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「戻りました」 「きちんと殺めてきたか?」 「はい。連れも含めて全員もろとも」 「よくやった」 武士は下卑た笑みを浮かべた。 「報酬じゃ」 目の前に出されたのは金貨五枚。 用心棒では決して稼げない額の大金を目にする。 幻鷲はそれを袖に入れ、武家を後にした。 幻鷲は拠点としているぼろ屋へ向かうと、床につけられた隠し棚に稼いだ金を納めた。 幻鷲として、人斬りの日々が始まった。 依頼は主に夜。誰もが寝静まったときに、迅速に進む。幻鷲はどんな依頼もこなした。そのおかげでしばらくすると、《裏|こっち》の世で幻鷲の名は広まり、あちこちから依頼がくるようになった。 幻鷲は用心棒を辞め、暗殺を稼ぎの主軸にすることを決めた。 かなりの大金を稼ぎながら、幻鷲は命の尊さを忘れていった。 多くの命を奪い、その血を浴びながら、幻鷲は店を建てるための金を稼ぎ続けた。 ――そう、血塗られた金を。 人斬りになってから三年が経ち、幻鷲は十八になっていた。ある日、貴州が突然彼の許を訪れた。 前もって居場所は伝えてはいた。 「久し振りだな」 「はい」 霊斬は硬い表情で返事をした。 「今はどんな仕事をしている?」 「……人斬り」 霊斬は重い口を開けて答えた。 「そうか……。店はいつまでに構える予定だ?」 「二年後」 貴州は顎に手を当てて聞いた。 「人斬りをやって、どれくらい経つ?」 「三年」 「慣れてきたか?」 「よく分からない」 「飯は食べているのか?」 「多少は」 貴州は霊斬に視線を向けると、以前より痩せているように思えたが、口にはしなかった。残念でならなかった。金を稼ぐために人斬りになった者は哀れでしかない。その姿はまるで昔の自分を見ているようだと、貴州は思った。 ――いや。 貴州は胸の内で否定する。 ――まだ、店を持つために金を稼ぐという目的があるだけ、まだましかもしれん。 貴州はそう思った。 なんの目的もなく、人を斬るのは危険でしかない。そういう輩は必ず、斬ることそのものを楽しいと感じてしまう。不幸中の幸いにも、霊斬にそんな様子がなさそうだと分かり、内心安堵する。 ただ、生気を失っていることが気がかりだった。それは慣れるまで時間がかかるという証拠でもあった。 「……無理はするな」 「はい」 貴州はそれだけ告げて、霊斬の許を後にした。 「そのころの俺は、自分を保つことで精一杯だった。人を斬るたびに心が擦り切れるような感じがして、どうしようもなく遣る瀬無かった」 「それで?」 千砂が酒を呑みながら、先を促した。 「それから二年……二十歳で、店を開くことができた。それを機に人斬りから足を洗った」 霊斬は淡々とした口調で語った。 「生き返ったわけだ?」 千砂が少し笑って尋ねた。 「まあな」 霊斬が苦笑する。 「霊斬、あんた、なにか大切なもん、失くしたんじゃないのかい?」 千砂が盃を置いて、真面目な表情で問いかけた。 「大切なもの……?」 霊斬は首をかしげる。 「自分を大切にすることを、あんたは忘れちまったんじゃないのかい?」 「……たしかに。でもな、それは必要なことだった」 霊斬は静かな声で語り続ける。 「そうしなければ、人斬りや因縁引受人など、やっていられない」 千砂にはその言葉があまりにも残酷だと思った。 「霊斬……」 無表情で酒を呑む彼を見て、千砂は言葉を失った。 「どうして……」 「ん?」 霊斬は、千砂に視線を向ける。 「自身を犠牲にし続ける道を捨てなかった? 刀鍛冶をしていれば、幸せだったんじゃないのかい?」 霊斬は酒を呑み、乾いた笑みを浮かべた。 「俺も最初はそう思った。そうだと信じたかった。でもな、違ったんだ。店をやっていくうちに、聞こえてきたのは、悪に対する、嘆きと怒りの声だった。どうしようもないほど、追い詰められた、苦しみの声もあった。俺は、それを聞かなかったふりを、見て見ぬふりを、したくなかった。だから……」 霊斬は言葉を切り、決意に満ちた目で千砂を見た。 「店を開けて五年後、裏稼業の因縁引受人を始めた。身分なんかどうでもいい、そんな人達のために、なにか、したかっただけだ」 「そのためとはいえ、あんたの払う犠牲は大きすぎる! あんたが、他人にそこまで肩入れして、最悪、死んじまったら、なんにもならない!」 千砂は涙を堪えながら、怒鳴った。自分でも泣いていることに内心で動揺していたが、それどころではなかった。 「泣いてくれるな」 霊斬はそんな千砂を見て微笑した。 「どうして笑うんだい?」 千砂は泣きながら聞いた。 「笑うしかないだろ」 霊斬はぶっきらぼうに言った。 「そんな話を聞かされて、泣かない方が不思議だよ!」 千砂は泣きながら、苛立ちをあらわにする。 「感情が、麻痺、しているのかもしれないな」 霊斬は苦笑して、酒を呑んだ。 「感情が麻痺しているって……」 千砂は茫然としながら、その言葉を《反芻|はんすう》した。 ――感情を殺さなければならないほど、霊斬が選んだ道は過酷なのだろう。自分ならおそらく、いや、早々に逃げ出しているだろう。誰だって自分のことは可愛い。しかし、霊斬は、そんなこと微塵も思っていない。一番、自身を《貶|おとし》め、犠牲にしている。それを分かっていて、胸を痛めることすらない。痛んだとしても、やり過ごしてしまうのだ。 「自分の心の悲鳴を、葛藤を、どうすれば無視できる?」 千砂は内に浮かんだ言葉を、ゆっくりと吐き出した。 「沸き起こる感情、ひとつひとつに構っている余裕などなかった。俺自身が傷ついたと自覚するよりも先に、他者の絶望の方が遥かに重要だった。俺は〝自分について考える〟ことを止めたんだ」 霊斬は冷ややかな声で、とても残酷な言葉を口にした。 ――舐めていた。霊斬の覚悟を。 自身の大事なものを犠牲にしてもなお、それを止めない。霊斬の放った最後の言葉は、自分を呪っているようにも思えた。 千砂は内心で様々なことを考えながらも、ただ名を呼んだ。 「……霊斬」 「なんだ?」 「あんたが因縁引受人をするきっかけはなんだったのか、聞いてもいいかい?」 千砂の問いに、霊斬は少し考え込んだ。 「……分かった」 霊斬はそう言い、酒を呑むと、静かな声で語った。 「今から三年前の冬、乳母が誰かに殺されたことを、乳母の父からの文で知った。俺はすぐに、乳母の父の許を訪ねた」
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