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 午後十時。模擬戦を終え、残りの特訓を済ませ、《格納庫|ハンガー》にマーガレットを納めた後、カリンとリーザ、真湖は食堂で遅めの夕食を摂っていた。  気まずい雰囲気が流れている。カリンは真湖に叱られるかと冷や冷やしているのだが、その様子はない。ただ、真湖はカリンを褒めもしていない。初勝利に浮かれるようではいけない、ということなのか、それとも内容が悪かったのか。  この何となく続く沈黙をどうにか打破したいカリンは、努めて明るく、真湖に話しかけた。 「ねぇ、先輩! さっきの模擬戦、どう」 「カリンさん」 「は、はい!」  カリンの言葉は遮られてしまった。思わずカリンは背筋を伸ばす。  カレーを掬う手を止め、真湖は話しはじめた。 「内容は悪くなかったわ。でも、あれは一年生相手だから通用した戦法にすぎない、それは分かっているわよね?」 「……うん、先輩や生徒会長に通じるとは思わない」 「そうね。なら、どうしたらいいと思う?」  真湖の問いかけに、カリンは頭を悩ませる。  結局、マーガレットがやったことと言えば、短剣を投げることとワイヤーを引っ張ることだけだ。その二つを瞬時に行い、少々トリッキーな形で強引に勝利をもぎ取った。 「カリンさん。私が思うに、短剣投擲だけの場合、精度と手数の多さで勝負しなきゃいけないの。精度はまあまあ、手数はちょっと少なかったかな。実を言うとね、今のカリンさんなら相手の武器を奪って、制圧して勝利することすらできたと思うの」 「え?」 「私とラウラの模擬戦、無駄な動きは一切なかったと思うけれど」  カリンは先日の、真湖とラウラの模擬戦を思い出す。  互いに目で追えないほどの攻防を繰り返すさまは、まるでチェスの盤上で名人同士が駒ではなく何千何万通りの思考をぶつけ合うかのごとくで、まったくと言っていいほどカリンには理解が及ばない部分さえあった。  だが、その攻防の動作に一つたりとも無駄がないことは、カリンにもはっきりと分かっていた。特に最後の一撃、真湖にチェックメイトをかけたラウラの一撃は、完璧だった。 「うん、なかったと思う」 「そう、よかった。とりあえず、今はあれが模擬戦の理想と思っておいてね。今日のカリンさんの模擬戦の相手、アリチェさんは特に大味な武器だったから、次があれば撃破じゃなく制圧を狙ってみるのも悪くないと思うわ」  次。二週間を切ったクラス内模擬戦では、カリンはそれを目標にすべきだろうか。しかしその前に、明日の真湖との模擬戦がある。  真湖の隣で、リーザがうな重を食べおえていた。カリンも目の前の釜揚げうどんを啜る。ちなみにリーザが食べているうな重だが、前日予約をしなければ食べられないということを、カリンはさっき知った。そしてカリンの分は予約されていなかった。  うな重の件よりも、まず考えるべきは、明日の対真湖戦だ。短剣投擲のみでどこまでいけるか、カリンはうどんを啜りながら頭の中でイメージを描く。  そもそも、カリンは自らが真湖に勝利する姿を思い描くことができていない。なら、短剣投擲以外も使えば勝てるのか、と言われれば、まずもって確率は変わらない。それどころか、近中距離ではあっという間に競り負ける可能性のほうが高そうだ。  では、真湖の言う制圧、つまり武器を取り上げるという手を使えるか。おそらく、真湖相手にはそんな真似はできない。そんなことをしている間に、懐に入られて終わりだ。  やはり黙って遠距離から短剣を投擲しつづけ、武器か手足にワイヤーを絡ませるしか方法はないのか。しかしそれだと今日のアリチェ戦と同じだし、その手を知っている真湖には通用しないだろう。  何か新しい戦法を考えなければならない。それも、明日の昼までに。  カリンはうどんの最後の一本をつけ汁に浸し、箸で引っ張る。最初は啜るという行為が下品で嫌だったが、リーザ曰くワインのテイスティングと同じで空気を含みつつ飲食するというのは、味を確かめるのに実に実利的だ、と言われ、しかも郷に入っては郷に従えと念押しまでされては、カリンは拒めなかった。そうして食べたうどんは、美味しかったのだからしょうがない。  ぼちゃん。箸で摘まんでいたうどんが、つけ汁の中に落ちた。 「あーもう!」 「大丈夫?」 「平気、服には散っていないわ」  カリンはもう一度挑戦する。うどんをプラスチックの箸で摘み、今度こそ確実に、口へと運んでいく。  ぱくり、と箸ごと口に含み、うどんを啜ってミッションコンプリートだ。  しかし、釜揚げうどんはつけ汁にいちいちつけなくてはいけないことが面倒な気がする。カリンはそんなことをぼやーっと考えつつ——閃いた。  明日は日曜日、つまり朝から《工廠|アーセナル》に行くことができる。  勝負は正午、それまでに考えをものにしなくてはならない。  カリンは内心秘めた考えを、努めて顔に出さないよう心がけた。  翌日、正午。第一訓練場にて、ユニコーンカラーにフレイムオレンジのGAマーガレットと、スノウホワイトカラーのGA星見草が対峙していた。 「マーガレット! 目標、山神真湖機星見草」  カリンの《Ball》を握る手の向こうに、投影型ディスプレイが映し出される。  《Ready|レディ》?と点滅する文字。コクピット壁面全面を覆うディスプレイとは違い、詳細な機体情報から相手との通信状況まで、投影型ディスプレイには表示される。 「準備はできた?」 「OKよ、先輩」 「じゃあ、開始するわね」  穏やかな真湖の言葉とは裏腹に、GA星見草は凄まじい速さで地を蹴り、距離を詰めてくる。  投影型ディスプレイには突撃とほぼ同時に《GO|ゴー》サインが出る。  カリンのマーガレットは、先日アリチェを仕留めた《潜水艦|サブマリン》投法で、四本の短剣を投げつける。案の定、星見草は短槍二本を振り回し、ほぼ同時に四本とも短剣を払い落とす。足は一切止められないまま、星見草の短槍がじきに届く距離で——マーガレットは、次の短剣をすでに投げていた。  星見草は短槍でまた落とそうとしたが、すぐに右手横へ避ける選択をした。星見草の軌道には、ワイヤー付き短剣が伸び、短剣の切っ先は真正面の訓練場の壁に突き刺さっていた。 「くっ!」  カリンは次の行動に移る。  ワイヤーを切り離す——ことはせず、次の短剣、クナイ型短剣を真正面から星見草へ投擲する。若干だが、クナイ型短剣は武器で切り払うには重い。必然、相手は避けることを選びやすく、真湖もまた、それを選んだ。  右へ、右へ。だんだんと追い詰められていく星見草を、マーガレットはワイヤーを張ったままさらに追い詰める。 「まだまだぁ!」  今朝無理矢理、葵整備主任に頼んで用意してもらった、とっておき。  ワイヤー付き短剣の《短剣|アタッチメント》付け替えと、遠隔操作での《短剣|アタッチメント》切り離し。  マーガレットは鉤爪型短剣をもう片方のワイヤーに付け、大きく振りかぶって、星見草へ向けてぶん投げる。 「あら」  真湖の間の抜けた声。しかし、もう逃げ場はない。右へ右へと星見草を寄せたカリンの思惑通り、受け止めようとした右手の短槍にぐるぐるとワイヤーが巻きつき、ついでに重石となった鉤爪型短剣は星見草の右腕にガッチリと食い込んだ。  ——今だ。  マーガレットの左手がワイヤーを持つ。と、星見草は引っ張られることを警戒してその場に踏みとどまろうとする。  ——それはブラフだ。そのほんの少しの時間が欲しかった。  マーガレットは、最初に投げたワイヤー付き短剣を切り離し、ワイヤーだけを引き戻す。そして戻ってきたワイヤーの先端に、右手のみで別の短剣をくっつける。  カリンの意図を察したのか、真湖の星見草は、動いた。だがもう遅い。  マーガレットは右手で、ワイヤー付き短剣を投げる。それだけではない、残っていた短剣すべてを同時に、だ。  マーガレットは右側へとサイドステップを繰り返し、真湖の突撃をすんでのところで避けた。  そのはずだった。  そこへ発せられた、《警戒音|アラート》。  投げるのはマーガレットの専売特許ではない、とばかりに、短槍がマーガレットの右肩をかすめていく。  一瞬、何が起きたのか、カリンは分からなかった。  マーガレットのコクピットの全面ディスプレイに映っていたのは、ワイヤーや体中の短剣をものともせず、一本の短槍をしならせて、襲撃してくる星見草の姿。  地面が陥没するほど両のヒールで踏ん張り、無理矢理突撃を止めてしかとマーガレットを捉えた星見草は、どうやったらそこまで体勢を維持できるのかと目を疑うばかりの腰部のひねりを加えて、マーガレットの左腕に一撃を食らわせていた。  思わずカリンは右に避けようとしたが——体勢を崩したマーガレットは、そのまま星見草の回し蹴りを食らう。  吹っ飛んだ。まさにその表現がぴったりだった。マーガレットは容易く訓練場の壁まで吹っ飛んだ。  まともに受け身も取れないまま、マーガレットは地に伏す。  ——何が起きた? 「マ、マーガレット、被害状況を」  《警戒音|アラート》は鳴り止まない。機体と同様、カリンは横になった体勢のまま《Ball》を動かし、《Boots》を踏みしめるが、思うようにマーガレットは動かない。 「私の勝ちね」  無慈悲に下される裁定。あまりにも現実感のない敗北。  真横になった投影型ディスプレイには、何度となく見た、《Lose|戦闘続行不能》の文字が出現していた。 「負けた……か」  アッシュブロンドの髪を垂らしながら、カリンはぽつりと呟いた。
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