く見られる。  だって………それは違うよ。それだけは……違うって分かるよ。 「幽霊にもいい人はいるはずだよ」 「そういう問題ではない。いたら害悪なのだ」 「でもあたしの先祖は違うよ!」  思いっきり叫んだ。何も知らない部外者がって思われてるかも。お前なんかに何が分かるって思われてるかも。それでも、言わせてもらう。 「突然現れて「お前は死ぬ」とか言ってきたけど! 何度も助けてくれた! そりゃ物理的には何もしてくれないけど、ハク達を呼んできてくれたり、励まし……っぽいことも言ってくれたりした! だから、幽霊みんな害悪ってわけじゃないよ!」  そりゃあたしは、幽霊の仕組みとかよく分からないよ。今までそんなのと関わったことなんて無いし。興味も無かったし。  でもさ、蜜柑達はあたしを助けるために出てきてくれたんだよ? 肝心な時にいなかったりするけど、ちゃんと助けてくれるんだよ?  そんな優しいご先祖様達が、害悪なわけがない。それを害悪と言うなら、誰であろうとあたしが許さないから。  青年と睨み合う。そのまま沈黙が、しばらく続いていた。 「………早く決めろよ。時間無いんだ」  やがて放たれた蒼祁の低い声が沈黙を破った。全員の視線が青年に注がれる。青年は溜め息を吐き、薄く笑いながら言い放った。 「私はここに残る」 「なんで⁈」 「例え害悪でなくても、幽霊はいずれモノノケになる。私はそれにはなりたくない」 「そんな――――――」  ―――ことない。そう続けようとして、蒼祁に手を握られた。妨害するかのように体を引かれる。  なんで⁈ 絶対にモノノケになるなんて、そんなの言い切れないでしょ⁈ それなのに……! 「じゃあ行くぞ」  ハクの手も握る蒼祁。その時青年が声をかけてきた。振り向くと、不安そうな視線に貫かれた。 「幽霊は必ずモノノケになる。今は助けてくれても、いつか殺されることになるぞ」  そんな………そんなのウソだ………! 「そんなことない!」 「――――――分かってる」  ハクの返答に、目を見開いてしまった。ハクも不安そうな顔をしている。わざとなのか、あたしと目を合わせようとしなかった。  なんで……⁈ 蜜柑達がモノノケになるわけないじゃん! あの人達には未練が無いんだから! ただ、あたしを助けるために出てきただけなんだから! それなのに……!  ――――――なんで反論してくれなかったの⁈ 「ハクッ!」 「『スティグミ・キニマ』」  あたしの怒りは、蒼祁の呪文によって手放された。  ―――――――――――――――暗転。
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