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 これは、遠い遠い未来のある星に残された記憶端末の残骸に記録されていた一部始終。  星が滅びる――正確にはこの星から人類が消え去る一年前。  星は悲鳴を上げ、異常気象が連続していた。直接の自然災害でも多くの人類が死んだが、食料の生産が不可能になったことが追い打ちをかけた。  この時代では一杯のドリンクで人類は生活できるようになっていたが、そんな状態であったところで、合成には材料がいる。そして、材料となるものはみな、災害によって絶滅した。このことで、また更に人類の総数は減った。  この事態を重く見た権力者やお金持ちの人たちは、さっさと他の星に逃げた。  そんな力も金も持たない、それでも生き残った人類は叡智を結集してわずかに残った陸地にある施設を作り出した。  それは、人類が冬眠するための施設。基本的な暮らしが行えるようになっており、棺にも似た冬眠装置がある。この装置は、四年前に実用化された。同時に、人類の遺伝子に冬眠システムを組み込むための手術も義務化された。  本来生まれてすぐに受けるこの手術は本来副作用などは起こらないとされていた。  ――私、ひとりを除いては。  科学が成熟しきったこの星では、基本的に何か欠陥を持つ者は生まれてこない、もしくは生まれさせないのが一般的だった。私にも生まれた当初はそのような兆候は見られなかったと両親は話した。  だが、十二歳を迎えた夏に、異変が起こった。 「何…これ……」  ただ、ただ友人と同じように施設内を歩いただけなのだ。特に嗜好品である冷たく甘い氷菓子を食べすぎたわけでもないのに。  自分の部屋に戻ってすぐ、胃か胸か、心臓かとにかくその辺りの感覚がさあっと引いて、心拍が早鐘を打ち、全身の震えが止まらなくなった。  そして、露出していた白い肌の表面には、凍傷が出来ていた。  この時は両親にサウナルームに連れていかれて発作は治まったが、翌日医者に診てもらうと、「冷覚過敏」と診断された。なんでも、同様に暑すぎると似た症状を起こす「温覚過敏」もあるのだとか。  この星の四季など、もうあってないようなものだった。  夏の外気温は平均五十度にもなり、そのため施設の内部は十九度で常に冷房がつけられている。それでも、生まれも育ちもこの施設という人間たちはこの気温をおかしいとも思わない。ちゃんと適応していたから。  少なくとも私のように激しい発作も、傷も生じることはない。  研究者であった両親は、人類の冬眠手術が解禁されたと同時に、私には夏眠手術を施した。すんなりとそれは成功し、その年から私は、部屋に置かれたその装置の中で夏を眠って過ごすことになった。 「おやすみなさい」  そう小さく言い残して、部屋に鍵をかけて、すべてを脱ぎ捨てて装置へ入る。  そうして私は、知らないはずの夏の夢へ堕ちていく。  ――  深い深い蒼のなか。  頭上に煌く水面、揺蕩う体に纏うのは魚の群れ。  黄色、赤、青。色とりどりのサンゴ礁。  透き通るような澄んだ青。  どこまでも高い空。白く岩のように聳えるは入道雲。  眩い夏の日差し。蝉の声。伸びるは漆黒の影法師。  鮮やかな黄色の波。  太陽を追いかけて咲く花。  朝にだけ開く恥ずかしがりやな顔の花。  夏の青に負けじとその色を誇る赤い花。  藍色の夜空に咲く光の花。  淡く儚く手は届くこともなく。  夏の終わりの月は物悲しく、その花を想う。  冷たく冷えた緑のくだもの。  割るのもまた楽しいと、こどもたちの声がする。  一口かじると夏の味がする。種が少し、多いけれど。  汗を流し、扇ぐ人々など我関せず。  風鈴の音に、金魚はゆらゆら。  狙う黒猫の尻尾もゆらゆら。 ――不意に景色にひびが入り、粉々に砕けて砂になる。  ああ、これらの色を私は知らない。  夏の暑さを、私は知らない。  私にとっての夏は「寒い」だけ。ただ、ただ私を傷つけるだけ――  ――   夏が終わり、施設の冷房が暖房に切り替わり、外が真っ白に染まるころ。 眠りへ向かう人々と入れ替わるように、私は「夏眠」を終えて目覚める。  家の中は、がらんとしていた。  そう、普通の人たちは施設の中の冬眠専用の部屋で眠るのだ。一度だけ、その部屋を見た時にとても、とても怖いと思った。  冷たくて、薄暗くて、棺のような冬眠カプセルがずらりと並ぶさまはまるで――  この年が、人類にとって最後になるなんて、誰も想像しなかった。想像以上の大寒波。最低気温は施設の耐久想定を超え――外壁が崩れた。  技術者は皆、冬眠していた。もし仮に目覚めていたとしても、もう食料の貯蔵も尽きていたし、施設を修復する資材のあてすらも残されてはいなかった。  私は、外壁崩壊のアナウンスを聞いて、見納めに施設を回った。  最初に冬眠室を除くと、そこは総てが凍り付き、冬眠装置はすでに故障していた。棺型の装置の正面は霜で覆われ、氷柱が張っているものもあった。ああ、これは、凍てついた【冬の墓標】。 「文字通り、冬に眠ったのね」  そう呟いて、永遠に扉を閉ざす。冬は私にとって、暖かいものだった。だから、冬に眠れるというのは羨ましかった。  外気温がどうであれ、施設の中は温かかったし、凍え始めている施設の中にいるのに、私は発作を起こしてもいない。少なくとも冬は、私を傷つけるものではない。だけど、私は、傷つけるものなのに、それでも夏に焦がれてしまう。  部屋に戻り、記録用に一部始終を吹き込んで、冷え始めた部屋の中で、夏眠用のカプセルに再び入る。この装置は、施設とは違う電源で動いているので、また優しい夏の醒めない夢に堕ちるまでは、保ってくれるに違いない。 「おやすみなさい」  静かに私は、堕ちていく。  夏に焦がれて堕ちていく。  永遠の夢の中で、私は夏に抱かれる。  ああ、次に生まれるならば。  穏やかな優しい夏の昼下がり、蝉の声を聴きながら――
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