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それから二年後、乳母の実家で生活していくうちに、彼は美しい少年へと成長していた。 そんな彼が、乳母に言った。 「旅に出たい」 会話そのものが久し振りで嬉しかった乳母とは異なり、彼は静かな声で言った。 「どうして? ここは安全なのに」 「自分になにができるのか、知りたい。それが仕事になればなおさら。そうしたら、あなたに恩返しができる」 乳母は思わず泣いてしまった。 辛い思いをしてきたのは他でもない彼なのに、そんな優しい子に育っているとは夢にも思わなかった。 乳母はそれを了承し、旅支度を整えてくれた。雑刀まであることに、彼は内心、驚いた。 「身を守るものくらい、ないといけないからね。これをあげよう」 なんの装飾もない黒一色の短刀を、乳母の父が渡してくれた。 「ありがとうございます」 彼が受け取ると、乳母の父は破顔して言った。 「実は、私も武家の出身なんだ。君のために磨いておいて正解だったようだ」 彼は再度礼を言い、乳母の家を旅立った。 彼の中に恐怖はなく、ひとまず旅をしてみようという気分でいた。油断しているわけでもなく、ただ自然とそう思えた。 歩いてしばらくすると日が暮れてくる。 彼は火を起こそうと荷物と雑刀を木の近くに置き、登って枝を折っているところを、野盗に絡まれた。人数は五人。 「こんなところでなにしてんだ?」 「……」 彼は無言で木から飛び降り、その場を去ろうとするが、行く手を阻まれる。 「いい顔してんな。捕まえて金にするか」 ――冗談じゃない! 彼はそう思った。 警戒心をあらわにしていると一人の男の手が伸びてくる。 彼はとっさにその手を払う。懐から短刀を取り出して鞘を投げ捨て、構えた。鋼色の刀身が夕焼けに反射して、ぎらりと光った。 「餓鬼のくせにいい根性してるじゃねぇか。死んでも知らねぇぞ?」 その一言で男が襲いかかってくる。彼はそれを躱し、懐に入り込むと心臓を刺し貫いた。 まだ脈打つ心臓の鼓動を得物越しに感じながら、彼は短刀を抜いた。 頬に返り血を浴び、鮮血で真っ赤に染め上げられた短刀を持った少年が、男達に暗い双眸を向ける。 男達は情けない悲鳴を上げて、逃げていった。 この日、彼は十歳の誕生日だった。しかし、生まれて初めて人を殺めた日になった。 彼は地面に転がっている鞘を拾い、刃を仕舞うと、骸はそのままにその場から去った。 それからの彼は酷かった。 乳母が作ってくれた握り飯も血の味しかせず、飲み水も同じだった。せめて水だけは飲むように心がけ、旅を始めて数か月。彼は敵にのみ、その刃を振るった。その腕を買われ用心棒となり、わずかな金を稼ぎながら、飯にありついていた。といっても、水しか飲まなかったが。 旅をして一年が経ったある日、彼が道を歩いていると三十歳くらいの男に声をかけられた。このころ、少しの飯くらいは食べられるようになっていた。 「お前さん、ちょっとこれ、見ていきなよ」 多くの刀を背負った旅の鍛冶屋だった。 「金がない」 「なくてもいいからさ」 仕方なく彼は、鍛冶屋の商品を眺めるも、良さが分からず困惑してしまった。 「刀の良さなんて、使い手にはよく分からんか。……お前さん、血の匂いがする」 鍛冶屋は突然、核心をついた《台詞|せりふ》を言った。 「血の匂いだと?」 彼が警戒心をあらわにする。 「そうさ。いくあてはあるのか?」 「ない」 「なら、俺と一緒にくるといい」 ――なにを言っているんだ、こいつは。 彼はそう思ったものの、言われたことが気になって、鍛冶屋に同意した。
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