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「もう一回言ってみろ……」  シンの声は明らかに震えている。まだ真実を受け入れる気はないようだ。 「本当だ。君が探っていた、東郷博士の死。間接的ではあるが、彼を殺したのは私だ。いや、そうせざるを得なかった」 「な……んだと……!」  シンの目は恐ろしいくらいに殺気立っていた。ゆっくりと恐神の方に歩を進め、目の前まで来ると、勢いよく胸ぐらを掴んだ。  ガバッ!  スーツの首元にできたシワを全く気にする風もなく、恐神は続ける。 「まあ待ちたまえ。君も分かっているだろう? なぜ私が君だけをここに残したか。今からそのすべてを話すつもりだ」  恐神がそう諭しても、掴んだ胸ぐらを離す気配は一向にない。むしろ、だんだん強くなっている。 「どんな理由があっても……! 人を殺していい理由なんかになるかよ……!」 「確かにその通りだ。一般論ではな。だが、それはまだ君が幼いだけだ。そのうち分かるさ。さあ、離しなさい。このままでは喋り辛い」  その言葉が止めとなり、シンの堪忍袋の緒は盛大に切れた。血走った目でsariを起動させ、左腕を銃に変形する。 「なんだその態度……お前、自分が何をしたかわかってんのかよ!?」  指がトリガーにかかりかけている。怒りで我を失っているのだ。シンが自分を攻撃する気がないことは分かっている恐神だが、何をしでかすか分からない状態で放っておくのは得策ではない。  そこで恐神がとった行動は、対抗して特技を発動する。といったものだった。 「手間をかけさせるな。【封印】発動。しばらく大人しくしてもらうよ」  ジャラン……! 「な、なんだこの鎖は?!」  突然、恐神の指から現れた鎖の数々。その鎖がシンの体に巻きつき、動きを封印する。 「くそっ! 放せよこの野郎!」 「一旦、話を聞きたまえ。今から真相を話すんだから」 「ぐっ……!」  抵抗に意味がないと悟ったシンは、諦めて話を聞くことにした。 「まず一つ。前提として話しておく事がある。とても重要なことだ。これを知れば、このセンテレントエリアということについても知ることになるだろう」 「それが、東郷博士とどういう関係があるっていうんだよ!」 「関係あるさ。大いにね。実はだね、明日の朝の歓迎パーティーというのは、ある重要なことを伝えるために催される。シン君には事情があって先に伝えることになったが、後の三人には明日伝える。いいか、よく聞けよ……」  恐神の顔が急に険しくなる。その気迫は、物事の重大さを物語っていた。 「月の裏にはな……生命が存在するんだ……地球外生命体だ」  は……? 「ふざけるな! だから、それとなんの関係が……」 「そのことをまず頭に入れておけ。そして、その生命体は、”バビヨン”と呼ばれている。高度な文明を持っているが、その姿は人間には似つかわしくはない。体は銀色。奴らは液体と個体のちょうど中間あたりの生物だ」 「だからなんなんだよ……!」 「落ち着くんだ。最後まで聞け。奴らはまるで巨大な水銀の如く体を自由な形に変化させ、素早く動き回り、またある時は、体の一部を金属化させて攻撃もできる。しかも頭がいい。奴らの文明は、ほんの数年前の地球を彷彿とさせるよ」  タバコの煙を吐きながら、そう説明した。恐神の目に光は灯っていなかった。 「なるほどな。だが、そんなことはどうでもいい。早く結論を言ってもらおうか」 「それが、どうでもよくないんだ。では、本題に入ろうか。このセンテレントエリア、そしてアーティカルグランプリとは何の為にあるかだ。それもこれも全て、そのバビヨンの為なんだよ」 「なんだと!?」 「アーグラは五年に一回開催されるだろう。そして、今大会で八回目。バビヨンが初めて観測され、そしてその観測した人工衛星に危害を加えたのもちょうど四十年前だ。その後も観測を続けると、バビヨン達は”兵器”を作っていることがはっきりとわかった。もちろん、地球に向けた兵器だ」  ここで、シンの頭に一つの考えが浮かんだ。 「つまり……アーグラで強いアーティーを選りすぐり、そいつらと戦わせようと……」 「その通り。アーグラで優勝し、センテレントエリアに入居しているアーティーの目的は一つ。バビヨンとの”宇宙戦争”だ。明日の歓迎パーティーで、サキ君、コルン君、菊間博士には伝える」  そう言って少し口角を上げる。その不敵な笑みには、どこかぞっとするものがあった。 「では、東郷博士のことについてだ」  恐神はゆっくりと立ち上がり、夜景を見ながら言った。いよいよ真相が語られる。 「あれは……ちょうど一ヶ月前のことだ。十一月の初め。我々も、東郷博士の存在はもちろん知っていた。基本的に、アーティー協会の立場としては、H型にもO型にも肩入れする気はないが、東郷博士は別だ。彼の腕は、神がかっていたんだよ。改造に関して並ぶものはいなかった。そして、センテレントエリアに招いたのだ。ちょうど、君と同じようにね」  シンは改めて周りを見渡す。管理官室にはタバコの臭いが薄っすらと漂い、謎の絵画や肖像画が飾られている。東郷博士も同じ景色をここで見たのだろうか。 「我々が彼を招いた理由は分かるだろう。センテレントエリアには、最高の設備と技術が揃い、アーグラ優勝者は来るべき宇宙戦争に向けて日々鍛錬を積んでいる。そんな中で彼の技術力が加わればさらなる飛躍が見込めたのだ。だが、東郷博士は断った。彼の中にあった、”ある事実”がそうさせたのだ」  ギギ……  恐神は再び椅子に座り込み、深く煙を吐いた。何やら深刻そうな顔だ。 「なんだよ。その”ある事実”って」  固唾を呑んで次の言葉を待った。 「彼には奥さんがいてね。非常に美しい人だった。だが、ちょうど一月前に死亡した。知っているか?」  その言葉にハッとした。その女性を、直接ではないが、二度見たことがある。東郷博士の研究室にあった写真に写っていた、あの女性のことだ。 「ああ、会ったことはないが、知ってはいる」 「そうか。実はな、彼女は、”スパイ”だったんだ」 「スパイ……?」  さっきから突拍子のない話ばかりだ。うまく個々の要素が繋がらない。 「アーティー協会にスパイとして潜入していた。もう解体されているが、ある犯罪組織があってな。その組織は、どこから嗅ぎつけたのか、バビヨンの存在について探りを入れてきた。データが一部抜き出されたりな。もし第三者に知られでもしたら大混乱だ。絶対に阻止しなければならなかった。そして、だ。東郷博士は、奥さんがスパイだとは知らなかったんだよ」 「知らなかった……だと?」 「ああ。知らずに結婚していたというのもだが、もっと悲惨だったのは、彼ほどの技術者を生かしていけなくなった状況。彼もまた、バビヨンの存在を知り、世間に公表しようとしてしまった」 「どういうことだよ……?」 「スパイだった彼の奥さんは、我が協会が拘束していた。データを盗もうとしたのだから、当然だ。そして、捕まって二日後、監視していた部屋で、彼女は自殺した。首にかけていたネックレスの中に、青酸カリを忍ばせていたらしい。東郷博士も、もちろん異変に気づいたさ。その結果、彼は独自の調査で、妻の死について、そして彼女がスパイだったということ、バビヨンの存在までも知ってしまった。その後、彼女を自殺に追い詰めた我々、アーティー協会への報復として、世間にバビヨンのことを公表しようしていた。その前に対処しようと、我々は彼をこの場所に呼び寄せ、研究に協力することを要求したんだよ」  予想外すぎる答えだ。東郷博士の奥さんが犯罪組織のスパイだったなんて…… 「それで、断ったから殺した……と」 「いや、違うな。東郷博士も、もちろん無防備でセンテレントエリアに来たりはしないよ。彼は、”自分自身を改造していた”。つまり、わざわざアーティーになって乗り込んできたんだ」 「なんだと?!」  普通、アーティーになる改造は、専門の技術者にやってもらうものだ。いくら凄腕の彼でも、アーティー改造手術を自分自身でやり遂げるなんて無茶すぎる。   「死傷者が出なかったことが不幸中の幸いだったさ。アーティー協会の技術は最先端かつ、アーグラ優勝者が七人も居るんだ。それでも、彼を倒すのに一時間もかかった。やはり、彼の改造は天才的だった」 「それで最後に全員で押さえつけたってわけか? 殺す必要なんてなかっただろ」 「いやいや、最後にとどめを刺したのは私だ」  恐神の機械化した右手が目に入る。 「なるほどな。最高管理官であるあんたが殺したってのは、そういうことか」  ようやく合点がいった。さっきからシンを封じ込めている、この鎖。どれだけ抵抗しても解けないのは、この男の強さを物語っていたのだ。 「どうだね。少しは納得してくれたかい?」  納得……はできない。やはり、無実の人間を殺すというにはそう簡単に片付けていい話ではない。実際、東郷博士が悪いわけではないからだ。  普通なら、アーティーを倒しても、それはAIが死亡するだけで、人命を奪うわけではない。ただ、そのことが、シンから死を遠ざけていた原因かもしれない。 「分かったよ。一応そういうことにしとこう。あんたを許す気はないが、まあ理由はちゃんとあるみたいだし、協力はする。要は、そのバビヨンとかいう宇宙人を全滅させりゃいいんだろ? それで東郷博士の仇も討てるし、地球も救えるってわけだ」 「ようやく分かってくれたか。君には大いに期待しているよ。特技解除!」  ガシャン!  動きを封じていた鎖が消滅した。  今この人に逆らっても勝てない。恐神管理官。あんたをアーティーとして倒すのは、もうちょっと先にしとこう。  シンは心の中でそう思い、さらに強くなることを決心した。 「ところでシン君。さっき君がAIを起動した時に装備した腕パーツなんだが、少し見させてもらってもいいかな?」 「あ? これのことか」  シンの両脚に装備してある、紫色の、速度強化のパーツのことだ。 「ほぉ……」  隅から隅まで、興味深そうに眺めている。何故だか少し恥ずかしい。 「これは誰が?」  誰が改造した? と言いたいのだろう。 「他でもない、東郷博士だ。今からちょうど一ヶ月前、特別訓練が始まる前に」  さっきの話で言えば、あの日のすぐ後に東郷博士は殺されたことになる。 「東郷君の改造だと……?」  恐神管理官の眉間にシワが寄った。何か変なことでも言っただろうか。 「シン君。それは物凄いことなんだよ。彼はほとんどの改造の依頼を、受け付けないことで有名だった。しかも、君はH型アーティー。O型の研究専門の彼の改造をよく受けられたものだ。全く、見たことがないよ。こんな技術、そして君のようなアーティーは」 「そんなにすごいものなのか……」  シンは自分が褒められている理由は不明だったが、褒められて悪い気はしなかった。そして、再び決意した。  東郷博士。俺と菊間博士と、コルンとサキ、そして他の仲間達と。絶対にバビヨンを倒して、最後には仇を討つよ。  この紫色に輝くメタリックな脚パーツには、東郷博士の意思が宿っている。そう信じてやまなかった。
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