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その足で、利津家に向かった。 その男はちょうど、重五郎と話をしていた。屋根裏から話を盗み聞く。 「賊の一団がやられました」 「なんじゃと! 誰がそんなことを!」 「分かりませぬ。しかし、あの場の状態から言って、相当、腕の立つ者ではないかと」 「さっさとそやつを捕らえよ!」 「は!」 「その必要はない」 霊斬は屋根裏から飛び降り、男と重五郎の間に降り立った。 「貴様が賊に指示を出したのか?」 霊斬は冷え切った声で尋ねた。 「……」 男は沈黙する。 その沈黙を肯定と受け取った霊斬は、問答無用で斬り捨てた。 先ほどまで話をしていた男が一瞬のうちに、骸へと変わった。 血の付いた刀をそのままに、霊斬は重五郎に向き直った。 「わ、わしになにをするつもりじゃ」 怯えた声でそう尋ねる重五郎の姿は、あまりにも哀れだった。 「なにも。せいぜい苦しみながら生きろ」 霊斬はそう吐き捨てると、刀を振り血を払う。 「陸奥!」 重五郎は自分を主とする武家の名を呼んだ。 襖を挟んだ向こう側から声がする。 「いかがなされました?」 「今から言うことすべてに、はいと答えろ!」 重五郎は骸を前に叫んだ。 「は」 呼ばれた陸奥は、なにを言っているんだと思いながらも、指示に従った。 「刃傷沙汰が起きた。陸奥家の者の手にかかってしまったと、わしは奉行所に伝える」 「お待ちください。話が……」 「口答えするな!」 すかさず重五郎の声が飛ぶ。 「……はい」 「分かったら、もう用はない。去れ」 「はい」 陸奥はその言葉を最後に、その場を後にした。 「なんのつもりだ?」 霊斬は冷ややかな声で尋ねた。 「この家で刃傷沙汰など、あってはならない。それだけじゃ」 「その決断で、不幸が起こらぬことを、祈っててやるよ」 霊斬は冷ややかな声で言い、屋敷を後にした。 「俺は忠告を無視して、賊と武士を殺めた。後悔はない」 霊斬は淡々とした口調で、話を続けた。 「それでも、俺の心に空いた穴は埋まらなかった。それをあえて埋めないまま、生きてきた。その必要もなかったんでな」 「……そうだったのかい」 千砂は言いながら、酒を一口飲んだ。 ――哀しかっただろう、辛かっただろう、苦しかっただろう。けれど、それを決して口にしない。一番傷ついたのは霊斬なのに、誰かに頼りたいときだってあるだろうに、決して頼らない。そんな彼のそばにいたかった。心の傷は癒せないかもしれない。けれど、寄り添いたかった。誰よりも強くて、誰よりも孤独で。誰よりも怒り、誰よりも哀しんで、誰よりも苦しんでいる霊斬に。 千砂はそう思った。 「よくもまあ、そんなんで今まで生きてこれたねぇ」 霊斬が苦笑する。 「俺もそう思う。いろんな奴らから、恨みは買っているだろうな」 「さらっと怖いこと言うんじゃないよ」 千砂にようやく笑顔が戻る。 「話してくれてありがとうね。あたしはこれで」 千砂が立ち上がった途端、体勢を崩す。それを慌てて支えた霊斬は、思わず申し出た。 「送っていく」 「悪いねぇ。だいぶ呑んじまったようだね」 千砂が霊斬に支えられたまま苦笑する。 格子から外を見れば、空に月が浮かんでいた。 「そのようだ」 霊斬は千砂を座らせると、部屋を出る。 「大将、長い時間すまなかったな」 「気にすんな。よくあることだから」 大将はひらひらと手をふってみせた。 「そうか」 袖から財布を取り出した霊斬は代金を支払った。 霊斬は部屋に戻り、千砂を背負うと飯屋を後にした。 千砂を背負って歩いていると寝言が聞こえてくる。 「……独りで抱え込むんじゃないよ。ばーか」 ――一言、余計だ。 と思いつつ、霊斬は内心で感謝し、背負いなおすと隠れ家に向かった。 隠れ家に着くや、奥の方に布団を見つける。 霊斬は千砂を起こさないように寝かせ、布団をかけてやると、声をかけられる。 「霊斬」 「起きていたのか」 霊斬は苦笑した。 「途中からだけどね」 千砂がくすっと笑う。 「悪いね。わざわざ送ってもらっちゃって」 「気にするな」 霊斬は微笑すると、隠れ家を後にした。 その帰り道、霊斬は思う。 どんなに辛くても俺はこの仕事を続ける。けれど、それ以上に、最後まで生き抜いてみせる。 霊斬は夜空に浮かぶ満月に、そう誓った。                  了
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